〜 峰高き 〜





 「明日にでも、蓮池の清掃を手伝ってくださいませんか?」
 縁側に並んで座る数珠丸に、そう声をかけられた三日月は、二つ返事で承諾した。
 「筏を借り受けられたのですかな?」
 毎年、枯れた蓮の茎を刈るには専用の筏が必要だが、本丸で所有するには大きすぎるため、都度、借り受けている。
 「農家の方の、繁忙期が終わったそうなのです。
 こちらは景観を保つためですから、いつでも構いませんよ、と申しておりましたので、今になってしまいましたが・・・」
 と、数珠丸は晴れ渡った空を見上げた。
 「次の葉が出るまでには、間に合いました」
 「さようですな」
 同じく空を見上げ、三日月も頷く。
 「今年も、我ら三条の一門がお手伝いいたそう。
 筏は何艘ありますかな?
 六振り乗れましょうか」
 問うと、数珠丸は微笑んだ。
 「一艘に三振り乗れるものを四艘お貸しいただきました。
 青江は私とにっかり、三条は五振りおられて・・・筏で作業する他にも、刈った茎を運ぶお手伝いをお願いしようかと」
 「おお!
 では大典太殿と、鬼丸殿にもお声がけしよう。
 さすれば粟田口が手伝ってくれましょう」
 「えぇ。
 茎を刈るにはそれなりの身の丈がいりますから、短刀達には運ぶお手伝いをおもに」
 ふと、数珠丸が頬に手を当てる。
 「・・・そうです。
 まだ実が入っているものもありますね」
 「実?
 食せる実は、既に収穫してしまったのでは?」
 甘納豆を作ってもらったと、嬉しげな三日月に、数珠丸も微笑んだ。
 「えぇ、おいしゅうございました。
 あの時は筏がありませんでしたから、この度は堀の奥にあって収穫できなかった、黒い実を収穫しましょう。
 数珠を作れますよ?」
 「それはそれは。
 数珠丸殿お手製の数珠とは、縁起が良い」
 「皆で揃いのものを身に着けるというのも、楽しゅうございますね」
 楽しげな数珠丸に、三日月も目を輝かせる。
 「なるほど、皆で作るか。
 短刀達が喜びそうだ」
 賑やかな光景を想像して、三日月はまた、嬉しげに頷いた。


 数珠丸より、『堀清掃のお手伝い募集』の知らせを受け取った福島光忠は、共に本日の馬当番を拝命した日本号へ端末を差し出した。
 「号ちゃん!これ!これ参加しよう!」
 目を輝かせてぐいぐいと押し付けてくる彼を、日本号は無造作に押しのける。
 「いや、俺はやめとくよ」
 きっぱりと言われて、福島は眉根を寄せた。
 「なんでだよー!
 一緒に参加しようよー!」
 涙目で鬱陶しく迫る彼に、日本号はため息をつく。
 「めんどくせぇだろ。
 馬の世話でさえこんなにめんどくせぇのに、蓮池なんざ、一日仕事だぞ。
 やってられ・・・」
 「日本号は以前、酔って堀に落ちたことがあるんだ。
 それ以来、堀に近づこうとしない」
 不意に声をかけられて振り向くと、山姥切が、馬を返しに来たところだった。
 「虎口(こぐち・正門)と搦手(からめて・裏門)に電子錠がかけられているだろう?
 あれは、夜中に酔って門を出た日本号が堀に落ちて危険な目にあったから、主がかけたものだ。
 それ以来、パスワードを付与された刀しか、門を出られないようになっている」
 馬の体を拭ってやりながら言う山姥切に、福島は呆れ、日本号は気まずげに目を逸らす。
 「福島は堀の清掃に参加したいのか?」
 山姥切に問われて、福島は頷いた。
 「そうか・・・。
 花を飾るのは好きだが、世話はそうでもないと言っていたから、少し意外だ」
 「馬が髪に食いついてるのに動じない君も、意外だけどね・・・。
 飼葉と間違えられているんじゃないかい?」
 言ってやると、山姥切は『いつものことだ』と肩をすくめる。
 「日本号が参加しなくても、あんただけ来ればいいだろう。
 手伝いは多い方が喜ばれる」
 特に、と、山姥切は福島の姿を眺めた。
 「枯れた蓮の茎を刈るのに、ある程度の身の丈がいるそうだ。
 あんたなら大丈夫だろうし、それに・・・」
 にこりと、山姥切にしては珍しい笑みを浮かべる。
 「こういうことには、伊達の連中が張り切って差し入れするからな。
 頑張っている姿を見せるには、いい機会なんじゃないか?」
 「それよ、俺がやりたいのは!
 号ちゃん!つきあって!」
 「それならなおさら、俺はいらねぇだろ!」
 縋りつく福島を押しのけるが、
 「必要だよ!
 光忠にお兄ちゃんって呼んでもらえない俺を慰めてよ!」
 と、更に泣きつかれてしまった。
 「むしろ、名前も呼んでもらっていないな」
 「なんでそういう傷えぐるの?!意地悪なの?!
 号ちゃん!意地悪された!」
 山姥切の指摘に号泣する福島にため息をついて、日本号は山姥切をねめつける。
 「勘弁してくれ」
 「すまん・・・」
 眉尻を下げた山姥切は、『詫びに』と、福島の肩をつかんだ。
 「俺たち兄弟が協力する。
 末弟は、そういう策略を用いることに長けているからな」
 「山姥切・・・!」
 涙でぐしゃぐしゃになった顔を、福島は山姥切に押し付ける。
 「君!いい子!!」
 「うわ・・・」
 迷惑そうな顔で見つめてくる山姥切に、日本号は肩をすくめて首を振った。


 翌朝、意気揚々と堀へ向かう刀剣達を見送った光忠は、朝餉の片づけを終えるや、昼の仕込みを始めた。
 「水辺はまだ冷えるから、熱い汁物は必要だよね!
 芋煮は時季外れだから豚汁にでもして、ご飯はおにぎりでいいかなぁ?
 お餅を焼いた方が、あったまるかな?」
 「どっちもあっていいんじゃないか?
 どうせ、いくら作ってもなくなっちまうよ」
 そう言って笑った太鼓鐘が、棚から焼き網を取り出す。
 「焼きおにぎりもいいよなぁ!
 今こそ、仙台味噌の良さを知らしめる時じゃないか?!」
 目を輝かせる鶴丸に、大倶利伽羅が呆れ顔で吐息した。
 「押しつけがましいと、言われなきゃいいがな」
 「押しつけがましいといえば・・・」
 ふと、太鼓鐘が光忠を見上げる。
 「なんでみっちゃん、福島のこと、呼んでやんねぇんだ?
 兄ちゃんは嫌でも、福ちゃんくらいはいんじゃね?」
 「え・・・」
 顔を引き攣らせた光忠に、太鼓鐘は小首を傾げた。
 「前に、一緒に映画観に行った時さ、大画面に映った刀見て『実休おにーちゃん?!』って、大声上げてたじゃん。
 あの時は同じタイミングで、他の本丸のみっちゃんもポップコーンぶちまけちまって、映画館が大惨事に・・・」
 「あれはね!
 あれは・・・まさか、兄さんが出てくるって思わなくて、驚いて・・・」
 顔を赤くする光忠に、鶴丸がクスクスと笑い出す。
 「福島の場合は、予告があったからな。
 後から来た奴に兄を名乗られてもなぁ」
 「それ以前に、実休は兄で、福島は違う理由は何だ?」
 大倶利伽羅に問われた光忠は、眉根を寄せて宙を見つめた。
 「・・・なんとなく?」
 「んー・・・。
 大きさが同じだと、どっちが兄かって難しいよな。
 うちは、亀が打刀で物吉が脇差で、俺が短刀だからなんとなく、大きさ順って感じだけど」
 「琉球のとこは、短刀の北谷が次男で脇差の治金丸が三男らしいがな」
 刀派それぞれだろう、と言う鶴丸に、大倶利伽羅も頷く。
 「長船なら、大般若と小豆はどうなんだ。
 後から来た大般若が勝手に、兄と言っているようだが」
 「小豆くんは穏やかな子だからね。
 にゃにゃくんが何を言っても気にしていないようだよ」
 だから、と、光忠は肩をすくめた。
 「僕もそれで行くよ。
 名乗るのは勝手だけど、呼ばなくてもいいでしょ」
 「あーなー。
 俺も亀たちのこと、兄貴とは呼んでないしなー」
 頷いた太鼓鐘の頭を、鶴丸が撫でる。
 「呼んでやればいいじゃないか。
 菓子や小遣いをくれるかもしれないぞ」
 「鶴がくれるからいい」
 「貞坊、かわいいな。
 あとで小遣いやろうな」
 わしわしと、更に頭を撫でてやると、太鼓鐘は嬉しそうに笑った。
 「もう、その話はいいからさ」
 苦笑して、光忠が作業机に乗った材料を指す。
 「早く、準備しよう」
 「そうだな」
 同意した大倶利伽羅が野菜かごを取り上げると、鶴丸と太鼓鐘も頷いて、昼餉の準備に取り掛かった。


 「では、筏に乗る方を決めましょう」
 と数珠丸が、堀端に集まった面々の前で声を上げた。
 穏やかだが、よく通る声が晴れた空の下に響き渡る。
 「筏に乗る三振りのうち、一振りは筏の安定と移動のため、船頭役をお願いします。
 二振りは長柄の鎌で茎を切ってください。
 切った茎は、近くに小舟を浮かべていますので、その上に載せて、ある程度たまりましたら堀端から引いて、花托を切り取ってから荷車に移し替えてください。
 荷車にもたまりましたら、残りは落ち葉の集積場へ運んで堆肥といたしましょう。
 では皆さん、よろしくお願いします」
 にこりと微笑んだ数珠丸の前で早速、筏に乗りたい面々がじゃんけんを始めた。
 「っしゃー!
 俺、茎を刈る係っ!」
 大声を上げた獅子王の傍らで、御手杵が口をとがらせる。
 「俺、船頭役かよー。
 しばらくしたら交代してくれよ?」
 「いいぜ!
 バランスとっていこう!」
 「それはいいが・・・・・・」
 困り顔で、大千鳥が水面に浮かぶ筏を見やった。
 「俺達が乗って、大丈夫なのか?
 獅子王は軽いからいいとしても、俺と御手杵が偏れば、覆りはしないか」
 「長柄を使い慣れてんのは槍と薙刀だろうよ。
 バランス取るのだって、慣れてんだろ?」
 大丈夫、と笑う獅子王に、御手杵も頷く。
 「そう、それに、覆らないようにバランス取るのが船頭だろ。
 信じてもらっていいぜ!」
 「そうか・・・そうだな」
 ほっとする大千鳥の袖を、泛塵がそっと引いた。
 「気を付けて」
 「ああ」
 「そう簡単には覆りませぬよ」
 と、やや離れた場所から小狐丸が声をかける。
 「去年もやったが、やや重いものが乗っても、大して揺れもしなかったぞ!」
 岩融の言葉に、三日月が苦笑した。
 「確かに、我らの筏はそうそう揺れなかったが、岩融と静が乗った筏は大変な騒ぎだったではないか。
 今年は別に乗るのだぞ。
 さもなければ・・・」
 と、三日月は静と共にいる巴を見やる。
 「また、巴にひどく叱られてしまうぞ?」
 「既になにやら、揉めておりますねぇ・・・」
 薙刀同士が何か、いがみ合っている様に小狐丸が苦笑した。
 「止めに行ってはどうですか?」
 「俺が行かなくとも、そら、一期殿が行ってくれたわ」
 再び見やれば、一期一振が静と巴の間に入り、何やら説得して引き離す。
 「やれ、よかった。
 これで落ち着いて・・・」
 「三日月ぃぃぃぃぃぃっ!!!!
 大典太に鬼丸も!!
 俺と!勝負しろ!!」
 城壁を越えて、本丸中に響き渡る大音声に、小狐丸が耳を塞いだ。
 「大包平・・・。
 勝負とはなんだ?」
 うんざりとした面持ちの三日月が問えば、大包平は得意げに自身を指す。
 「もちろん!
 どれだけ多く刈ったかの勝負だ!」
 「くだらん」
 一蹴した鬼丸と共に、筏を引き寄せた大典太も頷いた。
 「目的は、この堀の枯葉を刈ってしまうことだ。
 だれがどの程度刈ったかなど、関係ない」
 「いちいち数えんのも面倒だろ!」
 大典太の隣で、ソハヤノツルキも声を上げる。
 「それに、なぜ俺達三振りだ。
 数珠丸も入れてやれ」
 「私ですか?」
 鬼丸の声に振り返った数珠丸へ、大包平は首を振った。
 「俺は!高僧への敬意を忘れたことはない!」
 「俺たちへ払う敬意はないということか・・・」
 肩をすくめた大典太へ、三日月が苦笑する。
 「今に始まったことでもありませぬゆえ。
 しかしソハヤの言うとおり、いちいち数えるなど、面倒だ。
 それよりも」
 と、三日月はにこりと笑った。
 「どの組が早いかを競うた方がよい。
 大包平よ、我ら天下五剣に勝てるかな?」
 「は!
 この俺が!
 負けるわけないだろう!!」
 見事に乗せられた大包平が、早速筏へ乗り込む。
 「静!蜻蛉切!加勢を依頼する!!」
 「あぁ」
 「承った」
 「いや、ちょっと待て」
 腰に手を当てた巴が、筏を引き寄せる面々を睨みまわした。
 「俺が乗る筏がなくなったではないか」
 不満げな彼を、静が鼻で笑う。
 「早い者勝ちだ」
 「貴様とは勝負をつけねばならんな!」
 またも言い争いになりそうな薙刀の間へ、小狐丸が割って入った。
 「では、私が代わりましょう。
 三日月殿と岩融殿のこと、お願い申し上げる」
 にこやかに言う背後で、獅子王と御手杵が、ひそひそと『面倒だったんだ』『まんまと押し付けた』と囁きあう。
 肩越しに、軽く睨んで黙らせた小狐丸は、数珠丸へと声をかけた。
 「なにやら勝負事が始まってしまいましたゆえ、堀を四つに区分けし、最も早く終えた組が勝ちといたしませぬか。
 もちろん、交代もあり、ということで」
 「それは良いですね。
 早く片付きそうです」
 交代要員は、と、見渡す数珠丸に、日本号の手を取った福島が挙手する。
 「はいはーい!!
 俺達やります!」
 「おまっ・・・!
 せっかく逃げられたと思ったのによ!」
 早速逃げ腰の日本号へ、福島は縋りついた。
 「じゃんけんで一発負けなんて、光忠に知られたらお兄ちゃんって呼んでもらえないかもしれないだろぉ!
 うまーくごまかして、俺ら頑張ってるんだよ、って見せたいんだよぅ!!」
 涙目で言って、福島は既に筏を確保した組を見回す。
 「この中で一番、勝てそうな組はどこだい?」
 「・・・それを俺に言わそうとするのは無体だぜ」
 ただ、と、日本号は御手杵へ手を振った。
 「勝ちにこだわらず、楽しく作業できるのはこの組だぜ。
 おい、御手杵。福島が手伝うってよ」
 声をかけると、御手杵がムッと睨み返す。
 「聞こえてるぞ、この野郎」
 「勝ちにこだわってるぜ、一応」
 腰に手を当てた獅子王が日本号を眺めて、うん、とうなずいた。
 「御手杵、やっぱり俺が船頭役やるぜ。
 スタートダッシュが肝心だからな。
 交代要員の船頭は福島として、もう一振り、長物が欲しいな・・・」
 そう言って辺りを見回すが、手伝いの中に目当てがいないとわかると、獅子王はポケットから端末を取り出す。
 「太郎、悪ィんだけど、堀に来てくれないか?
 長物が足りないんだ」
 『わかりました。
 次郎は不要ですか?祢々切丸は?』
 問い返されて、獅子王は首をひねった。
 「祢々切丸は大歓迎だけど、次郎は堀に落ちちゃあまた、めんどくさいことになるしなぁ」
 と、見上げた日本号が、苦い顔をする。
 だが、聞きつけた小狐丸が、獅子王へ手を差し伸べた。
 「三条の交代要員として来ていただけるなら、ありがたいですよ」
 「それに私がいれば、次郎さんも落ちたりしないのじゃないかな」
 均衡するのでは、という石切丸に、獅子王も笑みを浮かべる。
 「じゃ、大太刀も来てくれるか。
 手が多い方が早く終わるしな!」
 『承知しました。
 次郎、文句を言っていないで。行きますよ』
 太郎の背後で、次郎が盛大に喚いていたが、獅子王は無情に通話を切った。
 「人数は解決だな。
 じゃ、大太刀が来たらはじめっか」
 「競争の記録映像用に、ドローン飛ばすぜー!」
 楽しげな声に振り向けば、厚が兄弟達と共に運んできたドローンを飛ばしたところだった。
 「区割りすっから、組の代表と、メンバー明記してくれよ!」
 厚が紙と筆を差し出すと、大包平と獅子王、三日月に鬼丸が寄ってくる。
 「んじゃ!
 チーム獅子王は、俺と御手杵、大千鳥がメインで、交代要員が日本号、福島と太郎太刀な!」
 「大包平組だ!
 俺と静、蜻蛉切・・・おい鶯丸、誰かと一緒に手伝ってくれ!」
 「俺もか・・・見物したいだけだったのだが」
 不満げな彼に、髭切が膝丸の手を取って駆け寄った。
 「面白そうだね。
 僕達が協力しよう」
 「あぁ!
 源氏の名にかけて、負けはしない!」
 「ふむ・・・。
 では、三日月組。
 俺と岩融、巴。
 交代は小狐丸、石切丸と・・・次郎でよいのか?」
 「よいぞ!
 なぁに、快く引き受けてくれよう!」
 ここにはまだいない次郎の名も加えた三日月が、厚へ紙を渡す。
 と、筆を持って思案していた鬼丸が、こくりと頷いた。
 「こっちは・・・そうだな、大典太組でいいだろ。
 俺は面倒なことが嫌いなんでな。
 俺と大典太、ソハヤが先攻、後攻は一期、山伏と・・・祢々切丸はこっちでいいのか?」
 「参られたら、私がお連れしましょう」
 一期の申し出に頷き、鬼丸もまた、紙を厚へ渡す。
 「了解だ!
 じゃ、区分けはー・・・」
 組分け表が来るまでに、紙に書いて四分割していた紙をしゃかしゃかと混ぜる。
 「それぞれの代表者が引いてくれ!」
 四振りそれぞれが手にした紙を、一斉に開いた。
 「俺は!!
 虎口東側だ!!」
 大包平の大音声に眉を寄せた三日月は、申し訳なさそうに小狐丸を見遣る。
 「・・・虎口西側だ。すまん」
 あからさまに不満げな彼に苦笑して、三日月は獅子王と大典太を振り返った。
 「そちらは搦手か」
 「あぁ。
 堀、半周しなきゃなぁ」
 「東西間違えると遠回りになるな」
 本丸内を直進できれば問題はないが、城郭建築のため、外周を行くよりも遥かに時間と手間がかかる。
 「しゃあねぇ。
 俺達が着くまで、始めんじゃねぇぞ」
 御手杵に言われた厚が、親指を立てて応じた。
 「全員、位置についたらはじめ、でいいんだろ?」
 「よろしいのでは?」
 いつの間にか競争になってしまったことに苦笑した数珠丸が、厚へ頷く。
 「じゃ、みんなそれぞれの区域に行ってくれ!
 搦手側は、飛ばしてるドローンにマイクとスピーカーついてるから、なんかあったら言ってくれよな!」
 「りょーかい!」
 手を振って移動を始めた刀達へ、数珠丸が言い募った。
 「私は、不要な茎の運搬に加わりますので、皆様、怪我のないように。
 特に・・・」
 と、わざわざ日本号を見やる。
 「堀に落ちないよう、気を付けてくださいね」
 「・・・いつまで言われんだよ」
 苦い顔をした彼に、各所から笑声が沸いた。


 厚の傍らで、ドローンが転送する動画を見つめていた陸奥守が、銃口を天へ向ける。
 「よーい!
 はじめじゃー!」
 「うおりゃああああああああああああああああ!!!!」
 銃声と共に大包平の怒号が響き渡り、彼らの乗る筏の周りから、枯れた茎が一掃された。
 「はははっ!薙ぐのは得意だ!」
 大包平と共に長柄の鎌を操る静も得物を振るって、さらに遠くの茎を刈り取る。
 踏み込みの強い二振りに負けず、船頭役の蜻蛉切が筏を踏みしめ、棹(さお)を操って進んだ。
 城郭の四方を守る角櫓(すみやぐら)と、正門、裏門の二つの橋を区切りとして、四つに区分けされた堀の正門東側が、みるみる刈られていく様に、短刀達が歓声を上げる。
 「けどあれ、枯葉の回収のこと、考えてねぇだろ」
 刈ってるだけだと、冷静な薬研の声に、毛利が微笑んだ。
 「それは僕達でお手伝いしましょう。
 鎌が届かない位置にまで行ってしまえば、ゴムボートで回収するのは簡単ですよ」
 筏は四艘しかないが、ゴムボートはいくらでもある、という彼に、後藤も頷く。
 「だったら、他のチームにも手伝いを派遣してやんねぇと、不公平だな。
 厚、指示しろよ」
 「りょーかいりょーかい!
 待機中の短刀、脇差、打刀達、刈り取った枯葉の除去を頼むぜ!
 ゴムボートが足りなきゃ、蔵にまだあるから、取りに行ってくれ。
 ほかに必要な道具があればこっちに知らせてくれ、準備する」
 各刀剣達の端末に向けて指示すると、明快な声が返ってきた。
 「思ったより、早く終わりそうだな」
 各区域の進捗状況をドローンの映像で確認しつつ、厚が笑う。
 派手な声を上げているのは、圧倒的に大包平組だが、他の筏も天下五剣が乗るだけあって、すさまじい勢いで刈られていた。
 特に、三条が担当する正門西側の区域は、これまでの経験値もあって、頻繁に交代しつつ、確実に枯葉を駆除している。
 中でも、早く仕事を終わらせたい次郎が大太刀の勢いで鎌を振るい、長柄すら刃と化す勢いで届く範囲の枯葉を一掃した。
 「これは楽でよい」
 堀端で、にこにこと状況を見守る三日月に、岩融と巴が苦笑する。
 「あのように大太刀に活躍されては、せっかくの薙刀が持ち腐れだ」
 「次郎が刈り損ねた枯葉を石切丸が刈る、二段構えだからな。
 俺達も負けてはおれんな」
 「おぉ。交代のようだ」
 船頭役の小狐丸が水底へ棹を立てると、次郎と石切丸が、一足飛びに堀端へと着地した。
 代わって踏み込んだ薙刀が、次々に小狐丸の支える筏へ飛び移る。
 大きく揺れた筏のバランスをとった小狐丸は、棹を一旦岩融に預けてから、堀端へ飛び移った。
 「挽回できるのでしょうね?」
 少し負けている、と、大包平達を見やる小狐丸に、三日月は軽い笑声を上げる。
 「俺ではなく、薙刀達がな」
 「名を・・・」
 「惜しめ、だろう?わかっているとも」
 岩融に呼ばれて、筏に飛び移った三日月が、小狐丸の目線を受け流し、棹を取った。
 「まったく・・・三条の長ともあろう方が」
 「まぁまぁ」
 ため息をつく小狐丸を、石切丸がなだめる。
 「堀をきれいにすることが目的なのだから、速さにこだわることもないだろう」
 「そぉそぉ!
 それに三日月ってたぶん、大包平をノセて、自分のところまでやらせよーって企んでるでしょ」
 水分補給代わりに酒を飲みほした次郎が、空になった徳利を放り出した。
 「やりたい奴にやらせりゃいーじゃん!」
 けたたましく笑う次郎に肩をすくめ、小狐丸は刈り取った枯葉をせっせと集める刀達へ目を和ませる。
 「三日月殿に比べて、お子らのなんとかいがいしいことか」
 「お手伝いは得意ですから!」
 「たくさん・・・運びます・・・!」
 得意げに胸を張る秋田と、恥ずかしげに頬を染める五虎退の頭を撫でてやった小狐丸は、みるみる枯葉が消えていく大包平達の区域に比べ、やや遅れている自陣を見遣って、またため息をついた。


 一方、搦手(裏門)の東側を担当するチーム獅子王と、西側を担当する大典太組も、順調に枯葉を刈り取っていた。
 今年初参戦の獅子王達は、初めのうちこそ鎌の扱いに戸惑っていたものの、すぐに慣れて順調に刈り進んでいる。
 その様を福島は、焦り顔で見つめていた。
 「ねぇねぇ、ちゃんとタイミングが合うかなぁ!
 光忠が来た時に、ちょうど作業してたいんだよ、俺!」
 「んな心配しなくても、あいつが来るのは昼餉の時だろ。
 誰も作業なんかしてねぇよ」
 気にしすぎだと、肩をすくめる日本号に、刈り取った枯葉を集めていた山姥切も頷く。
 「ちゃんと周りは固めている。
 ブシ兄は隣の区域を担当しているし、末弟も・・・」
 と、大典太と交代して堀端へ降りた山伏へ駆け寄る堀川を見遣った。
 「着実に計画を遂行するから、安心しろ」
 「ブシ兄ってさぁ・・・」
 福島が見渡す搦手側の堀端には堀川兄弟だけでなく、鬼丸の交代要員である一期一振と粟田口の兄弟に、日向と貞宗達までもがいる。
 粟田口はともかく、今日は堀川までもが、わざとらしいほどに兄弟アピールをしていた。
 「なにこれ?
 みんなが兄弟を兄さん呼ばわりしているから、光忠も釣られて俺を兄さんって呼んでくれるんじゃないか、ってこと?
 そんなのうまくいく?」
 「まずは小手調べじゃないか?
 うちの末弟はあざといからな」
 「あぁ、知ってる・・・」
 山姥切の評価に、日本号もしみじみと頷く。
 「堀川はなんというか・・・人間だったなら『人でなし』という言葉が一番しっくりくるんだよな」
 「それ本当に大丈夫?!」
 福島が詰め寄ろうとした山姥切が、すっと歩を引いた。
 「末弟のことだ、二の矢、三の矢くらい、準備しているさ」
 任せておけ、と言う彼に頷きつつ、福島は日本号を見上げる。
 「なんで避けられてんの、俺?」
 「素面で泣き縋られたくないからだろ」
 日本号の言葉に山姥切は頷き、福島は盛大にむくれた。


 「そろそろ、いい頃合いかな?」
 正午を指そうとする時計の針を見遣って、光忠が呟いた。
 「どの程度終わっているかねぇ?
 進捗状況によっては、俺達も手伝うことになるかな」
 「不要だろう」
 首を傾げる鶴丸に、大倶利伽羅が不愛想に言う。
 「厚が配信しているドローンの動画を見る限り、刈り取りはもうじき終わりそうだ。
 花托を切るのに手間取ってはいるようだが、それが終われば後は枯葉を運ぶだけだからな。
 今は筏に乗っている大きい連中が加わればすぐだろう」
 「じゃ!
 そろそろメシ持ってってやろーぜ!
 競争してんなら、無理にでも止めねーと食いっぱぐれるだろ」
 太鼓鐘が、自身の端末を差し出した。
 そこには物吉と亀甲からそれぞれ、
 『お腹すきましたー!』
 『お昼まだかい?父上様のご機嫌が悪くなっているよ!』
 とのコメントが表示されている。
 「日向くんのご機嫌が悪くなっているのは困るね。
 にゃにゃくんが堀に蹴落とされているかも」
 光忠がくすくすと笑うと、傍らで重箱に菓子を詰めていた小豆が、苦笑して首を振った。
 「大般若は、ほりにはいないよ。
 めんどうだからと、小竜といっしょに、えんせいへいってしまったからね」
 「抜け目ないんだから・・・!」
 眉根を寄せた光忠が、三つ並べた大鍋の傍に立つ。
 「じゃあ、重いのは僕が持っていくから、他はよろしく。
 伽羅ちゃん、蔵に置いている簡易テーブルを持って行って、虎口側に設置しておいてくれる?」
 「わかった」
 「俺も行こう!」
 先に立った大倶利伽羅に続き、鶴丸も勝手口から出て行った。
 「今日は大きな刀たちが堀に行っちゃってるから、運ぶのも大変だね」
 光忠が言うと、太鼓鐘も困り顔で首をひねる。
 「できるだけ往復は少なくしてぇよなぁ」
 めんどくさい、と言う彼に、小豆も微笑んで頷いた。
 「だが、ここにいるみんなは、ちからがつよいからな。
 わたしも、すいーつはひとりではこべそうだし、おおなべをなんどかはこぶくらいですむだろう」
 「そうだね。
 じゃあ、行こうか」
 小豆へ頷いた光忠が、大鍋の一つを持ちあげると、食器類を持った太鼓鐘が足早に追い越していく。
 「先に行って、伽羅の手伝いしてるぜー!」
 「うん、よろしく!
 ・・・貞ちゃんちの貞宗くんは、みんな働き者なのに、なんでうちの子達は」
 思わずため息をついた光忠に、小豆が笑い出した。
 「うじよりそだち、というものじゃないかな。
 わたしと謙信はちゃんとはたらくよ」
 「そうだね、ごめん」
 「祖、失礼しま・・・大荷物ですね。手伝いましょうか?」
 暖簾をくぐって厨へと入ってきた長義に、光忠は目を和ませる。
 「もう一振りいたね、いい子」
 「は?!
 いや、俺はっ・・・!」
 突然褒められて耳まで赤くした長義が、目を瞬かせつつ光忠と小豆を見比べた。
 「今日は外で・・・昼食ですか?」
 「一部はね。
 昨日、数珠丸さんから蓮池清掃のお手伝い依頼が来たでしょ?
 お手伝いの子達用だよ」
 「えんせいぶたいには、あとでひろまへもっていくよ」
 微笑んだ小豆に一旦頷いた長義は、小首を傾げる。
 「いえ・・・。
 この時間に帰ってきたのは、俺達第二部隊だけです。
 ほかの連中はまだ遠征先ですので、こちらの手伝いをします」
 「だいにぶたい・・・。
 あぁパパン、大般若と小竜がかえってきているよ」
 「今すぐ!お手伝いに呼んで!!」
 目を尖らせた光忠に命じられた長義は、気を呑まれつつ自身の端末を取り出した。
 「連絡はしますが、俺の言うことに従ってくれるかどうか。
 二振りとも、遠征中は意地悪な継母と義姉ごっこで俺をいじってましたし」
 だから使い走りさせられたと、不満げな長義から端末を取り上げた光忠が、小竜へと電話をかける。
 と、
 『あぁーら、ちょぎちゃんからお電話だわぁ〜!お姉さまは空腹よ!早くお昼持ってらっしゃい!』
 などと、明らかにふざけた声が返って来た。
 苛立った光忠は大きく息を吸って、
 「くだらない遊びしてないで!すぐ!厨に来なさい!!」
 『ぐ・・・グラン?!耳痛っ!!』
 驚く小竜に、更に畳みかける。
 「にゃにゃくんも連れてくるんだよ!いいね!!」
 乱暴に通話を切り、長義へ端末を返した光忠は、腕を組んで待ち構えた。
 ややして、
 「んもー、なんだよ、グランー!
 せっかく遊んでたのにぃー」
 「まじめに働いて帰ってきた俺達に、何の仕打ちだい?」
 暖簾を押し上げて、不満顔を並べた小竜と大般若を、光忠は睨みつける。
 「めんどくさくて遠征に行ったんでしょ!
 戻ったんならお手伝いしなさい!」
 「腹を空かせて帰って来た可愛い子に労働を強いるなんて、酷い親もいたもんだ」
 「可愛い子は、意地悪な継母と義姉ごっこなんかしません!」
 不満顔の大般若を叱りつけて、光忠は大鍋を指した。
 「これ、運んで。
 虎口側に一つずつね!」
 「遠い!」
 「めんどくさい」
 「黙んなさい!」
 反駁する小竜と大般若を睨みつけた光忠が、大鍋をそれぞれ押し付ける。
 「熱いから気を付けて持っていくんだよ!」
 「うん・・・」
 不承不承、受け取った小竜が、長義へ向き直った。
 「ちょぎ、お姉さまの代わりに」
 「小竜ちゃんが!持っていきなさい!!」
 「じゃあ、お母様のを持たせてあげよう」
 「にゃにゃくん!!」
 「長義には、わたしのてつだいをしてもらうからね。
 ふたりはさきにいくといい」
 やんわりと口をはさんだ小豆が、長義を手招いて菓子の入った重箱を渡す。
 「ちぇっ。
 つまみ食いしてやるっ」
 「小竜ちゃぁん?!」
 蓋を開けた小竜の頭を、光忠が鷲づかみにした。
 「ごちゃごちゃ言ってないで、早く行きなさい!」
 なおも文句を言いながら勝手口を出て行った二振りに、光忠はため息をつく。
 「まったく、あの二振りは!
 長義君も、嫌だったら言っていいんだよ?!」
 「え・・・はぁ・・・」
 なぜか諦観のこもった顔で、長義はあいまいな返事をした。
 「?
 どうしたんだい?
 いつもはじしんまんまんなのに」
 不思議そうな小豆に、長義はため息をつく。
 「・・・俺が、祖から続く三代に逆らえると思いますか?
 大般若さん、長船をトップブランドに押し上げたのは俺だって、すごいマウントとって来たんですけど」
 「あの子は、まったく・・・!」
 またため息をついて、光忠は長義の頭を撫でてやった。
 「そんなこと、気にしなくていいよ。
 君は君の流れで、最高傑作なんだからさ」
 「おやはなくともこはそだつ・・・すこしちがうか」
 そう言って、小豆も笑う。
 「あの二振りの性質を受け継がなくて、むしろ良かったよ。
 さ、僕達も行こうか」
 よいしょ、と、大鍋を持ち上げた光忠に頷き、三振りは虎口へと向かった。


 「おーい!
 メシだぜー!
 一旦やめろー!」
 太鼓鐘の大声が響き渡り、水上の刀達が手を止めた。
 「待ってたよ、太鼓鐘v
 さぁ、父上様。
 お昼いただきましょう?」
 空腹のせいで機嫌の悪かった日向が、亀甲の呼びかけに顔を上げる。
 「太鼓鐘v
 ようやく来てくれて、嬉しいよ!
 今日のお昼はなんだい?」
 軽やかな足取りで駆け寄って来た日向に、太鼓鐘は大きな笑みを浮かべた。
 「父ちゃんが漬けてくれた梅干しのおにぎりと、ここで炙る焼きおにぎりと餅、春野菜のてんぷらに、あったかい汁物も後で来るぜ!」
 「そうか、楽しみだねv
 先ほどまでの不機嫌はどこへやら、にこにこと笑う日向に、物吉がほっと胸をなでおろす。
 「もー、父さま、お腹空くとご機嫌悪くなるから、ハラハラしましたよ。
 大般若さんがいなくてよかっ・・・このタイミングで来るんですね」
 「なんだい、随分な言われようだな。
 重い鍋を持って来てやったのにさ」
 苦笑された大般若が、大倶利伽羅の設置した台の上に大鍋を置いた。
 「子供達を困らせるなんて、随分な親もいたもんだ。
 ま、うちの親父も、俺達にはだいぶ厳しいのだがね」
 「もー、ダディ。
 親父なんて呼んだら、またグランに叱られるよー。
 太鼓鐘、お玉とお椀、どこ?」
 重い鍋を軽々と置いた小竜が、台の周りを見回しているうちに、搦手(裏門)側にいた面々も寄ってくる。
 「あれ?!
 大般若、小竜!
 光忠は?!」
 福島が小走りに寄ると、大般若が背後を指した。
 「もうすぐ来るよ」
 「聞いてよ、じいちゃん!
 グランが俺をいぢめるのー!」
 「光忠が?」
 すり寄って来た小竜に、福島が小首をかしげる。
 「きっとまた、いたずらして叱られたんだろう?
 今度は何をやったんだ?」
 撫でてやる手の下で、小竜が目を逸らした。
 「別に何も・・・」
 「小竜は、こどもだから!
 すぐいたずらをするのだ!」
 粟田口の短刀達と共に蓮の花托を集めていた謙信が、眉根を寄せて首を振る。
 「なによ、謙!
 お姉さまに逆らうの?!」
 「なんのあそびをしているのだ!
 ぼくにおねえさまなんていないもんっ!」
 頬をぷにぷにと突いてくる小竜の手から逃げた謙信が、福島の背に隠れた。
 「なに逃げてんだよ、謙ー!
 ぷにぷにさせろ!」
 「やー!!」
 騒ぎながら、自身の周りを回る二振りに、福島が頬を染める。
 「見て、号ちゃん!!
 俺の孫ちゃん達、かんわいい・・・っ!!」
 「え?
 あぁ、ハイハイ」
 呼びかけた日本号は、興味なさげに生返事をして、すぐに次郎との酒盛りに戻ってしまった。
 「もー!こんなに可愛いのに!ねぇ、大般若?!」
 「え?あぁ、そうだね」
 手伝いを抜け出して、日本号達と合流しようとした大般若が、ぎくりと振り返る。
 「・・・君達、ホントに好きだよねぇ、お酒」
 呆れ顔の福島に、日本号は肩をすくめた。
 「そりゃあ、俺の逸話が逸話だからな。
 酒がなけりゃ始まらんだろ」
 「そうそう!
 アタシだって、お神酒が血液みたいなもんだしね!
 にゃにゃくんのは、ただの駄洒落だけどさー!」
 「せめて洒落と言ってくれ。
 親父もどうだい・・・って、飲まないんだったか」
 「酒には嫌な思い出があるからね!」
 そう言って福島は、じっとりと日本号を睨む。
 「俺は料理だけいただくよ。
 ところで・・・」
 光忠はまだ来ないのかと城門を見遣れば、重荷に歩が鈍る長義に合わせて、光忠と小豆が出てくるところだった。
 「光忠!」
 呼びかけると、彼はにこりと笑って寄ってくる。
 ようやく打ち解けてくれたかと思ったのもつかの間、近づくにつれ、その笑みが凄絶なものだとわかった。
 「にゃにゃくん!小竜ちゃん!!
 お手伝いしなさいって言ったでしょ!
 なんで飲んでるの!なんで遊んでるの!!」
 鍋を置いた途端、怒号を上げた彼に、大般若と小竜が飛び上がる。
 「配膳しなさい!!」
 「えぇ〜・・・俺達だって遠征帰りだぞ、親父?」
 「そぉそぉ!
 お腹空いてるんだよ、俺?」
 ぶつくさと文句を言いつつも、光忠に睨まれた二振りは渋々大鍋の前に立った。
 「親父、どんだけ食う?」
 「親父って呼ばなっ・・・!」
 「俺は後でいいよ。先に子供達にあげな」
 反駁する光忠とは逆に、福島が穏やかに応じると、大般若が笑い出す。
 「兄弟でも違うな。
 まぁ、俺と小豆もだいぶ違うがね」
 「そうだね。
 いつわや、もとのあるじのせいかくにもよるだろうからね」
 穏やかに言って、小豆が辺りを見回した。
 「すいーつをおくばしょがないな・・・。
 大倶利伽羅、鶴丸どの、すまないが、こちらにもおねがいする。
 長義、もうすこしがんばれ」
 離れた場所で、食事用の簡易テーブルを設置していた二振りへ声をかけた小豆は、積み上げられた重箱を落とすまいと、奮闘する長義へも声をかける。
 「大丈夫・・・です・・・!
 あ・・・小豆さんの力作を・・・地面に置くわけには・・・!」
 「半分持つ」
 声がしたと思えば、不意に重みが消えた。
 「偽物くん・・・!
 頼んだ覚えはないぞ!」
 重箱に塞がれていた視界の先に、山姥切の無表情を見て、長義がいきり立つ。
 「頼まれた覚えもないが、食後のすいーつが台無しになっては困る。
 うちの末弟は、すいーつは食後だって、うるさいんだ」
 なぁ、と呼びかけると、やや離れた場所にいた国広がムッと眉根を寄せた。
 「それは山姥切兄さんが、甘い物ばっかり際限なく食べるからでしょ!
 ちゃんとご飯食べてからじゃないと、また夜中にお腹空いたって起きることになるよ!」
 「そうであるなぁ!
 かっぷらーめんの匂いで起こされて、拙僧も困っているのである!」
 簡易テーブルを運んで来た山伏が、早速設置して長義の手から残りの重箱を取り上げる。
 これまでの重さに限界が近かった手の痺れを隠そうと、長義は両手をポケットに入れた。
 「ふん。
 偽物くんの意地汚さには困ったものだな!」
 「こらこら、いじわるをいってはいけないよ。
 長義はおにいさんなのだから」
 小豆に頭を撫でられて、頬を染める長義に山姥切が、はたと手を打つ。
 「ちょぎ兄」
 「はっ?!
 貴様、なにを言って・・・!」
 「本歌と呼ぶのは確かに他人行儀だったかもしれない。
 すまなかった、ちょぎ兄」
 言うや国広までもが駆け寄って来て、目を輝かせた。
 「山姥切兄さんの兄さんってことは、僕の兄さん!
 ちょぎ兄さん、よろしくお願いします!」
 「おぉ?!
 ならば、拙僧の兄上でもあるか!」
 「は?!
 お前たちまで何を言っているんだ?!」
 思わず歩を引くと、小豆に背を受け止められる。
 「よかったな、長義。
 おとうとがたくさんできて」
 「いや!弟って・・・」
 「ちょぎ兄」
 「ちょぎ兄さん!」
 「兄上!」
 「やめっ・・・!!」
 顔を真っ赤にする長義に迫る国広達が、ちらりと福島へ目くばせした。
 「っ!
 み・・・光忠!
 俺のことも、お兄ちゃんと呼んでくれていいんだぞ!」
 兄弟だし!と、迫り来る福島から、しかし、光忠はさりげなく身を翻す。
 「三日月さん!数珠丸さん!
 ごはんだよー!
 早く降りておいでよー!」
 蓮池へ向かって声をかける光忠に、舌打ちして離れた国広達に放り出されて、長義が目を吊り上げた。
 「貴様らなんのつもり・・・!」
 「利用価値がなくなっただけです。
 もうちょっと役に立つと思ったのに」
 「なんっ・・・!」
 忌々しげに言う国広に絶句する長義を、小豆がまた撫でてやる。
 「つぎはがんばろう」
 「は?!
 俺は一体、何に利用されたんですか?!」
 「まぁ、そのうち何かの役に立つんじゃないか」
 「偽物の分際で俺をリサイクルしようとするな!!」
 慰めようとする山姥切の手を乱暴に払い、長義は国広の胸倉を掴んだ。
 「貴様、なにを企んでいる!」
 「長船の皆さんが仲良くなる計画ですけど?」
 しれっと言い放ち、長義の手をひねってほどいた国広が、小首を傾げる。
 「光忠さん、思ったより頑固ですね。
 もうちょっと深く刺しましょう」
 「なんっ・・・!」
 「あまり、心ないことをするでないぞ」
 苦笑する山伏に、国広はにこりと笑った。
 「臨機応変って奴だよ!」
 「小豆さん・・・!」
 不穏な気配に、背後の小豆を振り返った長義へ、彼は苦笑して小首を傾げる。
 「もうすこし、じょうきょうをみようか」
 穏やかな提案に、長義は渋々頷いた。


 光忠の呼びかけに応じて、三日月と数珠丸は、くすくすと笑い合いながら岸へ降りてきた。
 「三日月さま、数珠丸さま、なにしてたんですか?」
 「おぉ、今剣。
 そなたもやるか?」
 三日月に渡されたざるの中身を見て、今剣は小首をかしげる。
 「これ、なんですか?」
 「鴨たちの餌ですよ」
 穏やかに微笑みつつ、数珠丸がざるの中から糠のような物を手にした。
 「餌が、枯れた葉や茎だけでは可哀想ですからね。
 虫も食べてくれますが、寒さに負けないように、身体を作ってあげなければいけませんので。
 毎日、三日月殿や大典太殿と、餌やりをしているのですよ」
 「へー!
 しりませんでした!」
 目を輝かせた今剣が、ざるを持って堀端へ駆けていく。
 「かもさん!かもさん!
 こっちですよ!
 ごはんですよ!」
 今剣が餌を撒くと、堀の半ばにいた鴨たちが堀端へと寄って来た。
 「かわいいです!
 まだちっちゃいのもいます!」
 今剣の歓声に、他の短刀達も寄ってくる。
 「本当だ!生まれたばっかりでしょうか」
 「か・・・かわいいです・・・!」
 秋田と五虎退が歓声をあげる隣で、薬研が感心したように頷いた。
 「なるほど、餌がいいからうまいんだな、ここの鴨は」
 その言葉に、前田がきつく眉根を寄せる。
 「薬研兄さん・・・!」
 「この状況でそういうこと言う?」
 「乱だって、自分で捌いてうまそうに食ってたろ」
 非難がましい目を向けて来る乱に肩をすくめて、薬研は並べられた重箱を見回した。
 「鴨肉はないんだな」
 「だぁら・・・!
 そういうこと言うなよお前は」
 早速、おにぎりを頬張っていた厚にまで言われて、薬研は口を尖らせる。
 「お前だって、いっつも肉食ってるじゃねぇかよ。
 大般若ー。
 俺にもメシくれ」
 寄って行くと、大般若は汁物をついだ椀を渡した。
 「そら、たんとお食べ。
 俺が作ったんじゃないけどな」
 「ありがとさん。
 ・・・お?
 いつもの豚・・・じゃねぇ。あれじゃないんだな」
 「いもには、もうきせつではないからね」
 危うく豚汁と言いそうになった薬研に、小豆が微笑む。
 「家族間で、妙な喧嘩がなくなってほっとしたよ。
 おーい!
 餌やりが終わったらこっちへおいで!」
 大般若が呼びかけると、残った餌を全部撒いて短刀達が駆け寄って来た。
 「薬研兄さん、もう食べてる!」
 「鴨、入って・・・ないですよね・・・?」
 「それは知らん」
 秋田と五虎退に椀を渡しながら、大般若が首を振る。
 「どうなんだ?」
 「はいっていないから、あんしんしておたべ」
 「あ・・・ありがとうございます・・・!」
 微笑む小豆に礼を言って、五虎退が椀を覗き込んだ。
 「あ・・・あの・・・。
 さっき、けんかしてるって・・・」
 上目遣いで見遣った大般若が、苦笑して頷く。
 「あんたも上杉の子だったな。
 味噌だ醤油だ、豚肉だ牛肉だって、伊達と上杉がやいのやいのと。
 二代目の長兄としては、下手に関わると面倒なことになりそうだし、嵐が過ぎるのを待つしかないのがなぁ」
 「長兄?」
 そうなのか、と、薬研が見上げた小豆は、にこりと笑って大般若を見遣った。
 「いつもパパンにしかられるほうが、おとうとじゃないのかな?」
 「まめまめしく働く方が弟に決まっているじゃないか。小豆だけに」
 「ふふ・・・。
 わたしはどちらでもいいけれど」
 と、二振りの会話を、ずっと聞いていた福島が目を輝かせる。
 「光忠!
 まめまめしい方が弟だって!
 大般若はいいこと言うよね!ねっ!!」
 「あ、そっちお皿足りてるかい?
 誰かー!
 お皿取りに来てー!」
 福島の声が聞こえないふりで、光忠は背を向けた。
 「ありゃ、わざとやってんな」
 くすくすと笑う日本号に、食器を取りに来たにっかり青江と物吉が顔を見合わせる。
 「なにか企んでいるのかい?」
 「福島さん、どうかしたんですか?」
 「実は・・・」
 と、首を傾げる二振りの耳に囁けば、いきなり踵を返して駆け去ってしまった。
 「なんだ?」
 日本号が見つめていると、にっかりは数珠丸の、物吉は亀甲と太鼓鐘の、それぞれ手を引いて連れて来る。
 「光忠さん、僕の兄さんにもよそってくれるかな?」
 「は?!な・・・なにを突然・・・!」
 驚く数珠丸に、にっかりは楽しそうに笑った。
 「じゅず兄は朝から準備や指揮で忙しかったから、お腹空いているよねぇ。
 ねぇ?じゅず兄v
 協力者の出現に目を輝かせる福島の気配を背に感じながら、光忠はため息をつく。
 「にっかりくん・・・。
 いつも、数珠丸さんのことを兄さんなんて呼んでないよね。
 どうしちゃったの、今日は?」
 「そんなことないよ。
 二人でいる時はいつも呼んでいるよねぇ、じゅず兄?」
 「嘘でしょ。
 君、生まれて初めて言ったでしょ。
 そうでしょ、数珠丸さん?」
 「えっ?!」
 二振りから迫られて、困っている数珠丸に見えるように、物吉が何度も頷いた。
 その上、声には出さずに『ハイと言ってください!』と言われ、数珠丸はこくりと喉を鳴らす。
 「・・・そ・・・ですね・・・に・・・にっこり」
 「にっかり、だよ、じゅず兄」
 「え?!」
 それこそ、生まれて初めて嘘をついた数珠丸が、顔を赤くして慌てふためいた。
 「は・・・はい!
 に・・・にこ・・・えっと!に・・・に・・・!」
 「んもー」
 呆れて苦笑するにっかりに、光忠は肩をすくめる。
 「やっぱり嘘じゃないか」
 「そーですね!
 青江さんのところはそうかもしれませんけど!」
 にこりと、物吉が笑って亀甲と太鼓鐘の手を取った。
 「僕達はいつも言ってますよねー?
 ね、亀兄、太鼓鐘ーv
 「物吉君まで何言ってるの?!」
 思わず声を大きくした光忠に、察した太鼓鐘が頷く。
 「そうだな、亀兄、物吉兄ちゃん」
 「貞ちゃん?!」
 思わぬ裏切りに動揺する光忠とは逆に、力を得た福島が背後から光忠を抱きしめた。
 「ほらほらぁ!
 みんな、家族の中では呼んでるんだからさぁ!
 光忠も!
 俺のことをお兄ちゃんって!
 呼んでくれよー!」
 「だから!
 この本丸に来たのは僕の方が先だって言ってるじゃないか!」
 断固拒否する光忠に、更なる敵が現れる。
 「いいじゃないですか、光忠さん!
 兄弟がいるって、いいですよ?」
 山伏と山姥切の手を引いて駆け寄ってきた国広が、嬉しそうに笑いかけた。
 「僕なんて偽物だって言われて、兄さん達もどうせ認めてくれないと思ってたのに・・・」
 ぎゅっと、兄達の手を握る。
 「山姥切兄さんは最初から兄弟、って呼んでくれたし、山伏兄さんは三兄弟揃った、って喜んでくれたし。
 僕・・・本当に嬉しかったんですよ!」
 目を潤ませる国広を間に、三兄弟が抱き合った。
 「当然である!
 二振りとも、拙僧の自慢の兄弟であるからな!」
 「こんなに似ているのに、兄弟じゃないわけがない」
 山伏と山姥切の言葉に、物吉が深く頷く。
 「氏より育ちとは言いますけど、血は濃いものですよね。
 堀川の皆さんもそうですけど・・・僕達も・・・時々、認めたくはなくても・・・・・・!」
 眉根を寄せる物吉の隣で、そっくりに眉根を寄せて、太鼓鐘も頷いた。
 「あぁ・・・。
 亀兄と似ているって言われんのはちょっと・・・なんだけどよ、似てんだよなぁ、残念ながら」
 「・・・っ弟達!
 辛辣で可愛いっ!!」
 頬を染めて悶える亀甲のことはともかくと、日本号は以前、山姥切が言っていたことを思い出す。
 「情に訴える作戦か・・・。
 確かに、そこを突いてくんのは人でなしかもなぁ・・・」
 「え?なに?兄弟ネタ?
 アタシも兄貴、呼んでこようか?」
 血は繋がってないけど兄貴!と、杯を掲げて陽気に笑う次郎太刀に、光忠は大きなため息をついた。
 「・・・・・・・・・わかったよ」
 低く呟いた彼に、目が集まる。
 中でも、ひときわ目を輝かせる福島の腕を解いて、光忠は彼と向き合った。
 「・・・えっと・・・さ。
 なんだか・・・最初に変なこと言われちゃったから、僕も意固地になっていたんだけど」
 頬を染めて、目を逸らす光忠に、福島は息を飲んで頷く。
 「これからも、長船が増えるかもしれないし・・・ううん、『光忠』が増えるかもしれないから・・・さ」
 「うんうん!!
 そうだよ、実休兄ちゃんとか、生駒兄ちゃんとかさぁ!!」
 両手を取って振り回す福島に一瞬、うんざりとした表情を浮かべた光忠だったが、気を取り直していつもの、魅惑的な笑みを浮かべた。
 「これからも、同じ本丸の仲間としてよろしくね・・・―――― 兄弟」
 「んあ・・・」
 目を丸くした福島に、国広達は顔を見合わせ、日本号は吹き出す。
 「ま、その辺りが妥協点じゃねーか?」
 大笑する日本号ににんまりと笑った太鼓鐘が、放心した福島に駆け寄り、その背を叩いてやった。
 「しゃっきりしろよ、福島!
 あんたがみっちゃんの兄弟なのは確かだろ!」
 「太鼓鐘・・・・・・。
 俺のことは福ちゃんでいいんだよ?」
 「いや、そりゃねーわ」
 あっさりと言われ、日本号へ泣き縋る福島に、周りから笑声が沸いた。


 騒々しい昼食の後、勝負は大包平の大音声から再開された。
 「どこよりも早くっ!
 枯葉を刈って見せるっ!!」
 「・・・騒々しい。
 ぬしさまよりお叱りがありますぞ」
 耳を塞ぎ、思わずぼやいた小狐丸に、石切丸が苦笑する。
 「元気が取り柄だからねぇ。
 しかし、耳のいい君には辛いかな」
 「私ほど耳が良くなくとも、今のは辛いと思いますが」
 と、肩越しに見遣った先では、短刀達が辛そうに耳を撫でていた。
 「はは・・・。
 誰が勝ってもいいから、早めに終わらせたいね」
 「我が陣が勝てば何より・・・おや?」
 勢いのあった大包平組の動きが、突然止まった事に気づいて耳を塞いでいた手を下すと、蜻蛉切が鎌を引き寄せて、なにやら指示をしている。
 「蜻蛉切!
 なにかあったのか?」
 鶯丸が声をかけると、彼は頷いて水面を指した。
 「大したことではないが、ここに鴨が集まって、餌をついばんでいるのだ。
 大包平殿、一旦ここは避けて、他のところから刈って行こう。
 終わる頃には、鴨も移動しているはずだ」
 「そうだな!
 こいつらも自分の仕事をしているのだ、邪険にしては、大切に育てている数珠丸殿に申し訳が立たん!」
 天下五剣をライバル視していても、高僧への礼儀は忘れない大包平の声に、隣の区画で船頭に立つ三日月が笑い出す。
 「手が空いているならば、こちらの手伝いもして欲しいものだ。
 なぁに、追加点くらいにはなるだろうよ」
 「三日月殿・・・!」
 苦々しげな小狐丸にもまた笑って、わざとらしく腰を伸ばした。
 「俺が、このような仕事を得意とせぬことは知っているだろうに。
 上手がいれば、任せるが上策よ」
 「はっ!!
 とうとう俺が上手と認めたな!
 いいだろう!
 こちらを終わらせたら、貴様のところも刈ってやる!!」
 その声は、ドローンのスピーカーを通じて搦手側へも届いた。
 「ほう・・・。
 それはいいな。
 こちらも頼みたいものだ」
 鬼丸のつぶやきに、大典太とソハヤも頷く。
 「手っ取り早く終わらせるなら、それがいいかもしれんな」
 「ま、はっきり言えば、飽きたな」
 なぁ、と、同意を求めた一期は、堀端で苦笑した。
 「ここで放り出しては、弟達に示しがつきませんな。
 最後までお願いしたい」
 「カカカッ!
 飽きたのであれば、拙僧たちが代わろうぞ!」
 山伏の申し出を、ありがたく受けた天下五剣たちとは逆に、隣の御手杵たちがいきり立つ。
 「あいつにばっかいい顔させねーぞ!」
 「おうよ!
 こちとら、チームプレイはゲームで慣れてんだ!
 負けちゃいられねーぜ!」
 気勢を上げて、獅子王は棹(さお)を手繰った。
 「筏は任せろ!
 お前達は目の前にあるもん、どんどん刈ってけ!」
 「は・・・。
 得意と言うだけのことはあるな」
 鎌を繰り出しやすい、的確な位置へ筏を据える獅子王の力量に感心しつつ、大千鳥は御手杵に負けじと枯葉を刈り取る。
 「槍が三本に大太刀もいるんだ!手足の長さは負けてねぇ!」
 「ああ、勝つぞ!」
 力強く頷き、大千鳥は一心に鎌を操った。


 ―――― その後、各組共に担当区画の枯葉をすっかり刈り取り、勝負は決した。
 「どうだ!!
 三日月組だけでなく、大典太組の区画まで刈り取ってやったぞ!!!!」
 こぶしを掲げて快哉をあげる大包平組に、小狐丸は眉根を寄せる。
 「・・・まったく、天下五剣ともあろう方々が覇気のない」
 苦言する彼にしかし、三日月は愉快そうに笑った。
 「楽をさせてもらって、良かったではないか。
 それに、勝負ならば少なくとも、大包平組には負けていないぞ」
 「なんだと?!
 負け惜しみか、三日月!!」
 本丸中に響き渡る大音声を柳に風と受け流し、三日月は堀端の一角を指す。
 「そなたたち、鴨のいた一画を刈り忘れているではないか」
 「なにぃっ?!」
 「だったら!!」
 驚愕する大包平の前に、獅子王が進み出た。
 「俺たちの勝利だぜ!」
 「あぁ!!
 なんたってこのゲームのルールは、『一番早く担当区域を終わらせた組が勝ち』だからな!」
 御手杵も呼応して、こぶしを掲げる。
 「判定は?!」
 福島が迫ると、動画をチェックしていた厚が頷く。
 「優勝!
 チーム獅子王!!」
 「やったぜええええええええ!!!」
 「勝ったああああああああああああ!!!!」
 大快哉をあげる獅子王達の傍らで、大包平が地に膝をついた。
 「なんてことだ・・・!」
 「ありゃ。負けちゃったかぁ・・・」
 「鴨がいた場所を残していたことを、すっかり忘れていたな」
 苦笑する髭切の隣で、膝丸がため息をつく。
 「いつもながら、詰めが甘かったということだ。
 まぁ、気づいてはいても・・・まだここにいるから、刈るのは難しかったかもしれないな」
 隠れ場所を全て刈られてしまったせいか、残った枯葉の陰に潜んで休息する鴨たちの姿を覗き込み、鶯丸が目を和ませた。
 「先に、鴨を岸へ追いやっておくべきだったかな」
 唸る静が、大包平へ歩み寄る。
 「あまり気にするな」
 「だが・・・!俺は・・・っ!!」
 地面を叩いて悔しがる大包平へ、数珠丸も歩み寄った。
 「申し訳ありません。
 いつも通りに餌をやってしまった私が悪かったのです。
 岸へあげておくべきでした」
 「そうだな、ついついだな。
 いやはや、習慣とは恐ろしい」
 くすくすと笑う三日月に、小狐丸がはっとして・・・ため息をつく。
 「・・・お人が悪い」
 「なんのことやら」
 小狐丸の囁きにはとぼけて、鴨を大包平の区域へと誘導した張本人は、楽しげに笑った。


 「皆さんのおかげで、すっかりきれいになりました」
 勝負ののちは、なぜか堀端で酒宴となった中を、数珠丸の声が通る。
 「切り取った花托から出した種は、既に干して磨いておきましたので、すぐにでも数珠を作ることができますよ」
 そう言って彼が差し出した籠の中には、艶やかな黒い種がぎっしりと詰まっていた。
 しかし謎の言葉には、素面の面々が首をかしげる。
 「あのっ!数珠丸さまっ!
 ぼくたち、ついさっきたねをだして、おわたししたんですけど・・・?」
 それがなぜ、既に磨いてあるのかと、困り顔の今剣に数珠丸はにこりと微笑む。
 「先ほど頂きました種を持って一週間ほど前に遡り、大豆の乾燥室に入れておいたのです」
 「あ・・・。
 謎の黒い種があると思えば、それでありましたか」
 声をあげた小狐丸に、数珠丸は一礼する。
 「無断で申し訳ありません。
 乾いた種は、皆さんが枯葉を刈ってくださっている間に磨いておきました」
 「さすが、手際がいいね、数珠丸さん」
 にっかりが声をかけると、数珠丸は少し、不満そうに眉根を寄せた。
 「どうかしたかい?」
 首を傾げる彼へ、数珠丸は頬を染める。
 「ま・・・また、じゅ・・・じゅず兄と、呼んでいいんですよ・・・?」
 「・・・数珠丸さんまでめんどくさいことを言うようになったのかな?」
 呆れるにっかりに、数珠丸は涙目で縋った。
 「さっきは呼んでくれたではありませんか!」
 「あれは楽しそうだったから、ちょっとしたいたずらだよ」
 「いつも呼んでください!」
 「僕のこと、にっこりなんて言ったからダメー」
 「そんな!
 もう間違えませんから!」
 いつも穏やかな数珠丸の慌てようから皆が目を離せない中、三日月は目を輝かせて小狐丸へ向き直る。
 「実に良い話ではないか。
 俺のことも、ぜひ兄上と呼んでくれ」
 言えば、小狐丸はにこりと笑って頷いた。
 「承りました、三日月殿」
 「いや、だから兄上と・・・」
 「えぇ。
 ですから承りましたぞ、三日月殿」
 笑みを深くして、小狐丸は自身の胸に手を当てる。
 「承るとは申しましたが、お呼びするとは申しておりませぬ。
 天下五剣にして三条の長たる方に、馴れ馴れしくなどはとてもとても」
 三日月本人よりも、天下五剣と三条の名誉にこだわる小狐丸の切り返しに、にっかりと、眉根を寄せて場を眺めていた光忠が、思わず拍手した。
 「それはいい。
 数珠丸さん、僕も承るけれど、呼ばないよ」
 「そんな・・・」
 しょんぼりと肩を落とした数珠丸のことは気の毒に思いつつも、眉を開いた光忠は、満足げに頷く。
 「その手があったよね!」
 「え?!
 最初からやり直し?!」
 聞きつけた国広の舌打ちにも焦りつつ、福島は光忠に縋った。
 「兄弟は!
 兄弟はいいって言ったよね、光忠?!」
 「うーん・・・。
 それも、無理矢理妥協させられたって感じが強いからなぁ。
 僕も、考え直し・・・」
 言いかけた光忠の視線の先で、太鼓鐘たち貞宗兄弟がこれ見よがしに寄り添う。
 更には、日向までもが剣呑な目で睨んできて、光忠はため息をついた。
 「わかったよ・・・兄弟」
 「光忠ぁー!!!!」
 「うわ・・・」
 鬱陶しい、どうにかしてほしいと、目で訴えかけてくる光忠から、日本号はあからさまに目を逸らす。
 「ま、仲良くしてくれや」
 相変わらず騒々しい連中の中で、日本号は愉快げに酒をあおった。



 了




 










福岡城のお堀で、蓮の枯葉の除去をしているのを見て思いついた話でした。
弊本丸のお堀は、福岡城がモデルなものですから。
毎年、2月から3月初めくらいになると、お堀端に軽トラがずらっと並んで、筏に乗った作業員さん達が刈った葉をどんどん運んで行ってたんですが、コロナになってから予算不足なのか、桜が咲く辺りだけを少人数で刈るだけになってしまいました。
早く終わるといいですね、コロナ。
こんな所にまで影響が出ていますよ。
本当は、2月くらいには仕上げたかったんですけど、もう5月です。
それでも、新しい葉が出る前には間に合いました。>ギリギリ。
お兄ちゃんと呼んでほしい福ちゃんの話、お楽しみいただけたら幸いですよ。













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