〜 花をめで 〜





 「うちの姫が、チャラ男に引っかかってしまった。なんとかしてくれ」
 紅葉した葉が舞い散る回廊で、日光一文字にいきなり肩を掴まれた長谷部は目を丸くした。
 「・・・唐突だな」
 「姫っつっても、極道一家のモンじゃねぇか。
 反社同士うまくやればいいだろ」
 酒瓶を肩に担ぎ、笑う日本号に日光はムッとする。
 「誰が反社だ」
 「同じ備前の長船を見てみろ。
 少なくとも反社には見えねぇが、あんたらはガチだろ。
 チャラ男の一人や二人、自力でなんとかしろや」
 言うや、背を向けようとする日本号の腕を掴んで引き戻した。
 「風紀が乱れることは、よくないぞ!」
 「ガキじゃあるまいし、いちいち家族が口をはさむんじゃねぇよ」
 ため息をつく日本号の隣で、長谷部が首を傾げる。
 「というか、チャラ男とは誰のことだ。
 チャラついたものなら何振りかいるが」
 「え?笹貫じゃないのか?」
 「俺は大般若だと思った・・・加州の可能性も少し考えたが」
 「意外と豊前だったりするかねぇ?」
 「鯰尾は、チャラいというよりいい加減だからな」
 どれだ、と問われて、日光は大きなため息をついた。
 「光忠だ」
 「どっちの」
 「福島にそんな甲斐性があるかよ。
 燭台切なら備前同士、都合がいいじゃねぇか。嫁がせとけ」
 無茶を言う日本号に、日光が目を吊り上げる。
 「貴様はいつもそうやっていい加減なことを!!」
 「お前がチャラ男だのなんだの言うから何事かと思ったが、燭台切なら間違いなど起こるわけがない。
 思い違いか考えすぎだ」
 長谷部が絶大な信頼を寄せることも気に入らず、日光は頑迷に首を振った。
 「俺も初めは、上杉の連中と一緒にいるのだと思っていたが、謙信や小豆がいない時でも厨に行くのは異常だろう!」
 「厨?
 あそこには、光忠だけじゃなく、歌仙や伊達の連中もいるだろうに」
 早く話を終わらせたい長谷部がそっけなく言えば、日光は意外そうに眉根を寄せる。
 「うちの姫が、その他になびくものか」
 「お前、歌仙に斬られるぞ・・・」
 「そんなことはどうでもいい!」
 あきれ顔の日本号にきっぱりと言って、日光は長谷部に迫った。
 「姫をなんとかしてくれ!
 俺の話は全く聞いてくれんからな!」
 「いや待て、だったら俺たちの言うことなんか、余計に聞かんだろう」
 姫鶴一文字が中々のワガママ姫であることは、既に周知のことだ。
 「だったら!
 うまく説得できそうなものに頼んでくれ!
 俺には、誰がふさわしいのかわからん!」
 「えぇ・・・」
 困り顔を見合わせた二振りは、揃って唸り声をあげた。


 「で、なんで直接僕に持ってくるわけ?
 姫くんを誘惑するチャラ男なんでしょ?」
 困り顔を並べる長谷部と日本号に、光忠は笑いすぎて零れる涙をぬぐいながら言った。
 「角を立てずに説得できるものと言えば、お前以外に知らないからな」
 「ナイス評価だぜ、長谷部!」
 転げまわって笑っていた太鼓鐘が、肩で息をしながら言う。
 「一文字の姫なら家格も釣り合うし、もらってやれ、光坊!
 媒酌人は俺がやってやるぞ!」
 「鶴さんまで」
 笑いすぎて息も絶え絶えになりながら言う鶴丸に、光忠は苦笑した。
 「日光さんも、直接僕に言ってくれたら誤解もなかったのにねぇ。
 ねぇ、伽羅ちゃん、そろそろ息しないと死んじゃうよ?」
 壁に懐いたまま、肩を震わせて苦しむ大倶利伽羅に声をかけてから、光忠は人差し指を口元へあてる。
 「でもこれ、秘密にしておいた方が楽しいかも。
 姫くん、小豆くんからお菓子作りを教わっているんだよ。
 小豆くんがいない時は、僕と歌仙くんで教えてるんだ」
 「なんだ・・・そうか」
 ほっとした長谷部の隣で、日本号が肩をすくめた。
 「ま、そんなこったろうな。
 あの姫にしちゃ意外だから、日光の奴が思いもしなかったんだろうが」
 しかしなぜ、と首を傾げると、太鼓鐘が壁にかかった暦を指す。
 「十月の晦日、例の祭をまたやるんだよ。
 どっかから話を聞いた姫鶴が、子供達にお菓子あげたいって言い出したんだ」
 「あぁ・・・。
 そういえば主から、刑部姫の衣装を新調すると伺ったな。
 これまではあり合わせで着ていたが、この際専用の衣装もいいだろうとおっしゃっていた」
 「派手にやろうぜ!って、俺がデザインしたんだぜー!」
 得意げな太鼓鐘に、鶴丸が目を輝かせた。
 「俺達もまだ、見せてもらっていないんだ!
 出来上がるのが楽しみだな!」
 「へっへー!
 あっと驚かせてやんぜっ!!」
 「主くんの新衣装、楽しみだね!」
 はしゃぐ彼らに、長谷部がため息をつく。
 「楽しむのもいいが、あまり羽目を外すなよ。
 短刀達が御殿中を駆け回るものだから、片づけが大変なんだ」
 「仕掛けてんのは俺らだがな」
 御手杵と組んで、散々短刀達を翻弄した日本号が、愉快げに笑った。
 「お前達も、いい加減にしてくれ。
 後片付けを手伝うならまだしも、飲んだくれてその介抱までやらされるのではたまったものではないぞ」
 「まぁまぁ、長谷部くん。
 片づけやお掃除は、短刀くん達が率先してやってくれるからね。
 神無月は大太刀さん達がいないから、宴会もそこまでひどくならないし」
 「次郎太刀が聞いたら拗ねるぞ」
 肩をすくめた日本号が、早々に踵を返す。
 「んじゃ、日光には勘違いだって言っておくからよ、せいぜい楽しませてくれや」
 協力はする、と言い置いて厨を出る日本号の背に、長谷部がまたため息をついた。
 「今回はどんな騒動になるのやら・・・。
 今から頭が痛いな」
 「そんなこと言わずにさー!
 長谷部も参加しろよ!」
 太鼓鐘に袖を引かれて、長谷部は眉根を寄せる。
 「要望があれば手伝おう。
 だが・・・俺は日本号や御手杵のように、小さいものが喜ぶ企画などわからんからな」
 「生真面目だなぁ、君は!」
 鶴丸の意外な膂力で背を叩かれ、長谷部が咳き込んだ。
 「前に主から聞いたが、博多や筑前の気質は酒好き、祭好きで、まさに日本号の気質そのままだそうじゃないか!
 長谷部や日光はむしろ規格外だと言っていたぞ!」
 「・・・あんないい加減な奴が同じ家中にいれば、真面目にならざるを得んだろうが!」
 「え?そうか?」
 「個性は押さえつけずに伸ばしてやれよ」
 意外そうな太鼓鐘と、したり顔で頷く鶴丸に、長谷部が眉根を寄せる。
 「だから伊達は教育によくないと、各家中から言われるんだ」
 「なにをぅ!」
 ムッとした鶴丸が、両手を腰に当てた。
 「鶴さんが手塩にかけて育てた子達だぞ!
 元気溌剌でお手伝いも率先してやるいい子たちじゃないか!」
 「育てられた覚えはないけど、いい子だよな、俺達」
 「貞坊?!」
 「鶴丸一振が、教育に悪いとか言われているんだ」
 「伽羅坊まで!!
 光坊は!光坊は鶴さん大好きだよな?!」
 「大好きだけど、育てられた覚えはないかなぁ」
 「んまっ!!
 鶴さんは君たちを、そんなに冷たい子に育てた覚えはないぞ!!」
 「だから、育てられた覚えもねーって」
 苦笑する太鼓鐘に、長谷部も深く頷く。
 「小夜がまだ黒田家にいたなら、俺も歌仙と同じことを言ったぞ」
 「君、俺に失礼だぞ!」
 「日頃の行いを顧みろ!!」
 すかさず反駁すると、胸に手を当てた鶴丸が、あらぬ方向を見遣った。
 「まったく!
 少しは落ち着いたらどうなんだ、平安ジジィのくせに!」
 「年齢差別よくない!」
 「年相応になれと言っているんだ!!」
 「まぁまぁ、長谷部くんも鶴さんも落ち着いて」
 間に入った光忠が、一触即発の二振りを引き離す。
 「鶴さんは育て親としては問題ありかもしれないけど、頼りにはなるんだからいいじゃない」
 「・・・君もなかなかの問題発言だぞ」
 「そう?」
 にこりと、魅惑の笑みを向けられて、鶴丸の怒気もそがれてしまった。
 「まぁいい。
 教育に悪いと言われようが、若い連中が喜びそうなことをするだけさ」
 「お前が楽しんでるだけだろうが」
 ぽつりと言う大倶利伽羅の肩を抱いて、大きな笑みを浮かべる。
 「伽羅坊も楽しもうな!」
 まったく懲りる様子もない彼に、大倶利伽羅と長谷部は揃ってため息をついた。


 「ただいまー!
 ・・・っておい」
 太鼓鐘が自室の襖を開けるや、びくっとして背を向けた物吉に、彼は容赦なく覆いかぶさった。
 「なに隠してんだよ。
 見せろよ」
 「なっ・・・なにもっ・・・!!」
 畳の上にうずくまってしまった物吉から、一旦離れた太鼓鐘は、何かを抱きかかえて無防備なわき腹を思いっきりくすぐる。
 「きゃはっ!!やっ!!めて!!
 太・・・!!やめっ!!!!」
 攻防の末、とうとう物吉の腕からまろび出たものを、太鼓鐘はすかさず取り上げた。
 「あっ!
 トオルさん!!」
 「誰だよ」
 ふわふわとしたピンクの毛並みの、ウサギのぬいぐるみを掲げて、太鼓鐘は肩をすくめる。
 「今度は何の景品だ?
 お前の戦利品が部屋から溢れてんだ、処分しろよ」
 小脇にぬいぐるみを抱え、床の間へ向かおうとする太鼓鐘の足に、物吉が縋った。
 「やめて!
 僕のスティーブンに触らないで!!」
 「・・・スティーブンが一番でかくて邪魔なんだよ」
 太鼓鐘の身長を優に超える、巨大なウサギのぬいぐるみを見上げていた視線をずらす。
 「じゃあ、二番目と三番目にでかいの」
 「やだやだ!!
 アーノルドとシルベスターがいないと、スティーブンがさみしくて死んじゃいます!!
 ウサギはさみしいと死ぬんですよ!!」
 「んなわけないだろ」
 スティーブンには及ばないものの、太鼓鐘よりも大きなアーノルドとシルベスターに手を掛けようとすると、背後から両の肩を掴まれた。
 「太鼓鐘、僕以外の子に意地悪しちゃだめだよ。
 物吉にとって、彼らは心の拠り所なんだから」
 「亀ぇ・・・。
 だってよぉ・・・」
 肩越しに亀甲を見上げた太鼓鐘は、不満げに口を尖らせる。
 「見ろよ、この大繁殖したウサギ。
 多頭崩壊もいいとこだろ」
 三人部屋だけに、十分な広さがある部屋には、床の間に鎮座する巨大な三羽をはじめとして、壁中に設えられた棚に大小さまざまなウサギが詰め込まれ、更にあふれて床の大半にウサギが敷き詰められていた。
 「初見連中がドン引きだぜ」
 「なんだよ!
 太鼓鐘だって、光忠さん達のウサギ持ってるじゃないですか!」
 「あれはいいんだ!
 伊達のだけ買ったんだから!
 お前は違うだろ!
 際限なく当ててくるだろ!!」
 しかも大きい物ばっかり!と指さされて、物吉は涙目で黙り込む。
 と、苦笑した亀甲が、太鼓鐘の腕を引いて物吉から引き離した。
 「ほら、兄弟で喧嘩しない。
 物吉も、誰かに譲るなりして、少し減らしてはどうかな?」
 「それなら・・・捨てるよりは・・・・・・」
 「お前が当てた景品だからな、縁起物だって、欲しがる奴は多いと思うぜ」
 短刀は全員に配ろう、と、早速写真を撮り始めた太鼓鐘から、物吉が端末を取り上げる。
 「なにすんだ」
 「あげていいものとダメなものがあるから!
 自分で写真撮ります」
 と、棚の真ん中に置いていた白いうさぎのぬいぐるみをスティーブンの膝の上に置いた。
 「万が一にも按針を持っていかれたら、僕が折れてしまいますから。
 按針、ちょっとここにいてくださいね」
 「物吉の、初めてのウサギだねぇ」
 くすくすと笑う亀甲に、物吉が頷く。
 「亀甲も太鼓鐘も、ソハヤさえいなくて、一人ぼっちだった僕を慰めてくれた子です。
 按針はスティーブンのお膝で、ヨーステンはアーノルドのお膝ですね。
 あ、シルベスターがいいですか?
 按針の隣はジョゼフにしましょう。
 親子は一緒がいいですよね。
 ほかにはー・・・」
 と、床の間に次々とぬいぐるみが積み上げられていった。
 「全然減らねぇじゃんか」
 そもそも、と、太鼓鐘はあきれ顔になる。
 「御用外国人以外の名前、セガール・スタローン・シュワルツェネッガーって、どんだけ筋肉好きだよ」
 「いいじゃないですか!!
 自分にないものを求めちゃ悪いとでも?!」
 「うん、悪くないよ、物吉ーv
 すかさず間に入った亀甲が物吉をなだめた。
 「太鼓鐘も、お別れの儀式にちゃちゃ入れちゃダメでしょう?」
 「だって俺の寝床がかかってんだもん」
 ウサギの隙間に布団を敷く身にもなれ、という彼に、物吉がむくれる。
 「・・・太鼓鐘は、最後に来たから知らないんですよ。
 僕が豊臣に囲まれて、どんなに神経削られたか。
 博多になんて、『脇差一本に大金を払わされた』って、ずっと言われてたんですから・・・」
 「うんうん、かわいそうだったよね。
 夜に添い寝してくれるの、按針だけだったものね」
 よしよし、と頭を撫でてくれる亀甲の手の下で、物吉が涙目になった。
 「どれも・・・僕の思い出のウサギたちなのに・・・。
 太鼓鐘のばかぁ・・・!」
 「俺に泣き落としはきかねーぞ。
 真夜中にウサギ雨が降って何度も起こされてんだ」
 安眠させろ、と更に迫られ、物吉は分別に戻った。
 「・・・新しく手に入れた、桜色のトオルさんは・・・もうしばらく持っていたいです」
 いずれは譲る、という物吉に、太鼓鐘は手を打つ。
 「そうだ、これ、主に贈ろうぜ。
 10月は誕生月だろ」
 「主さまに?」
 だったら・・・と、物吉は頷いた。
 「幸運のおまじないをしてから、お渡しします!」
 途端に晴れやかな顔になって、物吉はウサギの頬にキスする。
 「お!いいな!
 じゃ、俺もー!」
 太鼓鐘がもう一方の頬にキスすると、亀甲もウサギの足を丁重に取った。
 「僕はおみ足にv
 うふふv
 ご主人様の足に接吻しろ、って言われているみたいで、ぞくぞくするよ!!」
 頬ずりまでしようとした亀甲から、物吉は慌ててウサギを引き離す。
 「変な霊力が移っちゃうと大変だから、やめて!」
 ぷくっと頬を膨らませたものの、ふと気づいて踵を返した。
 「どした?」
 「せっかくですからソハヤと、大典太さんの霊力も分けてもらいます!」
 「お!
 じゃあ、厨房にも持っていこうぜ!まだ細川と伊達の連中がいるはずだ」
 物吉の後について回廊を走っていると、出会い頭にぶつかりそうになって、慌ててよける。
 「ごめんなさいっ!
 えっと・・・笹貫さん!」
 壁に張り付いてしまった相手の顔を見上げた物吉に、目を丸くしていた笹貫がほっと吐息した。
 「おっどろいた。
 足音は聞こえてたんだけど、まさかそのまま突っ込んでくるって思わなくてさ」
 「ごめんなさい・・・」
 再び言った物吉に、笹貫は気さくに手を振る。
 「いーっていーって。
 それより、なんか急ぎ?」
 「あ、いえ!
 そういうわけじゃないんですけど・・・」
 「いいこと思いついたから、気が急いちまったんだ」
 物吉の後ろから顔を出した太鼓鐘に、笹貫は首を傾げた。
 「いいことって?」
 「あのな・・・」
 太鼓鐘が、主へ贈るウサギに霊力を込めるつもりだと話すと、笹貫は目を輝かせる。
 「それ、俺もやっていいー?
 なんか楽しそうだし、俺の霊力なら、失くしても戻って来るかもよ?」
 「それ!いいですね!」
 はい、と、物吉に渡されたウサギの額に、笹貫は丁寧にキスをした。
 「ありがとうございます!
 主さまも喜んでくださいますよ!」
 物吉は輝くような笑みを浮かべ、また駆け去っていく。
 「あ!だから、走っちゃあさぁ・・・」
 物吉の後について行く太鼓鐘さえも、あっという間に姿を消してしまい、笹貫は苦笑して肩をすくめた。


 「ソハヤー!
 トオルさんに霊力分けてください!」
 離れの一室に飛び込んだ物吉がウサギのぬいぐるみを差し出すと、突然の要求にもかかわらず、受け取ったソハヤノツルキはそれを大典太の顔に押し付けた。
 「・・・なんだいきなり」
 「なんかわからんが、先に兄弟の霊力を入れておいた方が効率がいい気がしてな」
 しかし、と、改めてウサギと向き合ったソハヤが、首を傾げる。
 「兄弟の霊力が強すぎて、他のを消しちまったかもしれねぇぞ?」
 「へ?
 そういうことってあんの?」
 意外そうな太鼓鐘に、ソハヤは首を振った。
 「こういうことはやったことないからわかんねぇけどな。
 一応、他の天下五剣にも霊力をもらった方がいいかもな。
 中和するかもしれねぇし」
 と、ウサギの額にキスをしてから物吉へ返す。
 「そうですね・・・!
 じゃ、数珠丸さんのところに行ってきます!」
 「物吉!走るなって!!」
 服の裾を引いて速度を緩めつつ、ついて行った先で数珠丸とにっかり、彼らと共にお茶を飲んでいた山伏と山姥切、母屋へ移動して三日月と三条の面々、鬼丸と粟田口にそれぞれ、霊力を分けてもらった。
 こうなるともうついでだからと、本丸にいる刀剣達、片っ端から霊力をもらい、厨房に入った頃には、出雲にいる大太刀以外の全ての刀の霊力を集め終わっていた。


 「なんか、すげぇことになっちまった」
 心なしか、重みを増したように感じるウサギを太鼓鐘が差し出すと、光忠は笑ってウサギの鼻先にキスをする。
 「出雲に行っている大太刀さん以外、全振りの霊力なんて、すごいことになってそうだね」
 「だがしかし!」
 なぜか得意満面で、ウサギを受け取った鶴丸が、その後頭部にキスをした。
 「ここに接吻した奴はいないだろうな!
 後ろががら空きだって奴だ!」
 「あっ!ずりぃ!!
 俺もやりたかった!!」
 気づきもしなかった隙を突かれて、太鼓鐘が悔しげに飛び跳ねる。
 「そら、伽羅坊!
 君もだぞ!」
 顔にウサギの腹を押し付けられて、大倶利伽羅が舌打ちした。
 「勝手な真似をするな」
 「僕がしんがりなのは不満だけれど」
 ウサギの頬に小夜のキスをもらってから、歌仙がもう片頬にキスをする。
 「まぁ、第一刀としては、取りまとめ、という事かな」
 出来上がり、と、物吉に返してやると、彼は嬉しそうに目を輝かせた。
 「ありがとうございます!
 主さまに、何よりの贈り物です!」
 「渡す前に、さ」
 そう言って、光忠が棚から、ラッピング用の紙やリボンを取り出す。
 「可愛くしてあげようね」
 「はいっv
 満面の笑みを浮かべる物吉に太鼓鐘も嬉しくなって、二振りはウサギを可愛く派手にラッピングした。


 ―――― 翌日。
 帰還した主が、なぜかウサギのぬいぐるみを抱えている様を見て、出立の間にいた面々は揃って首を傾げた。
 「・・・それ、昨日物吉がみんなの霊気を集めてたやつだよなぁ?
 持ち歩くほど気に入ってんのか?」
 遠征帰りの和泉守を、主は困り顔で見上げる。
 「いつの間にか、職場にいたんだ。
 いきなり足元に転がってきて、危うく踏むところだった」
 「持って行ったんじゃなくて?
 うっかり荷物に紛れていたんじゃない?」
 苦笑する乱に、主は持っていた鞄よりも大きなウサギを差し出した。
 「これが、うっかり荷物に紛れる大きさか?」
 「無理だね!」
 横からウサギを取りあげた鯰尾が、手の上で軽く弾ませる。
 「怪異かなんかじゃないの?
 大太刀がいれば、怪しいとかわかったかもですけど、俺、普通の脇差だからわかんないなー」
 と、辺りを見回すが、生憎、ここには怪異に詳しい物はいなかった。
 「にっかりと笹貫は長時間の遠征にやってしまったし・・・髭切に渡したら斬られそうだし」
 「数珠丸は?
 やべぇ人形は寺で供養するのが一番だろ。
 大典太やソハヤだって、霊力は強ぇから、なんかわかるんじゃないか?」
 と言う和泉守を、主は眉根を寄せて見上げた。
 「・・・霊力が強い系は、収穫もうまいからみんな遠征にやっている」
 「・・・致し方なし」
 最近見たドラマの影響か、妙に時代がかった言い方をする和泉守に、乱が吹き出す。
 「まぁ、ついて回るだけなら危害を加えるわけじゃないし、いいんじゃないかな!」
 「そだね。
 俺達の霊力を込めてるんだから、主に悪いことはしませんよ」
 笑ってウサギを返す鯰尾に頷き、主は代わりに手荷物を渡した。
 「御座所まで運んでくれ。
 両手がふさがるのは困る」
 「はぁい」
 「おい」
 一旦受け取った鯰尾が、そのまま和泉守へ渡す。
 「俺、骨喰たちと合流して、今日のゲームイベントやんなきゃだから、よろしくお願いします!」
 「そんな理由かよ!」
 「ボクもおやつにいってくるー!」
 「あ!こら!!」
 隊員に逃げられてしまった和泉守は、先に行ってしまった主の後に渋々従った。


 その頃、
 「はぁ?
 日光くん、そんなこと言ってたのぉ?
 腹立つ!」
 厨で小豆指導の下、クッキー生地を型抜きしていた姫鶴は、昨日の騒動を聞いて頬を膨らませた。
 「かぞくだから、しんぱいしたんだろう。
 おこることじゃない」
 「いや、怒るでしょお!
 日光くんには、焦げた失敗作食べさせよ」
 言うと姫鶴は、無残に炭と化した、かつてクッキー生地だったものを袋に詰める。
 「俺が一生懸命作ったんだしさぁ・・・」
 意地悪く笑って、姫鶴は炭の入った袋にリボンをかけた。
 「こういう食べもん、って言ったらあの子、素直に食べそうだしー」
 「さすがにかわいそうだ。
 こっちもいっしょにもっていくといい」
 と、色よく焼けた、おいしそうなクッキーを小豆が包む。
 「いいよぉ。
 こっちはネコチャンにあげるー」
 くすくすと笑って、姫鶴は型抜きしたクッキー生地を天板に乗せた。
 「あずあず、火入れして。
 俺がやると、なんでか焦げるんだもん」
 「やいているじかんはおなじなのだが・・・?」
 不思議そうに首を傾げて、小豆は姫鶴から受け取った天板をオーブンに入れる。
 「俺、焦げないか見てるー!」
 わくわくと窓から覗いてた姫鶴はしかし、すぐに飽きて、粗熱を取るために並べられたクッキーをつまんだ。
 「あずあず、お茶。甘いのがいい」
 「わかった。
 ぜんぶたべないでくれよ」
 コンロへ向かった小豆の広い背中を眺めていた姫鶴は、それにも飽きて、再びオーブンを覗き込む。
 タイマーは順調に数を減らしていたが、窓から見る限り、きつね色には程遠かった。
 「もうちょっと焼いたげよ」
 「・・・っさわるな!」
 姫鶴の挙動に気づいた小豆が、思わず大声をあげる。
 「どうりでこげるはずだ。
 じかんをのばしてはいけないよ」
 「えー・・・だってぇ・・・」
 叱られたことが気に食わないのか、姫鶴は頬を膨らませた。
 「全然、きつね色じゃないし」
 「よねつでやけるのだから、わたしがせっていしたじかんをかえては・・・おんどもあげるんじゃない!!」
 姫鶴がオーブンへ伸ばそうとした手を取って、小豆はため息をつく。
 「すみになるはずだ・・・。
 とちゅうでさわってはいけないよ」
 再度言われて、姫鶴は渋々頷いた。
 と、出入り口で突然大きな音がして、驚いた二振りは揃って目を向ける。
 「日光くん。
 食器落としちゃだめじゃん」
 「すみませ・・・ではなく!
 小豆長光!!
 うちの姫に無体をするか!!」
 「むたい?」
 首を傾げた小豆は、姫鶴の手を握ったままであることに気づいて、放してやった。
 「すまない、いたかったか?」
 「痛くはないけど、あずあず、力強いんだから加減してよ」
 「姫!無事ですか!!」
 すかさず小豆との間に入った日光が肩越しに問えば、瞬いた姫鶴がにんまりと笑う。
 「・・・もう!
 日光くんたら、あずあずと俺のあまーい時間を邪魔しないでよっ」
 「は?!」
 「姫鶴・・・またそんなことを」
 姫鶴が真面目な日光をからかっていることに気づいて、小豆は苦笑した。
 「姫はっ・・・!
 燭台切と・・・その・・・では?!」
 「パパくん?
 パパくんは、あずあずがいない時の代わりだよねぇ?」
 本命はこっち、と、日光を押しのけて、姫鶴はこれ見よがしに小豆の腕に抱きつく。
 その様に、日本号の言葉を思い浮かべた日光は、肩を落としてため息をついた。
 「・・・わかりました。
 姫がそのおつもりなら、我が一文字一家の総力を挙げて、輿入れの準備をしましょう。
 まずはお頭から長船の祖へご挨拶を・・・」
 「待って待って待って」
 大真面目に言われて、さすがの姫鶴も慌てる。
 「じょーだんだってば!
 日光くんが馬鹿真面目に言うから、ちょっとからかっただけじゃん!」
 「冗談・・・なのですか?」
 未だ疑わしげな日光に、姫鶴は何度も頷いた。
 「あたりまえでしょー!
 そもそも、俺が一番好きなのはけんけんとごこだしー!」
 「一番なのに二振りですか?」
 「そこは突っ込まないのぉ!」
 ぷす、と、不満げに鼻を鳴らす姫鶴に、小豆が笑い出す。
 「姫鶴はじょうだんがすきだから」
 「あの人がいなくてよかったぁ。
 絶対乗っかって、俺を嫁がせようとしたでしょ」
 意外と冗談好きな一文字の頭領にまた、鼻を鳴らすと、小豆がはたと手を打った。
 「せいりゃくけっこんなら、あるじのきょかがいるな」
 「政略ぅ?上杉同士でぇ?」
 無駄、と姫鶴が首を振ると、日光が厨房の外を見遣る。
 「では、伊達と縁を結びますか」
 「だからぁ・・・!
 俺を嫁がせないでぇ!」
 からかった仕返しだと気づいて、姫鶴は日光の髪を引っ張ってやった。
 「・・・ところで、姫はここでなにをしているのですか?
 俺はてっきり、光忠に誘惑されたのかと」
 「それ、ほんとムカつくんだけど。
 なんでそんな発想になってんの」
 と、姫鶴はタイミングよくベルが鳴ったオーブンを肩越しに指す。
 「くっきー!
 けんけんとごこと、短刀達にあげようと思って、作り方教わってたのぉ!」
 「・・・姫が?」
 意外そうな、というよりは、疑わしげな顔をする日光の髪を、姫鶴がさらに強く引っ張った。
 「なにその顔ぉ!
 罰として、失敗した炭お食べ!」
 「木炭ならともかく、小麦の炭は遠慮します」
 「可愛くないぃ!!」
 頬をつねる姫鶴に、また小豆が笑い出す。
 「なかよしだな。
 日光、きみにもおちゃをいれてあげるから、おとしてしまったしょっきをかたづけてくれないか」
 「あ・・・あぁ、すまなかった」
 幸い、割れはしなかった食器を盆の上に集めていると、しゃがんだ背に姫鶴が腰かけた。
 「やめてください」
 「うるさい。
 邪推した罰だよ」
 あえて体重をかけてくる姫鶴の下で、日光が不満げな声を上げる。
 「謝れぇ」
 「す、み・・・ません・・・!」
 苦しげな声でうめく日光に苦笑して、小豆は卓にお茶を置いてやった。


 翌、早朝。
 御座所の控えの間に居た小狐丸は、主の寝所から上がった悲鳴を聞き、駆けつけた。
 「ぬしさま!」
 襖を開けると、まだ床の中にいる主の傍で、本日の守り刀である信濃藤四郎が真っ青になって震えている。
 「いかがしたか」
 眠る主に配慮し、声を潜めた小狐丸にがくがくと頷き、信濃は端がめくれた布団を震える手で指した。
 見れば、物吉から贈られた、桜色のウサギの耳が覗いている。
 「何事かと思えば・・・」
 騒ぐほどのことでもないと、呆れ顔の小狐丸に、信濃は必死に首を振った。
 「お願い・・・!
 これ持って外に・・・!!」
 震え声の懇願を訝しく思いつつも、小狐丸はウサギのぬいぐるみを取り上げ、布団を元に戻してそっと寝所を出る。
 続いて出てきた信濃は、寝所の襖から離れたところで、たまりかねたように小狐丸に縋った。
 「こいつ!やばいよ!!
 昨日、大将はこれを御座所の文机の上に置いたの!」
 そこ!と、信濃が指した文机は、寝所からは離れた、御座所の隅にある。
 「なのに俺がさっき、大将の懐に入ろって布団めくったらいたの!
 大将は寝所に入ってから一度も外に出てないし、侵入者だってなかったよ!
 俺、守り刀だもん、お役目ちゃんとやってたよ!」
 信じて、と、涙目の信濃に頷き、小狐丸は手にしたウサギを見下ろした。
 「出雲にゆかれている大太刀の方々以外、全ての刀剣の霊力が込められたゆえ・・・怪異となってしまったか」
 では、と、視線を信濃へ向ける。
 「ぬしさまの懐へ、という性質は、信濃の霊力がなせる業であったのでは?」
 「俺?!」
 意外そうに目を丸くした信濃は、しばらく考えて頷いた。
 「そう・・・かも・・・!」
 じゃあ、と、小狐丸が持つウサギを、まじまじと見つめる。
 「大将の傍に寄ってくるのは、短刀の霊力がたくさん詰まってるから・・・かな?」
 「ぬしさまのお傍に侍りたいものは大勢おるゆえ、短刀に限ったことではないと思うが・・・そうか」
 瞬いて、小狐丸はウサギへ向ける目を厳しくした。
 「これ、こなた。
 我ら刀剣の霊力を込めたゆえ、独歩まではゆるすが、ぬしさまのお心を騒がすことはゆるさぬ。
 自重せよ」
 低く囁くような声ではあったが、怒気を孕んだ迫力に、信濃までもが震え上がる。
 ウサギを文机に置いた小狐は、その手で信濃の頭を撫でてやった。
 「お役目にお戻りなされ。
 ただし」
 じろりと、赤い瞳が見下ろす。
 「ぬしさまがお風邪を召されぬよう、共寝は遠慮せよ」
 「はひっ・・・!!」
 引き攣った声をあげた信濃は、真っ青になって、何度も頷いた。


 その後数日。
 ウサギは勝手に出歩くことがなくなり、怪異の噂も口の端に上らなくなった頃。
 「じゃっじゃーあん!!」
 天守最上階で、『刑部姫』の新たな衣装を披露した太鼓鐘が、自慢げに声を上げた。
 四方の窓は蜘蛛の姿を模した黒いレース生地を幾重にも垂らして闇を作り、そこから天幕のように吊るされた中心へと伸びるにつけ、白く粗くなって蜘蛛の巣を描く。
 更に中央の御座所へと集まるレースは、打掛の裾となって再び密となり、黒と紫を基調とした袿(うちぎ)の肩にかかる。
 それはまるで、蜘蛛の巣の中心にいる絡新婦(じょろうぐも)のありさまで、主の代わりに鎮座する人形の肩へ、重くのしかかっていた。
 「こりゃすごいな!
 部屋中が衣装とは、小林某も驚きだぜ!!」
 はしゃぎ声をあげた鶴丸の隣で、大倶利伽羅が首を傾げる。
 「豪華だが・・・こんなものを纏えば、主が潰れるんじゃないか?」
 「おぉ?!
 伽羅坊、気遣いができるようになったのか!
 さすが俺の育てた子!」
 「うるさいし、育てられてない」
 肩に縋る鶴丸を邪険に押しのけ、どうだ、と光忠を見遣った。
 大倶利伽羅の問いに頷いて、光忠は足元に蠢く無数の蜘蛛から恐々と退く。
 映像とはわかっていても、寄ってこられて嬉しいものではなかった。
 しかし太鼓鐘は構わず蜘蛛だまりを踏み分けて、人形を打掛と袿の下から引き出す。
 「これ、主の体形に合わせて、支えを入れてんだ。
 小袖と長袴だけ着て座れば、設置おっけーってやつ!」
 「貞ちゃん、さすが!
 気が利いているよねぇ!」
 「へへー!」
 得意げに笑って、太鼓鐘は部屋の明かりを落とした。
 すると、天井のプロジェクターが宙を舞う人魂とざわめき蠢く蜘蛛の群れを映し出し、異界の趣を添える。
 「うんわっ!!
 気持ち悪いな!」
 思わず声をあげて、ひっくり返りそうになった鶴丸の背を光忠が支えた。
 「これ・・・短刀くんたち、泣いちゃわない?」
 眉根を寄せてしまった光忠に、太鼓鐘は笑って首を振る。
 「大丈夫だろ。
 攻撃してこないだけ、敵の苦無よりマシ」
 あっさりと言って、太鼓鐘は階段の降り口に足をかけた。
 「降りようぜ!
 俺達も着替えないとな!」
 「うん・・・」
 頷いて、太鼓鐘の後に続いた光忠が、太刀ですら怯む室内の様子に苦笑する。
 「主くんが泣いちゃうかもね」
 それはないか、と思い直して、彼も階下へと降りて行った。


 「今年は俺たち!」
 「4Mei−Souが案内役だぜ!!」
 黒いスーツを纏い、濃い色のサングラスをかけた槍達が、松の間の上座に並んだ。
 前に立ってポーズを決めた御手杵と日本号の背後で、蜻蛉切が落ち着かなげに視線をさまよわせ、腕を組んで棒立ちになった大千鳥が無言で宙を見据える。
 「ふぉーめーそーってなによ、御手杵?」
 首を傾げた清光に、御手杵は首を振った。
 「俺はOTG!
 よろしく頼むぜ、メーン!」
 「・・・なに言ってんの?」
 呆れ顔の安定に、日本号改めNHGが大笑する。
 「そう言う仮装ってやつだ!
 ちなみにこっちはTB−KillとOCD!
 よろしく頼むぜ、ブラザー!」
 「おっ・・・俺を前に出すのはやめてくれっ!」
 顔を真っ赤にして抵抗する蜻蛉切と、無表情のまま進み出た大千鳥に、部屋中の視線が集まった。
 本丸中を走り回ることになるからと、まだ平服のままである刀剣達が集まる部屋で、普段とは全く違う服を着せられた蜻蛉切は恥ずかしげに、大きな体を小さく丸める。
 その様をちらりと見遣り、大千鳥は口を開いた。
 「・・・近頃は間者の物語が人気だとか。
 そこで、赤の国の間者と白の国の間者で競う趣向だ。
 参加希望者は各自、御手・・・OTGとNHGが持つ箱から札を引け。
 引いたら、誰にも見られないように中身を確認しろ。
 赤の国は赤の指揮者に、白の国は白の指揮者に指令をもらい、任務を果たせ」
 途端に目を輝かせた刀剣達が、御手杵と日本号の元へ殺到する。
 「こーどねーむは?!
 こーどねーむはありますか?!」
 「俺、黄昏がいいー!」
 はしゃぎ声をあげながら札を引き、こっそりと確認してはくすくすと笑い出した。
 「誰がどの国の間者かわかるように、札に自分の名前を書いて、俺と蜻蛉・・・TB−Killが持つ箱に戻してくれ。
 ちなみに、貴重品が収納された部屋、厨房、御座所とこの松の間には何もないから、入らないように。
 これらを駆け回って物でも壊したら、主から叱られるらしいぞ」
 大千鳥の注意に大きく頷いた刀剣達が、今にも動き出そうとそわそわし始める。
 「それともう一つ!」
 再び進み出たOTGが、人差し指を立てた。
 「どうしてもわからないことがあれば、一国につき一度だけ、『神眼(しんがん)』を使えるぜ!」
 「神眼とは!」
 固まっているTB−Killを押しのけ、日本号が親指を立てる。
 「天守にいる刑部姫の目、つまり、ドローンで本丸の様子を眺めている主の目のことだ!
 誰がどこにいるか、どこをうろついているかを知っているのは、主だけだぜ!」
 「・・・あぁ、その代わり」
 自身の役目を思い出したTB−Killが、顔を背けたまま付け加えた。
 「刑部姫の住まう天守は異界だ。
 そこに踏み込んだものは、蜘蛛の巣に捕らわれて帰って来られない。
 ただ、神眼で得た答えだけは、端末を経由して仲間と共有してよい、とのことだ」
 「やり方は理解したな?」
 目を輝かせる刀剣達の前で、大千鳥は組んでいた腕をほどく。
 「では、始め!」
 大千鳥が手を叩くと、参加する刀剣の半分ほどが、一斉に駆けだした。
 と、
 「馬鹿じゃねえの、あいつら。
 指揮者の居場所がばれるぜ」
 呆れ声の厚に、薬研が肩をすくめて頷く。
 「短刀の動体視力舐めんなってな。
 今剣と愛染は赤の国だろ」
 「あぁ。
 今剣はがっかりして、愛染は喜んでたからな」
 わかりやすい、と、厚が笑い出した。
 「そんでお前はどっちだよ」
 「言うかよ、バーカ」
 会話の続きと見せて、口を滑らせようとしたが、乗る薬研ではない。
 「じゃ、こっそり指揮者の元に行くか。
 ・・・ついてくるなよ」
 歩を踏み出した薬研のすぐ後についた厚は、にんまりと笑った。
 「つれねぇこというなよ、同国人かもしんねぇだろ」
 「となりゃ、全力疾走もありか」
 回廊を曲がった途端、姿を消した薬研に厚が舌打ちする。
 「まぁいいや、俺も指揮者のとこに行くか」
 誰だろう、とわくわくしながら、厚も足を速めた。


 最初に引いたカードの指示に従い、入った部屋は暗く、奥に座る人物の影だけが黒くわだかまっていた。
 「こんにちは、あるいはこんばんは、諸君」
 その声に、幾人かが『数珠丸さんだ・・・』とざわめく。
 「私は白の国の指揮者、Jです。
 白の国の間者には、私が指示を出します」
 その言葉に皆、しんと静まり返って聞き入った。
 「任務は、白の国から赤の国へ、友好の証として嫁ぐはずだった姫の奪還です。
 姫は、白と赤の国の友好を阻む、黒の国の間者に囚われてしまいました」
 数珠丸が何か操作したのか、壁に桜色のウサギのぬいぐるみが映された。
 「姫は、囚われ、連れ去られる前に、このウサギをどこかに隠しました。
 まずはこのウサギを探し出してください。
 そして、姫を無事に奪い返し、赤の国へ送り届けることを任務とします」
 では・・・と、開始の合図をしようとした声を、誰かが慌ててさえぎった。
 「あの!
 おひめさまは、どんなひとなのだ?!
 かんきんばしょをみつけたら、すぐにわかるのか?!」
 暗闇で互いの顔もわからないものの、声で謙信だと察した幾人かが、頷く気配がする。
 と、
 「姫は、大変高貴な方です。
 王室やその身の回りの世話をする方々以外にご尊顔を知ることはありません」
 いたずらっぽい口調に、それも任務なのだと察した。
 「ですが、姫は隠したウサギに、ご自身の紋を預けました。
 それを見れば、諸君には姫がどなたか、お分かりになるでしょう。
 そしてもうひとつ、言い添えるならば・・・」
 笑いをこらえるように、数珠丸の声が震える。
 「今現在、はろいんぱーてぃなるものが開催されており、国内外の姫君たちが多数おいでです。
 もしかしたら、我が白の国の姫も監禁場所を抜け出して、お楽しみかもしれませ・・・ふふっ!」
 何かを思い出したのか、たまりかねたように笑い出した数珠丸に、幾人かがつられて笑ってしまった。
 「・・・では、諸君。
 任務の完遂を祈念いたします」
 始め、の声とともに、刀剣達は一斉に部屋を出る。
 そこで初めて、『仲間』が誰であるか知った彼らの端末に、Jからメッセージが入った。
 『仲間同士は協力して任務にあたってください。
 私からの連絡は、このグループメッセージに記載されます。
 個々が知りえたこともこちらへ記載し、白の国の間者より先に姫を奪還してください。
 制限時間は1時間。
 それを過ぎると、姫は黒の国の物に抹殺されます』
 「本格的じゃない、これ?!」
 目を輝かせる清光の隣で、乱が頷く。
 「姫って誰だろうv
 楽しみだけど・・・」
 意地の悪い笑みで、乱は清光を見上げた。
 「ボクたちが知らないってことは、お化粧とか自分でやったんだよね?」
 「数珠・・・Jが笑っちゃうはずだよ」
 二振りして、くすくすと笑い出す。
 「じゃ、まずはウサギ捜索ね。
 物吉が主にあげた、あれだよね?」
 「結構大きいから、短刀の偵察力があればすぐに見つかるよ!」
 任せろと、請け負った乱に清光は嬉しげに頷いた。


 赤の国の間者も、指揮者より任務を受けていた頃、両国に属さない物たちがある一室に集められていた。
 「こんにちは、あるいはこんばんは、諸君。
 俺は第三国、黒の国の指揮者だぜ」
 機械を通しているのか、奇妙な声が暗闇に響く。
 「この度、赤の国と白の国は、同盟のために婚儀を行うこととなった。
 両国が結び付けば、きっと我が黒の国の脅威となるだろう。
 そこで、だ」
 一旦、言葉を切った指揮者が、壁に画像を映した。
 「俺の手下が、白の国の姫を捕らえ、監禁している。
 姫が嫁がないとなれば、両国の同盟は解消されるだろう。
 いや、そうなるように我らが動くのだ・・・姫を抹殺してな」
 息をのむ気配がしたが、指揮者は構わず続ける。
 「赤と白の間者は、姫の奪還に来るだろう。
 その彼らを退けろ。
 姫の抹殺は1時間後、赤の国の反対勢力によって行われたように見せかける。
 この時刻までに」
 と、映像は時刻を示した。
 「姫を、監禁場所から天守前広場へ連れ出せ。
 そこには、敵国との婚姻反対を訴える連中が集まっている。
 彼らの中心で姫を抹殺しろ」
 無言で考え込む様子の刀剣達に、指揮者は部屋を出るよう命じる。
 「健闘を祈る」
 有無を言わせぬ命令に、刀剣達はやや重い足取りで部屋を出た。


 「うさぎ・・・うさぎさん・・・・・・」
 赤の国の指揮者・Mに任務を告げられたものの、ヒントとなるウサギの居場所に見当がつかず、頭を抱える今剣の隣で、愛染も眉根を寄せた。
 「最初っから主さんに頼るのもなんだし・・・。
 こんな時、蛍がいたらなぁ!
 神剣って、霊力強いしさぁ!」
 「大丈夫、なんとかなるよ!
 ノーヒントで探した根付に比べたらさ!」
 と、鯰尾に背中を叩かれ、二振りはそれもそうかと頷く。
 「それに、協力しろって言うからには、本丸中に散って、情報共有すればいいんでしょ?
 制限時間が1時間だし、そんなに難しくはないと思うよ?」
 あっけらかんと言う安定にまた、力を得たように頷いた。
 「じゃ!
 ぼくは、おにわをみてきます!」
 「俺は宿舎だな!
 白の連中とかち合ったら、排除していいんだろ?!」
 「もちろんだよ!
 あ、でも・・・」
 鯰尾が、愛染を留める。
 「多分、白にいる骨喰には気をつけて。
 反撃容赦ないから」
 「うん・・・っ!」
 予防接種の際に、仲間であっても容赦なく捕縛する骨喰の強さは、身をもって知っていた。
 「じゃ!
 偵察結果をグループメッセージに入れてよね!」
 玄関へと走って行った鯰尾に手を振り、赤の間者たちは一斉に動き出す。
 「うさぎさん!
 いちばんにみつけます!」
 気勢を上げて、今剣は庭へと飛び出した。


 「ウサギ!
 ウサギみなかった?!
 物吉が主にあげたウサギ!!」
 清光が、回廊を曲がろうとする人影に声をかけると、彼は足を止めて振り返った。
 その姿を見た途端、清光は半笑いのまま、顔を引きつらせる。
 「な・・・んてかっこしてんの、獅子王。
 もしかしてあんたが姫?」
 直接目的にたどり着いたのかと、期待するほどに獅子王の姿は豪奢だった。
 黒と赤を基調にした西洋の婦人用ドレスを纏い、鵺を最高級の毛皮であるかのように肩にかけている。
 長い金髪は高く結い上げ、赤い生花とリボンで飾りたてていた。
 「どーだ、美人だろ!」
 自画自賛する彼に、我に返った清光が意地悪く笑う。
 「化粧はまだまだだけど、元がいいからなんとかなってる感じ。
 白の国の姫って雰囲気じゃないけど、なんのかっこ?」
 問うと、彼は黒いレースの手袋をはめた手の甲を口元に当て、高笑いした。
 「アタクシは赤の国の貴族令嬢!
 白の国の姫なんかに、殿はわたさなくってよ!
 妃の位はアタクシがいただくわー!」
 唖然とする清光に、獅子王はふと真顔になり、頬を染める。
 「・・・こないだ見た、あにめの真似してみたんだけどよ、違ったか?」
 額に汗を浮かべる様に、思わず笑ってしまって、清光は手を振った。
 「いや、ちょっと驚いただけ。
 ところで、殿って誰よ?」
 「は?知らねーよ」
 「なんでよ」
 獅子王の答えに、清光は真顔になってしまう。
 しかし、
 「嫁いでくるんだから、当然、殿はいるだろ。
 誰だか知らねぇけど」
 という、獅子王の言葉には頷いた。
 更に、
 「間者なのに、姫の顔も知らないのか?
 役に立ってんのか、それ?」
 という指摘には、眉根を寄せてしまう。
 「それも任務だって言うんだから、しょうがないじゃん。
 それで、ウサギ知らない?」
 「あの桜色のやつな。
 小狐丸に叱られてからは、主の布団に潜らなくなったらしいけど、自分で歩くんだから、散歩でもしてんじゃないのか?」
 ぬいぐるみが勝手に歩くことを、当たり前のように言う獅子王に呆れつつも、清光は頷いた。
 「面倒だな、もう・・・。
 でも、敵より先に見つけないとだしなー!」
 「がんばれー」
 黒いレースの扇子を開き、獅子王は軽く振ってやる。
 「うん。
 獅子王、リップがちょっと薄すぎだからさ、濃いのに付け替えなよ。その方が衣装に合うよ」
 「おう!そうする!」
 礼を言って、獅子王は駆け去る清光を見送った。


 清光と別の場所では、運よく同国人になった北谷と治金丸が、秋田と五虎退につられて足を早めていた。
 「あ!お姫様です!!」
 「は・・・花嫁衣裳・・・でしょうか・・・!」
 秋田が指さす先を見て、北谷と治金丸は二振りの服を掴む。
 「ちがうよー!
 あの紅型(びんがた)は、王妃のものさー!」
 「大にいに・・・なんで王妃のカッコ・・・・・・」
 五虎退の足を止めて、呆れ声をあげてしまった治金丸に、千代金丸が振り返った。
 「あぁ・・・やっぱり、だませなかったかぁ・・・」
 のんきな声をあげた千代金丸が、くすくすと笑い出す。
 「白の国の姫か、って聞かれたら、そうだって答えて、制限時間切れさせる役だったんだけどなぁ」
 「えぇっ?!
 そんな役まであるんですか?!」
 慌てる秋田に、千代金丸はおっとりと頷いた。
 「そぉそぉ。
 俺は、赤の国の反対勢力の姫だから。
 なんと言ったか・・・革命軍を裏で支援する、反王政派勢力、だったかなぁ?」
 「なーんか、むずかしいこと言ってるなぁ」
 呆れる北谷に、千代金丸が微笑む。
 「衣装選びを間違えたなぁ。
 けど、俺が着られる女物と言えば、これくらいしか持ってな・・・」
 「人妻の気配を察知!」
 突然の大声に、皆が驚いて一斉に目を向けた。
 「んはーっ!!
 高貴な!人妻!!
 姫なんかより俺、こっちがいいなぁ!!!!」
 突然現れた包丁に、皆が呆気に取られる。
 「千代金丸さん、包丁を連れてっちゃっていいですよ。
 どうせ敵国人ですし」
 「いいのっ?!
 秋田、話が分かるぅ!」
 意地悪を言ったつもりが、真っ向から喜ばれてしまって、秋田は口を尖らせた。
 「んふふー!!
 王妃様ぁ!抱っこしてぇv
 なでなでしてぇv
 「は?・・・はぁ・・・・・・」
 飛びついてきた包丁を受け止め、戸惑いながらも撫でてやる千代金丸に、弟達が呆れ顔になる。
 「大兄、そのままそいつ、捕まえててくれ。
 ちい兄、行こう」
 「そうだなぁ。
 秋田ぁ、五虎退ぃ。
 ウサギ探すよぉ」
 「は・・・はい・・・」
 北谷に背を押されて、駆けだした五虎退が振り返ると、包丁と共に放置された千代金丸が、悲しげな目でこちらを見つめていた。


 一方、黒の国の間者となった物達は、石垣の陰からそっと天守前広場の様子を窺った。
 そこでは焚火を中心に車座になった刀剣達が、酒をあおって気炎を上げている。
 「柄悪いなぁもう!」
 思わずぼやいた浦島に、眉根を寄せた堀川が頷いた。
 「兼さんと長曽祢さん、呑みすぎだよ。
 あれじゃあ、兼さんが潰れるのも時間の問題だね」
 「陸奥守さんが煽っているから・・・なんだか、水心子さんと清磨さんが、山賊にさらわれた女子みたいになってますけど・・・」
 呆れ顔の物吉の傍らで、南泉が口元に指をあてる。
 「長義がいるにゃ。
 あいつ、素面だからこっちに気づくかもしれないにゃ!」
 「じゃ、裏から入ろ。
 1階の窓は開いてるし」
 言うや、浦島は軽く助走をつけて石垣を蹴り、開け放たれた窓から中に滑り込んだ。
 すかさず窓の下から離れると、堀川、物吉、南泉が次々と滑り込んでくる。
 「脇差は余裕ですけど、南泉さん、よく通れましたね。
 さすが猫」
 感心する堀川に、南泉は得意げに鼻を鳴らした。
 「猫に潜れない場所はないにゃ!
 行くにゃ!」
 黒の国の指揮者から知らされた監禁場所は、この地下だ。
 南泉は知らないが、かつて、そこは地下牢だったという。
 今では改築されて書庫と、異常に高性能な映像視聴部屋になっていた。
 ステージまで設けられたそこは完全に防音されており、刀剣一振りが騒いだところで何も聞こえない。
 その扉の取っ手に手を掛けようとして、しかし、浦島はためらった。
 「・・・お姫様が蜂須賀兄ちゃんだったら嫌だなぁ。
 きっと似合うけど、俺が殺して長曽祢兄ちゃんに罪を擦り付けるとか、悲惨すぎるもんー」
 「そうですね。
 僕も、兄弟がお姫様だったら・・・」
 「んっっふ!!」
 「なんで笑うの、物吉くん」
 少しムッとした様子の堀川に、物吉が慌てて謝る。
 「ごめんなさい!
 でも・・・山姥切さんならともかく、山伏さんを想像しちゃって・・・んふっ!!」
 必死に口元を抑える物吉につられて、浦島と南泉も必死に笑いをこらえ、肩を震わせた。
 「もうっ!
 山伏兄さんだって、きっと可愛いよ!」
 浦島に代わり、憤然として扉を開けた堀川は、誰もいない部屋に入って、ため息をつく。
 「・・・なんでカギが開いてるんだろうとは思ったけどさ」
 「そもそも、かけた様子がないにゃ」
 鍵の話は一度も出なかった、という南泉に、物吉も頷いた。
 「でも、それならそれで、見張りとかいるでしょう。
 逃げる前提なんでしょうか」
 「まー、1時間後に姫を連行、なんて、ずいぶん簡単だとは思ったけどさー」
 部屋の明かりをつけて、浦島は床を見回す。
 「お姫様のヒント・・・はー・・・?」
 なにか目印になるものが落ちていないかと、探す目の端に何か、きらりと光る物が映った。
 「あれ?これ・・・」
 思わず手に取った浦島が青ざめる。
 「これ・・・この羽織紐・・・・・・」
 見覚えのある、金の飾りがついた羽織紐は、蜂須賀の物に間違いなかった。
 「待って、浦島君!
 今日はお姫様の格好をしているはずなんだから、いつもの装束の羽織紐がヒントなわけないよ。
 酔っぱらって落としたんじゃない?」
 堀川の指摘にほっとしつつも、浦島は眉根を寄せる。
 「蜂須賀兄ちゃんをいつも酔っぱらってるみたいに・・・」
 「いつもじゃないけど、酔っ払い方が酷いから、蜂須賀さんは・・・」
 うん、と頷く物吉に、浦島は反論できなかった。
 「じゃ・・・じゃあ、これは後で、蜂須賀兄ちゃんに返すとして。
 ヒントがないと、お姫様を探せないじゃん」
 「ちょっと待つにゃ・・・」
 南泉が自身の端末を取り出し、指揮者に連絡を取る。
 と、彼はあっさりとヒントを書いて寄越した。
 「んっと・・・。
 姫はさらわれる前にウサギのぬいぐるみを持っていたが、監禁された時には持っていなかった。
 そこに何か隠されたかもしれない、だそうにゃ」
 南泉が添付された写真を差し出した途端、物吉が悲鳴を上げる。
 「トオルさん!!
 こんなことに使われるなんて!!」
 「今はウータンでしょ。
 そっか・・・。
 赤と白の連中が、本丸中を走り回っているのはこれを探しているんだ」
 「これって言わないで!
 トオルさ・・・ウータンは僕が・・・」
 堀川に詰め寄った物吉が、はっとして外を見遣った。
 「そうだ!
 トオ・・・ウータンは、僕が抽選で当てたんです!
 僕には幸運の気配がわかるはずです!」
 「さっすがー!」
 拍手した浦島が、扉を開ける。
 「じゃ、早く気配を追いかけようぜ!」
 物吉を先に立たせて、彼らは再び、広場にたむろする面々に見つからないよう、そっと天守を出た。


 『玄関側、いないよ!』
 『おにわにもいませんでした!』
 『宿舎、時間かかりそうだ!手伝ってくれ!』
 『竹の間と梅の間にもいませんでした!』
 『離れもです!』
 赤の国の間者達がやり取りする様を、乱はにんまりと笑いながら見つめていた。
 包丁が早々にリタイヤしたと聞いて、彼の端末を借り受けたのだ。
 報酬は飴の大袋一つと言う、簡単な交渉だった。
 「清光さん、赤の子達が探した所は避けていこ。
 温泉宿はまだ、見てないみたい」
 「おっけー!
 短刀達ー!いっくよー!」
 あっという間に見えなくなった清光と短刀達の姿に泛塵が困っていると、骨喰に軽く背を叩かれた。
 「温泉宿は彼らに任せて、俺達は中庭を探そう。
 兄弟・・・鯰尾達が捜索した場所は、もう探さなくていい」
 「随分な信用だな」
 少し、疑わしげな泛塵に、骨喰はそっと微笑む。
 「信頼だ。
 俺の兄弟達は優秀だ」
 「それは・・・知っている。
 すまない・・・」
 疑うようなことを言ってしまったと、眉根を寄せる泛塵に、骨喰は首を振った。
 「お前が優秀なことも知っている。
 何か、思い当たることはないだろうか」
 闇雲に探すのは効率が悪い、と言う骨喰に、泛塵は首を傾げる。
 「ウサギ・・・あのウサギの・・・性質、は?」
 「性質?」
 ふと、瞬いた骨喰に、泛塵は頷いた。
 「山で獲物を狩る時は、その動物に合った罠を仕掛けるものだ。
 あのウサギがどんな動きをするか、それがわかれば・・・」
 「罠、か・・・」
 骨喰の表情はそう、豊かではないが、今の彼はどこか、楽しそうに見える。
 「いいことを考えた。
 南海に協力を頼もう」
 「・・・破壊されないか?」
 本丸ごと、と、気づかわしげな泛塵に、骨喰は顔をほころばせた。
 「問題ない」
 くす、と、笑う骨喰に泛塵が戸惑う。
 「行こう。
 このゲームには参加していないが、頼めば忠広も協力してくれるはずだ」
 「・・・あぁ」
 滅多に見られないという骨喰の笑みを間近で見てしまい、泛塵は気を呑まれたように彼の後へとついて行った。


 「うっわ。
 こりゃきついわ」
 「ぜってぇ姫じゃねぇ」
 「おい!撮るなよ!!」
 二振りして端末のカメラを向けて来た薬研と厚に、同田貫は声を荒らげた。
 女物の着物を着た彼は今、頭から衣被(きぬかずき)を被って、おしろいと紅を塗りたくられた顔を隠している。
 「なんでこんなカッコさせられてんだよ。
 罰ゲームか?」
 憐れむ目の厚に、同田貫は舌打ちした。
 「任務だよ、任務!
 赤の国の反王政派貴族が、天守前広場で野営している、革命軍とか言う連中を支援してんだ。
 今日、若殿に嫁ぐはずだった白の国の姫がさらわれたらしいから、探し出してこっちの陣営で監禁するよう伝達しろってさ。
 俺は、反王政派貴族の家の侍大将だからよ、バレねぇように変装して行けって命令だ」
 「それが事実なら、なんでこんなにペラペラしゃべってんだ、って話だがな」
 独り言のように言いながら、同田貫の写真をSNSへ投稿しようとする薬研の腕をすかさず掴む。
 「今すぐやめねーと折るぞ!」
 「落ち着けよ。
 兄弟だけの閉鎖されたSNSだ」
 せせら笑う薬研に、同田貫は額を寄せた。
 「てめぇの兄弟、口の軽い奴ばっかだろ!!」
 「そんなことないぜ!
 包丁は・・・まぁ、軽いな。
 後藤・・・も、こういうことは拡散早いな。
 乱はダメだ、あいつに言ったらよその本丸にまで広まっちまう」
 全く否定できなかった厚に、薬研が笑い出す。
 「もうとっくに広まってるかもな」
 盗み撮りされてるはず、と更に笑われて、同田貫が歯噛みした。
 「・・・それで?
 どこの国のもんだ、てめぇら!」
 「聞き方が反社なんだわ」
 呆れたように言って、薬研はにんまりと笑う。
 「秘密v
 「はっ!
 お前が言う訳ねぇか」
 だが、と、同田貫は二振りを睨んだ。
 「赤じゃねぇことは確かだ。
 今の話を聞けば、てめぇら間者は殿にご注進に行くはずだからな。
 ・・・ってことは待てよ、白でもねぇのか。
 つまり・・・」
 「・・・同田貫のくせに頭使いやがって」
 「馬鹿にしてんのか、てめぇ!」
 忌々しげな厚に詰め寄るが、一瞬で腰を落とした彼に懐へ潜りこまれ、刃先を喉元へ添えられた。
 「ほい、同田貫リタイヤだ。
 お前はここで、暗殺者にやられた」
 手を打った薬研を忌々しげに睨み、同田貫は舌打ちする。
 「わーったよ!
 俺はここで死んだ」
 「ちなみに聞くが、革命軍とやらには情報を渡した後か?」
 「言うかよ!
 死人に口なしってやつだ」
 舌を出してやると、薬研が吹き出した。
 「えらく元気な死人だぜ。
 ここであんたの死体が見つかっちゃあコトだからな。
 厚、川にでも捨てた設定にするか」
 「そろそろ寒いだろうが、同田貫なら平気だろ」
 「平気じゃねぇよ!」
 無茶を言う兄弟に怒鳴って、同田貫は近くへ腰を下ろす。
 「ここで衣被(きぬかずき)を被って、隠された死体でございとでも言っておくさ」
 「頼むぜ。
 浮いてくんなよ」
 「化けて出てやらぁ!」
 口の減らない薬研に再び怒鳴ると、同田貫は衣被(きぬかずき)を被って無言になった。
 「情報を引き出す前にやっちまったのはまずかったなぁ。
 侍大将なら、姫の顔を知ってたかも知れねぇし」
 眉根を寄せた厚に、薬研も頷く。
 「けどまぁ、やっちまったもんはしょうがねぇ。
 姫さんの捜索に戻ろうぜ」
 踵を返した薬研に頷き、厚も彼の後に続いた。


 「せくしーなの♪きゅーとなの♪どっちが好きなの?」
 「いや、意味が解らないのだが、兄者・・・」
 嬉しそうに歌いながら中庭を歩く髭切は今、幾重にもレースが重なったドレスの裾を持ち上げて、ご満悦だった。
 白と薄紅、くちなし色が混じり合ってグラデーションを作るそれは、彼にとても似合っていたが、膝丸としては、自分までもが色違いの同じドレスを着せられていることに納得がいかない。
 「いつもの黒も似合うけど、深緑と薄緑の濃淡も似合うよ・・・えっと?」
 「膝丸だ、兄者。ありがとう」
 律儀に礼を言って、膝丸は足に絡む裾を面倒そうに持ち上げた。
 「ところで兄者、なぜ俺達はこんな格好をさせられているのだろう?」
 「もちろん!楽しいからだよー!」
 くるりと回ると、髪に挿した飾りがキラキラと涼やかな音を立てる。
 それも楽しいと、髭切は何度もくるくると回った。
 「いやぁ世の中には、こんなにも不自由な服を着て、こんなにも踵の高い靴を履いて、それでも優雅に歩ける人達がいるんだねぇ。
 感心感心」
 「踵の高い靴は、加州や巴も履いているが」
 「彼らも偉い偉い」
 回りすぎて、目を回してしまった髭切が倒れそうになったところを支えていると、彼らの様子を窺っていたらしい謙信が、おずおずと寄って来た。
 「あの・・・しろのくにのひめ・・・ではないのだろうか」
 「あぁ、間者か」
 髭切を支える膝丸が、謙信を見つめたまま、しばし黙り込む。
 「あ・・・あの・・・?」
 謙信が小首を傾げると、髭切がわざとらしく顔を覆った。
 「僕が大切にお育てしたお姫様がー!
 わるものにさらわれてしまったのー!」
 あまりの棒読みに、なにを言われたのか理解出来ずに固まってしまった謙信へ、膝丸が咳払いする。
 「あー・・・。
 お・・・私達は、白の国の姫のお付きの物だったのだが、不甲斐ないことに姫をさらわれてしまった。
 そこで、今は懸命にお探ししている最中・・・だったな、兄者」
 「お庭のお散歩楽しーいv
 「・・・悲嘆にくれて、お探ししている最中だ」
 「・・・ということは!」
 目を輝かせて、謙信は二振りへ迫る。
 「おひめさまがだれか、しっているのだな!」
 誰、と問うと、二振りは目くばせして、意地の悪い笑みを浮かべた。
 「姫は姫だよv
 「あぁ、姫は姫でしかあられない」
 はぐらかされて口を尖らせた謙信は、ふと瞬いて、改めて二振りを見上げる。
 「おひめさまは、さらわれるとちゅうでうさぎをかくしたんだって。
 じゃあ、おひめさまはどこでさらわれたのだ?
 そこがわかれば、うさぎのばしょも!」
 目を輝かせる謙信の姿に、二振りは思わず顔をほころばせた。
 「せいかーい!
 僕たちが預かっているのは、そのヒントだよv
 「白の国の姫は本日、正門より入られ、二の曲輪(くるわ)まで登られた。
 謙信も知っての通り、二の曲輪は花好きの刀達が鉢植えを並べて育てている場所だ。
 秋の花を楽しんでおられる最中、狼藉に遭い、本丸内へ連れ去られてしまったのだ」
 「にのくるわ!!」
 本丸のある一の曲輪での出来事だとばかり思っていた謙信は、目を丸くする。
 「み・・・みんなにしらせるのだ!
 うさぎは・・・にのくるわから、ほんまるのあいだ!」
 興奮に耳まで紅くしてメッセージを打ち込む謙信の前に、髭切がしゃがみこんだ。
 「姫様のこと、お願いねー」
 「まかせるのだ!!」
 大きく頷いた謙信の頭を、膝丸も撫でてやる。
 「頑張るのだぞ」
 「うんっ!!」
 踵を返して走り去った謙信を、二振りは手を振って見送った。


 宿舎の一室で、携帯端末から顔をあげた骨喰は、傍の南海を見上げた。
 「謙信からの連絡だ。
 ウサギは、二の曲輪から本丸の間に隠されている可能性が高い」
 「なるほどなるほど」
 よれたスーツの上に薬品で汚れた白衣を纏い、いかにもマッドサイエンティストの雰囲気を出した南海が、楽しげに頷く。
 「では、罠の設置はこの道筋ってわけだ。
 肥前君、早速設置しておくれ」
 「なんで俺が」
 南海が急遽作成した『罠』をいくつも持たされ、ぼやく肥前に骨喰が歩み寄った。
 「俺も持つ。
 忠広、協力してくれたら・・・」
 南海が渡した罠を半分程受け取って、骨喰は肥前と並ぶ。
 「すいーつ食べ放題、おごる」
 「まかせろ、どこに設置する?」
 途端に乗り気になった肥前に頷き、骨喰は本丸の見取り図を凝視する泛塵に声をかけた。
 「どこがいい?」
 「・・・あのウサギの性質から行って、主の元に向かうはずだ。
 主は今、天守最上階にいるから、最短ならこの道なんだが・・・」
 と、泛塵は眉根を寄せる。
 「ここは本丸御殿の玄関側だし、既に鯰尾たち、赤の間者が捜索した場所だ。
 かどわかされている最中の姫が、彼らの目をごまかすほど巧みに隠せるものだろうか」
 「確かにそれは奇妙だねぇ」
 考え込むように、南海は顎をつまんだ。
 「もしかして、まだ二の曲輪にいるとか、そうでなければ・・・」
 にこりと、南海は小首を傾げる。
 「森の中に隠された、かな?」
 「森?」
 何を言っているのかと、眉根を寄せてしまった泛塵に対して、骨喰ははっと目を見開いた。
 「そうか・・・。
 そんなに都合よくあったのか、という話ではあるが」
 「そうかい?
 ウサギは主の物なのだし、本体が汚れないように、なにかに入れて持ち運ぶことは、よくあることだと思うけどねぇ」
 「なるほど」
 南海の言葉に頷き、骨喰は泛塵と肥前を見遣る。
 「ウサギは、別のぬいぐるみの中にある。
 それはきっと、ウサギとは別のぬいぐるみの形をした鞄だ」
 「んあ」
 肥前が、不意に奇妙な声を上げた。
 「だったらきっと、熊だ!
 前に万屋で見かけた時に、買ってくれ、ってねだっているのを見たぜ」
 「それは誰だ?」
 肥前からその名を聞いた瞬間、骨喰は花がほころぶような笑みを浮かべて、周囲を唖然とさせた。


 『骨喰兄さん?
 なんで電話なんですか?』
 メッセージをくれれば、と言う秋田に、骨喰は否定した。
 「乱が包丁の端末を入手したように、こちらの端末も赤か黒の間者に奪われていると思った方がいい。
 秋田、お前なら白の仲間に伝達できるだろう?」
 『はい!もちろんです!』
 頼もしく請け負った弟に、骨喰は『姫』の正体だと思われる刀剣の名と、ウサギが熊のぬいぐるみに隠されているだろうことを話す。
 『そうなんですね!
 じゃあみんなで・・・』
 「いや、それは俺達だけでいい」
 今にも通話を切って駆け出しそうな秋田に、骨喰は言い募った。
 「お前達は敵を撹乱するんだ。
 乱に言って、偽の情報を赤のグループメッセージに流すように言ってくれ。
 あいつなら散々に惑わせるはずだ」
 「はいっ!」
 頬を紅潮させて、大きく頷いた秋田の傍にいた博多が、早速温泉宿にいる乱に連絡を取る。
 「乱、骨喰兄ちゃんからの伝言ばい!
 包丁の端末ば使ってからくさ、赤の連中ば撹乱しちゃりぃ!」
 『撹乱?』
 なんだと問われて、博多は秋田の傍で聞いていた骨喰からの伝言を伝えた。
 「乱、派手に撹乱するってばい!」
 「乱ちゃん、さすがです!」
 言って、秋田は興奮気味に鼻を鳴らす。
 「じゃあ僕たちは、温泉宿でウサギが見つかった、って風に動きましょう!」
 温泉宿は、二の曲輪の門とはかなり離れた場所にある。
 「秋田、先に行きぃ!
 オイは別んとこば探しよう北谷と治金丸ば呼んで来るけん!」
 自分の足ならすぐだ、と言う博多に、秋田は頷いた。
 「じゃあ!
 赤の刀達に見えるように行きますね!」
 手を振って秋田と別れた博多は、付近へ気を配りつつ、駆け込んだ厩舎へと滑り込む。
 「後藤、おるとや?」
 「ここだぜ、博多」
 積み上げられた飼葉の影から出てきた兄弟に、博多は頷いた。
 「厚兄と薬研兄に伝えとって」
 と、白に紛れ込んだ黒の間者である博多は、骨喰が秋田に話したことを全て伝える。
 「じゃあ俺は、白んとこに戻るけん。
 赤のことはどうなっとうと?」
 「そっちは不動の報告待ちだ。
 もうそろそろ・・・」
 と言う間に、不動が音もなく滑り込んできた。
 「赤、包丁に続いて毛利がリタイヤだ。
 白の太閤が寝返り作戦を打って、まんまと引っかかった」
 「あぁ・・・白には謙信と五虎退がおるもんね」
 赤にも短刀はいるが、あざといほどに可愛らしさを押し出せる二振りには、毛利もひとたまりもなかっただろう。
 「鯰尾兄が、真っ赤になって怒りよろうばい」
 苦笑した博多に、後藤も頷いた。
 「赤は乱が撹乱して、更に離脱者が増えるだろうぜ。
 きっと『姫』の正体が分かった、って誤情報を流して、姫に成りすました奴を掴まされることになるだろうよ」
 「相変わらず、粟田口はえげつないな」
 兄弟同士のくせに、と呆れる不動に、二振りは鼻を鳴らす。
 「戦に親兄弟もなか」
 「信長公の刀だったくせに、なに情に流されてんだよ」
 「・・・お前ら一応、太平の世の刀だったよな?」
 なんでそんなに荒んでいるんだと、ため息をついた不動は、くるりと踵を返した。
 「じゃ、伝えたぜ。
 俺は・・・乱の情報に乗ったふりして、離脱者増やしてくる」
 「頼むばい!」
 にやりと笑って、博多も踵を返す。
 「俺は白の撹乱に戻るけん!」
 「おう!
 あとは任せとけ!」
 博多が厩舎から離れるのを待って外に出た後藤は、人目を避けつつ畑を通り抜け、薬草園の中にある薬研の薬房へ滑り込んだ。
 そこに薬研の姿はないが、代わりに脇差達と合流する。
 その中で、不安げな顔をした浦島に、後藤はにこりと笑った。
 「浦島、姫の正体が分かったぜ!
 安心しな、蜂須賀じゃなかったよ!」
 途端、浦島は張りつめていた気が解けたように、ほっと長く吐息する。
 「誰でした?」
 脱力した浦島に代わって堀川が問うと、後藤は気を持たせるように、しばし無言だった。
 「敵ながらさすがの骨喰兄が仕入れた情報によるとー・・・!」
 と、ウサギのぬいぐるみが、熊のぬいぐるみに入っているだろうことから話す。
 「クマ!!!!」
 突然声をあげた物吉に驚く後藤へ、堀川が進み出た。
 「物吉が、その熊らしきぬいぐるみを見つけてたんですよ。
 でも、ふかふかの普通のぬいぐるみで・・・まさかあの中に入っていたなんて」
 「やっぱり!
 あの子から、トオルさんの気配がしたんです!
 でも、浦島君が『きっと主さんのだ、ウータンと一緒に置いてたんだろう』っていうから!」
 「ごめんごめんー!」
 珍しくヒステリックな物吉に必死に謝った浦島が、無理矢理後藤へ話を振る。
 「それで?
 誰がその鞄を万屋でねだっていたんだ?」
 問われた後藤はにんまりと笑って、『誰だと思う?』などと気を持たせる。
 「後藤〜?」
 ウサギの行方が気になる物吉が眉根を寄せると、彼はゴメン、と両手を合わせた。
 「熊の鞄、可愛い!買って!って、日光にねだっていたんだと、姫鶴が!」
 その名に、脇差達は互いに顔を見合わせる。
 「いやまぁ・・・確かに姫だけどさ。
 俺も最初に姫鶴さんじゃないの、とは思ったけど、そのまんまだったなんて・・・」
 「蜂須賀さんの羽織紐は、やっぱり酔っ払って落としたんでしょうね。
 浦島、後で返してあげなよ」
 堀川に言われて、浦島は苦笑した。
 「これから蜂須賀兄ちゃんには、あんまり飲ませないようにするよー」
 ようやく軽口が出るほどに気を取り直した浦島が、ポケットから懐中時計を取り出す。
 「お姫様がわかったなら、早く姫鶴さんを見つけないと。
 あと15分だ!」
 「ちょっと試してみましょうか」
 そう言って、物吉は姫鶴の端末へ電話をかけた。
 「出るわけないでしょ」
 首を振る堀川に、物吉が微笑む。
 「わからないですよ?
 ・・・あ!もしもし!姫鶴さんですか!」
 「うそん・・・」
 呆れる後藤にも微笑んだ物吉は、しかし、すぐに声を落とした。
 「日光さん・・・でしたか」
 『あぁ、姫が端末を放り出していてな。
 いつもは持ち歩いているのに、珍しいことだ』
 その口調は、特に心配している様子もない。
 だが、この『祭』には、参加していない刀剣もいる。
 特に一文字一家は、山鳥毛が参加に積極的ではないために、日光も乗り気ではないのだろう。
 『姫がどうかしたか?』
 問われて、物吉はゲームの『姫』が姫鶴らしいと伝えた。
 『そうだったのか。
 それで・・・』
 「何か知っているんですか?!」
 急き込んで問うと、日光は『あぁ』と答える。
 『今朝、御前となにやら騒いでいたから様子を窺ったら、随分と豪華に飾り立てていた』
 「どんな衣装ですか?!」
 『俺が見たのは白い小袖だったが、部屋の衣文掛けには鶴の刺繍が入った、白い打掛が掛けてあったから、着ているのじゃないか?』
 「ありがとうございます!!」
 有力な情報を得た物吉は、通話を切って微笑んだ。
 「白地に鶴の刺繍の打掛ですって!
 そんな格好で外には出ないでしょうから、室内にいますよ!」
 「室内って言っても・・・母屋や離れ、温泉宿も、いっぱいあるじゃんか。
 またさらわれるのが嫌で、隠れてるだろうしなぁ」
 首をひねる浦島に、後藤が困り果てた顔をする。
 「秋田がいればなぁ・・・あいつ、かくれんぼ王だから、見つけるのもうまいんだ」
 「もう時間もないことですし、主さまの神眼を使いましょう!」
 僕が行く、と言う物吉に、堀川が頷いた。
 「わかりました。
 では、物吉は天守へ、僕達は、物吉の連絡を受けたらすぐに動けるようにしましょう!」
 堀川に促されて、刀剣達は母屋へと走って行った。


 その頃、赤の国の間者達は、危機的状況に陥っていた。
 包丁と毛利がリタイヤし、人数が減ったというのに、ウサギも見つからなければ有力な情報もない。
 人数が減った状況では、主の神眼に頼ることもためらわれた。
 成果と言えば、白の国の間者だった太閤を、毛利篭絡の咎で捕らえたくらいだ。
 彼の端末を取り上げ、白の間者達のグループメッセージを読んだ鯰尾は、忌々しげに舌打ちする。
 その様に、安定は訝しげに首を傾げた。
 「どうしたの?
 お姫様の正体、蜂須賀だったんでしょ?
 探しに行こうよ」
 今にも駆け出しそうな彼を、鯰尾は低い声音で止める。
 「無駄足どころか、時間切れで失格になるよ。
 きっと、蜂須賀はお姫様の影武者だ」
 「なんで?!」
 思わず声を上げた安定に、鯰尾は端末に表示されたメッセージを指した。
 「これ、撹乱作戦だよ。
 包丁が千代金丸さんに聞いた、って風に書いてるけど、あいつはとっくにリタイヤしてる。
 今、包丁の端末は多分、乱の手の中だ。
 あいつなら、包丁の口調をまねて書くなんて、朝飯前だからね!」
 「そんな・・・」
 唖然と、安定が口を開ける。
 「清光にそんな知恵があるかな?!」
 「いや、酷くない?!
 それに、乱に撹乱作戦を指示したのは骨喰だよ、多分!」
 言うや、鯰尾は額に手を当て、考え込んだ。
 「撹乱作戦は俺が先だと思っていたけど、あっちもやって来た、ってことは、既になにか掴んだ、ってことか・・・」
 「撹乱作戦だったの?!
 それで・・・さっきから、探してもない場所の情報ばかり入れさせてたんだ!」
 「情報の撹乱なんて、定石でしょ」
 索敵能力の高い脇差らしいことを言って、鯰尾は舌打ちする。
 「粟田口の年長者を舐めないで欲しいな!
 あっちが情報を掴んだんなら、こっちは機動だ!
 白の連中が『姫』を確保した瞬間、油断が生じるはずだよ。
 その隙をついて、奪いましょう!」
 グループメッセージではなく、各個人の端末へメッセージを送った鯰尾は、白の国の間者・・・特に、骨喰を目指して駆け出した。


 「おい、もう姫の正体はわかったのに、なんで今更罠だよ」
 南海が作成した罠を、ウサギが隠れていそうな場所へ設置しつつ問う肥前に、骨喰は顔をあげた。
 「念には念を、だ。
 忠広が見たことは事実だが、姫鶴が今回の『姫』だとは確定していない。
 今回のゲームで、誰が『姫』かを確実に示す証拠は、あのウサギが持っている」
 「あぁ・・・まぁ、そうだな。
 俺は、すいーつ食えるんなら別になんでもいいけどよ」
 持っていた罠の設置を終えた肥前に、骨喰は頷く。
 「期待してくれ。
 泛塵、準備はいいか?」
 「あぁ。
 風向きも問題ない」
 強すぎない風を受けて、頷いた泛塵は罠を起動した。
 携帯用の扇風機を設置した、簡便な作りのそれには、主の香りを模した手巾を入れている。
 それは以前、この本丸からさらわれた刀剣達の記憶を呼びもどすために、歌仙が作った物に似せてある。
 「天守への道筋に置いていれば、主の匂いにつられて、あいつが出て来るはずだ」
 隠れて見守ろう、と言う泛塵に、隠蔽にも優れた脇差達は身を隠す。
 制限時間が刻一刻と迫る中、息をひそめて見守っていると、それは灌木の隙間から這い出てきた。
 「・・・っなんだあれ」
 思わず呟いた肥前は、万屋で見た熊が、ずる・・・ずる・・・と、短い手足を地面に擦りつけてにじり寄ってくる様に青ざめる。
 「気持ち悪・・・!」
 「頭が重いから、立ち上がれないんだろう」
 歩を引いてしまった泛塵の背を支え、骨喰が冷静に囁く。
 「もう少し、灌木から離れたら捕まえよう」
 逃げられないように、と言う骨喰の指示に、顔色の悪い二振りは頷いた。
 しかしその時、
 「逃げるより先に、捕まえればいいんだよ!」
 目の端に、影が走ったと気づいた瞬間、おびき出したそれは今剣の手にあった。
 「つーかまえたっ!」
 嬉しげに熊のぬいぐるみを掲げた今剣に、骨喰は眉根を寄せる。
 「鯰尾・・・」
 「姫やぬいぐるみの居場所はわかんなくてもさ、お前の居場所はわかるよ、骨喰v
 一足に詰め寄った鯰尾が、思わず歩を引いた骨喰の目を覗き込んだ。
 「なぜ・・・」
 「兄弟だもんv
 ・・・なーんてね!」
 と、鯰尾は自身の端末画面を示す。
 「別行動するかも、って時には必ず仕込む、GPSでっすv
 「っ!!」
 骨喰が自身の服を探ると、ボタンほどに薄いGPS発信機が、ポケットから出てきた。
 「いつの間に・・・」
 「昨日の夜だけど?
 ちなみにそれ、俺の服ーv
 「昨日から・・・!」
 どんなゲームになるかもわからないうちから仕込まれていたのかと、骨喰が頭を抱える。
 「いつも骨喰のことを気にかけている、俺ならではの勝機だよねーv
 得意げな鯰尾にため息をつき、骨喰はぬいぐるみを確保した今剣と、いつの間にか傍にいた愛染を見遣った。
 「とりあえず、ウサギが託された紋を確認しよう」
 「だめですよー!
 これは、ぼくがてにいれたんです!
 ぼくとあいぜんで、こっそりみます!」
 得意げに笑って、今剣はすっかり汚れてしまった熊から土や木の葉を払ってやる。
 「くまさん、あとであらってあげますね!
 うさぎさん、どこからだしてあげれば・・・」
 と、熊と向き合った今剣は、その腹が内側から叩かれているかのように蠢く様に、息を飲んだ。
 その蠢きは段々強く、激しくなり、とうとう熊の腹を食い破ってウサギが飛び出してきた。
 「わあああああ!!!!」
 思わず放り出した熊は地面に落ちて動かなくなったが、その腹から這い出たウサギは、重い頭部を引きずるように仰向けになったまま、ずるずると地を這って行く。
 「わああああ!!こっちくんなああああ!!!」
 「いやああああああああ!!!!」
 足元に這い寄ったウサギから愛染が逃げ出し、凍り付いたように動けなかった泛塵が悲鳴を上げて肥前の腕にすがった。
 「骨喰・・・これは依頼に入ってないよな?!」
 言うや、肥前は泛塵を引きずるようにして、ウサギの進行方向から逃げる。
 とは言え、その行く末が気になって見つめていると、真っ青になった鯰尾を突き飛ばして、骨喰が歩み寄った。
 「ほっ・・・!!骨喰!!
 行かないで!お前に何かあったら俺!!」
 「うるさい」
 GPS発信機を仕込まれていたことが許せなかったのか、低く呟いた骨喰は、大股に歩み寄って、ウサギを拾い上げる。
 骨喰の手の中で、じたじたと暴れるそれを、彼は正面から見据えた。
 「紋を渡してくれれば、主のいる場所に連れて行ってやる」
 途端、大人しくなったウサギは、口の中に仕込まれていた、小さな水晶玉を骨喰の掌へ吐き出す。
 そこに刻まれた紋をちらりと見て、骨喰は水晶をポケットにしまった。
 代わりに、鯰尾が仕込んだ発信機を、彼へ投げつける。
 「あいてっ!」
 額を痛打され、涙目の鯰尾に鼻を鳴らした骨喰は、白の国の間者達へメッセージを送った。
 「白の国の姫は俺達が確保する。
 今、俺達以外に天守の近くにいるのは・・・清光か。
 では、清光が神眼を使い、秋田へ連絡。
 秋田なら、姫が移動してもきっと見つけるだろうからな」
 言うや、一足に鯰尾へと迫り、胸倉を掴む。
 「邪魔はさせない」
 我に返った泛塵と肥前も、それぞれに今剣と愛染を捕え、白の間者達は赤の国を無力化させた。


 制限時間があと5分となった頃。
 「みっ・・・見つけたー!!!!」
 浦島の大声を背に受けて、姫鶴はこっそりと微笑んだ。
 「姫鶴さん!
 あと5分なんだ!
 一緒に来て!!」
 駆け寄り、手を取った浦島に、姫鶴は大げさなほどに抵抗する。
 「いやぁ!
 たすけてぇ!」
 大声を上げると、南泉が駆け寄って来た。
 「姫!
 お助けするにゃ!」
 「ネコチャン!!」
 浦島の手を振りほどいた姫鶴は、南泉に抱き着く。
 「誘拐されて、怖かったのぉ!
 隙をついて逃げたけど、日光くんもあの人もいないしぃ!
 ネコチャン来てくれてよかったぁ!」
 「う・・・もう・・・大丈夫だから・・・。
 一緒に来てほしい・・・にゃ」
 良心の呵責に苛まれつつ、南泉は姫鶴の手を引いた。
 「どこに行くのぉ?」
 「て・・・天守前広場だにゃ!
 そこに・・・赤の国の連中がいるにゃ・・・・・・」
 それは事実だ。
 天守前にたむろしているのは、赤の国の刀達。
 ただし、姫が嫁ぐはずの『殿』ではなく、王政の打倒を企む革命勢力だ。
 「俺は・・・そこに姫を連れてって・・・にゃ・・・にゃあああああああああん!!」
 「ネコチャン、どうしたのぉ?」
 「大丈夫ですよ。
 南泉は、姫鶴さんが無事で安心しただけです。
 そうだよね、南泉?」
 いつの間にか傍にいた堀川が、笑顔でありながら、笑ってはいない目で南泉を見据える。
 「姫鶴さん、僕も護衛します」
 「ありがとぉv
 いい子だねぇ」
 共に駆け出したものの、ふき綿が重い打掛は足に絡んで、中々進まなかった。
 「姫鶴さん、失礼します」
 一声かけると、堀川は姫鶴を横抱きにして走り出す。
 「堀川くん・・・きみ、力持ちなんだねぇ」
 「極めていますから!」
 驚く姫鶴に微笑んで、堀川は天守前広場へと駆け込んだ。
 「兼さーん!長曽祢さーん!!」
 声をかけると、姫鶴を抱えた堀川に、和泉守は目を丸くする。
 「何やってんだ、国広。
 なんで姫鶴を連れてるんだ?」
 驚く和泉守の目の前で、にこりと微笑んだ堀川は、脇差を抜いて姫鶴の首筋に当てた。
 「はい、処刑!
 黒の国が勝ったよ!」
 褒めて!と、嬉しげな堀川の前で、和泉守と長曽祢は顔を見合わせ、ため息をつく。
 「・・・国広、任務失敗だ」
 「え?!」
 目を丸くする堀川に、焚火の傍にいた清麿が声をかけた。
 「白の国の姫は、姫鶴さんじゃないよ。
 ね?」
 予備の折り畳み椅子を広げて出してやると、重い打掛を脱いだ姫鶴が、笑って腰掛ける。
 「はい、騙されたぁv
 白の国の姫が俺って、安直だと思わなかったぁ?
 俺は姫の影武者の一人だよぉv
 他にも何振りかいる、と言って笑う彼に、すっかり血の気が引いてしまった堀川が、ひきつった声を上げた。
 「じゃあ・・・本物は・・・・・・?」
 「んーっと、もう一振りの鶴?」
 「鶴丸さん?!
 あの人、黒の国の指令でしょ?!」
 機械で声を変えてはいたが、偵察能力に優れた脇差達は口調や言い回しの癖で、彼が鶴丸であることは察していた。
 「え・・・そうなのぉ?
 じゃ、本物が誰か、知らないや。
 君達は知ってるのぉ?」
 姫鶴が問うと、携帯端末で終了時刻を確認した長義が顔をあげる。
 「堀川。
 白の国の姫は、君の兄弟だ」
 「山伏兄さんが?!」
 「なんでだ!!」
 思わず声を荒らげた長義が、頬を染めて咳払いした。
 「・・・偽物くんだよ」
 その呼び名に反駁しようとした堀川を、水心子が遮る。
 「長義は赤の国の騎士で、革命軍に潜入している、という設定だよ。
 その役目は、本物の姫がここに引き出されたらお助けする、と言うものらしい」
 「えぇー?
 俺は見殺しにしたのにぃ?」
 ぷう、と頬を膨らませた姫鶴に、陸奥守が大笑した。
 「ここでおまんが処刑されれば、本物の姫は無事っちゅうことじゃからの!
 まぁ、ふてくされんと!
 一緒に飲むぜよ!」
 焚火越しに温かい酒を受け取った姫鶴は、湯気の向こうで耳まで紅くする長義を睨む。
 「長義くん。
 あとでうちの家長から、そっちの祖に文句言ってもらうからね」
 「なっ・・・!!」
 それは困る、と慌てる長義を肴に、姫鶴は温かい酒を飲みほした。


 清光からの連絡を受けて、秋田は離れへと駆け込んだ。
 「やっぱり!
 きっとここにいると思ったんです!!」
 息を切らして、山姥切の自室に飛び込んだ秋田が声をあげると、のんきに茶を飲んでいた彼はこくりと頷く。
 「隠れるのにいい場所が、思いつかなかった」
 長義が聞けば、また嫌味を言うだろう彼に、秋田はにこりと笑った。
 「そうだと思いました!
 山伏さんだったら、きっと山の中にいるから探すの大変でしたけど」
 間に合った、と、嬉しげに仲間へ報告した秋田は、端末で時刻を示す。
 「あと5分ですけど、数珠・・・Jがいる部屋は同じ離れですから!
 行きましょう!」
 「あぁ」
 立ち上がった山姥切に、秋田は感嘆の声を上げた。
 白無垢に綿帽子という、ごく普通の花嫁衣装だが、薄く化粧をした山姥切によく似合っている。
 「山姥切さん、きれいです!!」
 「そうか」
 以前は、そう言われることを嫌がって、顔を隠していたが、今はすんなりと認めてくれることが嬉しくて、秋田は彼の背後に回った。
 「裾持ちますから!
 急ぎましょう!」
 あと3分!と急かして、秋田はJの元へ『姫』を連行した。


 刀剣達が再び集まった松の間では、勝利に沸く白の間者達を、赤と黒の間者達が憮然と眺めていた。
 「くそっ!
 誤情報にはめられるなんて!
 せっかく如水様のもとで修業したのに!」
 悔しげな厚へ、骨喰が微笑む。
 「・・・まんまと騙されて、馬鹿な兄弟達だ」
 「骨喰兄ぃぃぃぃ!!!!」
 悔しげに唸る厚の隣で、自身の端末をいじっていた薬研が、ふっと吐息した。
 「白は乱が、赤は鯰尾兄が誤情報を流していたのか。
 黒は、博多と不動を潜入させてたが、それを逆手に取られたってわけだ」
 今は全員が見られるようになった情報を整理する薬研の手元を、赤の指揮者であった三日月が覗き込む。
 「なんとも交錯したものだな。
 しかしさすが骨喰、策略にも秀でていたか」
 にこりと微笑むと、骨喰も微かに笑った。
 「遊びでも、策略を巡らせるのは楽しかった。
 なにしろ、敵は鯰尾だったから」
 「俺ら眼中にないってか!」
 滾る厚を見遣って、憤る気力もなくした堀川が、和泉守の胸に顔をうずめる。
 「最初からウサギを確保しておけばこんなことにならなかったのに・・・。
 これじゃあ、土方さんに顔向けできない・・・・・・」
 「もう気にすんなって!」
 わしわしと頭を撫でてやる和泉守とは逆に、歩み寄った姫鶴が、堀川の柔らかい頬をつまんで引き延ばした。
 「俺を殺したことは許さなぁいからぁ!
 あー!
 あずあずー!
 俺、堀川に殺されたぁ!」
 参加者へのご褒美お菓子を運んできた小豆へ声をかけると、彼は失礼にも吹き出した。
 「ずいぶんとげんきなしたいだな。
 それとも、ゆうれいなのか?」
 「おやおや、じゃあ僕が斬ってあげようかな?」
 白い西洋の花嫁衣装を着たにっかりが進み出ると、姫鶴は小豆の陰に隠れて舌を出す。
 「殺されるのは、にかでもよかったのにぃ!
 なんで俺だったのぉ?」
 「そうだよねぇ。
 僕だって、声をかけてもらえるようにあちこちうろついていたんだけど・・・」
 なぜ、と問われて、堀川は肥前が見たという、万屋での一件を話した。
 「あぁー!あのくまちゃん!
 結局俺、日光くんに買ってもらえなかったのぉ」
 「え?!そうなんですか?!」
 愕然とする堀川に、姫鶴が頷く。
 「黒田の刀はケチだから。
 しょうがないからお小遣い貯めよ、って思ってたら、別の誰かに買われちゃって・・・今、入荷待ちなの」
 「別の誰かって・・・ううん!
 山姥切兄さんは持ってなかったよ!」
 部屋は違うが、彼にしては珍しいものを持っていれば気づくはず、と言う堀川に、姫鶴は首を傾げた。
 「誰が買ったかなんて知らない。
 でも、これだけのイベントだもの、きっと設定を考えた人がいるだろうし、ウサギは主のだし」
 「・・・・・・主さんかぁ」
 道理で性格の悪い設定だったと、堀川はため息をつく。
 「山姥切兄さんは?
 最初から、自分の部屋にいたの?」
 重い打掛に疲労して、座り込んでいた山姥切に声をかけると、彼は首を振った。
 「最初は光忠と大倶利伽羅に監禁されたんだが、内側から開くカギだったから、彼らが母屋に戻った隙に逃げ出した。
 1時間後に処刑する、なんて言われたし、あちこちでお前や、短刀達が走り回っていたから、誰にも見つからないように部屋に戻るのは苦労した」
 ところで、と、山姥切は眉根を寄せる。
 「俺は、いつまでこの格好でいればいいんだ?
 じゃんけんに負けて姫役を引き受けはしたが、こんなに大変なら報酬のカップ麺は増やしてほしい」
 「〜〜〜カップ麺ごときに僕はっ!」
 またも和泉守に縋って泣き出した堀川に、長曽祢が苦笑した。
 「姫役は古参組のじゃんけんで決まったのか?
 陸奥守でなくてよかったな」
 「はっ!
 わしが姫さんじゃったら、みんなが惚れてしまうきのう!」
 「鏡見ろ。
 お前がやるくらいなら俺がやるわ」
 冷たく言って、和泉守は辺りを見回す。
 「之定は?
 やっぱり姫の影武者やってんのか?」
 「いや、あいつは篭手切と一緒に、俺たちの着付けと化粧を担当したから。
 今は厨にいるんじゃないか?」
 じっと、小豆が持つ菓子を見つめる山姥切に微笑んで、彼は包みを一つ渡した。
 「あとで、おんしつにもおいで。
 いつものように、おさふねがすいーつをよういしているよ」
 「あずあず、俺もーv
 ねだって菓子をもらった姫鶴は、包みを開けて破顔する。
 「これ、俺が作ったくっきー!
 山姥切、美味しい?
 これ、俺が作ったんだよ!」
 「あぁ、うまい」
 ぽりぽりと音を立てて食べる山姥切を嬉しそうに見て、姫鶴は小豆の腕を引いた。
 「ねぇねぇ、俺、料理もできるようになったから、けんけんをお婿にもらってい?」
 「あげないよ。
 おなじうえすぎだろうに」
 どうせなら他家と、と言う小豆に、姫鶴は首を傾げる。
 「徳川とかー・・・細川とか!
 さよさよお婿にしようかな!」
 「歌仙が怒るからやめておけ」
 面倒だ、と言う山姥切に、姫鶴は口を尖らせた。
 「せっかくお姫様の格好したんだから、お婿さんほしいー。
 うんと可愛い子!
 ・・・あれ?
 そう言えば、赤の国の殿って誰なの?」
 「そうか、あいつが来ればこれを脱げるのか」
 よいしょ、と、立ち上がった山姥切は重い打掛の裾を小脇に抱えて、上座へと向かう。
 「日向、まだなのか?」
 ぼす、と、打掛の裾を落とす山姥切に、日向は呆れ顔になった。
 「随分とはしたない姫だねぇ。
 うちの子にふさわしいのか、考えてしまうな。
 ただでさえ、教育に悪い刀が傍にいるんだし」
 「え?
 父さま、それってもしかして・・・」
 傍にいた物吉が目を見開く。
 その時、
 「待たせたなぁ皆の衆!
 俺が殿だぜー!」
 上座の襖を開けて入って来た太鼓鐘に、物吉が気の抜けたような笑みを浮かべた。
 「もう・・・!
 鶴丸さんが黒の国の指揮者だったから、てっきり同じ国で暗躍してると思っていたのに」
 「え?
 ばれていたのか?!」
 太鼓鐘の後から入って来た鶴丸が、本気で驚く様に、浦島が消沈した目を向ける。
 「バレていないと思ったのか?」
 「みんな気づいてましたよ」
 物吉にまで言われ、壁に懐いてしまった。
 「黒の指揮者は俺だったぜ!って、華々しくばらしたかった・・・!」
 「そんなことよりさ!」
 にこりと笑って、太鼓鐘は大仰な仕草で山姥切の手を取る。
 「この勝負、白の国の勝ち!
 ってことで!
 姫はめでたく俺と婚姻ってわけだ!
 幸せにするぜ!」
 「お前・・・よくそういうこと、平然と言えるよな」
 顔を赤らめてしまった山姥切だったが、
 「その婚姻!お待ちを!」
 と、足音も荒く獅子王が歩み寄って来た。
 「そんな小娘より、俺・・・アタクシをおすすめだぜ、殿!」
 「おやおや、だったら僕でもいいんじゃないかな。
 ねぇ?
 僕の方がきれいだよねぇ?」
 にっかりも迫ると、乗り遅れまいと姫鶴までもが駆け寄ってくる。
 「伊達となら、あずあずも反対しないよねぇ!
 ねぇ君、俺のお婿になりなよぉv
 「わぁv
 うちの子、人気だなぁv
 「父さま、面白がってないで」
 物吉は、調子に乗った刀剣達にもみくちゃにされている太鼓鐘の手を引いて、助け出してやった。
 「勝負もついたことだし、いつものパーティを始めましょうv
 その言葉が合図だったかのように、再び4Mei−Souが進み出て来る。
 「よぉメーン!
 再び俺達、4Mei−Souの案内だぜ!」
 1時間前と違い、消沈している刀もいる中、OTGが陽気な声を上げた。
 続いて、NHGが進み出る。
 「任務ご苦労だったな、ブラザー!
 この1時間の遺恨はなしにして、ここからは祭を楽しもうって趣向だ!
 OCD!」
 「あぁ、皆、TB−Killが持つ見取り図に注目だ」
 蜻蛉切が広げた母屋の見取り図を、大千鳥が示す。
 「温室に長船のすいーつ、竹の間・梅の間を繋げた広間に細川の軽食、そして天守最上階では、主が菓子を用意しているから、取りに行くように。
 また、中庭や回廊では、源氏と平氏が菓子を配り歩いているらしい。
 見つけたら声をかけるといい」
 では、と、見回した目が、泛塵の誇らしげな顔を捉えて和んだ。
 「各自、好きな装束に着替えて楽しむといい」
 その声に、消沈していた刀剣達も、ほっと吐息して気を取り直す。
 「俺、蜂須賀兄ちゃん探してえすこーとしよーっと!」
 「きれいでしょうね、蜂須賀さん。
 兼さん、僕達もお揃いの狼に着替えよっ!」
 「おう!」
 ようやく笑顔になった堀川の頭をわしわしと撫でて、和泉守は賑やかな広間を後にした。




 了




 










去年は書きそびれたハロウィンのお話でした。
姫鶴に振り回される日光と笹貫の霊力で動くようになったぬいぐるみを書きたかっただけなのに、えらいことになってしまって・・・。
なんだかドタバタしてしまいましたが、お楽しみいただければ幸いです。













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