〜 夢たがえ 〜





 目を開けば、一面の炎。
 一瞬で気道を焼く熱に息もできないまま、何度も瞬きをしてようやく見えたのは、折り重なる屍。
 その中心に、彼はほっそりと立っていた。
 屍の多くは、自ら命を絶ったもの。
 ただ、そのうちの幾人かは、死にきれず、炎にあぶられる苦しみと恐怖に晒されている。
 その傍らに立った彼は、手にした太刀を薙いだ。
 ころり、ことり、ころり、ことり。
 その重さに対し、ずいぶんと軽やかな音を立てて、刎ねられた首が転がる。
 死にきれなかった者たちの首を落とした彼はうっすらと微笑んで、そのうち、彼自身も炎にまかれて消し炭となった。
 炎は全てを浄化するという。
 彼の悲しみもまた、この炎で浄化されるのだろうか・・・。


 ふと目を開けると、まだ暗い天井。
 しかし、目を閉じればまた、あの炎の中に戻るのかと思うと、重いため息が漏れた。
 「今夜は・・・誰の夢だったんだろ・・・・・・」
 未だ眠気は去らないが、厭な夢の中に戻る気にもなれず、姫鶴は床を出た。
 手近の羽織を引き寄せて襖を開け、そっと回廊を渡る。
 庭を見渡せる濡れ縁まで出ると、ほっと白い息を吐いた。
 寝静まった本丸には彼の影のみ。
 冬の庭には生き物の気配すらない。
 「寒・・・。
 もっとあったかいの着て来ればよかった」
 寝床で温まった身体はあっという間に冷えて、震えながら羽織をかき合わせた。
 しかし、炎にまかれる夢よりははるかにましだと、また、白い息を吐く。
 「ひとの夢に入ったって・・・俺にはなんもできないのにね・・・・・・」
 姫鶴一文字の持つ逸話は、研ぎ師の夢に美しい姫の姿で現れ、磨り上げないように懇願したというもの。
 ゆえに彼も、夢にまつわる力をもって顕現した。
 しかし、今はその力を持て余している。
 「さっきのは・・・誰かわかんないけど、昨日のはかぁちゃんだな。
 三十六人も斬っといて、刃こぼれもしないなんて、どんな鋼してんの。
 けど、あぁいうのはまだマシ・・・。
 しんどいのは、短刀の子達・・・。
 大好きな主を死なせるために使われるなんてね・・・」
 ふぅ、と、みたび白い息を吐いた彼に、軽い足音が駆け寄ってきた。
 「ひ・・・姫鶴・・・さん・・・っ!
 どうか・・・その、したん・・・ですか?」
 おどおどと気弱な声に、姫鶴は小首を傾げる。
 「ごここそ、どうしてこんな時間に起きてんのぉ?」
 自身よりも大きな虎を連れた五虎退は、寝巻に綿入り半纏をかけただけの姿だ。
 「寒いよぉ?」
 おいで、と腕を広げると、小さな体がすっかり収まった。
 「あったかぁい・・・ねぇ、虎もぉ・・・」
 背にぴったりと寄り添う虎の毛皮に、姫鶴は嬉しげにもたれかかった。
 「そんでぇ?」
 どうして、と再度問われて、五虎退ははにかむように笑った。
 「今日は・・・ぼく・・・あ・・・主さまの・・・ま・・・守り刀・・・なんです・・・。
 夜戦で・・・遅くなってしまっ・・・たんですが・・・。
 あ・・・主さまは・・・起きて・・・待っていて・・・くれるから・・・」
 「あー・・・。
 なんか聞いたな、それ。
 俺は関係ないから忘れてた」
 一文字の隠居に言われるまでもなく、ここが最前線であることはわかっている。
 この本丸に攻め込まれた際に備えて、主の寝所を守るのは、短刀達の大事なお役目だった。
 「てかあのひと、まぁだ起きてんの。
 夜更かししてるなら、俺も御座所に行っちゃおうかなぁ」
 「い・・・いっしょに、お役目・・・しますか?」
 きらきらと輝く目で見上げられた姫鶴は、しばらく考えたのち、首を振る。
 「やーっぱ、やめとく。
 今は、寝るのがしんどい」
 そう言って苦笑する姫鶴をじっと見つめた五虎退は、彼の膝から下りると、冷たい手を引いた。
 「こっち・・・です・・・」
 小さな手には意外な膂力で引かれた姫鶴が、たたらを踏みつつ立ち上がり、ついて行く。
 「どこ行くのぉ?」
 「よ・・・よふかしのへや・・・です・・・!」
 「なにそれぇ?」
 手を引かれるまま、おとなしくついて行くと、御座所とは宿舎を挟んで反対側にある棟に連れ込まれた。
 「食堂に行くのぉ?」
 刀剣の数が増えたため、新設された食堂はこの奥にある。
 しかし五虎退はその手前で止まった。
 回廊側に襖ではなく、障子を入れた部屋からは光と、賑やかな声が漏れている。
 「お・・・おじゃま・・・します・・・」
 細く開けた隙間から、五虎退がおどおどと声をかけると、障子が中から勢いよく開いた。
 「ごこちゃぁんv
 どったの、夜食ほしいのぉー?!」
 夜中にもかかわらず、遠慮のない次郎太刀の大声に、五虎退はすくみあがって辺りをきょろきょろと見回す。
 「あはははは!!
 そーんなに気にしなくても、この周りにゃ、この時間に寝てるのなんていないってー!」
 「と・・・虎はっ・・・!
 入って来るなよ・・・!!」
 五虎退の背後にいる虎の気配を察して、一気に酔いの醒めた日本号が部屋の奥へと退いた。
 「あ・・・!
 ぼ・・・僕じゃ・・・ないです・・・!
 えっと・・・!」
 背後に回った五虎退に背を押されて、姫鶴は部屋へ足を踏み入れる。
 「姫ちゃぁーん!!!!」
 「うわ・・・」
 自分よりも大きな次郎太刀に抱き着かれた姫鶴は、思わず顔をしかめた。
 「なになに・・・!
 わけわかんないんだけどぉ・・・!」
 次郎太刀の胸に手をついて引きはがそうとするが、大太刀の腕力にはかなわず、ずりずりと引き込まれる。
 「お・・・おやすみなさ・・・い・・・」
 気弱げに笑って手を振る五虎退に助けを求めようにも、担ぎ上げられて座布団の上に据えられた時にはもう、彼の姿はなかった。
 「ねぇ、ここ、なに?」
 二十畳ほどの、中々広い部屋だが、集まっているのが大太刀、槍、薙刀とあっては、いかにも狭苦しく感じる。
 ただし、続きの間は襖で仕切られているだけなので、人数によっては更に広くはなるのだろう。
 姫鶴が据えられた座の前には、長方形の卓を四つ使って囲いがしてあり、中央には酒樽や酒瓶がぎゅうぎゅうに詰まっていた。
 「夜通し飲んで騒げる部屋にようこそ〜v
 ずっと誘おうと思ってたんだけどさ、日光くんが、うちの姫に悪いこと教えるなって怒るからさー」
 ようやく来てくれた、と、また抱きしめられた姫鶴は、邪険に次郎太刀を引き離して、卓をはさんだ正面に座る日本号を見遣った。
 「日光くん、また余計なことやってたのぉ?」
 「余計っつーか・・・まぁ、心配してたんじゃねぇかぁ?」
 あからさまに目を逸らす日本号の、気まずげな口調に鼻を鳴らして、姫鶴は卓の上に並んだ七輪に首を傾げる。
 それぞれにするめや鶏肉、野菜、海産物などが炙られ、いい匂いを立ち昇らせていた。
 「肴まであるんだ」
 「おう!
 まずはどれがいい?」
 鶏肉をトングで返しながら御手杵が笑うと、
 「一通り試してみればいい。
 山芋は収穫の際、俺が掘り出してきたのだ。うまいぞ」
 と、静形薙刀が微笑んだ。
 「それよりも!
 先に乾杯でしょー!
 姫ちゃん、イケる口だよね?!」
 「その、姫ちゃんってやめて」
 鬱陶しく絡んでくる次郎太刀を押しのけようにも圧倒的力の差にかなわず、大きな杯を渡される。
 「さぁさぁ!
 上杉のー!
 ちょっといいとこ見てみたいー!!!!」
 「次郎、いい加減になさい」
 酒瓶を傾けようとした次郎太刀の手を、しかし、太郎太刀が掴んだ。
 「姫鶴が嫌がっているではありませんか。
 放してあげなさい」
 「えぇー?!
 姫ちゃん、アタシのこと嫌いー?!」
 「それ以前の問題ぃー!
 はーなーしーてぇー!」
 ようやく次郎の拘束から逃れた姫鶴が、ほっと吐息する。
 「おにいちゃん、ありがとぉー」
 「いえ。
 せっかく来たのです。
 楽しんでください」
 微笑む太郎太刀に頷いた姫鶴は、次郎から離れて日本号の隣に座った。
 「ねぇねぇ号ちゃん、日光くんの弱み教えて。
 なんか恥ずかしい失敗でもいいから。
 仕返しするの」
 「俺がばらしたってわかると面倒だから、言わねぇ」
 酔っぱらっているくせに、妙に理性的なことを言う彼に、姫鶴は頬を膨らませる。
 「言わなきゃ、ごこの虎をけしかけるぅー!」
 「やめろ!!」
 大きな体躯にもかかわらず、震え上がる日本号に、姫鶴は更に迫った。
 「ずっと同じ家にいたんでしょ?
 恥ずかしい寝言とか、言ってたんじゃないのぉ?」
 意地悪く笑って見せるが、日本号はため息をついて首を振る。
 「あいつは寝てる時も気難しいからな。寝言なんて聞いたことないぜ」
 「そぉいうとこぉー!」
 卓に頬杖をついて、姫鶴がぼやいた。
 「あのひとも日光くんも、そういうとこがつまんないの。
 ネコチャンは寝てんの見てるだけでかぁいいんだけど、隠居だっていい加減な振りしてそういうとこしっかりしてるし」
 ふう、と吐息して、御手杵が肴をよそってくれた皿を受け取る。
 「・・・あれ?
 ぎねくん、こないだ焼いてた牛はぁ?
 あんなに大きな塊、みんなで食べちゃったのぉ?」
 見回すと、その場の皆が不思議そうな顔をし、当の御手杵も困り顔を傾げた。
 「人違いじゃねぇか?
 俺は牛なんか焼いてねぇけど」
 そう言えば、と、破顔する。
 「夢では見たぜ。
 でっかい肉を焼いて、みんなで酒盛りする・・・え?」
 はたと、御手杵が瞬いた。
 「姫鶴・・・。
 あんた、確か夢の・・・!」
 問われて、姫鶴は気まずげな顔をする。
 「・・・ごめん。
 ぎねくんの夢に、入ってたみたい」
 途端、場がざわついた。
 「ヤダー!
 最近アタシ、どんな夢見たっけ?!
 姫ちゃんに見られて恥ずかしいことないかなぁ!!」
 酒のせいではなく、頬を染めた次郎に、姫鶴が首を振る。
 「じろちゃんは神域にいるから。
 俺が入っちゃうのは現世の子達の夢だもん。
 神剣の領域に入るには、神格が全然足りないから入れないよ」
 そもそも、と、姫鶴は首を傾げた。
 「夢ぇ・・・みるの?」
 問われて、次郎はしばらく宙を見つめる。
 「言われてみれば、鮮明なのはあんまり見ないかなぁ」
 「私達が鮮明な夢を見るとすれば、上位の神からの神託ですよ」
 「あ、そっか」
 太郎の言葉にほっとして、次郎は徳利を掲げた。
 「びっくりして酔いが醒めちゃった!
 飲みなおしだー!!」
 「いやいやいや!
 既に入られちまった俺は酔えねぇよ!」
 耳まで赤くして、御手杵が気まずげに姫鶴を見遣る。
 「えっと・・・他には・・・?」
 「んー・・・。
 見たかもしれないけど、俺、興味ないことはあんまり覚えてないから」
 「つまり、でかい肉は興味津々だったってぇわけか」
 「おいしそうだったんだもん」
 からかうように言う日本号に鼻を鳴らした姫鶴の、しかし、わだかまりのある表情を見て、太郎が小首を傾げた。
 「悪い夢をみたのでしたら、話してみませんか。
 ここには私と次郎、神剣が二振りもいるのです。
 夢たがえくらいなら、できると思いますよ」
 穏やかな口調に、姫鶴は深く息を吐いた。
 「んじゃ先に、昨日見た夢なんだけどぉ・・・かぁちゃんがさぁ・・・」
 「かぁちゃん?
 ・・・あぁ、歌仙か」
 宙を見つめる静に頷き、姫鶴は苦笑する。
 「名前の由来になった物語・・・だよね。
 ひい、ふう、み・・・って、数を数えながら殺していくんだけどぉ、血だまりの中で呟くわけ」
 杯を持つ手を止めて聞き入る面々を見渡し、姫鶴は言葉を継いだ。
 「・・・一人足りなぁい」
 「ひっ!!」
 暗い目と目が合ってしまった御手杵が、思わず声を上げた。
 「不気味に光る眼で見られた俺の気持ちをおもんぱかってよ・・・。
 ガチで殺られる、って思ったんだから・・・」
 「あぁー・・・。
 あいつ第一刀だから、めちゃくちゃ強ぇんだよ。
 本気の手合わせなんかした日にゃ、ボッコボコにされちまうぜ」
 ため息をついた日本号に、皆が頷く。
 「では、そのことについては私から、古今へ話を通しておきましょう。
 彼でしたら、歌仙をうまくなだめてくれます」
 「嫌味つき、だけどねぇ!」
 太郎の提案に次郎が茶々を入れる。
 「・・・では、本題はいかがですか?」
 次郎の頬を引き伸ばしながら言う太郎に、姫鶴はややためらってから頷いた。
 「さっき見た夢・・・。
 誰の夢かはわからないけど、炎の中だった」
 「炎・・・か・・・」
 眉根を寄せた日本号と同じく、皆が渋い顔をする。
 「炎に巻かれた刀剣は、この本丸にも数多くいますからね。
 どのようなものでしたか?」
 居住まいを正した太郎の問いに、姫鶴は再び頷いた。
 「・・・広間みたいな場所。
 自害した人間の躯が、たくさん折り重なって、炎にあぶられていた。
 でも、中には死にきれないのもいて、生きながら炎に巻かれる恐怖に、かすれた悲鳴を上げていた。
 気道なんか熱で焼けてしまって、ろくに声もだせないのにね。
 そんな彼らの首を、誰かが次々に刎ねていたんだ。
 そいつが首を刎ねるたびに、悲鳴が減っていくの。
 そして・・・最後の悲鳴も聞こえなくなった後、そいつ自身も炎に巻かれて消し炭になっちゃった・・・。
 最期は・・・笑っていたと思う」
 気まずげな上目遣いで太郎を見遣ると、彼は頷いて、隣の次郎へ視線を送った。
 「どう思いますか?
 あなたは、私より現世寄りでしょう」
 問われた次郎は、酔いの醒めた目を伏せる。
 「そうだね・・・。
 アタシャ姫ちゃんみたいに、人の夢に入れるわけじゃないけど、色々話を聞いてた中で、思い当たるやつはいる」
 珍しく杯を置いて、次郎は言い募った。
 「・・・もう何年も前。
 アタシが顕現したての頃だよ。
 その頃はまだ、近侍が定まってなくて、アタシより後に顕現したあいつが・・・一期が近侍だった」
 「いちご・・・あぁ、ごこの兄ちゃんか」
 思い出す姿は、確かに夢の中にいた彼に似ていた気がする。
 そう言うと、次郎は苦笑して頷いた。
 「うちの主は・・・まぁ、知っての通り、無茶な進軍をする人でさ。
 案の定、一期も大怪我して帰城したんだ。
 意識が混濁してたのかねぇ。
 ずっと、火が、炎が、って、振り払う素振りをするんだ。
 抱えて帰還するのが大変だったよ」
 「そんなことがあったのか・・・。
 俺ァ聞いたことがなかったがな」
 「日本号は更に後の、池田屋の戦場が解放されてからの顕現だもんな」
 苦笑して、御手杵が首を振る。
 「俺も聞いたことがある。
 その度にあいつの弟達が心配して、寄り添ってた。
 だからかな、次第に言わなくなったんだよ」
 「そうだね。
 弟達に心配させないように・・・かな。
 でも、口に出せない分、わだかまってはいたんだろうねぇ」
 吐息した次郎は、ぬばたまの瞳でひた、と、姫鶴を見つめた。
 「でも姫ちゃん。
 アンタが見たあいつは、笑っていたんだよね?」
 間違いないか、と問われた気がして、姫鶴は考え込む。
 「炎の向こう側だし、消し炭になる前だもん、はっきり見えたわけじゃない。
 ・・・俺の、そうだったらいいな、って願望かもしれないし」
 憮然とした言い様に、次郎がくすりと笑う。
 「意地悪に聞こえたらごめんよ。
 本当にあいつが笑っていたんなら、夢たがえをしたのは姫ちゃん、アンタだってこと」
 「俺・・・?」
 訝しげな顔をして、姫鶴は首を振った。
 「俺にそんな力はないよ。
 ただ、夢に入り込んじゃうだけ。
 それも、入りたくて入ってるわけじゃない。
 うっかり紛れ込んでしまう・・・そんな感じだもん」
 「うん、でもさ、入っちまったのはホントだろ?
 外からの介入があったから、一期の刃は、死にきれなかった人間達の首を落とすだけの、切れ味を得られたんじゃないかな」
 ねぇ、と視線を向けられた太郎が、深く頷く。
 「本来、再刃された剣が振るえるのは、ひと振りのみと言います」
 そのひと振りを最後に、折れてしまうのだと。
 「一期が抱える屈託はおそらく、大坂城で自身が燃えたことではなく、死にきれなかった者たちの苦しみを、ただ見つめることしかできなかったことでしょう。
 しかし姫鶴。
 あなたが介入したことで、一期の刃は力を得た。
 実際には振るえなかった慈悲の刃を振るい、彼らの苦しみを断つことが出来ました。
 これで一期のわだかまりが昇華できたかはともかく、あなたが思うほど、悪い夢ではなかったのではないでしょうか」
 「ふ・・・ぅん・・・・・・」
 いつも気だるげな目を珍しく見開いて、姫鶴が呟く。
 「・・・けど、次郎ちゃんもおにいちゃんも、俺を過大評価しすぎじゃない?」
 「そういう解釈もある、ということですよ」
 微笑む太郎へ、姫鶴が苦笑する。
 「そうだね・・・そうだったら・・・いいね」
 「そうだともぉー!」
 後押しするように、陽気な声をあげた次郎が酒瓶を取る。
 「んじゃ!
 姫ちゃんの夢たがえ成功を祝して!
 乾杯といこーう!!」
 「は?!なんでそうなるの?!」
 杯になみなみと注がれた酒を渡されて、戸惑う姫鶴に、気を取り直した面々も酒瓶を掲げた。
 「せっかく来てくれたんだ!
 まずは歓迎の一杯ってやつだな!」
 「それを言うなら駆けつけ三杯だろ!」
 御手杵を日本号が笑い飛ばし、調子づいた静が姫鶴の隣に座った。
 「さぁさぁ、早く空けるといい。
 俺が選んだ酒はうまいぞ?」
 四方から伸びて来る長い手に急かされて、渋々干した杯はすぐに満たされる。
 「ちょっ・・・と!
 もぉ三杯飲んだでしょ!
 ゆっくりさせてよ!」
 「いやお前、次郎と静と、太郎のしか飲んでないだろ」
 「俺と日本号チョイスの酒を飲まないのは損ってもんだぜ!」
 それに、と、御手杵が不意に、真顔になる。
 「俺の夢、完全に忘れて欲しいしよ」
 「うっわ・・・!
 ぎねくん、ひくんだけどぉ・・・!」
 「いいから飲め飲めー!!」
 次郎に軽々と抱き寄せられた姫鶴は彼の膝に乗せられ、勧められるまま杯を重ねているうちに、いつの間にか、夜は明けていた。


 翌日、日も高くなった頃。
 「ど・・・どうでしたか・・・?」
 と、姫鶴の寝所を、五虎退が訪れた。
 「どうもこうも・・・!」
 なんとか部屋までは自力で戻ったものの、凄まじい二日酔いで眠ることもできなかった姫鶴は、布団にくるまったまま呻いた。
 「くっそ・・・!
 越後舐めんなよ!!
 次はあいつらよりいい酒用意して、返り討ちに・・・いたたたたた・・・!!」
 「お・・・お水、持って来・・・ます!」
 お供の虎を見守りに残した五虎退の、軽い足音が遠くへ去ってのち、しばらくして、滑るような足音と共に戻ってきた。
 「失礼・・・いたします」
 枕を抱いてうずくまっていた姫鶴は、控えめな声に目を上げる。
 「古今・・・どうかしたぁ?」
 珍しい客だが、起き上がることもできずにうめき声をあげると、彼は小首を傾げて微笑んだ。
 「具合が悪いと聞きまして。
 お茶をお持ちしましたよ」
 「茶?」
 五虎退と虎に助けられながら、のろのろと起き上がって問うと、古今は茶碗を乗せた盆を、姫鶴の傍に置いた。
 「わたくし、ささには強いものですから、二日酔いとやらになったことはないのですが・・・」
 「はぁ?!自慢しに来たのぉ?!」
 声を荒らげてしまった姫鶴に、五虎退がうろたえる。
 しかし、古今は気にした様子もなく、くすくすと笑った。
 「薬研に聞いて、二日酔いに効くものを用意したのですよ。
 頭痛には、か・・・ふぇ?なんとかだそうで、珈琲がよいとのことですが、お茶でもよいでしょう、と。
 茶道をとやかく言う歌仙がなにやらぼやいていましたけれど、豆乳と砂糖も効果があるそうで、入れてみました。
 甘くて飲みやすいと思いますよ」
 さぁ、と勧められて、姫鶴は甘い茶を飲み干した。
 「・・・うん、おいしかった。
 でもなんで古今が?」
 虎の腹に背を預け、不思議そうに問う彼に、古今はまた、くすくすと笑う。
 「お礼ですよ。
 あの子の・・・歌仙の夢に入ってくださったそうですね。
 おかげで、お説教することができました。
 まったく、いつまでもこだわって、頑固な子です。
 昔はふわふわとして、それは可愛かったというのに」
 頬に手を当て、しみじみと吐息する古今に、姫鶴は思わず笑ってしまった。
 「いたたたた・・・!!
 頭・・・いたい・・・!!」
 「あらあら・・・。
 わたくしはお暇しましょうね」
 ごゆっくり、と、立とうとする古今を、姫鶴が引き止める。
 「酒、強いんならさ、今度仕返しすんの、手伝ってよ」
 出入りだ、と笑う姫鶴に、古今は困り顔を傾げた。
 「わたくしでよろしいのですか?」
 と、隣にちんまりと座る五虎退を見遣る。
 「あなたには、上杉の一門がついているのでは?」
 「まぁねー。
 あずあずはお酒より甘いのがいいって言うけど、実際飲んだらザルだよ。
 でも、うちの家長は自制心が強すぎてつまんないのー」
 絶対に酔わない、と、むくれる姫鶴に、五虎退がくすくすと笑う。
 「さ・・・山鳥毛さんは・・・頼りになりますから・・・!」
 「けど、自制してちゃ勝てない戦もあるでしょ!」
 だから、と、姫鶴はまだ蒼い顔で詰め寄る。
 「協力してよ、古今ちゃん!
 味方は多い方がいいでしょぉ!」
 「そうですねぇ・・・・・・」
 しばし考えるように小首を傾げて、古今は微笑んだ。
 「としのはに 春のきたらばかくしこそ 梅をかざしてたのしくのまめ」
 囁くように歌って、頷く。
 「勝ち負けはともかく、ご一緒いたしますよ」
 「やった!
 俺を潰したこと、後悔させて・・・いたたたたたた!!」
 また、頭を抱えてうずくまってしまった姫鶴に五虎退が苦笑し、虎は呆れたように鼻を鳴らした。




 了




 










禺伝を観て、カッとなって書きました!
あちらの姫は自由に出入りできるようですが、うちの姫はちょっと不器用なんで、自分の意志では入れないという設定。
めちゃくちゃ頑張れば出来ないことはないけど、そこまで頑張りたくないなまけもの。>個体差。
このうわさを聞き付けた髭切が、自分の夢に誘い込んで、主殺害現場なんかを見せつけるかもしれない。
姫ドン引き(笑)
酷い本丸だよ(笑)













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