~ 思ひつくみの ~

-女審神者注意-



 『これより帰還する。
 が、私が時空門から御座所に移動し終えるまで、回廊には誰もいない状況にし、帰還後も私に近づくな』
 突然、一斉通知された主からのメッセージに、薬研は顔色を変えた。
 薬房の取り出しやすい場所に置いていた個人防護具を着、N95マスクの上にフェイスシールドを着け、手袋をはめるや、検査キットなどが入った薬箱を持って母屋へ向かう。
 途中、『薬研!』と声をかけ、並走してきた信濃を見遣った。
 「大将、罹患したの?!
 なんか手伝うことある?!」
 「ありがとよ!
 ひとまずは俺だけで対応する。
 手伝ってほしいことがあったら連絡するから、頼んだぜ!」
 「うんっ!」
 足を止めた信濃に見送られ、薬研は御座所へと入った。
 「大将、寝所か?」
 声をかけると、誰もいない御座所の、更に奥の部屋からカツン、と、扇子で卓を叩く音がする。
 虚弱でよく寝込んでいた主が、声を出せない時に近侍を呼ぶ音だ。
 しかし、寝所の襖は隙間なく閉ざされ、代わりに薬研の端末が震える。
 『咽頭痛あり。熱は現在のところ36.4℃だが、だるさあり、熱が上がりそうな予感。
 食欲あり、咳・吐き気なし。
 抗原検査キットは症状後1日経たなければ正確な結果が出ないので、明朝検査する』
 「正確かよ」
 思わず笑ってしまった薬研は、御座所の障子を全て開け放ち、換気した。
 「大将、俺は防護具つけてっから、他の連中より安全だ。
 襖の前に解熱薬と水を置いておくから、俺が御座所を出てったら受け取ってくれ。
 欲しいものがあれば、まず俺に連絡してくれれば・・・あ、小青竜湯も置いとくぜ」
 襖の向こうから、連続してくしゃみの音がして、薬研は苦笑する。
 「咽頭痛はともかく、この疫病には珍しい症状なんじゃないか?
 報告しておくから、逐次様子を知らせてくれ」
 言うと、カツン、とまた、扇子で叩く音がした。


 薬房へ戻る途中、薬研は兄弟はじめ、多くの刀剣達に囲まれた。
 「ぬしさまのお加減はいかがでしょうか。
 いかほど近づいてはならぬのでしょう」
 真っ先に声をかけてきた小狐丸に、薬研は頷く。
 「ずっと近侍を務めてるあんたと・・・おい!昨日の守り刀、誰だったよ!」
 「はーい!!ボクボク!!」
 挙手して寄ってくる乱に、集団から離れるよう促した。
 「濃厚接触者だな。
 まぁ、俺らは人間と違って、そうそう病に罹ることはねぇし、念のために予防接種もしてるから、大丈夫だとは思うが、一応な」
 言うと、乱が眉根を寄せる。
 「あるじさん・・・昨日はボクを寝所に入れてくれなかったんだ。
 今朝もずっとマスクして、ほとんどおしゃべりしなくて。
 普段と違う、って思ったのかな」
 「そうだな。
 長いこと情報を集めてたから、早い段階で気づいたのかもな。
 小狐の旦那は?」
 と、見上げた小狐丸は、あからさまに肩を落とした。
 「昨夜の・・・夕餉までは、なんのお変りもありませんでした。
 ただ、夜更けにはすっかりお口数が減ってしまわれて。
 お仕事にご懸念がおありかと、私からはお声がけを控えておりました」
 「うん、なんだか喉が痛いって言ってた!
 念のために、寝所には入らないように、って言われて・・・」
 しゅん、と、乱も肩を落とす。
 「主さん・・・ふだん鬼なのに、こんな時は気を遣うのがさぁ・・・・・・」
 「言いすぎだぞ、乱」
 思わず吹き出した薬研が、咳払いしてからしかつめらしく言う。
 「大将が表に出られない間は、歌仙が指示役だ。
 なんかあったら歌仙に従えよ」
 途端、巴が眉根を寄せて進み出た。
 「その歌仙はいずこだ。
 主が大変な時に、姿も見せないとはどういうことだ」
 「それは・・・」
 と、言いかけた薬研よりも先に、長谷部が巴の肩を掴む。
 「大変な時だからだ。
 疫病が流行る前から、主と歌仙はこのような事態を想定して、部屋を離していた。
 歌仙が緊急時の近侍に任命されているにもかかわらず、普段は最も離れた部屋にいるのはそのためだ」
 「なんと!そうだったのか!!」
 「僕はてっきり、怪我人が多いから、時空門の近くにいるものだと・・・」
 驚く水心子の隣で、清磨が感心したように頷く。
 「俺が進言したんだ。
 何しろ大将は虚弱体質で、よく感染症をもらって来たからな。
 唯一代理ができる歌仙までやられちゃ、本丸の機能が停止しちまうだろ」
 「そうか・・・すまなかった」
 うなだれてしまった巴に、薬研は首を振る。
 「ま、ただの風邪の時は、普通に様子見に来てたけどな。
 だが、この疫病はダメだ。
 絶対に油断すんな」
 厳しく言われて、その場の全員が深く頷いた。


 翌朝、薬研は主からのメッセージを受け取った。
 『昨夜、23時頃に熱を計ったら37.1℃だった。
 今朝8時に抗原検査キットを使い、陽性判定。
 寝る前にお前がくれた小青竜湯を飲んだからか、鼻水はだいぶ止まって、今は熱も下がって36.4℃だ』
 「的確かよ」
 思わず吹き出して、薬研は返事を打ちこんだ。
 『他に症状は?
 食欲はどうだ?』
 『咽頭痛は思ったより酷くはないが、声が出しにくい。
 食欲あり。
 朝食はいつも通りで大丈夫だ。
 部屋を出られないから、菓子をたくさん持ってきてくれ』
 「ホントに病人かよ」
 そうは言いながらも、予防接種が功を奏したことに、深く安堵した。
 「大将は5回きっちり打ってるからな・・・となると、感染させる力もほとんどねぇな」
 『咳は?出ないのかよ』
 更に問うと、『全くなし』と返答が来る。
 「なんでだ。
 アンタ、喘息もちだろうが」
 新型『肺炎』のはずが、喘息もちにもかかわらず、全く咳が出ていないという珍しい症状には興味があった。
 「おもしれー症状。
 これも報告しとこう」
 まだ油断はできないが、冗談を言う余裕も出てきて、薬研は主へ差し入れる物の調達へ向かった。


 その日の夕方。
 主より
 『体温37.9℃まで上昇。
 その他異常なし』
 とのメッセージが来たが、順調に回復しているようで、翌日には、
 『今朝6時ごろ、激しい咽頭痛で起床したが、薬を飲んで回復。
 朝の8時に検温。
 37.7℃。
 12時頃には36.5℃にまで下がった』
 という、味もそっけもない報告が送られてきた。
 「大将・・・こういう時くらいは、人の心ってもんを見せねぇもんかね」
 と、薬研はため息を漏らす。
 「異国では平均寿命が下がるほどの死者を出している疫病なのだろう?
 主は、不安ではないのだろうか」
 気づかわしげな一期一振に、薬研は苦笑した。
 罹患したとなれば、もっと焦ってもよさそうなものなのに、主はむしろ、経過観察を楽しんでいるように見える。
 「対策をした上での、高みの見物ってやつだろ」
 「と言うよりは・・・主君のことですから、病に対しても戦をしているのかもしれません」
 秋田の言い様に、厚が吹き出した。
 「気が強いもんなぁ。
 きっと、『やれるもんならやってみろ』って思ってるぜ!」
 「大将・・・。
 病気の時くらい、気弱になってもいいんじゃないかねぇ」
 呆れ顔で首を振った後藤が、PC画面に見入る博多の肩をつつく。
 「おい、大将がいないから、俺らだけで定例会議やるぜ」
 「オイだちだけやなかばい。
 主人は、もうチャットにおんしゃーが」
 「マジか」
 目を丸くする薬研に、博多が頷いた。
 「声を出すのは辛かけん、リモートは無理やけど、チャットやったらできるばい、って、ホラ」
 と、博多が指した画面には、チャットの小窓が開いている。
 「おいおい、無理すんなよ・・・」
 困惑する薬研を、博多が見遣った。
 「菓子がなくなったけん、持ってきてってばい」
 「肥えるぞ」
 思わず真顔になった薬研に、一期一振が笑い出す。
 「お変わりなくてよかった。
 私が光忠さんにお願いしてくるよ」
 「お菓子?!
 俺も行く!!」
 立ち上がった一期一振に反応して、包丁もまた、足早に厨房へと向かった。
 彼らと入れ替わりに、
 「失礼していいかな?」
 と、部屋の外から、松井江が声をかける。
 「松井?
 どしたの、粟田口部屋に来るなんて珍しいね」
 「入っていいぞ」
 気さくに答える鯰尾の隣で、骨喰が松井を招き入れた。
 「こちらで定例会議をやっていると聞いたんだ。
 僕も事務作業は得意だから、何か手伝うことはない?」
 申し出たものの、博多と後藤は揃って首を振る。
 「主人は部屋を出られんだけで暇しとーけん、必要なかよ」
 「俺らと大将だけで片付くから、大丈夫だぜ」
 「でも、せっかく来たんですからお茶でもどうですか?」
 と、平野が茶の用意を始めた。
 「しかし、どうしたんだ、いきなり?
 今まで事務作業の手伝いとか、来なかっただろう?」
 平野が淹れた茶を松井へ渡しつつ、骨喰が問うと、彼は困り顔で頷く。
 「今までも、手伝おうとは思っていたんだ。
 だけど・・・・・・」
 きゅっと、松井の眉根が寄る。
 「金銭の流れを僕に把握されたくない歌仙さまと古今さまが揃って邪魔してくれて。僕を経理に関わらせないように、って、主に念押ししてたらしいんだよね。
 だから今の隙に、って思ったんだ」
 「あぁ・・・。
 あの二振り、すっげぇ高い茶器とか買っちまうもんなぁ・・・」
 ついでに淹れてもらった茶をすすりつつ、厚が苦笑した。
 「けど、それだけが理由じゃなく、本当に俺らだけで大丈夫なんだ、うちの本丸は」
 博多と並んで座った後藤が、ノートパソコンと書類を見比べながら言う。
 「年度末とはじめに演練でよー聞くあれやろ?
 松井と長谷部と、長義もやったかいな、事務作業ば一気にやらされて、疲労困憊しとーって」
 書類の数字とPCに表示された数字を確認しつつ、言う博多に松井が頷いた。
 と、後藤が主からのチャットを眺めながら独り言のように呟く。
 「大将はさ、経理と事務作業の玄人なんだ。
 本丸の収支は、基本的に数字を打ち込むだけで出来上がるようになってるし、政府への申請書類も自動的に出来上がるよう、システムを組んでる。
 出陣の報告書ですらテンプレートを作ってほぼ自動化してるから、リストに必要事項を打ち込んでさえくれれば出来上がるようになってんだ。
 その上、週一回の定例会議で、どこに費用が掛かったか、削減可能か、不可であればどこから収入を得るか、って運営方針を決めてるから、年度末もはじめも、早すぎない程度に報告書を出して終わりだ」
 「主人は、表計算ソフトやら経理用アプリやら、誰よりも使いこなしんしゃーけんね。
 報告書ば明日出せ言われても余裕で対応できるとよ。
 日頃の積み重ねばい」
 「じゃあ、僕がやることはないのかぁ・・・」
 ほっとしたような残念なような、複雑な表情で茶をすする松井に、後藤がくすくすと笑い出した。
 「明日までに出せ、って言われた報告書を連絡から3分後に出して、担当者ビビらせたのは楽しかったよな♪」
 「主人も相当性格の悪かけん」
 主には聞こえないのをいいことに、博多が楽しそうに笑う。
 「けど、ま。
 そんなに心配しなくていいぜ。
 うちは、他の本丸に比べて給与が高いからな。
 個人の小遣いのうちなら、どんだけ使おうと勝手だろ」
 「まぁ・・・借金さえしていなければ」
 眉根を寄せて頷く松井に、博多がにんまりと笑った。
 「借金ばするにしても、借りるとはオイからやけんね。
 金の流れは把握しとーけん、気にすることなか。
 ここで破産しとーとは鯰尾兄だけやし」
 「博多!ばらすなよ!!」
 慌てて周りを見回した鯰尾が、一期の不在にほっと吐息する。
 「兄弟の金の管理はもう、俺がやっているから、借金さえ返せば自由の身だ」
 「ありがとう、骨喰ー!!!!」
 抱きついて泣く鯰尾に、骨喰は苦笑した。
 「俺も・・・原因の一つだからな」
 「ばみ兄はあもかばい」
 博多の言葉に、骨喰が首を傾げる。
 「あも?」
 「甘い、ってゆーたばい」
 「お前の言葉は・・・時々わからない」
 「え?そう?」
 ため息をついた骨喰に、松井が意外そうな顔をした。
 「僕は普通だと思ってたけど・・・そうか、同じ九州だもんね」
 「松井も腹かいたらでよるもんな」
 笑いながら、博多は主とのチャットに返答を打ち込む。
 「・・・・・・よしゃ!
 承認下りたばーい!
 後藤、この件はもう、文句言わせんけん!」
 「ちっ。
 お前の資産運用を信じないわけじゃないけど、使いすぎだろって思うぜ?!」
 「そげんことなか!
 締めるとこは締めとーけん!」
 睨み合う二振りを、松井が不思議そうに指した。
 「仲良くないの?」
 「そんなことはない」
 首を振って、骨喰がそっと微笑む。
 「互いに認め合っているからこそ、意見が合わない時もあるというだけだ」
 「そっか・・・。
 どこの兄弟も似たような・・・」
 と、言いかけた松井は、突然首根っこを掴まれて持ち上げられた。
 「どこに消えたかと思ったら!!
 畑仕事、まだ終わってないよ!!」
 「く・・・桑名・・・!!」
 締まってる!と、自身を持ち上げる桑名の腕を必死に叩くが、応えた様子もなく彼は部屋を見渡す。
 「お邪魔してごめんね。
 ほら!行くよ!!」
 こんな時でも普段と変わらない桑名は、必死にもがく松井を軽々と担いで、出ていってしまった。


 翌朝。
 「あるじさーん!
 具合どう?
 お肌のお手入れしてるー?」
 どうしても顔を見たいと言って聞かない乱が、博多のPCを取り上げて主へ話しかけた。
 リモート画面が開くと、化粧っ気はないが、顔色もよさそうな主が笑って手を振る。
 しかしまだ声は出にくいようで、会話はチャットだった。
 『喉は痛いがものが飲み込めないほどではなく、熱は平熱、咳はほとんど出ない。
 一番大変なのは鼻水だが、薬を飲んだら治まる程度。
 ワクチンを5回打ったからか、普通の風邪より軽いかもな。
 熱っぽいと思う度に熱を計っているが、何度計っても35.9度~36.4度までの平熱だった』
 「うん、あるじさん。
 せめてこんな時くらい、人の心を持って?」
 自分の不調さえも面白がって観察対象にしている主に、乱が呆れる。
 「元気そうなのはいいけどさ・・・。
 大将、いつ会えるの?」
 懐に入りたい、と、肩を落とす信濃には、薬研が首を振った。
 「感染症だから、もうしばらくはダメだ」
 「・・・なんだよー。
 薬研は大将に会えるのに、俺はダメってさー・・・」
 「そりゃお役目ってやつだ」
 笑う薬研の隣で、厚が肩をすくめる。
 「それにしても、この流行り病はしつこいな」
 下手を打てば死病にもなり得る病は未だ巷間に蔓延し、人々に不自由を強いている。
 ため息をついた厚に、薬研は笑って首を振った。
 「猛威を振るったコロリだって治まったんだ。
 本邦以外の知恵や技術を使える今は、あの頃に比べりゃ格段に恵まれているさ」
 「早く良くなってくださいね、主君!」
 乱の背後から顔を出す秋田に、主が画面越しに微笑む。
 『心配をかけてすまない。
 だがむしろ、今しか味わえない非日常を楽しむべきじゃないか?』
 「それもそうだ」
 主の言葉に、後藤がうんっと背伸びした。
 「生きてりゃなんとかなるさ。
 そうだろ?」
 主の様子にも安堵した様子の兄弟を見回すと、前田が頷く。
 「主君には、僕達藤四郎だけでなく、大典太様や石切丸様だってついているんですから、護りは万全です。
 強引ですが、わくちんが一番効き目を発揮する頃に罹患されたのも、護り刀の加護かもしれません」
 にこりと笑った彼に、短刀達もつられて笑った。


 罹患後一週間は外部との接触を避けること、との政府の規定で、自室に引きこもっていた主だが、発症五日目からは既に回復した様子だった。
 「主くん、暇だからってお菓子ばかり食べるのは良くないよ。
 ・・・やだ、じゃないんだよ」
 困った様子で通話する光忠に、隣で昼食の支度をしていた歌仙が手を差し出す。
 光忠から端末を受け取り、
 「やぁ主、回復して何よりだよ。
 もうじき薬研に昼餉を持って行ってもらうから、それまで我慢しなさい。
 出仕はできなくても、審神者のお役目は果たせるのだろう?
 ならば、遊んでないでお仕事しなさい」
 と、言うだけ言って、問答無用で通話を切ってしまった。
 「歌仙くんも、主くんの代理ご苦労様だけど、言い方・・・」
 「働かざるもの食うべからず、と言うだろう。
 元気なのに労働をしないなんて許さないよ」
 歌仙の厳しい口調に光忠は苦笑する。
 「まぁ、無事だったから言えることだよね。
 主くん、ワクチンの副反応が全くなくて、抗体ができているのか怪しかったけど、これだけ軽症ってことはちゃんと効いていたんだね」
 薬研が一番心配していたことだ。
 男士達の中には発熱で寝込んだものもいたと言うのに、肝心の主が平然としていて、随分と気を揉んでいた。
 薬研から話を聞いていた歌仙も、絶対に罹患させないよう気を配っていたと言うのに、病魔との戦に負けた気がして忸怩たる思いがある。
 「謎なのは、新型『肺炎』なのに咳はほとんどなかったことだね。
 季節の変わり目に喘息を発症していたのに、こんなことがあるんだろうか」
 本当は別の病だったのではと、歌仙が疑うのももっともなことだった。
 「それは僕も思ったけど、検査では陽性だったそうだしねぇ。
 前の月に5回目のワクチンを打って、罹ったのが2週間後くらいでしょ?
 一番抗体が元気な時に罹患しているから、大丈夫だったんじゃないかな」
 打つ前だったら危なかったかも、と言う光忠に、歌仙は渋い顔で頷く。
 「今回はそれをもって勝利とするか。
 少し・・・悔しくはあるけれど」
 眉をひそめる歌仙とは逆に、主は暢気なものだった。
 なんだかんだと仕事を放り出しては、部屋でごろごろと過ごしている。
 『食う寝る遊ぶ生活でお肌が潤っているんだ』
 と、リモート画面越しに言う主に、乱は笑い出した。
 「それはよかったけど、今日のお熱は35.7度だったんでしょ?
 主さん、36.4度で平熱だって言ってたけど、もしかして平熱は35度台なんじゃない?」
 『微熱状態だったのか』
 なるほど、と頷く主にまた、乱が笑う。
 「大事に至らなくて良かったよ。
 もう、歌仙さんがピリピリして、怖かったんだよー?」
 『悪いが、もうしばらく代理を頼むと伝えてくれ』
 「えー?ボクがぁー?」
 思いっきり眉根を寄せて、乱が口を尖らせた。
 「言ったでしょ、今、歌仙さん怖いんだって。
 小夜ちゃんに頼んでよ」
 『小夜に頼むと私が怒られるんだ』
 「じゃあ自分で言ってよー。
 その方が歌仙さんも喜ぶでしょ」
 それに、と、乱は声を潜める。
 「今、こぎつねさんと長谷部さんと巴さんが、本当の三つ巴になって牽制しあってるから、みんな御座所に近寄れないんだ。
 ボクたちは、こうやって博多のぱそこんでお話しできるけど」
 『どうりで、誰も見舞ってくれないと思った。
 てっきり薬研が禁止しているのかと』
 「それもあるよ。
 感染症だから、自分以外は近寄るな、って言ってるから、まだ刃傷沙汰にはなってないだけ」
 『本丸内ではやめてくれよ・・・』
 「あるじさんが元気になれば、みんな元通りだよ。
 早く出てきてね!」
 『規定の日を過ごしたら、嫌でも出るよ』
 画面の向こうへ手を振ってから、通信を切った乱はパソコンを博多へ返す。
 「あるじさん、あんなに元気なのにお部屋から出られないって。
 本陣の言うことなんか、無視すればいいのにね」
 「薬研が怒るばい。
 主人はもう平気やろうけど、オイだちにうつすかもしれんけん、出たらいかんって言いよっちゃけん」
 「ボクたちだって平気だと思うけどなぁ」
 乱の膨らんだ頬を、厚がつついてつぶした。
 「油断大敵だぜ」
 「大将のせいで俺たちに何かあったら、大将がどんなに泣くかって考えてみなよー。
 出てきて、なんて言えないよ」
 信濃にまで言われてしまい、乱は渋々頷く。
 「大将のためにも、俺らが元気でなくちゃな!」
 「わかったから!つつくのやめて!!」
 容赦なく迫る厚の指を掴んだ乱は、無慈悲にもあらぬ方へと曲げてやった。


 翌日にはすっかり回復したものの、主が寝所から御座所へと出てきたのは更に二日が経ち、罹患より一週間が経ってからのことだった。
 「大変だったね。
 だが、大事に至らなくてよかった」
 御座所に控えていた歌仙に、主は苦笑する。
 「代理ご苦労。
 変事がなくて何よりだった」
 他には、と問われて、歌仙は細々した出来事を報告した。
 「皆、きみに会いたがってはいるけれど、一度に押し寄せてはきみが迷惑だろう。
 ひとまず、たまった業務を片付けているふりをして、徐々に顔を見せてはどうかな。
 夜には快気祝いをしてあげるよ」
 「気が利く第一刀で助かるよ」
 と、携帯端末を取り上げた主の手を、歌仙が掴む。
 「乱から、三つ巴の件は聞いているよね?
 皆への顔見せが終わるまでは、もふもふも禁止だよ」
 「えぇ・・・」
 さすがに不満げな主を、歌仙は正面から睨みつけた。
 「いいね?」
 念押しされて、主は渋々頷く。
 「大事に至らなかったとはいえ、七日間も寝所を出られなかったんだ。
 快気祝いは豪勢にしてあげるよ。
 期待していてくれ」
 目を和ませた歌仙に主も深く吐息し、諦めたように頷いた。



 了




 










2023年1月に、コロナに罹患した際の記録替わりです!
審神者が機能しなくても、幣本丸は大丈夫な体制です。
今後も感染対策と予防接種頑張ろうな!
な!>逃げ散る短刀を捕まえながら













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