~ 誰をかも ~
昼餉の片付けと夕餉の仕込みは終わったものの、なんとなく厨房に居座った面々が、茶菓子を囲んで談笑している中、 「ずいぶんと短期間に出てるねぇ・・・。 ねぇ鶴さん、万馬券って、こんなに毎回出るものなの?」 厨房の壁にかけられたディスプレイで、競馬ニュースを見た光忠が何気なく問うと、なぜかぎくりとした鶴丸が湯呑で口元を隠した。 「・・・こういうのはその日の体調だけでなく、運もあるからな。 普段速い馬でもたまたま、何かに驚いたとか、気に食わない騎手だったとか、あるんだよ、きっと」 「そういうものか・・・」 馬の世話はするものの、競走馬にはあまり関心のない歌仙が、軽く頷く。 「鶴さん、今日は朝から出かけてたけど、ここに行ってたの?」 「んぁっ?!」 光忠の問いに慌てて、鶴丸は何度も頷いた。 「あ・・・あぁ、ちょっと・・・馴染みの馬の様子が気になってな」 「なんだい、変な声をあげて」 訝しげな歌仙の目は、湯呑で阻む。 しかし、視線を外さない彼に観念して、鶴丸は湯呑を置いた。 「いや実は、さすが俺と言うべきか、見事に当ててしまってな」 「へー、そうなんだ。 馬のことになるとさすがだね」 光忠が、大して驚いた様子もなく頷く。 「それで、何に使ったの?」 「今朝のことなのにかい?」 歌仙が首を傾げると、光忠は呆れたように肩をすくめた。 「鶴さんのことだもの、宵越しの銭は持たないでしょ」 「そんなことはないぞ、うっかり使ってしまうと、税金が払えなくなるからな」 「払っていたのか・・・」 妙なところで真面目だと、歌仙が呆れる。 「そうは言うがな、君、奴らは時間遡行軍より厄介だぞ。 主を通して請求してくるから、俺が勝手をやると主に身ぐるみはがされてしまう」 「それは怖そうだね」 ため息をつく鶴丸に、光忠が笑い出した。 「笑い事じゃない。 初めてやらかした時は、本体を差し押さえられそうになったんだからな」 「あぁ、それはいい値になりそうだ」 ムッとする鶴丸に笑った歌仙が、ふと時計を見遣る。 「遠征の子らが帰って来るね。 おやつを出してあげないと、清光と安定が廊下に寝転んでふて寝するよ」 「そりゃずいぶんと微笑ましい光景だ」 鼻を鳴らして真っ先に立ち上がった鶴丸が、戸棚から菓子器を取り出した。 「今日は冷えるから、焼きたてのどら焼きでも作ってあげようか」 光忠が言うと、歌仙も立ち上がって冷蔵庫を開ける。 「餡子は、小豆が作り置きしてくれているからね。 大福も丸めてあげようか」 「お! そりゃいいな! 俺の分も頼むぜ!」 「鶴さん、今、お茶菓子をたくさん食べたでしょ。 ほどほどにしないと、鶴じゃなくてアヒルだって言われるよ?」 呆れる光忠に、歌仙が意地悪く笑った。 「そうなったら、臓物を取り出して珍味にしよう」 「ずいぶんとえぐい言われようだな!」 そんな、他愛のない会話をしていたのが初春のこと。 その数か月後、 「・・・ギリギリすぎる」 炎天下、俯いた顔に濃く麦わら帽子の影を落とす鶴丸の隣で、小竜は苦笑した。 「仕方ないよ。 誰にもバレないよう、こっそりやってるんだからさぁ」 母屋から離れたトウモロコシ畑の中、なぜかぽっかりと空いた場所で、二振りは地面を見下ろす。 「主が疫病に罹患したせいで本丸が厳戒態勢になっちまって、外部の業者が入れない期間があったもんなぁ・・・」 「主に許可はもらってるけど・・・薬研や、黒田の連中に知られずに地下道を掘るなんて、やっぱり難しいよねぇ・・・」 毎年恒例、『インフルエンザ予防接種からの逃亡』に向けて、春先から地下道の工事をすべく計画していたものの、予定外のことが多々あり、今年の接種時期に間に合うか、微妙になってしまった。 「しょうがない、いざとなったら自力で頑張るか」 「そうだね。 鯰尾はすごく期待してたけど」 施工計画の段階から参加し、逃走計画を練っていた鯰尾ががっかりする様を思って、二振りはまたため息をつく。 「それにしても、この流行り病はしつこいな」 下手を打てば死病にもなり得る病は、未だ巷間に蔓延している。 またため息をついた鶴丸に、小竜は笑って首を振った。 「猛威を振るったコロリだって治まったんだ。 本邦以外の知恵や技術を使える今は、あの頃に比べて格段に恵まれているよ。 むしろ、今しか味わえない非日常を楽しむべきさ」 「それもそうだ」 うんっと背伸びした鶴丸は、足元の背負い籠を肩にかける。 「トウモロコシ収穫して、光坊に茹でてもらおうぜ! わかっているだろうが、鮮度が命だぞ!」 「りょーかい。 みんな、二本以上は食べるよねぇ? 大仕事になりそうだし、誰か手伝いを呼ぼうか」 と、小竜が携帯端末を取り出した時、 「いい加減になさい!!」 突然の大声に驚いて、取り落としそうになった。 「な・・・なになに、びっくりしたー!」 「小狐丸、そんな声が出るんだな」 いつも物静かな小狐丸の大声に、さすがの鶴丸も驚いてトウモロコシの葉をかき分けると、別の畑で三日月が、鍬にもたれて休んでいる。 「おい、三日月。 小狐丸を怒らせるなよ、こっちが驚いたじゃないか」 「おぉ、鶴丸。 退屈が凌げて何よりだな」 のんきに笑う三日月の傍で、小狐丸がまなじりを吊り上げた。 「あなたが畑当番を命じられたのは、ぬしさまよりの罰でしょう! 真面目におやりなさい!!」 「まったく、酷い暴君に召し出されたものだ。 か弱いジジィに重労働を強いおって・・・」 わざとらしく憔悴した様子を見せる三日月に、小狐丸もとうとう詰め寄る。 「あなたが! 畑を何日も放り出していたからでしょう! これは歌仙殿も同意のことですよ! 監視役に据えられた私の方こそ迷惑というものです!」 「うわー・・・。 こんなに連続で、小狐丸の怒声を聞くことってあるー?」 どん引き、と言いつつ、小竜は二振りの間に入った。 「まぁまぁそんなに怒んないで。 おじいちゃんがサボるのはいつものことだし、主に取りなすのも近侍の仕事じゃない?」 「ぬしさまよりも、むしろ私が憤っているのですが?」 眉根を寄せる小狐丸に、三日月はやれやれと首を振る。 「まったく、年ふる狐は頭が固くて困ったものだ。 なぁ、鶴丸」 「なんで俺に振るんだ」 とばっちりで小狐丸に睨まれた鶴丸が、慌てて首を振った。 「三条のことは三条で何とかしろよ」 「こなたも縁者であろうに。 狐にいじめられる、この哀れなジジィを助けておくれ」 さめざめと泣き真似をする三日月に、鶴丸は苦笑する。 「三条のジジィどもに挟まれて、俺こそ迷惑ってもんだ。 でもまぁ、小狐丸の顔を立てないわけにもいかないしな。 今日は俺らが手伝ってやるから、君たちもトウモロコシの収穫を手伝えよ」 「なんとまぁ・・・更に労働を強いるか」 「藪蛇だったね、三日月」 ため息をつく三日月に笑って、小竜は鶴丸を振り返った。 「道具、取ってこよ。 小狐丸は、三日月が逃げないように見張っててね」 「もちろんですとも!」 働け、と更に迫られて、三日月が渋々鍬を手にする。 「そもそも、なぜこのような労働が手仕事なのだ。 畑には畑のからくりがあろうに。 なぜ使ってはならんのだ」 「罰だからですよ。 常であれば使っておりまする」 ぶつぶつと文句を言いながら鍬を振るう三日月に冷たく言って、小狐丸は鶴丸たちが去った方を見やった。 「若いものに迷惑をかけるなど、目上のものとしてあるまじきことですよ。 手本となるべき御方が、そのように情けないことでいかがします」 「別に手本となりたいわけでは・・・」 また睨まれて、三日月はため息をこぼす。 「誰をかも 知る人にせむ高砂の 松もむかしの 友ならなくに」 「松よりも長くこの世にあられましょうに」 「木石だなぁ・・・」 「いちいち文句をおっしゃらずに!いつまでも終わりませぬぞ!」 「わぁ、まだ怒られてる」 道具を持って戻ってきた小竜が苦笑した。 「言うべきことを言わずに言わなくていいことを言うからなぁ、三日月は」 呆れたように笑って、鶴丸は小狐丸を見やる。 「爺さんがギックリ腰になっても気の毒だ。 文明の利器は使うべきだと思うぜ?」 「手入れ部屋に入れれば治りますゆえ、お気遣いは無用で」 「なんと冷酷非道な狐であろうか。主がたぶらかされたばかりに、このか弱い翁が非道な目に遭うておるぞ」 「か弱いって」 さめざめと泣きまねをする三日月に、小竜が笑い出した。 「そうやってすぐサボろうとするから怒らせちゃうんだよ。 早くやろ」 言うや、小狐丸が止める前に耕運機を走らせる。 「終わったらトウモロコシだからな!」 鶴丸も言って、畑へ向かった。 「三日月殿も」 「やれやれ・・・」 小狐丸が突き出した苗を、三日月はしぶしぶ受け取る。 「俺が暑気あたりで儚くなったら・・・」 「儚くなる前に始めなさい!」 どうあっても逃がしてくれそうにない小狐丸にため息をついて、三日月はとぼとぼと畑に入った。 長い夏が終わり、短い秋も去って、年も改まった頃。 「呼び出しですね、承知しました」 携帯端末のメッセージを見て、雲生は頷いた。 「秋田くん、私は薬房に参りますので・・・」 縁側に並んで腰かけていた秋田へ声をかけると、 「薬房?!薬研兄さんからの呼び出しですか?!」 と、甲高い声をあげて立ち上がる。 「・・・どうしたのですか?」 驚いた様子の雲生に、秋田は気まずげに眉根を寄せた。 「こ・・・今季はもうないと思ったのに・・・えっと・・・あの・・・冬に、薬研兄さんに呼び出されるのは・・・」 ぎゅっとつぶった目に、涙がにじむ。 「とても・・・ひどい目に遭うんです!!」 「ひどい目?」 訝しげに眉根を寄せ、雲生が小首をかしげた。 「一体、どういうことでしょうか。 万が一、ハラスメントのようなことであれば、重大なコンプライアンス違反として報告を・・・」 「はら・・・こん・・・・・・?」 「えぇと・・・」 一瞬、宙を見つめた雲生が秋田へ視線を戻す。 「職場・・・いえ、本丸内での嫌がらせ行為のことです。 法的に禁じられており、コンプライアンスとはそのような行為をしてはいけないと、本丸に求めることです」 「えっと・・・僕たちにはすごく嫌なことなんですが、薬研兄さんからすれば、嫌がらせではない・・・です」 「ふむ・・・」 再び携帯端末を取り出した雲生が、薬研へ返信した。 ご用件は、との問いに、薬研からは『公衆衛生のため、予防接種の実施』と、簡潔な答えが返ってくる。 「なるほど」 笑みを浮かべて、雲生は頷いた。 「確かに、秋田くんにとっては嫌なことでしょうが、薬研くんのお役目ですから、嫌がらせではありませんね」 からになった茶器を盆に載せ、立ち上がった雲生を秋田が見上げる。 「い・・・行くんですか・・・?!」 「もちろん」 にこりと笑って、雲生は秋田の前に膝をついた。 「航空の安全な運航のためには、職員が健康でなくてはいけません。 公衆衛生意識を高く持つことは、とても大事なことですよ」 言って、片手を差し出す。 「一緒に行きますか?」 「・・・・・・」 うつむいた秋田は、散々迷った挙句、かすかに頷いた。 「そうですか、では、厨に食器を返してから行きましょう」 「はい・・・」 手を握られた秋田は、鈍る足を励まして進む。 「これでまた空へ近づきましたね」 いつもより歩みの遅い秋田の手を引き、彼の歩調に合わせて雲生は、畑のはずれにある薬草園、その中にある薬房へと入った。 薬房の中は、壁に沿って設えた薬棚からか、生薬の匂いに満たされて、入っただけで鼻腔を刺激される。 「参りましたよ」 雲生に手を引かれ、顔をしかめた秋田を見た途端、奥の回転椅子に腰かけていた白衣姿の薬研が目を丸くした。 「秋田?! こいつぁ驚いたな。 かくれんぼ王のお前が真っ先に来るなんて、鶴丸がひっくり返るぜ!」 言いながら、実際に回転椅子から転げ落ちそうになった薬研を、秋田が不満げに睨む。 「好きで来たんじゃありません! 空の・・・ためです・・・」 「空?」 人差し指で天井を差した薬研が、笑顔になって指先を雲生へ向けた。 「旦那のおかげか! こりゃあ、頼もしい新刃が来てくれたもんだぜ!」 「兄さん!人を指さすのは失礼ですよ!」 不機嫌な秋田に笑って、薬研はアルコールを含ませた綿を取り出す。 「よし、じゃあ秋田、先輩としてお手本を見せろ」 「なんっ?!なんで僕が・・・・・・」 震える秋田の背を、雲生が優しくたたいた。 「お手本をお願いできますか、秋田先輩」 「~~~~っ!!」 震える足で進み出た秋田の腕を、薬研がしっかりと掴む。 「そーれ、ちくっとするぞー」 「ぎゃんっ!!」 「まだ刺してねぇよ」 笑われて、顔を真っ赤にした秋田が泣き顔を懸命にそらした。 「ほい、終わりだ。 今日は手合わせすんじゃねーぞ。 戦闘も禁止だ。 次、旦那いいか?」 「えぇ、お願いします。 公衆衛生は最優先事項ですから」 縋りついてしゃくりあげる秋田の背を撫でてやりながら、雲生が腕を差し出す。 「話が早くて助かるぜ。 新刃の性格がわからない間は不意打ちと騙し討ちで接種させるんだが、長義なんかこれでガチギレしちまって」 「怒って当然です!薬研兄さんのやり方がひどいんです!!」 「ひどいもんか。 これが俺のお役目だからな」 秋田をじろりと睨んで、薬研は雲生への接種を終えた。 「ありがとうございます。 ほかの本丸のあなたも、毎回このようなお役目を担っているのでしょうね」 ご苦労様です、と微笑む雲生に、薬研は首をかしげる。 「ほかの本丸がどうかは知らんが、うちの大将は持病があってな。 投薬で免疫を下げているから、感染症に弱いんだ。 俺達は演練や出陣で、他の本丸の連中と接したり、疫病が蔓延した時代へも行くから、病を持ち込んだら大将を危険にさらしちまう。 そうしないための予防だ。 ・・・っつってんのに!」 がしっと、薬研は秋田の頭を掴んだ。 「てめぇら毎回逃げ回りやがって素直に接種に来やがれ!!」 「ぎゃあん!!兄さん!痛い!!」 「そのくらいで・・・!」 泣きじゃくる秋田を抱き寄せて撫でてやりながら、雲生は深くうなずく。 「状況を理解しました。 そういうことでしたら、私もご協力しましょう」 「助かるぜ!」 こうなったら、と、薬研は大き目のタブレットを取り出した。 「早速!予防接種隠れ鬼の開始だ!」 「今回は随分と遅かったな」 薬研からの通知を受け取った長曽祢が、手合わせ用の木刀を壁の刀掛けに戻して浦島を手招いた。 「なにー?」 無警戒に寄ってきた彼を抱き上げて、長曽祢は驚く和泉守と堀川を振り返る。 「薬房に行くぞ。 途中、短刀を見つけたら連行しろ、だそうだ」 「え?! ちょっ・・・長曽祢兄ちゃん!! 俺、自分で・・・う・・・・・・やっぱ連れてって」 何事か察した浦島が、震えながら長曽祢に抱き着いた。 「そう言えば、今回まだでしたね!」 隣で震える和泉守の腕を掴み、堀川がにこりと笑う。 「兼さんのことは僕に任せて! キヨとヤスも誘って行きましょ!」 足が鈍る和泉守の腕を引きつつ道場を出た堀川が、携帯端末で清光と安定へメッセージを送った。 「来ないと痛い目に遭わせるよ、っと。 これでよし」 「よしじゃねぇよ!脅すなよ!!」 「なんで? 歌仙さんもよく言ってるじゃない、計算よりも力押しって」 「先に説得する余裕を持てっつってんだよ! 之定持ち出すな!」 「だって面倒なんだもん」 大声で言い合いながら薬房に向かおうとすると、道場へ続く回廊をとてとてと走ってきた蛍丸が小首をかしげる。 「どうしたの? 手合わせ、もう終わっちゃった?」 「私たちが使ってもいいかな?」 蛍丸の後からゆったりとやって来た石切丸に、堀川がにこりと笑って自身の端末を掲げた。 「? あぁ・・・」 懐でぶるっと震えた端末を取り出し、メッセージを読んだ石切丸が、笑って頷く。 「蛍丸、ちょっとおいで」 「なに? え?!なに?!」 突然抱き上げられて、目を丸くする蛍丸に、石切丸が微笑んだ。 「予防接種だそうだ。 一緒に薬房まで行こうね」 「っ!!」 真っ青になって暴れだした蛍丸を難なく拘束して、石切丸は回廊を降りる。 「蛍丸は、私か太郎さん、次郎さんでなければ抑えられないからね。 ちょうどよかったよ」 「やーめーてー! はーなーしーてええええ!!」 激しく暴れる蛍丸を眺めて、堀川が胸をなでおろす。 「本当に助かりましたー! 僕らじゃ絶対かないませんもん!」 「堀川あああ!! 今度絶対・・・っ!」 一瞬で目の前に迫った堀川の笑顔と、笑っていない目に蛍丸は息をのんだ。 「やれるもんならやってみなよ君がそのつもりなら今夜から明石さんも愛染君も安眠できないからね」 「う・・・!」 「国広ぉ・・・泣かせんじゃねぇよ」 目に一杯涙をためる蛍丸に、和泉守がため息をつく。 「あははっ! ウソウソ、仲間に闇討ちなんてしないよー! ・・・多分」 「おいっ」 浦島を抱えた長曽祢が、もう一方の手で堀川の肩を掴んだ。 「やめろ、お前が言うと洒落にならん」 石切丸に縋りついて泣く蛍丸を見やって、ため息をつく。 「すまんな、ひどいことはさせないから安心してくれ」 「そう願うよ」 蛍丸の背中を撫でてやりながら、石切丸は微笑んだ。 「先に行っているよ。 連行した子達の拘束は任せておくれ」 「頼もしいな」 早速端末で他の大太刀を呼び出す石切丸を見送り、長曽祢は浦島を抱えたまま和泉守を見やる。 「始めるぞ」 「・・・・・・わーったよ」 しっかりと腕を掴む国広に舌打ちし、彼も渋々頷いた。 『注射されました!みんな逃げて!!』 秋田からの一斉連絡に、本丸の空気は一変した。 「秋田がやられたって!!」 真っ先に駆け寄ってきた後藤に頷き、鶴丸は自身の端末に位置情報アプリを立ち上げる。 「俺の端末、GPSが切れなくなってるな。 さすが薬研、仕事が早いぜ」 他にもいくつかのアプリが使えないように、端末の操作が制限されていた。 「まぁ、こんな時のための飛ばし端末だけどな!」 使えない端末を放り出して、鶴丸は懐からもう一台取り出す。 「小竜、鯰尾、始めるぞ! 今回は秋田が真っ先にやられたからな! 今剣、かくれんぼ王のチャンスだぜ!」 「―――― ふせんしょうでかっても、おもしろくありませんけどね」 鶴丸からのメッセージを受け取った今剣が、つぶやいてそっと歩を下げた。 厩から十分離れてから、 「岩融! ぼく、ちょっとおてあらいです!」 「お? あぁ・・・今剣?」 振り返った時には既に姿がない。 素早さに呆れる岩融が薬研からのメッセージに気づいたのは、それからしばらく経ってのことだった。 「注射・・・と言うと、あれのことかしら」 秋田からの連絡を見た京極は、滑らかな眉間にしわを寄せた。 顕現して間もなくのこと、本丸の決まりだと薬研に呼び出され、痛い目に遭わされた。 あれほどに誇りを傷つけられたことはない。 「なんとかして避ける方法はないかしら・・・」 思案していると、鶴丸からのメッセージが届いた。 『逃げるぞ!♨』 言葉の意味はさすがに分かるが、最後の記号がなんのことやらわからない。 検索して見ると、温泉の地図記号だという。 「温泉・・・?」 呟いて、はっと目を見開く。 この本丸にはかつて、温泉宿として使っていた離れがあり、今でも大浴場や露天風呂がある憩いの場として利用されている。 「そうね、あそこなら母屋とも離れているし。 ひとまず逃げましょう」 鶴丸へ礼を送ってから走り出すと、今度は音声通話が来た。 『よう、お姫様! 初めての逃走だろう?逃げ道を教えるぜ!』 「助かります」 温泉宿へ向かっていることを話すと、嬉しそうな笑い声が響く。 『気づいてくれて嬉しいぜ! だが、温泉宿にまでは行かなくていい。 離れの手前に、温泉のメンテナンス施設があるんだが・・・』 「地下道・・・?」 鶴丸が打ち明けた抜け道に、京極は目を輝かせた。 「素敵・・・!」 『そうだろう? 参加表明してくれた奴にだけ、地図を送ってるんだ。 姫様は初めてだから、特別に迎えを寄越すぜ! 小竜と合流しな。 あいつと俺、鯰尾以外の奴は、絶対に信用するな』 「承知しました」 頬を染めて頷いた京極は辺りを見回し、小竜が来るまで立木の陰にそっと身を隠した。 逃げるものもいるが、素直にやって来るものもいる。 「なんだい、また装束を新調したのか」 薬房へやってきた歌仙へ、古今は嬉しげに微笑んだ。 「今年は薄紅の装束にしてみました。 どうです? 素敵でしょう?」 くるりと回って見せた古今の装束は、襟や後身ごろに花柄をあしらって、なにやら横文字のブランド名も刺繍してある。 「華やかであれば、怯える子達も少しは安らげるかと思いまして」 「怯える様を面白がっている君に言われてもね」 ため息をつくと、古今は頬を膨らませた。 「失礼ですねぇ。 面白がってなどいませんよ」 「やぁ、蜻蛉切。早かったね」 「まぁ!今回も怯えて震える様を見せて頂けるのかしら!」 振り返った歌仙の見遣る扉に思わず歓声を上げた古今は、誰も入って来ない様子に小首を傾げる。 「ほら、面白がっている」 「騙すなんてよくありませんよ!」 憤然とする古今へ、薬研が声をかけた。 「おい、古今さん。 騒いでないで手伝ってくれ」 「あら、すみません。 歌仙、あなたのせいで叱られたのですから、手伝って行きなさい」 手を引いて薬研の前へ突き出すと、歌仙は意地の悪い笑みを浮かべる。 「別にいいけれど、僕がここに留まっていると、探索方が減るがいいのかい?」 言ってやると、薬研は苦笑して首を振った。 「よくねぇな。 貴重な戦力は有効活用したい」 「だろうとも。 今年は早々と秋田が捕まったから、多少楽ではあるかな」 「蛍丸もだぜ。 あの凶器がいないだけで、気が楽ってもんだ・・・ほい、終了だ。 激しい運動は推奨できねぇから、ぼちぼち頼むぜ」 「先に捕縛に行けばよかったかな。 いずみ達はもう、動いているのだろう?」 「あぁ。 だいぶ連れて来てくれたぜ。 黒田の連中も、とっくに仕事してるからな」 言って薬研が示した先では、乱と厚、信濃と包丁、毛利と不動が、ふてくされた顔を並べている。 その間にも、 「忙しいところすまんが・・・」 「逃げられそうだ!先にやってくんねーか?!」 と、大典太とソハヤが前田と平野を抱えて飛び込んで来た。 「お前ら、捕まったら観念しろよ」 二振りの腕の中で、じたじたと暴れる兄弟にため息をついて、薬研は注射器を取り上げる。 「古今さん、頼むぜ」 「えぇ!お任せくださいな!」 大典太に駆け寄った古今が、太刀にふさわしい腕力で前田の腕を取った。 「さぁさぁ、大人しくしてくださいな。 後でわたくしが、おまじないをしてあげますからね」 「ひゃん・・・っ!!」 前田は腕に触れるアルコールの冷たさに涙を浮かべ、薬研がわざわざ見せびらかす注射器から顔ごと目を逸らす。 「おい・・・意地悪をしないでやってくれ」 「こっちも!! 暴れるから!! やめろ!!」 大典太だけでなく、ソハヤにまで言われて、薬研は不満げな顔をした。 「この程度の仕置き、当然だと思うんだがな。 そら、終わりだ」 「はいはい、泣いてしまって愛らしいですねぇ。 ちちんぷいぷい。ごよのおたから。 痛いの痛いの飛んでいけ」 古今に腕と頭を撫でられて、前田と平野がようやく泣き止む。 「いつもは聞き分けがいいのになぁ」 苦笑しつつ、平野をおろしたソハヤが、わしわしと頭を撫でてやった。 「他にもまだ隠れているのか?」 大典太が問うと、薬研が忌々しげに舌打ちする。 「秋田以外の短刀は、ここにいる連中以外、全員逃げていると思っていい。 あと、鶴丸・小竜・鯰尾!!!! いつもの連中だ!!」 「毎度毎度、飽きないねぇ」 呆れたように言って、歌仙は壁の時計を見上げた。 「15分経ったら行くよ。 逃走者を見つけたなら、捕縛もやぶさかではないけれど、昼餉の用意があるからあまり期待しないでおくれ」 「わかった。 ・・・そうだ、おいお前ら」 ふてくされた顔を並べる接種済みの短刀たちへ、薬研が声をかける。 「選べ。 まだ逃げてる連中を捕縛するか、厨房の手伝いをするか」 「えー!」 「どっちも断る!!」 不満の声を上げる彼らへ、薬研はつかつかと歩み寄った。 「だったらいいぜ? 今年も桑名に引き渡す」 畑で強制労働するように言われ、包丁がしぶしぶ立ち上がる。 「しょうがないからお手伝いする・・・」 「じゃあボクは逃げてる子追っかける」 続いて立ち上がった乱が、厚へ目線を送った。 「・・・俺も追っかけるかな」 「おい待てお前ら」 すかさず、薬研が二振りの腕を取る。 「何か企んでるだろう?」 「は?!お前が行けって言ったんだろ!」 図星を指された厚の声が、必要以上に高くなったことで確信した。 「歌仙、こいつら厨房で監視付きの強制労働させてくれ」 「また面倒なことを言うねぇ」 苦笑した歌仙が、ふと瞬く。 「そうだ、これから小豆におやつを作ってもらおうか。 お手伝いする子は優先的に食べていいことにしよう」 「ほんと?!」 真っ先に駆け寄って来た包丁へ頷き、薬研を見やった。 「このご褒美なら、逃げている子も自ら来るかもしれないね」 「よし、周知しとくか」 端末を取り出した薬研は、歌仙の言葉をそのまま送る。 と、 「おやつ目当てに来たよー」 姫鶴が早速、五虎退と謙信を両脇に抱えてやってきた。 「大漁じゃねぇか。 やるな、姫さん!」 「ん。たまたま、一緒にいただけ」 歓声を上げる薬研へ頷き、両手を広げる古今へ二振りを渡す。 「俺も、嫌は嫌なんだけどー・・・なんか、新しいやつに説得されちゃってさぁ」 「新しいやつ? もしかして、雲生か?」 注射器を見せて五虎退を泣かせていた薬研が問うと、姫鶴はにこりと笑った。 「そうそう、雲生くん。 主を病魔から守るには、みんなで一緒に守んなきゃいけないとかって・・・。 そう言われちゃあ、俺も守り刀じゃん?」 「優秀かよ! 管制官って、ここで何するんだと思っていたが、早速役に立ってくれてるな!」 「きゃうん!!」 予告もなしに打たれた五虎退が悲鳴をあげる。 「あ、悪ぃ。 次、来いや」 「けんけん、行きなー」 「う・・・。 ぼくは・・・つよいこ・・・・・・!」 震える謙信を膝にのせた古今が、ご機嫌で細い腕を薬研へ差し出した。 「はい、偉いですよ。 上杉の子たちは強いですね」 そういって古今は、姫鶴に縋って泣く二振りの頭を撫でてやる。 「うちの子っていえば、かちゃはまだ来てない?」 「火車切なら、毛玉の予防接種に来たついでにやったぜ。 動物だけでなく飼い主も接種が義務っつったらころっと騙されて可愛いやつだな」 悪い笑みを浮かべる薬研を、五虎退が涙目で睨んだ。 「ひ・・・ひどいです・・・!」 「そうだぞ!だましうちはひきょうなのだ!」 謙信にも詰められたが、薬研はいけしゃあしゃあと舌を出す。 「本人のためだろうがよ。 それに、別に嫌がってもなかったぞ」 「かちゃは根性あっからね。痛くても我慢できたんだ」 姫鶴が言うと、二振りは口をつぐんでうつむいた。 「ほら、終わったからあずあずんとこいこ。 おやつもらったら気分もアガるでしょ」 姫鶴が差し出した両手を、二振りは無言で取る。 「それに、泣くほど悔しいんなら、手合わせでボコればいいじゃん」 「できるもんならやってみな」 返討ちだ、と、余裕の笑みを浮かべる薬研に、二振りは頬を膨らませた。 「もー。 なだめてんだから邪魔しないでよ・・・っと、ごめん」 薬房の出入口でぶつかりそうになった七星剣に詫びると、彼は首を振って微笑む。 「こちらこそ、突然開けてすまなかったな。 そら、丙子椒林。 早く来い」 七星剣に手を引かれた剣が、渋々薬房に入ってきた。 「・・・私には予防接種など不要でしょうに。なぜこのような目に遭わなければならないのです?」 「一々文句を言うな」 面倒な、とぼやいた七星剣が、薬研の前に彼を突き出す。 「若いものにあのようなこと言われて、我ら老体が受けぬわけにはいかんだろうに」 「本丸の皆が病魔を防ぐことで、主を真綿でくるむようにお守りする、ですか。 それはそうですけれども・・・」 にこやかに進み出た古今に腕を拘束され、邪悪な笑みを浮かべる薬研に針を寄せられた丙子椒林剣は、顔をひきつらせた。 途端、薬研の腕に神技の枝が絡みつく。 「何してんだ、拘束解きやがれ」 「わっ・・・私も好きでやっているわけでは・・・!」 「怯懦がすぎるぞ、丙子椒林。さっさと行け」 「ひっ・・・!」 七星剣に恐ろしい顔で迫られて、丙子椒林剣は薬研の拘束を解いた。 「わ・・・私は、七星剣ほど痛みに強くないのですよ・・・!」 荒く息をつく丙子椒林剣の腕を、古今が嬉しそうに撫でてやる。 「古い御剣をこうして癒してさしあげる日が来るとは、光栄です」 じっと見つめた七星剣は、しかし、鼻を鳴らして薬研へ腕を突き出した。 「馬鹿馬鹿しい。 この程度、どうということはない」 「さすが爺様だな」 「・・・だが、不愉快であることには違いない」 「どっちだよ」 眉根を寄せた七星剣は、古今の手を払って踵を返す。 「おい、しばらく休んで・・・」 「それこそ不要だ」 畳みかけるように言って、薬房を出ようとする七星剣に、丙子椒林剣が口の端を曲げた。 「痛かったのでしょう? 痛いと言っていいのですよ?」 「うるさい」 「我慢したご褒美に菓子をもらえるそうですから、行きましょうか♥」 「だまれ、折るぞ」 不機嫌な七星剣にしつこく絡みながら共に出ていく丙子椒林剣に、薬研が苦笑する。 「御剣サマも色々だな」 「貴い方々に触れられるなんて、滅多にない機会ですからね。 お手伝いに来てよかったです」 満足げに言った古今は、再び開いた扉に目を輝かせた。 木陰に隠れていた京極は、ささやかな気配に目を上げた。 迎えか、と思った視線の先に、見慣れた笑顔がある。 「にっかり・・・」 「お迎えに上がったよ、我が深窓の薔薇殿。 さぁ、僕と一緒においで」 「・・・どこへ?」 鶴丸の、自分と小竜、鯰尾以外を信じるなという言葉を思い浮かべ、いつでも逃げられるように足に力を込めた。 短刀の機動なら、逃げられないわけがない。 しかし、目の前のにっかりは極めた上に戦力も最大限だ。 隙を突けなければ容易に捕まってしまうだろう。 額に汗を浮かべる京極へ、にっかりは口の端を曲げた。 「そんなに怯えることはないよ。痛みなんて、ほんの一瞬さ」 瞬間、目の前に迫った笑みに声を上げる間もなく捕まった・・・が、 「おっと」 二振りの間に突き出された刃を避け、にっかりが飛びのいた。 「遅れてごめんね、お姫様。 上手に隠れていたから、見つけるのに手間取っちゃったよ」 肩越しにウィンクする小竜に、京極は頬を染める。 「おやおや・・・僕たちの逢瀬を邪魔するなんて、無粋な太刀だねぇ」 「そうかい? 窮地の姫を救うなんて、ドラマティックだと思うけど!」 真っ直ぐに突き出された切先を飛び退って避け、反撃に踏み出したにっかりの刃は力強く弾かれた。 小竜もまた、戦力最大限の極だ。 しかし、 「木立の中なら僕の方が有利なんだよねぇ」 うまく木陰を利用して攻撃してくるにっかりの刃は、背に京極を庇う小竜を追い詰めて行った。 「さぁ、うちの姫を渡してもらえるかい?」 「冗談はやめてくれよ。 ここで負けたらカッコよくないで・・・しょ!!」 かろうじて受け止めた刃を押し返した小竜が、ふと視線を流す。 つられて視線を追ったにっかりの刃が、死角から弾かれた。 「鯰尾・・・」 「小竜さん! ここは俺に任せて行ってください!」 途端、鯰尾は満面の笑みを浮かべる。 「やっば! 言ってみたい台詞、言っちゃった! 俺、かっこいい!!」 「ありがと、カッコいい鯰尾! あとは任せたよ!」 納刀した小竜が、京極を横抱きにして逃げ出した。 「まったく・・・何をしてくれるんだい、鯰尾。 お仕置きが必要だね」 「おやぁ?できますー? 俺、強いけど?」 にんまりと笑って手招きする鯰尾に、にっかりの笑みが深くなる。 「煽ってないで、そっちからおいで」 「ふふ♥ お断りします」 にっかりの周囲に別の気配を察知して、鯰尾が飛び退った。 「ちっ!!」 「さすがに打刀の気配はわかりますって」 にっかりがあらかじめ知らせていたのか、捕え損ねて舌打ちする長谷部を鯰尾がせせら笑う。 「どうせ博多と骨喰も呼んでるんでしょ? だったら逃げるが勝ちってね!」 十分足止めしたタイミングで、鯰尾が木立の中に消えた。 「まったく・・・長谷部」 「なんだ!」 やれやれと首を振るにっかりを睨むと、彼はわざとらしくため息をつく。 「速いからって、機を見ないのは君らしくないよ。 博多と骨喰を待つべきだったよね」 「・・・っすまん」 気まずげな長谷部に、にっかりは口の端を曲げた。 「まぁ、毎年毎年歯向かってくる彼らに苛立つのはわかるよ。 僕も、我が家の姫を奪われて悔しいからさ、今回は協力してあげよう」 ふふふ・・・と、軽い笑声に対し、妖しく光る眼に笑みはない。 「鯰尾・・・煽っただけのお仕置きはさせてもらうよ」 小竜に横抱きにされたまま、温泉のメンテナンス施設に入った京極は、ほっと吐息した。 「・・・逃げられましたね」 「いいや、まだまだこれからだよ」 京極を下ろしてやった小竜がウィンクして、壁をそっと撫でる。 と、向こう側の空間へ壁が動いた。 「押戸になってんの♥ どうぞ、お姫様」 「ありがとう」 小竜が支える扉を抜けると、空間に明かりが灯る。 「動くものが入ると自動で点くんだよ」 不思議そうに天井を見上げる京極の背後で、扉は重い音を立てて閉まった。 小竜は片手で軽々と開けていたが、京極ならば両手を使っても隙間を作る程度しか開きそうにない。 「こっちだよ」 小竜ががらんとした空間の壁の一部を押すと、こちらも向こう側へ開いた。 「ようこそ、秘密の地下通路へ」 暗かった空間に足を踏み入れると明かりが灯り、下へ続く階段がある。 先に降りた小竜が、突き当りの壁を押すと更に奥へ延びる廊下があった。 「どこへ繋がっているのですか?」 京極の歩みに沿って、頭上の明かりが灯っては消える。 闇に吞まれた背後に不安げな目を向けると、隣の小竜が励ますように背を押してくれた。 「本丸の中だから、怖いことなんてないよ。 まぁ、注射が怖いから逃げてるんだけどさ」 そういう彼は、別に怖くもなければ嫌でもないのだろう。 楽しいイベントとして、このゲームを主催しているようだった。 そしてそれは、長い廊下の先で待つ鶴丸も同じだ。 「いらっしゃい、お姫様。 歓迎するぜ」 「ここは・・・?」 入り口と同じ何もない空間と思いきや、椅子や卓を置いた、十畳ほどの部屋だ。 「ひみつきちですよ!」 ぴょん、と椅子から飛び降りた今剣が、駆け寄って京極の手を引いた。 「どうぞ」 椅子に座ると、小夜が紙コップに入った温かい茶を出してくれる。 「ありがとう」 一口飲むと、冷えた体が温まって、ほっとした。 「ところで・・・ひみつきち?って・・・?」 「おっと、お姫様は秘密基地をご存じないか」 卓の端に腰かけた鶴丸が、愉快げに笑う。 「オトコノコの大好物、大人の目を盗んで遊ぶ場所さ!」 「あの・・・鶴丸さんは十分大人なのでは?」 意味が分からない、と困惑する京極に、小竜が笑い出した。 「鶴丸も俺も、気持ちはオトコノコってことさ♥」 「はぁ・・・」 曖昧に頷く京極の背後で、また壁が開く。 「ようやく!逃げられたぜ!!」 騒々しい声に驚いて振り返ると、愛染が額の汗をぬぐった。 「秋田と蛍が早々に捕まっちまって、新選組と黒田組が張り切ってんだ! 外に出る時は気をつけろよ!」 うん、と小竜が頷く。 「主もいつ裏切るかわからないからね」 この地下道と地下室の存在は、当然主も知っていた。 今は刀剣たちの鬼ごっこを楽しげに眺めているが、逃げ切りは許さないだろうから、この場所を秘密のままにしておくには、いずれ出なければならない。 「抜け道はまだ工事途中なんだよな。 疫病の流行さえなければなぁ・・・」 ため息をついた鶴丸が、空になった紙コップを握り潰して屑入れに放った。 「じゃあ、俺は長谷部達を煽ってくるぜ♪」 「俺は新選組だね。 彼らとはなんだか相性が悪いから、戻ってこられないかも」 軽やかに笑って手を振る小竜を京極が見上げる。 「助けてくださってありがとう」 「どういたしまして♥」 「今剣、お兄さんとして姫たちを頼んだぜ!」 「はい!」 鶴丸に託された今剣が張り切って挙手し、得意げに鼻を鳴らした。 「ことしのかくれんぼおうにおまかせあれ!」 改めて『秘密基地』を見回すと、卓上には菓子やゲーム機が雑然と置かれ、紙コップも袋の端を引きちぎったまま、放り出してある。 「たべますか?」 しげしげと見ていた菓子袋を取り上げた今剣に、京極は頬を染めた。 「いえそんな・・・はしたない・・・」 「おいしいですよ?」 小夜にも勧められて、開いた菓子袋を見つめる。 「あの・・・どうやっていただけば・・・?」 茶席で菓子をいただく時のように、近くに懐紙もはさみもなかった。 「え? てでたべますよ?」 開いた袋から、今剣が手づかみで取ったスナックを口に入れる。 「ま・・・まぁ!そんなこと・・・!」 思いもよらないと、驚く京極に小夜が頷いた。 「そうですね、ちょっと待ってください」 卓上に放り出してある箱からティッシュを抜き取り、割りばしで取り分けてやる。 「どうぞ」 「あ・・・ありがとう・・・」 小夜から渡された割りばしで、京極は薄い欠片を摘んだ。 「あの・・・これは・・・なんの菓子ですの?」 「ジャガイモを薄く切って油で揚げたものです」 「そう・・・」 恐る恐る口に入れた京極は、目を見開く。 「なんの味ですの?!塩・・・?!」 菓子というからには甘いと思い込んでいただけに、味わう前に驚いてしまった。 「ぽてち、初めてか?」 「ぽ・・・?」 愛染の言う名を聞き取れず、京極は小首をかしげる。 「ぽてとちっぷす、ですよ! おいものおせんべいみたいなものです!」 「あぁ・・・そうね」 もう一つ、と、改めて口にして、頷いた。 「塩辛い・・・けれど、こういうものだと思えば」 「いろんな味があるからよ、ほかにも試してみるといいぜ!」 そう言う愛染は、手一杯につかみ取っておいしそうに食べている。 そっと箸を置いた京極に、小夜が歩み寄った。 「そろそろ行きましょう。 今剣、僕は京極さんを連れて、上に行きます」 「じゃあぼくは、うらにいきます!」 「俺は来たばっかだしなー・・・でも、裏かな」 頷き合った彼らは、ゴミを片付けて立ち上がる。 「鶴丸さんと小竜さんが敵を引き付けているうちに」 小夜に手招かれて、京極は彼の後についていった。 「・・・戻りますの?」 再び廊下に出た京極が問うと、小夜は首を振る。 「この上には、温泉宿があるんです。 温泉のめんてなんす施設が宿まで繋がっていて、この廊下はそれに並んで通っています」 「そうなのですか・・・では、わたくしたちは温泉宿に?」 「はい、一旦隠れます。 今剣達は、別の出口から搦手・・・裏門方面に向かいます」 「別の出口まであるのね・・・」 鶴丸は未完成だと言っていたが、だいぶ進んではいるようだ。 「はい。 でも、今剣たちが通る場所はまだ、明かりがないので。 京極さんにはこっちに来てもらうことにしました」 「お気遣い、ありがとう」 先を行く小夜に並んで礼を言うと、彼の頬がほんのり染まる。 「いえ・・・。 出る時は気を付けてください。 敵は手強いです」 「そうね、にっかりは怒っているでしょうね・・・」 いつも笑っている彼だが、長い付き合いだけあって、何が彼を不快にさせるのかは知っている。 そして今回は、確実に彼を怒らせたことだろう。 「わたくし・・・」 「静かに!」 京極を制して、小夜が壁の向こうの気配を探る。 倣って気配を消していると、足音を消してはいるものの、何者かがすごい速さで駆け抜けていった。 「あの気配は長谷部さんです。 近くに博多が潜んでいるはずですから、じっとしててください」 長谷部をやり過ごしたと油断すると、博多に捕まるということかと、京極は頷く。 しばらく息を潜めていると、小夜が無言で手を引いた。 『鶴丸さんたちが扇動して、敵を引き付けてくれたみたいです』 小夜が示した携帯端末の文を見て、頷く。 京極のそれは、GPSとやらが消せないという理由で、小竜が途中の部屋に隠していた。 それに、いつの間にか服に仕掛けられていた発信機も。 「行きましょう」 小夜が声を出したということは、もう危険はないのだろう。 が、京極は無言で頷き、小夜の後について行った。 「なに?逃げたの?名族の姫ともあろうものが?」 棘のある日向の口調に、石田は苦笑した。 「最初の騙し討ちで、かなり機嫌を損ねたようだ」 「まー、嫌なのはわかるんじゃがの」 薬研の薬房に集まった正宗達は、不在の一振りに呆れ、困惑した顔を見合わせる。 「けど、感染症は厄介じゃ。 船の上じゃあ、一人罹ると全員が危うくなる。 そうならんための予防なんじゃが・・・」 小首をかしげた九鬼が、石田と日向の手を引いた。 「身内のことは身内でカタつけんとな」 「可哀想ではあるけれど・・・」 「しょうがないね。 薬研」 「なんだ?」 日向に呼ばれて振り返ると、御手杵が悲鳴を上げる。 「おい!よそ見するなよ!!」 古今に羽交い絞めにされた彼は、ちょうど注射針を刺されているところだった。 「あ、ごめん。 京極は僕らが何とかするね、って言いたかっただけなんだけど」 「この程度で手元狂ったりしねぇよ。 日向、頼んだぜ!」 「了解」 行こう、と、兄弟と共に薬房を出た日向は、自身の携帯端末のアプリを立ち上げる。 「京極の端末、母屋の部屋に放置してあるけど、たぶん、鶴丸か小竜が全然関係のない部屋に置いたんだと思うよ」 忌々しげな口調に、九鬼が苦笑した。 「日向は伊達もんと長船が気に入らんみたいじゃな」 「そりゃそうだよ。 貞宗達を横取りして、腹が立つ」 「縁が深いのは彼らの方だからね・・・あ、いや」 日向に睨まれて、石田が口を手で覆う。 「・・・京極にも、縁が深いものがいるよね。 協力を仰ごうか」 と、石田がメッセージを送ると、すぐに電話がかかってきた。 「やぁ、にっかり。 うちの京極が、予防接種から逃げていてね。 協力をお願いできないだろうか」 『実は、小竜に奪われた我が家の姫を、鯰尾に邪魔されて逃がしてしまってね。 探しているところだったんだ。 短刀達に協力してもらえると嬉しいな』 「任せてよ。 合流した方がいい? それとも、別動隊でいた方がいい?」 日向が割り込むと、回線の向こうで笑う気配がする。 『偵察をお願いしていいかな。 できれば君と九鬼で追いつめてほしい。 太刀が動けないような、狭い場所に誘い込んで捕まえてしまおう。 深窓の薔薇は外の穢れなんか知らずにいるべきだ。そうだろう?』 「もちろんさ。 行くよ、九鬼」 早速駆け出した日向について行きながら、九鬼は眉根を寄せた。 「一度外の世界を知ったんじゃ、もう戻りはせんと思うんじゃがの」 それこそ可哀想だ、と言う彼に、鼻を鳴らす。 「だからって、悪い伊達や更に悪い長船に染まったら、大変なことになるよ! 名族には名族にふさわしい場があるのさ!」 「頑迷じゃのう・・・」 呆れたように言って、九鬼はやれやれと首を振った。 「これ、絶対陽動だよね?!」 「でも、追いかけないわけにはいかないでしょ!」 鶴丸の後を追いながら、清光と安定は声を荒らげた。 極めているとはいえ、足の速さで太刀に負けるわけがないのに、トリッキーな動きで度々まかれそうになる。 「鈍足伊達のくせに腹立つ!!」 新選組の五振りに孫六を加えた六振りで逃げ道を制御し、追い詰める作戦だったが、状況を把握する能力は鶴丸の方が上だった。 戦場では最も頼りになる彼が今、最大の敵となっている。 「くそじじぃ!!」 「逃がしませんよ!!」 坪庭に逃げ込んだところで、先回りした和泉守と国広が横合いから飛び出して来た。 が、 「誘われたのはそっち、ってね♪」 「わーい!おにさんこちらですよー!」 「狭い場所で負けるわけないよなっ!」 鯰尾、今剣、愛染が坪を囲む家屋の屋根から飛び降りて、鶴丸に迫る刃を防ぎ、はじき返す。 「このやろっ・・・!! おとなしく捕縛されろ!!」 「やなこった!」 回廊へ退いた愛染は、縁側の雨戸を勢いよく閉めた。 「へっ?!」 愛染だけでなく、鶴丸、鯰尾、今剣も出入り口となる縁側や戸を閉め、内側から施錠する。 「閉じ込められた?!」 狼のように、集団で追い詰めて捕らえるのは新選組の得意とする戦術だが、今回はそれを逆手にとられてしまった。 唖然とする清光の前で、再びがらりと雨戸が開く。 「これ、返しとくぜ♪」 言うや、鶴丸が坪へ長曽祢と孫六を放って雨戸を閉めた。 短刀たちにやられたのか、二振りは見事に目を回している。 「くそっ! 屋根から出るぞ!!」 坪に置かれた岩を足掛かりに屋根へ飛び移ろうとした和泉守が、足を滑らせて転落した。 「兼さん!!」 駆け寄った国広に助け起こされた和泉守は、したたかに打ち付けた腰をさすりながら忌々しげに屋根を睨む。 「あいつら・・・! 瓦に油撒いていやがる!!」 「ちょっとぉー・・・後で片づけるんだろうね、鶴丸達・・・」 「さすがに主も怒るでしょ・・・。 それに、僕たちどうやって出る?」 安定が差し出した端末には、『圏外』と表示されていた。 「雨戸壊したら・・・主さん、すごく怒るでしょうね・・・」 いつもは手段を選ばない国広も、さすがに本丸内のものを壊すことはためらわれる。 「なんとか、長谷部達と連絡とれないかな。 鍵を開けてもらわなきゃ、どうにもならないでしょ」 困り顔の安定に、清光が苦笑した。 「あのさ、俺らがこんな目に遭ってんだよ? 機動がすごい長谷部と博多は、真っ先にやられてんじゃない?」 定石、という彼に、和泉守も頷く。 「俺ならあいつらを真っ先に無力化するな。 遊撃を防いでから、本隊を誘い込み、閉じ込める。 老獪なジジィの考えそうなことだぜ!」 「屋根から撃たれなかっただけ、マシってことかぁ・・・」 瓦から滴る油を見上げて、国広がため息をついた。 「じゃあ、残る希望は一つですね。 主さん、今回もドローンでこの戦況を見てるでしょうから、飛んで来たら大声で呼び寄せて、鍵を開けてもらいましょう」 「・・・主にこんなみっともねぇ恰好を見られるなんて、屈辱だな」 之定になんて言われるか、と歯噛みする和泉守に、清光と安定も頷く。 「ここを出たら・・・あいつら、覚悟してもらうよ」 「今回のお仕置き、僕らに任せてもらおうね」 彼らをどうしてやろうかと、二振りは暗い笑声をあげた。 一方、長谷部と博多は、清光達の予想通り、小竜の罠にはまって屋根裏に閉じ込められていた。 「あっの野郎ううううううううう!!!!」 外から施錠され、びくともしない戸を殴りつける長谷部の背後で、博多がため息をつく。 「あー、端末も、電波妨害されて使えんようにされとーばい。 どうやって助けば呼ぼうか」 数年前、やはり予防接種から逃げるために、鶴丸達が作った屋根裏部屋だ。 完璧に防音され、窓もないここからは、外へ助けも呼べない。 「ま、気が済んだら出してくれるやろ」 万が一小竜が忘れても、主が探してくれるだろうからと、博多は床に散らばったクッションを集め、寝転がった。 「なんしよーとや?!」 「夜中まで株価みよったけん、寝るばい」 「そんな場合じゃないだろうが!!おい!寝るな!!」 揺さぶるが、毛布を頭までかぶった博多は無視を決め込んで動かない。 「くそっ!! 他に出口があるはずだ!!」 鶴丸と小竜が改装した屋根裏は異常に広く、母屋の半分ほどを覆って、短刀たちの秘密基地となっていた。 長谷部達捕縛隊は、全ての出入り口を把握し、先手を打っていたはずだが、鶴丸たちのことだ、更に改装して逃げ道を作ったに決まっている。 「・・・っなめるなよ! この本丸を改築したのは俺だ!!」 屋根裏部屋は母屋の間取りに相対しているため、逃げ道も出入りがわかりにくい場所に設置したはずだ。 長谷部は足元にある部屋を思い浮かべつつ、使われていない部屋や、回廊の上を中心に探る。 やがて、押すと軽く跳ね上がる場所を見つけた。 「ここか!!」 回廊の上にある戸を開けるが、その幅は短刀がようやくすり抜ける程度のものだ。 「博多! ここから出て・・・起きろ!!」 本格的に昼寝してしまったらしい博多の反応はなく、長谷部は舌打ちして刀を抜いた。 「申し訳ありません、主! 後で修復いたします!」 その頃、坪庭でも目を覚ました長曽祢と孫六が、刀を抜いていた。 「後で修復すればいいことだ!」 「ここで助けを待つなんて、刀剣の花形の名折れだからな!」 真っ二つになった雨戸に、清光が首をすくめる。 「あーあ・・・。しーらない」 「せめて草履は脱ぎなよー」 安定に言われて、土足のまま踏み込もうとした二振りは慌てて履物を脱いだ。 「通信が復活したら、薬房に連絡しましょう。 あそこには日本号さんがいますし、まだ石切丸さんもいるはずです!」 力技で行こうという国広に、和泉守も頷く。 「追い込んだ先に待機してもらおうぜ! 本丸からは出られねぇからな!」 意気込む彼に、清光が首を振った。 「それさっき失敗したじゃん」 「鶴丸さん相手じゃダメだってば」 「じゃあ・・・」 回線が復活した端末へ、国広が悪い笑みを向ける。 「脇差部隊を編成しましょう! 鯰尾は敵、拗ねちゃった浦島と治金丸、まだ慣れてない火車切は参加したがらないし、篭手切は畑に連行されてますけど、骨喰とにっかりさんは既に動いてますし、物吉君と泛塵、肥前は協力してくれると思います!」 「そりゃいいな!」 機動と偵察に優れた脇差の協力は願ってもないことだ。 「じゃあ、俺も先輩に頼んでみっか! 捕まえた連中を引き渡せば、もう逃げらんねぇだろ!」 早速連絡を取る和泉守に、長曽根が大きく頷く。 「人間無骨に言っておいてくれ、仕置きは俺達に任せてほしいと!」 「運ぶだけだぞ。 その後は、俺達の獲物だ」 孫六までもが、笑っていない目で迫った。 「俺も俺も!!」 「僕も僕も!!」 清光と安定が挙手したままぴょこぴょこと跳ねる。 「楽しみですねぇ」 協力依頼の連絡を終えた堀川が、大きく口の端を歪めた。 木の板がわずかに擦れあう音に、寝ころんでいた博多は片目を開けた。 毛布の下で気配を消していると、押し上げられた戸から鯰尾が顔を出す。 するりと入ってきた彼の後に、今剣と愛染も続いた。 「一度閉じ込められて、ようやく脱出した! って場所には、しばらく戻らないよね!」 くすくすと、声を殺して笑いながら、鯰尾は足音もなく奥へと進む。 「面白かったよなぁ、坪庭に閉じ込めた連中!」 「きしゅうならおまかせあれ!です!」 興奮した様子の愛染と今剣は、鯰尾の後に続いていた足をふと止めた。 「だれか・・・いますね?!」 今剣が声を上げると同時に愛染が戸に飛びついたが、びくともしない。 「閉じ込められた・・・っ!!」 「クソッ! 誰・・・ぎゃ!!」 強烈な足払いを受けてひっくり返った鯰尾の胸を、博多が踏みつけた。 「討ち取ったばーい!」 博多が声を上げた途端、今剣と愛染は背後から羽交い絞めにされて絶句する。 「手間を取らせるな」 「めんどくせぇことに巻き込むんじゃねぇ」 ため息交じりの骨喰と、舌打ちする肥前に抱えられた二振りは、逃れようと暴れたものの、 「加減がわからずに絞め殺してしまうかも」 と、縄を差し出す泛塵の前におとなしくなった。 「イノシシよりも小さいから、縄が足りてよかったな」 あっという間に二振りを縛り上げた彼の背後で、鯰尾がびちびちと跳ねる。 「泛塵!! 縄が痛い!!ちょっと緩めて!!」 しかし、歩み寄った骨喰が鯰尾の髪を掴んで顔を寄せた。 「また逃げ回って・・・もっときつくていいくらいだ」 「だって楽しいんだもん! ぎゃ!!」 額を床に打ち付けられた鯰尾が目を回す。 「泛塵、肥前、兄弟が面倒をかけてすまない。 もうしばらく協力を頼む」 「了解だ」 「万事屋街の焼肉食べ放題おごれよ」 「もちろんだ」 少し微笑んで、骨喰は戸を四回叩いた。 終了の合図に、外から鍵が外される。 「一瞬で制圧なんて、さすがですねー!」 顔を出した物吉が、泛塵達を手招いた。 「捕まえた子を降ろしてください。 大千鳥さんが運んでくれるそうです」 「三振りもいっぺんに運べると?」 「彼なら大丈夫だ」 博多の問いに、泛塵は我がことのように誇らしげに言う。 「それに、もうすぐ人間無骨も来るはずだ」 「そんなら任せるけど、三振りとも極めとーけん、逃げられんようにしーよ」 「そうだな、念のため」 博多へ頷いた肥前が、愛染と今剣の髪を掴んで頭を床に打ち付けた。 「うぎゃっ!」 「ぷきっ!!」 「目ぇ回してる間に連れて行けよ」 「肥前君、容赦ないですねー」 放り出された短刀達に苦笑し、物吉も階下に降りた。 「じゃあ僕は、京極の父様を探しに行きますねー。 もう、日向の父様からの鬼電すごくって」 「あぁ、俺達も見つけたら捕縛する」 「よろしくです!」 一足先に行ってしまった物吉に頷いた骨喰は、端末を取り出してアプリをチェックする。 「まだ接種が終わってないものも多いが、江は畑優先だし、遠征や戦場から帰っていない連中もいる。 俺達は鶴丸と小竜を探して捕縛しよう。 大元を叩けば後はどうにでもなる」 「やったら主人に情報ばもらわんね。 それが早かろーもん」 博多が言うと、肥前が早速電話をかけた。 「おい、鶴丸と小竜がどこにいるか教えろ。 ・・・知らん、じゃねぇんだよ。 じゃあ、最後に見た場所教えろ。 あ? どこだったかな、って舐めてんのか!」 「舐めてるな」 「後でシメんといかんばい」 不快げに眉を顰める泛塵と博多に、骨喰も頷く。 「主への仕置きは後だ。 行くぞ」 「しょーがなかねー」 やれやれと首を振って、博多も階下へ降りて行った。 「本丸にこんな場所が・・・」 小夜に連れられて、かつて温泉宿だった建物内に入った京極は、客室として使われていた部屋から見える庭の風景に目を見開いた。 「歌仙が作った庭です。 春になると、向こうの丘の桜が一斉に咲いて、もっときれいです」 「使わないなんて、もったいない・・・」 「そうですね・・・」 でも、と、小夜は手入れの行き届いた庭を見回す。 「もしかしたらまた、温泉宿として使うかもしれません。 主様は・・・もう、借金を返してしまいましたから、今度は趣味で・・・」 「その時は、わたくしもお手伝いしていいのかしら?」 日向や貞宗達が、随分と楽しそうに話していたと言う京極に、小夜は小さく頷いた。 「京極さんならきっと・・・たくさん呼ばれると思います」 「まぁ、嬉しい」 両手を合わせ、微笑んだ彼に小夜は頬を染める。 「い・・・行きましょう。 奥に、誰も来ない坪庭があるんです・・・」 小夜についていくと、接待役の男士が使う水屋の傍ら、明り取りの小さな坪があった。 岩が置かれているだけのそこには茶室のにじり口のように、小さな引き戸がある。 「まぁ・・・! これはもしかして、ひみつきち、というものではなくて?」 知ったばかりの言葉に目を輝かせる京極に、違うとも言えず小夜は引き戸を開けた。 「しばらくここに隠れていましょう。 ここなら誰も・・・っ!!」 「みーつけた」 小夜が閉めようとした引き戸をこじ開けて、日向がするりと入って来る。 「ここには、お小夜よりも僕の方がよく来ていたからね。 さぁ、京極!」 日向に腕をつかまれて、抵抗する京極から小夜が引き離された。 「我が家の姫を攫うなんて、悪い子だね。 歌仙くんにお仕置きしてもらわないとね」 「にっかりさん・・・っ!!」 逃げようともがくが、にっかりはしっかりと小夜を抱えて放さない。 「わがまま言ってないで、行くよ、京極!」 「い・・・嫌・・・!」 日向の手を振り払おうと力をこめると、あっさりと放されてたたらを踏んでしまった。 「はい、捕まえた」 転びかけたところを抱き上げられる。 「お・・・お兄様・・・・・・!」 泣きそうな目で見つめると、石田は困ったように眉根を寄せた。 そこへ、 「京極、嫌なのはわかるんじゃがの」 と、石田の背後から九鬼が顔を出す。 「集団防疫っちゅーんは、この本丸みたいに閉ざされた場所じゃ、大事なことなんじゃ。 うちらは平気かも知らんが、病を持ち込んだら主が危ないことになるかも知れん。 名族なら名族らしい振る舞いをせんとな?」 諭されて、京極は頬を染めた。 「そうね・・・ごめんなさい・・・」 「まったく・・・困った姫様だ」 未だ暴れる小夜を抱えなおして、にっかりが苦笑する。 「でも、深窓の薔薇たるもの、そのくらいの矜持はないとね。 小夜くんも、いい加減にしないとお兄さんたちを呼ぶよ?」 笑っていない目で迫られて、小夜はようやく抵抗を諦めた。 「お姫様、捕まっちゃったかぁ・・・」 アプリで接種状況をチェックした小竜は、主へ端末を返した。 「もうちょっと楽しませてあげたかったなぁ」 「次はもっと凝りたいよな! まずは地下道の完成を目指すぜ!」 気炎を上げる鶴丸に、近侍の小狐丸がため息をつく。 「おもだった男士は捕まってしまったのでしょう? そろそろ終了してはいかがですか?」 「自首してもいいんだけどねぇ」 「もうちょっと遊んでやりたいよな♪」 菓子器から摘まんだせんべいと勝手に淹れた茶で休憩した二振りは、呼子笛の音に立ち上がった。 「見つかっちゃったねぇ」 「邪魔したな!」 天守最上階の欄干に足をかけるや、飛び出していった二振りに小狐丸がまた、ため息をこぼす。 「瓦を踏み割らないで欲しいですねぇ・・・」 と、 「御用改めであるっ!!」 「神妙にお縄につけい!!」 やけに時代がかった口調で飛び込んできた長曽祢と和泉守へ、小狐丸は窓の外を指した。 「行ってしまいましたよ」 「想定内だ!」 「国広ォ!! 外行ったぞ!!」 呼子笛よりも大きな声をあげて、和泉守が欄干に足をかける。 「瓦を・・・あぁ・・・」 太刀並みの体躯を持つ彼らが瓦を踏み割る音を聞いて、小狐丸は眉根を寄せた。 「修繕費はどちらからいただきましょうか、ぬしさま」 「主が払うんだな」 いつの間に天守へ上がってきたのか、傍にいた骨喰が冷たく言う。 「敵をかくまうなんざ、舐めたマネしやがって!」 「これ、肥前」 主へ詰め寄ろうとした彼を、小狐丸が遮った。 「ぬしさまは中立であられるぞ。 かくまったのではなく、お目こぼしされただけのこと」 「詭弁だな」 眉根を寄せた骨喰が憮然と言う。 しかし、 「中立と言うなら、こちらにも情報提供はするべきだ」 と、主の端末を取り上げた。 「・・・二手に分かれたか。そうだろうな。 物吉、国広とは別の方向に行ってくれるか。 奴らは『ありえない』方へ逃げるはずだ・・・そう」 にんまりと、骨喰は珍しい笑みを浮かべる。 「薬房へ」 正宗達が薬房に入ると、乱が駆け寄ってきた。 「助けられなくてごめんね、京極ちゃん・・・!」 ぎゅっと抱きしめられて、京極は頬を染める。 「乱さん、ありがとう。 でもわたくし・・・」 と、京極はにんまりと笑う乱に瞬いた。 「だから、今から助けるね! 厚!」 「おうよ!」 軽々と横抱きにしたかと思えば、日向でさえも反応できない速さで薬房を飛び出す。 しかもこの場で乱を超える実力を持つ薬研は厚に邪魔され、追うことも出来なかった。 「やっぱりお前ら企んでやがったな!!」 「まさか俺らが囮だったなんて思わなかったろ? 出し抜けて嬉しいぜ♪」 愉快げに笑う厚を排除しようにも、日本号と石切丸は堀川からの要請で薬房を出ている。 「僕が追うよ!」 「うちも!」 と、飛び出した途端、日向と九鬼は強烈な足払いを受けてもんどりうった。 「いった・・・!」 「なにするんじゃ!」 「お姫様を救うナイト再び、ってね!」 「どうだ、驚いたろう?」 扉の両脇に立つ小竜と鶴丸の姿に唖然としたのも一瞬、踵を返して逃走した二振りを呼子笛が追う。 「早いな?!」 さすがに焦った小竜に、並走する鶴丸が笑い出した。 「あっちには骨喰がいるからな! 乱と厚が、なんだかんだ理屈をこねて薬房に残ってた時点でお見通しさ!」 「でも! 速さでは負けないもんねー!」 京極を抱いたまま、先を走る乱が高笑いする。 「み・・・乱さん、わたくし・・・」 「舌、嚙んじゃうからしばらく黙っててね!」 両手を口に当てて頷いた京極に笑って、乱は加速した。 「短刀のほとんどがこっちの味方なんだから、怖くなんてないよね! 日向くんだってさ・・・」 背後で剣戟の音が響く。 「鶴さんと小竜さん相手じゃ、苦戦するでしょ♥」 日向の怒号に、京極がぎゅっとつぶった目を再び開けた時、乱は既に天守の中へ駈け込んでいた。 「あるじさーん! 隠して隠して!!」 「またですか・・・」 近侍の小狐丸が呆れたように呟く。 しかし乱は構わず、京極を主が纏う長羽織の中へ入れると、階下へ降りて行った。 天守の三階は季節外れの装束を収納する場となっており、乱はそこから京極の夏の装束を抱えて戻る。 「薄物かなんて、遠目じゃわかんないよね!」 更に『借りる』と、京極の帽子を取り上げ、ハンガーの首にかけたかつらに取り付けた。 「あるじさん、内緒にしててね!」 「また・・・!!」 窓から飛び出していった乱の足元で瓦が割れる音がして、小狐丸が眉根を寄せる。 「そこかしこで壊されておりますな・・・。 少しは加減してほしいというもの」 ため息をつく彼に、主の懐から顔を出した京極が頬を染めた。 「ごめんなさい、薬房に戻った方がいいのはわかっているのですが・・・」 乱と厚の好意を無碍にはできないと、悩ましげに言う。 と、もう一つため息をこぼした小狐丸は、主の羽織を引き上げて京極の姿を隠した。 「しばらくここにいるといいでしょう」 その言葉が終わらぬうちに、 「乱ええええええええ!!!!」 「京極を返すのじゃ!!」 日向と九鬼が傍らを駆け抜け、乱を追って窓から飛び出す。 「瓦!」 小狐丸が声を荒らげると、踏み割った二振りは逃げるように駆けて行った。 「まったく! のちほど、被害状況をまとめなければなりませんな。 同田貫殿にご連絡しておきましょう」 「家族が申し訳ありません・・・」 羽織からそっと出した顔を曇らせる京極に、小狐丸が苦笑する。 「まぁ・・・いつものことですしね」 ため息交じりに言って、彼は同田貫へメッセージを送った。 「さて・・・。 ぬしさま、お茶を温かいものに淹れ替えましょう。 あなたも、お迎えが来るまでいかがですか?」 「ありがとう、いただきます」 主の羽織から出た京極は、微笑んで頷いた。 新選組の追跡から逃げていた小竜は、道を逸れようとする度に先回りされた挙句、畑へ追いやられたことに気づいて舌打ちした。 「本当に上手だね、壬生狼は・・・鶴丸みたいにはできなかったなぁ」 冬の畑に視界を遮る物はなく、彼らから逃れようとするならば、江の刀達が作業するビニールハウス内に逃げ込むしかない。 しかし、ハウスやハウス内のものを破壊しようものなら、激怒した彼らに酷い目に遭わされるに違いなかった。 「袋のネズミにもなれないねぇ・・・」 潮時か、と足を緩めた瞬間、 「太刀にしてはよく走るねぇ」 耳元で囁かれ、ぎょっとする。 「にっかり・・・!」 呟いた瞬間、視界が反転した。 反射的に受け身を取ったものの、すぐに拘束される。 「我が家の深窓の薔薇に、悪いことを教えないでほしいなぁ」 それに、と、にっかりは妖しく光る目を寄せた。 「僕は怒っているんだよ・・・珍しいことにね」 「へぇ・・・貴重な経験をさせてあげられて嬉しいよ♥」 あえて気軽に言ってやると、にっかりは笑みを深くして、拘束する小竜の腕を捻り上げる。 「いだだだだだ!!!!」 その悲鳴を聞きつけて、新選組の刀達が駆け寄ってきた。 「にっかり!でかした!!」 「太刀のくせにちょろちょろ逃げやがって!!」 大声を上げる長曽祢と和泉守を無言で追い越して、孫六が抜刀する。 「これ以上抵抗すれば、そのきれいな鼻を削ぐぞ」 「ちょっと?!まじめな顔で冗談言わないで!」 さすがに焦った小竜を、孫六は冷たく見下ろした。 「おや、冗談に聞こえたんなら、俺も修業が足らないな」 「ひっ・・・!」 固まってしまった小竜のもとへ、 「桑名さんから縄もらってきましたー!」 と、ビニールハウスから出てきた堀川が、にこにこと駆けてくる。 「神妙に縛につけ!!」 「観念しなァ!」 長曽祢と和泉守にまで切先を突きつけられて、小竜はため息をついた。 「はいはい、俺の負け負け。 暴れないから優しくしてね♥」 「うわー。なめてるぅー」 「堀川、きつーく縛ってあげて」 「もちろんです!」 清光と安定に笑顔で答えて、堀川はにっかりに拘束された小竜をきつく縛り上げる。 「これでよし!」 清々しく言って、堀川はポケットから端末を取り出した。 「さっきから通信が・・・はぁ?!」 突然の大声に驚いて、清光と安定が堀川の端末を覗き込む。 「どーしたの・・・え?!」 「なんでだよ!!」 堀川が差し出した端末のメッセージを読んで、二振りも眉根を寄せた。 「なんだ?」 「どーしたよ?」 「非常事態かい?」 納刀して寄って来た長曽祢達へも見えるように、堀川が端末を差し出す。 「骨喰が・・・鶴丸さんを追いかけるなって」 「はぁ?!なんでだよ!!」 大声をあげた和泉守に頷き、堀川は骨喰へ連絡した。 「骨喰、どういうこと?! 鶴丸さんを追いかけるなって、なんで?!」 思わず口調がきつくなる堀川の傍らで、にっかりが微笑む。 「なるほど、さすが骨喰。 よくわかってるよねぇ」 「どういうことだい?」 孫六の問いに、にっかりは目を細めた。 「老獪さには老獪さで、ってことだよ。 骨喰もあれで、いい年だからねぇ」 付き合いも長いし、と独りごちながら、にっかりは自身の端末を取り出して、表示されたメッセージに頷く。 「へぇ・・・彼が来たのか。うん、じゃあ僕はもういいや。 ねぇ君たち、小竜のお仕置きは任せたよ。 君たちなら、僕よりきつーいお仕置きをするだろうからね」 「あぁ!任せろぃ!!」 小竜を小脇に抱えた和泉守に手を振り、にっかりは母屋へ戻っていった。 「あはははは! 速いはやーい!!」 どこまでも追いかけて来る日向と九鬼の視界から消えないように走る速さを調整しつつ、乱は本丸中を逃げ回っていた。 本丸がある一の曲輪(くるわ)を出て、鉢植えが並ぶ二の曲輪を逃げ回っていると、ポケットの中で端末が震える。 「あー・・・。 小竜さん、捕まっちゃったかぁ」 今、乱が持っているのは本丸支給の端末ではなく、鶴丸から渡された逃亡者用のそれだ。 画面に表示された伝言を読んだ乱は、足を止める。 「乱!!捕まえた!!」 「よ・・・ようやく・・・!」 抱き着いた日向と息を切らしながら追いついた九鬼は、乱が抱えたものが中身のない装束だと気づいて目をむいた。 「えへへ! ざーんねん♥」 「きさまっ・・・!!」 「京極はどこに行ったんじゃ?!」 乱の胸倉を掴む日向を引き離し、問う九鬼に彼はウィンクする。 「主さんのところー♥ そろそろ終わりだし、主さんが薬房に連れていくんじゃないかな」 「なっ・・・!!」 絶句する日向に、乱は笑い出した。 「おつかれさまー!」 「きさまあああああああああ!!!!!」 再度掴みかかった日向を、九鬼はもう止めようとしなかった。 「小竜と乱が捕まりましたか」 天守最上階で、主と共にドローンからの映像を見ていた小狐丸が立ち上がった。 「ではぬしさま、そろそろ参りましょう」 あなたも、と促すと、京極は頷いて立ち上がる。 「とても怒らせてしまったのではないかしら」 仕置きされるのかと、不安げな彼に、小狐丸は苦笑した。 「仕置きされるのは首謀者達ですよ。 まぁ、今年も十分、ぬしさまを楽しませてくださいましたから、御口添えがありましょうが」 機嫌のよい主へ頷き、小狐丸は手を差し伸べる。 「あなたのお迎えも呼んでおりますよ」 「迎え? にっかりかしら・・・」 仕置きはないにしても、彼を怒らせたことに不安げな京極へ首を振った。 「この騒ぎの最中に新しい刀が顕現しましたのでね。 ぬしさまへのご挨拶に参るようですよ」 「新しい方?」 なぜ自分の迎えに、と首を傾げると、階下から妙に重たげで威圧的な足音が上がってくる。 「新たなビジネスパートナーに呼ばれて参じた! 俺は道誉一文字!」 「ま・・・まぁ! 道誉の叔父さま・・・!」 驚いて声をあげた京極へ、道誉は強い目を向けた。 「おぉ!誰かと思えば、我が家の薔薇じゃないか!」 主へ一礼した道誉が、京極へ歩み寄る。 「本丸内が随分と騒がしいようだが、もしや薔薇もお楽しみだったのかな?」 問われて、京極は頬を染めた。 「えぇ・・・! ここでの暮らしは楽しくて、時があっという間。 叔父さまに話したいことがたくさん・・・たくさんできました!」 「そうか、それは何よりだ!」 声を弾ませる彼に微笑んだ道誉から、威圧的な気配がほんの少し和らいだ。 その頃、 『追うなとはどういうことだ!!』 端末の向こうから怒号が響くや、骨喰は容赦なく通話を切った。 再びかかってくる前に、長谷部へメッセージを送る。 「追うから逃げるんだ。 鯰尾と小竜を捕らえた以上、勝負はついた。 構ってもらいたがりの爺は、若い連中が相手にするほどはしゃぐぞ」 冷静に返すと、長谷部からの反駁はなかった。 「さすが骨喰くん。鶴さんのこと、わかってるねぇ」 骨喰以上に鶴丸のことを理解している光忠は、最初から追おうともしない。 彼だけでなく、 「腹減ったら自分から出て来るだろー」 「毎年のことだ。 一々相手にしなくていい」 と、太鼓鐘や大倶利伽羅も、放って厨房の中を歩き回っていた。 伊達の刀だけでなく、歌仙も 「今日は手伝いの人数が多いから、いなくても構わないよ。 こら、包丁! つまみ食いしていないで手を動かす!」 「なんだよー! お手伝いしたら優先的に食べていいってゆったじゃないかー!」 「つまみ食いは許可していないよ! 小豆も、笑っていないで止めておくれ!」 「まぁまぁ。 そんなにおこることじゃないよ」 にこやかに言って、小豆は焼きあがったばかりのクッキーを皿に乗せた。 「やきたてがおいしいのはとうぜんだからね。 ひるげのまえだけど、ひとつずつならいいだろう?」 「やったぁ!」 目を輝かせた短刀達が寄って来て、小豆も笑顔になる。 「骨喰!俺も! お腹空いた!」 両手以外を縄で柱に括りつけられた鯰尾が泣きわめいた。 が、骨喰は冷たい目で鯰尾と愛染、今剣を睨む。 「・・・うるさい。 お前達は強制労働だ、昼抜きで芋の皮を剥け」 「これ、すべるんですよぉ!」 「手を切りそうで怖い!!」 鯰尾と同じ柱に括られた今剣と愛染が涙目で訴えるが、誰もが聞こえないふりで無視した。 「ひどいですー! あるじさまにいいつけます!」 「構わないよ。 お仕置きに関しては、僕が権限をもらったからね」 歌仙が言うと、目を丸くした彼らは反抗を諦めて、大人しく芋の皮剥きを続ける。 「最初から素直になればいいのに。 痛い目に遭った上に罰を受けるなんて、馬鹿馬鹿しいと思わないのかい?」 呆れ顔の歌仙に、しかし、鯰尾は首を振った。 「このスリル、一度味わったら癖になりますよ! 来年は歌仙さんもぜひ!うぎゃ!」 「懲りろ」 怒りをはらんだ声で骨喰は、鯰尾の頭を何度も柱へ打ち付けた。 ―――― 数刻後。 「なんで追ってこないんだ! 鶴さんを無視するなんて酷いぞ!!」 日もとっぷりと暮れた頃、ようやく母屋に戻った鶴丸に、夕餉中の男士達は眉根を寄せた。 「勝手に逃げたとはあんたやろーもん!」 デザートのプリンを食べながら、博多がスプーンで指すと、鶴丸はなぜか、堂々と胸を張った。 「そうだ!だから追ってこいと言っているんだ!!」 「ジジィうざっ!!」 「こちとら忙しいんだ! ジジィの道楽に構ってられるか!!」 姫鶴と、戦場から帰ったばかりの同田貫にも言われ、言い返そうとした鶴丸の背に冷たい切っ先が当てられる。 「僕が構いますよ、鶴丸さぁん・・・!」 耳元で堀川が囁き、 「クソジジィ、ちょろちょろ逃げてくれちゃってさーぁ!」 「仕置きはさせてもらうからね?」 両腕を清光と安定に固められて、鶴丸が青ざめた。 「いやもう勝負はついたんだから・・・おい!光坊!たすけ・・・!」 配膳に来た光忠に助けを求めるが、 「鶴さん、いい加減にしなよ。 小竜ちゃんはとっくにお仕置きされてるよ」 と、にべもない。 「孫を見捨てるなんてひどいぞ、長船派の祖!!」 「長船派の祖だからだよ。 みんなに迷惑をかけたんだから、お仕置きされなさい」 「よっしゃあ!お仕置きー!」 「主に教えてもらった西洋の拷問、やって見たかったんだよねー!」 はしゃぐ清光たちに連行される鶴丸の悲鳴が回廊中に響いた。 が、すぐに何事もなかったようにざわめく食堂を見渡し、道誉は肩をすくめる。 「賑やかだねぇ。 ここはいつもこうなのかい?」 共に卓を囲む則宗に問うと、彼は手にした猪口を掲げて笑った。 「そうともさ。 だが、こういった雰囲気は嫌いじゃないだろう?」 問うと、道誉は別の卓で楽しげな姫鶴を見遣る。 「そうだな、お姫もここが気に入っているようだからね。 余計なことはしないさ・・・まだ」 「ふふ・・・。 まだ・・・ねぇ」 「ン?俺は変なことを言ってしまったかな、ご隠居?」 探るような目を向けると、真意の見えない目線が返された。 「あぁ。 ここの主は戦に積極的な上に気位が高い。 そこを気に入っている男士が大勢いるのさ。 お前さんがそうそう気軽に動けるとは思いなさんな」 機先を制されて、道誉は苦笑した。 「ンーン・・・! そうだな、ビジネスには機を見ることも大事だ。 御前の仰せのままに」 「おや。 顔を立ててくれて嬉しいよ。 隠居してからは、どうも扱いが雑でねぇ。 まぁ気楽な身分だ、若いもんと過ごす日々は楽しいよ」 「あんたもですか・・・」 この本丸を気に入っているというのは本当らしいと悟って、改めて辺りを見回す。 「そうだな、良いビジネス拠点となりそうだ。 俺も、早く馴染めるようにしよう」 「お前さん、見た目と言うことが反社だからなぁ。 せいぜい徳を積むんだね」 「ご忠告いたみいる」 一礼して、道誉は差し出された猪口に徳利を傾けた。 了 |
| 毎年恒例、予防接種鬼ごっこです。 2月の、しかもバレンタインデーに更新するのか、って思ったんですけどね。 なんと! 今日は予防接種の日だそうな!! だったら!いいよね! むしろ今日だったよね!! 相変わらずわちゃわちゃ本丸ですが、お楽しみいただけたら幸いです。 |