~ とある家族の本丸・三 ~





枡田(ますだ)家
長女:文香
長男:豪


 ―――― 金曜日21時。
 繁華街では一軒目で既に出来上がった連中が、二軒目を探してうろついている。
 居酒屋やバーが立ち並ぶ交差点の端、テイクアウト専門のコーヒーショップの前で、痩せて小柄な少女がスマートフォンから漏れる光で厚いメガネのレンズを光らせていた。
 中学生だろうか。
 繁華街の中では異質な姿に、二人組の警察官が早足で寄ってきたが、彼女が首に下げた身分証を見るや、会釈して通り過ぎて行った。
 が、そのあとに続いた酔っ払い達は、彼女を見過ごさない。
 「お嬢ちゃん、中学生~?!」
 「不良娘かなー?お兄さんたちが送ってあげようか?」
 にやにやと笑いながら見下ろす彼らを無視していると、ムッとした一人が手を伸ばした。
 「おい、無視するなよブス!」
 「あ?可愛いだろうが!」
 横合いから突然腕を掴まれて、見やれば分厚い胸板がある。
 恐る恐る見上げると、筋骨隆々たる大男が、恐ろしい顔で彼を見下ろしていた。
 「二軒目を探してるならとっとと行けや!」
 言うや乱暴に突き飛ばし、少女の傍から酔っ払いを追い払う。
 彼らが消えるまで睨みつけていた大男は、少女へ向き直って深々と頭を下げた。
 「・・・すみません、先輩」
 「いえ。
 コーヒーショップでココアを注文した私のせいなので」
 コーヒーならすぐに出せるがココアは時間がかかると言われて、外で待っていた少女は、店の中から呼ばれて明かりの中に入る。
 暖かいココアを手に入れた彼女は、既にコーヒーを持っていた大男を呼んだ。
 「じゃあ行きましょうか、荒熊さん。
 初めての現場ですので、私がサポートします。
 まずは一人でやってみてください」
 「はい・・・!」
 緊張顔の荒熊に頷き、少女は夜の繁華街を慣れた様子で進んだ。
 居酒屋やバーが並ぶ通りを外れ、明かりが乏しい再開発地区へと入っていく。
 はるか頭上にまで鉄筋をむき出しにした、建設中のビルの仮囲いに沿って、さらに奥へ向かった。
 「あの、先輩」
 先を行く少女から漂うココアの香りについて歩きながら、荒熊が声をかける。
 「現場・・・ここなんですが・・・?」
 「ここは壊しちゃいけないものが多いので、開けた場所に行きます」
 夜目が効くのか、危なげなく歩く少女の後を、荒熊は体に似合わぬ怯えっぷりでついて行った。
 やがて、古いビルが解体され、更地になったばかりの場所で足を止める。
 「ここなら多少暴れても大丈夫です」
 促されて、更地の中心に立った荒熊は、自身のスマートフォンを取り出し、アプリを起動した。
 次の瞬間、すぐ傍の空間が割れ、闇の中から禍々しい姿の化け物が何体も飛び出す。
 「うわ!
 えっと・・・!!」
 荒熊が困惑する間に、
 「拙僧に任せられい、主殿!!」
 太い声が響いて、彼が首に下げていた身分証が青白い光を放った。
 山伏姿の男士が荒熊を背に庇うように立つと、続けてスマートフォンケースに入れていたカードも光り、
 「なんでまとめて入れてんだよ!せめーよ!!」
 と、黒装束の男士が現れる。
 「そう言うな、同田貫。
 まだ主は、先輩殿のように物持ちではあられないのだ」
 筋骨隆々とした重厚な容姿に対し、穏やかな口調の蜻蛉切の隣には、祢々切丸が山のようにそびえていた。
 「さぁ、敵前だ!
 推してまいろう!」
 長曽祢が抜刀すると、他の男士も続く。
 「ど・・・どうですか、先輩!
 この隊ならレベルが高いから大丈夫だって、むっちゃんが言ってたんですけど」
 両のこぶしを握って傍らの少女を見下ろすと、彼女は少し微笑んで頷いた。
 「そうですね、いいと思います。
 この隊なら、初でも一撃で中傷になることはないでしょうし、蜻蛉切なら苦無も貫けます。
 残敵は祢々切丸が処分しますし、陸奥守の采配は・・・あ、いえ。
 荒熊さんの育成がお見事です」
 「よかった!」
 第一戦の敵部隊を退けた荒熊は、この場所からも見える鉄筋を見上げる。
 「こいつらには本当に・・・腹が立ってたんですよ!
 不法侵入した挙句、建設中のビルや資材を破壊したり、放火も!」
 警備会社に勤める荒熊は、警察ですら対応不可能なこの事態に対応すべく、上司命令で審神者になったそうだ。
 「新部署を立ち上げるのに、まずは俺が審神者になったんですが・・・」
 嬉しそうな顔で、荒熊は自慢の部隊を見回す。
 「みんなと筋トレするのが楽しくて!
 スポーツジム、解約してしまいましたよ!」
 「うむ!
 主殿は、筋肉に一家言あられる!」
 「本丸に訓練部屋があるのはありがたいですな」
 「和やかなところすみませんが、第二陣が来ますよ」
 少女の冷静な声に、はっとした荒熊の目の前にはすでに、検非違使が迫っていた。
 「第二戦で検非違使って・・・新人あるあるなんですよねぇ」
 来てほしくない敵が来る、と、ココアを飲んだ少女がため息をつく。
 「あと・・・見た目で判断されるのも腹が立つんですよ」
 荒熊の隊を退けた検非違使が、主の彼よりも弱そうな少女へと矛先を変える様に、舌打ちした。
 と、
 「主、舌打ちなんて雅じゃないよ」
 少女のポケットから青白い光が漏れ、華やかな戦装束の歌仙兼定が現れる。
 「でも、気持ちはわかるよ。
 小さいからって、甘く見ないでほしいよね」
 「大きすぎるのも不便なものですよ」
 斜めがけのバッグに下げていたリフレクターから、やはり極めた日向正宗が、共に下げていた万歩計からは太郎太刀が現れた。
 「主、もう少し下がってくれるかい?」
 「ほらほら、荒熊サン?
 あんたも下がって下がってー」
 黒縁の眼鏡からは燭台切光忠、身分証・・・いや、審神者証からは加州清光が現れる。
 そして、
 「荒熊殿の刀剣たち、そなたらもしばしさがれ」
 髪飾りの青い七宝焼きがひときわまばゆい光を放ち、衣冠束帯の三日月宗近が現れた。
 一斉に抜刀したと見えた瞬間、敵は灰塵となって消える。
 「さ・・・さすがLv400・・・!
 全員カンストした極隊なんて俺、初めて見ました!」
 「・・・ありがとうございます」
 自身というより、男士達を誉められたことが嬉しいのか、小さな声で礼を言った少女は、三日月宗近を見やった。
 「承知した」
 微笑んだ彼の周りに、男士達が展開する。
 「残党狩り、はっじめるよー!」
 「血を華と咲かせよう!」
 物騒なことを言う加州と歌仙の間をすり抜け、日向が真っ先に飛び出した。
 「先鋒は僕だ!」
 「やれやれ・・・私にも残しておいてくださいよ?」
 長大な大太刀を片手で構えて、太郎太刀が吐息する。
 「安心して、太郎さん。
 街中で銃や投石を使えば怒られるから、敵一振りは残るよ」
 「そうだな、我らが打ち漏らすことはないか」
 穏やかに微笑む燭台切と三日月は、ろくに相手も見ないまま、灰燼を舞わせた。
 「あーあ!
 遠戦が使えたら、僕の一人勝ちなんだけどなぁ」
 全ての敵部隊を狩りつくして、日向が納刀する。
 「私が疲れてしまうので、やめてください」
 太郎太刀は、憑いていた物からして普段より、日向と共に主を守っているのだろう、諌める言葉の割に、口調は親しげだった。
 その傍らで、
 「助けてくれて、ありがとうございました。
 俺はまだまだですね・・・」
 肩を落とす荒熊の背を、加州が励ますように軽くたたく。
 「新人審神者でここまで高レベルの特を揃えたのはなかなかじゃない?
 さすが、吉行の本丸ってカンジ?」
 「彼が修行に行く前に、演練でよくよく頼まれたからね。
 無碍にはできないさ」
 歌仙が、傷を負って立てずにいる同田貫へ手を差し伸べると、彼は不満げに礼を言って手を取った。
 「その演練で、あんたにゃボコボコにされたよな」
 「それは君、実力差と言うものさ」
 にこりと笑う歌仙に、同田貫が肩をすくめる。
 と、
 「それにしても、やっぱり憑く物に対する愛着とか、そういうのが必要なんでしょうね」
 荒熊が言うと、少女は少し考えてからうなずく。
 「審神者証は、近侍が変わる度に色も写真も変わるので、愛用度は変わらないでしょうが、持ち物はそうかもしれません。
 宝物みたいなものですね。
 特に私の場合、手放せない眼鏡や霊的な象徴である髪をとめるものは、愛用度が上がるのかも」
 その言葉に、燭台切と三日月が嬉しげにうなずいた。
 「そうか・・・。
 俺も万屋で色々勧められたんですが、審神者は圧倒的に女性が多いから、女性向けの品が多くて。
 なんとか刀帳カードは全員分揃えたんですけど、他にいいものってありますかね?」
 「万歩計やリフレクターなら、持ち歩きやすいんじゃないですか?
 今は販売期間外ですけど、再販があると思いますし。
 小回りが利く短刀と、複数の敵を倒せる大太刀の組み合わせはお勧めです」
 「なるほど、参考になります!
 じゃあ、むっちゃんの次は大太刀と短刀に修行に行ってもらって・・・」
 「荒熊さんの次の現世任務当番は来月ですし、今月末から戦力拡充がありますから、既に修行に行ける状況であれば、短刀を優先した方がいいです。
 特に博多藤四郎は最優先で極めるべきで・・・」
 うっかり強い口調になった少女は、三日月に肩をたたかれて、はっと口をつぐむ。
 ややして、ぺこりと頭を下げた。
 「差し出がましいことをすみません。
 好きな男士を育てるのがいいと思います」
 「あ!いえ!
 ご教示、感謝します!
 そうか、大阪城・・・博多が活躍する戦場ですね」
 大きくうなずいた荒熊が、改めて一礼する。
 「今後ともご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いします!」
 「お任せください」
 にこりと笑って、少女は浅くうなずいた。


 少女 ―――― 枡田文香が本丸に戻ると、鵜飼派の太刀が泣きながら駆け寄ってきた。
 「文香ちゃん、助けて!!
 主がひどいんだ・・・!!」
 「雲次・・・またですか」
 軽く吐息した文香を背にかばって、加州と歌仙が雲次の前に立ちふさがる。
 「気持ちはわかるけどさぁー」
 「家族とはいえ、ほかの本丸の問題をこちらへ持ち込まないでほしいね」
 「だって・・・!
 殿も奥方も、まだ帰城してないんだもん!!
 文香ちゃんしかいな・・・」
 「うんじー!みつけたー!!」
 「あるじいいいいい!!!!
 やめてってば!!!」
 手に大きなカブトムシを持って駆け寄って来た弟に、文香は舌打ちした。
 「豪!やめな!!」
 大声を出すと、小学生の弟は急停止して、気まずげにカブトムシを背に隠す。
 「ねえちゃん・・・おかえり・・・」
 「あんた、また雲次に嫌がらせして!
 やめなって言ったよね?!」
 それに、と、この真冬に半袖で走り回る弟に目を吊り上げた。
 「あんたの本丸、ずっと夏でしょ!
 あんたのとこからこっちまで虫が来るんだよ!
 いい加減、季節を変えな!」
 文香と豪の本丸は、両親の本丸の中にあり、それぞれ干渉し合いながら存在している。
 それは政府の特例によって生まれた本丸ならではの弊害でもあった。


 文香と豪の両親は、文香が生まれる直前、友人の勧めによって審神者となった。
 2000年代日本の少子化を懸念した2205年の時の政府が育児を支援することにより、将来、審神者となる子供を育成しようという計画だ。
 『お友達紹介キャンペーン』によって本丸の主となった両親は、始まりの刀に長女の名付けを命じた。
 文香。
 文は武に勝り、徳は香るように身に纏う。
 だが彼は、自身が名付けた名を呼ぼうとはしなかった。
 真名を知られるのは縁起が悪いと、古式ゆかしい作法と共に、彼は常に彼女を『姫』と呼ぶ。
 彼の薫陶を受けた彼女が自身の本丸を持ち、本家をも超える強大な戦力を持つ審神者となるまで、そう時間はかからなかった。
 そして弟の豪も。
 疫病の蔓延による医療崩壊や母の体調不良など、数々の困難を抱えながら健康に生まれた彼を『豪運の豪くん』と名付けたのは、洒落好きの大般若だ。
 あまりに緊張感のある状況だったため、皆、ほっと気が抜けて、そのまま決まってしまった。
 その彼も、去年から審神者として一城の主となった。
 名の通り豪運の彼は、稀少な刀剣を次々と顕現させ、地道な努力によって実力を上げて行った姉を苛立たせていた。
 そんな、家族の本丸群である。


 「なに、また喧嘩してるの?
 今度は何?」
 本家の門が開き、現れた母に豪はますます首をすくめた。
 「文香、新人指導ありがとう。
 荒熊君がすごかったって言ってたよ」
 荒熊と同じ警備会社の、総務で働く母に言われて、文香はうなずく。
 「それより、豪がまた雲次をいじめてるの」
 「奥方!主をやめさせて!
 こないだも、『これはいきてるでしょーか、しんでるでしょーか?』って、セミを持ってきて・・・僕の服の上でセミファイナルッ!!」
 ぴいぴいと泣く雲次に呆れながら、文香の加州が進み出る。
 「豪ちゃんが雲次をいじめるから、俺達も迷惑してるんだよ、奥方ー」
 「豪君、朝のラジオ体操の帰りに虫を採って来るでしょ?
 夜戦明けの男士達が、雲次の悲鳴で起こされて大迷惑してるんだよ」
 日向も参戦して、困り顔を向ける。
 「豪殿には改めて頂きたいですね」
 9歳の豪にとっては遥か上にある太郎太刀の、厳しい目で睨まれて、口の中でもごもごと詫びた。
 と、
 「皆、そこまで。
 若君が怯えてしまっているよ」
 穏やかな声で、母の傍に控えていた歌仙が進み出た。
 「お帰り、姫。
 大変優秀な働きだったと聞いたよ。
 さすが我が家の姫」
 自慢の愛娘を見るような、とろりとした笑みを向けられて、頬を染める文香の傍で彼女の歌仙がわずかに眉根を寄せる。
 「でも、そうやって弟君を責め立てるのは雅ではないね」
 「・・・はい」
 たしなめられて頷く主の背後で、三日月と燭台切が苦笑を見合わせた。
 「若君は、元気でとてもよろしい。
 だが、嫌がることをあえてするのは雅ではない。
 わかるね?」
 「うん・・・」
 渋々頷く豪以上に、雲次が激しく頷いた。
 「よろしい。
 では、二人とも手を洗って本家へおいで。
 姫の特別任務のご褒美に、上生菓子を作っておいたから。お茶を点ててあげようね。
 奥方、たまにはいいだろう?」
 「夕飯の後はあんまり食べてほしくないけど・・・今日は特別ね」
 えらい、と、頭を撫でられた文香は得意げに笑う。
 「カブトムシ、本家の大包平に見せていい?」
 豪が突き出した虫に思わず歩を下げたものの、歌仙は彼にも温かい笑みを向けた。
 「本家で逃げたら、虫嫌いの男士が大騒ぎするからね。虫かごに入れておいで」
 「はぁい!
 いこ、雲次!」
 「それ!僕に近づけないでね!!」
 しょうがなく従いながらも、やや離れて歩く雲次に、豪が体当たりする。
 「お詫びに怖い話してあげる!」
 「怪談?そんな非科学的なこと、僕は信じないよ」
 眉をひそめる雲次に、豪は声を潜めた。
 「・・・耳の奥でカサカサ音がするから病院に行ったら、中から小さなGが出て来たって。寝てる間に耳に入り込んで・・・」
 「僕!今日から耳栓とアイマスクとマスクして寝る!!!!」
 「豪!!」
 絶叫する雲次以上の声で母娘が怒鳴ると、彼は逃げるように駆けて行く。
 「じゃあ主くん、僕らも行こうか」
 燭台切に背を押され、自身の本丸へ帰る文香を見送る歌仙は、彼女の歌仙に睨まれて、やんわりと微笑んだ。


 「大包平!!見て見て!!でっかいカブトムシ!!!!」
 「おお若君!!見事な獲物だな!!」
 「うるさい」
 本家に入った途端、迎えに出た大包平と弟の大声に文香は眉根を寄せた。
 「なんだなんだ、姫!
 反抗期か?!」
 すたすたと広間へ向かう文香の後をついて来る大包平には答えずにいると、
 「おい、やめろ大包平。
 反抗期の子供に反抗期かなんて言っては、へそを曲げるばかりだ」
 「そーそー!
 姫っちがまともに育ってる証拠なんだから、そっとしとこっ!」
 鶯丸と八丁念仏の声に、苛立ちが増す。
 「・・・誰か連れて来ればよかった」
 近侍の加州でもいれば、代わりに何か言い返してくれただろう。
 だが、本家には赤子時代から彼女の世話している男士達が大勢いて、余計な暴露話をするために、主としての威厳を保つためにも自分の男士達を連れて来ることはできなかった。
 彼らを無視して長い廊下を渡り、無言で広間へ入ると、既に茶の用意ができている。
 「よく来たね。
 さぁ、僕と燭台切が作った上生菓子だよ。
 若君は、茶を甘くしてあげようね」
 歌仙が座るように促すと、当然のように古備前の三振りも座についた。
 と、
 「文香、今日は新人研修、ありがとうな!」
 既に上座にいたこの本丸の主が、相好を崩す。
 「ママに聞いたけど、すごかったらしいじゃないか!」
 ねぇ、と声をかけると、傍らの奥方も嬉しげにうなずいた。
 「審神者歴はパパたちの方が長いけど、レベルは文香の方が上だもんなぁ!」
 「暢気に言うけどね、主」
 ぴしりと、歌仙の声が厳しくなった。
 「13年もの間、審神者の地位にありながら、姫に超されるとはどういう次第だい?」
 迫られて、彼はぴちぴちと目を泳がせる。
 「えっとそれは・・・うん、トンビが鷹を生んだんだよ」
 「確かに、姫も若君も、素晴らしい素質があるよ」
 眉根を寄せて、歌仙は更に迫った。
 「特に姫は、素質があるだけでなく努力も惜しまない」
 とろりと、目元を和ませた笑みを向けられ、文香は頬を染める。
 「我が本丸で大切にお育てしただけのことはある。
 素晴らしい姫と若君だ。
 なのにきみときたら・・・!」
 「はいはい!ごめんなさい!
 年末年始の連隊戦、ほとんど参加できてないのは悪かったよ!
 でもね、ぎっくり腰が辛くてさ・・・!」
 座るのも一苦労、と、しょげる主へ眉根を寄せ、歌仙は目線を隣へ向けた。
 「代わりに奥方ががんばってくださったら・・・」
 「ごめんなさい、年末年始ですごく忙しくて・・・!」
 矛先を向けられて、茶を吹きそうになった彼女も慌てて頭を下げる。
 「歌仙、そんなに責めるものじゃない」
 二人に目で助けを求められた鶯丸が、くちばしを容れた。
 「それよりも、早く俺に茶をくれ」
 「・・・きみ達は呼んでいないのだけど」
 説教を邪魔されて、不機嫌な歌仙に大包平が身を乗り出す。
 「呼ばれた覚えはないが、若君の養育係は俺だからな!
 本家にいる間は、お傍にあるのが当然だろう!!」
 大きな手で頭を撫でてやると、豪は大包平の膝の上で嬉しそうに笑った。
 「大包平の兄さん、いつの間に若の養育係になったのー?」
 「自称でしょ」
 八丁念仏のからかい口調に、文香は不愛想に鼻を鳴らす。
 と、大包平は大げさなほどに目を見張った。
 「どうした姫!
 幼い頃はもっと素直でよく笑っていたのに!!
 学校で良くない連中とつるんでいるんじゃないのか?!」
 「余計なお世・・・!」
 「まぁまぁ、兄さん~!
 年頃の女の子なんて、こういうもんだってばっ!」
 陽気に間に入った八丁念仏に、鶯丸も頷く。
 「そうだぞ。
 中二病は今のうちに発症しておかないと、将来変な宗教や似非科学に騙されるからな。
 姫、今日はにっかりに怪談でも聞かせてもらうといい」
 「思春期とか中二病とかうるさいな、鶯は!!」
 「これ、静かにしなさい。追い出すよ?」
 鶯丸と共に口をつぐんだ文香へは、やわらかい笑みを向けた。
 「外は寒かっただろう?
 茶を点ててあげようね」
 そう言って歌仙が釜のふたを取り上げると、ほわりと温かい湯気が上がった。


 その頃、文香の本丸では、始まりの刀である蜂須賀虎徹に招かれた歌仙と加州が、ティーテーブルを囲んでいた。
 「あちらの歌仙には及ばないが、香りのよい茶葉だろう?
 主に随行して、よく現世へ行く日向が買ってきてくれたフレーバーティーだ。
 俺は、果実の香りよりも花の香りの茶を好んでいてね、二振りの口に合えばいいが」
 白磁のティーポットからカップへ注いだ紅茶が、華やかな香りを立ち昇らせる。
 「へぇ、いい香り
 俺、こういうの好きだなぁ」
 「そうだね、悪くない」
 頷いた二振りへ、蜂須賀は微笑んだ。
 「それで?
 また本家の男士への文句かな?」
 問えば、加州が呆れたように笑う。
 「まーね。
 本家とは言え、主が頑張ってるおかげでもう、こっちの方がレベル上だし?
 なーんで主を呼びつけんの、用があるならそっちがここに来いよって不満がある・・・んだよね、歌仙は?」
 「そんな些末なことじゃない」
 鼻を鳴らして、歌仙はカップをソーサーに戻した。
 「あちらは主のご両親の本丸だし、主があちらで寝泊まりするのも・・・仕方ないとは思っているよ」
 「そうだな。
 万が一の襲撃の際に主をお守りできるのかという不安はあるが・・・俺たちより練度が低いといっても、時間稼ぎくらいはできるだろう。
 その間に、俺たちが駆けつければいいことじゃないかな」
 「だよねー。
 じゃあ歌仙はさ」
 笑いながら加州は、菓子器からつまんだクッキーを、歌仙の目の前で振って見せる。
 「嫉妬、してんでしょ。あっちの歌仙に」
 図星か、歌仙の眉がわずかに上がった。
 「・・・気に入らないとは思っているね」
 加州が突きつける菓子を手で払って、歌仙は眉根を寄せる。
 「本家の殿が戦闘に熱心でないのは知っているが、第一刀でありながら僕よりもレベルが低くて、なぜあんなに暢気に笑っていられるんだ?
 同じ歌仙兼定でありながら、信じられない怠惰だよ」
 吐き捨てるように言うと、加州も蜂須賀も苦笑する。
 「暢気なわけないじゃなーい。
 うちの主はあっちの歌仙にとって、大事に育てたお姫様だから優しいだけでしょー。
 審神者相手にはきっと、厳しーくお尻たたいてるよ」
 ねぇ?と蜂須賀に振れば、彼も苦笑して頷いた。
 「毎日のように君に睨まれていては、あちらの歌仙も心穏やかではないだろうね。
 だが、主はどうだろう。
 主がこの本丸を立ち上げる時、歌仙ではなく俺を選んだのは・・・」
 「うるさい」
 きっぱりと、歌仙が蜂須賀を遮る。
 だが、彼はまた微笑んで、加州を見遣る。
 「君でもよかったのだけど」
 「初恋拗らせ女子の初期刀なんて、ごめんだねー♪」
 くすくすと笑ってから、加州は人差し指を唇に当てた。
 「主には今のこと、ナイショにしてよね?」
 「不敬が過ぎると、叩き折られてしまうよ?」
 歌仙が軽く手刀を当てると、加州は大袈裟に痛がる振りをする。
 「まー、主が拗らせてんのは、本丸生まれの子として仕方ないけどさ、齢十三でLv400は中々いないでしょ。
 学校でも一目置かれてるみたいだし、時の政府からの覚えもめでたい。
 そんな主の刀として、俺達はますます精進して、本家に差をつけてやればいいじゃん。
 そうすれば、あんたも溜飲が下がるってもんじゃない?」
 「あぁ・・・そうだね。
 あんなに暢気に笑うことはできないだろうね」
 自分は主へ向けることができない笑みを、彼が向けていることにも我慢がならない。
 が、始まりの刀相手であれ、そんなことを言えるはずもない。
 結果、ふてくされたように黙り込んだ歌仙へ、二振りはじんわりとした笑みを向けた。


 「あら・・・。
 主は、今日も本家へお泊りですか?」
 部屋へ戻る途中、声をかけて来た古今伝授の太刀へ、歌仙はあからさまに不愉快な顔をしてしまった。
 一瞬、驚いたように目を見張った古今は、すぐに幼子へ向けるような笑みを浮かべて歩み寄る。
 「あらあら、拗ねてしまって。
 本家の歌仙に、また主をとられてしまったのですね」
 「・・・うるさい」
 ぶっきらぼうな口調が、我ながら拗ねた子供のようで、歌仙はますます不機嫌になった。
 「まぁ。
 わたくしへの嫌味も出てこないなんて、あなたらしくありませんね。
 ここは、古典でも引いて言い返すところでは?
 たとえば・・・」
 宙を見つめた途端、歌仙に背を向けられてしまって、古今は苦笑する。
 「ゆくみずに かずかくよりもはかなきは おもわぬひとをおもうなりけり」
 「・・・本当に不愉快だな、きみは」
 「あら、無駄なことをしている自覚はあるのですね」
 くすくすと笑いながら傍らへ歩み寄った古今は、白い手を伸ばして、歌仙の髪に触れた。
 「愚痴なら聞いてあげますよ?
 笹でも持って参りましょうか?」
 「結構だよ」
 頭を撫でる手を払ってやると、彼は小首をかしげて苦笑する。
 「幼い頃は、素直に甘えてくれたのに。
 成長とは悲しいものですねぇ」
 「そういうことは、毛利にでも言えば話が合うんじゃないか?」
 言ってやれば、古今はまた、くすくすと笑い出した。
 「わたくしが子ども扱いするのは、あなただけですよ」
 「・・・不愉快だ!」
 吐き捨てた歌仙の背を、古今は苦笑して見送る。
 「拗ね方が、主とそっくりですねぇ。
 まぁ・・・主は本家の歌仙に育てられたそうですから、当然かもしれませんが」
 困った系譜ができてしまったと、古今は首を振って自室へと戻って行った。


 翌日。
 昼を過ぎてから本丸へ戻って来た主を、近侍の五虎退が迎えた。
 「お・・・おかえりなさい、あるじさま・・・。
 あの・・・遠征部隊は、さっき帰って来ました・・・よかったぁ」
 白い頬を染める五虎退に頷き、文香は御座所に入る。
 真冬の今、白く曇った雪見障子を閉め切って、外の様子はほとんど見えなかった。
 「・・・景趣、変えようかな」
 生真面目な彼女は、外の季節に合わせて本丸の景趣も変えていたが、豪のように過ごしやすい季節にするのも悪くはない。
 「じゃ・・・じゃあ・・・ぼ・・・僕は散らかってるもの・・・片付けます・・・ね」
 気弱げな口調ながら、重い火鉢を軽々と抱える五虎退に、文香は頷いた。
 「どれにしようかな。
 ちょっと早いけど、お花見の・・・」
 と呟くや、耳の奥に歌仙の、『花にうつつをぬかすのも悪くはない』という甘い声が蘇って、首を振る。
 「海にする。
 外が寒いから、みんなもあったかい方がいいよね」
 「あ・・・はい・・・」
 暑いのでは、という言葉を飲み込んで、五虎退は微笑んだ。
 「それで・・・あの、あるじさま・・・。
 鍛刀・・・僕がしますか?」
 ここ数日、主の機嫌が悪いのは、新しい男士が中々来ないためだ。
 五虎退も随分頑張ったが、まだ呼び寄せられてはいない。
 おどおどと上目づかいで主を見ると、彼女はうなずいて、端末を操作した。
 「まずは、隊員を変えて遠征にやって、日課を片付けてからね。
 今日の鍛刀は誰に任せようか・・・」
 しばらく思案してから、文香は火車切を呼び出す。
 「なに?用があるなら手短に言って」
 「用があるから呼んだんでしょ。
 鍛刀して」
 傍から見れば、反抗期の級友同士のようで、微笑ましく見えたかもしれない。
 が、本人達はいたって真面目に話していた。
 「・・・いいけど」
 「今日こそは絶対に呼んでよね。
 天井行く前に一振りは欲しいの」
 「・・・そんなこと言われても知らないよ。
 資源と札、貸して」
 火車切が不満そうな顔で手を差し伸べた時、
 「姉ちゃんの本丸、海になってるー!」
 文香の本丸に飛び込んで来た豪が、はしゃぎ声をあげて浜辺を走り回った。
 「あ!火車切だ!
 鍛刀すんの?」
 浜辺から欄干をよじ上って、自慢げに笑う。
 「オレんち、さっき新しいやつ3振り来たぞ!」
 「は?!」
 不意打ちを食らった文香が、険のある声を上げた。
 「なんでよ!
 こっちはもう、何百回とやってまだ・・・」
 「姉ちゃん、運悪いもんなー!」
 「っ!!」
 思わず上げた手を、欄干を飛び越えた豪の陸奥守が掴む。
 「うちの主がすまんかったにゃあ、姉さん。
 あんまり嬉しかったきに、姉さんに知らせるんじゃって走り出してしもうたが」
 にかりと大きな笑みを浮かべて、陸奥守は文香の手をそっと下ろした。
 「おんしらも、騒がしてすまんかったぜよ!
 ほれ、わしは姉さんになんもせんきに、しもうてしもうて」
 既に抜刀していた火車切と五虎退に両手を振ると、彼らは文香が頷くのを待ってから納刀する。
 「ほれ、主も姉さんに謝るがよ。
 こういう、せんしてぃぶーなことは、ようよう言うもんじゃにゃあよ」
 「だって・・・」
 叩かれそうになって、不満げな豪が頬を膨らませた。
 「姉ちゃん、強いからオレの本丸じゃ全然勝てないし。
 なのにまだ新しいやつ来てないから、ちょっと自慢したかっ・・・・・・ごめんなさい」
 文香に睨まれて、豪は怯えたように頭を下げる。
 「あたしはっ!
 あんたと違って努力してるの!!
 あんたが虫なんか採って遊んでる間も、ずっと戦って・・・寝る間も惜しんでるの!強いのは当然なの!!
 パパよりもずっと強くなったのに・・・なんでよ!!
 ここまでしてるのに、なんであんたばっかり!!
 遊んでるくせに!
 全然強くないくせに!!」
 「主、落ち着いてください」
 遠征終了の報告に来た数珠丸が、穏やかな声をかける。
 「あなたは本当によく頑張っておられます。
 それは、あなたの戦績が証明している。
 誰も、あなたの努力を否定したりはしませんよ」
 激しく上下する肩をそっと撫でてやると、徐々に落ち着いてくる。
 途端、ボロボロと涙が溢れて、文香は眼鏡を外した。
 「あたしは・・・っ!
 期待に応えたくて、がんばって・・・!」
 誰の、とは問わずに、数珠丸はそっと細い体を抱き寄せる。
 「学校じゃ、ゴリラなんて嗤われて・・・!
 なのに政府からも・・・戦況が不利なのは私達の怠慢だって・・・!!
 でも!本丸を強くするのはあたしの役目だからっ・・・!」
 「えぇ、本当に優秀な審神者ですよ。
 演練の先輩方も、あなたのことはよく褒めていらっしゃいます」
 しゃくりあげる文香の背を撫でてやりながら、数珠丸は陸奥守へ苦笑を向けた。
 「まっこと!
 うちの主がすまんかったぜよ!!
 許しとうせ!!」
 深々と頭を下げた陸奥守に倣って、豪も自分の膝小僧を見つめる。
 「詫びに、うちの小豆が作った菓子を持ってくるぜよ!
 まっことすまんかったにゃあ」
 何度も謝る彼に頷いた数珠丸は、腕の中の主へと屈み込んだ。
 「落ち着いたら、菓子を頂きましょうね。
 少し休まれますか?」
 ややして、首を振る彼女に頷く。
 「承知しました。
 火車切、鍛刀をお願いします。
 では陸奥守、後ほど」
 数珠丸の言葉に大きくうなずいた陸奥守は、もう一度詫びてから豪を連れて退出した。
 「では主。
 最初から、資源を使い果たす覚悟はできていたのでしょう?
 思い切って使ってしまいなさい。
 資源なんて、また貯めればよいのです。
 主のためでしたら、私達は粉骨砕身いたしますよ」
 「・・・それ、禅宗でしょ。
 日蓮宗でも言うの?」
 泣いてしまったことが恥ずかしいのか、意地悪を言う文香の背を、数珠丸は笑って叩く。
 「勘のいい子は・・・ですよ?」


 「まぁ・・・資源は使い果たしたけど、来たならいいじゃないの」
 「そういうあなたは、毎回グロ画像をSNSに載せるわよね?資源0なんて初めて見たわ」
 その日の演練で、先輩審神者達に相談した文香に、彼女らは楽しげに笑った。
 「キリがよかったのよ。
 最終的には200くらい余ったから、大成功ね。
 また遠征と戦闘頑張ればいいの」
 演練では同じレベルの審神者達と対戦するため、本丸運営のことではすんなりと話が通じる。
 「それに、学校でゴリラ呼ばわりされてるってことね。
 私、初めて言われた時、驚いたわ。
 随分と失礼なこと言うのねって」
 「あぁ、それ私も思ったわぁ・・・こんな戦闘狂の脳筋野蛮人をゴリラなんて、失礼すぎるでしょ。
 彼らは社交的で理知的な紳士淑女よ」
 大笑いする二人に、文香もつられて笑った。
 と、彼女らが連れた男士達が、呆れたようにため息をつき、あるいは首を振る。
 「主くん・・・それは自慢なのかい?」
 「打撃クマ並みの長船派の祖には言われたくないわぁ、みっちゃん」
 「でも、ゴリラなんてむしろ誉め言葉よねぇ。
 だって、社交的で理知的な森の賢者って言われてるんでしょ、私たち?」
 「いや、君は霊長類の分類としては、戦闘狂の脳筋野蛮人だと思うよ」
 微笑みながら、ずばりと言う南海に、審神者は肩をすくめた。
 しかし文香の蛍丸は、
 「主さんは頑張ってるよ。
 他の奴が何と言おうと、俺はわかってるからさ」
 にこりと微笑んで言う。
 「ほた・・・ありがとう!」
 ぎゅっと蛍丸を抱きしめる文香を、審神者達はにこにこと眺める。
 「あぁ、でも・・・政府には、反乱起こしてやろうかとは思ったわね」
 すっと、目を細めた彼女に、もう一人も頷いた。
 「敵が減らないのを、私たちの怠慢だって言ったことでしょ。
 審神者が全員、私たちくらい強ければ、1年で滅ぼしたわよねーえ!」
  苛立たしげに扇子でテーブルを叩く手を、彼女の後家兼光がそっと取る。
 「わかるよー。
 政府の、対敵戦力分析が不足してたんだよね。
 だからさ?」
 意地悪く笑って、声を潜めた。
 「苦情、書いてあげよっか?
 10mくらいでいい?」
 と、問われた審神者だけでなく、皆が名案だと手を打つ。
 「早速、審神者のSNSで拡散しましょ。
 全本丸のごっちんに、政府への苦情書いてもらいましょ」
 「反乱起こされるよりマシでしょ」
 楽しげに笑う審神者へ、肥前が声をかけた。
 「新しい奴が来たぜ。
 ・・・まだレベル低いな」
 珍しい、と、首を傾げる肥前に、彼の主は首を振る。
 「成城石井さんじゃないの。
 騙されちゃだめよ、単に2振り目か3振り目のレベリングしてるだけだから」
 もう一人もうなずき、立ち上がった文香へ声をかけた。
 「カンストしてる大太刀を護衛にしているから、気を付けてね」
 もちろんわかっていると、文香はうなずく。
 「行ってきます」
 来た時よりも晴れやかな気持ちで、文香はマッチングした相手と対峙した。


 文香が本丸に戻ると、今日の近侍である石切丸が迎えてくれた。
 「おや、ご機嫌が直ったようでよかった。
 今日は誰と対戦したんだい?」
 「成城石井さん。
 その前に、立つんだ城の力石さんと、ビュッテヒュッケ城の水滸さんと対戦して、話を聞いてもらった」
 「・・・名前を変えられるからって、好き放題だね」
 呆れたように首を振る彼に、文香はうなずく。
 「一隊だけいる、レベル低い隊が可哀そうだった」
 五戦中、一勝は保証するためか、高レベルの演練に一隊だけ、練度の低い本丸が混じる。
 豪に聞いたところによると、練度の低い演練では、逆に一隊だけ、高レベルの本丸が混じるそうだ。
 文香と荒熊の本丸は以前、このシステムによって対戦した。
 あっさりと敗北した彼が文香を先輩と呼ぶようになったのはこの時からで、彼が母と同じ会社の社員と知ったのは、もう少し後の事だった。
 「あぁそうだ、くまくま城のテディさんから、昨夜のお礼の品が届いているよ。
 後でいただくといい。
 でもその前に・・・」
 と、石切丸は大きな手を打った。
 「主、失礼します。
 来週の政府式典用のお着物を用意しました。
 どれになさいますか?」
 着物と帯、小物類を色違いで数種ずつ、衣装箱に入れて持って来た篭手切江が、広げた衣装敷の上に丁寧に並べる。
 「まだ寒いので、暖かい色味にしましょうか。
 逆に、雪のような冬の装いにしますか?
 どちらがお好みでしょう?」
 文香が傍らの石切丸を見上げると、頷いた彼はとろりと冷たい繻子の着物を両手に抱える。
 「主は肌が白いから、この花浅葱の地に百花模様の友禅がいいだろう。
 帯は・・・白地に吉祥柄なら、友禅にも合うよね?
 帯揚げは花に合う若草・・・いや、着物と帯が明るい色だから、萌黄色だね。
 篭手切、萌黄色はないかな?」
 「はい、ご用意しています。
 ですが主はきれいなブルーベースですから、すっきり明るい色がお似合いです。
 まだお若いですし、ここは萌黄で落ち着くより、山吹色か鴇色(ときいろ)で華やかにされてはどうでしょうか。
 伊達衿は、帯揚げが山吹なら鴇色、鴇色なら山吹で」
 「あぁ、それはいい。
 帯締めは悩むねぇ・・・。
 あまり合いすぎると地味だし、かと言って突飛すぎても浮いてしまう。
 可愛らしい帯留がいいかな?」
 「そうですね・・・帯揚げで工夫したいので、帯締めにはあまり飾りをつけたくないんですよね。
 主はロリ系よりも古風がお好みですし」
 首をひねって悩む篭手切にうなずいた文香は、自身の端末で衣装敷に並べられた着物や帯の写真を撮った。
 「ママが何か持ってると思うから、夕飯の時に聞いてくる」
 「あぁ、では・・・」
 と、篭手切も自身の端末を取り出す。
 「あちらの歌仙へ連絡しておきます。
 彼なら、奥方様の衣装も知っていますから、いい組み合わせを見つけるでしょう」
 こくりと、浅くうなずいた文香を、石切丸が優しいまなざしで見降ろした。
 「いっておいで」


 本家で食卓を囲みながら、文香が写真を見せると、配膳の歌仙がにこりと笑みを浮かべた。
 「姫の篭手切からも連絡があったからね、承知しているよ。
 着物は花浅葱の友禅に西陣の吉祥柄か。
 石切丸らしい、堅実な選択だね。
 この着物は姫の十三参り用に仕立てたものだし、帯も成人式まで使えるように選んだものだからね。
 正式な式典にはふさわしいだろう。
 帯揚げは山吹か鴇色(ときいろ)がいいと、篭手切から写真が送られてきたよ。
 姫は愛らしいから、鴇色(ときいろ)の絞り染めがいいと思う。
 花の刺繡が入っているから、それが表になるように篭手切に・・・とは、言うまでもないか。
 伊達衿は山吹にするように言っておくよ。
 白い半襟に映えて、肌が更に明るく見えるだろう。
 そして帯締めだね。
 篭手切が工夫したいというのは、帯揚げで花飾りでも作るのかな。
 だったら飾りは少ない方が、というのもわかるのだけど、それは東の発想だね。
 京風に行くなら、むしろ華やかな方がいい。
 奥方、確か玉飾りがついた、組紐の帯締めがあったよね。
 あれは鴇色だったかな?」
 「ぴ・・・ピンクかな?」
 「うん、鴇色だね」
 和服にはあまり詳しくない奥方に笑顔で言って、歌仙は文香へ目線を戻す。
 「姫も、大きくなったねぇ・・・今年の春にはもう、十三参りだものね」
 目を和ませ、とろりと笑う歌仙にうなずいた文香が、頬を染めた。
 「歌仙!オレには?!」
 「若にももちろん、用意してもらっているよ。
 男の子用の着物なら、男士たちはみんな詳しいからね。
 当日はかっこよくしてもらえるはずさ」
 言うと、豪は椅子の上で嬉しげに跳ねる。
 「あのぅ・・・歌仙ちゃん、私の分もお願いしているのだけどー」
 忘れられてはいないかと、不安そうな奥方へも、歌仙は笑みを向けた。
 「もちろん、奥方の分は僕と古今が、ちゃんと用意しているよ。
 奥方も肌が白いから、淡い梔子色(くちなしいろ)の地に、梅を散らしたものにしたよ。
 裾は手描きの松竹梅を金糸で彩っているから、一月の式典にはふさわしいだろう?
 帯は白地に金糸の有職文様を用意していたんだが・・・姫が白地に吉祥柄なら、かぶってしまうね。
 母娘だからそれもいいけれど、今回は臙脂の地に金糸銀糸で唐草を織った西陣にしようか。
 臙脂だけど銀糸が多いから、帯揚げも臙脂で合わせるか。
 刺繍が入ったちりめんの帯揚げと、帯締めは金糸の平織にすれば、正式な場にふさわしいだろうよ」
 どうだろう、と改めて奥方を見やると、
 「いけませんね、地味ですよ」
 「わっ?!」
 「古今・・・いつの間に」
 奥方と歌仙の間に、いつの間にかいた古今が首を振る。
 「失礼ですねぇ。
 姫が着物の相談をしていると聞いて、わざわざ来てあげましたのに」
 と、古今は頬に手を当て、小首をかしげた。
 「あなたときたら、わびだのさびだの言っているからそんな地味なものを選ぶのですよ」
 ふぅ、とため息をついて、古今はまじまじと奥方を見つめる。
 「奥方は髪色が明るいのですから、淡い梔子色の着物を選ぶなら、帯は金であるべきです。
 帯揚げは薄藤のちりめん、刺繍など入れなくてよろしい。
 帯締めは白に金糸の平織り、伊達衿はなくて結構。
 半襟は白で、多めに出しますよ。その方が品がよい。
 いかがです?」
 得意顔の古今の隣で、歌仙がわかりやすくむくれた。
 「あ・・・ありがとう、古今さん。
 私だったらクリーム色の帯に白い帯揚げにしてたなー」
 場を和ませるつもりで言ったものの、二振りからものすごい目で睨まれた。
 「なんだいそれは、白装束でも着るつもりかい?」
 「ワンピースではあるまいし、せっかくの合わせる楽しみを失くすおつもりですか?」
 和服は色合わせてこそ!と迫る二振りに彼女は無言で何度もうなずく。
 「で・・・でも、近頃の流行だって・・・いや、すみません・・・!」
 ささやかな抵抗は、深々とため息をつく古今の前にあっけなく消えた。
 「・・・写真うつりのことを考えてくださいな、奥方。
 近頃は美肌効果だのなんだのと、補正で影を飛ばすのでしょう?
 そんな合わせ方では、あっという間に白装束ですよ」
 「集合写真を見て後悔することになるよ」
 「はい・・・」
 二振りに任せる、と白旗をあげた奥方を、この本丸の主は羨ましそうに見る。
 「いいなぁ女子は。
 俺なんか、文香のお宮参りの時に仕立てた紋付袴でいいだろう、って放置なのに。
 もっと、なんとかの着物とかなんとかの織とか言ってよ」
 言うと、歌仙はつまらなそうに鼻を鳴らした。
 「きみのは羽二重の着物に仙台平の袴、帯は博多織だよ。
 どれも最上級の品で揃えさせてもらった。
 他に何か?」
 「そもそも、女性の着物は財産なのですよ」
 奥方と文香の肩に手を置いて、古今が微笑む。
 「男の道楽はすぐに消えるが女の道楽は三代残ると言います。
 奥方と姫にいいものを揃えることは、決して無駄遣いではないのですよ」
 「いいかい、奥方、姫」
 と、しかつめらしい顔をした歌仙が、古今を押しのけて二人の間に入った。
 「城に何かあったら、良い着物を下に着て逃げるんだ。
 そうすれば、逃亡先で困らないからね」
 「いつの時代の話だよ・・・」
 呆れる主に、古今が微笑む。
 「そうですね、今は落城の心配はそうありませんね。
 なにしろ、姫がおいでですから」
 言って、古今は誇らしげに文香を見つめた。
 「お小さかった姫が、立派な審神者になられて、わたくしも誇らしいですよ」
 頬を染めて頷く文香の隣で、豪は頬を膨らませる。
 「オレはー?」
 「若も、いずれ姉上のような立派な審神者におなりですとも。
 ですから主・・・」
 「あぁ、主」
 二振りからじろりと睨まれて、茶を吹きそうになった。
 「拡充は・・・ちゃんと走り切ってくださいね?」
 「はひ・・・!」
 寝る間もなさそうだと、彼は怯えた目で頷いた。


 翌週、1月14日。
 政府の式典には、各国の審神者が集っていた。
 「あぁ、姫。
 今日は一段と愛らしいねぇ。
 篭手切が随分と頑張ってくれたようだ」
 両親と一緒にいた歌仙に手放しで褒められ、文香は頬を染めた。
 「髪も・・・清光と乱ががんばってくれて・・・・・・」
 俯いた目線の先へ、歌仙が白い手袋をはめた手を差し伸べる。
 今日の彼はいつもの和装ではなく、凛々しくも華やかな祝装姿だった。
 その手が、柔らかく文香の顎に触れる。
 「もっとよく見せてくれないか。
 ・・・うん、やっぱり姫は、眼鏡がない方が愛らしい。
 薄化粧も、姫のきれいな肌に映えてきれいだね」
 間近で歌仙の顔を見てしまい、真っ赤になった文香が何も言えずにいると、
 「おいおい、うちの主を誘惑しないでくれよー」
 と、暢気な声がかかった。
 式典に御伴の男士は一振りのみ、本体の持ち込みは禁ず、という制約があるため、ほとんどが大太刀や槍、薙刀などの大柄な男士を連れている。
 文香もまた、今日の御伴を御手杵に依頼していた。
 祝装姿の彼は、普段の地味な様相とは打って変わって、見栄えのする美丈夫だ。
 「うわー!
 御手杵くん、カッコイイねー!
 うちの御手杵くんにも祝装着てもらおうかな!」
 思わず声をあげると、歌仙が渋い顔をした。
 「奥方、声が大きいよ。
 はしたないと思われたくなければ、少し控えてくれ」
 「ご・・・ごめんなさい」
 両手で口を覆った彼女に、文香の御手杵がにこりと笑いかけた。
 「そう言ってもらえてうれしいぜ!
 最初は太郎太刀の予定だったんだが・・・次郎が、自分が行きたいって暴れちまってさー。
 なだめ役に残る事になって、俺が抜擢されたってわけ」
 自身を指して笑う御手杵を見上げ、文香がうなずく。
 「次郎なんか連れてきたら、お酒に夢中で放置されるもん」
 そう言ってむくれる文香に、豪を腕に抱えた大包平が何度もうなずいた。
 「主をお守りするのが俺達の役目だ!
 放置など言語道断だぞ!」
 と、彼の大声に振り返った若い審神者が、手を振って寄って来る。
 「文香じゃん!
 来てたんだー!
 てっきり、式典なんか放って戦場にいるんだと思ってたよ」
 ムッと、眉根を寄せる文香に、屈み込んだ御手杵が頬を寄せた。
 「誰だ?」
 「・・・クラスメイト。本丸育ちの子」
 「ふーん」
 文香の様子から、あまり好ましくない相手だと察した御手杵が、彼女へ笑みを向ける。
 「戦場にはもちろん、第一部隊が行ってるぜ?
 主の命がなくても動ける程度には強ぇからさ、俺ら」
 「あはは!
 さすがゴリラ!
 うちとは違うね!」
 意地の悪い言い方に、ムッとした文香の代わりに声をあげたのは、しかし、御手杵や家族の男士ではなかった。
 「こーら、主。おやめ」
 暢気な声で、髭切が割って入る。
 「ごめんね、他の本丸の。
 うちの主、あんまり戦に熱心じゃなくてね。
 まだ全然弱いんだよー」
 「ちょ・・・髭切!」
 余計なことを言うなと、焦る彼女の肩を抱き寄せた髭切は、耳元へ囁いた。
 「他人に嫉妬とか、よくないよ。鬼になっちゃうからね。
 もっと大らかに、ゆったり過ごそう。ね?」
 「嫉妬なんかじゃ・・・!」
 俯いて口ごもる彼女の、真っ赤になった顔を、髭切は更に覗き込む。
 「そぉ?
 うちにはこの御手杵みたいな、極めた上に戦力最大限の刀、まだいないじゃない」
 小首をかしげた髭切は、更に彼の主を抱き寄せた。
 「彼女みたいに強くなりたければ、もーっと頑張らないとね?
 頑張ってないのに嫌味なんか言ってたら、いやな奴って思われちゃうよ?」
 ねぇ?と呼びかけると、文香の代わりに豪と彼の大包平が頷く。
 「オレもがんばる!そんで、姉ちゃん倒す!」
 「それにはまず、姉上のレベルまで上がらなくてはな、主!」
 二人の大声に、文香は詰めていた息を吐いた。
 「・・・やれるもんならやって見なよ」
 「は?!」
 思わず声を荒らげると、髭切が笑って口を塞ぐ。
 「はいはい、今日は僕達の負けー。
 先に手を出したのは主なんだから、怒る筋合いじゃないでしょ。
 代わりに敵を斬りに行こう!
 気が晴れるし、楽しいよ?」
 言うや、主を横抱きにした髭切が、ごめんね、と言い残して去って行った。
 と、歌仙がくすくすと笑い出す。
 「素晴らしい気丈さだよ、姫。
 さすが、僕達が大切にお育て申し上げただけのことはある」
 自慢げに言う彼に、文香は大きくうなずいた。
 「これからも・・・歌仙の自慢になれるようにする」
 「文香も豪も、とっくにパパとママの自慢だぞ!」
 うんうん、と頷いた本家の主が、きょろきょろと会場を見回した。
 「ところで、いつもお世話になっているって言う高位の審神者はどの人達かな?
 パパ達じゃ無理な本丸運営の相談に乗ってくれてるんだろう?」
 ご挨拶しなきゃ、という父に頷き、文香も会場を見回す。
 と、会場の前方に、歓談中の三人を見つけた。
 「姉さん達!
 あの・・・」
 「姫、こういう時は、『皆様、ご歓談中に失礼いたします』と言うのだよ」
 大声をあげた文香に歌仙がそっと耳打ちする。
 「み・・・皆様、ご歓談中に失礼いたします」
 いつもは気さくに話す三人へ、恥ずかしげに声をかけると、彼女達は笑って歩み寄ってきた。
 「ご挨拶が遅れまして。
 私、この子の・・・えっと、審神者名なんだったっけ。
 ともかく、この子の父です。
 いつも本丸運営のことで相談に乗っていただいて、ありがとうございます」
 両親ともに深々と頭を下げると、三人は笑って首を振る。
 「はじめまして、お父上。
 立つんだ城の力石です
 纐纈(こうけつ)城の綾瑚(あやこ)さんとは、よく手合せしていただいています」
 姿勢よく会釈した彼女に戸惑う両親へ、御伴の三日月が苦笑した。
 「あぁ・・・言いたいことはわかるぞ、よその主殿。
 主、やはり城名と名を元に戻した方がよいのではないか?」
 「えぇー?気に入っているのにー」
 「面白い方が演練でウケるものね。
 はじめまして、成城石井です
 「店舗から苦情が来る前に、変えた方がいいと思うけどね・・・」
 呆れ顔で首を振る山姥切長義に、
 「僕はもう諦めたよ・・・」
 と、三人目の御伴である燭台切が苦笑した。
 「こんにちは、ビュッテヒュッケ城の水滸です。
 ご両親くらいのお年なら、元ネタご存じかしら?」
 華やかな笑い声とふざけた名前に、視線を寄越した政府の職員たちが、慌てて目を逸らす。
 そのことには気づかず、両親は感心したように頷いた。
 「纐纈なんて、難しい名前を知っているねぇ」
 「すごいわねぇ」
 と、その傍らで豪を抱えた大包平が肩をすくめる。
 「雅な上に画数が多い名を字引で探したんだろう。
 中二病と言う奴だな」
 「姉ちゃん、中二病!」
 「うるさいな!」
 図星を指されて真っ赤になった文香に、大人たちは和やかな笑みを浮かべた。
 「誰もが通る道よねぇ」
 「黒歴史ってやつね」
 「それを超えて、大人になるのよ」
 「姉さん達もうるさいよ!!」
 「これ、姫。
 失礼なことを言うものじゃないよ。
 僕が大切にお育てした姫なのだから、たおやかにしておいで」
 歌仙が穏やかに声をかけると、高位の審神者達は目を丸くして、一斉に自身の扇子を開いた。
 「これが子育てした歌仙・・・!」
 「ふわふわ歌仙ちゃん、初めて見たわ・・・!」
 「まさか実在するなんて・・・!」
 扇の裏でこそこそと話す主たちを、御伴の男士がそれぞれに引き寄せる。
 「主、式典が始まるようだ」
 「そろそろ席につかないと、進行の邪魔になってしまうよ」
 「さ、主くん?僕にエスコートさせて?」
 促された三人は、文香たち家族に再度会釈して、自分の席へと戻って行った。
 「じゃあ、みんな行こうか」
 父の声かけに、文香たちも用意された席に向かう。
 コンサートホールのような会場で、席順は前方から着任日の古い順となっているため、慣れない着物の裾を踏まないよう、苦労して階段を下りる文香を御手杵が抱き上げた。
 「俺に任せな、ひーめ?」
 「・・・姫って呼ぶな」
 むくれた文香に笑って、御手杵は軽やかに階段を降り、彼女の席に下ろす。
 「ほら、深く座って大丈夫だぜ。
 篭手切が、後ろにもたれても大丈夫な帯型にしたって言ってただろ?
 万が一折れても、俺が直してやるよ」
 「ん・・・」
 意外と器用な彼を連れて来たのは正解だったかもしれないと、感心する間に式典が始まった。
 開会の挨拶から始まり、代表者の挨拶、貴賓の挨拶と、眠くなる話が続いて、豪どころか大包平までがうとうとと舟を漕いでいる。
 が、内容が戦況報告と分析に入った途端、会場の空気が一変した。
 「――――・・・と、未だ戦況は不利な状態が続いており、審神者の皆様におかれましては益々の努力・・・を?!」
 最前列に座る審神者達の目に気づいた進行役の声が、怯えたように裏返る。
 「ご・・・ご意見があれば承ります・・・」
 言った途端、しまった、と顔を引きつらせた。
 「あ!あの!
 承る予定でしたが、今回はその・・・後日、アンケートを取るということで・・・!」
 「戦況分析なら、こちらでも独自にやっております」
 被せるように声をあげて、力石が傍らの長義に合図する。
 頷いて立ち上がった彼は、銀色のタブレットを取り出し、指を滑らせた。
 「スクリーンをお貸し願おう」
 昔のIDを使って、政府サーバーの共有フォルダに入った彼は、タブレット上に表示したPDFを壇上のスクリーンに映し出す。
 「これは弊本丸の戦績だが、出陣数約二百万戦、敵一隊につき平均四体として、弊本丸だけで八百万体の敵を屠っている。
 弊本丸の所属する国に同程度の本丸が百あるとして八億。
 現在、二十一国が存在するため、総撃破数は約百六十八億だ。
 政府が示した敵数、八億四千万はとうに超えているが、未だ戦況が不利とは、どういうことかな?
 我が主だけでなく、多くの審神者が、詳細な説明を求めているが?」
 よりによって元政府刀である長義の、冷ややかな目で見つめられた進行役が、困惑げに代表者をみやった。
 と、気まずげに立ち上がった代表者が、押し付けられたマイクを渋々手にする。
 「・・・我々の戦況分析が甘かったことを認める。
 しかし・・・」
 「おや。
 ならば、戦況の不利を審神者の怠慢と言ったことは、詫びるべきではないかな?」
 静かな三日月の声に、会場中が頷いた。
 「あの時は主くん・・・いや、我が主がそれはそれはご立腹で。
 今にも反乱を起こそうとするのを必死に止めたんだよ?」
 金の炎が揺らめくような目を細め、口の端を曲げた光忠の肩を、水滸が扇子の先で叩く。
 「一介の審神者が、差し出がましいことを申しますが」
 すっと立ち上がった彼女に従って、光忠も立ち上がった。
 「敵の数などどうでもいい。
 降りかかる火の粉は払うまで。
 私達には、それができる力がある」
 光忠の腕に手を添えると、彼は誇らしげに微笑む。
 「ですがこちらの長義が示したように、戦況の不利を審神者の怠慢と断ずるのは頂けないわね」
 「だからそれは、戦況分析にも限界があって・・・!
 そもそも侵攻を止められないのは、戦力を持つあなた方のせいであるのは間違いないだろうに!」
 「は?
 よくもぬけぬけと」
 忌々しげに舌打ちして、石井が立ち上がった。
 「あなた、壇上で偉そうにしているけど、あたしたちと同等の実力を持つ審神者がここに、何人いるとお思い?」
 「約十三億の敵を一年で滅ぼす鬼どもよ?」
 「あまり無礼だと機嫌を損ねて、反乱を起こすかもしれないわね?」
 マイクもなしによく通る声は会場中に響き、ざわめきは賛同の声となる。
 「・・・一介の審神者が生意気な!
 一本丸で八百万体もの敵を屠っているわけがないだろう!
 なんだ、ふざけた名前をして!!」
 途端、進行役が悲鳴を上げて代表者のマイクを取り上げた。
 「や・・・やめてください、あの方たち・・・!
 雷(いかずち)城の菊姫、猪苗代城の亀姫、そして白鷺城の刑部姫です!!」
 ぎょっとして声を失った代表者の顔が、みるみる青ざめる。
 その様に、力石・・・いや、雷城の菊姫が笑って肩をすくめた。
 「あらやだ、いい年して姫なんて。
 皆が勝手にそう呼んでるだけで、三婆で結構よ」
 「えぇ、鬼婆が老婆心ながら忠告するわぁ」
 猪苗代城の亀姫が見遣った白鷺城の刑部姫が、笑って頷いた。
 「今度また、余計なことを言って、雛たちの心を折ってごらん。
 ババァ共が黙っちゃいないわよ?」
 蛇に睨まれた蛙のように、汗顔を伏せた代表者の姿に、豪が歓声を上げる。
 「おばちゃん達カッコいい!」
 その声に、文香は慌てて拍手の手を止めた。
 「おば・・・小学生に言われると、ちょっと傷つくわね」
 振り返った菊姫に、亀姫も苦笑する。
 「婆は自称だから耐えられるのよ。大声で言うのはやめて頂戴」
 「姉さん達、弟がすみません・・・!」
 文香以上に平身低頭の両親へ、刑部姫が大仰に一礼した。
 「雛たちが立派な守護リラになれるように、このシン・ゴリラが道を斬り開くわよ」
 お任せあれ、と笑う三姫へ、会場中から惜しみない拍手が寄せられた。


 ―――― 政府の予定とは真逆の方向で盛り上がった式典から月をまたいで。
 文香はまた、夜の繁華街にいた。
 「三姫の追及、凄かったですねぇ!
 あんな人達と演練してるなんて、やっぱり先輩はすごいな!」
 「いえ・・・後進のことまで考えている姉さん達と違って、私は自分の事ばかりで・・・」
 首を振る文香以上に、荒熊は首を振った。
 「こうやって俺の指導をしてくれてるじゃないですか!
 先輩も今、後進を育ててますよ!」
 「あ・・・そっか・・・・・・」
 母に頼まれた指導役だが、少しはあの人達に近づけているのかと思うと、誇らしい気持ちになる。
 「では・・・私も、荒熊さんを立派な守護リラにするよう、努力します」
 「はい!
 ご指導、お願い致します!」
 夜の建設現場に響く彼の声に誘われたか、空間が歪んだ。
 「来ますよ」
 「はい!
 むっちゃん!!」
 荒熊の審神者証が光を放ち、極めた姿の陸奥守吉行が現れる。
 「そら!戦のはじまりじゃあ!」
 彼に続き、やはり極めた同田貫、長曽祢、村正、山伏、そして博多藤四郎が続いた。
 「暗くて狭い場所でも戦えるメンツで揃えました!
 もう負けませんよ!!」
 手出し無用!と気炎を吐く彼に、こくりとうなずく。
 「僕らの出番はないみたいだね、主」
 「良い事ですよ」
 姿を現さないまま、笑いを含んだ日向と太郎太刀の声に、文香はもう一度うなずいた。



 了




 










変わり種本丸の第三弾です。
本庄家、堀家は今回出てきませんでしたが、文香ちゃんのママンは本庄美子さんの大学の後輩です。
時間軸はこの話を更新した2025年から3年後、2028年の1月を想定しています。
ちなみに、この話の元ネタはタイッツーで私が、
『拙者、貧弱チビ地味少女審神者をナメ腐った時間遡行軍がバチボコに蹴散らされて実はシンゴリだったと思い知らされる展開大好き侍と申す!
筋肉ダルマ中年大男審神者に『先輩!』と呼ばれているとなおよし!』
と呟いたことから始まります。
歌仙は、文香ちゃんのポケットに入ってたとうらぶっちに憑依してました(笑)
その後、『小学生ダンスィ審神者』というタイーツで盛り上がり、この二人を姉弟にすることでできたお話でした。
ダンスィのタイーツに反応してくださったフォロワっさん達、ありがとうございます。
そして最後に弁明させてください。
ゴリラ呼ばわり、全然OKです!
むしろ、三婆が言うように、『社交的で温厚で理知的な森の賢者であられる紳士淑女のゴリラ様方に申し訳ない』と思ってます。
戦闘狂の脳筋野蛮人でいいんですよ、守護リラなんてw













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