~ 行きめぐり ~
夏、炎天下。 厳しい陽光を遮る影もない海辺での戦が、終わった。 戦闘部隊が本丸に戻ると、御座所では激怒する博多藤四郎の前で、正座した主がうな垂れていた。 「あいー! 博多、そんなに怒ってどうしたんだ?」 部屋の外まで響く怒号に慌てて、北谷菜切が駆け込むと、博多は愛用の大福帳を開いて突き出した。 「大阪城で儲けた小判ばえらかごと使ってからくさ、この主人は!! これから百鬼夜行もあるとに、どうすっとか!!」 「だって・・・笹貫が来なくてさ・・・」 小さな声で呟く主に、博多は更に激昂する。 「だってもなんもなかばい!! 今すぐ政府に談判して、大阪城のルートば開けてもらってきやい!!」 「はっはー! 馬鹿なことを言うんじゃないよ! そんな権限、一介のゴリラが持ってるわけないだろ!」 あまりにも無茶な要求に、主がいきなり開き直った。 「馬鹿は主人やろうが! なんかこの、250万個以上の夜光貝やら!どうするとや?! 食うにもえらかことかかろーもん!!」 「身は冷凍も燻製もできるし、出汁にしてもおいしいって言うから、そこは大丈夫だろ。 それに貝殻は、いつもみたいに桑名が肥料にするだろうし、工芸品として加工すれば、日本号と北谷の柄と鞘の補修に使えるじゃないか」 ねぇ?と目線を送られて、北谷はこくこくと頷く。 「他に拵が螺鈿の子、いただろうか? いなければ、拵を螺鈿にリニューアルしてもいいんじゃないか?」 「それはいいなー!きっと可愛いぞぉー!」 北谷と手を取り合って、きゃっきゃとのんきなことを言う主に舌打ちし、博多はそろばんを取り出した。 「あらかた肥料にしたら、工芸品でも作って売りさばくばい! 器用か連中に名前入りで作らせれば、もっと高値で売れるやろ! 使うた小判、取り返さんと!」 ―――― そんな、いつもの光景から約一月後のある日。 未だ苛烈な陽光が降り注ぐ中、城の搦手(からめて・裏門)が厳重に閉じられた。 その上、門扉には『関係者以外出入り禁止』と書かれた大きな紙が貼られていた。 「化学実験!ワクワクするねー♪」 長い袖をまくり上げて手袋をはめた大慶直胤が、門外に並べられた器と薬剤を前に、上機嫌で笑う。 と、 「実験じゃなく、実務だよ」 袖をたすきで上げた南海が、大きな耐酸性の容器を並べる肥前へ手を振った。 「肥前君、暑いだろうけど、手袋とゴーグルとマスクはしっかりとするんだよ」 「わかってるって」 南海に付き合わされることに慣れた肥前が、手伝いの御手杵を見遣る。 「悪ィな、先生につき合わせちまってよ。 薬剤、重いから頼むぜ」 「あぁ、このくらいならなんともねーよ」 ゴーグルに覆われた目を和ませて、御手杵は慎重に薬剤を容器に移した。 「では早速! ひぃ!ふぅ!みぃ! ざっばーん!!」 「これこれ、酸なのだから、慎重に扱いたまえよ」 夜光貝を投げ入れようとする大慶を南海が止める。 「はーい! わぁ!炭酸カルシウムがぶくぶく溶けてるー!」 加工しやすいように、大まかにカットされた夜光貝の石灰層がみるみる溶けていく様に、大慶が目を輝かせた。 「この一瞬で、どれだけ溶けたか見てみよー!」 と、伸ばした大慶の手を掴み、南海は困り顔を肥前へ向ける。 「この子・・・どうにかしてくれたまえ」 「先生がそんな顔すんの珍しいな」 いつもさせてる方なのに、と、肥前が失笑した。 南海はため息をつくと、肩越しに御手杵を見遣る。 「御手杵くん、悪いのだけど、この子が余計なことをしないように捕まえててくれないか」 「りょーかい」 南海から受け取った御手杵に、両手首を掴まれた大慶が、ぶらんと吊るされた。 「そーれ振り子の法則ゥー★」 「おとなしくしてろ!」 呆れる御手杵の傍らで、南海がため息をつく。 「もう帰してしまおうか」 「ごめんごめんー! おとなしくするからいさせてー」 体を揺らすのをやめて、大慶は興味津々と薬剤を満たした器を見つめた。 「すごい反応ー! こういうの、間近で見られて嬉しいよねー!」 しばらくして、もう悪さはしそうにない、と、御手杵が手を離してやった途端、大慶が容器に駆け寄る。 「そろそろ引き上げてもいいんじゃない?!」 弾む声をかけた南海は、しかし、首を振った。 「ダメだよ、これは半日以上置いてから引き上げるんだ。 もうしばらくしたら泡が吹き上がってくるから、収まったら板を渡して蓋をしよう。 今日は雨が降りそうにはないけれど、念のためにね」 「えー!今日は作業できないのー?」 「じっくりやるのも楽しいだろう?」 焦りは禁物、と言われて、大慶はあっさりと頷く。 「それもそうだねー。 ねぇ南海! 磨くのは手入れ部屋の研ぎ師たちがやってくれるって言ってたけど、俺もいくつか磨いていいよねー?」 「あぁ、好きにするといいよ」 「やった! お揃いのすとらっぷとか作りたいんだー!」 「お!いいな! 俺もなんか作るかなー」 乗り気になった御手杵が、肥前を見遣った。 「お前もなんか作るか?」 「うるせぇ。 俺は中身にしか興味ねぇよ」 吐き捨てると、南海が眉根を寄せる。 「えぇ・・・。 あれだけ食べたのに、まだ足りないのかい?」 250万個だよ?と唸る彼に、肥前は鼻を鳴らした。 「焼きと刺身と煮物は食ったけどよ、燭台切と歌仙が作ってた燻製とオイル漬けはまだ食ってねぇ」 「あーあれ! ぜってぇ美味いやつ!」 頷いた御手杵が、目尻を下げる。 「酒のあてによさそうだよなぁ!」 「しかも、色んな味のオイル漬け作ってたよねー! 俺も楽しみっ!」 揃ってよだれを垂らす三振りに、南海が苦笑する。 「250万じゃ足りなかったかな。 博多くんも、ここまで有効活用すれば、もう怒らないだろうね」 「うーん。 それはこれからの俺達次第ってとこがあるかもねー」 でも、と、大慶は握りこぶしを掲げた。 「せっかくいいもの思いついたんだし! 俺達ならできる! だって! 化学は最強ー!」 「あぁ、そうだね」 笑みを深くする南海に、肥前が肩をすくめる。 「ま、珍しく先生がまともに見えることだしな。 大慶のお守りは任せたぜ」 「りょーかい」 頷いた御手杵は、性懲りもなく手を伸ばそうとした大慶を小脇に抱えた。 翌日、大慶と肥前が、石灰層を溶かした夜光貝を手押し車に乗せて運んで行くと、本丸御殿の庭で待ち構えていた短刀達はあからさまに肩を落とした。 「あんなにあったのに・・・これだけになっちゃったの?」 しょんぼりと言う乱に、意気をくじかれた大慶が口をとがらせる。 「ほとんどは肥料にして、工芸品に加工できる部分だけをカットしたんだから、当然でしょー! 溶け残りを洗うのだって、大変だったんだからねー!」 「楽しそうにやってたじゃねーか」 付き合わされて迷惑そうな肥前へ、一期が苦笑しつつ歩み寄った。 「・・・弟が申し訳ありませんな、二振りとも。 南海と御手杵はまだ外ですかな?」 手伝いを、という彼に二振りは首を振る。 「使った酸を中和して廃棄する作業してるからー! まだ裏門は立入禁止だよ」 「力仕事は御手杵がいるから大丈夫だ。 器用だしな、あいつ」 それに、と、手押し車に山積みになった貝を指した。 「磨くのは、手入れ部屋の研ぎ師たちがやってくれるってよ。 最近、手入れがなくて暇なんだと」 「あぁ・・・金子のいる戦ばかりでしたからな」 博多が怒っている、と呟くと、周りの短刀達も一斉に首をすくめる。 「百鬼夜行でもだいぶ使っちまったからな」 「頭から湯気出てたぜ」 と、厚と薬研がこそこそと囁いた。 「手入れ部屋で磨いてもらったら、好きな形にカットしたり飾ったりしていいよー!」 大慶が、興味津々と手押し車に群がる短刀達へ言うと、秋田がわくわくと目を輝かせる。 「雲生さんが、ひこうきの形の根付を作りたいって言ってたんです! 僕も、お揃いで作りたいなぁっ!」 「ボクは携帯端末につけるストラップが欲しいなぁ! 難しいだろうけど、螺鈿で紋を作ってみたいの!」 「ヤァヤァ! 乱の紋は、彫るだけで難しそうですなぁ!」 「でも、楽しそう」 お供の狐と鳴狐が、頷き合った。 「鳴狐もやってみたいそうですよぅ! 皆で、様々作りたいですなぁ!」 「わかった! じゃー、磨いてもらったらまた持って来るねー! 俺も、博多に提案したい商品があるんだー!」 「え?なになに?」 「商売になりそうなもんか?」 気になった様子の信濃と後藤に、大慶はにんまりと笑う。 「こないだ、光の屈折を見たくってー! 宝石の研磨やカットにどれくらいの種類があるのか、動画を見てたらなにかの拍子に宝石以外の研磨も出てきたんだよねー。 何ができるんだろ、って見てたら、馬の首だった!」 「くっ・・・くび?!」 震え上がった五虎退の隣で、平野が『ああ』と手を打った。 「西洋将棋の駒ですか」 「確か、石でできたものもありましたね」 前田も応じると、大慶が嬉しそうに頷く。 「碁石もいいかなって思ったんだけど、せっかくなら、貝で将棋の駒を作るといいんじゃないかなーって! こんな工芸、あんまりないんじゃない? 将棋盤も、木だと傷ついちゃうから、折り畳み式のを貝で作って、コーティングしたら売れるかなって!」 その提案に、皆が目を輝かせた。 「それ!絶対きれい! ボクもその将棋セット欲しいなぁ!」 テンション上がる!とはしゃぐ乱に、一期一振も頷く。 「よい宝物になりそうですな」 「えっへっへー! でしょ? 駒の字は、天下五剣に書いてもらってぇー! その間、本体をじっくり見せてもらってぇ・・・えへへへへへへ!!」 自身の欲望を隠さない大慶に、皆が苦笑した。 「けどよ、確かに天下五剣が字を書いた駒で将棋を指すなんざ、贅沢だな」 顎をつまんで、目を輝かせる薬研の肩を、厚が抱く。 「やって見てぇなぁ! 本丸内で、勝ち抜き戦やろうぜ!」 「えー! 厚兄の一人勝ちじゃないですかー!」 「飛車角落ちでやってよねっ!」 頬を膨らませる秋田と乱には、思いっきり舌を出してやった。 「楽しみにしてくれて嬉しいなー! このために俺、貝を圧着する接着剤や、黄変しないコーティング剤の開発してたんだよねー!」 得意げに言えば、 「なんと! それは素晴らしいですなぁ!」 「すごいね」 と、お供の狐と鳴狐が大仰に感心してくれる。 と、 「おい。 いい加減、行くぜ」 さすがにしびれを切らした肥前が、大慶へ声をかけた。 「そーだね! じゃあみんな!またねー!」 手を振ると、手を振り返してくれる彼らに、大慶の顔が緩む。 「あぁん!粟田口、いいよねぇ! 青白いきれいな肌に、個性あふれる短刀達! 博多に太いパイプ作ったら、みんなの本体を好きなだけ見せてもらえるかなぁー!」 頬を染める大慶に、手押し車を並べた肥前が鼻を鳴らした。 「別に、交換条件なしでも見せてくれるだろ」 「えっ?!君も?!」 「うるせぇ。ジロジロみんな」 鬱陶しげに押し退けた肥前へ、大慶は口を尖らせる。 「君を懐柔するにはー! そうだ! 炭化する前のタンパク質とかどう?」 「なんだそれ」 「焼肉ー!」 「・・・食い放題ならいいぜ」 「やったー!約束ねー!」 はしゃいだ声を上げて、大慶は手入れ部屋へと貝を運んで行った。 「よか商売のあるてや?! 話ば聞こうか!!」 手入れ部屋で、研ぎ師相手に新開発の研磨剤を売り込んでいた大慶は、戸を蹴り破らんばかりの勢いで駆け付けた博多を、嬉しげに迎えた。 「兄弟に話を聞いたの? 君から来てくれるなんて、嬉しいなー!」 「・・・面白かもんもっとーね」 大慶が手にしたチューブへ鋭い視線を送る博多に、彼は嬉しげに頷く。 「さっすがー!お目が高ーい! 粒度が違う研磨剤各種だよ! 粗研ぎから仕上げまで全部任せて! 大慶印のコンパウンド!」 サンプルを試した小さな研ぎ師が満足げに頷くのを見て、博多の眼鏡が光った。 「こら、よか商品見つけたばい! うちの研ぎ師が納得するとやったら、どこの研ぎ師も欲しがろーや! 大慶、こら量産ができるとや?!」 「うーん。 量産は無理かなー? 本丸には化学薬品を扱える施設がないしー」 でも、と、目を光らせる。 「技術は売れるでしょー! 特許取って、政府に作らせるってどう?」 「そらよかな! 特許申請はこっちに任せんしゃい! 政府へのロビー活動もやっとくばい!」 「さっすがー! 機動力、本丸一だねぇ!」 胸を叩く博多へ、大慶が惜しみない拍手を送った。 「大慶こそ、長年の夜光貝問題が解決して、助かるばい! うちの主人は際限なく獲ってきんしゃーけん、肥料にしたのも売るほどあまっとったっちゃん!」 この本丸の審神者が、寝る間も惜しんで戦に没入する人間であることは、ここへ来て一年も経っていない大慶でもわかっている。 博多が大きなため息をつくのも、無理もないことだった。 「あはは! 今回はたまたまだよー。 本当に試したかったのは、コンパウンドとコーティングの方だしねー」 貝細工はついで、と言う彼に、博多は機嫌よく笑う。 「それも助かるばい! 主人は小判のあるしこ使いんしゃーけん、どっかで儲けださんといかんと思いよったっちゃん! 大慶、これからもよろしく頼むばい! あんたの考えたもん、俺が高ぅ売っちゃーけん!」 頼もしい言葉に、大慶も目を輝かせる。 「嬉しいなー! 考えて作るだけでも楽しいんだけど、役に立ってる実感って欲しいよねー!」 「そうばい! それが金になるとは、更に嬉しかねー!」 すっかり意気投合した二振りは、研ぎ師が新しい研磨剤を試す横で、延々と商売の話を続けた。 「それで、博多と仲良くなったのか」 呆れた口調の鬼丸の隣で、三日月が笑声を上げた。 「よきかなよきかな。 近頃、博多は随分と機嫌を悪くしていたからなぁ」 「私の手蹟などで機嫌が直るのでしたら、いくらでも協力致しますよ」 王将・玉将から歩まで、駒の形を描いた紙に筆を走らせつつ、数珠丸が微笑む。 「いかがですか、童子切殿。 小筆は苦手でいらっしゃいますか?」 「これは・・・どう使えばいいのか・・・」 まだ人の身にも慣れないうちに、天下五剣の集まる部屋へ連れこまれた童子切が、困惑げに呟いた。 「そうだな、まだ手先を使うことは難しいか」 俺もそうだった、と、大典太が頷く。 「・・・あぁ、はみ出してしまったな。 駒と言うのは、こんなに小さい物だったかな」 書き損じた紙をくしゃくしゃと丸めて、鬼丸が既にいっぱいになった屑籠へ放った。 「皆様、小筆に慣れるために、写経はいかがですか? 心が落ち着きますよ」 「おぉ!それはありがたい」 と、数珠丸の提案に乗り気なのは三日月だけで、他の三振りは無言で目を逸らす。 「では・・・古今殿をお呼びして、歌のご指南をしていただきますか。 古今和歌集の仮名序を書き写すだけでも、楽しそうですが」 「かなじょ・・・?」 遠い記憶に触れたのか、呟く童子切へ数珠丸が微笑んだ。 「古今殿にお借りしてはいかがでしょう。 御伽草子は、粟田のお子らが持っていたのではないかと。 他にも、天守の地下には書庫がありますから、心惹かれるものがあれば読んでみると良いでしょう」 「そう・・・だな・・・」 興味を惹かれたのか、天守の方角を見遣る童子切へ、鬼丸が鼻を鳴らす。 「どうにも調子が狂うな。 天下五剣が揃ってお習字とは、暢気なものだ」 なんとか駒の形には収めたものの、納得のいかない筆致に首を傾げ、またくしゃくしゃと丸めた。 「いい加減、嫌になって来たぞ」 放った紙が、屑籠に積まれた山を崩す。 「私は出来上がりましたよ」 と、数珠丸は几帳面に駒の形に収まった紙を差し出した。 「俺もだ。 数珠丸殿に、写経の手ほどきを受けていた甲斐があったな」 得意げに紙を差し出す三日月に舌打ちして、鬼丸は携帯端末を取り出す。 「誰に頼るんだ?」 何か策が、と期待する大典太に頷き、鬼丸は元気に返事をする相手にうんざりとした声で事情を話した。 「―――― という訳でな、このままじゃ埒が明かん。 お前、前に・・・」 と、以前、ちらりと見た事がこれにもできないかと相談すると、相手は明るい声で『すぐに行くね!』と答える。 間もなくして、彼らが集まる部屋の襖が開いた。 「お待たせー!」 乱の登場に、大典太までもが希望を見出す。 「おや、乱が代わりに書いてくれるのか?」 「違うよ!」 にこやかな三日月に首を振って、乱は『じゃあん!』と、自身の携帯端末を差し出した。 「端末なら・・・皆、持っているが?」 不思議そうな大典太へ、乱は不敵な笑声を上げる。 「使うのはカメラ機能だよ! 鬼丸さん、うまく書けたのはあるの?」 「・・・これからだ」 書き損じの山を背に隠そうとしたものの、失敗して乱に笑われた。 「せっかくだから、コツを教えるね! 駒の大きさに合わせるのが難しいんなら、角度だけ気を付けて、好きな大きさで書いてみて!」 「はみだすのでは・・・?」 それで失敗を続けている、と、困惑げな童子切に、乱は『気にしないで!』と首を振る。 「書いたのを写真に撮って、縮小してから印刷すればいいから! あ、縮小しても文字が潰れないように気をつけてね!」 とは言われても、なにに気を付ければいいのかもわからないまま、とりあえずは駒の大きさを考えず、童子切は見本通りに駒の名前を書いて行った。 「・・・上手くは・・・ないが・・・」 「大丈夫大丈夫!」 自信無げな童子切に明るく言って、乱は何枚も写真を撮る。 「三日月さんと数珠丸さんのも、最初は薄紙に印刷して、駒の形に切った貝に貼ってから彫っていくんだって。 だから、こういうのでもいいんだよ!」 「・・・最初からお前に頼めばよかったな」 なんとか満足の行く筆致となった紙を、鬼丸が差し出した。 「しかし、よくこんなことを思いついたな」 感心する大典太に、乱は得意げに胸を張る。 「ボクたち先に、大慶さんに磨いた貝をもらって、アクセサリーを作ったんだ!」 これ!と、乱は自身の端末に提げたストラップを見せた。 虹色の貝には、乱藤四郎の華やかな紋が彫ってある。 「おや・・・これをご自身で。 器用なのですね」 数珠丸にまで褒められて、乱はますます鼻を高くした。 「思いついたのは後藤なんだけどね! 自分の紋を写真に撮ってから、好きな大きさに縮小したのを印刷して、貝に貼ってから彫ったの! 初めてだけど、うまく行ったよ!」 よほど気に入ったのか、ほおずりする乱に数珠丸も微笑む。 「という訳で!」 と、大典太の差し出した紙も撮り終えた乱が立ち上がった。 「後藤にデータを渡して終わりだよ! ご苦労様でした!」 「ようやく終わったか・・・」 疲れた、とため息をつく鬼丸を、童子切がちらりと見遣る。 「なんだ?」 意図せず強い口調になってしまい、目を逸らされてしまった。 「・・・天下五剣の字に価値があると・・・やらされたが、今のわたしの字に価値はあるのだろうか・・・」 呟くような声には、乱が真っ先に気炎を上げる。 「もちろんだよ! 剥落一枚目の今が、むしろ価値があるんだよ! 元に戻っちゃったら、今の童子切さんには会えなくなるんだからね!」 機先を制されてしまった数珠丸が、思わず吹き出した。 「乱の天真爛漫さは、悩みを払拭する力がありますね」 くすくすと笑う数珠丸の隣で、鬼丸が肩をすくめる。 「火を入れた玉子じゃあるまいし」 「熱中症の例えだな」 大典太の言い様に、くすくすと笑っていた三日月が、不意に表情を消した。 「・・・行きめぐり 逢ふを松浦の鏡には 誰をかけつつ 祈るとか知る」 「どういう意味だろう・・・?」 いぶかしげな童子切に、三日月はまた笑みを浮かべて首を振る。 「なに、戯言よ」 ―――― 後日、天下五剣の手蹟を売りにした、夜光貝製の将棋セットが発売された。 他の本丸でも、余った夜光貝を使って類似品を売り出そうとしたが、大慶直胤が開発した研磨剤とコーティング剤による高品質であること、また、当技術は特許出願中であることが博多藤四郎によって宣伝され、競合他本丸との違いを押し出している。 それゆえか、三日月セット、数珠丸セットなどの個々ではなく、天下五剣セットとして、五振り分購入する層も多かった。 「・・・ついででも、わたしのものが売れてよかった」 売れ行きが好調であるとの報告を聞いた童子切は、ほっと吐息する。 「いいや! 個々セットでは、お前の物が一番売れているそうだぞ!」 励ますというよりは、鼓舞するような大音声にも慣れた童子切が、小さく頷いた。 「今が旬と言うやつだな」 笑って耳栓を外した鶯丸が、童子切の背を叩く。 「祝いに旬の茶菓子でも用意しよう。 大包平、買って来い」 「なぜ俺が!」 「お前が行かないなら、信房と八丁に行かせるぞ」 言うと、やや離れた場所にいた二振りは喜んで立ち上がった。 「やっりー!ウグチャンの奢りー?」 「俺!ニューオープンの店知ってるよっ!」 シャインマスカットのミニパフェ、白桃のタルト、瀬戸内レモンのレアチーズケーキなど、意味不明な言葉を羅列する二振りを、大包平は押し退ける。 「こいつの祝いなら、俺が選ぶに決まっているだろう!!」 「えー!俺が選んでいいじゃん!」 「大包平の兄さん、店の場所わかんないでしょー!俺も行くってばっ!」 「わたし・・・は・・・?」 なぜ、古備前の部屋にいるのだろうとは思ったが、騒々しくも楽しげな彼らの姿に、童子切は少し微笑んだ。 了 |