~ 10/31 ~





 毎月末日。
 人形が審神者を務めるこの本丸では、政府機関の専門職による『めんてなんす』が行われる。
 常であれば心置きなく送り出すものの、この月・・・十月だけは、様子が違っていた。
 「・・・またあの女史が、妙なことをするのではないか」
 珍しく苛立たしげに呟きながら、三日月は時空門が設置された奥の間をうろうろと歩き回る。
 そんな彼の様子を、これまた珍しい洋装の鶴丸が楽しげに笑いながら眺めていた。
 「今年はどんな面白いことになってるかねぇ」
 「面白がっている場合ではないぞ!」
 思わず声を荒らげると、鶴丸はまた、くすくすと笑いだす。
 「天下五剣の三日月宗近ともあろうものが、大した狼狽ぶりだぜ!
 こんな面白いもの、見逃すわけにはいかないよな!」
 床に胡坐をかき、膝の上に頬杖をついた彼は、時空門の中で減って行く数字を目で追った。
 「三、二、一・・・お帰り、沙那坊!」
 もはや鶴丸のことなど放って時空門を凝視していた三日月が、気づかわしげに組んだ両手を解き、腕を広げる。
 「沙那子や・・・!」
 「じぃじー」
 とてとてと駆け寄って来た人形を抱き上げ、抱きしめた三日月が、怨嗟の声を上げた。
 「またもやあの女史か・・・!」
 地を這うような低い、怒りの声に、さすがの鶴丸も顔を引きつらせる。
 と、
 「違う。
 いつものあねさまは産休に入ったから、今日は別のあねさまだった」
 「ならば!!
 趣味が悪いにもほどがあろう!!」
 厳重抗議だ、と言いつつ三日月は、抱きしめた人形の頭を撫でることをやめない。
 「あぁ・・・可哀想に・・・!
 可愛い沙那子の半顔が髑髏に・・・!」
 「なんの似せ姿だい?」
 これはこれで可愛い、と、歩み寄った鶴丸に、沙那子は手にした牡丹灯籠を差し出した。
 「あぁ!牡丹灯籠の、正体を現した場面か!」
 更に歩み寄って和服の衿をめくると、頚椎から鎖骨、肋骨までが白くむき出しになっている。
 「体の左半分が骨のボディにされちゃった」
 音声は元々、気道からは発していない人形である沙那子は、いつもの声で平然と言った。
 「ははっ!
 偶然とはいえ、お揃いの姿になったな!」
 そう言って、鶴丸は額へ上げていた髑髏の面を被り、かぼちゃの灯篭を掲げる。
 「俺は西洋の骸骨かぼちゃ王だ!」
 くすくすと笑う彼に、沙那子も頷いた。
 「沙那子も鶴じいも、半分が骨なんだ。
 あねさまが、数珠丸にお坊さん役やってもらうといいよ、って」
 「高僧に対して無礼であるぞ!
 俺が直接苦情を・・・!」
 「待て待て待て」
 時空門をくぐろうとする三日月の服を、鶴丸が引いて止める。
 「どうせ、明日もう一度来いってことだろ?
 だったら今日は、新しい女史の就任挨拶に乗ってやろうじゃないか!」
 言うや、鶴丸は踵を返した。
 「みんな、準備して待ってるぜ!」


 ―――― 沙那子が戻る数時間前、本丸の一画では。
 「今日は、提案があるんだ」
 とりわけ華やかに飾り立てた部屋の豪華なソファに背を委ねた大般若が、優雅に微笑んだ。
 「今世において十月と言えば、南蛮の祭があるらしい」
 「はろいん、だっけ?」
 大般若と対面する椅子に座った日向が、手にした磁器のカップに向けて、息を吹きかける。
 「どうせ今年も、沙那子様が変わった姿になってるだろうから、みんなで一緒に楽しもう、ってことでしょ」
 にんまりと笑う彼に、大般若は微笑んだ。
 「さすがに日向は察しがいい。
 この時のために、衣装を誂えておいたんだ」
 傍らの小竜を見遣ると、彼は嬉しそうに目を輝かせる。
 「朝に届いてた荷物、それだったんだ!
 長船みんなで参加なら、いつも厨房でお菓子作りしてる小豆や謙信も誘えるね!
 なにより・・・」
 と、小竜はにんまりと笑った。
 「ずっと裏方やってる燭台切を引っ張り出せるよ!
 そうしたら、実休や福島もやってくれるでしょ?
 俺、光忠たちの本気の仮装、見たかったんだよねえ!」
 「前掛けした化け物たち?」
 ふん、と、鼻を鳴らす日向に大般若が笑い出す。
 「前掛けしてたって、うちの祖ならカッコイイさ。
 では、具体的な案だが・・・」
 切子のグラスを掲げ、琥珀色の酒に浮かぶ氷を鳴らした。
 「沙那子様は実に可愛らしいが、飲食ができないからねぇ。
 せめて、愛らしい刀達が菓子をねだってくる様を楽しんで頂こう、という趣向さ。
 歌仙へ話を通しておけば、快く協力してくれるのじゃないかな」
 「ああ・・・なるほど」
 と、日向がティーカップをテーブルに置いた。
 「毎年、西洋人形に変えられる沙那子様をお菓子で囲んで、飾っておくのも可愛いかもね」
 「だったらさ!
 誰が一番カッコ可愛かったかの投票しない?!
 長船で上位独占しよー!」
 小竜の歓声には、ムッと眉を寄せる。
 「聞き捨てならないね。
 僕ら正宗と貞宗達で独占するに決まってるじゃないか」
 既に戦う気でいる日向に、大般若は微笑んだ。
 「そうなったら、古い方々も黙ってはいないかもなぁ・・・」
 楽しそうだ、と、大般若はまた、くすくすと笑い出す。
 「じゃ!
 俺は早速、歌仙に話をつけてくるよ!
 大般若は粟田口にお願いね!」
 小竜が立ち上がると、日向も続いた。
 「戦いには準備が必要だよ。
 票を集めるには、仮装も工夫しないとね」
 うちの子達も、と、端末を取り出す。
 「正宗・貞宗へ。
 お買い物するから僕の部屋に集合!っと」
 メッセージを送信した日向は、ちらりと大般若を睨んだ。
 「負けないよ」
 「受けて立つとも」
 余裕の笑みを浮かべて、大般若はグラスを掲げる。
 「俺が勝ったら、この日向特製梅酒を瓶ごとくれないか」
 「もう二瓶飲み干しといて、まだ言うの?!」
 思わず声を荒らげた日向へ、からりと氷を鳴らした。
 「燭台切のとはまた違う味わいで、気に入っているんだ」
 頼むよ、と笑う彼に、日向は肩をすくめる。
 「僕らが勝ったら、来年の仕込みは手伝ってもらうからね」
 言うや彼は、ひらりときびすを返して出て行った。


 「沙那子殿のお帰りを待って、やつしくらべの宴ですか・・・良いですな」
 粟田口の部屋を訪れた大般若へ、あっさりと頷いた一期一振に、彼は小首を傾げた。
 「兄弟分の準備が大変だろうに・・・いやにあっさりだな」
 拍子抜けした大般若へ、一期はくすくすと笑う。
 「はろいんのことを考えていたのは、あなた方だけではないということですよ。
 乱が中心となって兄弟の装束を注文していましたし、そもそもやつしくらべは我ら豊臣のお家芸でしょう?」
 「おや・・・ありきたりな計画だったかな?」
 大般若が肩をすくめると、一期は首を振った。
 「我々は本丸中で何かやろうとしたわけではなく、ただ好きな格好で沙那子殿を囲もうとしていただけです。
 宴にしようなどと思っても見ませんでしたから、お申し出はありがたい」
 「へぇ・・・太閤殿下の太刀の割に、奥ゆかしいのだねぇ」
 「お恥ずかしい限りですよ」
 意外そうな大般若に笑った一期が、ふと、真顔になる。
 「しかし、誰が一番可愛いか、の投票は困りましたな・・・。
 弟達の誰かが一位になるのは当然としても、それで他の弟達が悲しい思いをしなければいいのですが・・・」
 悩ましげに眉根を寄せる一期に、大般若はまたもや肩をすくめた。
 「おやおや、すごい自信だ。
 うちの謙信だって十分可愛いよ?」
 「もちろん可愛らしいとは思いますが、我が弟達は更に上を・・・」
 「はは・・・話が長くなりそうだ。
 じゃあ、協力を頼んだよ」
 よいせ、と、立った大般若は、肩越しに手を振って粟田口の部屋を出た。
 「さて・・・後の段取りは・・・」
 他の刀派にも話をつけておくかと、広間へ向かっていると、騒々しい足音が迫ってくる。
 「大般若さん!!」
 「ハロウィン総選挙やるってホントっ?!」
 足を止めて振り向けば、頬を紅潮させた安定と清光が更に迫って来た。
 「あぁ。
 君達も参加してくれるかい?」
 微笑むと、二振りは何度も頷く。
 「万屋が通販してくれるようになったからさー!
 衣装、選び放題なんだよねー!」
 じゃあん!と、清光が掲げたタブレット端末を、安定も覗き込んだ。
 「はろいんの特設項目があったよね?!なんにしようか!」
 「そーね!可愛いのがいいよね!」
 「えー・・・!カッコイイのがいいよ!!」
 きゃあきゃあとはしゃぎ声を上げる二振りに、大般若は小首を傾げる。
 「君達のいた新選組は、人気が高いじゃないか。
 その隊服ではいけないのかい?」
 「え」
 目を丸くした二振りは、困惑げに顔を見合わせた。
 「僕のは・・・ちょっと違うけど、戦装束だし・・・」
 「俺も・・・あ、でも、確かに浅黄の羽織は普段、着てない・・・?」
 「世の中には衣装替えという趣向もあるようだよ?」
 大般若の言葉に、目を輝かせた二振りはまた、きゃあきゃあとはしゃぎ声をあげて衣装の相談を始める。
 「君達の装束も楽しみにしているよ」
 にこりと笑った大般若は、回廊を渡りながら内番着のポケットから携帯端末を取り出した。
 「話が広まっていると思ったら・・・小竜が一斉通知していたんだねぇ」
 さすが素早い、と、画面のメッセージに微笑む。
 「しかし、厨番からはなぜ早く言わないと、叱られているのだろうな・・・」
 歌仙の元へ行った小竜の苦境を想像して、ぶるりと震えた。
 「救援に向かうか」
 その前に味方を募ろうと、幾振りかへメッセージを送る。
 「頼むよ、料理上手達」
 携帯端末に微笑んだ唇を当てて、大般若もまた、厨房へと向かった。


 「まったく!
 こういうことはね、言われてすぐに用意できるものじゃないんだよ!!」
 厨房の外にまで響く歌仙の声に、北谷菜切は足を速めた。
 暖簾をくぐって、調理台の傍に置かれた踏み台に飛び乗る。
 「あいー!
 歌仙ー!そんなに怒ることないさー!」
 普段のんきな北谷の必死な声に、さすがの歌仙も一旦、怒気を飲み込んだ。
 「話は聞いたよー!
 小竜、楽しそうな宴だなー」
 にこりと笑みを向けると、小竜はホッと表情を緩める。
 「なー歌仙ー。
 おれもお菓子作るからさー。
 一緒に楽しもうー」
 「・・・沙那子が帰って来るまでに、大量の菓子を作れと言うのにかい?
 夕餉の支度だって途中なんだよ?」
 「小竜くんがごめんねぇ、歌仙くん・・・」
 「わたしからもすまない・・・だが・・・」
 困り顔を見合わせる燭台切と小豆を、厨房へ飛び込んで来た乱が押しのけた。
 「沙那子ちゃんを喜ばせるためでしょ?!
 だったらボクも作っちゃうよー!」
 「俺も俺も!!」
 と、同じく駈け込んで来た包丁と共に、ぴょんぴょんと跳ねながら挙手する。
 「あの・・・わたくしも、お手伝いできることがあれば・・・」
 乱の背後から、おずおずと顔をのぞかせた京極が、まだ怒気をはらんだ歌仙から目を逸らした。
 「あらあら、怯えさせてしまって。
 歌仙、あなたときたら、本当に短気なのですから。
 良くないことですよ」
 「君まで来たのか、古今・・・」
 大きなため息をついて、首を振る歌仙の袖を、小夜が引く。
 「歌仙、沙那子様のためです。
 皆さんに手伝ってもらいましょう。
 夕餉は僕と歌仙、燭台切さんと・・・大倶利伽羅さんも、そろそろ遠征から戻る頃です。
 お菓子は、小豆さんとお手伝いしてくれる刀達で作ってもらいましょう」
 「あのね、お小夜。
 製菓の材料はそんなにすぐに揃うものじゃ・・・」
 「万屋通販を頼めばいいさ。
 小豆、必要なものを言ってくれ」
 いつの間にかいた大般若が、通販サイトを開いた携帯端末を小豆へ渡した。
 「まったく・・・わたしには、はなしをとおしておいてほしかったな・・・」
 兄弟ゆえの勘か、この騒ぎの発端が大般若であることに気づいた小豆が、ため息をつく。
 彼が必要な材料を注文する横で、燭台切も兄弟へ通知した。
 「大広間のレイアウトは、僕の兄弟に任せたから大丈夫だよ。
 衣装はどうするの?」
 問えば、大般若から『注文済み!』と答えが返る。
 「え?
 大般若くんが、年に一回着るかどうかの衣装を買うわけないよね?
 誰にねだったの?」
 「そりゃもちろん、ゆるふわの実休に相談すればいくらでも!」
 得意げに胸を張った彼の頭を鷲掴みにして、燭台切は歌仙へ差し出した。
 「皿洗いでもお芋の皮剥きでもこき使ってやって」
 「言われるまでもないね」
 大きく頷いた歌仙が、大般若の髪を乱暴に引いて連行した。


 ―――― 数時間後。
 厨房で騒ぎがあったとは知らない沙那子は、嘆く三日月に抱えられたまま広間へと入った。
 本丸の全振りが余裕で入る部屋の、畳の上には黒い毛氈が敷かれ、壁は橙色の幕で覆われて、コウモリや黒猫、蜘蛛の巣の飾りがあちこちに置いてある。
 明かりは、西洋の大きなかぼちゃをくりぬいて作った灯篭のみで、昼にもかかわらず薄暗い、不気味な雰囲気を作り出していた。
 「沙那子ちゃん!おっかえりー!!」
 真っ先に出迎えた魔女っ子姿の乱が、駆け寄った足を止める。
 「え・・・今年はなんでそんな・・・骨なの?」
 「まぁ、沙那子様・・・!
 去年はもっと、お可愛らしいお姿でしたのに・・・!」
 両手で口元を覆った京極が、痛ましげに声を震わせた。
 「いつものあねさまが産休に入って、今日は新しいあねさまの趣味なの」
 未だ嘆く三日月に抱きしめられて、窮屈そうに首を曲げた沙那子が、白い眼窩の奥のカメラで部屋を見渡す。
 「みんな、仮装してくれたんだ」
 「したよ!
 したけど・・・!」
 ショックのあまり、ふらつく京極を支えながら、日向が大きなため息をついた。
 「去年までみたいに、ピンクのツインテールに魔女服とか、金髪にアリス服とか、可愛い系で来ると思ってたから・・・!」
 「まさか、牡丹灯籠で来るとは思わんからのぅー!
 うち、猫ちゃんとお揃いの黒猫にしてしもうたよ」
 「わたくしは猫又です・・・」
 「僕はチェシャ猫なのに笑えない・・・」
 三振三様の猫姿に、石田のシャッター音が止まらない。
 「お兄様・・・何かおっしゃってくださいまし」
 小さくため息をついた京極に慌てて、石田が咳払いした。
 「私も、西洋風で来ると思っていたからね、ケット・シーの仮装をしてしまったけれど・・・。
 近いと言えば、京極の猫又だけだね」
 「なんでいきなり幽霊なんだよ・・・」
 うまくやれなかった、とうなだれる日向の背を、一期が慰めるように撫でる。
 「まぁ、弟達も和洋混じっておりますし、沙那子殿に楽しんでいただくことが重要ですからな」
 と、一期は笑顔で迫った。
 びく、と、思わず身を引いた沙那子を追い、更に迫る。
 「この度は、最も可愛らしい仮装をした刀を選ぼうと、投票も用意しているのです。
 沙那子殿におかれましては、ぜひとも我が粟田口の中から最愛の一振りを・・・」
 「これ、沙那子を怯えさせるでない」
 一期から歩を引いて、三日月が眉根を寄せた。
 「しかし、はろいんの宴か。
 そんなもので沙那子の気が晴れるのならば・・・」
 「晴れるー」
 そもそも不満ですらない沙那子の言葉に、快哉が上がる。
 「っしゃあ!!
 勝つぜ貞宗ー!!」
 拳をあげる太鼓鐘の声に、物吉と亀甲も拍手で応えた。
 「あら。
 名族の誇りにかけて、負けません」
 気を取り直した京極の微笑みに、周りの男士達が頬を染める。
 「さぁ!
 この中で誰が一番か、決めてほしいな!」
 「一番?」
 日向に言われるまでもなく、沙那子は部屋に集まった男士達の姿を全て補足していた。
 が、
 「選定条件が曖昧過ぎる。
 何をもって一番とするか、設定されてない」
 と、沙那子はあっさり否定する。
 「誰が一番可愛いか、は条件になりませんかな?」
 困惑げな一期へも、沙那子は首を振った。
 「何をもって可愛いとするか。
 女の子みたいな可愛さか、男の子としての可愛さか。
 もしくは、普段とは違う格好での目新しさか。
 日本語の可愛いには色んな要素があって、一般的には不細工、不気味とされるものでさえ、可愛いと認識される場合がある。
 沙那子には、そういう感性は設定されてない」
 「確かに・・・不気味な化け物の恰好をしても、可愛いと言われる場合があるな」
 俺みたいに、と、自信満々に自身を指す鶴丸には、周りが苦笑する。
 「しかし困ったね・・・。
 これでは勝負にならないな」
 苦笑する石田へ、沙那子がぐりんと首を向けた。
 「勝負をしたいの?
 じゃあ、自分以外に投票する仮装コンテストと、ゲームの合計得点で一番を決める?」
 「ゲームか・・・」
 興味を引かれた厚の傍らで、薬研が指を鳴らす。
 「いいな、面白そうだ。
 どんなゲームがあるんだ?」
 問われて沙那子は、骨の指を折り曲げた。
 「お菓子釣りに風船割り、宝探しとか。
 水に浮かべたりんごを口だけで取ったり、クイズとかも。
 3√125、2√289みたいな計算式を、5分でで何問解けるか、なんてのもある」
 一斉に顔をしかめた刀達をかき分けて、大慶が満面の笑みで進み出る。
 「たっのしそうー!!
 俺、参加するー!」
 「いや、大慶だけだから、それを楽しそうって言うの」
 と言う加州に、大慶はぶんぶんと首を振った。
 「簡単だってー!
 3√125は1+2+5-3で5でしょー。
 2√289は2+8+9-2で17!ね?やり方さえわかれば簡単!」
 「え?そうなんだ?」
 感心する安定の隣で、しかし、加州は更に眉根を寄せる。
 「そもそも、るーとって何よ?」
 「やめとこ、歌仙が苦虫を潰しそうだよ」
 俺もやだ、と首を振る信濃の頭を、信房が笑って撫でてやった。
 「できないことはないけど、アタマ痛くなりそうだよねーえ!
 それより、景趣を海に変えて、波乗り対決はどう?」
 「自分の得意なことで勝負しようとしないで」
 むう、と信濃が頬を膨らませると、『では』と、数珠丸が進み出る。
 「数字が苦手な方は、時間内にどれだけ写経できるか、というのはいかがですか?
 文具ならばすぐに用意できますよ」
 「そんなことをすれば、走り書きになるんじゃないか?
 丁寧でなくていいのか?」
 思わず眉根を寄せた鬼丸に、数珠丸は穏やかに微笑んだ。
 「これが経に親しむきっかけになって欲しいと、願っているのですよ」
 「なるほど・・・。
 せわしない連中も、それで少しは穏やかになるかもしれないな」
 感心したように大典太が頷き、沙那子を見遣る。
 「他には何かあるか?」
 わらわらと周りに集まって来た男士達を見回して、沙那子は頷いた。
 「チーム戦にしよう。
 ただ、刀派で組むと粟田口が有利すぎるから、くじ引きで」
 と、改めて周囲を見回し、数を確認する。
 「今、大太刀は全員出雲に行ってるし、小狐丸は参加を嫌がるだろうし、歌仙は裏方で参加しないだろうから、114振り。
 6人組にして、19組作ろう」
 「えっ・・・。
 わたしも・・・入るのか・・・?」
 除外された6振りの中に含まれていないことに気づいて、童子切が思わず声を上げた。
 「なぜ除外されると思った」
 「一蓮托生ですよ」
 粟田口の一員として、最初から拒否権などない鬼丸と、意外にも乗り気な数珠丸に両腕を拘束されて、ますます困り果てる。
 「しかし・・・わたしは仮装などしたことも・・・」
 「俺達もないぞ。
 沙那子が毎年妙な格好をさせられていることは知っていたが」
 大典太が呆れ顔で見遣ると、三日月が更に沙那子を抱きしめた。
 「痛ましい・・・」
 「しかし、急に言われても・・・」
 三日月は参加するつもりがない様子だと、戸惑い気味に言う童子切に彼は、何度も頷く。
 「俺は、沙那子をこのように痛ましい姿にする祭など認めぬよ」
 「あぁ・・・まぁ、三条は小狐丸も不参加だろうしな」
 大典太が気まずげに口を濁した。
 他の本丸と違い、小狐丸は未だにこの人形の主を主とは認めていない。
 しかし、
 「じぃじ、数が合わなくなるから不参加だめー」
 と、沙那子の希望で渋々参加することになった。


 「じゃあ、厳正なる抽選で組分けしよう」
 沙那子の呼びかけに、鶴丸が進み出る。
 「みんな、この箱から1枚ずつ紙を引きな!
 1から19まで数字が書いてあるから、同じ数字のやつが同じ組だぜ!」
 髑髏の面を被った鶴丸が差し出す箱へ、短刀達が群がった。
 「ぼく、じゅうきゅうばんです!」
 「俺、7番だなぁ」
 今剣と信濃が声をあげると、皆、それぞれに数字を読み上げて、仲間を探す。
 その間に他の男士らも引いて、1~19までの組が出来上がった。

 1組
 日向正宗
 獅子王
 和泉守兼定
 宗三左文字
 大般若長光
 稲葉江

 2組
 石田正宗
 八丁念仏
 大和守安定
 蜻蛉切
 加州清光
 浦島虎徹

 3組
 南泉一文字
 一文字則宗
 数珠丸恒次
 江雪左文字
 謙信景光
 鬼丸国綱

 4組
 五虎退
 山伏国広
 肥前忠広
 小烏丸
 一期一振
 南海太郎朝尊

 5組
 五月雨江
 前田藤四郎
 不動行光
 白山吉光
 小夜左文字
 孫六兼元

 6組
 山鳥毛
 鯰尾藤四郎
 薬研藤四郎
 九鬼正宗
 太閤左文字
 山姥切国広

 7組
 燭台切光忠
 富田江
 岩融
 信濃藤四郎
 福島光忠
 篭手切江

 8組
 平野藤四郎
 七星剣
 姫鶴一文字
 大慶直胤
 鶯丸
 乱藤四郎

 9組
 村雲江
 泛塵
 ソハヤノツルキ
 膝丸
 へし切長谷部
 にっかり青江

 10組
 日本号
 童子切
 鶴丸国永
 千子村正
 火車切
 丙子椒林剣

 11組
 毛利藤四郎
 御手杵
 長曽祢虎徹
 源清麿
 京極正宗
 倶利伽羅江

 12組
 陸奥守吉行
 愛染国俊
 三日月宗近
 桑名江
 水心子正秀
 豊前江

 13組
 治金丸
 大典太光世
 地蔵行平
 北谷菜切
 山姥切長義
 雲次

 14組
 人間無骨
 古備前信房
 雲生
 秋田藤四郎
 巴形薙刀
 小豆長光

 15組
 後家兼光
 同田貫正国
 堀川国広
 道誉一文字
 蜂須賀虎徹
 日光一文字

 16組
 実休光忠
 鳴狐
 大倶利伽羅
 後藤藤四郎
 静形薙刀
 抜丸

 17組
 大包平
 笹貫
 古今伝授の太刀
 小竜景光
 髭切
 太鼓鐘貞宗

 18組
 物吉貞宗
 博多藤四郎
 骨喰藤四郎
 面影
 明石国行
 千代金丸

 19組
 松井江
 包丁藤四郎
 亀甲貞宗
 厚藤四郎
 大千鳥十文字槍
 今剣


 「・・・くじ引きなんて、嫌な予感はしてたんだけどさ」
 「俺達の勝負はつかなくなったねぇ」
 眉根を寄せる日向と同じ組になってしまった大般若が苦笑する。
 「まぁ、いいさ。
 うちの可愛いお嬢に楽しんでもらえるならね」
 「・・・っせっかく、長船の鼻っ柱を折ってやろうと思ったのに!」
 「日向・・・はしたなくてよ?」
 悔しげに拳を握る日向をたしなめて、京極が御手杵へ微笑んだ。
 「よろしくお願いいたしますね、11番さん」
 「名族の姫と組めるなんて、光栄の極みだな」
 大仰に一礼する御手杵に、鯰尾が肩をすくめる。
 「ところで沙那子ちゃん、ゲームって何するの?」
 鯰尾が進み出ると、その傍らで骨喰が小首を傾げた。
 「やはり、計算や写経なのか?」
 「他にも早押しクイズとか、お菓子釣り、アップルボビン・・・水に浮かべたリンゴを口だけで取る、ってゲームもあるよ」
 「りんごかぁ・・・。
 咥えやすいように、ちょっと小さめのをとってきた方がいいよね。
 江のみんな、行くよ」
 同じ組の豊前の腕を引きながら呼びかける桑名に、江の刀達がついて行く。
 「お菓子釣りは、今から用意するのは大変だろうー?」
 まだここにはいない北谷の忙しさを思って、千代金丸が首を傾げる。
 「だから前に浦島が作ってくれた、魚釣りがいいんじゃないか」
 「ああ!」
 と、浦島が手を打った。
 「磁石を付けた竿で、魚の人形を釣るんだよー!
 人形の方にも磁石がついてるから、反発して結構難しいんだよねー!
 それが楽しいんだけどっ!」
 「釣った数を競うんだったよね?」
 浦島と同じ組の安定が問うと、その隣で加州が顔をしかめる。
 「あれ、全然釣れないんだもん。
 やるんなら浦島が担当してよね」
 「いいよー!
 じゃ、どう分ける?
 1ゲームに一振りで勝負?」
 浦島が尋ねると、沙那子は首を振った。
 「早押しは二振り一組にしよう。
 まずは〇×クイズで4~5組にしてから、3問先取で勝ち上がりね。
 その他は一振りずつで、数学と写経は時間内にどこまで行けるか、魚釣りとりんごは取った数で勝負する」
 「っしゃあ!!
 17組!勝つぜー!!」
 と、太鼓鐘が気勢を上げる。
 「写経は古今さん、釣りは小竜、リンゴは俺で、負ける気がしねぇ!!」
 「えぇ・・・?
 早押しは髭切さんと大包平さんがいるから、俺、算術に行かされんの?
 るーととか、知らないんだけど?」
 困り顔の笹貫に、沙那子はこくりと頷いた。
 「じゃあ、算術は練習問題やってからね。
 もう始める?
 早押しはすぐにできるよ」
 と、天井に設置されたプロジェクターが、沙那子のリモートで起動する。
 「あ、待って待って。うちの組、早押し担当の倶利伽羅江がりんご取りに行ってるから、呼び戻すまで待って」
 清磨が言うと、水心子も自身の端末を取り出した。
 「私も、豊前を呼び戻すので待ってくれ」
 ややして男士達がそろうと、沙那子は端末を手に進み出る。
 「早押しボタンは、各自の携帯端末にアプリをインストールしたから、それを使って。
 タップしたら音が鳴るから答えてね。
 〇×の間は、ほかの刀に答えがわからないよう、二振りで相談して正解と思う方を端末でタップして」
 言うや沙那子は進み出た二振り一組、合計38振りを見回した。

 1組 日向・大般若
 2組 石田・加州
 3組 南泉・則宗
 4組 小烏丸・一期一振
 5組 白山・孫六
 6組 薬研・山姥切国広
 7組 燭台切・福島
 8組 平野・姫鶴
 9組 泛塵・膝丸
 10組 鶴丸・村正
 11組 毛利・倶利伽羅江
 12組 水心子・豊前
 13組 大典太・雲次
 14組 雲生・秋田
 15組 後家・同田貫
 16組 後藤・抜丸
 17組 大包平・髭切
 18組 博多・明石
 19組 亀甲・厚

 「すたーとっ!」
 号令とともに、沙那子がプロジェクターで二つの紋を映し出す。
 「二つの紋のうち、和泉守兼定はどっち?」
 「えっ・・・」
 似た紋を前に戸惑う面々の背後で、外野の和泉守と堀川が声を上げた。
 「いや、孫さんはわかれよ!!」
 「ちょっと加州さん?!
 なんでどっちだっけって顔してるんですか?!」
 「そんなこと言われてもなぁ・・・」
 困惑する孫六と組んだ白山が、あっさりと『こちらです』と端末で一方の紋をタップした。
 「私もわかったよ」
 と、加州と組んだ石田も、自信ありげに紋をタップする。
 「兄弟!
 兄弟はわかるよね!
 僕じゃない方を押してよね!」
 堀川の声に、山姥切ははっとして端末へ寄せた指を引いた。
 「そうだった、和泉守の方を選ぶんだったな」
 あやうく、堀川の紋を選びそうになっていた山姥切が、改めて正しい紋を押す。
 「毛利と倶利伽羅江、敗退」
 沙那子の声に、二振りは肩を落とした。
 「ごめんなさい・・・まだ、全員の紋を憶えてなくて・・・」
 しょんぼりと項垂れる俱利伽羅江に、毛利が頬を染める。
 「大丈夫ですよ!気にしないでください!
 僕だって、ちっさい子以外のことには全く興味ありませんから!!」
 「自慢じゃないぞ」
 唯一敗退したにもかかわらず、元気な毛利に一期が苦笑した。
 一方、
 「注意力と記憶力の勝利だな!」
 「長年の付き合いもあるよね」
 手を打ち合わせた厚と亀甲の隣で、姫鶴がほっと吐息する。
 「ひらのん、助かったぁ。俺、他のやつの紋なんてわかんないもん」
 「長いお付き合いですから。
 ですが、落ちたのが一組だけなんて、さすがですね」
 手強そう、と言う彼に、姫鶴も頷いた。
 「やっぱ俺、りんごにすればよかった。
 こーゆーの、向いてないかも」
 またため息をつくと、
 「おぉ?
 随分と弱気じゃないか、姫」
 「姫鶴の兄貴もがんばれ!にゃ!」
 と、則宗と南泉が声をかけてくる。
 「じいさん、こーゆーの得意だよねー」
 「伊達に監査官なんぞやってないからねぇ」
 得意げに笑う則宗に鼻を鳴らして、姫鶴は『第二問ー』という、沙那子の声に画面を見やった。
 「二つの紋のうち、山鳥毛はどっち?」
 「は?!」
 「いやいや、なんでよ!」
 さすがに驚いた燭台切と福島が、姫鶴を見やる。
 「サービス問題すぎねぇ?」
 「これは・・・問題に問題ありでは?」
 豊前と水心子も、困惑げに姫鶴を見やった。
 しかし当の本人は、
 「・・・あれ?
 俺の紋って、どっちだっけ?」
 と、眉根を寄せる。
 「姫鶴の兄貴!しっかりするにゃ!!」
 「お前さん、ちゃんと起きてるか?」
 慌てる南泉の隣で、則宗があきれ顔になった。
 「こんなにそっくりとは思ってなくてさ・・・」
 あんま気にしてなかった、と、本気で迷っているらしい姫鶴の袖を平野が引く。
 「山鳥毛さんの紋はこちらです。
 鳥の意匠が違うでしょう?」
 ひそひそと囁くと、ようやく頷いた。
 「わかんないもんだねぇ」
 やれやれと首を振る姫鶴へ、鶴丸が苦笑する。
 「こりゃあ、さすがに驚いたぜ」
 「自分の紋くらいは・・・覚えていた方がいいデスヨ・・・」
 さすがの村正も声を詰まらせた。
 「第三問ー!」
 ざわついていた場が、沙那子の声に一瞬静まる。
 「目釘穴が区寄りになったのは、建武と建久、どっち?」
 「それ新しいやつに聞く?!」
 思わず声を上げたのは、しかし、加州一振りだった。
 「ちょっ・・・水心子もわかんないでしょ?!」
 慌てて声をかけるが、彼はふるりと首を振る。
 「私は刀工の逸話寄りの刀だからな。
 刀工にとっては常識だ」
 「えぇー・・・!」
 困り顔で石田を見やると、逆に彼の方が悩ましげに眉根を寄せていた。
 「いや、私は・・・最初から区寄りだから・・・」
 と、古刀を見やれば、膝丸もまた、頭を抱えている。
 「いつかの時点で、目釘穴が中央から区寄りに開けられたことは覚えているんだ・・・。
 覚えてはいるんだが、それがいつだったか・・・兄者は覚えているか?」
 「僕が覚えているわけないじゃないー」
 ふふふ、と楽しげに笑う彼に、鶴丸も肩をすくめた。
 「俺なんぞ、目釘穴は中央のままだぞ。
 いつかの時代に区寄りになったなんて、今の今まで知らなかったぜ」
 「その前に、建武と建久とは、いつだ?」
 山姥切に問われて、白山が沙那子を見やる。
 彼女が頷くのを見て、改めて回答者たちへ向き直った。
 「建久は1190年から1199年、鎌倉時代初期です。
 建武は1334年から始まり、南朝と北朝で終わりの年が変わります。
 いわゆる南北朝時代です」
 途端、後家が手を打つ。
 「そうか、これは推理だよ!
 石田が既に区寄りだったってことは、鎌倉時代末期から南北朝時代には移動したってこと。
 で、平安時代末期から鎌倉時代初めの鶴さんが真ん中ってことは・・・あ」
 「ごっちん・・・しゃべりすぎぃ・・・」
 姫鶴に睨まれて、後家は首をすくめた。
 「光坊たちは覚えてたのか?」
 既に答えていたらしい光忠兄弟へ鶴丸が問うと、二振りはあっさりと頷く。
 「格好にこだわるからには、自分の容姿の変移は覚えていなきゃね」
 「光忠ほどじゃないが、俺だって格好は気にしているつもりさ」
 得意げな彼らに、大般若も頷いた。
 「ま、俺達なら余裕かな」
 「それにしても・・・敗退したのがまだ一組とは。
 子らの賢いことよ」
 くすくすと笑う小烏丸に、秋田が肩をすくめた。
 「後家さんがしゃべりすぎなきゃ、今のでだいぶ減ったんですけどね」
 「こら、秋田。口が過ぎるぞ」
 可愛い顔の割に、棘のある言葉を吐く弟を一期がたしなめる。
 「じゃあ、次でたくさん落とそうか。
 第四問ー」
 沙那子の声に、視線が壁へ向いた。
 「鋼を冷却して硬くなる変態は、パーライトとマルテンサイトどっち?」
 「ぱ・・・え・・・?」
 戸惑う男士達の中で、水心子と雲類の二振りは即座に答えのボタンをタップする。
 「まぁ・・・大慶がよく言っているからな」
 自信ありげな水心子に、雲生が微笑んだ。
 「知らない言葉は都度、調べるようにしていますので」
 「僕も、異国語に抵抗はないね」
 余裕の表情を浮かべる彼らに、髭切が苦笑する。
 「だーめだ!
 これは勘だねぇ。
 天神様の言う通り!」
 「おい!!髭切!!もっとよく考えろ!!!!!」
 大包平の大音声に、髭切は笑って首を振った。
 「考えたってわかんないもんー。
 あきらめも肝心だよ?」
 「そうだな。
 ならば父は、大鴉の言う通り、だな」
 「小烏丸様・・・!」
 手を出す間もなく、回答された一期が苦笑する。
 それぞれが困惑しつつも二択に運を任せる中、日向は大般若へ、ひそひそと囁いた。
 「まる・・・は聞いたことあるよ!
 変態とか言ってくる子と手合わせした時に、きらきらしてるって言われて・・・。
 つまり、沸とか匂のことだよね?」
 「俺はパーライトがどうのと言われたなぁ・・・あれは反りのことを言っていたんだと思うが・・・」
 ならば、と、二振りは頷きあう。
 「答えはーマルテンサイト!」
 沙那子の声に、快哉とため息が同時に上がった。
 「はー。
 たまには天満宮に帰って、天神様にお供えでもしないとねー」
 やれやれと首を振る髭切に、小烏丸もくすくすと笑う。
 「さすがの大鴉にもわからなかったか」
 彼らの組のほかにも、多くが二択に敗退した。
 「髭切と逆にしてみてよかっただろう?」
 泛塵に言われ、気まずげに眉根を寄せた膝丸へ、博多がにやりと笑みを向ける。
 「家を存続させるために兄弟が別れる作戦やね!」
 「やりますなぁ。
 こっちはほとんど運やけどなぁ」
 のんびりと言う明石の言葉を、しかし、誰も信じはしなかった。
 「偽情報です。
 知識と推理によるものだと判断します」
 冷静な白山の声に、明石はこっそり舌を出す。
 と、沙那子が小さな手を挙げた。
 「五組まで減らしたかったけど、このメンバーだと減りそうもないから、次の問題から早押しにするねー」
 現在、残っている組は、

 日向・大般若組
 白山・孫六組
 泛塵・膝丸組
 水心子・豊前組
 大典太・雲次組
 雲生・秋田組
 博多・明石組

 の七組だ。
 「じゃ、僕ら厨に戻るね」
 「歌仙が厨でキレていたら困るしね」
 と、燭台切と福島は手を振って部屋を出たが、他の面々は結果が気になるらしく、残ったままだ。
 そのうち、ゲームの準備を終えた男士達も集まってきて、行く末を見守った。
 「じゃー、早押しクイズー!
 第一問!」
 沙那子が骨の手を挙げる。
 「姫路城の菱の門には5つの窓があります。
 そのうち、華頭窓は両脇でしょうか、真ん中でしょうか」
 「なっ!!
 こんなもの、常識ではないかっ!!」
 突然の大音声に眉根を寄せた鶯丸が、大包平の耳を引っ張った。
 「うるさいぞ。
 皆が皆、姫路城にあったわけではないだろう」
 と、ピンポンと軽快な音が鳴る。
 「両脇やでー。知らんけど」
 「知らんとか」
 明石の答えに博多が思わず突っ込む。
 「ま、同じ播磨ですし。おうてるんと違います?」
 「うん、せいかーい」
 沙那子の声に、周りから拍手が沸いた。
 「第二問ー。
 熊本城の漆喰の中には何が隠してあるでしょう?」
 「食料!!」
 パァン!と、音がするほどに素早く端末を叩いた博多に、また拍手が沸いた。
 「え?そーなの?」
 「漆喰の中にですか?」
 加州と、戦国の城など知らない抜丸に問われた同田貫が、大きく頷く。
 「干ぴょうが塗りこめられてるぜ。
 あと、畳と土壁のつなぎも里芋の茎だな」
 「福岡城も、多門櫓の壁を竹で編んどーけん、外せば矢に変えらるーし、矢は干しワラビで結んどったとよ。
 九州は江戸時代になっても油断できんかったけんねー」
 明石と手を打ち合わせる博多を見て、厚が肩を落とした。
 「あぁくそ・・・!
 これなら俺もわかってたのになぁ・・・!」
 「ぱー・・・なんとかにやられちゃったからねぇ」
 しょうがない、と、亀甲も肩をすくめる。
 「ねぇ!三点先取されそうだよ!
 次はもう負けられないよ!」
 「あぁ、わかっているさ」
 日向に急かされた大般若は、端末のボタンに指を添えた。
 「第三問ー!
 薬研堀とはどんな堀でしょう?」
 「あ!!」
 泛塵が素早くボタンを押す。
 「えっと・・・!
 山を削って両側を鋭い斜面にした・・・薬研型の堀だ・・・!
 大勢の敵を細い谷底に誘い込めば、両脇から銃や矢で攻撃できる」
 言葉に詰まりながらも必死に説明する彼に、応援の拍手が沸いた。
 「くっ・・・!
 城郭は門外漢だ・・・!
 やはり、大名道具には敵わないのか・・・!」
 悔しげな水心子の背を、豊前が軽く叩く。
 「いや、悪ぃ!
 こういうことは、俺が頑張らないとだよな!」
 「がんばって、水心子!
 沙那子さまー!
 太平の刀にもわかる問題出してー!」
 外から見守る清磨にも言われたからか、第四問は傾向が変わった。
 「江戸時代、変わり種を育てることで大流行した花は何でしょうー?」
 「・・・」
 無言で大典太に端末を向けられた雲次が、画面を指す。
 「押すの、大典太さん?
 こっちだよ」
 「・・・朝顔だ、たぶん」
 「あ!そうやった!!
 えらか金になったとよ!
 その種が九州の大学に保存されとーって、聞いたことがあるばい!」
 勝利をお預けされた博多が、悔しげに唸った。
 「第五問ー!
 元禄文化が栄えた時の将軍は誰でしょう?」
 「はっ!任せなぁ!
 綱吉公だな!」
 文化は得意だと、大般若が得意げに答える。
 「第六問ー!
 では、この時代に活躍した俳じ・・・」
 「松尾芭蕉!!
 伊達に雨の季語を聞いちゃいないぜ!!」
 問題が終わる前に、豊前が声を上げた。
 「・・・なるほど、問いが終わる前に答えて良いのですね」
 「早押しだからねぇ」
 答えはわかっていたものの、早押しで負け続けた白山に、孫六が頷く。
 「剣・・・は・・・。
 機動が・・・・・・」
 「あぁ、そうだったな。
 じゃあ、俺が頑張らないとなぁ」
 しょんぼりと項垂れる白山の肩を叩いて、孫六は改めて気合を入れた。
 「第七問ー。
 黒雲母摺(くろきらずり)・・・」
 「東洲斎写楽!!」
 「せいかーい!」
 問題をほとんど聞かず、賭けた孫六にさすがの豊前も目を丸くする。
 しかし、
 「えっ・・・と・・・?」
 「・・・誰?」
 大名道具である物達には聞き覚えのない名前でもあった。
 戸惑う彼らに、孫六はにやりと笑う。
 「俺はこう見えて読書家でね、浮世絵だって一緒に眺めたもんさ。
 白雲母摺(しろきらずり)は美人画の喜多川歌麿、黒雲母摺は役者絵の東洲斎写楽ってね」
 「・・・ちょっと。
 なに、文化で負けてんのさ」
 日向につつかれて、大般若は苦笑した。
 「いやぁ、俺の知識とは傾向が違ったなぁ」
 彼らしく、どちらが上とは言わない口調に、日向は鼻を鳴らす。
 「第八問いくよー!
 享保年間に大人気だった動ぶ・・・」
 「ゾウさんです!!
 時の帝にも拝謁したそうですよ!」
 急いてボタンを押し損ねた秋田の代わりに、雲生が押して事なきを得た。
 「わぁ!競ってきたねぇ!」
 乱が、わくわくと目を輝かせる。
 「やっぱり兄弟に勝ってほしいよねぇ!
 がんばれ粟田口ー!」
 「がんばれ・・・」
 鯰尾の声援に、骨喰も声を上げた。
 「第九問ー!
 草双紙は赤本、青本ともう一つは?」
 「くっ・・・くろ!!黒本だ!!」
 焦って何度もボタンを押しながら、水心子が声を上げる。
 「せいかーい!」
 「やったね水心子!あと一問だよ!」
 清磨も歓声を上げて、拍手を送った。
 「弟の・・・えぇと、がんばれー!」
 「兄者!!
 そろそろ俺の名前を憶えてくれ!!」
 溢れる涙をぬぐって、膝丸が壁に向き直る。
 「兄者の前で恥をさらすわけにはいかないからな!」
 「第十問ー!
 花と言えば桜だけど、万葉集で花と言えばなんだった?」
 「梅!」
 白山と膝丸の声が重なった。
 「どっちだ?!」
 「押したのが一番早かったのは日向ー!」
 目をむく膝丸の前で、日向は改めて
 「梅」
 と答える。
 「どういうことだ!!」
 さすがに声を荒らげるが、制したのは白山だった。
 「早押しですから、早く押したものに回答権があるのです。
 わたくしたちは、回答権がないのに先に答えてしまった、と言う状況になります」
 「そ・・・そうか・・・。
 大声を上げてすまなかった」
 肩をすぼめる膝丸に頷き、沙那子が次の問題を読み上げる。
 「第十一問ー!
 三国志演義で、赤壁の戦い・・・」
 「あ、偏西風かな?東南の風、って言えばいい?」
 嬉しげな雲次に、雲生が苦笑した。
 「雲次にはサービス問題でしたね」
 「まーね!
 でも、歴史と文化も勉強しないと、って思ったよ」
 ようやく正解、と、雲次が肩をすくめる。
 「第十二問ー!
 トマトの原産地は?」
 「南アメリカのアンデス山脈高原地帯です。
 秋田くんと収穫した際に、調べましたので」
 「はい!
 たっくさんとりました!!」
 にこにこと手を打ち合わせる雲生と秋田に、白山が珍しく感情をあらわに唇をかんだ。
 「また・・・押し負けました・・・」
 「うーん・・・困ったねぇ・・・」
 首をひねった孫六が、ひそひそと白山に囁く。
 頷いた白山は、端末を彼へ渡した。
 「第十三問ー!
 サラブレッドの三大始祖は?」
 「・・・検索完了。
 ダーレーアラビアン、ゴドルフィンアラビアン、バイアリータークです」
 すらすらと答えた白山に、膝丸が眉根を寄せる。
 「いや、わかるか!」
 孫六が代わりに押さなくても、誰もわからなかっただろう答えに、沙那子が瞬いた。
 「間違えちゃった。
 でも答えが出たからいいよね。
 出そうとしたのは第十四問に持ってくね。
 本丸にいる馬のうち、尾に・・・」
 「ねずみが巣を作ったのは望月だ!!」
 「せいかーい!」
 「兄者!!俺はやったぞ!!」
 喜色満面で振り向くが、髭切はやや離れたところで始まった釣勝負の見物に夢中だ。
 「兄者ー!!」
 「え?
 お前も早く終わらせて、こっちにおいでよー」
 「わかった・・・!
 勝負を決めようではないか!!」
 沙那子が各刃の得意分野で振り分けたせいか、全組が勝利まであと一問となっている。
 「では最終問題!」
 沙那子の声に、全員が端末を持つ手に力を込めた。
 「五街道のうち、二番目に古いのは?」
 「にっ・・・?!」
 「東海道の次・・・?」
 どれだ、と困惑する中、大典太がポツリと押す。
 「・・・日光街道だ。
 蔵の中で・・・地図はよく見ていた」
 その言い様に皆、声を失った。
 「えっと・・・今度、僕と一緒に空でも見る?
 雲の名前を教えるよ」
 「私もお付き合いしますよ・・・?」
 鵜飼派の二振りへ、眩しそうに目を細めつつ、大典太が頷いた。
 「はーい!
 じゃあ、勝者は大典太・雲次組!」
 沙那子の宣言に、見守っていた男士達から拍手が沸く。
 「ほかのゲームはもう、だいぶ進んでるよ」
 と、濡れた髪をタオルで拭きながら、安定が声をかけてきた。
 釣とりんご、写経と算術は『時間内に一番多く』が勝者となる上、各組から一振りが出ているため、早押しが行われる横で既に数戦が終了している。
 「ずぶ濡れじゃん。
 何個取れたの?」
 加州に問われた彼は、むっと眉根を寄せた。
 「結託した鯰尾と堀川に、水に沈められたんだよ!」
 りんごどころじゃなかった、と肩越しに指した大きな水桶には、りんごの代わりに鯰尾と堀川が浮いている。
 「ゲームやんなよ」
 呆れる加州に、安定は鼻を鳴らした。
 「稲葉と富田、五月雨に村雲と、江ばっかりいるんだよ?
 正攻法で勝てるわけないよ」
 「あんまり酷いことすると、失格にするよ」
 「先に仕掛けてきたのはあいつらだよー」
 沙那子に舌を出した安定は、信房に呼ばれて水桶から鯰尾たちを引き上げに行く。
 「経とか算術は見ててもつまんなそーだから、釣りに行く?
 なんか盛り上がってんじゃん」
 りんごの水桶でまた、派手な水しぶきが上がっていることは無視する加州に手を引かれて、沙那子は釣りゲームの見物に行った。
 磁石を付けた魚の人形を床の上に散らし、糸の先に磁石を付けた竿で釣り上げるゲームだ。
 ルールは、池に見立てた輪の中に入らないことのみだが、魚と釣り糸の磁石が反発しあって、難易度を上げていた。
 境界線の淵には、1組から時計回りに獅子王、浦島、鬼丸、肥前、前田、九鬼、岩融、鶯丸、ソハヤ、日本号、御手杵、陸奥守、治金丸、巴、蜂須賀、静、小竜、千代金丸、今剣の19振りが並んでいる。
 「普段から釣をしているものが多いな。
 浦島が参加するのは不公平ではないのか?」
 髭切の傍で状況を見守る膝丸が言うと、浦島は真顔になった。
 「俺、遊びでも釣で負けるつもりないから」
 「うちも」
 「オレも」
 九鬼と治金丸も、竿を揺らしながら真顔で言う。
 と、
 「ぜんっぜんくっつかないです!!
 ぼく、めんどうになりました!!」
 かんしゃくを起こした今剣に、岩融が大笑した。
 「もっと腕を伸ばせ、今剣よ!
 魚よりやや上で磁石を揺らせば、この通りだ!」
 見事に釣り上げた岩融が、手元の紙に書いた正の字に線を足してから、魚を『池』へ戻す。
 他の薙刀や槍、太刀らも、自身の身長と腕の長さを活かして、それなりの数を釣っていた。
 「ぼく、岩融たちみたいにおっきくありませんもん!」
 嫌気がさしたところに、狙っていた魚を横取りされて、とうとう竿を放り出す。
 「ぼくもりんごにいけばよかったです!」
 「じゃあ、代わりに沙那子がやる」
 今剣が放り出した竿を拾って、沙那子が糸を垂らした。
 「磁石同士が反発しない組み合わせを狙えばいいから・・・」
 ひょい、と釣り上げた沙那子に、今剣が歓声を上げる。
 「じょうずですよ、沙那子さま!」
 「でも、お嬢は飛び入りだからね?」
 「19組は敗退だぞ?」
 「わかってますよぅ!」
 釘を刺してくる小竜と鶯丸に、今剣は口を尖らせた。
 「早押しは大典太が勝ったようだからな、俺も負けるわけにはいかんのだが・・・」
 唸る鬼丸の釣果は芳しくない。
 「俺も兄弟が勝った以上、勝ちたいんだがなぁ・・・」
 ソハヤが1匹釣る間に、浦島達、釣に慣れた男士達は、2~3匹まとめて釣っていた。
 「全然勝ちが見えないな・・・」
 既に諦め気味の獅子王がため息を漏らす。
 その一方で弟贔屓の蜂須賀は、浦島が釣りやすい位置に魚を寄せるなど、後方支援に余念がなかった。
 「裏切りもんがおるぜよ」
 「人聞きの悪い。
 どうせ勝ち目がないんだ、弟に協力して何が悪い」
 陸奥守に鼻を鳴らした彼の15組は、早押しで後家と同田貫が、りんごで堀川が既に敗退している。
 経を担当する日光も、周りが仏道にかかわりの深い刀達では分が悪く、算術も敵方に大慶と南海がいる以上、道誉に勝ち目はなかった。
 「真作の誇りはどこへ行ったがよ」
 「潔く諦めることも、時には必要ということだよ」
 リリースされた魚をまた、浦島の方へ寄せてやっていると、両側から巴と静が釣り上げる。
 「勝ちは諦めても、主の前で無様をさらすわけにはいかんのでな」
 「主ぃ・・・釣れているか?そちらへ寄せようか?」
 「沙那子でいいって言ってるのに」
 何度言っても主と呼ぶことをやめない薙刀たちへ言いつつ、沙那子は器用に釣り上げていった。
 「・・・これ・・・おもしろい・・・」
 その一言が出た途端、ぱっと浦島の表情が晴れる。
 「俺、もう十分釣ったからさ!
 あとは沙那子ちゃんの手伝いするよー!
 ね!
 蜂須賀兄ちゃんも!」
 笑顔を向けられて頷く蜂須賀の傍で、治金丸もにこりと笑った。
 「13組は早押しで勝ったしなー。
 オレが勝てなくても、ちい兄と地蔵と、長義が頑張ってくれるさー」
 それよりも沙那子が楽しんでくれることが大事だと、治金丸も沙那子の釣り糸の先へ魚をリリースする。
 「そういうことならしゃーなーよ。
 日向にはあとで謝っとけばいいじゃろー」
 九鬼も自分の竿を放り出して、見物に回った。
 と、ゲームを終えた三日月が、魚籠代わりのザルを手に寄って来る。
 「沙那子、釣った魚はこれに入れるとよい。
 本当の釣のようだろう?」
 「じぃじ、お経書き終わったの?」
 「あぁ、終わったぞ。
 時間内に何文字書けるか、という勝負だったからな、あっという間にな」
 三日月が指した先では、優勝メダルを首に下げた七星剣が喝采の中にいた。
 「さすがは神代の御刀であられる。
 丙子椒林剣殿とは僅差であられたよ」
 「算術も決まったよー!
 俺っ!」
 優勝メダルを頭上に掲げた大慶が、得意げに駆け寄ってくる。
 「なんだ先生、負けちまったのか」
 マイペースに釣り糸を垂らしていた肥前が言うと、南海は苦笑して眼鏡の位置を直した。
 「速さで負けただけだよ。
 正解率は同位だったよ」
 「勝ちは勝ちだもんねー!」
 「わかったわかった」
 顔にメダルを押し付けてくる大慶を押しのけて、またメガネの位置を直す。
 「こちらはもう、勝負がついてしまったのかい?」
 「まぁ、浦島の圧勝だろ。協力者までいやがる」
 ふん、と不満げに鼻を鳴らしながらも、やめることはしない肥前に南海は微笑んだ。
 「ウサギと亀の寓話もあるからねぇ。
 最後まで頑張りたまえ」
 「そろそろ終わりだけどな」
 言う間に浦島の端末から終了の音楽が鳴り、それぞれが手元の紙を取り上げる。
 「最高は76匹で、浦島優勝!」
 「ま!当然かなっ!」
 得意げに優勝メダルを掲げる浦島を見やって、日本号が肩をすくめた。
 「納得いかねぇが、何度やってもこんなもんだろうな」
 治金丸や九鬼たち、水に慣れた男士達は浦島の釣果に迫っていたが、他はせいぜい20匹前後で終わっている。
 「それより腹減った。
 飯はまだかよ」
 よいせ、と立ち上がった肥前は、厨房の方から漂ってきた匂いに鼻を引くつかせた。


 ―――― やや時は戻って厨房では、不参加の歌仙と小狐丸が、いつもよりは華やいだ菓子と夕餉の仕度をしていた。
 「随分と愛らしい稲荷ずしだね」
 歌仙が声をかけると、小狐丸はにこりと笑う。
 「せっかくですから、短刀や脇差のお子らに喜んでいただきたいもの」
 と、彼が皿に並べた稲荷ずしには、黒ゴマと刻んだ紅ショウガで狐の顔が描いてあった。
 「いいね、沙那子もきっと喜ぶよ」
 途端、小狐丸は表情を消す。
 「・・・あれは食しませんでしょう」
 未だ、人形を主とは認めない彼に、歌仙はそっと吐息した。
 「強情だよねぇ、きみは。
 神の眷属としての立場もわかるけれど、長年共に過ごして、少しはほだされないものかな」
 「私としては、付喪神にすらなっていない人形なんぞにかしずくあなた方の方が不思議ですよ」
 「うん・・・返す言葉もないな」
 でも、と、歌仙は楓や銀杏の形にした練りきりを皿に並べる。
 「沙那子は賢いからね。
 時を経ずとも、人語を話し、人と同じように動くこともできる。
 新たな意味での付喪神というものではないかな」
 「長い時、人の想いに触れた結果ではありますまい。
 あれの記憶はすべて、誰かの記録を入れられたものでしょうに」
 「やれやれ・・・本当に強情だ」
 また吐息すると、
 「なにが?」
 と、燭台切が暖簾をかき分けて入ってきた。
 「また、お嬢のことかな?」
 続く福島に、歌仙は苦笑する。
 「そうだよ。
 主とは認めなくても、せめて嫌わないでほしいのだけどね」
 「うーん・・・。
 石切丸さんみたいな穢れ落としの神様や、海の神様たちはヒトガタをお供えされることが多いからか嫌ってはいないけど・・・小狐丸さんは豊穣系だもんねぇ」
 困り顔の燭台切に、福島が肩をすくめた。
 「でもまぁ、他の本丸では絶対に見られないからってお嬢は、うちの小狐さんの写真を売って儲けてるんだろう?」
 「それも腹立たしい理由ですね」
 低く呟いて、小狐丸は眉根を寄せる。
 「こちらから危害を加えないだけ、よしとしてくだされ」
 それ以上を望むなと言う彼に、歌仙も渋々ながら頷いた。
 「おやまぁ、交渉決裂ですか」
 からかうような口調に、今度は歌仙がむっと眉根を寄せる。
 「様子をうかがっていないで、さっさと手伝いに来たらどうなんだい?」
 不機嫌な彼に、古今はくすくすと笑った。
 「人聞きの悪い。
 たまたまですよ」
 近くに寄った彼から、ふわりと墨の匂いが漂う。
 「・・・そうか、負けたのだね」
 「・・・歌が何首書けるか、でしたら負けませんでしたよ?」
 悔しさを笑みで覆った古今は、羽織を脱いで髪を括った。
 「そもそも、慣れぬものにも経に親しんでもらうことが目的だとおっしゃるからわたくしが出ましたのに、周りは地蔵や江雪どの、山伏どのなど、熟練の方ばかりでしたよ。
 勝者は七星剣さまでしたし、次点も丙子椒林剣さまでした」
 やや不満げに言いつつ、古今は歌仙が作り置いた紅葉色の餡で手際よく練りきりを作っていく。
 「人間無骨も経に出ると連絡が来ていたが、その面々では敵わなかったろうね」
 「その面子じゃ、さすがの三日月さんも勝てなかっただろうしねぇ」
 下ごしらえを済ませていた天ぷらを揚げながら、燭台切が苦笑した。
 「次回は、もっとちゃんとやってあげたいな。
 提案が遅かったよね、大般若は」
 福島が天ぷらを皿に盛り付けていると、ぱたぱたと軽い足音がいくつか、厨房に近づいてくる。
 「おまたせー!
 りんご組、お手伝いに来たよっ!」
 まだ湿った髪を後ろで束ねた乱に続き、包丁と京極、北谷も入ってきた。
 「ずぶ濡れになったからさー。
 着替えてて、遅くなったよー」
 のんきに言う北谷に、歌仙が不思議そうな顔をする。
 「水に浮かべたりんごを口だけで取る、と言うのは聞いたが、そんなに濡れるような遊びだったのかい?」
 「はぁ?!遊びじゃないよ!
 ずお兄と堀川と大和守が、頭押さえて溺れさせようとしてくるんだよ!」
 「なんと・・・!」
 包丁の言葉に驚く小狐丸へ、京極がため息をついた。
 「遊戯と言うには大変危険な行為でした。
 わたくし、同じ組の刀たちには申し訳ないのですが、棄権させていただきました」
 「あらまぁ・・・大変でしたねぇ・・・」
 どうぞ、と慰めに古今が差し出した練りきりを、短刀たちが嬉しげに受け取る。
 「それで、勝者は誰なんだい?」
 歌仙が問うと、両手に紅葉の練りきりを乗せて眺めていた北谷が、きらきらとした目を向けた。
 「そーゆー危ない妨害もかいくぐってりんごを取った、五月雨だよぉー。
 いやぁー、ニンジャってすごいねー」
 練り切りもすごい、とはしゃぐ北谷を、しかし、燭台切が気づかわしげに見やった。
 「りんごって、貞ちゃんたちもいたよね?まだ来ないけど・・・何かあったのかな?」
 「貞宗たちは・・・」
 困り顔で、京極が手を頬に添える。
 「沈められた太鼓鐘が怒ってしまって。
 物吉と謙信さんがなだめてくださっています。
 ・・・あの子はもう少し、名族たる自覚を持たないものかしら」
 「僕も、伊達はお小夜の教育に悪いと思っているよ」
 「ちょっと歌仙くん?!」
 燭台切が抗議の声を上げようとした所、
 「サイアク!なんなの、サイアクなんだけど!」
 大倶利伽羅に伴われて、火車切が低く怒りの声を上げながら入ってきた。
 「あれ、火車切くん、ふわふわちゃんとお揃いの衣装、どうしたの?」
 燭台切の問いに、火車切は無言で眉根を寄せ、代わりに大倶利伽羅が口を開く。
 「・・・鯰尾たちの争いに巻き込まれたそうだ。
 濡れたままだと風邪をひくから、着替えさせた」
 「まぁ・・・。
 せっかく、九鬼とお揃いでしたのにね」
 気づかわしげな京極からは、ぷいっと顔をそらした。
 「別に・・・一緒がいいわけじゃないけど・・・」
 「あら・・・。
 九鬼は、あなたと同じ装束だって、とても喜んでいましたよ」
 にこりと微笑まれて、耳まで赤くする火車切の頭を、大俱利伽羅が撫でてやる。
 「・・・それよりお前たち、菓子を作りに来たんじゃないのか?」
 「そうだった!」
 大倶利伽羅に言われて、乱が京極の手を取った。
 「冷蔵庫に寝かせてた生地、型抜きして焼いちゃお!」
 「おれも、サーターアンダギー揚げちゃうねー」
 厨房が賑やかになった頃。
 小豆や謙信、着替えを済ませた貞宗たちが戻ってきて、粟田口の短刀たちも、配膳の手伝いにやってきた。


 「わぁ・・・豪華だねー」
 三日月に抱き上げられた沙那子は、大広間に並べられた料理を見渡して、歓声を上げた。
 「沙那子が食せぬのは気の毒だが・・・」
 いつもの姿であれば、食べる真似事くらいはできたと言うのに、半身が骨の今はそうもいかない。
 「今、俺と長谷部が作った草稿を、後家が長文の抗議文にしてくれているからな。
 明日、こなたをこのようにした女史に渡すのだぞ」
 「三日月・・・。
 さすがに執着がすぎないか?」
 あきれ顔で、鶴丸が首を振った。
 「ただでさえ沙那坊優先が過ぎて、政府から『大侵寇に参加しなかった唯一の三日月宗近』って目を付けられているんだぞ。
 これ以上、奴らの心証を悪くしてどうする」
 「知るものか。
 政府などより、俺は沙那子の安全を優先するぞ。
 俺がいなくては、意地の悪い狐が何をするかわからぬからな」
 「聞こえておりますよ、三日月殿」
 料理の皿を運んできた小狐丸が、きっと三日月を睨む。
 「私は人形になど興味はありませぬので。
 早う修行にでもお行きなされ」
 「行ってもいいが、すぐに鳩を使ってもらわねば困る。
 意地の悪い狐が・・・」
 「しつこいですぞ」
 睨みあう二振りの間に鶴丸が割込み、三日月から沙那子を取り上げた。
 「まったく、いい年したじいさんたちが困ったもんだ。
 沙那坊、最後の投票をするぜ!」
 言いながら、沙那子を抱えた鶴丸が上座に立つ。
 「みんな、揃っているな!」
 出雲にいる大太刀以外、全振りが揃っていることを確認して、更に声を上げた。
 「もう着替えてしまった連中もいるが、最後に!
 今回のやつしくらべ、誰が一番だったか投票するんだ!」
 「・・・あ、忘れてたよ」
 「・・・しまった、長船の連中に着せてなかったなぁ」
 それがきっかけだったのに、と、日向と大般若が顔を見合わせる。
 そんなことには構わず、鶴丸が続けた。
 「投票は自分以外だぞ!
 自分以外で、誰のやつしが一番だったか投票しろよ!」
 「だったら・・・」
 「そりゃもちろん・・・」
 と、各刃が端末に現れたアプリで投票する。
 表示された結果に、鶴丸は苦笑した。
 「もうちょっと驚きが欲しかったなぁ・・・」
 呟きながら、上座に重ねた座布団の上に沙那子を降ろすと、石田が差し出した王冠を恭しく頭に乗せてやる。
 「一番怖くて!一番カッコよくて!一番可愛い、我らが審神者だ!」
 宣言に拍手と歓声が沸いた。
 その中で、
 「大般若」
 声をかけてきた日向を、彼は見下ろす。
 「次はうまくやろう、って?」
 「・・・ふん」
 自分の台詞を奪った彼に、日向は不満げに鼻を鳴らした。


 ―――― 翌日。
 再び『めんてなんす』に行った沙那子の帰りを待つ三日月は、時空門が設置された奥の間をうろうろと歩き回っていた。
 そんな彼の様子を、今日は長谷部と、長い抗議文を書かされた後家が見守っている。
 やがて時空門が開き、小さな黒猫が一匹、ととと・・・と、三日月の足元へ駆け寄ってきた。
 「じぃじ」
 沙那子の声で呼びかけた黒猫の姿に、長谷部は絶叫して崩れ落ち、後家は絶句しして立ち竦む。
 「沙那子・・・」
 わななく手で黒猫を抱き上げた三日月が、そっと黒い毛並みに頬をうずめた。
 「うんうん、新しい女史は俺が斬っ・・・いや、苦情を入れてやろうな。
 後家」
 怒りを含んだ声で呼ばれて、後家が歩み寄る。
 「書簡の一丈ごときでは足りぬ。
 三丈は書いてもらうぞ」
 「三条だけに、っていや、ごめんなさい・・・」
 睨まれて歩を引いた後家は後刻、直江状の倍以上の苦情を、一日かけて書くことになった。



 了




 










ネタがあれば書くと言って7年9か月ぶりの人形本丸です。
まさかそんなに経っていたなんて・・・。
本家の方でハロウィンネタが尽きてきたので、こっちでやってしまおうという軽い気持ちでした(笑)
軽すぎて、組決めもゲームの勝者(算術以外)も、Excelのランダム関数で決めたくらいです(笑)
メンバーと勝者が決まってから、展開と台詞を考えたのです。
ランダムなのに、沖田組が同じ組だったり、御前とにゃん泉が組んだり、本当に偶然か、怪しいことにもなりました(笑)
クイズは紋の判別を先に考えていたので、姫鶴が入ってしまったことでだいぶ困ったんですが、まぁ、姫ならこういうこと言うかも、ってことで(笑)
なお、クイズの目釘穴、変態の問題は、【サイエンス・アイ新書 日本刀の科学 臺丸谷政志著】より出しています。
浮世絵の問題は、書いた後に大河の『べらぼう』で雲母摺が出てきたので、もうちょっと早く更新すればよかったなぁと思いましたw
ともあれ、お楽しみいただければ幸いです。













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