〜 浅 緑 〜
雨上がりの空の下、萌え出でたばかりの葉に雫を絡めた柳を見遣り、三日月は目を細めた。 「浅緑 糸よりかけて白露を 珠にもぬける春の柳か」 持ち慣れぬ鍬を肩に担ぎ、一人満足げに頷く彼の傍を、一期一振が駆けて行く。 その腕には、新たに参陣した弟を抱えていた。 「信濃、もうすぐだから泣き止むんだ」 「でも・・・いち兄ー! 傷が残ったらどうしよう・・・! 俺、大将に嫌われちゃう?!嫌われちゃうかなぁ?!」 兄に縋りついて泣く信濃藤四郎がなんとなく気になり、三日月は一期一振が駆け込んだ手入れ部屋に足を踏み入れる。 「邪魔するぞ。 なんだ、信濃は傷が残るほどの重傷なのか?」 参陣したばかりで早くもかと、声を掛けた三日月を、一期一振が振り返った。 「三日月殿、お騒がせして申し訳ない。 運悪く、検非違使に出くわしまして・・・」 「それは不運だったな」 忌々しいことに奴らは、こちらを上回る戦力を持つ。 戦慣れした一期一振でさえ苦戦する敵に、つい先頃まで秘蔵されていた短刀が立ち向かうことはさぞかし困難だろうと思われた。 「よしよし。 この本丸の研師は有能だ。傷など残さぬし、残ったとてそれは勇戦の証だ。 刀剣としては誉と言うもの」 頭を撫でてやりながら微笑んだ三日月に、しかし、信濃は駄々っ子のように首を振る。 「やだー!! 俺・・・秘蔵っ子なのに、傷が残るなんて絶対やだ!!」 「わかったわかった」 泣きじゃくる弟を抱きしめてあやしながら、一期一振は歩み寄ってきた研師に頷いた。 「ほら、ここで一番の研師だよ。 彼に任せておけば安心だから。 もう泣き止みなさい」 にこりと笑って、一期一振は信濃を研師に渡す。 「すぐに終わるだろうから、外で待っているよ」 手入れ部屋を出る一期一振に続いて、三日月も外へ出た。 「粟田口の長兄とは大変なものだな。 俺も一応、三条の長老ではあるが・・・あのような世話をしたことはないなぁ」 むしろ世話をされる方だと、笑う三日月に一期一振は穏やかな笑みを浮かべる。 「可愛く思いこそすれ、大変だと思った事などありませんな」 「これはこれは、器が大きい」 くすくすと笑う三日月に一期一振は苦笑した。 「天下五剣にそうおっしゃられては、恐縮するしかありませんな。 ところで・・・」 ふと、一期一振は首を傾げる。 「これから畑番であられますか」 珍しい、と言う彼に、三日月は肩をすくめた。 「それがなぁ・・・先日、主を酷く怒らせてしまったのだ」 「主を・・・ですか。なぜまた?」 驚く彼から、三日月はそっと目線を逸らす。 鷹揚な彼の珍しい屈託に、余程の事かと一期一振は更に迫った。 と、三日月は目を逸らしたまま、ため息をつく。 「その・・・だな。 先日、乱が出て行っただろう? その事で主が、酷く塞いでいてな・・・」 その言葉に、一期一振は深く頷いた。 「旅に出たいなど、今までに言った事もありませんでした。 しかし最近、妙にそわそわしておりましたので、本人から聞いた時には何やら得心したものです」 ただ・・・と、一期一振は苦笑する。 「まさか、ああまで主にご心配いただくとは思っておりませんでしたから、こちらが慌てたくらいで。 刀は主に合わせるもの、強くなられた主にふさわしくなって帰ってまいりましょうと、私からは申し上げました」 それだけでなく、彼が他の刀剣達一人一人へ、丁寧に詫びを入れた事は誰もが知っていた。 「あれにはさすがの明石も感心していたぞ。 保護者とはこうあるべきだとな」 「恐れ入ります」 微笑みながら視線を外さない一期一振に、三日月は気まずげに咳払いする。 「お前が挨拶回りをしたおかげでな、他の者らも主に気を使って、声を掛けたそうなのだが・・・塞ぐ一方だったのだ。 なにしろ、小狐丸の冗談に笑うどころか、黙って席を外したほどだからな。 重症もいい所だ」 「小狐丸殿でも・・・ですか! それは確かに重症であられる」 主の一番のお気に入りである小狐丸が、近侍を外れる事は滅多にない事だった。 「俺もさすがに驚いてな、言ってやったのだ。 そう心配しなくとも、いずれ帰って来ると。 そしてその・・・野垂れ死ぬならそれまでだ、とな」 案の定、目をむいて睨んで来た一期一振から、三日月は数歩離れる。 「主もお前のように・・・いや、お前以上に睨んでな、座布団で酷く殴られてしまった」 「それは・・・後ほど、主に御礼申し上げねば」 「うむ・・・。 さすがに今回は、岩融にも叱られてしまった。 あやつに叱られたのは初めてだ」 「それはそれは・・・。 後ほど、岩融殿にも御礼申し上げましょう」 見開いた目を血走らせて、それでも笑みを浮かべようとする一期一振から、三日月は更に歩を退いた。 「だから・・・罰として、畑番を仰せつかったと言うわけだ。 すまん・・・」 首をすくめて詫びる三日月に、一期一振は軽く吐息する。 「以後、お気遣い頂きますよう、お願い申し上げる」 「あいわかった」 いつもの穏やかな顔に戻った一期一振に、三日月はほっとして頷いた。 と、手入れ部屋がいきなり騒がしくなる。 「いかがしたか・・・」 二人して見遣った瞬間、戸が開いて、信濃が飛び出て来た。 「いち兄ー!! 傷、残ってない?!」 「信濃! 服を着なさい!!」 一期一振の慌て声に応じるように、手入れ部屋から研師が飛び出して来る。 「拵がまだ・・・っ!!」 「いち兄ー!!」 勢い良く懐に飛び込まれた一期一振が、白目をむいた。 「おぉ・・・。 戦場でも、一期一振のこんな顔は見たことがないぞ」 なぜか感心して、三日月は小首を傾げる。 「柄まで通ったか?」 「今は柄がないよ! いち兄!刺しちゃってごめんなさい!!」 地に伏した兄に縋り、泣き叫ぶ信濃を三日月は背後から抱えた。 「俺まで刺してくれるなよ。 それ、一期一振を手入れ部屋に運んでくれ」 三日月に呼ばれた研師達が、一期一振を抱えて手入れ部屋に戻って行く。 「いち兄・・・!」 しゃくりあげる信濃を、三日月は下ろしてやった。 「案じずとも、あの程度の傷ならすぐ治る。 しかし」 軽く頭をはたいて、できるだけしかつめらしい顔をする。 「主にあのような事をしてはならんぞ。 あれは生身ゆえ、刺さりどころが悪ければ、死んでしまうそうだからな」 「え・・・っ? それって、壊れちゃうってこと?!あのくらいで?!」 頷いた三日月に、信濃は青褪めた。 「そんなに簡単に壊れちゃうのに、大将ってばなんでまだ生きてるの?!」 「強運なのであろうよ」 穏やかに微笑んで、三日月は信濃の頭を撫でてやる。 「短刀のお前と違って、太刀の一期一振は完治まで時が要る。 服を着たら、他の兄達の所へでも行っておいで」 「・・・一緒にいてくれないの?」 不安げな顔で見上げて来る信濃に、三日月は頷いた。 「俺は他に用があるのだ。 もうそろそろ・・・」 と、辺りを見回し、大きく手を挙げる。 「数珠丸殿!こちらですぞ!」 「おぉ、お探ししましたよ、三日月殿」 笑みを浮かべて歩み寄って来る太刀の姿に、信濃は唖然とした。 「畑番するの?!天下五剣が?!」 信じられないと呟く彼を見下ろし、数珠丸が微笑む。 「喜んで致しますよ。 あれは好きな仕事なのです」 言ってからふと、数珠丸は首を傾げた。 「太刀としては、奇妙でしょうか」 「いいや? 太刀にも畑好きはおりますし、蛍丸は大太刀であるのに喜んで働きますぞ」 三日月の言葉に、数珠丸はほっとする。 「さようでございますか。では、私も遠慮なく」 「うむ、では参ろうか。 信濃、後ほどな」 「あ・・・うん・・・」 あっさりと背を向けた三日月に頷き、信濃は二人を見送った。 雨上がりの畑は一面露を置いて、陽光に輝いていた。 「よきかなよきかな」 満足げに畑を見渡す三日月の傍らで、数珠丸は早速仕事を始める。 「先ほどはなにやら騒ぎが聞こえましたが、手入れ部屋で何かございましたか?」 畑の雑草を取りつつ問うて来た数珠丸に、三日月は笑って頷いた。 「粟田口の新参が、粗相をしましてな。 一期一振が負傷したのです」 「なんと。ご容体は?」 「なに、大した怪我ではありませぬよ。 旅に出た弟のことで気をもんでいたようであるし、養生にはちょうどよいと言うもの」 心配はいらぬと言い切った三日月に頷き、数珠丸は本丸御殿を見遣る。 「主も随分案じられて・・・。 皆、気遣っておられるようですね」 「あ・・・そ・・・そうですな」 気まずげに視線を逸らして、ひたすらに雑草をむしる三日月を、数珠丸は不思議そうに見やった。 「主には、悩みを打ち明ける方はおいででしょうか。 私はどうも、宗派が違いますようで」 「それは問題ありませぬ。 歌仙なる者が、今も茶室で説教を垂れておりましょう」 くすくすと笑って、三日月は本丸御殿を指す。 「歌仙の前の主は細川忠興と言う、利休七哲の一人でしてな。 今の主は歌仙に茶の湯の指南を受けると言う名目で、たまに茶室に籠もるのですが・・・」 くすくすと、三日月はまた笑い出した。 「あれは・・・いや、主は実は、自身初の付喪神である歌仙に土下座したまま、説教をされておるのですよ」 「土下座・・・ですか」 さすがに驚いた様子の数珠丸に、三日月は頷く。 「数珠丸殿がおいでになる前には、この本丸の和を乱したとして、長々と説教されておりました。 今日もまた、案じるのもよい加減にせよと叱られておるのでしょう」 「なるほど・・・。 主に諫言できる者がいるのは良い事です」 感心する数珠丸の傍らで、三日月の笑声は収まらなかった。 「御座所では、小狐丸と童達以外に甘い顔をせぬくせに、誰も見ておらぬ所では歌仙に平謝りしておる様が可笑しくてな。 こっそり覗いては、愉しんでおりますよ」 「これはこれは、お人が悪い」 「どうか秘めてくだされ」 にこりと笑って、三日月は立ち上がる。 「光忠から、食材の菜を採ってくるよう頼まれたのだった。 数珠丸殿、俺はミョウガを採って参るゆえ、貴殿は獅子唐をお願いできるかな?」 「承知しました」 今夜は天ぷらだと、雨に濡れた葉を楽しげに掻き分けて行く三日月へ、数珠丸も楽しげに微笑んだ。 「おや、キレイなのが並んでいるな。サボりか?」 畑傍の縁台に並んで腰掛け、茶をすする二人へ歩み寄ると、数珠丸が穏やかな笑みを浮かべた。 「これは鶴丸殿」 「サボりではないぞ。光忠に食材を届けたら茶と菓子をくれたので、休憩中だ」 勝手に菓子を摘む鶴丸を見上げ、三日月は小首を傾げる。 「手入れか?」 戦には出ていなかったろうにと、不思議そうな三日月に、鶴丸は首を振った。 「一期一振が信濃に刺されたと聞いたんで、見舞って来たんだ。 どんな顔をしているかと思ったが、普通でつまらなかった」 期待はずれだったと不満げな鶴丸に、数珠丸が眉をひそめる。 「いくら治る傷とはいえ、そのように面白がってはなりませんよ」 静かな口調でたしなめるが、鶴丸は悪びれもせず、軽く肩をすくめた。 「今、本丸じゃあ信濃が兄弟に酷く叱られていてな、泣き声が騒々しいって、気難しい奴らまで怒ってる。 その事も教えてやったのに、驚きもしないなんて、つまらない奴。 どうやら、兄弟の事であいつを驚かせるのは難しいようだ。 別の手を考えなきゃな」 どかりと縁台に座って腕を組む鶴丸へ、何か言おうとする数珠丸を三日月が制する。 「これに何を言っても無駄ですぞ、数珠丸殿。 説教はしがいのある者にのみするべきですな」 更正の余地はないと、笑う三日月に鶴丸が目を丸くした。 「主にさえ上から目線の三日月が、数珠丸には敬語か! こりゃ驚きだな!」 大声を上げる鶴丸に、しかし、三日月はふるりと首を振る。 「この本丸に見えた、初の同等であられるからな、数珠丸殿は。 それに、僧侶は敬って然るべきだろう?」 「・・・いや、お前。 僧侶どころかご神体にも上からじゃないか」 石切丸だけでなく、奉納刀の蛍丸、大太刀兄弟に対して敬語を使う様など見たことがないと言ってやると、三日月は軽く笑声を上げた。 「それもそうだな。 まぁ、数珠丸殿は特別だと言うことだ」 「私も三日月殿にお会い出来て、嬉しく思いますよ」 嬉しげに笑いあう二人を見やって、鶴丸は口を尖らせる。 「俺だって一時期とはいえ、奉納太刀だったんだぞ。敬えよ」 「とうに還俗しておるではないか。 すっかり世俗に染まった者を敬えと言われてもなあ」 三日月の言い様にふくれっ面になってしまった鶴丸を、またくすくすと笑った。 が、不意に真顔になって、目線を湯飲みの中へ落とす。 「・・・よもや主め、俺を現世の太刀と侮っているのはあるまいな。 俺が道理を説いても聞かぬくせに、歌仙の説教は土下座して謹聴とは。 俺もしばらく旅に出て、ありがたみを知らしめてやろうか」 「なんだ、そんなことを気にするのか」 意外そうに言って、鶴丸は束の間の晴れ間にさえずる鳥へ目を細めた。 「三日月の道理より、鶯の鳴き声の方がありがたそうだ」 「なるほど面白い。法華経(ほっけきょう)だけに、ですか」 数珠丸がぽつりと呟く。 一瞬、呆けた鶴丸は、嬉しげに頬をほころばせた。 「天下五剣のお堅い担当だと思ってたのに、驚きだぜ、数珠丸! いけるクチだな!」 「恐れ入ります」 真顔で礼を言う数珠丸の隣で、三日月が大きく頷く。 「数珠丸殿がお堅い担当なら、俺は天下五剣の美貌担当か」 大真面目に言う三日月を、鶴丸は鼻で笑った。 「天下五剣のお笑い担当だろ。 なんだその服。驚きすぎて呆れの境地だぞ」 「それほど珍しくない服だと思うが・・・なぜ皆、妙だというのか」 「自覚がないのが一番の問題だなぁ」 何か言い返してやろうと三日月が口を開いた時、 「あー!!ようやく見つけましたで、三日月はん!!」 大声を上げて、明石が迫ってくる。 「歌仙はんが主はんの説得に失敗して、さじ投げはったんや! やからあんた、今すぐ主はんに土下座して謝ってくれませんか?! このままやったら蛍丸がストレスでキレてしまいます!!」 掴みかからんばかりの勢いでまくし立てられ、三日月は唖然とした。 と、数珠丸が小首を傾げる。 「蛍丸殿はどうかされたのですか?」 「どうもこうも! お乱はんの事で主はんがあんまりしょげてはったから、さすがの蛍丸も気の毒がって声をかけたんやけど・・・」 ギリッと、明石が三日月を睨む。 「三条の長老はんが、小狐はんのポカをフォローするどころか、とどめさしはったもんやから、蛍丸の優しさがえろう身に染みはったらしゅうて、ここ数日、ずっと蛍丸が近侍拝命しとるんや!」 「いいことじゃないか。何が不満だ?」 近侍は皆が望む立場だと、不思議そうな鶴丸に明石は眉根を寄せた。 「普段やったらそうでっしゃろ。 けど・・・戦にも行かせてもらえんと、じめじめした御座所に閉じ込められて、ひたすらしょげてはる主はんの話し相手なんぞ・・・! ただでさえ我慢のきかん子なんに! 今にもキレそうや!はよ助けたって!!」 あんたにしかできんことやと、再び迫られた三日月はむっとしてそっぽを向く。 「お断りだ! なぜ俺があれに土下座など!」 「あんたが余計なことおっしゃったからやろー!!!!」 早く来いと、腕を引く明石に三日月は強情にも抵抗した。 「観念しろよ、三日月。 お前が主を怒らせたのは事実なんだからさ」 「観念するのはあなたもですよ、鶴丸殿!!」 突然背後から怒号を浴びて、鶴丸が振り返る。 「あれ、一期一振。もう手入れは済んだのか?」 血相を変えて出てきた一期一振の手に、見舞いの品として手渡した冊子が握られている様を見て、鶴丸はにんまりと笑った。 「ようやく顔色を変えたか。 どうだ、少しは理解したか?」 「まったくいつもいつも!! 私は大きい派だと、何度言えばわかるのですか!ささやかなんか認めない!!」 乱暴に押し付けられた冊子に、皆の目が集まる。 「女性の写真・・・ですか?」 大きいとかささやかとか、なんのことだろうと不思議そうな数珠丸の目線を、三日月が慌てて遮った。 「高僧の前で何を言い出すのやら、一期一振・・・! 遠慮せい」 気まずげな三日月に、しかし、一期一振は遠慮するどころか迫ってくる。 「いいや、三日月殿! おなごの胸は大きい方がよいに決まっているのです! そう思われるでしょう?!」 「ささやかだ!ささやか最高だ!そうだろう?!」 鶴丸にまで迫られて、三日月は言葉を失った。 と、 「人も胸も大きいのはよいことだと!常々おっしゃっているではありませんか!」 「言っておらんわ!! 人の台詞を勝手に変えるな!」 一期一振の勝手な解釈に慌てて反駁する。 そんな三日月を押しのけて、鶴丸が一期一振に迫った。 「お前はわかっていない!わかっていないぞ! ちょうど手の中に収まる大きさがいいんだ!」 このくらい、と、手を広げる鶴丸の傍らで、明石も三日月の腕を掴んでいた手を離し、広げる。 「あぁ、いいですな。 包まれたいより包みたい、ですな」 「それだ、それ!! なんだ、明石!お前、わかってるな!!」 席を蹴って立ち上がり、嬉しげに明石の手を取る鶴丸の手を、一期一振がはたいた。 「全然わかっておりませんな! 男子なら包まれたい、でありましょう!」 「馬鹿な!男なら包んでやれ!」 「せや!それでこそ保護者でっしゃろ!」 「いつも保護者だからこそ!女性に包まれたくて何が悪いのですか!!」 無勢になった一期一振が、三日月の腕を掴む。 「お味方くださいますでしょう?!」 「俺を巻き込むな俺を!」 困り果てて、三日月は一期一振の手を振りほどいた。 「では、いかなる大きさがお好みか!」 「そうだな、俺も、三日月の趣味は聞いてみたい」 「ささやか派ですやろ?なぁ?」 三人に迫られて、三日月は眉根を寄せる。 「大きさなどどうでもいい。 形がよければそれで十分だ」 言った途端、三人の顔色が変わった。 「美乳派ですか!邪道め!」 「大きさはどうでもいいだと?!この蝙蝠が!」 「三日月に蝙蝠とはまた、初夏だけに意匠を意識してきましたな」 「・・・ちょっと待て。 聞いて来たのはお前達だろうに、なぜ非難されねばならんのだ」 不満げに言って、三日月は手を払う。 「高僧の前で下世話極まりない。 他の者にでも問えばいい」 「他って・・・三条のか?」 「・・・小狐丸殿には、絶対に問いたくありませんな」 忌々しげな口調になった鶴丸と一期一振を、三日月は訝しげに見上げた。 「別に三条に限ったわけではないが・・・なんだ、小狐丸がどうかしたか?」 問えば、一期一振がきつく眉根を寄せる。 「先日・・・私が推し嫁写真集をお見せしたところ、実に感心されまして。 これは仲間かと喜んだのも束の間・・・」 彼は大真面目に言ったのだ。 『これはよいおなごであられる。既に五人・・・いえ、七人は産んでおられるか。めでたい』 と。 「・・・これだから豊饒神系は!! 言祝ぎなど余計ですよ!私の推し嫁は子など産んでませんし!!」 「俺も似たようなこと言われたぞ」 一期一振の絶叫に、鶴丸も大きく頷く。 「あいつに推し嫁見せたら、気の毒そうな顔をして・・・」 『ご安心召されよ。子を産めば、自然と張るものです』 と。 「誰が乳の出なんぞ心配しているか!このままでいいんだ、このままで!!」 「そらまた、空気読んで欲しいもんですわなぁ」 もう二度とあいつに推し嫁見せるものかと、滾る二人に明石が頷いた。 「まぁ・・・うちの蛍丸も豊饒神系ですから、同じようなこと言うかも知れませんな」 それとなく、『うちの子に変な話題を振るな』と釘を刺す明石に、三日月は思わず感心する。 「まぁ、童たちは母のような者が恋しいのかも知れんな」 「それですよ、三日月殿!」 びしぃ!と、一期一振が三日月を指した。 「私の好みも、原点はおかかさま(北の政所)ですし!!」 「なに?!それを早く言わんか!!」 思わず立ち上がった三日月が、一期一振の手を取る。 「尼君ならば、俺も快く思っていたぞ!」 「ようやくわかってくださいましたか!」 「あぁ!百年の知己を得た!」 手を取り合ってはしゃぐ二人を、鶴丸が忌々しく睨んだ。 「ちくしょ・・・裏切りやがって!」 「まぁまぁ、これで二対二ですわな」 明石の言葉にはっとした鶴丸が、冊子を広げて数珠丸に迫る。 「数珠丸!ぜひとも俺の、ささやか同盟に!」 「何をおっしゃる! 数珠丸殿、ぜひとも私の巨・・・!」 「なにやってるの、いちごおにーちゃん!」 不意に強烈な蹴りを食らって、一期一振が地に沈んだ。 「まーた女の子の話? そーいうコトばっかり言うから、エロイヤルなんて陰口叩かれるんだからねっ!」 「よぉ、お乱!帰って来たのか」 目を和ませた鶴丸に向き直り、乱は大きく頷く。 「在りし日の京を見て帰ってきた、乱藤四郎だよ ![]() どう?見違えたかな?」 「お乱はん! よう戻ってくれましたわ!」 未だ地に伏したままの一期一振を蹴り除けて、明石が乱の手を取った。 「さぁさ早ぅ、御座所にいっとくれやす! 蛍丸を解放したってや!」 「それなら大丈夫! 先にあるじさんにご挨拶したから、蛍ちゃんは近侍から解放されて、遠征に行っちゃったよ。 久しぶりのお外だって、走って行っちゃった」 「さいですか・・・!」 ほっとして、明石は胸を撫で下ろす。 「蛍丸がキレる前に帰ってきてくれて、助かりましたわ。 ほんなら今は、お乱はんが近侍でいらっしゃるのんか?」 「さっきまではね」 「なんだ、もう外されてしまったのかい?」 ようやく立ち上がった一期一振の問いに、乱は頷いた。 「あるじさん、可愛いんだよ ![]() ボク、旅先からお手紙を出してたんだけど、前のあるじさんの所にいるとか、ご馳走になってる、なんて書いてたから、嫉妬しちゃったらしくて! すごいご馳走用意してくれて、『この本丸の方がいいでしょう?』だって! だからつい、からかっちゃったら『一期の所に行っておいで』って、外されちゃった! 今は小狐丸さんが戻ってるよ ![]() けらけらと笑う乱に、三日月が苦笑する。 「お前が出て行ってから、大変だったのだぞ。 俺は主に酷く折檻されて畑番を命じられたし、小狐丸は近侍を外されるし」 「さっき明石も言っていたが、歌仙さえさじを投げた取り乱しようだったそうだからな」 しかし、と、鶴丸は乱の頭を撫でてやった。 「無事でなによりだ」 「うん、ありがと ![]() 嬉しげに笑った乱は、一期一振に抱き着く。 「いちごおにーちゃんも ![]() ![]() 「あぁ。偉かったね、乱」 抱きしめて頭を撫でてくれる手の下で、乱は嬉しげに笑声をあげた。 その様をじっと見つめる数珠丸を、三日月が見やる。 「数珠丸殿には随分とお見苦しく思われるでしょうな」 申し訳ないと、気まずげな三日月に数珠丸は、微笑みを浮かべた。 「そのような事は。 ただ・・・」 小首を傾げ、まじまじと乱を見る。 「どなたかに似ているような、と・・・。 つい先頃見た方だと思うのですが・・・」 しばらく考え込んだのち、はたと手を打った。 「・・・あぁ! 先日、加州殿と大和守殿が、画面を見ながら神楽を学んでおられた時の、巫女のお一人に似ておられる」 「神楽?」 あの二人がそのような事をしていただろうかと、首を傾げる三日月に、数珠丸が頷く。 「なんでも、銀河の妖精とか歌姫とか。 おそらく、五節の舞姫のような方々ではないかと」 「いや、それ・・・。 アホの子二人が、アイドルの真似して遊んでただけや思いますえ」 明石の遠慮のない一言に、鶴丸が笑い出した。 「確かに似てるな! よし、お乱! 生まれてきたからには、この天くらいは驚かせて見せるか!」 「あれってそういう話だっけ?」 くすくすと笑う乱に、明石は肩をすくめる。 「蛍丸が解放されたんなら、もう用はあらしまへん。ほな」 あっさりと背を向けた明石を、鶴丸が追った。 「蛍丸が遠征に行ったなら暇だろう? 茶でも飲みながら、ささやか談義をしようじゃないか!」 ライバルに去られた一期一振は、居心地悪そうに視線をさ迷わせる。 「では・・・私も、ご心配をおかけした皆さんにご挨拶を。 おいで、乱」 「はーい! じゃあね、三日月さん、数珠丸さん ![]() 手を振る乱に頷いて、三日月は再び縁台に腰を下ろした。 「・・・騒がしくて、申し訳ない」 「いいえ」 にこりと、数珠丸が微笑む。 「衆生の楽しむは我が喜び。 仏も見守って下さいましょう」 「そうある事を・・・願っておりますぞ」 しみじみと呟いて、三日月は手にした湯呑みにため息を零した。 了 |
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刀剣SSその7です。 なんかもう・・・あほらしい話ですみません(笑) いち兄がエロイヤルって呼ばれてるって話を聞きまして。 更には某きょぬー主の元にやたらといち兄が来て、もはや一日一振だって状況を見て、『いち兄はきょぬー派』って話が出来ました(笑) じゃあライバルも欲しいよね。鶴丸はきっと、守られたいより守りたい派だよね、って話になって、鶴がひんぬー派ってことに(笑) 更には北の政所繋がりとか、保護者的には守りたい派とかで、こんな馬鹿な派閥が(笑) うちの本丸、なんでこんなにあほの子ばっかりなんだろう(笑)>くれはさんが主だからでは。 |