〜 天守物語 〜






 ―――― 薄く開いた目に映ったのは、石造りの見慣れた天井だった。
 「あー・・・なんでここにいるんだっけか」
 畳の上で寝返りを打った鶴丸は、途端に痛み出した頭をさすりつつ起き上がる。
 「たんこぶ?!
 ・・・あ、そうか。
 石切丸に真剣発動されたんだった」
 部屋の隅に置かれた文机を見遣ると、布巾の掛けられた膳の上に光忠の字で、
 『落とし穴は埋めました。明日まで入牢してなさい』
 と書いた紙が置いてあった。
 「今日は貞坊と畑番のはずだったのに、なんで石切丸に変わってたんだ?」
 油断して深い穴を掘っていたら、通りかかった石切丸が落ちてきて、激怒した彼に真剣発動されてしまった。
 「・・・ってぇ!
 あいつ、あんな狭い穴の中でなんで大太刀振り回せるんだよ!
 変なとこ器用だな」
 たんこぶをさすりつつ文机に膝を進めた鶴丸は、布巾をどけた途端、眉根を寄せる。
 「ひじきは嫌いだって言ってるのに、光坊のやつ!」
 絶対食べるもんかとぼやきながら、椀の蓋を取ってすっかり冷めた汁物をすすった。
 と、
 「あ!
 燭台切さんのひじき食べないなら、俺がもらっていいですか?」
 牢の格子が開いて、夕餉の膳を持った鯰尾が入って来た。
 「なんだ、今日もお前か」
 つまらん、と呟く鶴丸に鯰尾が笑い出す。
 「入牢するのなんて、俺と鶴丸さんくらいでしょ」
 全く悪びれない鯰尾に、鶴丸も頷いた。
 「今日はなんだ?
 あいつに馬糞でもぶつけたか?」
 「・・・主にそんなことしたら、俺が行くのは牢じゃなくて冥土です」
 震え上がった鯰尾は、律儀に格子戸を閉めて、鶴丸の側に座る。
 「・・・ぶつけたのは、空気読めない最年少にです。
 あいつ、骨喰に『明暦の大火って凄かったのか?』とか『再刃されるのってどうなんだ?』なんて聞くもんだから腹立っちゃって!
 明暦の大火って、骨喰だけじゃなく、ここにいる結構な人数にとってトラウマなんですよ!
 なのに和泉守のやつ、平然と茶飲み話にして!
 教育的指導してやったら堀川が激怒しちゃって、馬糞の投げ合いになったんです。
 おかげで今、新撰組の宿舎がすごいことになってますよ!」
 ざまぁみろ、と笑う鯰尾に、鶴丸が小首を傾げた。
 「だったら喧嘩両成敗だろ。
 なんでお前だけ入牢だ?」
 主の裁定か、と不満げな鶴丸に、鯰尾は首を振る。
 「ちゃんと両成敗ですよ!
 俺は入牢だけど、堀川は今、和泉守と一緒に馬糞だらけの宿舎の掃除をさせられてます。
 さすが主、堀川の性格の悪さもちゃんとわかってる!」
 満足げに言いながら、鯰尾は鶴丸の膳からひじきの小鉢を取り上げ、代わりに冷奴の小鉢を差し出した。
 「食べ終わったらまた、練習につきあってくれませんか?
 骨喰をATG48の笑わないセンターとして売り出すためにも、いい振付編み出したいんですよね!」
 報酬先払い、と、酢の物の小鉢も差し出す鯰尾に鶴丸は頷く。
 「それはいいんだが・・・あわたぐちよんじゅうはち、ってなんだよ。
 お前達、まだ増えるのか?」
 「いいえ?
 来るとすればあと二人くらいかな。
 鬼丸兄さんと・・・主は増田に来て欲しがってますけど、誰が来るかはまだわかりません」
 その言葉に、箸を咥えて指折り数えた鶴丸は首を傾げた。
 「じゃあ、最大でも16人じゃないか。
 全然足りてないぞ」
 鶴丸の指摘にしかし、鯰尾は首を振る。
 「あれって適当に言ってるだけで、48人いてもいなくてもいいそうですよ」
 まあ、と、鯰尾は箸で格子の外を指した。
 「本丸のみんなが参加したいって言うなら入れてあげてもいいんですけど、うっかり三日月さんなんか入ったら、骨喰のセンターの地位が危うくなりますからね。
 メンバーの選定とか考えるのも面倒だから、粟田口だけでやりますよ。
 あとはSNJでもSSGでも伊達でも適当に作ってもらえば」
 「伊達組かぁ・・・。
 最近、光坊が小夜坊に構ってるから、もしかしたら歌仙や左文字も入るかもな。
 面白そうだ」
 鶴丸がくすくすと笑うと、鯰尾も頷く。
 「燭台切さんって世話好きですよねぇ。
 まぁ、小夜ちゃん可愛いし、俺も好きですけど、あの自由な歌仙さんまでが構ってるのは意外だったなぁ。
 俺も、世話をするのは好きなんだけど、骨喰限定だし」
 「歌仙は構ってるのか構われたいのか微妙だけどな」
 笑って箸を置いた鶴丸の膳に、鯰尾は空いた食器を重ねてまとめた。
 「じゃ!早速!
 こないだ入牢した時に持ち込んだDVD見ながらやりましょ!」
 いそいそとプレイヤーにDVDをセットする鯰尾を見遣り、鶴丸は首を傾げる。
 「前も思ったんだが・・・48なのに、男子アイドルの振付でいいのか?」
 女子アイドルの真似だったんじゃ、と不思議そうな彼に、鯰尾は頷いた。
 「俺も、可愛い振付してあげたいんですけど、骨喰がやりたがらないでしょ?
 乱なら喜びそうだけど、俺が推したいのは骨喰なんです!」
 「そうか・・・だったら光坊じゃないが、カッコよくやってみるか!」
 張り切って立ち上がった鶴丸は、暇潰し用に持ち込んでいたディスプレイへ向き直る。
 「じゃ!行きますよー!」
 石造りの牢内は音響効果抜群で、声もよく響いた。
 「描いていたー未来へー♪」
 「僕ーらはーゆくーんだー♪」
 『うぉーおおー♪』
 二人の声がぴたりと揃って、動きも見事にシンクロする。
 「春の花♪」
 「夏の風♪」
 『僕ーらはー生まれてきた♪』
 「・・・あ、ちょっと待って、鶴丸さん。
 今のとこ、もうちょっと可愛く小首を傾げてくれますか?
 俺と鏡合わせな感じで」
 「それもいいが、これじゃあ観客側にアピールが足りないんじゃないか?
 向かい合って両手を合わせるだけじゃなくて・・・おぉ、そうだ!」
 鯰尾と向かい合った鶴丸が、右手を上げた。
 「春の花♪で俺の右手合わせて、夏の風♪で左手、僕らはーで、二人でステージに向かう、と!
 あ、仲良しアピールで、右手は合わせたままな!」
 「いいですね、それ!
 最初のうちは骨喰もソロは嫌がるだろうから、俺がデュエットするつもりでしたけど、仲良しアピールは嬉しい!」
 「じゃあ、最初からな!
 描いていた未来へー♪」
 「僕ーらはーゆくんだー♪」
 既にDVDの振付は無視して、骨喰役の鶴丸と鯰尾が、仲良く見えるような振付を編んで行く。
 「それーぞれーの愛を♪
 ・・・って、ここはもっとくっついた方がいいか?」
 「うーん・・・あんまりベタベタするのも食傷されそうなんで、あえてここはさらっと行きますか」
 「そうだな、この後の歌詞もあるし。
 じゃ、それーぞれーの愛を♪」
 「それーぞれーの想いを♪」
 『このー手にー抱きながらー♪』
 二人で楽しげに踊りながら、牢内に気持ちよく声を響かせていた時だった。
 「主命だ!」
 「御用改めである!!」
 牢内どころか、本丸中に響き渡る怒号をあげて、踏み込んで来た長谷部と長曾祢が格子の前で仁王立ちになる。
 「びっくりした・・・なんですか、いきなり」
 目を丸くする鯰尾を、長曾祢が睨んだ。
 「鯰尾!
 貴様、俺達の宿舎を馬糞だらけにしておいて、よくも楽しげに歌って踊れるな!」
 「いいじゃないか、歌って踊るくらい。
 牢内は退屈なんだ」
 悪びれない鶴丸は、長谷部が睨む。
 「お前達二人しか入らないからと、すっかり私物化しているじゃないか!
 雑誌や茶汲みセットだけならともかく、AV機器まで入れて!
 地下牢はお前達の遊び場ではないぞ!」
 「あとは冷蔵庫と電子レンジがあれば完成なんだ。
 お前達、持ってきてくれないか?
 重いから諦めたんだが、お前達なら平気だろう?」
 『ふざけろクソジジィ!!!!』
 見事に揃った声に耳を貫かれた鶴丸が、眉根を寄せた。
 「・・・なんだお前達、同じような声で怒鳴って。ハウリングかよ」
 「お前が言うな!」
 「なんださっきの歌!ソロか!!」
 怒鳴り返された二人は、不満げに口を尖らせる。
 「似てるとは言われますけど!」
 「ソロに聞こえるなんてお前達、耳が悪いんじゃないか?」
 『減らず口を!!!!』
 またも見事に揃った声に、二人はうんざりとした顔を見合わせた。
 「それで?なんの用なんだ?
 俺達が歌って踊らないように監視か」
 「俺達、別に遊んでたわけじゃないんですよ?
 これはこの本丸を盛り上げようって言う、壮大な計画の一環なんですからね!」
 だから邪魔をするなと、悪びれない二人を格子の向こう側から長曾祢が睨む。
 「問題はそこじゃない!
 長谷部も言ったように、貴様らがここを私物化していることが問題なんだ!
 地下牢をなんだと思っているんだ!!」
 「音響効果抜群の練習場ですね!」
 「ここで南蛮のホラー映画見るとえらく楽しいんだぞ!」
 「なんの罰にもなっていないじゃないか!!」
 長谷部の怒号にしかし、鶴丸と鯰尾は目を丸くした。
 「え、罰だったのか、ここ?」
 「てっきり、後始末する間、邪魔しないように隔離されてるんだと思ってました」
 ねぇ?と、二人は意外そうに顔を見合わせる。
 「・・・全然反省してないじゃないか!
 同じ悪さを繰り返すはずだ!」
 頭を抱えてしまった長曾祢に長谷部が頷いた。
 「主命により、お前達が持ち込んだ私物は没収し、地下牢は封鎖する!
 即刻本丸御殿に戻り、蟄居することを命じる!」
 「自室で?
 いいけど・・・一人で練習って、やりにくいなぁ」
 「お!
 そう言えば、こないだ注文したささやか写真集が届いている頃合いだ。
 俺はさっさと戻るー♪」
 嬉しげに格子を潜って出て来た鶴丸の衿首を、長谷部が素早く掴む。
 「御殿に戻れとは言ったが、罰が終了だとは言ってないぞ。
 鯰尾は西の納屋、鶴丸は東の塗籠(ぬりごめ)に行け」
 「えぇー!納屋に閉じ込められるなんて俺、親に叱られる悪童みたいじゃないですか!
 もう夜だし、部屋に戻っていいでしょう?」
 「悪童だろう、貴様!」
 鯰尾の衿首を掴んだ長曾祢が、無理矢理引きずり出した。
 「主は大目に見ても、俺は貴様を許さんからな!」
 来い!と、鯰尾を引きずって行く長曾祢を見送った鶴丸は、自分の衿首を掴んだままの長谷部を見遣る。
 「塗籠は嫌だな。
 狭くて暗い場所は、墓を思い出すんだ。
 お前、墓に入れられたことなんてないだろう?」
 「また我が儘を・・・!
 嫌ならむしろ好都合だ!
 罰だと言っているだろうが!」
 こめかみを引きつらせる長谷部に、しかし、鶴丸はなおも言い募った。
 「四方を壁に囲まれた、狭くてくらーい部屋で俺が閉所恐怖症発症して泣き喚いたら、きっと主が気に病むぞ。
 あいつ、こないだも刀使いが荒いって、歌仙に説教されてたからな。
 主が俺のトラウマをつついたからもぉ夜戦に行けない!なーんて言ってやったらどうなるかな?
 歌仙だけでなく、光坊も一緒になって主に説教するぞ。
 狭い茶室で、デカい男二人に見下ろされて延々と説教されるのって、それこそなんの罰だろうなぁ?
 初の付喪神と、この本丸の食を牛耳る光坊の説教はさぞかし効くんだろうなぁ。
 でもまぁ長谷部が、主に土下座させてでも俺を罰したいって言うんなら仕方ないよなぁ?」
 「き・・・貴様、主を引き合いに出すとは・・・!」
 衿首を掴む手から力が抜けて行く様に、鶴丸はにんまりと笑う。
 「さあどうする?
 ある程度の裁量は認められているんだろ?」
 「・・・っ!!」
 とうとう鶴丸の衿首から手を放した長谷部は、顎で出口を指した。
 「出ろ!
 蟄居の場所は・・・離れの小部屋に変更する」
 悔しげな声を絞り出す長谷部の肩をはたいて、鶴丸は背後へと手を振る。
 「じゃ、俺は先に行っているから、茶と茶菓子と、ささやか写真集差し入れろよ」
 「調子に乗るな、クソジジィ!!!!」
 長谷部の絶叫は、音響効果抜群の牢内に幾重にも響き渡った。


 一方、納屋に放り込まれた鯰尾は、外から鍵を掛けられた板戸を不満げに蹴っていた。
 「もぅ・・・!
 せっかく鶴丸さんがつきあってくれたのに、台無しだよ!
 骨喰のアイドル化計画がずれ込むじゃないか!」
 ぶつぶつと文句を言っていると、格子窓から灯りが差す。
 「・・・誰のアイドル化計画だって?
 嫌だって言ったのに、まだそんなこと企んでたの?」
 「骨喰!」
 窓辺に寄った鯰尾は、格子越しに無表情な兄弟を見つめた。
 「そんなこと言わないで、やろうよ!
 他の弟達だって協力してくれるし、いち兄なんてノリノリで機材揃えてくれるよ!
 鶴丸さんもつきあってくれて、骨喰が可愛・・・いや、かっこよく見えるような振付考えてたんだよ?
 俺も一緒にやるから、やろうよ!
 みんなに骨喰の良さを知ってもらうんだよ!」
 「鯰尾ってば・・・」
 ため息をついた骨喰は格子窓を通り過ぎて、板戸に掛けられた掛けがねを開ける。
 「いつも、せっかちすぎ。
 今日だって、和泉守は悪気があったわけじゃないのに」
 律儀に板戸を閉めて納屋に入った骨喰は、隅に置かれた木箱の上に持参の明かりと茶菓子を置くと、その隣に腰掛けた。
 手招かれた鯰尾も、盆を挟んで腰掛ける。
 「和泉守は、俺の刀身彫がかっこいいな、って話しかけてきて、それは昔からあったのか、って聞くから、再刃される前の事は覚えてない、って話をしてただけ。
 明暦の大火が凄かったらしい、って言うのは俺から言った事で、和泉守はむしろ、大変だったな、って同情してくれてたのに、話の端々だけ聞いて勘違いした鯰尾が馬糞投げつけるから大騒ぎになったんじゃないか。
 あとで、和泉守に謝れよ」
 淡々とした口調で言われた鯰尾は、しゅんと肩を落とした。
 「俺・・・骨喰が嫌なこと言われてると思ったんだ・・・」
 「うん、鯰尾が俺のこと気遣ってくれてるのはわかってるし、嬉しい。
 でも今回は、鯰尾が悪い」
 「うん・・・」
 うなだれた鯰尾の頭を、骨喰は手袋を外した手で撫でる。
 「明日、俺も一緒に謝る」
 「なんで!!」
 顔をあげた鯰尾に、骨喰はほんのりと・・・鯰尾にしか気づけないほどの微かな笑みを浮かべた。
 「俺も謝れば、堀川もお前を許さないわけには行かないだろ?
 あいつ、厄介だから早目にかたをつけておかないと」
 「そうだね・・・!
 新撰組って、他の奴らは若いしちょろいけど、あいつはね・・・!」
 酷い言い様だが、二人は真顔で頷きあう。
 「骨喰、ありがと!大好きv
 「知ってる」
 愛想のない口調だが、骨喰のその言葉に、鯰尾は嬉しげな笑声を上げた。


 翌日。
 「鯰尾はよくやってくれたね。
 これで私の計画も通りやすくなった」
 手にした巻物でもう一方の掌を叩きつつ、ほくそ笑んだ一期一振を見上げて、博多藤四郎もにんまりと笑った。
 「いち兄のことやけん、主にはもう話しとっちゃろ?」
 「もちろん。
 だから昨日、二人は地下牢を追い出されたんだよ。
 あとは・・・」
 と、一期一振は視線を外ヘ向ける。
 晴れ渡った空を背景に、悠然と佇む天守を見上げ、笑みを深くした。
 「口うるさい御老刃太刀を黙らせるだけだ」
 「天下五剣も三振まで揃いよったけんね。
 鬼丸兄ちゃんがはよ、きんしゃればよかとに」
 そうすれば天下五剣にも話が通りやすくなると言う博多の頭を、一期一振は優しく撫でてやる。
 「いない間は私ががんばるよ。
 さぁ・・・そろそろ皆、集まる頃だ」
 放り上げた巻物を宙で掴んだ一期一振は、部屋を出て大広間へと向かった。
 この本丸に在る全員が集える広さだが、今日は意見のある者と、刀派の代表者だけが来ている。
 しかしなぜか、ここにあるべき主の姿はなかった。
 「ぬしさまは、皆の総意に任せるとの仰せです」
 一期一振の視線に気づいた小狐丸が、笑みを向ける。
 今日の彼は三条の一人と言うよりは、主の近侍として、書記役を引き受けているようだ。
 「では・・・皆様、この一期一振から主へ申し入れた件の、評定をしたいと存じます」
 三日月と数珠丸、大典太光世に一礼して座に着いた一期一振の隣に、博多もちょこんと座る。
 「おや、博多がいるという事は、金子の関わる話なのか?」
 微笑む三日月に、博多は大きく頷いた。
 「今日の俺はいち兄の・・・やない、一期一振の経済顧問として来とります。
 これから評定に掛ける件の、費用などば説明させてもらいますけん、どうぞよろしゅう」
 「あいわかった。
 それで一期、今回はなぜ俺達を集めたのだ?」
 呑気に問うた三日月に、皆が目を丸くする。
 「・・・三日月殿、議題は既に、いただいておりましたよ。
 今は地下牢しか使っていない天守を有効活用するために、改装を含め、いかように使うべきかの案を募るというものでございまするぞ」
 声を潜めた小狐丸に囁かれ、三日月は大きく頷いた。
 「あぁ、そうだったな。
 それで一期には、何か案があるとな?」
 微笑む三日月に笑みを返して、一期一振は広間を見渡す。
 「私の案は後ほど。
 先に、皆の希望を伺いましょう。
 何を収納したいか、あるいは、どのように使いたいか」
 「はいはいはい!!は〜い!!!!」
 一期一振が言った途端、日本号と次郎太刀が競うように挙手した。
 「・・・お二人の言う事は、聞く前にわかる気が致しますが、どうぞ」
 皆が呆れ笑いをする中に、酒豪二人は膝を進める。
 「地下に酒樽の保管場所を作っておくれよ!!
 一々買い出しに行くの、面倒なんだ!」
 「地下は室温が安定するから、酒の保存にいい場所なんだ!
 運び入れが大変だってぇんなら、俺と次郎でやるし!なぁ?!」
 「うんうん!!
 そんなのおやすい御用だからさ、お願いっ!!!!」
 両手を合わせて拝む二人を遮るように、光忠がすっと挙手した。
 「燭台切さん、どうぞ」
 一期一振の声に頷いた光忠が、日本号と次郎太刀に向き直る。
 「その件は、去年の年末に却下したはずだよ。
 君達と来たら、年末年始用に仕入れた酒を全部飲んでしまって。
 それ以来、備蓄は最小限、飲みたきゃ自分で買いにいけ、ってことで話はついただろうに、まだ言うのかい?」
 怒りに光る金色の瞳に睨まれ、日本号は気まずげに首をすくめた。
 「そ・・・それはそうなんだが・・・!」
 「気持ち良く飲んでる最中に酒が切れちゃった時の残念な気持ち、わかっておくれよ!!」
 なおも縋る次郎太刀には、冷たく首を振る。
 「君達、飲み過ぎなんだよ!
 毎日毎晩、ひっきりなしに飲んで鬱陶しい!
 酒は飲んでも呑まれるな!
 あんまり聞き分けがないなら禁酒させるよ!!」
 「う・・・!」
 さすがの二人も、この本丸の食を牛耳る光忠に逆らうことはできず、大きな身体を小さくしてうなだれた。
 「はい、じゃあこの件はナシで!」
 その代わり、と、光忠が続ける。
 「この本丸も人数増えたし、米・味噌・醤油や乾物なんかの備蓄できる物は買い置きしておきたいんだよね。
 特に醤油!
 出身地によって何種類もいるもんだから、もう厨房に置き場所がないんだよ!
 特に九州勢がうるさくてさ!」
 悲鳴じみた声をあげる光忠に、博多と蛍丸が頬を膨らませた。
 「関東の醤油はしょっぱかっちゃもん!」
 「あんなのでお刺身食べるくらいなら、塩つけた方がマシだよ!」
 ねー?!と、声を揃える二人に、光忠は舌打ちする。
 「いいお魚に砂糖醤油なんかつけて!
 もったいないと思わないのかい?!」
 「はんっ!博多湾で採れた魚は甘い醤油が合うとばい!」
 「肥後の魚だって、甘い醤油じゃないとおいしくないよ!
 それに、甘いのって言ったら俺達より、国広でしょ!
 日向の醤油って、俺と博多でもどん引くほど甘いんだから!」
 蛍丸の言葉に、そうそう、と、博多も頷いた。
 「いっつも眉間にシワ寄せとう山姥切と、豪快やち思っとった山伏が『こんなしょっぱい醤油で魚が食えるか!』って怒っとったもんな。
 ま、関東以北の田舎もんには、砂糖が貴重品やったろーけんしょんなかけどな」
 「君達、言っちゃあいけないことを・・・!」
 「まぁ、待て光坊。落ち着け」
 握った拳を震わせる光忠を鶴丸が止めると、三日月もしかつめらしい顔で頷く。
 「博多と蛍丸もな。
 古来、様々な食のあった日の本で、食の好みを語るは危険だ。
 所詮、分かり合えぬものと心得よ」
 古老のもっともな言い分に、皆が頷いた。
 「じゃあ・・・」
 と、咳払いして、光忠は握った拳を開く。
 「話を戻すよ。
 食料は風通しのいい階に置きたいんだけど、運ぶ手間がねぇ・・・。
 博多君、荷物用のリフトを設置する事ってできるかな?」
 問われた博多は、持参した天守の見取り図を広げた。
 「ふむ・・・。
 風通しのよかとこは上階やろうけど、あんまり高くても日が当たって悪かろうけん、二階はどげんね?
 二階やったら床面積も広かし、乾物やら軽かもんは、階段で運び込むのもそう手間やなかろ。
 重かもん用にリフトもほしかなら、一階分の昇降やし、大きかとが作れるばい」
 「いいね、それ!
 費用なら伊達も協力するよ!」
 「だったら酒もさぁ・・・!」
 「その端にでも、ちょっとよぉ・・・!」
 しつこい酒呑み達を睨んで黙らせ、光忠は博多と和解の握手をする。
 「よろしくね!」
 「りょーかいたい」
 頷いた博多は、見取り図の二階部分に『食料庫』と書き込んだ。
 「他に希望のある方は?」
 一期一振の声に、御手杵が挙手する。
 「なんだ、また槍か」
 今度はなんだと、睨んで来る大典太光世から、御手杵はこわごわと目を逸らした。
 「あー・・・俺は日本号達ほど飲まないし、結構切実な問題なんで、聞いてくれねぇかな?」
 「俺からもお願い!」
 御手杵の隣で、蛍丸も身を乗り出す。
 「槍もだけど、俺達大太刀も結構、切実なんだ。
 ね、次郎?」
 言われて次郎は、思い出したように頷いた。
 「そうだった。
 その話もあるんだった」
 ねぇ?と目を向けられた日本号も、手を打って頷く。
 「一階に、俺ら専用の手入れ部屋作ってくれ!」
 「手入れ部屋・・・でしたら既にありますが、あれではいけないのですか?」
 小首を傾げる数珠丸に、蛍丸が首を振った。
 「あれはあれでいいんだよ。
 俺達が言ってるのは、普段のメンテナンスができる場所ってこと。
 誰も怪我してない時なら、手入れ部屋に入れてもらってセルフメンテができるんだけど、誰か運ばれた時に、怪我もしてない俺達が使うのは悪いでしょ?」
 「いくら大きさに合わせて部屋をあてがわれているとは言っても、槍は三人、大太刀は四人いるんだ。
 鬼ごっこ中の短刀がいつ飛び込んで来るかわからないのに、デカくて長い刃を部屋に晒しておくのは危ないしな」
 御手杵らしい言い様に笑った日本号が頷く。
 「できるだけ早く手入れしようにも、なにしろデカいから時間はかかるし、室内じゃどうしても手狭でな。
 障子や襖が穴だらけになっちまうんだ。
 けど天守の一階なら、石垣の上だから水も使えるし、柱以外は何もない空間だから広々使えるだろ?」
 「アタシだって、自分の大太刀磨くのに自室じゃ苦労するんだ。
 アタシよりデカい兄貴や、刀身よりだいぶちっさい蛍はもっと大変だよ。ねぇ?」
 「だいぶちっさいは余計だよ!!」
 猫のように目を吊り上げて、蛍丸は次郎太刀を睨んだ。
 「そうか・・・。
 石切丸は特になにも言ってはいなかったが、皆大変だったのか」
 なぜか感心したように頷いて、三日月は博多を見遣る。
 「手入れ部屋は作れそうか?」
 問うと、博多はあっさりと頷いた。
 「こっちは簡単ばい。
 石壁に板か分厚い壁紙ば張ってやれば、うっかり刃をぶつけてこぼれることもなかろうけん。
 スペースのどの辺りがよかか言ってくれたら、すぐにでも手配するばい」
 「ほんと?!
 博多、ありがと!!」
 頬を染めて礼を言う蛍丸に、一期一振も目を細める。
 「では私も弟達に、ここでは遊ばないように言っておきましょう」
 他には、と問われて、数珠丸が遠慮がちに挙手した。
 「実は・・・経典と書籍の置き場に困っておりまして。
 自室の床が抜けるのではと、気が休まらないのです」
 「それは一大事であられますな、数珠丸殿。
 ありがたい経典を粗末にしては、ばちがあたる」
 珍しくもしかつめらしい顔をした三日月に目を向けられて、博多が頷く。
 「これも風通しのよかとこがよかろうな。
 けど・・・天守ゆーとは地震対策で、上階に行くほど軽くて揺れるよう作っとーけん、あんま上階に置くともな・・・」
 と、言葉を切った博多が、ちらりと一期一振を見遣った。
 博多に頷いた一期一振は、集まった面々を見渡す。
 「実は、地下牢があった場所を改装して、書庫とシアターを作りましょうと、私から主へ提案したのです」
 「シアター?
 ・・・あぁ、ATG48か」
 呟いた鶴丸が、不満げに眉根を寄せた。
 「そんなもののために俺の遊び場が取り上げられたのか!
 鯰尾に協力するんじゃなかった!」
 ふてくされる鶴丸に微笑み、一期一振は三日月を見遣る。
 「石壁に囲まれているため、素晴らしい音響効果でして。
 三日月殿も箏や琵琶の演奏をお楽しみいただけるかと。
 三条の方々はそれぞれ、お得意がございましょうから」
 「それは興味深いな。
 小狐丸や、久しぶりに合わせて見るか」
 「よろしゅうございますな」
 頷いた小狐丸は、しかし・・・と、小首を傾げた。
 「一期一振殿。
 我らより先に、鶴丸殿をご説得なさいませぬと」
 くすりと笑って見遣った先では、鶴丸が頬をふくらませている。
 「もちろん、鶴丸殿にもお楽しみいただけますぞ。
 シアターは何も、舞台だけではありませんからな」
 言うや、一期一振は手にした巻物を解いた。
 そこには天守地下の改装後のイメージ図が、色鮮やかに描かれている。
 「壁の一面をスクリーンにした上、高画質プロジェクターと高音質サウンドセットで、映画鑑賞を楽しんでいただけます。
 鶴丸殿お好みの南蛮ホラー映画が、今まで以上に楽しめますぞ」
 更に、と、一期一振が見遣った博多はすかさずカタログを広げる。
 「南蛮ホラー映画が原作の、ゾンビ撃ち遊戯もお楽しみいただけますが、いかがでしょう?」
 「伊達も資金面で協力するぞ、一期一振!」
 身を乗り出した鶴丸の傍らで、光忠がため息をついた。
 「鶴さん・・・誘惑に弱いんだから」
 「しかしながら」
 低く呟くように、挙手した江雪左文字に視線が集まる。
 「数珠丸殿所蔵の経典は、私も拝見させて頂きたいと望む貴重な物です。
 そのようにありがたい経典を、浮ついた俗世の物と一緒くたに置くのはどうかと。
 それに」
 江雪はじろりと、鶴丸を睨んだ。
 「きっと、いかがわしい書物を持ち込むに決まっているのです」
 万が一にもお小夜の目に触れてはいけないと、危惧する江雪に全員が頷く。
 「法度を設けるべきだな!」
 言葉を失った鶴丸の代わりに、長曽祢が声をあげた。
 「短刀達に見せられないような、いかがわしい書物と動画の持ち込みは禁止。
 いいな、一期一振。
 万が一にもお前の春動画コレクションとか持ち込むなよ!」
 「私か!!」
 いきなり飛んで来た火の粉に、一期一振が声を上擦らせる。
 「失敬な!
 私のコレクションは万が一にも弟達の目に触れぬよう、色分けした外付けHDDに保存して、鍵付きの棚に厳重に保管して・・・!!」
 「いち兄!いち兄!!」
 博多に袖を引かれて、一期一振ははっと口を覆った。
 「・・・ともかく、持ち込むことなどありませんな」
 口ごもる一期一振を訝しげに見ていた大典太が、三日月の袖を引く。
 「春とか外とか、なんのことだ?」
 「俺もよくは知らぬのだが・・・おそらく、知らぬ方が良いことではないかな?」
 なぁ?と見遣った小狐丸が、にこりと笑って頷いた。
 「俗世の戯言でございますゆえ、御三方にはお気になさりませぬよう」
 そして、と、小狐丸は一期一振と鶴丸に、恐ろしい笑みを向ける。
 「お二方におかれましては、場をおわきまえ下さりませ」
 「わ・・・私は別に・・・!
 言い出したのは長曽祢殿で・・・!」
 「興味あるなら後で、俺のささやか写真集持って行くぞ、大典太!!」
 「鶴さん!!ちょっと黙って!!」
 小狐丸に睨まれた光忠が、慌てて鶴丸の口を塞いだ。
 「聖俗を分けるのならさ」
 挙手もせず、歌仙が口を挟む。
 「部屋を区切ってしまえばいいじゃないか。
 そのくらいの広さはあるだろう?」
 問われた博多は、見取り図を見下ろして頷いた。
 「床面積は一番広かけんね。
 本棚で区切るともよかし、パーテーションで区切るともよかな。
 ・・・ああ、けど音響効果の件があるけん、やっぱ壁作った方がよかとかな。
 ま、仕切り用の壁はすぐ作れるけん、後で調整もできるばい」
 その辺りのチョイスは任せろと、自信ありげな博多に頷き、歌仙は手を叩く。
 「ね?
 聖俗どちら側でもいいから、僕の茶器や書画のコレクションを置く場所も作ってくれないかな。
 いい物を見つける度に持ち帰っていたら、部屋にも茶室用の納戸にも置けなくなってしまって」
 「あぁ・・・箱がかさばるしねぇ」
 わかるわかると、頷く光忠に歌仙も大きく頷いた。
 「高価なものだから、ぞんざいに扱うわけも行かないしね。
 ちゃんと空調と湿度管理して、書画も書物も傷まないようにしておくれよ」
 それに、と、歌仙は数珠丸と江雪を見遣る。
 「ただ置いているだけではもったいない。
 閲覧も出来るように、卓か座敷を設けてはどうかな?」
 「それは良い考えです」
 「数珠丸殿より経典の講釈など頂けると、なおありがたく存じます」
 乗り気な数珠丸と、珍しく嬉しげな江雪に頷き、歌仙は一同を見渡した。
 「これで地階から二階までは用途が決まったね。
 後の三階と四階はどうする?
 主は何か、希望があるのかな?」
 問われた小狐丸が、にこりと微笑む。
 「ぬしさまは皆の総意に任せるとおっしゃいましたが、ただひとつ、本来の用途は忘れぬようにと仰せでしたよ」
 「天守の本来の用途?
 そりゃ物置だろう」
 「それもあるけど鶴さん、天守のそもそもの役目は一番大きな物見櫓だよ」
 遠慮のない鶴の一声を、光忠が補った。
 「なるほど。
 では四階には何も置かず、使用も禁じると言うことか。
 ・・・ここで攻城戦などあろうはずもないが、そこは譲れんのだな」
 苦笑する三日月に、博多はにんまりと笑う。
 「城好きが昂じて改築までしんしゃった人やけんね。
 まぁ、主が派手に宣伝さっしゃったおかげで、他の審神者相手にえらい儲けたけん、そこは大目に見ちゃりぃ」
 「あいつが天守最上階に居座ったら、刑部姫と呼んでやるんだがな。
 髭切が喜んで斬りに行きそうだ」
 くすくすと笑う鶴丸を、小狐丸がじろりと睨んだ。
 「・・・鶴丸殿。
 ぬしさまを鬼女呼ばわりとは、無礼ですよ」
 不快げな彼に舌を出し、鶴丸は一期一振を見遣る。
 「ここまで決まったんだ。
 三階の用途はおいおい決めるってことで良くないか?」
 「・・・飽きたんだね、鶴さん」
 溜息をつく光忠に、鶴丸は頬を膨らませた。
 「だって、追い出された地階の代わりに俺の遊び場にしろって言っても、お前達許さないんだろう?」
 じゃあここにいたってつまらないと、我が儘を言う鶴丸に皆が苦笑し、この流れでお開きかと思った時。
 「待ってー!!!!
 三階、使わないなら俺に使わせて!!」
 駆け込んで来た加州に、皆の視線が集まった。
 「加州、なんだ今頃」
 呆れ顔の長曽祢を、加州は立ったまま睨みつける。
 「今!遠征から帰ってきたの!!
 なんだよ、俺も参加するって言ってたのに、なんでさっさと始めちゃうの!!」
 涙目で喚きながら、加州は居並ぶ年長者達の前へ進み出た。
 「衣装部屋にしようよ、三階!!
 俺の服が増えたってこともあるんだけど、皆だって結構衣装持ちでしょ?!
 特に三条は、着る服にも季節毎に決まり事があるみたいだし、あそこに置いておけば、正絹の着物を虫干しする時だって便利じゃん!
 そう思わない?!」
 勢い良くまくし立てられ、一同は視線を交わす。
 「箪笥を運ぶとは大変やけど・・・そげん重くない長持なら、問題なかっちゃないか?」
 「畳紙(たとうし)に包んでおりますし、棚を設えていただけるなら、その方が風通しはよいかと」
 提案する博多と、乗り気な小狐丸に加州は膝を進めた。
 「作る作る!!
 棚くらい作っちゃうから!お願い!!
 俺、衣装増えすぎちゃって今、長持に挟まれた隙間で寝てんの!!」
 「それは・・・減らせよ」
 「やだよ!気に入ってるんだから!!」
 口を挟んで来た長曽祢を睨んで黙らせ、加州は博多が広げる見取り図を覗き込む。
 「レイアウトは俺が決めていい?
 ちゃんと皆の衣装が収まるように考えるから!」
 「そうやね・・・」
 見遣った一期一振が頷くのを見て、博多も頷いた。
 「やったら、レイアウト案が出来たら先に見しちゃらんね。
 耐震性とかも考えんといかんけん」
 「わかった!すぐやるよ!!」
 頬を染めて頷いた加州が、三階部分の見取り図を嬉しげに抱きしめる。
 「じゃあ、これで決定ってことでいいか?」
 決定的に飽きたらしい鶴丸が、真っ先に立ち上がった。
 「あーぁ。
 俺の遊び場が、すっかりつまらんものになってしまった・・・」
 「そんなことないでしょ。
 南蛮ホラーのゲーム、楽しみなんでしょ」
 「出来るまでが退屈だ。
 ・・・お、そうだ大典太!
 さっき言ってた写真集・・・」
 「鶴さんやめて!!」
 鶴丸の口を塞いで引きずって行く様は誘拐犯のようだが、誰一人止めるどころか見ようともしない。
 「大典太殿、ソハヤも呼んで、茶でもどうかな?
 数珠丸殿も是非に」
 「ああ、いいぞ」
 「喜んでお付き合いしましょう」
 何もなかったとばかりに、和やかに笑い合う三人を、一期一振は一礼して見送った。
 「博多」
 皆が部屋を出てしまってから、一期一振は傍らに立つ弟を見下ろす。
 「おかげでうまく行ったよ。
 完全に思い通りだ」
 頭を撫でてやると、博多は嬉しげに笑って兄を見上げた。
 「伊達からも資金提供があるやら、思っとらんかったけん、ラッキーやった!
 これならもうちょっといい音響ば設置できるばい!
 いち兄、ATG48計画が始まったら、プロデュースは俺に任しちゃらんね?!
 ちかっぱ儲けるばい!!」
 「え?
 お前は出ないのかい?」
 せっかく可愛いのにと、残念そうな一期一振に、博多はにんまりと笑う。
 「いち兄がそういうなら、二足のわらじを履くたい。
 練習は大変かろうけど、いち兄は楽しみっちゃろ?」
 言われて一期一振は、手にした巻物に視線を落とした。
 「私の願いが叶うからね・・・!」
 ようやくここまで漕ぎ着けたと、感慨深げに呟く。
 「ここに来てから毎日のように撮っていた弟達のホームビデオ・・・!
 それを大画面・高画質・高音質で見られるなんて、楽しみでしょうがないよ!」
 「ちょ・・・声が大きいばい、いち兄!」
 慌てる博多の声も聞こえないのか、一期一振は興奮気味に頬を染めた。
 「五虎退の修行風景なんて、四日間寝ずにビデオを回し続けたんだから、ぜひノーカットで皆にお見せしなければ!!」
 こけら落とし上映会はこれで決まり!!と、こぶしを握る一期一振に、博多は苦笑する。
 「俺は遠慮するばい。
 四日間、ごこば追いかけとったいち兄みたいに、憔悴したくなかもん」
 「ええ?!なぜだい?!」
 信じられないとばかり、一期一振は悲鳴じみた声をあげた。
 「生まれたての仔鹿みたいに、ぷるぷる震えながら謙信公に挑む五虎退なんて、感動のあまり涙が止まらないのに!
 そのあと、謙信公の膝に座って寝てしまった可愛さと来たらこの世のものとは思えないのに!
 謙信公が亡くなった時、泣きじゃくるあの子に駆け寄りたかったのに、なんとか耐え忍んだ私の気持ちをわかってほしいのに!!」
 暑苦しく迫ってくる兄を押しのけ、博多はため息をつく。
 「・・・ともかく、これで主から『床が抜ける前に大量のHDDをなんとかしろ』って責められる日々も終わるばい。
 いち兄のコレクションは、数珠丸の比やなかっちゃもん」
 呆れる博多に、一期一振は口をとがらせった。
 「8TBのHDDがすぐに容量不足になるのだから仕方ないじゃないか。
 弟達の可愛さに、科学が追いついていないんだ」
 しかし、と、一期一振はにやりとする。
 「今まで録画したデータを保存しているHDDの保管場所と、これからも確実に増えるだろうデータを保存する機器を設置する場所は確保した。
 鶴丸殿には悪いが、あんな最適な場所を遊ばせておくなんてもったいないからね」
 悪い笑みを浮かべる兄を見上げた博多は、また深々とため息をついた。
 「・・・そんな理由で追い出された挙句、資金提供までしたやらわかったら、鶴丸も怒るやろうな」
 「バレなければ問題ないよ。
 その為に後藤じゃなく、お前を顧問にしたんだから」
 経済顧問と言うだけなら、後藤にも十分に資格があるが、大きい上に美しい鶴丸に憧れる彼が、万が一にもこの秘密を漏らさないとは限らない。
 「計画遂行は任せたよ、博多。
 あの天守を、粟田口の城にするんだ・・・再び天下を我が手に!」
 穏やかな物腰に隠していた本性を顕わにした兄に、博多は乾いた笑声を上げた。


 ―――― その後、改装工事は順調に進み、一期一振はこけら落とし上映会の準備をと、足取りも軽く天守の地下へと降りていった。
 「おや、一期一振殿。
 それが噂の四日間ビデオかい?」
 書庫に茶器を運びこんでいた歌仙に声をかけられ、一期一振は嬉しげに頷く。
 「さすがに四日は長すぎると、弟達にも言われましたので、断腸の思いで四十八時間にまで絞ったのです。
 これならば皆様にも楽しんでいただけますでしょう」
 自信満々に言い放った一期一振に、歌仙は人当たりのいい笑みを向けた。
 「それはいいねえ。
 では、僕の茶の湯講座もそのくらいは時間を頂くべきかな」
 「・・・は?」
 なんのことかと、笑みを凍らせた一期一振に、歌仙はわざとらしいほどに驚いて見せる。
 「おや、聞いてなかったのかい?
 こけら落としの為に、皆がそれぞれの特技を披露しようと張り切っているよ」
 「そ・・・れは・・・初耳でしたな」
 いつの間にそんなことに、と、訝しむ一期一振には気付かない振りで、歌仙はのんきに続けた。
 「僕は、三条の方々の演奏会が楽しみかなあ。
 きっと雅であられるだろうから。
 数珠丸殿による、経典の講釈も楽しみにしている者が大勢いるみたいだ。
 まあ、主は宗派が違うから、できるだけ短く、なんて罰当たりなことを言っているけど、ぜひとも一週間はかけてやって頂きたいな」
 「一週間?!
 それは・・・長すぎるのでは・・・!」
 自分が四日間連続でホームビデオを上映しようとしていたことなど遙か上の棚に上げた一期一振に、さすがの歌仙も吹き出す。
 「そうは言うけど、数珠丸殿が御自らご教授下さる経典の講釈だよ?
 こんなありがたい講釈、何年でも聞いていたいものじゃないかなあ。
 三日月殿なんて、しばらく前から予習なさっているよ」
 「何年・・・ですか・・・!」
 三日月を引き合いに出されて、一期一振は笑みを引き攣らせた。
 全く興味の持てない講釈など、何年どころか十分で眠りに落ちる自信がある。
 すると歌仙は、まるで一期一振の心を読んだかのように、呆れ顔で肩をすくめた。
 「そうそう、主も今の君みたいな顔をしてさ、『冗談じゃない、十分で眠りに落ちる自信がある!』なんて怒っちゃって。
 本当に罰当たりだ。
 そう思わないかい?」
 「い・・・いやそれは、宗派が違うのであれば致し方ないことかと!!」
 我が意を得たりと、食いついて来た一期一振に、歌仙は苦笑する。
 「せっかくの機会なのにもったいない。
 でも、書庫に座敷も作ってもらったことだし、講釈はそこでゆっくり聞かせていただくのも悪くない」
 「そうですとも!
 こけら落としにはぜひ、私の・・・!」
 「それもね」
 一期一振が掲げたHDDを指して、歌仙は微笑んだ。
 「主はぜひとも、ノーカットで見たいそうなんだけど、異国の歌劇会じゃあるまいし、四日間ずっと見ていては疲れてしまうと残念がっていたよ」
 だから、と、歌仙は笑顔で一期一振に迫る。
 「どうか主の我が儘を聞いてくれないかな?
 ノーカットのデータは主へ贈って、こけら落とし上映会は1〜2時間くらいのダイジェストにしておくということで」
 「そんなに?!」
 不可能だと言いたげな一期一振に、歌仙はやれやれと首を振った。
 「僕はいいんだよ?
 主もなんだかんだで乗り気だし、いいんだけどね。
 粟田口が2日分の時間を取るなら、三条や数珠丸殿にはそれ以上の時間を差し上げなければならないよ」
 「そんな・・・こけら落としに、何日かけるのですか!」
 四日間上映しようとしたどの口が、と言いそうになった口を、歌仙は笑みで閉じる。
 「全くだよ。
 皆、主の性格を理解していないにも程があるよね。
 ここの主は、最初の付喪神に僕を選ぶような、我が儘で性格の歪んだ御仁だよ?
 興味のない演目を長々と見せられるなんて事態になったら、どれほどご機嫌が悪くなるだろうね?
 天守に篭った刑部姫のようになってしまったら、さすがの僕でも宥めきれないなあ」
 「・・・・・・わかりました」
 一期一振は、懸命に不満声を絞り出した。
 「ノーカット版は主へお贈りし、皆様へはダイジェスト版をお見せしましょう・・・!」
 「最長でも2時間で頼むよ?
 じゃないと僕も、4時間は茶の湯講座をしなきゃいけないから。
 そんなに長々と話すなんて、さすがに疲れてしまうよ」
 「わかっております!!」
 憤然と踵を返した一期一振を、歌仙は手を振って見送る。
 「やれやれ。
 こんな時ばかり僕を使うんだから・・・主も君も」
 ちらりと見遣れば、書棚の隙間からそっと五虎退が顔を出した。
 「あ・・・ありがとうございました、歌仙さん・・・!」
 恥ずかしげに頬を染めて歩み寄って来た五虎退の頭を、歌仙は優しく撫でてやる。
 「兄上の愛情は嬉しくても、無防備な姿を皆に見られるなんて、さすがの君でも嫌だよねぇ」
 歌仙にさえわかることだが、弟への愛に目が曇った一期一振には理解できないようだ。
 「そ・・・そうなんです・・・!
 できればその・・・あるじさまにだって見て欲しくは・・・!」
 「うん、それは諦めて」
 五虎退の震え声を、しかし、あっさりと遮る。
 「五虎退の可愛い修行風景をノーカット版で観るんだって、今から時間作って張り切っているから」
 涙目になった五虎退に笑って、歌仙は上を見遣った。
 「君が主に申し出てくれたおかげで、こけら落としも一日で済みそうだ。
 こんな事に何日も付き合ってられないのに、五虎退が乗り気なら無碍にできないって困ってたしね」
 「あ・・・あるじさまのお役にたてたなら・・・嬉しいです」
 耳まで紅くして、五虎退は恥ずかしげに身を縮める。
 「うん、お役立ちお役立ち」
 また頭を撫でて、歌仙は五虎退の愛らしい姿に微笑んだ。
 「無理矢理だけど、一期一振を納得させたし、こけら落としが一日で終わるようにスケジュールを組まないとね。
 全く、我が儘な主の本丸には、我が儘な刀剣が揃うものなのかなぁ」
 僕も含めて、と笑う歌仙に何も言えず、五虎退が口ごもる。
 と、
 「あ、歌仙、ここにいたんだぁ」
 階段を降りてきた髭切に声をかけられ、歌仙は笑みを返した。
 「僕をお探しでしたか?」
 「ううん、キミじゃあなくて、刑部姫v
 天守に出たって聞いたんだけど、いないんだよぉ・・・どこに隠したの?」
 満面の笑みで・・・しかし、決して笑ってはいない目で迫られて、怯えた五虎退が歌仙の背後に隠れる。
 「おや?そこかなぁ?」
 怯えていることを知っていながら意地悪をする髭切から、歌仙は五虎退を庇った。
 「刑部姫なんか、この天守にいるはずないでしょ」
 「またまたぁv
 鶴丸が言ってたよぉ?」
 早く出せと迫る髭切に、歌仙も笑みを深める。
 「それは鶴丸殿が、主が天守に篭もるようなら刑部姫と呼んでやる、と言っていただけですよ。
 肝心の主は、階段を登るのが面倒だから篭ったりしないって、とんでもない理由で御座所にいるはずだけど・・・見ませんでしたか?」
 「・・・なーんだ、つまらない」
 笑顔のまま、しかし、目には怒りの炎を灯して、髭切は鞘を鳴らした。
 「とうとうあの鬼を斬れると思ったのに。
 ・・・ま、そのうち化性するだろうから、のんびり待つよv
 鋭い殺気を笑顔で覆って、髭切は太刀を腰へ戻す。
 「その時は僕達も一緒に消えるって、覚えていてもらえると嬉しいなぁ」
 棘を含んだ口調には、満面の笑みが返った。
 「ごめーんv
 それは忘れると思うーv
 踵を返した髭切が出て行ってしまうと、五虎退が歌仙の背後から恐る恐る顔を出す。
 「あの・・・あるじさま、だいじょうぶでしょうか・・・!」
 斬られちゃうんじゃ、と、震える五虎退の肩を、歌仙は力づけるように抱いた。
 「心配なら、五虎退がちゃんと守ってあげなさい。
 鬼を斬る髭切殿ならきっと、虎よりも強いからさ。
 四匹目の虎だね」
 「う・・・はい・・・・・!」
 不安げに目を彷徨わせる五虎退に笑って、歌仙は書庫を見回す。
 「今まで集めたものを入れても、まだ余裕があるなぁ。
 そうだ、次は作陶にも挑戦してみるかな!
 自分好みの茶碗を作るのも、悪くない」
 「え?!
 えっと・・・歌仙さんは、あるじさまをおまもりは・・・」
 「そんなのしーらない♪」
 我が儘な本丸初の付喪神は、やはり我が儘だからと、堂々と言い放つ歌仙に五虎退はため息をつき・・・自分には優しい主を必ず守ってみせると、強く誓った。




 了




 










刀剣SSその9です。
泉鏡花に全力で喧嘩を売る題名になりました(笑)
しかし刑部姫は、泉鏡花の方ではなく、元々の『日本三大鬼婆』の方だと思ってください(笑)
小狐丸は『鬼女』と言ってくれてますが、鶴丸は『鬼婆』のつもりで言ってますよ(笑)>お前、そこに座れ。
ちなみに、鶴丸と鯰尾、長谷部君と長曾祢は中の人が同じなので、『なんだ同じような声で!』ってセリフを言わせたいがために出したと言う、それだけのことでした(笑)
鶴と鯰が歌って踊っていたのは、刀剣男士team三条with加州清光の『描いていた未来へ』です。
三条に対抗して、三条の歌を歌ってたんですよ、この人達・・・!>おいw
この話、元々は『いち兄のホームビデオが大変なことになって、床が抜けるって話があるらしいよ』って聞いたことが書くきっかけだったんですが、うちのいち兄は本丸を支配しようとしている黒い人なので(笑)、全力で暗躍してもらいました。
真の敵は身内にいたわけですが(笑)
なんだかまとまりなくなってしまいましたけど、お楽しみいただけたら幸いですv













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