* 101 怒り *


* All is fair in love and war. *
〜 18.The angry 〜














 ゼクセン・グラスランド連合軍が、古い・・・というよりは、朽ちかけた湖畔の城に拠って、間もなくの事だった。クリスが、白い仮面で顔を覆った男に呼び止められたのは。
 ビュッデヒュッケ城内にある劇場の支配人だと名乗った彼は、つらつらと、あらゆる角度からクリスを見つめると、満足したように大きく頷いた。
 「なにか・・・?」
 警戒気味にクリスが問うと、彼は、芝居がかった大仰な仕草で『失礼』と、こうべを垂れる。
 「噂には聞いておりましたが、思っていた以上のお美しさ。
 クリス・ライトフェロー殿、貴女の美貌はきっと、舞台の上で光り輝くことでしょう!」
 舞台俳優のように豊かな声量で断言され、クリスはやれやれと深く吐息した。
 昔から、美貌を誉めそやされていた彼女である。
 その上、有力貴族の娘とあって、昔からよく、飾り物に祭り上げられていたものだ。
 中でも、教会の聖歌隊に入隊させられ、その中心で歌うよう、強要された時のことは、今でも苦い思い出として心に刻み込まれている。
 クリスの、信じがたい音痴を改善しようと、多大な努力を払った指揮者にさえさじを投げられ、除隊を命じられて以来、芸事へのコンプレックスが増すことはあれ、なくなるということは決してなかった。
 そんな彼女のことだから、支配人の依頼に、色よい返事をするはずもない。
 「申し訳ないが、私は無骨者ゆえ、役者には向いていない。他を当たってくれ」
 言うや、颯爽と踵を返した彼女だったが、支配人は、見事な身のこなしで彼女の前に回りこみ、進路を塞いだ。
 「なぜです?貴女には、舞台に立つにふさわしい美貌がおありなのに!」
 額に手を当て、身体全体で嘆かわしさを表現する支配人にふたたび吐息を漏らし、クリスは首を横に振る。
 「見当違いだ。私には演技などできない。大恥をかくだけだ」
 強情に言い張るが、それでも支配人は退かない。
 どころか、更に一歩、クリスに歩み寄ると、白い仮面の奥の目を光らせた。
 「貴女は、舞台に立つだけでよろしいのです」
 「いや、だから・・・・・・」
 「貴女に限っては、演技力など必要ない。
 貴女が出ると言うだけで、人が集まります」
 情熱的な演出家であると共に、有能な経営者でもあるらしい劇場支配人は、そう言って、気味の悪い笑声を上げる。
 「私は、存じておりますよ、クリス・ライトフェロー殿。
 ゼクセン騎士団とグラスランドの諸氏族が手を結んだとはいえ、未だ烏合の衆である彼らを、まとめかねていると言うことを」
 痛いところを突かれて、クリスは反論を封じられた。
 「更には、この城に顕著に見られる資金不足・・・・・・私は、その二つを同時に解決して見せましょうと、申し上げているのですよ」
 「そ・・・そんなことが・・・・・・」
 できるわけがない、という反論は、またもや封じられる。
 「この古い城に集まった方々・・・当代の歴々たる英雄達が、同じ舞台に立って、英雄譚、ロマン譚を演じる!
 近隣の町村の、耳目を集めないことがあるでしょうか?
 劇場には観客が引きもきらず、資金は潤沢に集まり、共に演じることによって、敵同士であった者達の心の距離も縮まる!
 まさしく、一石二鳥の良策ではありませんか!」
 そう言われてみれば、クリスとて興味を惹かれないことはない。
 が、自身が出演するとなれば、話は別だ。
 「支配人の経営理念はよくわかった。だが、私はせっかくの良策を無にしてしまいかねない。
 幸い、この城には美女も多いことだし、この話は別の者に振ってくれ」
 と、何とか拒み通そうとした彼女だったが、
 「団長自らが協力する、という姿勢が重要なのですよ」
 決して退こうとしない支配人に、徐々に、クリスも追い詰められていく。
 「意に染まぬことを率先して行うのも、長たる者の役目ではありませんか?」
 ・・・結局、退くことを知らない支配人の情熱から逃れることはできず、クリスは押し切られる形で、出演を了承させられたのだった。


 「帝国の愛?ミルイヒ・オッペンハイマー著?」
 渡された台本を手に、自身に割り当てられた部屋へと戻ったクリスは、その演目に訝しげに首を傾げた。
 古城の湖側に突き刺さった、船の一室は、ブラス城の執務室とは比べようもなく狭かったが、忠実な従者が心砕いたレイアウトと念入りな清掃によって、居心地のよい空間となっている。
 クリスは、部屋の中央にしつらえられたテーブルに着くと、良い香りを放つ紅茶をティーポットからカップへ注いで、台本のページをめくった。
 「聞いたことのない劇と作者だな」
 呟いた途端、
 「まぁ、名前から言って、暇をもてあました貴族の道楽ってところだろうな」
 「・・・っお前、いつの間に私の背後を・・・・・・!」
 クリスの背後には、湖に面した窓が一つ、あるのみである。
 不意を突かれ、少なからず驚いたクリスが、頬を紅潮させてナッシュを見上げた。
 「まぁまぁ、そんなことはどうでもいいじゃないか。
 ふむ・・・『英雄・カリョウと共に18年前の解放戦争を戦った元赤月帝国将軍ミルイヒ・オッペンハイマーの歴史ドキュメント』か。
 姫は何の役をやるんだい?」
 「生憎、姫の役ではないぞ」
 そう言って、クリスは登場人物の欄を指し示す。
 「英雄・カリョウの役だそうだ」
 「それはまぁ・・・ジュリエットを演るよりは、君に合っているかもしれないけど・・・」
 いかにも惜しいと言いたげなナッシュの声音に、
 「断固断ったのだ、ジュリエットは。支配人を折れさせるのに、5時間かかった」
 そう応えたクリスの顔は、先だっての対ハルモニア戦直後よりも、憔悴して見えた。
 思わず吹き出したナッシュに、クリスが恨みがましい目を向ける。
 「笑い事ではないぞ!私は未だかつて、これほど辛い戦いをしたことはない・・・!」
 声を詰まらせつつ、憮然と眉を寄せるクリスの頭を、ナッシュは笑いながらくしゃくしゃと撫でてやった。
 「クリスちゃんが出るんなら、俺も出してもらおうかなぁ。なんか、面白そうじゃないか?」
 「・・・面白いものか」
 憮然と呟いたクリスに、再び笑声を上げ、ナッシュはクリスの手の中で開かれた台本を、彼女の背中越しに覗き込む。
 「せっかくなんだから、楽しめばいいじゃないか」
 耳朶に触れた吐息がくすぐったくて、クリスが思わず肩をすくめる。
 と、
 「練習の相手くらい、してやるよ?」
 面白がって、わざと息を吹きかけるように囁く。
 「ちょ・・・ちょっと、離れろ!!」
 思わず、椅子から腰を浮かせたクリスを抱きとめて、ナッシュがクスクスと笑声を上げた。
 「冷たいなぁ」
 更に耳元に囁く声から、クリスは必死に逃げる。
 「からかうのはよせ!こっちは本当に切羽詰っているんだ!!」
 目じりを紅く染め、きっ、と、睨みつける目が本気だ。
 「はいはい、ごめんごめん。
 真面目に相手をしてあげるから、怒らないの」
 「全然誠意が見えないぞ、お前!」
 怒った猫のように目を吊り上げるクリスに、全く萎縮する様子もなく、ナッシュはのんきに笑っている。
 「俺に八つ当たりなんかしないで、潔く諦めなさい、騎士団長様」
 ぱふぱふと、軽く頭を叩くのが、子供扱いされているようで、クリスは更に憮然と、頬を膨らませた。


 「なななな・・・何人くらい・・・集まっているんだ・・・・・・?」
 舞台袖で、本気で震えながら、クリスは怯えた目で支配人を見上げた。
 「はて・・・。
 座席は、せいぜい詰め込んでも30程しかないはずなのですが、立ち見がかなりおりますからねぇ。
 まだ増えているようですし、最終的にいかほどになるのか、私にもわかりかねます」
 嬉しそうな声を仮面にこもらせて、支配人はうきうきと観客席を伺っている。
 「柿落とし公演の、ロミオとジュリエットが大好評でしたから、皆さんのご期待も高まったのでしょうね、きっと」
 「うっ・・・!!」
 ゴードンとミオが初演したかの名作は、ゴードンの演技力とミオの初々しさに感動した観客達から、再演の要請が相次ぎ、ロングラン公演が決定していた。(このため、ビュッデヒュッケ城唯一の医者が、現在ウツ状態にあるらしい)
 今日も、クリスの出演する『帝国の愛』の後に、彼らの『ロミオとジュリエット』が控えているのだ。
 「あ・・・あの二人の前に演じるなんて・・・!」
 余計緊張してしまったクリスの背に、そっと、支配人が手を添えた。
 「大丈夫ですよ、クリス殿。
 貴女がどんな大根であろうと、舞台の大道具に溶け込むほどの棒立ちであろうと、後にロミジュリが控えているからには、クッションを投げられることはありません」
 「・・・相撲取りか、私は」
 「さぁ!幕が開きますよ!!」
 支配人は、クリスの背に添えた手に力を込め、彼女を舞台上へと押し出した。
 「Break a leg!」
 「え?」
 足を折ってしまえ、などという不穏な言葉に、クリスが驚いて振り向くと、支配人は穏やかに頷いた。
 「成功を祈る、という意味です。舞台ではこう言うのですよ」
 さぁ、と、舞台を指し示す手に、クリスはぎこちなく頷いて固まった足を舞台上へと向けた。


 「ついに200年の長きにわたり、栄華を誇った赤月帝国も最後。
 かつては、黄金の皇帝と呼ばれたこのバルバロッサもまた・・・最後の時か・・・・・・」
 「ひっ・・・!」
 あまりの観客数に、引きつった悲鳴を上げそうになったクリスの背後で、支配人が威嚇のオーラを放つ。
 この演目の主役は、脚本の著者であるミルイヒ・オッペンハイマーなので、建国の英雄役と言っても、台詞はわずかしかない。
 逃げるな、という、無言の圧力を背中に受けて、クリスはもつれそうになる足を必死に舞台中央へ運んだ。
 紅月帝国最後の皇帝、バルバロッサ役を演じるカラヤ族のジンバに向かうと、なぜだか彼は、蕩けるように優しい眼差しでクリスを見返してくる。
 「来たか、テオの息子よ。名は確か・・・カリョウ・マクドール」
 「バ、バルバロッサさま。我がトラン軍は、このグ、グレッグミンスターを包囲しましたよ」
 震える唇を何とか動かして、つまりながらも最初のセリフを言うが、ジンバの、演技とは思えないほど真に迫った、懐かしげな表情と優しい声音に、クリスの緊張は更に高まった。
 ―――― ダメだ、私にはこんな演技はできないっ!!
 あまりのいたたまれなさに、顔を真赤に染め、クリスは俯いてしまう―――― その時、『主人公』は現れた。
 「バルバロッサさま、もう剣をお納めください。我らの愛した帝国は既に失われました・・・。
 悲しいことですが、これが歴史の必然ならば、私たちは受け入れねばなりません」
 クリスのそれとは比べ様もない、ナッシュの滑らかな言い回しに、自己嫌悪は更に募る。
 「ミルイヒか・・・。よくここまで来てくれたな。
 俺は・・・お前達を待っていたのかもしれないな」
 言いながら、ジンバは赤面して俯くクリスに、蕩けるような視線を注いでいた。
 「見てみろ、この庭園を・・・花咲き乱れる、美しい庭園だ」
 「あぁ・・・クラウディアも愛したこの庭園・・・・・・」
 ―――― 俺なんか全然見ちゃいないな。
 ここは、バルバロッサとミルイヒの会話のはずだが、ジンバはセリフだけは正確に、しかし、視線は熱くクリスに注がれている。
 ナッシュが、思わず苦笑を漏らしたことにも気付かず、ジンバはクリスを見つめたまま、最後のセリフへ移った。
 「ミルイヒ、この庭園が、私に残された最後の帝国領だ。
 俺は、この帝国を守る。
 この手で、この最後の帝国領を守ってみせるぞ!我が竜王剣よ、力を!!」
 「うわっ!」
 途端、ジンバと入れ替わった竜のブライトに迫られて、クリスがあとずさる。
 「カリョウ殿、恐れることはない!」
 普段では見れない、クリスの慌てふためく様がおかしかったが、ナッシュは笑声をこらえてセリフを繋いだ。
 「バルバロッサさま・・・・・・お許しを・・・・・・・・・!」
 言うや、ブライト・・・いや、黄金竜に突進すると、竜は見事な演技力を発揮して倒れた。
 「なかなかやるな・・・」
 ビクトール役のジョーカーが、ナッシュにではなく、ブライトの演技に賛辞を述べる。
 倒れた巨体の向こう側で、クリスに向き直り、
 「赤月帝国は滅びた。後のことはあなた方に任せます」
 そう言って、ナッシュはきびすを返す。
 「待ってください、ミルイヒさん」
 少しは落ち着いたのか、どもらなくなったクリスを肩越しに見遣り、ナッシュは微笑んだ。
 「カリョウ殿、ここからは、あなた方の仕事です。
 あなた方こそが、新たな歴史を作るのです。
 私はそろそろ、外へ出てナンパでも・・・」
 最後のセリフと共に、舞台袖へと引き上げたナッシュの背後で幕が下りる―――― 観客席から聞こえる大きな歓声に、気分よく舞台を降りていると、その肩を乱暴に掴まれた。
 「・・・どこに行くんですって、ミルイヒさん?!」
 「えっ?!なに?!俺、なんか言った?!」

 驚いて振り向いたナッシュに、クリスはこめかみを引きつらせ、がっつりと彼の肩を掴む手に力をこめる。
 「ナンパって、ナニ」
 闇の中にきらりと光る瞳が、獰猛な獣のそれに似て、対象者を威嚇した。
 「い・・・いやだなぁ、カリョウ殿・・・!軽い冗談ですよ!!」
 それまで、異様なほど落ち着き払っていたナッシュが、声を上擦らせ、大慌てで弁明する。
 「つい、いつものクセで口が滑っただけで、深い意味はなくってね!!」
 「ほほぅ・・・クセになるほどいつも、そういう事を言っているのか、お前は」
 「違っ・・・いや、そう言う意味じゃなくて・・・!!」
 「ではどういう意味だ!!」
 「・・・俺も、教えてほしいなぁ、ミルイヒさんよ」
 舞台袖の闇の中から、のそりと現れた黒い影に、ナッシュが悲鳴じみた声を上げた。
 「ジ・・・ジンバ!」
 「お嬢ちゃん、ちょーっと、この兄さんをおじさんに貸してくれないかな?」
 「え・・・・・・?」
 驚きと不満と不審の入り混じった顔で、ジンバを見返すクリスに、彼はとろりと目じりを下げて笑う。
 「すまないねぇ。あんたも、こいつにゃ色々と聞きたいことがあるだろうが、ここはひとまず、年上を立てちゃくれないかなぁ?」
 言いつつ、ジンバはクリスの手を取って、ナッシュの肩から引き剥がし、彼の身柄を拘束した。
 「さぁ、兄さん。久しぶりに、じーっくり話をしようなぁ・・・?」
 口元には深く笑みを刻みながらも、その青い目に殺意を満たしたジンバの凶悪な雰囲気に、ナッシュは命の危険を察知したが、既に身柄は拘束されて、逃げ出すこともできない。
 そんな二人の様子を見て、何を思ったのか、クリスはこくりと頷いた。
 「わかりました」
 「えっ・・・えぇっ?!クリスっ・・・!!」
 このまま連れ去られては殺される、と、はっきり予測するナッシュが、縋るような目を向けるが、クリスは無表情のまま無視し、歩を進める。
 「では」
 追い越しざま、そう言い放って、彼女はそのまま、振り向きもせず歩み去った。
 「じゃあ、行こうか」
 「きゃああああっ!!」
 ジンバに引きずられるようにして、劇場から姿を消したナッシュの姿は、その後しばらく、目撃されることはなかった。







〜 to be continued 〜












お題101『怒り』です。
実はこれ、『勝手に連載』をはじめるきっかけになった『3つの話』の第1話目にあたります。
・・・つまり、ここまで来るのに17話分もかかったっつーことですね;
今までちょこちょこと考えていたことを、ちゃんとした流れで書きたいなぁと思ったら、こうなってしまいましたとさ・・・。
それにしても劇場ネタ、大好きです・・・v
4で劇場が無くなってしまったのは残念・・・!









 百八題