| * 104 世界の終焉 * | |
| 5王子 | アズライール |
―――― 風に乗って、弔鐘の音(ね)が届いた・・・・・・。
「何をしている?!」
「王子!サイアリーズ様!急いでください!!」
思わず足を止めたアズライールとサイアリーズに、同行のゲオルグとリオンが、すかさず声を上げる。
だが・・・・・・
「待って・・・・・・」
「あれは・・・・・・姉上の・・・・・・!」
二人が、背後に遠く望んだ、ソルファレナの空に響く鐘は、ファレナ女王、アルシュタート・ファレナスの崩御を報せる鐘だった。
「陛下・・・・・・!」
アズライールを守ることで、頭が一杯だったリオンも、厳かな鐘の音に、深くこうべを垂れる・・・が、
「王子!サイアリーズ様!
早く、ルナスへ向かいましょう!
陛下の仇を討つためにも、姫様をお救いするためにも、ここでお二人がゴドウィンに捕まるわけには行きません!」
そう言って、ぎり、と、睨むように二人を見据える。
「そうだ・・・辛いだろうが、今は逃げるのが先だ。急げ!」
ゲオルグに急かされ、アズライールとサイアリーズは、無言で彼らに従った。
・・・・・・口を開けば、号泣することしかできない。
きつく唇を噛んで、まだ日の昇りきらない道を、一行はルナスへと急いだ。
「アズちゃん!!サイアちゃん!!
あぁ、よく無事で・・・・・・!!」
聖地ルナスの、斎主の館に入った途端、ハスワールが飛んで来て、逃亡者達を迎えた。
「アルちゃんが・・・!
ねぇ、あの弔鐘は、嘘でしょう?!
アルちゃんが亡くなったなんて・・・・・・!
それに、酷い噂も・・・・・・・・・!」
眉根を寄せ、ハスワールは気遣わしげにゲオルグを見遣る。
いつも穏やかに微笑んでいたハスワールの、ひどく惑乱した様子に、アズライールはようやく、麻痺していた頭が動き出した。
「ハスワールおば様・・・・・・。
ごめんなさい・・・・・・僕は・・・・・・・」
母も、妹も置いて、逃げ出した・・・・・・・・・・・・。
言葉にできなかった声に、ハスワールは気遣わしげにアズライールの肩を抱く。
「アズちゃん・・・それは・・・・・・」
仕方のないことだと、皆は言うが・・・・・・・・・
アズライールは、俯いたまま、きつく唇を噛み締めた。
―――― ファレナ女王国に生まれたことを、不満に思っていない、などと言えば、嘘になる。
ファレナ女王の長子に生まれながら、彼は、あらゆる権利から遠ざけられていた。
他国であれば、王の長男ともなれば、次期国王として丁重に扱われるのに・・・王位継承権がない、という、ただそれだけのことで、随分と軽く扱われてきたのだ。
それは、女王の代理として他国に赴く度、痛感してきた思いだった。
―――― 僕の、どこが彼等に劣っていると言うのだろう・・・・・・?
他国で、次期国王と敬われる、国王の長男達を見る度、その思いはアズライールの胸を去来した。
彼らの中には、次期国王にふさわしい威厳を持つ者もいれば、お世辞にも立派とは言えない、凡愚な者もいた。
『王太子』と敬われ、丁重に扱われることが当然だと思っている彼らは、女王の代理として現れるアズライールに、いかにも不思議そうに問うたものだ。
『アズライール殿は、女王の長男であられるのだろう?なぜ、このように従者が少ないのだ?』
『貴国の貴族は、随分とアズライール殿を軽く見ているようだが、次期国王に対してあのように無礼な態度をとるようでは、先が思いやられますぞ』
そんな、悪気のない問いや忠告に対し、アズライールはいつも、仮面のように笑みを貼り付けて、答えるしかなかった。
―――― 僕には、王位継承権がないのです。
驚き、いぶかしまれる度に、アズライールもまた、ファレナの国体をいぶかしんだ。
『王位継承権を持たないのだ』と知れるや、それまで丁重に接してくれた他国の者達に、冷たくあしらわれることもあったが、それでも、他国の人々の方が、彼を『ファレナ女王国の王子』として、丁重に遇してくれたものだ。
だがそれは、国に帰った途端、はかない夢だったと思い知らされる・・・・・・。
アルシュタート・ファレナスという、太陽が治める国では、他国の常識など、通用しなかった。
王子でありながら、あからさまに軽く扱われることや、貴族達の陰口や侮辱には、いつまで経っても慣れることなどない。
『気にしない』と笑う心の奥底で、溶岩のように怒りが煮えていたことも、一再ではなかった。
いっそ、ファレナが無くなってしまえばいい・・・そう思ったことすら、あったのだ。
「アズ・・・・・・大丈夫かい?」
俯いたままのアズライールの顔を、サイアリーズが気遣わしげに覗きこむ。
「ねぇ・・・ハス姉。
悪いんだけど、休ませてくれるかな・・・?」
サイアリーズの言葉に、ハスワールは慌てて斎官たちに部屋の用意を申し付けた。
「アズ、ちょっと休みな?」
サイアリーズはそう言って、母に良く似た顔に、強張った笑みを浮かべる。
彼女の方こそ、倒れそうなほどに血の気が失せ、目も赤く充血して、憔悴しきっていたが、とても、休むどころではないようだ。
「いや、僕は・・・・・・」
眠れそうにない、と言うと、ずっと無言で傍らにいたゼガイに、低くたしなめられた。
「使わぬ剣は鞘に納めるものだ。無駄に刃をいためる」
いつも、無口なくせに、こんな時は短い言葉で反論を封じてしまう彼に、アズライールはほんのちょっと笑って、頷いた。
「じゃあ・・・みんなも、休んで・・・・・・」
自分が休まないことには、全員が休めないのだ、と言うことにようやく気づいて、アズライールは踵を返す。
背後にリオンが従う気配がしたが、声を掛ける気にはなれなかった。
以前、リムスレーアと共に訪れた際に使った部屋に入ると、リオンは遠慮がちに声を掛けて、扉を閉ざす。
一人になった途端、耳が痛くなるほどの沈黙に襲われ、アズライールは、床に腰をおろした。
一人でいると、次々に奪われたものの幻影が蘇る。
今は亡い父・・・崩御した母・・・・・・囚われた妹・・・・・・・・・。
―――― 世界の終焉なんて、考えたこともなかった・・・。
そんなものは、あるとしても、ずっとずっと先だと思っていた。
しかし、太陽を奪われたファレナは、暗雲に閉ざされ、終焉は今にも、彼の目前で起ころうとしている。
―――― 止めなければ・・・・・・・・・。
だが・・・自分にそれが、できるだろうか・・・・・・?
アズライールは深思する。
ファレナ女王家の長男でありながら、ずっと軽んじられていた自分に、終焉を阻む力が・・・人心を掌握する力があるのだろうか・・・・・・?
―――― それでも・・・・・・!
アズライールは、不安に揺らぐ瞳をきつく閉じ、全ての迷いを凍らせて、胸の奥底に沈めた。
―――― ただ一人でも、立たなければ・・・・・・!
それが、ファレナの王族である、彼のやるべき事だ。
この国を・・・王女・リムスレーアを奪還する大義は、彼にしか背負えないのだから。
・・・その時、ルナスの聖堂から、女王の崩御を悼む鐘が響いた。
アズライールは、決意の光を宿した目を開き、窓辺に寄って、遠く、ソルファレナの空を望んだ。
今頃、首都では稀代の女王の葬儀が、粛々と執り行われているのだろう――――。
母の・・・父の葬儀にすら、行くことのできない彼は、その場に膝を突き、こうべを垂れて両親の死を悼んだ。
・・・・・・アルシュタート・ファレナスという、輝かしい太陽は、既に沈んだ。
だが、世界がどんなに深い闇に閉ざされようとも、いずれ、黎明は訪れる。
リムスレーア・ファレナスという、次の太陽を昇らせるため、アズライールは、闇を払う黎明となるべく、立ち上がった。
〜Fin.
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ゼガイって、本気で『アニキ』だと思うんですよ!(イキナリナニを言いますか、この人) 普段無口なのに、大事な時は短い言葉でビシ!と言ってくれて、戦いではものすごく頼りになるアニキ!! きっと、湖のお城では、少年達のアコガレの的ですね、ゼガ兄!!! さて、このお話は、ギゼ君の 『前王陛下の喪が明けたら、姫様の戴冠式をします』 という台詞に、 『っつーことは、王子も叔母様も、葬儀には出られなかった、と言うことよね!鬼畜!!』 と、怒りと悲しみにまみれて創作を思いついたものですよ。 おそらく、多くの幻水5サイトさんで扱われるテーマではないか、とは思ったのですが、自分で書きたかったので、許してくださいね(^^;) あ、そうそう。 ルナスのどこで鐘が鳴るんですか、と問われそうなんで、補足です。 そこんとこは私の創作ですよ!(無駄な断言すんな;) ソルファレナでも、時刻は鐘で報せていたし、女王の崩御時にルナスが何もしないってことはないだろうなぁ、と言う予想で一つ。 |
百八題