* 107 あなたに出会い生を受け あなたを失い死を知った *









 白い闇―――― そんなものがあるなんて、誰も知らないに違いない。
 だけど、私はずっとその中にいた。
 幾重にも守られた、白く、美しい神殿の最奥で、ただ、生かされていた。

 人形ならばまだしも、愛玩してくれる者がいただろう。
 だけど、私は恐怖の的だった。
 生まれ持った魔道の力は、通常の神官たちの遥か上を行っていた為、この力を他国に奪われることを恐れた上級の神官達によってこの場所に封じられたのだ。
 そんな者を、誰が愛すると言うのだろう?

 誰も私に、微笑みかけてはくれない―――― だから私は、微笑を忘れてしまった。
 誰も私に、話しかけてはくれない―――― だから私は、言葉を忘れてしまった。
 ただ時折、独唱のように紋章の詞(うた)を謡うだけ――――。

 白い闇の外で、何度夜が訪れたものか、何度風雨が去ったものか、それすら知らず、ただ、伸びていく髪の長さで時の長さを計った。
 ―――― 白い、闇の色に似た淡い色の髪が、私の膝裏にまで伸びた頃。
 澱んだ部屋に吹き込んだ風が、頬にかかる髪を無理やり掻きあげた。
 目を上げると、見たことのない少年が、私の目の前に立っていた。
 翠の目が、私を睨むように見下ろしていたけど、私は驚いたりはしなかった―――― そんな感情自体、持ち合わせてはいなかったので。
 私の世話係は頻繁に変わったけれど、それは全員女神官たちだった。
 彼女達は、明らかに私を恐怖していたから、この少年が嫌な役を押し付けられたのだな、と、ぼんやりと考えていた。
 だけど少年は、そんなに嫌なら早く出て行けばいいのにと、訝しく思うほど長い間私を睨みつけた後、ポツリと漏らした。

 「―――― ここから出たいかい?」

 私はしばらくの間、私の鼓膜を震わせたものがなんなのか、理解できなかった。
 音―――― というものは認知できる。
 髪を洗う時の水音、食事をする時の金属の音、世話係達の足音・・・・・・そういうものは、ちゃんと耳が捉えていたから。
 だけど、彼が発した音がなんなのか、理解することができない。
 すると彼は、呆然と彼を見返す私に歩み寄り、なんの躊躇もなく私の手を取ったのだ。
 「ここから出たいか、と、聞いている」
 間近に迫った顔の、口元が動いて、少年の澄んだ声は私に降り注いだ。
 「・・・・・・・・・・・・・・・っ」
 私の鼓動が跳ねた―――― 驚く、という感情が、初めて私に表われた時だった。
 そのまま口も利けずにいる私に、彼は不愉快そうに眉根を寄せた。
 「ずっと、ここにいたいのかい?」
 ―――― ずっと・・・ここに・・・いる・・・?
 夜の訪れも、風雨の去り行くさまも、人の声すら聞えない、この場所に――――?
 「・・・・・・・・・・・・ぃ・・・・・・・・・・・・ゃ・・・・・・・・・・・・」
 引き攣った声が、喉の奥から漏れた。
 紋章の詞を詠唱する時とは全く違う、引き攣った声が自分のものだとは、しばらく気づけなかった。
 「・・・・・・・・・い・・・・・・・・・や・・・・・・・・・・・・」
 少年に取られた手が、湧き上がる感情を抑えかねて震える。
 「いやです・・・・・・・・・ここにいるのは・・・・・・嫌・・・・・・・・・・・・」
 人の手の温もりを・・・人の声を知ってしまった後で、そのまま白い闇の中に残ることはできなかった。
 「連れて行ってください・・・・・・ここから出して・・・・・・・・・・・・」
 身の内から流れ出す熱いものが、頬を伝い、喉を塞いで、身体を震わせずにはいられない。
 「・・・・・・・・・外が、ここよりいい場所だなんて保証はないよ」
 苦いものを噛み締めたような少年の言いように、私は必死に首を振った。
 「それでも・・・・・・あなたはいます・・・・・・・・・!」
 私は、少年の手に縋った。
 私に温もりを、言葉を、感情を、そして涙を、初めてくれた人――――――――。
 あなたに出会って私は、自分が生きているのだと知ったのです。


 神殿を出てすぐに、髪を切った。
 私をあの場所から出してくれた方と同じ長さに切り揃えたら、あの方は嫌がってご自身の髪を切ってしまわれた・・・・・・。
 今、彼は、柔らかい褐色のそれを私の膝の上に散らして、永久(とわ)の眠りに就こうとしている。
 「・・・・・・ごめん・・・・・・君を巻き込んでしまって・・・・・・・・・」
 崩壊する遺跡の、轟音に包まれながら、不思議とその声だけは私の耳に届いた。
 あの時以来―――― 私の耳には、あなたの声しか届かない。
 霞み行く私の目には、あなたしか写らない。

 きっと私は、狂っているのでしょう―――― あなた以外の存在など、どうでもよかったのです。
 誰が死のうと、誰が悲しもうと、本当にどうでも良かったのですよ。
 あの神殿にいた時、私は死んでいたのですから。
 死人に、情を求めても無理と言うもの。
 ただ、私を生き返らせてくれたあなただけ―――― あなただけに、この魂を捧げます。
 だから・・・もう・・・悲しまないで・・・・・・・・・・・・
 あなたも・・・私も・・・もう・・・一人ではありません・・・・・・・・・・・・・・・







*END*













お題107『あなたに出会い生を受け あなたを失い死を知った』をお送りします。
・・・・・・・・・・・・暗い;;;;;
暗い・・・ですね、やっぱり;;;;
くれは、『108予定表』なるものを作っていまして、それぞれのお題を見て思いついたセリフや状況を書き込んでいるのですが、このお題にはただ一言、『ルクセラ以外の何を書けと・・・』というコメントが書いてあります(苦笑)
幻水3って、私がものすごいはまり方をしている魅力的なゲームですが、この二人の最期にはもう、『コンチクショー!!生きて幸せになりやがれっ!!』と、泣きながら怒ってましたー・・・。
大好きな二人だっただけに、へこみ具合もすごかったですよ(苦笑)

ところで、気づけばルックの名前が出てませんでしたね。(成り行きで・・・;)
この話は、『祖国の為に』を書いていた時、ルックが回想する神殿の様子から思いつきました。
『幾重にも守られた美しい神殿の、色も音もない部屋』
心理学の実験例に、被験者を刺激のない状態に置き続ける、と言うものがあるのですけど、これって数日もてばがんばったで賞なんですね。
長年幽閉されていたルック&セラの状態は、多分、発狂間違いなしの状態です;
こんなとこに幽閉されたという、同じ幼児体験をした二人なら、共感する部分も多かったのではないかと。いや、私の創作ですけどね(笑)











 百八題