* 012 異形の者 *
それはまだ、彼の外見と実年齢が、乖離(かいり)していなかった時のことだ。
ジョウストン都市同盟との間に戦を起こしたハイランド王国へ、援軍の将として出征していたササライの目に、久しぶりに帰った『円の宮殿』は、どこかざわついて見えた。
「妙に騒がしいね。僕がいない間に、何かあったのかい?」
自室に戻るや、クリスタルバレーに残っていた部下を呼び出して問う。
と、広い執務机を挟んで彼の前に立った女性士官は、引き締まった唇をわずかに緩めた。
「さすが、鋭くていらっしゃいますね、ササライ様。誰も、表だって動いてはおりませんでしたでしょうに」
即答を避けた彼女の言葉に、ササライはわずかに眉を上げる。
「この場所で、表面しか見えない人間は、消えていくしかない―――― 君は、呼吸する動物を捕まえて、『息ができるなんて、立派な奴だ』と誉めるのかい、レナ?」
座り心地の良い肘掛椅子に足を組んだササライは、穏やかに微笑みつつ、さらりと皮肉を言って、改めて答えを求めた。
「失礼致しました」
ほころんだ唇に苦笑を浮かべ、レナは深くこうべを垂れる。
「実は・・・ササライ様がお戻りになる直前、娘が一人、神殿から消えたのです」
「娘・・・・・・」
呟きつつ、ササライはレナから視線を外した。
まるで、ここではない、遠くのものを望み見るように視線を上げ、表情を消して、辺りの空気を探るような仕草をする。
「あぁ・・・。ほんとだ、気配が消えている」
ややして、表情の戻ったササライの言葉に、レナは内心、感嘆した。
この居室と、少女が幽閉されていた部屋の間には、かなりの距離があるものを、この神官将は、物理的な障害をものともせず、少女の不在を感じ取ったのだ。
さすがは真の紋章を持つだけのことはあると、感心するレナへ、ササライは再び視線を戻した。
「あの娘が、自力であの部屋を逃げ出したのかい?」
不可能なはずだ、と、疑わしげに問う彼へ、レナはゆっくりと首を振る。
「何者かが、侵入したものと考えられます。
あの部屋を守っていた者達が、全員倒されていたそうですから」
あっさりと答えたものの、本来、これは彼女の知るべき情報ではない。
レナは、ササライ直属の神殿近衛隊副長であって、少女の幽閉を指示し、行っていた者達とは違う部隊に所属しているのだ。
厳格な縦割り制度がまかり通るこの国の軍隊では、横の繋がりなどと言うものは、ほとんど存在しない。
が、彼女は、軍隊だけでなく、政治の中枢にも深いかかわりを持つ、ハルモニア有数の名門貴族の一人である。
彼女は、口の端にのぼる噂よりも確かな情報を多く仕入れることのできる、一握りの人間だった。
「・・・彼女を幽閉するためには、多くの神官達が苦労して結界を張ったんだ。
それを破るだなんて、何者なんだろう・・・・・・」
問いというよりは、独白に近い言葉に、レナは首を横に振る。
「魔導師であることは確かでしょう。衛兵達は全員、刃物によらずして倒されていたそうですし、それに・・・」
言いにくそうに口を閉ざしたレナに、ササライが微笑んだ。
「僕が仕上げた結界を、ものの見事に破ったから?」
「・・・僭越を申しました。申し訳ありません」
恐縮してこうべを垂れるレナに、ササライは笑声を上げる。
「謝ることはないのに。レナは真面目だから」
が、ふと笑声を収めて、ササライは顎に手を当てた。
軽く首をかしげ、考え込む様子の彼の前に、レナは黙って佇む。
やがて、
「向こうで、変な奴に会った・・・」
どこかぼんやりと呟いた彼に、レナは訝しげに眉を寄せた。
「敵方に与する魔導師だった・・・。
僕の魔法を封じ、撤退させた・・・・・・」
「ササライ様を撤退させた?!まさか・・・!」
レナが、驚愕の声を上げる。
神殿において・・・いや、このハルモニア神聖国全土においても、ヒクサクを除けば、ササライほど魔法の能力に秀でた魔導師はいない。
真の土の紋章を持つにふさわしい、ハルモニア最高の魔導師の一人である彼を退かせる者がいるとは、レナには到底信じることのできない話だった。
「ほんとだよ。あの時の変な感じ・・・とても気持ちが悪かったのは、一体なんだったんだろう・・・・・・?」
だが、もしかしたら彼なら、ハルモニアの神官達が苦労して築き、ササライが仕上げた結界を破壊することもできるかもしれない。
「誰なんだ・・・・・?」
あの時のことを思うと、また気分が悪くなるようだった。
「ササライ様・・・?」
気遣わしげなレナの声に、ササライは笑みを返す。
「大丈夫。
・・・・・・でも、あの娘をさらって、彼はどうするつもりなんだろう・・・?」
無意識のうちに、犯人を特定したササライの呟きに、レナは再び首を振った。
「私には・・・。
しかし、ササライ様。
神官達がいずこから見出し、神殿に幽閉したあの娘は、一体、何者だったのですか?」
レナの疑問に、ササライは驚いたようにやや目を見開き、彼女を見つめる。
「わからないのかい?」
それは、無知な人間を蔑む口調ではなく、むしろ、教えを請うそれに似ていた。
ために、レナは屈辱的な思いを浮かべる間もなく、素直に頷く。
「私は剣を持って戦う以外に能の無い人間です。ササライ様のように、他人の能力を感じ取るような力はとても・・・・・・」
他者が言えば、わざとらしいおべっかに聞こえるような言葉も、レナの毅然とした口調で語られれば、素直に受け止められる。
腹黒い神官や権力闘争に明け暮れる貴族達を見慣れたササライの目には、彼女の潔い態度は新鮮に映った。
ササライは、にこりと笑みを浮かべると、例えば、と、指を立てる。
「君達貴族のパーティに、僕が入って行ったら、目立つよね?」
その問いに、レナは即答できなかった。
ハルモニアの一等市民・・・いわゆる、上流階級の人間は、そのほとんどが金髪である。
二等以下の市民との区別を明確にし、選民意識を向上させることを目的としたその制度は、ハルモニア神聖国が年を経ると共に浸透し、今ではこの国の常識となっていた。
国民およびその周辺国家の民が、その体制に好感を抱くか否かは別として、だが。
しかしササライは、ハルモニアを支配する国主、ヒクサクに最も近い神官将であり、その地位は高位にあって揺るぎないものではあったが、なぜか、その髪の色は金色ではなく、淡い褐色だった―――― なぜか、と、自然に思うほどに、一等市民は金髪であるという意識は浸透している。
「この、神官将の服を着ていればともかく、別の服を着て、随従もなしに行けば、追い出されることは無いにしても、随分と無礼な扱いを受けることになるよね?」
そして、会場に入ったら入ったで、蒼い目が一斉に寄せられ、『あれは誰だ?』『どこの成り上がり者だ?』と、蔑んだ口調の囁きが交わされた後、彼の正体を知った者達が慌ててご機嫌を取りに来る。
「異質なんだよ、僕は。いや、異形と言った方がいいのかな?」
微笑が冷笑に変わりゆく様を、レナは、無言で見つめた。
表情までを消し去った彼女に、しかし、ササライは軽い笑声を上げる。
「レナ、君は何か、誤解していないかい?
僕が、貴族達とは毛色が違っていることに、劣等感を持っているとでも思っているのかい?」
「いえ・・・その・・・・・・」
そう言われてレナは、ごく自然に、金髪に生まれつかなかった彼を哀れんでいた事に気づかされた―――― 当然、コンプレックスを抱いているものと思っていたのだ。
この神官将が、そんな不安定な感情とは無縁のものだと、頭ではわかっていたつもりだったが、感情と言うものは、どうにもごまかしが利かない。
「異形にも、種類があるってことだよ、レナ。
僕は、貴族達と同じである必要なんか、全く無い。
外見が違うからって、それがどうしたと言うんだい?
僕は、自分が選ばれた者だと知っているし、自負している」
淡々とした口調で語られた言葉に、レナの背筋に震えが走った。
彼はむしろ、一等市民ごときと同じ地に立つことを潔しとしないのだろう。
改めて知った、この神官将の矜持に、レナの忌憚はあっさりと挫かれた。
高い場所から地を俯瞰している者にとって、小さき者達の表情や声など、気に留めるべくもない。
むしろ、同じ地に足を下ろすことこそが、屈辱となる。
「真の紋章を持つ者が、人などであるはずがはない―――― 神に近い存在なんだよ」
ましてや、生まれながらに真の紋章を宿していた者にとっては。
彼にとっては、自身らを『選民』と呼ぶ者達など、神経質に吠え立てる仔犬のごとき存在でしかないと、言外に言うササライに、レナは、深くこうべを垂れた。
「大変、失礼を致しました」
顔を上げられずにいる彼女の上に、軽い笑声が降り注ぐ。
「話が逸れたね。
つまり、僕が一等市民の中で浮いてしまうように、その場の空気にそぐわない者―――― それを、人は敏感に感じ取るだろう?
それと同じさ。
僕はあの娘が持つ気配を・・・この宮殿に集まった神官さえも凌ぐ、強大な力や異質な気配を、目に依らず感じ取っていただけだよ」
「神官さえも凌ぐ・・・?まさか、あんな少女に?!」
意外な言葉に、レナは思わず顔を上げた。
遠くから、ちらりと見たことのある少女はごく幼く、あのような幼女をまるで、巨大な爆発物でも扱うかのように慎重に幽閉していた神官達を、大仰な、と、冷笑したこともあったのだ。
しかし、ササライはそんな彼女に、諭すような微笑を浮かべる。
「あの娘がその気になれば、こんな宮殿、簡単に倒壊しているよ」
それほどに、少女の力は人間離れしていたと聞いて初めて、レナは自身が神官達へ向けた冷笑が、無知のなせるわざであることを知った。
「だからこそ、神官達はあの娘を幽閉し、神殿にのみ忠誠を尽くす者に育てようとしていたんだ・・・せっかく見つけたのに、惜しいことになったねぇ」
まるで他人事のような言い様に、レナは眉をひそめる。
「ササライ様は、惜しいとは思われないのですか?」
「別に?彼女がいくら人間離れしていると言っても、僕には何の影響も無いからね。
あの娘が、真の紋章を宿して生まれたと言うのであればともかく・・・・・・」
言いかけて、唐突に言葉を切ったササライの顔が、凍りついたように固まった様に、レナは息を呑んだ。
「ササライ様・・・?」
ただ事ではないその様子に、声を掛けると、ササライはまるで、初めて口が利けることを知ったかのようにぎこちない声を上げる。
「同じ・・・だったんだ・・・・・・あの気配・・・・・・・・・!」
「え?」
問い返したレナに向けられた目は、驚愕に見開かれ、淡い色の瞳は血流を受けて、鮮やかな蒼に変わっていた。
「戦場で会った魔導師・・・・・・!
あの気配は、僕と全く同じ・・・・・・・・・!!」
あの時感じた違和感の原因―――― それは、鏡に依らずして見た、自身の姿だったのだ。
人と異なることが当然であった彼にとって、それは、初めて遭遇する同族であり、初めて得たシンパシーだった。
「・・・レナ」
退室するように、と、身振りで示したササライは、一礼して下がった彼女の背を、見送りもせず自身の考えに耽る。
「誰なんだ・・・・・・?!」
見知らぬ誰かが、自分と同じ気配を有している・・・それは、群れる習性を持たない彼に、強烈な不快感をもたらした。
―――― 僕が・・・この僕が、誰かと同じ・・・・・・?
自身と同じ者・・・『同族』が存在するかもしれないという可能性は、彼に、安心感など与えない。
屈辱と嫌悪感―――― それを同時に与えた魔導師に、彼は、今まで感じたことのない、烈しい憎悪を覚えていた。
「・・・絶対に、突き止めてやる」
呟くや、ササライは彼らしくもなく、椅子を蹴って立ち上がった。
未だ右往左往する神官達を使い、今まで歯牙にもかけなかった少女を探すため―――― 少女を連れ去ったであろう、彼を見つけ出すために。
ただ、彼を見つけ出して、どうするかまではまだ、決めかねていた。
―――― 僕を・・・・・・
今でも、はっきりと思い出せるあの気配。
人間にはわかるまい。
彼ほどの魔導師だからこそ掴めたあの気配は、その力、その質においてあまりにも彼と酷似していた。
―――― 僕をこんなに不快にさせた・・・・・・たった一人の・・・・・・・・・
その後に続く適切な語は、思い浮かばない。
ただ、烈しい怒りにも似た焦燥が彼の足を速め、消えた少女と誘拐者の行方を追っていた。
〜Fin.〜
| お題12『異形の者』です。 セラがルックにさらわれた(?)直後のお話。 外伝2の時期にしたのは、ちょっと失敗だったかもしれない、と思いつつ、敢えて作成。 だって、レナを書きたかったんだもん・・・。(って、をい;;) 今回のメイン台詞は、 『僕は、自分が選ばれた者だと知っているし、自負している』 『真の紋章を持つ者が、人などであるはずがはない―――― 神に近い存在なんだよ』 でした。 『異形の者』というと、どうも『魔物』なカンジなんですが、『神』だって、人から見れば異形なんじゃないかなー・・・と。 実はコレ、随分昔に書いた別ジャンルの話が根底にあったりします;;; しかし、うちの神官将様は陰険なので、まんまと逃げ切られ、しかも真の紋章まで奪ったルックを見つけた時の台詞は、『ここで会ったが100年目!!』かもしれませんね・・・;;; きっと、優秀な下僕は、自分の幸せのために、永遠に口を閉ざしたのですよ・・・。(言いがかり) |
百八題