* 015 郷愁 *









 その街を囲む、石の城壁にただ一つだけ設けられた門を初めてくぐった者は、感嘆せずにはいられないという。

 まずその目に飛び込むのは、翡翠色をした、評議会議場の丸屋根。
 びっしりと隙間なく、敷き詰められた白い石畳に、整然と並んだ家々の赤い屋根。
 道は、訪れる者全てを海へ誘うように、港へと傾斜していく。
 母の・・・いや、族長の命令により、カラヤクランの代表として、初めてゼクセン連邦の首都、ビネ・デル・ゼクセを訪れたヒューゴも、やはり、その町並みの美しさに、惹かれずにはいられなかった。
 「・・・海なんて初めて見たよ。
 だけど、この音は気持ちいいな。草原を渡る風の音と似ているよ」
 先程、面会した評議会議場の人間は、傲慢で、冷淡で、どうにも好きになれないものがあったが、果てしなく広がる波の連なりを見ていると、そんなことはどうでも良くなってきた。
 「なんだ、もう家が恋しいのか?」
 傍らのダック戦士にからかわれて、ヒューゴはむっと眉を寄せる。
 「違うよ!
 軍曹こそ、こんな大きな水溜りを見て、ダックの村が懐かしくなったんじゃないか?」
 「馬鹿言え。こんな塩っ辛い水、お断りだな」
 大仰に羽を広げて、軍曹は肩をすくめた。
 「そんなことより、早く宿に行こうよ。腹減ったよ、俺」
 早くも海を見飽いたのか、二人の傍らで、ルルが悄然とうずくまる。
 「それもそうだな。ゼクセン料理がうまいかどうかはともかく、そろそろメシの時間だ」
 軍曹の言葉に、ルルは歓声を上げ、一行の先頭に立って、今夜の宿へと走って行った――――・・・。


 真夜中、ふと目を覚ましたヒューゴは、自分が広い部屋に一人で寝ている事に、奇妙な違和感を持った。
 ―――― ルル・・・?軍曹・・・・・・?
 友の姿を求め、横を見遣るが、狭い部屋に三つ並んでいたはずのベッドは、一つしかない。
 上体を起こしたヒューゴは、徐々に頭がはっきりとしてくるにつれ、自分がビネ・デル・ゼクセに赴いた時の夢を見ていたのだと気づいた。
 今、彼が寝ているのは、グラスランドとゼクセン連邦の中間にある、湖の城の一室だ。
 新たに炎の英雄の名を得た彼に、この城の城主が譲ってくれた部屋だった。
 目が闇に慣れていくにつれ、ルースによってすっかりカラヤ風に飾られた部屋の内装が浮かび上がってくる。
 我が家に戻ったような・・・しかし、我が家ではない部屋に、ヒューゴは深く吐息して、再び仰向けに寝転んだ。
 古いが、頑丈なベッドは、天蓋に覆われている。
 どこからか風が入り込んでいるのか、天蓋から垂れる、擦り切れた古い幕が、わずかに揺らめいた。
 「・・・ルル」
 風はまた、湖が奏でる波音をも、室内に運んでくる。
 目をつむり、海が発するそれよりもひそやかな波音を聞いていると、瞼の裏には、今は亡い友と駆け回った故郷の光景が浮かんだ。
 友と同じく、故郷の姿も、今は失い・・・。
 「ルル・・・」
 再び友の名を呼んで、懐かしい草原を想う。
 萌え始めた草の匂いをはらんで、吹き渡る風。
 互いに触れあっては、ざわざわと歌う草の間を駆ける爽快さ。
 全てが愛しく、懐かしい。
 「今度は・・・守って見せるから・・・・・・」
 守れなかった友。
 守れなかった故郷。
 目の前で、無残に失われたものは、再びまったきものとして取り戻せはしない。
 しかし今、真の紋章の力に脅かされつつある、グラスランドの草原は・・・。
 「絶対に、守って見せるから・・・・・・!」
 強大な敵に立ち向かうため、自ら力を、英雄の名を欲した少年は、改めて友に誓った。
 あの壮大な草の波を、遠い記憶としないためにも。
 愛しい地に、愛しい人々に、愛しい時に、郷愁を感じることのないように、彼は闇へと、厳かに誓った。





〜Fin.〜









お題15『郷愁』です。
今まで書いた中で、一番短いお話かもしれません・・・。(ちゃんとお話になっているだろうか;;)
『郷愁』のお題を見て、まず最初に浮かんだのは村を焼き討ちされたカラヤ族でした。
しかし・・・最後の最後で、『郷愁を感じることのないように』って、いちいちお題に逆らう作者で申し訳ありません(・_・;;;











 百八題