* 019 策略 *





 ―――― マルスカール・ゴドウィン卿の嫡子、ギゼルと、ファレナ女王国第二王女、サイアリーズの婚約を、ここに宣賜(せんし)するものである。


 ストームフィストの城でその知らせを受けた時、幼いギゼルは頬を紅潮させ、ぽかん・・・と、口を開けた。
 「僕が・・・サイアリーズ様と・・・ですか・・・・・・?」
 天上に住まう天使ではないかと、本気で信じるほどに美しい少女の姿を思い浮かべ、ギゼルは半ば呆然と、残りの半分は夢見心地で問う。
 と、彼の父は額に、深い皺を刻んだ。
 「第二王女、サイアリーズとは・・・。
 ファルズラーム姫・・・あの方はまだ、ファレナ女王ではないと言うのに!」
 呟いた声には、子供のギゼルにすらわかるほど、苦みばしっている。
 「シャスレワール姫も、堂々としておられればよいものを、お気弱な・・・!」
 幼いギゼルには、まだよくわからないことではあったが―――― 亡くなったばかりの女王、オルハゼータ陛下と、第一位王位継承者のシャスレワール姫の夫はどちらも、ゴドウィン家ゆかりの者であった。
 ために、元老院での勢力に危機を感じたバロウズ家が、ゴドウィン家の勢力を抑えるために、ファルズラーム姫を後援して暗躍し、彼女を玉座に近いところまで押し上げたのである。
 ゴドウィン側には、女王家の血筋に深く食い込んでいるという油断があり、彼らの台頭を見過ごしてしまった感があったことも否めない。
 それでも、所詮はファルズラーム姫とバロウズの悪あがき―――― シャスレワール姫の第一位王位継承権は揺るがない。
 そう、安心していたゴドウィン派の者達にとって、最大の急所は、実は、彼らの旗印であるべきシャスレワール姫だった。
 彼女は、よく言えば優しい・・・はっきり言えば、気の弱い女性で、妹姫やバロウズ派貴族達の、無茶な要求を押さえつけることができないでいる。
 彼女のおっとりした気性は、その長子であり、次世代の王族では最も年長のハスワール姫にも受け継がれたようで、ファルズラーム姫とバロウズの、二人へ対する無礼は、目に余るほどだった。
 なんと、ハスワール姫を差し置いて、ファルズラーム姫の長女が先に闘神祭を行い、国の内外に向けて、ファルズラーム姫こそが次期女王だと喧伝したのである。
 その専横ぶりは、オルハゼータ女王の崩御と共に、更に増長した―――― 女王の崩御直前から、水面下で暗躍し始めた幽世の門・・・女王国最大にして最悪の暗殺集団が関わり始めてから、流れる血は、格段にその量を増したのだ。
 ゴドウィン派貴族達に背を押され、当初はシャスレワール姫も、気丈に応戦していたものの・・・彼女の夫君が、無残に暗殺されるに至り、その気力はあっさりとくじけた。
 彼女は太陽宮を訪れたゴドウィンに、泣いて縋ったのである。
 「お願いじゃ・・・もう、許してたもれ・・・!わらわはもう、戦えぬ・・・!
 王位は妹に譲る・・・わらわは娘と共に隠棲し、二度と政には口を出さぬ・・・・・・!!」
 そう言うシャスレワール姫を、しかし、マルスカールは冷厳に諭したものだ。
 「次期女王たる方が、なんと気弱なことをおっしゃるか!
 姫は、我らがなんとしてもお守りいたす。
 どうか、お気を強くもたれい!」
 このような時に、これほどに惰弱な旗印を掲げなくてはならない忌々しさも手伝って、彼の口調は殊更に厳しくなった。
 「よろしいですか、シャスレワール姫!
 元老院の半数は、いまだ我がゴドウィンの傘下にございます。そして、シャスレワール姫の、第一位王位継承権もお変わりはない・・・!
 どうして、継承権第二位のファルズラーム姫や、強欲なバロウズなどに譲歩する必要がありましょうか!」
 決然と断言し、シャスレワールの反駁を塞いだマルスカールと彼の一派の者達は、猛然と反撃した―――― ファルズラーム姫の一派と同じく、幽世の門を用いて。
 「・・・そう、ファルズラーム様に譲る必要など、最初からないのだ・・・!
 シャスレワール姫の継承権放棄など・・・!
 ご本人が認めようと、我らが認めん!決してだ!」
 徐々に興奮し、高まっていく父の声に、ギゼルはうな垂れた。
 父のこの様子では、きっと、サイアリーズとの婚約は辞退する事になるのだろう。
 ギゼルが思い浮かべた素晴らしい未来は、一瞬のうちに霧散し、未練と共にそっと吐息した彼の耳朶を、別の甲高い声が貫いた。
 「お・・・お館様!!大変でございます!!」
 「何事だ!!」
 常であれば、彫像のように静かな執事の慌てようと、父の怒声に、ギゼルはすくみ上る。
 ―――― 今度は一体、どんな悪いことが・・・・・・?
 ふと、そんな言葉が思い浮かんだ瞬間、ギゼルは、身を翻して駆け出した―――― 母の、部屋へ・・・。
 「若!!なりません!!」
 執事の悲鳴じみた声に、確信は強まり、ギゼルは階段を駆け上がった。
 既に老境に入った執事の足では、素早い子供を捉えることができず、ギゼルは母の部屋に至った。
 部屋の前では、幾人もの侍女達が、血の気の失せた顔で腰を抜かし、邪魔な置物のようにドアを塞いでいたが、ギゼルは彼女らを無理やり押しのけ、母の部屋に入った。
 「母上!!」
 ドアを開けた途端、あふれ出たのは、濃密な血の臭い・・・・・・。
 それは、母の愛した花の香りと混じって、妙に甘ったるいにおいがした。
 「はは・・・うえ・・・・・・?」
 床の上に、仰向けに倒れた母へ、よろよろと歩み寄ると、命の消えた目は、曇ったガラスのようにギゼルを見返す。
 その目の奥に、まだ命の光が残っているのではないかと・・・更に歩み寄った彼の足に、母の血が絡みついた。
 「ははうえ・・・ははうえぇぇぇ!!!」
 血溜の中に膝を落とし、母を呼びながら、いまだ暖かいその身体を激しくゆすると、ひゅぅ、と、呼吸のような音が漏れる。
 「母上?!母上、生きているんですか?!」
 早く医者を!と、叫ぶギゼルの目が、大きな手で塞がれた。
 「ギゼル・・・母はもう、死んでいる・・・・・・」
 低く、沈痛な父の声に、しかし、ギゼルは『違う』と絶叫する。
 「父上!すぐに手当てをすればきっと!だってさっき、息が・・・!!」
 「あれは・・・母の命が消えた音だ・・・・・・」
 「・・・・・・・・・・・・!」
 「もう、助からん・・・・・・」
 「・・・・・・・・・・・・」
 「助からんのだ・・・・・・」
 ギゼルだけではなく、自身にも言い聞かせるような低い声音を、父の手が作った闇の中で聞きながら、ギゼルは呆然と立ちすくんだ。


 「・・・お前が殺したのか?」
 ギゼルを執事に託し、全ての人間を部屋の外に出した後、マルスカールは妻の骸の傍らで呟いた。
 「幽世の門の者だろう・・・?逃げ損ねたのか?」
 大きな窓辺を飾る、カーテンがわずかに揺れたが、返事はない。
 マルスカールは、その膝を血溜りに浸し、血の気の失せた妻の骸を抱き上げると、虚ろに開いたままの目を閉ざした。
 「・・・・・・無駄に、苦しめることはなかったようだな」
 彼女は首を深く切られ、殺されていた。
 犠牲者には最小の苦しみを、見る者には最大のショックを与える方法を選んだのは、これが『警告』であるためだろう。
 マルスカールは、血塗れた妻の骸を寝台に横たえ、背後に呟いた。
 「私への伝言が、あるのではないか?」
 それが逃げなかった理由だろう、と問えば、カーテンの裏側から、するりと少年があらわれる。
 「・・・マルスカール・ゴドウィン卿。
 シャスレワール姫の継承権放棄と、ファルズラーム姫の王位継承をお認め下さい。
 さもないと次は、あなたか、ご子息が標的になります」
 ギゼルと変わらない・・・いや、もしかしたら、息子よりも幼いかもしれない少年の、淡々とした声に、マルスカールはまなじりを吊り上げた。
 「わしが、そのような脅しに屈するとでも?」
 鋭く問い返せば、少年は無表情のまま、頷く。
 「更にもう一つ。
 これは、あなたの手のものによって殺された、バロウズ家ご嫡子の、弔いでもある、と」
 途端、毅然としていたマルスカールが、わずかに動揺する。
 「我が宿敵に、同じ悲しみを与えよ―――― それが、命令でした」
 「同じ・・・・・・」
 では・・・バロウズの嫡子は、このようにして殺されたのか・・・・・・。
 元老院や、太陽宮で何度かまみえたことのある、若く毅然としていた彼の死に様を思い、マルスカールは暗殺者の前で初めて、顔色を変えた。
 「お前が・・・・・・殺したのか・・・・・・?」
 あの、青年も・・・・・・。
 問えば、少年はあっさりと頷く。
 「同じ方法で、とのご依頼でしたので」
 まるで、料理人が注文を受けたかのような言い様に、さすがのマルスカールも、慄然とした。
 「おまえ・・・名は・・・・・・?」
 「聞いて、どうされるのですか?」
 「墓くらい、作ってやろうと言っておるのだ」
 するりと抜剣し、隙なく構えたマルスカールに、少年は、ふっと、首を傾げる。
 「どうした?抵抗しないのか?」
 「伝言を伝える役目を添えられた時点で、僕の死は決定した事ですから」
 自身の死にすら頓着しない、究極の無感情―――― 自身の息子よりも幼い少年に、暗渠のような目を向けられて、マルスカールの方が動揺した。
 長い逡巡の後、
 「・・・・・・受け容れよう」
 剣を鞘に納め、マルスカールは、独白のように呟く。
 「その代わり・・・お前は、私に仕えるのだ」
 少年の顔に、初めて、変化があった―――― 訝しげに、眉をひそめる。
 「お前に名をやろう・・・ドルフ。
 私は太陽宮に赴き、シャスレワール姫のご希望通り、あの方の王位継承権放棄に同意する・・・・・・」
 だが、と、色の薄い瞳が、酷薄な光を湛える。
 「このマルスカール・ゴドウィン。
 妻を殺されたから引き下がったなどと、バロウズめに嘲弄されるのは我慢がならん。
 お前は先ほど、我が妻の死が、バロウズの息子の弔いだと言ったな?」
 かすかに頷いた少年に、マルスカールは、酷薄な笑みを浮かべた。
 「では、シャスレワール姫のお悲しみと、同じ悲しみを、ファルズラーム姫も味わわれるべきだろう」
 再び、彼は冷たくなった妻の骸を抱き寄せ、白い額に口づける。
 「行け、ドルフ。
 お前が成し遂げた後、私もお前の伝言を、実行しよう」
 「はい・・・旦那様」
 深くこうべを垂れ、窓の外に消えた気配に、マルスカールは自嘲した。
 「復讐が復讐を呼び・・・その刃がお前を殺すとは・・・・・・」
 つい先程まで、暖かく、柔らかかった妻の手は今、冷たく、強張っている。
 「この復讐と陰謀の連鎖は、決して、断ち切れはしない・・・・・・」
 だが・・・と、血に汚れた妻の髪に、指を絡めた。
 「ファルズラーム姫・・・あの、残酷な姫君が、自身の夫を殺されて尚、我が家との縁談を望むというなら・・・・・・」
 それこそ、ファルズラーム姫とバロウズの間に打ち込む楔。
 「ギゼルもさぞかし、喜ぶことだろう・・・・・・」
 今は、母を殺された悲しみに打ちひしがれていたとしても、あれは、聡い子だ。
 すぐに状況を理解し、『王女』を受け入れるに違いない。
 「いや・・・そうではない・・・か・・・・・・」
 目を閉じた妻の骸は、眠っているような穏やかさで、彼を諭した。
 ギゼルは・・・・・・思惑など何もなく、サイアリーズの手を取るだろうと。
 「あれは・・・我らの穢れた思惑になど、染まらぬがよい」
 終わらせよう・・・終わらせるのだ、この、穢れた策略の連鎖を。
 新しい女王の下、ファレナ女王国を、更に強大にするために、穢れは、己とサルム・バロウズのみで引き受ければいい。
 強く、強くするのだ、この国を。
 我が子等の時代には、決して、争いなど起こらぬほどに。
 「大河のごとき慈愛と、太陽のごとき威光を、あまねく示さんがため・・・・・・!」
 マルスカールは、ゴドウィン派最後の犠牲者となった妻の骸に、厳かに誓った。
 「この戦いを・・・この復讐の連鎖を・・・終わらせよう・・・・・・」


 ―――― その数日後、太陽宮からストームフィストにやってきた使者は、ファルズラーム姫の夫君の訃報と、ギゼル・ゴドウィンとサイアリーズ姫の正式な婚約を同時に告げた。
 多くの犠牲者を出した、女王家の内紛は、ファルズラームによる、シャスレワールの暗殺によって、ようやく幕を下ろしたかに見えた。
 疲弊しきった王族、貴族達は真に、恐怖からの解放を求めたものの―――― 多くの殺戮と策略の結果、もたらされた玉座は、清浄とは言いがたい。
 2年後、血塗れた玉座に居座り続けた女王は没したが・・・果たして、真に病没であったのか・・・・・・?
 平和を望む、多くの人々の願いを退けるかのように、いまだ陰謀の根は、地中にはびこり、新たなる陰謀の種子は、その発芽する時を待っていた・・・・・・。






〜Fin.〜












お題19『策略』です。
またもや捏造!!素晴らしきかな、捏造!!(うぉい!!)
私が、幻水5にはまりまくっているのは、おそらく、このどろどろとした策略ゆえかと(笑)
子世代(王子やリム)達も好きですが、私はなんと言っても、祖母&親世代の陰謀劇が大好きだ・・・!(逝ってこい)
陰謀話、しばらく書いてなかったので、久しぶりに血湧き肉踊っています・・・!
・・・・・・陰謀で盛り上がるって・・・わし、嫌な女だな・・・;
参照は、ゲーム内に出てくる、『古い本5 女王家の内紛』と、ギゼ君、マルスパパの台詞より。
ギゼ君、可哀想な子だと思います;








 百八題