* 021 一時休戦 *
うららかな午後のひと時。
細く開けた窓から吹き込む秋の風は、眠りを誘うほどに心地よい。
書類仕事の合間、お気に入りの銘柄の紅茶と共に出された、従者お手製のフルーツタルトは宝石のように煌いて、クリスの頬をほころばせた。
「いただきまぁす」
いざ、フォークを突き立てようとした時。
「お邪魔します!」
蹴破られたのではないかと思うほど激しい音を立てて、クリスの執務室のドアは開け放たれた。
「何事だっ!!」
至福の時間を邪魔されて、クリスが絶叫する。
が、闖入者は遠慮することなくずかずかとクリスの前に歩み寄った。
「ごきげんよう、クリス殿」
ご機嫌悪いわっ!と返せたらどんなにいいか・・・・・・・・・!
クリスは唇を震わせながら、言葉だけは丁寧な男に引き攣った笑みを向けた。
「な・・・なんのご用ですか、ササライ殿?」
「なぁに、大した用ではないのですけどね」
じゃあ出て行ってよ、と言えたらどんなにいいだろう・・・・・・・・・!!
クリスは、フォークを握る手に力を込めた。
「おや、お茶の時間でしたか」
今更気づいたかのような言い様が、小憎らしい。
「ごっ・・・ご一緒にいかがですか?」
できるなら断って欲しいが、という思いを満面に込めたクリスをちらりと見遣ると、ササライはにっこりと天使のような悪魔の笑みを浮かべた。
「ご相伴にあずかりましょう」
・・・・・・・・・・・・最ッ悪!!
ルイスにもう一人分のケーキセットを用意させ、執務机から小振りのティーテーブルに移ったクリスは、泣きそうな思いでササライと対峙した。
クリスは、はっきりきっぱりこの男が苦手だ。
全ての凶事は、クリスがこの男の下僕を奪ったことから始まった。
ナッシュが『カミさん』と呼び、恐怖していた彼を甘く見ていたことも、敗因の一つであったかもしれない。
為に二人は、ビュッデヒュッケ城での初対面以来、表面上はにこやかに、しかし、水面下で激しい闘争を繰り広げる仲となっていた。
いや、闘争、と呼ぶには語弊があるか。
実際は、ササライの陰険ないじめにクリスが耐えている―――― そう、それはまるで、嫁と姑のように。
今までの、胸を締め付ける嫌味の数々を思い出せば、熱い紅茶に吹きかける吐息も深くなると言うものだ。
重い沈黙の間を紛らわせるように、クリスが紅茶をすすっていると、目の前のササライが笑みを深めた。
―――― 来る!
凄まじい嫌味の予感に、クリスが身を強張らせる。
「今日、私がここに来た理由をお話してもいいですか?」
「ぜひとも伺いたいものです」
そして、さっさと帰ってくれ。
そんな、あからさまな態度に、ササライの笑みが深まる。
「休戦、しませんか?」
「はぁっ?!」
あまりにも意外な言葉に、クリスの表情も口調も、険しいものになった。
「休戦とおっしゃいましても、相手が戦う気なのですから、そうも行かないでしょう。ここは迅速に勝負を決めて、ここに拠った烏合の衆を元の場所に帰さないことには・・・・・・」
立て板に水と、まくし立てるクリスを、ササライは静かに手を上げて制す。
「あの魔道士と、ではありませんよ、クリス殿。
彼との戦いに勝つためにも、ここは私とあなたが一時休戦して、協力し合おうじゃありませんかと、そう言っているのです」
「はぃぃ〜〜〜?」
協力って、彼と、私が?
嫌だと、クリスの目がはっきりと言っている。
「な・・・なぜそんなことを・・・?」
なにを企んでいるのかと、ずっと虐げられてきた者の疑いは深い。
そんなクリスに、ササライはまたあの、天使のような微笑を浮かべて見せた。
「いえね。最近、新聞記者がうるさくて・・・・・・・・・・・・」
飲み頃に冷めた紅茶のカップを取り、ササライはゆっくりと一口飲んだ。
「私が、嫁いじめをしているなんて妙な噂が立っているとかで・・・・・・・・・。
笑ってしまいますよねぇ」
笑えない。
はっきり言って、笑う余裕なんてクリスにはない。
いじめられているのは事実なのだから。
黙り込んでしまったクリスに、ササライがふっと笑みを漏らした。
「いつ、私が義母になったと言うのでしょうね?私は独身男性だと言うのに、最近の新聞記者は、的確な言語表現すらできないのでしょうか」
「ご・・・ごもっともです・・・・・・・・・」
ササライ独特の、穏やかな微笑を形作った口から出てくる剣呑な声音が、怖くてしょうがない。
クリスは、気圧されたように頷くしかなかった。
「そこでですね、このような馬鹿げた噂を封じるためにも、私たちが真に協力体制にあることを、皆に知らしめるべきだと思うのです」
「協力・・・・・・・・・・・・」
その言葉に、ものすごく、嫌な予感がした。
ササライが編み出したと言う、とんでもない協力攻撃を密かにお蔵入りにしたのはクリスだ。
そのとばっちりが、自分に来たのではないか―――― そう、疑わずにはいられない。
「・・・・・・・・・と、おっしゃいますと、一体どのような・・・・・・・・・・・・?」
顔を引き攣らせるクリスに、ササライはにっこりと笑った。
「私と、協力攻撃をしませんか?」
「やっぱり――――ッ?!」
絶叫するクリスに、ササライは笑みを深める。
「予想されていたのでしたら、話は早い。
クリス殿も、このゼクセン・グラスランド連合軍に、ハルモニア軍がなじめていないことを、お気に留めてくださっていたのですね?」
さくり、と、タルトにフォークを入れつつ、ササライは続けた。
「まぁ、今までの経緯が経緯ですから、すぐになじめと言う方が無理でしょう。ですが、このようにばらばらの状態で、彼に勝つことができるでしょうか?」
そんなに甘い相手ではないことは、ササライに言われるまでもなく、クリスも身に染みている。
「まずはそれぞれの軍を率いる我々が、しっかりとした絆で結ばれているのだと、知らしめる必要があると思うのです。そうすれば、部下たちもおのずと見習ってくれることでしょう」
・・・・・・一理ある。
というか、悔しいが認めざるを得ない。
クリスは、にこやかにタルトを頬張るササライをしばらく凝視した後、重々しく頷いた。
今日も今日とて、いい面の皮は山道のツインスネークだった。
なんたって、これほど倒し甲斐のあるガーディアンもいない。
戦闘後、手に入るお宝よりも、倒したことによる達成感がナンバーワンであるそれの出現に、ササライはにっこりと口元をほころばせた。
「ようやく、試す時がきましたね、クリス殿」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
無言で目前のモンスターを睨むクリスの目が怖い。
「我々の、努力の結果が今、ここに表れるのです!」
「・・・・・・・・・・・・本当に、やるんですか、アレを?」
無駄だと思いつつも、一応聞いて見たクリスに、ササライは満面に笑みを浮かべて頷いた。
「ここでやらずにどうしますか」
細まった目に、それ以上の反駁を封じられる。
「あの・・・来ますけど・・・・・・」
長い首を大きくうねらせ、巨大な口を咆哮の容に開く様に、二人の様子をびくびくと窺っていたナッシュが注意を喚起した。
「いつでもどうぞ」
ササライの自信に満ちた声に、以前の惨劇を知る戦闘メンバー達が、びくびくと目を逸らし、敵に向き合った―――― ツインスネークの口から、すさまじい破壊力を持った光が飛び出す。
「行きますよ!」
「・・・・・・なんで私がこんなことを」
ササライの合図に、クリスが忍者も舌を巻く機敏さでツインスネークの背後に回った。
途端、
「あぁら!まだ埃がたまっていてよ、クリスさん!!」
陽気な声と共に繰り出された『震える大地』に、ツインスネークの巨体が突き上げられる。
「もっ・・・申し訳ありません、お義母様っ!!」
クリスが背後から放った『大爆発』に、ツインスネークだけでなく、味方の何人かが巻き込まれた。
「まぁ!こんなこともお出来にならないなんて、近頃の嫁はっ!!」
再び放たれた強力な『震える大地』に、既に左右のスネークは消滅してしまっている。
「あ・・・あんまりです、お義母様ッ!!」
『最後の炎』がその名の通り、残った首魁を焼き尽くした―――― 凄まじすぎる『嫁姑攻撃』に、今回もツインスネークは、敢えなく散ったのだった。
「・・・・・・やっぱり嫌です、こんな協力攻撃!!」
焦土と化した山道の三叉路に佇み、クリスは拳を握る。
「そうですか?一気に片がついて、いいじゃありませんか」
涼しーい顔をして辺りを見渡したササライの目に、精神的打撃とクリスの炎攻撃によって、戦闘不能になった下僕の姿が映った。
「まぁ、戦闘不能者が多いのはこの際、仕方ないでしょう」
嫁姑の激闘に、他のメンバーも巻き込まれ、ほぼ全員が戦闘不能、もしくは重傷である。
「そんな・・・・・・・・・」
さすがに反駁しようと口を開いたクリスだったが、
「こんな攻撃がいいわけないでしょ!」
怒りのあまり裏返った女の声に遮られ、言葉を失った。
「アッ・・・プルさん・・・・・・・・・」
恐怖の陰険神官将を怒鳴りつけた女性は、いつもの温厚さをかなぐり捨て、腰に手を当ててササライとクリスの前に仁王立ちしている。
「あなた達!嫁姑の戦いをなめているわ!!」
「は?!」
奇しくも、声の揃った二人の前で、激怒状態のアップルはまくし立てた。
「嫁姑の戦いはね、そんな甘っちょろいものじゃないのよ!!あなた達の戦いなんて、おままごとだわ!!来なさい!!私が、本当の嫁姑大戦争と言うものを、みっちり教えてあげるんだから!!」
言うや、アップルは二人の手を引き、戦闘不能になったメンバーを見捨てて山道をカレリアへと降りたのだった。
―――― その後、ササライとクリスは、真に休戦状態に入った。
その裏には、アップル女史の凄まじい実践型経験談があったという。
*END*
お題21『一時休戦』でーすv
これは一応、『協力攻撃』の続き・・・かな??
『ご主人様と犬』攻撃は逃れたものの、精神的ダメージは同じなナッシュ氏に黙祷。(をい;)
元ネタは、『渡る世間は鬼ばかり』(笑)
観たことないんですけどね、なぜか携帯の初期着信音の中に、このメインテーマが入っているんですもの;(他にも笑点とか、バックトゥーザフューチャーとか)
あーぁ。おいしいケーキが食べたい。(ただいまダイエット中)
百八題