* 022 再会 *


* All is fair in love and war. *
〜 4.Saikai 〜











 ゼクセン騎士団によるカラヤ族襲撃の一部始終を確認した後、ナッシュは15年ぶりにブラス城の門をくぐった。

 石造りの堅牢な城砦は、変わらぬ威容を誇り、グラスランドを見据えている。
 この地でナッシュは、人には言えない『顔見知り』を訪ねた。
 かつて、ワイアット・ライトフェローの従騎士であったサロメ・ハラスである。
 現在の彼は、クリス・ライトフェローが団長を勤めることになったゼクセン騎士団の、副団長兼軍師となっていた。
 ナッシュはクリスが、カラヤ焼討ちの報告の為、ゼクセン連邦の首都、ビネ・デル・ゼクセへ赴いた隙を狙い、彼を訪れた。
 「・・・っナッシュ殿」
 「お久しぶりです、サロメ卿」
 突然、執務室を訪れたナッシュに、サロメは驚いて席を立った。
 それも、無理はない。
 彼は、ナッシュがササライ直属の特殊工作員だと知っている。
 「今日は・・・・・・一体・・・・・・?」
 「久しぶりに寄ったものですから、お茶でもご一緒させていただこうかと思いまして」
 殊更に軽い口調で言うと、サロメは素早く冷静さを取り戻し、頷いた。
 「失礼、あまりにもお久しぶりだったものですから。
 ――― 休憩にする。コーヒーを持って来てくれ」
 近くの従者に告げると、彼は応接間らしい、続き部屋にナッシュを案内した。
 「最近はいかがされておいでですか、ナッシュ殿?」
 小ぶりなテーブルの席に着くや、にっこりと笑いかけてきたサロメに、ナッシュも笑みを返す。
 「相変わらず、ワガママなカミさんの尻に敷かれてますよ。
 今日は、ビネ・デル・ゼクセに商用で行く途中なんですが、ふと、思いたって寄らせていただきました」
 言いながら、ナッシュは礼儀正しくノックをして入って来た従者から、良い香りのするコーヒーカップを受け取った。
 「うれしいなぁ。我が家は紅茶党ばっかりで、コーヒー党は肩身が狭いんですよ」
 「・・・奥方はお元気でいらっしゃいますか?」
 従者に下がるよう命じたサロメは、自分もカップを取り上げると、そう尋ねてきた。
 「ええ、元気ですよ。最近、ちょっとイライラしているみたいですけど・・・」
 二人の間で、『カミさん』『奥方』はナッシュの上司を示す隠語であり、同じく『商用』も、彼の仕事のことを指す。
 つまりサロメは、それだけナッシュとは『親しい』人間であるのだった。
 「ゼクセン騎士団も、大変だったようですね。ガラハド卿とペリーズ卿がお亡くなりになったそうで・・・」
 「えぇ。ですが、新たな騎士団長閣下がお立ちになりましたからね。あなたが思うほど、大変でもありませんよ」
 そんなことはないはずだが、サロメは淡々として動じる様子を見せない。
 「ところで・・・・・・。そろそろ、あなたがここに来られた理由をお伺いしてもよろしいですかな?」
 コーヒーカップから漂う湯気を顎に当てたまま、ナッシュは黙って周りの気配を探った。
 よほどの大声を出さない限りは、声が聞き取れる範囲内に人はいない。
 そう、確信したが、それでも彼は声を潜めた。
 「その新騎士団長様を、ちょっと俺に貸してくれませんかね?」
 サロメは、ナッシュの言葉に驚いたには違いないだろうが、声を上げるような馬鹿はしなかった。
 「・・・ちゃんとした理由をいただけますか?」
 冷静な声には、わずかな揺らぎすらなかったが、その表情は、穏やかとは言いがたいものに変わっている。
 「やだなぁ。そんなに怖い顔をしないでくださいよ。俺、既婚者なんですから、何もしませんってば!」
 「・・・・・・今度は本当に結婚されたのですか?」
 「・・・・・・・・・・」
 ―――― やばい。
 ナッシュの笑みが引き攣った。
 彼が独身だと知っている人間にこんなことを言えば、信頼をなくすばかりで得はひとつもない。
 「・・・すみません。まだ、独身でした」
 「・・・・・・・・・。
 話を戻しましょうか」
 冷ややかに言われ、ナッシュはサロメの信頼を回復すべく、今まで知り得た事のほとんどを話した。
 「今回ばかりは、ハルモニアが得するだけじゃいられないんですよ。
 どうやら、奴らの目的が真の紋章を奪うだけじゃないみたいですしね」
 「そうですか・・・それが真実ならば、今ごろワイアット様はどうしておられるのか・・・・・・」
 サロメは、かつてクリスの父親、ワイアットの従騎士だった。
 ゼクセンの有力貴族の娘と結婚し、騎士団でも屈指の勇者だったワイアットが、真なる水の紋章の継承者だと知ったのは、ナッシュとワイアット、そしてサロメが知り合った直後の事である。
 そしてその後、二人はワイアットを、真の紋章を追うハルモニアの追跡者から逃すため、協力し合った仲でもあった。
 現在、ワイアットは、グラスランドとの戦争で死んだことになっているが、既に状況は、個人で隠せるレベルの問題などではなくなっている。
 「あの方の事ですから、ご無事ではあるのでしょうが・・・・・・」
 我々が沈黙さえ守っていれば、と、呟くサロメに、ナッシュは首を振った。
 「・・・サロメ卿、ハルモニアの裏組織の実力をなめてもらっては困ります」
 ナッシュはいっそう声を低め、対面に座る男を諭す。
 「グラスランドとの休戦条約が効力を失った今、ハルモニアは真の紋章探しに、総力をあげて取り掛かりました。
 騎士団屈指の剣士であり、真なる水の紋章を持つワイアット卿も、数人の追跡者から逃げることは容易でも、神殿、貴族、組合の全てを騙し通すことは不可能だとお考えください」
 「ええ・・・そうでしょうね。
 ・・・それではワイアット様は、その妙な動きをしている神官将とやらに対抗するため、動いてらっしゃるかもしれない、と」
 「・・・ですね。もしくは、クリス卿を守るため、真なる紋章を彼女に譲り渡す可能性も・・・・・・だってあの人、相当な親馬鹿だったじゃありませんか」
 「・・・・・・・・・親馬鹿でしたね」
 一瞬、二人の間に沈黙の幕が下りた。
 ナッシュが、故郷のクリスタルバレーで仇敵であった男を倒し、この城に流れ着いた時・・・・・・。
 迷子になったクリスティアーネと出会い、子煩悩なその父親と知遇を得たのは、果たして運が良かったのか、悪かったのか・・・。
 「初めて会った時は、すごかったですよね・・・。クリスを抱きしめて、泣くは喚くは・・・・・・・・・。
 酒場じゃあ、あの子を膝に乗せたまま、絶対に離そうとしなかったし・・・・・・」
 「酔うと、周りが見えなくなるんですよ、あの方は・・・」
 サロメも、ナッシュと初めて会った時の事を思い出したのだろう。
 お互いに、乾いた笑みを浮かべた。
 「ですが、そんな愛すべき人柄ゆえに、あなたも逃亡を助けてくれたのでしょう?」
 「だって俺も、あの時は逃亡者でしたからね。同病相憐れむ、って言うじゃありませんか」
 そう言うと、サロメは声を立てずに笑い出した。
 「真の紋章の情報さえあれば、全ての罪を拭って余りあるでしょうに」
 「おっと、それは気づかなかった」
 おどけて言うと、サロメはしばらくナッシュの顔を見たまま沈思し、やがてゆっくりと頷いた。
 「わかりました。我が騎士団長を、しばらくあなたにお預けしましょう。
 ―――― ですが、二つだけ、私の要望を聞きいれていただかなければなりません」
 「・・・大体、予想はついていますが、聞きましょう」
 椅子にかけ直し、神妙な顔を向けると、サロメは表情を引き締めた。
 「まず、クリス様には決して手を出さないこと。あくまで既婚者である事を貫いていただきたい」
 「わかってますよ。
 あなた達のような恐ろしい取り巻きがいるお嬢さんに手を出したりしたら、命がいくつあっても足りません」
 二つ目は、と問うと、サロメはゆっくりと頷いた。
 「クリス様は、ご自分で納得されない限りは、いかに私が行けと言っても行かれはしないでしょう。
 旅へのお誘いは、ご自分でどうぞ」
 「それは難題ですね」
 言いつつも、ナッシュはそう、困難を感じてはいなかった。
 ナッシュは幼い頃の彼女を、未だ忘れてはいない。
 歴戦の勇者、銀の乙女などと言われるようになっても、根は素直で可愛らしいお嬢ちゃんを誘い出すことはそう難しくないだろうと、今までの経験を自負していたからだ。
 「・・・まぁ・・・がんばってみてください」
 さりげない自信を纏ったナッシュに、サロメは意味深な表情を向けたが、彼はその言葉さえも聞き流し、席を立った。
 「それでは、俺はそろそろ失礼します」
 「そう、お急ぎにならなくても・・・。宿を用意させますよ」
 「ありがたいお申し出ではありますが、あまり長く居座っていては、仕事に障りますので」
 この数日、クリスがカラヤ焼き討ちに至った経緯の報告と、正式な騎士団長位叙任の為に、ゼクセンの首都、ビネ・デル・ゼクセに赴いていることは調べているが、それももうじき帰って来る頃だ。
 今後の為にも、ここで鉢合わせるわけにはいかない。
 言外の思いをくみとったサロメも、それ以上ナッシュを引き止めようとはせず、表面上は快く彼を見送ってくれた。
 「奥方によろしく」
 ―――― うわ・・・。皮肉かな・・・・・・。
 思いつつも、にこやかに挨拶を交わしてナッシュはブラス城を出た。
 屈強な兵士が守る厚い城壁をゼクセン連邦側に抜け、かえりみた城砦は、クリスタルバレーに生まれ育った彼が見ても、堂々たる威風に満ちている。
 ―――― 俺はこれから、こんな城砦の支配者となった女傑を相手取るわけか。
 あの少女が、どんな女性に成長したものか、期待と不安を抱きつつ、ナッシュはぶらぶらと歩き出した。






〜 to be continued 〜















お題22『再会』です!
次回から、本格的に始まりマース。(今まではパッチワーク作業でした)
なぜなら、せっかく書いていたこの先を、ミスで消してしまっていたからー・・・・・・・・・。(もったいない;;;)
なんとか思い出しつつ、進めていきたいと思っています(笑)
ぼちぼち読んで行ってやってくださいーv










 百八題