* 024 旅立ち *


* All is fair in love and war. *
〜 7.Departure 〜











 その日、栄えあるゼクセン騎士団長様付の従者であるルイスは、紅茶のティーセットを前に、彼の敬愛する主人よりもきつく眉を寄せて考え込んでいた。
 ―――― 全く、サロメ様ともあろう方が、なんて事を言ってくれたんだろう。
 自身の思考の中に意識を沈めながらも、その手は主人の為、てきぱきとお茶の用意をする。
 ―――― あんな得体の知れない男と旅をさせるなんて、クリス様に何かあったらどうするつもりなんだろ。
 いつもよりはやや乱暴な手つきで、主人好みの濃さになった茶をティーポットに移し替え、切り分けたケーキを皿に乗せた。
 今日のお茶請けはふわふわのシフォンケーキ。
 ゆるめに立てた生クリームを添え、彩りにピンクのバラを一輪飾って、トレイに乗せる。
 ―――― あの中年、僕のクリス様に何かしたら、馬の尻尾に両足繋いで、ゼクセン連邦一周の旅に招待してやる。
 そんな、邪悪なことを考えているとは全く感じさせない笑顔を浮かべながら、ルイスは主人の部屋の扉をノックした。
 「クリス様!お茶が入りました!」
 元気一杯の従者を迎えるクリスの表情は柔らかい。
 「ありがとう、ルイス。今日のお茶請けはなんだ?」
 手にした書類から視線を上げ、ルイスの持つトレイを見遣るクリスの口元がほころんだ。
 「シフォンケーキです、クリス様」
 にこりと笑い、ルイスは傍らのティーテーブルにお茶とケーキを並べる。
 「どうぞ」
 いそいそと席を移ったクリスが、嬉しげにカップを取り上げる様に、ルイスは思い切って尋ねてみた。
 「クリス様・・・本当に、あの人について行ってしまわれるのですか?」
 「心配か?」
 からかうように笑うクリスに、ルイスはきっぱりと頷く。
 「クリス様、お願いですから、あの人の前でお酒を飲んだり、野営の時に近くで寝たりしないでくださいね」
 「へ?なぜだ?」
 「なぜでも、です。約束してください」
 ルイスの、あまりにも真摯な口調と表情に気圧され、クリスはシフォンケーキを突き刺したフォークを咥えたまま、頷いた。
 「絶対ですよ?!クリス様は、僕の貴女(ダーメ)なんですから、何かあったらと思うと、気が気じゃなくて・・・!」
 「・・・・・・あのな、ルイス」
 硬く握った拳を震わせる従者に、クリスはふぅ、と、吐息する。
 「何度も言うが、私は騎士だから、お前の『想い姫』にはなれない。
 貴女は、騎士としての礼儀作法を修めるために必要な存在だ。正騎士になる前に、ちゃんとふさわしい女性を見つけなさい」
 『貴女(ダーメ)』、『想い姫』と呼ばれる女性達は、ゼクセンに限らず、どこの騎士団にもいる婦人、または夫人である。
 騎士となる者は、正式に入団した際、自分だけの『貴女』を選んで、全ての名誉をその女性にのみ捧げる。
 だがそれは決して、その女性と恋人になることとイコールではない。
 騎士は団長への忠誠と同じく、貴女へ忠誠を誓い、あくまでプラトニックな関係を保つのだ。
 しかし、
 「いいえ、クリス様。
 僕は、クリス様以上に敬愛する女性を見出すなんて無理です!」
 断言されて、さすがのクリスも、それ以上言葉を継ぐ事はできなかった。
 「クリス様!!」
 さらに詰め寄られて、クリスはようやく頷く。
 「わかった。旅の間は禁酒するし、野営の時も近くでは寝ない」
 「約束ですね?!」
 「あぁ、約束だ」
 クリスの言葉に、ルイスはようやく頬を緩め、大きく頷いた。
 「しかし、そんなに心配しなくても、サロメが信用のできる男だと言っていたぞ?妻帯者だと言うし、お前が心配するような間違いは・・・」
 途端、一度緩んだルイスの頬が、再び厳しく引き締まる。
 「クリス様は、ご自身の美貌に無頓着すぎます!!」
 第一、妻帯者だと言うのも自称であって、なんの確証もないではないか。
 何が目的かは知らないが、サロメが妙に協力的なのも気になる。
 「十分注意して、決して直径100メートル以内に入れないようにしてくださいねっ!」
 「・・・あのな。
 一緒に旅をするのに、そんなに離れていては、案内も何もないだろう」
 「じゃあ、半径50メートル以内には決して・・・!」
 「それ、全然距離が変わってないぞ・・・」
 「だって!本当に心配なんですっ!!」
 「・・・・・・わかったから、泣くな」
 苦笑しつつ、クリスは飲み頃に冷めたお茶を口に運んだ。
 「できるだけ、お前の言う通りにするから」
 子供をなだめるような口調は、ルイスにとって不満なものではあったが、彼は不承不承頷いた。
 「どうかご無事で・・・!
 僕、毎日聖ロアにお祈りしますから・・・!!」
 まるで、戦に旅立つ騎士を見送る貴女(ダーメ)のような言葉だと思いながら、クリスは笑って頷いた。


 夜半。
 ブラス城の屋上には、ルイスの他、ゼクセン騎士団の誉れ高き六騎士が揃い、密かに城を抜け出す団長の後姿を、そっと見送っていた。
 「サロメ様・・・。
 あの人、本当に奥さんいるんですか?」
 「え・・・」
 常になく、殺気に満ちたルイスの声に、サロメはそう言ったまま声を失う。
 「もし、クリス様に何かあったら、僕、絶対許しませんから」
 ・・・・・・そう。
 かつて、酔いつぶれた時や、共に野営をした時のように、寝ボケたクリスがルイスの代わりにあの男を抱き枕にするような事があれば・・・!
 クリスの最も身近に仕えると言う栄誉から外された少年は、銀色の女神を飲み込んだ夜の緑陰を、いつまでも見つめていた。





〜 to be continued 〜











お題24『旅立ち』です。
いや、ルイス好きなんですよ、私(笑)
『幻水3百の質問』をご覧になってもわかるように、くれははプレイ直後、ルイクリだったんですね(笑)
で、ナックリはむしろ、お笑いコンビでした。
しかし、あちこちのサイト様を放浪するうちに、いつの間にかナックリ派になっておりまして・・・。
この作品はその名残と言うか、分岐点のようなもの、と思ってくださればちょうどいいかも(笑)








 百八題