* 025 神秘の森 *


* All is fair in love and war. *
〜 11.the mysterious forest 〜














 ・・・・・・・・・・・・イヤダ

 ―――― 夢を見ていた。

 ・・・・・・・・・・・・いやだ

 ―――― 昔の夢だ。

 ・・・・・・・・・・・・嫌だ・・・行かないで・・・・・・

 ―――― 泣きすがると父は、困った顔をして私の頭を撫でた・・・その手の大きさを覚えている。

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・すまない
 ・・・・・・お前たちを愛しているよ

 ―――― あの時、予感でもあったのだろうか。不思議なほど、父と別れ難かった。

 「ワイアット卿」
 男の声が、父を促す。
 日に透けた髪が白金にきらめいて、一瞬、見惚れた。私から父を奪う―――― いや、奪った悪魔に。
 「いや・・・」
 ・・・・・・やめて
 「お父様・・・」
 行かないで・・・・・・

 ―――― 途端、男と目が合って、私は父にすがる手を離した。

 深く、悲しみを湛えたような蒼・・・いえ、碧・・・?
 上質のエメラルドのような綺麗な彩り―――― 誰が言ったのだったか、エメラルドは、傷を包んで輝くと・・・・・・


 目を開けると、そこは漆黒の闇だった。
 むき出しのうなじを、シーツ代わりの柔らかな獣毛がくすぐる感触に、意識は急速に覚醒に向かう。
 私は半身を起こすと、毛皮の掛かった木の壁をぼんやりと見つめた。
 ここは、アルマ・キナン。
 グラスランドの巫女達が住まう、森の中に隠された村だ。
 二人の巫女に導かれ、辿り着いたここで、私は信じがたい話ばかりを聞かされた。
 生贄を神聖視する、野蛮な巫女達。
 グラスランドのため、命を投げ出すという少女。
 真なる水の紋章の継承者であったと言う父。
 そして、信じがたい話の数々を、直視しろと言う男―――― 日に透けて白金にきらめく、髪・・・・・・。
 一瞬、悪夢が目の裏に閃いて、私は顔を覆った。
 「・・・何?」
 闇に消えた光景を思い出そうとしても、耳の奥に響く鼓動が邪魔をして集中できない。
 ―――― 誰が言ったのだったか・・・
 「何?!」
 ―――― エメラルドは・・・
 「いや・・・!」
 ―――― エメラルドは、傷を包んで輝くと・・・
 「嫌・・・・・・!」
 「クリスさん?」
 突然掛けられた訝しげな声に、驚いて見遣ると、同行の少女が気遣わしげに私を見つめていた。
 「気分でも悪いんですか?」
 言いつつ、少女は二つの寝台の間に挟まれたテーブル上にある蝋燭に、慣れた手つきで明かりを灯す。
 二人の間を照らし出す暖かい明かりに、悪夢の気配は一瞬にして拭われ、私はほっと吐息を漏らした。
 「・・・起こしてしまってすまない、リコ。なんでもないんだ」
 「でも・・・すごい汗ですよ?」
 「うん・・・ちょっと・・・嫌な夢を見たみたいで・・・・・・」
 ―――― ワイアット卿。
 「・・・・・・っ!」
 「クリスさん?」
 ―――― ワイアット卿・・・。
 「本当に・・・」
 ―――― ワイアット卿・・・・・・。
 「大丈夫ですか?」
 夢の中で、父を促した声と、傍らの少女の声が混じり合い、奇妙に高く、低く、うねりあう・・・。
 誰・・・・・・?
 まさか・・・・・・?
 まさか・・・・・・・・・!
 ―――― ・・・・・・殿!
 「っ!」
 耳の奥に、傍らの少女のものではない、甲高い声が響いた。
 それは、封じられた扉がきしむ音に似て――――・・・。
 その時、外に人のざわめきを聞いて、私は自身の中に発する音へと向けていた耳を、外へと向けた。
 「何でしょう?」
 私の気配を察して、リコも、外へと意識を向ける。
 一人や二人の人間が発するのではない、なにやら物々しいざわめきに、私たちは顔を見合わせると、手早く着替えて外に出た。
 「これは・・・」
 「儀式が始まる」
 私の問いに答えたのは、ユイリと名乗る、凛とした巫女だ。
 彼女は、巫女と言うよりは戦士と言った方がふさわしい、毅然とした態度で、私に向き直った。
 「ユンがあなたを呼んでいる―――― 最後に、話を聞いてやって欲しい」
 彼女は、いずれこの村の長になるのだろうと感じさせる、威厳に満ちた口調で言うと、儀式の為に集まった巫女達に道を開けさせた。
 「ユイリ殿・・・・・・」
 「あの子の、最後の願いだ」
 なぜ私が、という、私の問いを、受けるつもりはないらしい。
 彼女は私の言葉を遮り、言い募ると、ふい、と、私から顔を背けた―――― この『儀式』を、『野蛮』と蔑んだ私に、隔意を持っているのだろう。
 だが、それは私とて同じこと。
 いくら流儀が違うとはいえ、人の命を贄にすることなど、許されるわけもない。
 そう、頑なにゼクセンの常識を振りかざし、私は地に足を叩きつけるようにして歩を進めた。
 アルマ・キナンを包む聖なる森は、夜だと言うのに各所に蛍火のようなものが灯り、辺りを照らしている。
 既に、秋も深いこの季節、蛍などいるわけもないのに、柔らかに私の周りを照らす明かりに、次第に私の心は静まっていった。
 と、
 「クリスさん」
 呼びかけられて、私は足を止めた。
 森の、『聖地』と呼ばれる場所に、幼い巫女はいた。
 今から贄にされると言うのに、その表情に不安の翳りはない。
 「ユン・・・」
 なんとか、この少女を救うことはできないか・・・。
 『弱き者の盾となる』という、ゼクセン騎士団の信条にかけて、私はどうにかしてこの少女を説得したいと思ったが、私よりも多くのものが見えるという少女は、年に似合わない、落ち着いた微笑を浮かべたまま、静かに首を振った。
 『精霊と化して、永久の命を得る』などと、本気で信じているのか――――・・・嫌悪に眉をひそめる私に、幼い巫女が、笑った。
 その笑みはまるで、聞き分けのない子供を諭す、母親のようで―――― 私は、呆然とその笑みに見入っているうちに、自身の頑迷さがひどく恥ずかしいものに思えてきた。
 私が固執する常識―――― それは、ゼクセンの常識だ。
 ハルモニアの工作員だと明かしたあの男が指摘したように、それは、石の城壁の中でのみ通じる、狭隘な常識だったのかもしれない・・・。
 私は、蛍火に包まれた夜の森で、次第に自身の頑なな心が解けて行くのを感じていた。
 ここは―――― 森だ。
 ゼクセン人が切り拓き、石の壁を築いて拒絶した・・・・・・いや、違う。
 私達は多分、恐れていた。
 すべてのものを飲み込む、深い森を・・・深い、闇を。
 覗き込めば引きずり込まれる、心の奥底に沈めた迷いに似た、木々の群れを・・・・・・。
 「私は精霊になるの」
 不意に、幼い巫女は繰り返した。
 「人は、自分がなぜ生まれたのか、その意味を知らずに生き、死んでいく。でも、私は違うわ」
 森を・・・いや、自身の心の底を、直視し得た者のみが持つ毅さを、私は改めてこの少女に感じた。
 どうして、この少女を救おうなどと考えたのだろう、未だ自身の心すら覗けぬ、臆病な私が・・・。
 自分がひどくおこがましい事を考えていたように思えて、私は俯いた。
 「クリスさん」
 澄んだ声が、沈黙の森へ吸い込まれていく・・・まるで、この世界にただ二人、私と彼女しか存在しないかのようだ。
 精霊の存在を知らぬ私には、その声こそが、世界を巡る精霊の声であるかのように聞こえた。
 「ありがとう」
 その一言を最後に、私と少女のみが存在していた世界は失われた。
 いつの間にか、傍に来ていたらしい巫女の群れが、静かに私達を取り囲んでいたのだ。
 ありがとう・・・・・・。
 耳に残る少女の声が、何度も巡る。
 礼を言わなければならないのは、私の方だ・・・。
 精霊となった少女の宿る森は、とても静かで、母の腕に抱かれているかのように暖かい・・・。
 明けていく空をじっと見つめていると、いつの間にか、傍らにユイリが立っていた。
 「夢を見なかったか?」
 「夢・・・?」
 夢と言われれば、すべてが夢のような気がする。
 そう答えると、巫女の長は空を見上げたまま、ちらりと笑みを浮かべた。
 「この森は人を惑わすと言われている。深い森が、不安を掻き立てるのだと」
 私が頷くと、ユイリは笑みを深めた。
 「だが私は、それは少し、違うと思う。
 森は、人が持つ不安な心と通じているのだろう―――― 自身の裡(なか)の、闇から逃げようとする者が迷う」
 再び、私が頷くと、ユイリは笑みを浮かべたまま、私へ向き直った。
 「あの子は―――― ユンは、生まれつき多くのものが見えていた。
 迷いが、なかったわけではないだろう。
 だが、それを受け入れるだけの毅さを、あの子は持っていた。
 だから私も、あの子を贄とすることを止めなかった」
 淡々と語られた言葉に、私は胸を突かれた。
 ユイリとて、あの幼い少女を贄とすることに、ためらいのないはずがなかったのだ。
 それを私は――――・・・。
 「――――・・・すまなかった。
 あなた方の行いを、蛮行などと罵って・・・許して欲しい」
 こうべを垂れると、くすりと、笑みが降ってきた。
 「種族が違っても、分かり合うことは可能なはずだ。
 今、グラスランドとゼクセンはいがみ合っているが、互いの環境をおもんぱかることができれば、共存は可能だと、私は考えている」
 私は、瞠目して顔を上げた―――― これは、ただの世間話などではない。
 グラスランドの一部族の長から、ゼクセン騎士団の長への言葉だ。
 「お言葉、確かに承った」
 自然と、口調が改まり、表情が引き締まる。
 「私も、ユン殿のおかげで、考えが変わった気がする。互いの環境をおもんぱかることも・・・今ならできるだろう」
 この、神秘の森が教えてくれた・・・自身の心を見つめろと。
 今ならば、自身の心の奥底に封じた、扉も開け放つことができるような気がする。
 「ありがとう」
 森と、精霊になった少女へ囁き、私はユイリに手を差し出した。
 「あなたとは、良い友人になれそうだ」
 怪訝そうに、私が差し出した手を見つめるユイリの手を取り、しっかりと握る。
 「ゼクセン流の挨拶だ」
 笑みを向けると、ユイリは頷き、私の手を握り返した。
 「旅の安全を祈る」
 「それは心強い」
 巫女の言葉を、素直に受け入れた私の頭上で、森は、笑いさざめくようにさわさわと揺れていた。







〜 to be continued 〜











お題25『神秘の森』です。
実は・・・またユリネタで行こうかなーなんて、不届きなことを考えていたのですが。
いくらなんでも前回の流れから、いきなりギャグに突っ走るのはどうよ、と思い、(多分)クリスの願い通り、『距離をおいたお付き合い』になりました(笑)
『賭け』で、あんまりクリスをいじめすぎたので、反省な感じもあり(^^;)
この展開だと、割とさくさくと重くなりそうです。(日本語が非常に変)








 百八題