* 026 疾走 *


* All is fair in love and war. *
〜 17.Sissou 〜














 ヒューゴの一世一代の演説により、奮起させられたゼクセン・グラスランド連合軍は、ブラス城の石壁以上に厚い人の壁を築き、ようやくのことでハルモニア軍を一時撤退させた。
 また、その後の会合により、連合軍の拠点をゼクセンとグラスランドの中間にある、湖畔の古城に移すことも決定したのである。
 移動や戦の準備で慌しい中、ゼクセンが誇る双璧の暴走を、サロメから聞いたクリスは、きり、と、目を吊り上げた。
 「馬鹿者!!無駄な詮索をする暇があったら、己の仕事をしろ!!」
 机上に拳を叩きつけ、クリスはナッシュが予想した通りの雷を双璧の上に落とす。
 「申し訳・・・っ!!」
 「もういい。仕事に戻れ」
 「はっ・・・」
 悄然と俯くようにこうべを垂れて一礼し、二人は足取りも重くクリスの執務室を出て行った。
 「クリス様、ご厚情、ありがとうございます」
 クリスの傍らに立ったまま、状況を見つめていたサロメが、唇に淡く笑みを浮かべて、こうべを垂れる。
 誉れ高き六騎士の中でも、勇猛果敢さにおいて双璧と称される二人を、他の騎士達の前で辱めなかったこと、また、叱責だけでなんの罰則も与えなかったことに感謝してのことだった。
 「サロメもこの忙しい時期に、こんな事で気を煩わされて、迷惑だったろう」
 「いえ・・・」
 微苦笑を浮かべる彼を、着座したまま見上げ、クリスは苦笑を返す。
 「心配を掛けたようで、すまないな」
 言いつつ、彼の袖を掴むクリスを、サロメは訝しげに見下ろした。
 「クリス様・・・?」
 「サロメ、お前が私のことを案じてくれていることは知っている」
 「はぁ・・・」
 「お前の気遣いには、いつも感謝しているぞ」
 「いえ、私は当然の事をしているだけで・・・」
 クリスの唇が、徐々に深く笑みを刻んで行く・・・が、その目は全く笑っていない。
 嫌な気配を察して、一歩を退こうとしたものの、クリスの手はしっかりとサロメの袖を掴んだまま、放そうとしない。
 「クリス様・・・・・・?」
 「サロメ。私は、憶測を先行させたくはない。
 ナッシュについて、お前の知る全ての事を、隠さず話してもらおうか?」
 「・・・っクリス様!」
 「話してくれるまで、この袖は決して離さないからな」
 本気の目に、サロメはヘビに睨まれたカエルのようにすくんだまま、ただ、額に汗を浮かべる。
 「サーローメー?」
 低く、陰にこもった声で名を呼ばれた彼が、クリスの前に陥落するのに、そう長い時間は掛からなかった。


 サロメを下がらせたクリスは、執務室の本棚に穿たれた、隠し通路をそっとくぐった。
 密かに城外へ抜け出すと、城内の喧騒が嘘のような静けさに、思わずほっと息をつく。
 「お疲れだね、騎士団長様」
 突然背後から掛けられた、からかうような口調に、しかし、クリスは驚きもせず声の主を見遣った。
 「サロメから聞いた。
 ボルス達が、すまない事をしたな」
 「いや?
 敬愛する騎士団長様を心配するあまりのことだろうからね。忠実な部下としては、当然の行動なんじゃないかい?」
 にこりと微笑む顔の裏では、意地の悪い策略が働いている。
 ボルスとパーシヴァルの暴走は、明らかに騎士団長への忠誠心以上の感情の発露だと知っていながら、ナッシュはそれを、敬愛と忠誠心によるものだと断定し、クリスに刷り込んだのだ。
 ―――― 意地悪が過ぎるかな?
 そう、ちらりと思いはしたが、生意気な若造達にはちょうどいいお仕置きか、と思い直し、修正しようとはしない。
 そんなナッシュに、
 「それとな・・・」
 言いつつ、クリスが、す、と、身体を寄せ、彼の腕に手を添わせる。
 「お前の事情も聞いた」
 「俺・・・?」
 嫌な予感に、さりげなく身を引こうとしたナッシュだったが、クリスに素早く腕を捕られ、振りほどくこともできない。
 「・・・よくも騙してくれたな」
 言うや、モンスターを一刀両断にする手が振り上げられ、小気味いい音を辺りに響かせた。


 「ク・・・クリス様に怒られた・・・・・・!」
 「お前がクリス様に叱責されることなど、しょっちゅうだろうが」
 ブラス城の屋上で、のこぎり壁に取りすがり、果てしなく落ち込むボルスに、パーシヴァルが容赦ない言葉を浴びせる。
 「だが・・・!このような不名誉なことで叱責をいただいたのは初めてだ!!
 ク・・・クリス様に嫌われたかもしれない・・・・・・!!」
 さめざめと泣くボルスに、更に何か言ってやろうと、口を開きかけたパーシヴァルは、不意に響いた音に口を閉じ、のこぎり壁の際に寄った。
 「修羅場か?」
 言いつつ、何気なく城外を見下ろした彼の動きが止まる。
 「なんだ・・・?」
 外を見下ろした格好のまま、硬直した友の姿を訝しげに見遣ったボルスが、その視線の行方を追って、絶句した。
 木々の張り出した枝を透かして見えたのは、彼らが愛する騎士団長・・・。
 木漏れ日を弾く銀の姿は、見間違えようもない。
 その彼女が、あろうことかハルモニアの怪しい工作員に、自ら進んで身を寄せていったのだ。
 「ククククククク・・・・・・!!」
 「・・・・・・馬鹿笑いをやめろ、瓜坊」
 冷酷な言葉は、しかし、興奮状態のボルスの耳には届かなかった。


 「・・・クリス、あんたの怪力で何度も殴られたら、いくらなんでも顔が歪むぞ!!」
 「既に性格は歪んでいるんだ。ちょうどいいだろう」
 ナッシュの苦情には冷酷な言葉を返したものの、クリスはすぐに、いたずらっぽい笑みを浮かべて、彼を見上げた。
 「だが、これで誰に遠慮することもない」
 「へ?」
 赤く腫れ上がった頬をさするナッシュの手を取り、クリスは笑みを深める。
 「クリスティアーネは今でも・・・ピクニックに連れて行ってくれたお兄様の事が好きだぞ・・・」
 言うや、薄く熱を帯びたナッシュの頬に、軽く唇を触れさせた。
 その瞬間、上方でなにやら不審な音がしたものの、二人がそれに、気づくことはなかった。

 「ぴぃっっ・・・っっ!!」
 パーシヴァルは、悲鳴だか絶叫だかを上げそうになったボルスの口を塞ぎ、のこぎり壁から引き剥がした。
 「許せんな、あいつ・・・!」
 のこぎり壁を背に、石床の上に座り込んだパーシヴァルが、陰にこもった声で呟くと、彼の傍らで、ボルスも抗議の声を上げる。
 「俺はお前も許せんぞ・・・!」
 パーシヴァルが、自身の手甲に頓着しなかったため、ボルスは口を塞がれると同時に、したたかな鋼の一撃を食らい、歯と鼻に多大なダメージを負っていた。
 「決めた。あいつは暗殺する」
 「・・・俺はお前も抹殺してやりたい」
 「栄えあるクリス様親衛隊隊長の名にかけて!俺は必ず成し遂げるぞ!」
 「・・・・・・聞けよ、触覚頭」
 立ち上がり、拳を天にかざして誓うパーシヴァルを座り込んだまま見上げ、げっそりと呟いたボルスに、彼は手を差し出した。
 「さぁ!共にゆこう、副隊長!!
 我らがクリス様の純潔をお守りし、穢れた侵略者を排除するのだ!!ビバ!尊皇攘夷!!」
 「尊皇攘夷って・・・意味が全然違うじゃないか・・・・・・」
 錯乱したとしか思えない大仰な台詞に、呆気に取られたボルスの腕を掴んで、パーシヴァルは無理矢理彼を立ち上がらせる。
 「城内に同志は多いのだ!必ず追い詰め、今度こそ息の根を止めてやる!」
 パーシヴァルの言う通り、ブラス城内において・・・いや、ゼクセン連邦領内において、『栄えあるクリス様親衛隊』のネットワークは、広く深く根を張っている。
 そのネットワークを使って、クリスを抹殺しようとしていた議員達を葬り去ったことは、記憶に新しい。
 「行くぞボルス!!」
 同志達に連絡を取るべく、駆け出した疾風の騎士を、最早止める事はできない。
 いや、止めるどころか。
 そろりと、壁際に身を寄せて、塀の下を見下ろした烈火の騎士は、新たな怒りに燃えてパーシヴァルの後を追った。
 「あのヤロウ!!絶対殺す!!」
 泣き喚きながら疾走する彼が何を見たのかは・・・当人のみが知ることである。







〜 to be continued 〜











お題26『疾走』です。
なんだかとても、双璧が気の毒なことになっている気がしますが・・・・・・すみません、別に二人のことが嫌いだとか、そんなことは全然ありません;;
むしろ、この二人のどつき漫才は、砂漠の中に見つけたオアシスのように、私に安らぎを与えてくれて・・・って、全然フォローになってないな;
と・・・とにかく、二人のファンの方々、及び、パークリ派&ボルクリ派の方々にケンカを売っているわけではありませんので;;
単に作者が、梨栗派なだけですから;;;
怒らないでくださいねー;;;








 百八題