* 027 迷い *


* All is fair in love and war. *
〜 10.hesitation 〜











 「その目・・・その髪・・・あの時、ルルを殺した・・・!!」
 剣戟の音よりも鋭い断罪の声に、私は振り返った姿のまま、凍った。
 復讐の刃を向け、迫ってくる姿は妙にゆっくりと見えたのに、私は剣を構えることもできず、ただ、呆然とその少年の姿を見つめていた。
 刃が、陽光を受けて煌く―――― 差し迫った死の眩しさに、僅かに目を細めた時、不意に日が翳った。
 「知り合い同士の挨拶にしては、物騒だな」
 見慣れた背が、私と復讐者の間に立ち塞がる。
 余裕に満ちたその声に、凍った身体はぎこちなくではあったが、ようやく動けるようになった。
 剣を持つ手が、震えている。
 長い間戦場にあったが、こんなの、初陣以来だ・・・。
 目の前の背に、縋りつきたい衝動を堪えるので精一杯・・・。
 暗い視界は、きっと、日が翳ったせいだけではない。
 耳の奥で、鐘のように響く鼓動を聞きながら、私は盾となった男の背を見つめていた。
 「さぁ、クリス」
 振り返った彼の、大きな手が背に添えられ、私は導かれるまま、よろけるように一歩を踏み出した。
 目の端に、一瞬だけ私の命を手中にした少年の姿が映る。
 名も知らない彼・・・。
 名も知らない、彼の友・・・。
 私が殺した、彼の友・・・・・・・・・。
 「クリス」
 柔らかい声が耳朶に触れ、私はびくりと、彼を見上げた。
 「行こうか」
 微笑んだ碧の瞳に写る、私の顔は情けないほどに引きつっている。
 「・・・・・・どこへ?」
 「森だよ」
 背を押され、もう一歩を踏み出すと、三歩目を歩む事は容易になった。
 クプトの森は、慣れ親しんだゼクセンの森と同じく、冬へと向かうこの季節にすら、緑陰は濃い。
 心が安定を求めているのか、歩を運ぶ足は森を求めて自然と速まり、チシャ村を出ようとしていた。
 我ながら情けないことだが、今は少しでも早く、少年の視界から姿を消したかったのだ。
 そんな私の心中を察してか、彼は無言で私の傍らに歩を運ぶ。
 余計なことは何も聞かない、言わない。
 普段、無駄口が多いくせに、こんな時はさりげなく気を遣ってくれる・・・。
 今まで、私の側にはいなかったタイプの男。
 この器量の違いは、単に年の差だと言い切っていいものなのだろうか――――。
 そんな事を考えていると、いつの間にか私の足は村の坂道を登りきり、入口で待っていたグラスランドの巫女達に追いついた。
 「・・・行きましょうか」
 年の割には、大人びた表情で、小柄な少女が微笑う。
 硬い表情のまま、頷いた私を、ようやく追いついた同行者達が取り囲んだ。
 彼らは一様に、少年と私の間に何があったのか、問いたそうな顔をしていたが、傍らの男に目線で制され、出すべき言葉を失ったようだ。
 「さぁ、行こうか」
 もう一度言われて―――― 不覚にも泣きそうになった。
 このまま、この地を去ることは、逃亡だ。
 あの少年からの・・・復讐の刃からの逃亡・・・。
 あの刃を受ける事もできず、差し迫った死を無為に受け入れようとした私・・・・・・。
 そんな私を背にかばい、私の代わりに刃を受け、凍った私の背を押した彼・・・・・・。
 騎士になる以前から、私は何物からも逃げた事などなかったのに・・・。
 どんなに辛い事も、苦しい事も、胸の奥に仕舞って、毅然と振舞えたのに・・・。
 なぜ、戦えなかった私を侮蔑しない?
 なぜ、逃げ出した私を肯定する?
 胸の裡に暗く、重い澱が沈んでいく。
 が、その時、背を軽く叩かれ、ふと見上げれば、優しく微笑んだ瞳が近くにあって、私の暗い思考は霧散した。
 「戦いの技を持ち、それを行使するのであれば、避けられないことだ―――― さぁ、ぼぅっとしてると、置いていかれるぜ?」
 そう言って、私の頭をくしゃりと撫でる―――― どこか懐かしく、抗いがたい感触に、気づけば私は頷いていた。
 「すまない」
 その一言を発して、私はようやく鬱屈を胸に仕舞う事ができた。
 後は、毅然と前を向いて歩を進めるだけ。
 ―――― そう、それだけ。
 難しい事なんて、何もない。
 恨まれる事なんて、慣れている・・・・・・。


 あんなに動揺した彼女を、初めて見た。
 その剣は、襲い掛かる者に対して容赦なく振るわれるものであったはずなのに、まるで、初めて剣を握った者のようになすすべもなく立ち竦んでいた。
 ―――― 無理もないか。
 彼女は、全てを受け容れるには若すぎ、自身の正義を純粋に信じきるほど馬鹿じゃない。
 カラヤ村焼討ちの際、一刀の元に斬り捨てた者が一人前の戦士であったなら、これほどまでに動揺はしなかっただろう。
 が、彼女が斬り捨てた者は、一人前とは言い難い未熟な少年だった。
 彼の友人であった少年の、純粋であるがゆえの鋭い怨嗟を受け流せなかったのは、おそらく、彼女の良心の呵責ゆえだろう。
 ―――― そんな甘さは、嫌いじゃないよ。
 硬い顔をして、足元を睨みながら歩を進める彼女の背を、軽く叩いてやると、顔を上げた彼女は、きつく寄せた眉を僅かに開いた。
 「ぼぅっとしてると、置いていかれるぜ?」
 そう言って、銀色の頭を撫でてやると、彼女はこくりと頷く。
 「すまない」
 言うや、全ての感情を表面から消し去って、毅然と前を向いた彼女に、素直に感心した。
 精神の切り替えの早さは、さすがは若くしてゼクセン騎士団を率いる団長だけのことはある。
 精緻な彫像のような、硬質の美貌と、凍った湖のように揺らがない意志。
 ロマンティスト揃いの騎士達が、その旗幟と仰ぐにはふさわしい偶像。
 だが、彼らの理想通りに振舞う事は、時には苦痛とならないか?
 だったら、騎士団を離れた今がいい機会だ。
 あの石の砦の外にも、世界があることを知ればいい。
 ゼクセンの狭隘な常識と、騎士団の厳しい規律に縛られた翼を、この広い大地で思い切り伸ばすのも悪くはないはずだ。
 それらの束縛から解き放たれた時、君は、今よりもっと広い世界を俯瞰する事ができるだろう。


 クプトの森に入ると、ざわついていた心も次第に収まって行った。
 昼なお暗い森は、冷やりとした空気に満ちて、時折、射し込む木漏れ日が、肌の上に暖かく落ちてくる。
 「こちらです」
 アルマ・キナンの巫女に導かれ、私は、何の変哲もない森の道を辿った。
 口も利かず、彼女達の背だけを見つめながら、苔むした木々の狭間を抜け、隠された里へと至る。
 村の入り口で、我々を迎えに出た巫女たちと引きあわされた時だった。
 「誰だ?!」
 ナッシュの誰何と同時に、肌が粟立ったと感じる間もなく、剣を抜いていた。
 殺気を隠そうともしないそれが、私の眼前に実体を現したのは、それから一瞬後のことだ。
 長い金髪を背後で束ねた、黒衣の男―――― いや、魔物か。
 未だ剣を合わさずともわかる、その強大な力・・・。
 だが、先ほどのような恐れはなかった。
 私の手は、震えもせずに慣れ親しんだ愛剣の柄をしっかりと包み込み、心は冷静に相手との技量の差を測っている。
 ―――― 相手は一人。一斉にかかれば、なんとか勝ちを拾う事ができるか・・・。
 それほどに、歴然とした力の差を感じながらも、私に迷いはない。
 なにも、迷う事などない。なにも、恐れることなどない。
 繰り出された剣を、視覚に頼らず、受け流す。
 ―――― 大丈夫。私は戦える。
 そのまま急所を狙った剣は弾かれたが、同時にユミィ達の矢とナッシュのスパイクをも避けなければならなかった敵は、フレッドの剣を完全にかわす事はできなかった。
 上々。
 やれる。
 巫女達の加勢に、確信は深まった。
 終わりだ。
 何の迷いもなく振り下ろした剣は、しかし、深々と地を抉った。
 グラスランドの聖地を汚した魔物は、烈しい抵抗に退散を余儀なくされたのだ。
 私は、特に感想を述べる事もなく、剣を鞘に戻した。
 ―――― 聖ロアよ。
 ご加護に感謝します。


 ―――― 別に、心配していたわけではないが、冷静に敵と対峙した彼女に、俺は安心して先鋒を任せた。
 普段の彼女と変わらない、冷静で、怜悧な剣。
 敵味方の戦力の差を比べ、勝ちを拾えると判断したのだろう。
 その動きに、迷いはない。
 大将として、これ以上はない逸材だ。
 騎士達が心酔するのも無理はない。
 こちらは、彼女が無言で操る糸に引かれるように、流水の動きに導かれる魚のように、的確に攻撃を仕掛けるだけでいい。
 これほど、共にいて安心できる相手は初めてだ。
 戦闘後、剣に祈りを捧げる仕草すら、神々しいまでに美しい。
 ―――― 戦いに対して、ロマンなんかかけらも感じない俺にしちゃあ、素直に美しいと思えるなんて、珍しい事だな。
 ふと、そう思った俺は、さりげなく彼女の姿を視界から外した。
 ―――― やばいやばい。危うく、惑わされるところだった。
 微かに苦笑を浮かべ、巫女達の後ろに従って、グラスランドの聖地へと足を踏み入れる。
 ―――― どうか、女神様。迷いやすい子羊にご加護を。
 短い祈りで、揺れかけた心を平静に戻した俺は、そっと彼女を伺った。
 「行くぞ」
 まっすぐに射込まれる毅い視線を、笑みで受け流す。
 ・・・・・・なにも、迷う事などない。なにも、恐れることなどない。
 呪文のように繰り返し、笑みを深めると、クリスは訝しげに首を傾げた。
 「行くんだろう?」
 歩み寄り、追い抜きざまに軽く背中を押す。
 「あぁ・・・」
 すっかり立ち直った彼女の歩調に、迷いはない。
 それでこそ、ゼクセンの戦女神。
 君に倣って、俺も迷いを仕舞い込めそうだ。


 ―――― だが、迷いは消えたわけではない。
 ただ心の奥深く、目の届かないところへと沈めただけ。
 思わぬ嵐によって高く波立てば、いつ浮かび上がるかもわからない。








〜 to be continued 〜











お題27『迷い』です。
いやぁ・・・・・・。
めっちゃ捏造ですねぇ・・・・・・。
実際は、ヒューゴに襲われた後、ナッシュは詮索するし、クリスは普通に答えているわけですが。
ただ、ヒューゴの何倍も鍛えに鍛えまくったクリス(それはこちらの事情;)が、簡単に命を手中にされた挙句、ナッシュの背にかばわれるってどう言うこと?と思ったら、こんなお話にー♪
所詮ここは梨栗で行ってますってことで、ひとつ;








 百八題