* 028 このままでは終わらない *


* All is fair in love and war. *
〜 15.Can't be over 〜











 それは、グラスランドの諸氏族軍とゼクセン騎士団が、足並みを揃える事もできず、ハルモニア軍に散々打ち負かされた挙句、ダック村まで撤退を余儀なくされた直後のことだった。
 「ナッシュ殿ぉぉぉぉぉぉぉ〜〜〜〜っ!!
 あなた、うちの団長になぁにをしたんですかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!」
 負傷兵があふれ返ったダック村の、湿っぽい宿屋の陰に沸いたキノコの恨み節のような声に、ナッシュは心臓を鷲づかみにされて縮み上がる。
 「ななななな・・・!!何もしてませんよ、サロメ卿っ!!!」
 「嘘おっしゃいっ!!」
 浮気を問い詰める女房のような口調で、ゼクセン騎士団の優秀な軍師は、ナッシュに詰め寄った。
 「チシャ村での、クリス様の和らいだ顔・・・!!
 あんなに厳しい状況下にあったというのに、あなたと話していた時は、とても打ち解けた様子でした!!
 まさかあなた・・・!クリス様に手を出してはいないでしょうね!?」
 「し・・・信用ないなぁ・・・・・・」
 手を出していない、とは言い切れないだけに、ナッシュは必死に笑ってごまかす。
 「では、なぜクリス様はあんなにあなたになついているのですか!!」
 「なついてるって・・・犬ですか、彼女は」
 「話を逸らすんじゃありませんっ!!」
 つい先程まで、話の通じないグラスランドの族長たちを相手に激論を交わしていただけあって、サロメの機嫌はすこぶる悪い。
 下手な言い訳は却って悪いかと、ナッシュは早々に観念して、サロメをなだめにかかった。
 「そんなに怒らないでください、サロメ卿。
 クリスには、昔々、ピクニックに連れて行ってあげたお兄さんだって、ばれちゃっただけですから」
 ナッシュの言葉に、サロメは意気を殺がれたように黙り込む。
 ややして、
 「・・・本当に、それだけでしょうね?」
 厳しい眼光で確認されて、ナッシュは曖昧に笑った。
 「まさか、自分が彼女のトラウマになっていたなんて、思いませんでしたよ・・・ちょっと、ショックだったかなぁ」
 大仰にため息をついて見せると、サロメは黙り込み、逡巡した挙句に、口を開いた。
 「あの方はあれ以来・・・泣けないのですよ・・・・・・」
 「え?」
 あの時、サロメもまた、泣きじゃくるクリスの側にいた。
 紫の瞳に涙をいっぱいに溜めて、行かないでと、父親に縋りつく少女の姿を、間近に見ていたのだ。
 「私はあの時以来、ワイアット様にあの方を託されたのだと自負してきました。
 ワイアット様の代わりに見守って差し上げようと、陰に日向に尽くして参ったのです!」
 「・・・もしもし?サロメ卿?」
 話がずれていないか?と言う、ナッシュの言葉に、しかし、サロメは烈しく首を振った。
 「僭越ながら、クリス様を我が娘と思い、蝶よ花よと、なに不自由なく、貴族の姫君としてお育て申し上げようと思いましたのに!
 あの方は、母上が亡くなると同時に、ライトフェロー家の当主らしく、騎士になるのだとおっしゃって、我が騎士団の士官学校に入学されたのです!」
 「蝶よ花よって・・・・・・。
 アナタあの当時、いくつですか・・・・・・」
 まだ結婚だってしてないでしょうが、という突っ込みに、『あなたに言われたくありません』と、サロメも反論する。
 「既婚者だの恐妻家だのと、いかにも本当のことのように語っていますが、あなただって未だに独身じゃありませんか!」
 「だって俺、面倒な事情がありますもん。結婚しようとしたら、絶対、国とか上司とか親戚達から横槍が入りますから」
 余程のことが無い限り無理です、と、開き直るナッシュに、サロメは吐息を漏らす。
 「全く・・・。
 ちゃんと、クリス様には既婚者で通していただいたのでしょうな?
 清く正しく美しく、手塩にかけてお育て申し上げた姫を、あなたのような人に奪われたのでは、私は泣くに泣けません」
 「・・・・・・むちゃくちゃ言ってくれますね、軍師サマ・・・」
 「ともあれ・・・あの方は、母上がお亡くなりになった時さえも、気丈に耐えておいででした。
 まだほんの、少女であられたのに、取り乱すことなく、淡々と喪主を務められた」
 「・・・その姿は・・・なんとなく、想像できますよ」
 銀の髪を喪服の背に流した少女は、表情を凍らせて、淡々と母の亡骸に花を捧げたのだろう。
 周りの感情に流される事なく、凍った湖のように静かに、ただその美貌を際立たせていたに違いない。
 「前騎士団長と副騎士団長が亡くなった時もそうでした。
 あの方は、すぐに自身を取り戻されて、崩れかけた隊列を立て直し、敗戦を防いだ・・・・・・ブラス城に戻られるとすぐに、あの方はご自身のダーメであられる、お二人の奥方の許に赴いたそうです」
 二人の夫人に、夫達の死を告げたクリスは、二人を守れなかった事を詫び、夫人達に悲しみを与えた事を詫び、以後は自分が庇護すると、彼女達の前に跪いたという。
 だがその時も、彼女は涙を流さなかった。
 どんなに悲しくても、泣けないということは、どれほどの苦痛をもたらすものだろうか。
 「あの時、ワイアット様との別れに流した涙を最後に、あの方は自身の涙を封じてしまわれた・・・自身に厳しくあろうとするあまり、全ての弱さを捨ててしまわれた。
 それは確かに、騎士として戦場を駆ける上では良いことかも知れませんが、人として生きるにはあまりにも辛いでしょう・・・」
 サロメの言葉に、ナッシュは、恨まれる事には慣れている・・・と、呟いた時の、彼女の顔を思い浮かべた。
 凍った湖のように冷静な―――― だがその前に、ヒューゴの刃の前に命を握られた時の彼女は、厚い氷の下に、確かに流水が存在する事を示していた。
 「気を張っているのは、あなた達の前でだけかもしれませんよ、サロメ卿?」
 ふっと、笑みを浮かべるナッシュに、サロメは忌々しげな視線をよこす。
 「団長として、あなた方を率いる立場上、殊更頑丈な鎧を心にまとっているだけでしょう。
 そんなに心配しなくても、彼女はちゃんと、感情を持った人間ですよ」
 共に過ごした時間は比べるべくもないというのに、ナッシュによってクリスの新たな一面を知らされるということは、サロメにとって、とても悔しいものだった。
 「・・・・・・あなたに言われると、物凄く腹が立ちますな」
 思わず本音を呟いた彼に、ナッシュが笑声を上げる。
 「保護欲そそるんですよねー、あのお嬢さんは!
 サロメ卿のお気持ち、よくわかりますよ」
 「わかっていただかなくて結構!」
 つい、大声を上げてしまい、慌てて辺りを見回した。
 そんな彼に、ナッシュはくすりと笑みを漏らす。
 「さすがに、気が立ってらっしゃるようだ。
 結局、この村も退きますか?」
 常に冷静を心がけるべき軍師にあるまじき激昂に、サロメは憮然と口を噤み、深く頷いた。
 「クリス様にご相談申し上げて後のことになりますが、ブラス城にまで退くことになるかと・・・・・・」
 「このままじゃ、抗戦は不可能ですからね」
 いいんじゃないですか、と、にこやかに頷くナッシュに、再び鋭い視線が突き刺さる。
 「あなたも、一緒に来ていただきますよ。
 この情報をハルモニア軍へ持って行かれては、困りますので」
 「・・・どうせ、本当のことなんか教えてくれちゃいないくせに」
 「それはどうですかね」
 ようやく、その口元に笑みを乗せ、サロメは踵を返した。
 「ハルモニアに戻られたら、あなたの奥方によろしく―――― 今回の件では、相当、ご機嫌を損ねたことでしょうから」
 背中越しに、皮肉を込めて言えば、ナッシュは大仰に肩をすくめる。
 「心ならずとは言え、二度も刃向かいましたからね。
 今帰ると、確実に酷い目に遭いますから、ほとぼりが冷めるまで、ここに置いていて下さいよ」
 「ご愁傷様です」
 にやりと笑い、サロメはクリスの姿を求めて、ダック村の中へと入っていった。


 ナッシュとの話を終えたサロメが、こちらに向かってくる様に、クリスは慌ててその場を去った。
 それよりしばらく前から、彼女は、サロメを探してこの場に居合わせていたのだ。
 それは一時、ダック村に拠ったグラスランドの諸氏族軍を、騎士達と共にブラス城に入れることはできないか、相談するためだった。
 盗み聞きするつもりは全く無かったが、珍しい取り合わせに驚き、声をかけ損ねていた所へ、二人の話が聞こえてきたのだ。
 ナッシュの声は、さすがに工作員だけあって用心深く、なかなか聞き取ることはできなかったが、サロメは族長達との激論の直後だけに、苛立った口調が時折高くなって、クリスの耳にまで届いた。
 「既婚者だの恐妻家だのと、いかにも本当のことのように語っていますが、あなただって未だに独身じゃありませんか!」
 サロメの、興奮気味の声を捕らえた途端、クリスは凍ったように硬直する。
 サロメの言に対するナッシュの声を聞き取ろうと、必死に耳をそばだてると、『面倒な事情』とか、『横槍』、『無理』などの言葉がいくつか聞き取れた。
 ―――― どういう・・・ことだ・・・・・・?
 呆然と、今聞いた単語の組み合わせを反芻する。
 ―――― つまり・・・ナッシュは・・・・・・?
 自身の中で結論を出そうとした時、サロメの声が、はっきりと解答を告げた。
 「ちゃんと、クリス様には既婚者で通していただいたのでしょうな?」
 その言葉に、クリスの思考は停止する。
 ―――― まさか・・・本当に・・・・・・・・・?
 様々な感情の入り混じった、その言葉だけが、彼女の頭の中にぐるぐると渦巻いた。


 他方、クリスと同じタイミングで、その場に居合わせてしまった二人のゼクセン騎士は、愕然と立ちすくんだまま、思考停止状態にあった。
 「全く・・・。
 ちゃんと、クリス様には既婚者で通していただいたのでしょうな?
 清く正しく美しく、手塩にかけてお育て申し上げた姫を、あなたのような人に奪われたのでは、私は泣くに泣けません」
 ゼクセン騎士団の双璧と言われる騎士達は、今後の方針を如何にすべきか、相談するために探していたサロメの声が、決定的な言葉を吐く場に、運悪く居合わせてしまったのだ。
 「パパパパパパ・・・・・・!!」
 「俺はパパゲーノじゃない」
 「パパパパパパ・・・・・・!!!!」
 「パパゲーナでもない」
 「冗談を言っている場合か、パーシヴァル!!」
 「そう、冗談じゃないぞ、ボルス」
 その勇名にふさわしく、烈火のごとく激昂する騎士を、飄々とした風のごとくなだめにかかるパーシヴァルだったが、実のところ、彼もボルスをなだめながら自身に平静を取り戻すべく努力していた。
 「女房がいるって言ってたじゃないか、あのヤロウ!!
 だからこそ、クリス様を連れ出すことを認めたというのに・・・よくもたばかってくれたな!!」
 興奮した牛のように鼻息も荒く、激昂するボルスの耳元に、パーシヴァルはそっと囁きかける。
 「取り敢えず、ここは去ろう」
 「なぜだ!!」
 問い詰めてやる!と、今にも二人の間に飛び込んでいこうとするボルスの首根っこを掴み、パーシヴァルはずりずりと引っ立てていった。
 「お前がそんな大声で問い詰めたりすれば、この事はこの村中に・・・ひいては、騎士団中に知れ渡るということだ」
 そんなことになっては、クリスの耳に入るのも、時間の問題である。
 「お前も、チシャ村でのクリス様を見ただろう?
 あの方は、ファザコンの気があるからな。
 『妻帯者』だという障害がなくなったことを知れば、あの方の想いを遮るものはなくなってしまう」
 つまり、ずっと団長を慕ってきた彼ら、『栄えあるクリス様親衛隊』の立場が悪くなってしまうのだ。
 「いいか、この事は、決してクリス様に知られてはいけない。
 あの方を欺くことは心苦しいが、絶対に知られてはいかんのだ」
 ぶつぶつと諭しつつ、歩を進めていたパーシヴァルの手には、知らず、力がこもっていたらしい。
 「聞いているのか、ボルス?」
 引きずられていたボルスの、返事が無いことを訝しく思って手許を見れば、完璧にキマったらしい絞め技に、今にもボルスの魂が抜けようとしているところだった。
 「スマン」
 「スマンで済んだら裁判所はいらんのだ!!」
 ようやく絞め技から解放されたボルスが、肩で息をしながら怒鳴る。
 が、対するパーシヴァルの返答は無情だった。
 「それはともあれ、さっきの件だが」
 「言うことはそれだけか、この触覚頭ガ!!」
 「だまれ、天パー」
 もう、こいつとの友情は終わりかも知れないと、互いに思っていると、目の前を、やや慌てた様子でクリスが駆け抜けていく。
 「ク・・・クリス様!!」
 ボルスの呼び掛けに、未だ鎧を纏っていない騎士団長は、長い銀髪を日の光に煌かせながら振り向いた。
 「あ・・・あぁ、そこにいたのか、お前たち!さ・・・っ探していたんだ!!」
 どこか落ち着きのない言い様を、しかし、彼女以上に惑乱状態の二人は気づきもしない。
 「・・・おい、わかっているだろうな?さっき聞いたことは、絶対に言うなよ」
 「わかっている・・・!!」
 素早く囁き交わし、パーシヴァルは何食わぬ顔で、ボルスはやや顔を紅潮させてクリスの許へ歩み寄った。
 「サ・・・サロメを探しているんだが、どこに行ったか知らないか?」
 不自然に目を泳がせるクリスに、これまたあらぬ方を見遣る部下達は空々しくとぼける。
 「実は、私たちも探していたところで・・・」
 「いっ・・・一体、どこに行かれたのでしょうな!!」
 基本スキルに『策略』を持たない彼らの言動は、傍から見ればかなり異様な光景だったことだろうが、本人達は、自身の心を大いに乱した原因を相手に悟られないよう、必死だった。
 ややして、三人が『探していた』という軍師が姿を見せると、彼らは一斉にサロメに詰め寄った。
 「ブッ・・・ブラス城まで、軍を退けるべきではないかと思うのだが!!どう思うか?!」
 最初に口を開いたのはクリスだが、他の二人も、嫌に必死の形相でサロメを凝視している。
 「・・・実は、私もそう進言しようと思っておりました」
 「そうか!!」
 サロメの応えに対する、大仰なまでのクリスの声に、さすがの彼も、鼻白んだ。
 「・・・どうかなさいましたか、クリス様?それに、お二人も・・・」
 「いや・・・なんでも・・・・・・」
 訝しげに問うサロメから、クリスと二人の騎士達は、慌てて目を逸らす。
 ―――― 後で、じっくり問い質せばいいことだ。
 諮らずも、三人は同じ言葉を心中に呟いていた。
 この後、素早く撤退作戦をまとめた彼らは、それぞれの場へと別れて行ったが、その胸中には既に、ブラス城に戻った後のことが浮かんでいた。
 サロメが思わず吐いた言葉に、三人が三人とも思いを巡らせ、決してこのままでは終わらせないと誓った上で、目前の敵へと当たったのである。







〜 to be continued 〜











お題28『このままでは終わらない』です。
『パパパパパゲーナ♪』『パパパパパゲーノ♪』は、モーツァルトのオペラ『魔笛』の掛け合い歌です。
誰もが一度は聞いたことがあるであろう歌。
しかしまぁ・・・。
今回、サロメがサロメらしくないのがなんともはや・・・。
私、サロメは結構好きなのですが・・・。
後、パーシーちゃんの性格が変わっている気がするのは・・・・・・きっと、私の気のせいね・・・。








 百八題