* 003 待ち伏せ *



* All is fair in love and war. *
〜 5.Machibuse 〜














 わずかな供を連れただけで、ゼクセン連邦の首都、ビネ・デル・ゼクセに赴いていたゼクセン騎士団団長、クリス・ライトフェローは、ブラス城への帰路を辿っていた。
 秋とはいえ、ゼクセンの森は深く、未だに緑陰は濃い。
 慣れた者でも迷うことのあるこの場所で、考え事に気を取られるのは最も避けるべきことであったが、クリスの心中には様々な事が去来し、道の行方に集中することは難しかった。
 「クリス様?」
 訝しげな従者の声に、はっと辺りを見回せば、既にゼクセンの緑陰は切れ、地平線を望む平原が広がっていた。
 「・・・すまない。道を間違えたようだ」
 手綱を緩め、愛馬に行方を任せていたために、彼の好きな場所へ連れて来られてしまったようだ。
 クリスは、苦笑して従者を振り返った。
 「ここまで来たのに、疾走させないのでは拗ねてしまうな。おいで、ルイス」
 そう言って、手を伸ばしてやると、従者は嬉しそうにクリスの愛馬に同乗する。
 「・・・っルイス!!団長に対して無礼だぞ!乗るならこちらに乗れ!!」
 その様に、ボルスが慌てて馬を寄せるが、ほかならぬクリスに制されてしまった。
 「いいじゃないか、ルイスは私の従者なのだから。それともボルスは、ルイスにかまって欲しいのか?」
 「そういうわけじゃありませんっ!」
 珍しく冗談を言うクリスに、ボルスは真っ赤になって否定するが、
 「お気持ちは嬉しいのですが、距離を置いたお付き合いをお願いします」
 ルイスの容赦ない追い討ちを受けて、ボルスは、陸に上がった魚のように、口をぱくぱくと開閉するしかなかった。
 そんな二人のやり取りに、笑声を抑えきれないまま、クリスは馬腹を蹴った。
 疾走の合図に、愛馬は嬉しげに地を蹴り、風を切って走り出した。
 途端、手綱を握るクリスの腕の中で、ルイスが興奮気味な歓声を上げる。
 「え・・・?」
 見果てぬ平原。髪をなぶる風の感触。急速に背後へと消え去る景色。
 既視感、というのだろうか。クリスは以前、ルイスと同じ視点で、同じ景色を見た気がした。
 誰かの腕に守られて、誰かの胸に背を預けて・・・。
 それが誰だったか、今ではもう、思い出せない。
 いや、思い出そうとすると、悪い夢の中へ迷い込んでいくような不安と恐怖に迫られて、思い出すことができなかった。
 ―――― 気のせいだ。
 一瞬、硬く目を閉じて、不安を振り払う。
 ―――― 色々なことが起こったから、疲れているだけ・・・。
 唇に薄く、苦笑を浮かべて、クリスはなだらかな丘が続く前方を望んだ。
 が、愛馬の欲するがまま、疾走を繰り返しているうち、平原に一つだけ、取り残されたように陰を落とす大樹を見止めたクリスの鼓動が跳ね上がった。
 ―――― この木を見たのは、初めてじゃない・・・。
 懐かしいような、悲しいような・・・不思議と切ない気持ちが湧き出てくる。
 「なんだか、ピクニックにはよさそうな場所ですね」
 ルイスの弾んだ声に、再び鼓動が跳ねた。
 「・・・昔、ここに来たことがある気がする。初めてのピクニックだって、喜んで・・・・・・」
 「ご家族でですか?」
 「家族・・・・・・?」
 ボルスの言葉をオウム返しに呟いて、クリスは小首を傾げた。
 幼かった自分の身体越しに手綱を握った手は、馬に揺られる身体を預けた胸は、父だっただろうか?
 「さぁ・・・覚えていないな。
 母は、私が物心ついた時には、家の外に出られる身体ではなかったから、一緒に来たとすれば父かじいやだけど・・・」
 平原を吹き抜ける風に頬を撫でられ、クリスは遠い日の光景を思い描くように瞑目した。
 「・・・・・・どうも、私は記憶力が悪いらしい」
 ややして、目を開けたクリスはそう言って苦笑した。
 忘れたのか、記憶を封じたのか・・・。
 ぼんやりと浮かんだかと思えば、一瞬にして霧散する光景を追う努力を、クリスは早々にやめてしまった。
 「そろそろ帰ろう。あまり遅くなると、サロメが心配するだろうからな」
 心配性な補佐役の姿を思い浮かべたのだろう、ボルスもルイスも、苦笑を漏らして頷いた。


 クリス一行が去った後、平原に取り残された大樹の枝が、風によらず揺れた。
 「ふむ。近くで見ると、いっそう美人」
 のんきに笑って、ナッシュは今まで隠れていた樹上から草の上へ降り立った。
 「誉高き六騎士に気取られなかったということは、俺もまだまだ現役で通用するってことかなぁ」
 機嫌よく呟きながら、彼は平原を西へと進む。
 ビネ・デル・ゼクセへは、これまでも何度か行き来したが、この平原を通るのは15年ぶりだ。
 しかし、十年一日とばかり、時の流れを感じさせないあり様である。
 「イクセの村は、お祭りの準備で忙しい頃かな?」
 小さな村で唯一、異邦人が目立たない時期だ。
 「・・・お嬢ちゃんは今でも、賑やかなお店を巡るのが好きかな?それとも――――」
 ナッシュは、遠ざかり行く大樹を肩越しに見遣った。
 あの時、彼女は7歳。
 既にしっかりとした意志を持っていた少女が、あの時の事を完全に忘れてしまった、ということがあるだろうか?
 ―――― 美しい銀の髪を惜しげもなく振りまいて、必死に父親の腕にすがりついた少女・・・・・・。
 あの時、涙をためていた瞳は、色こそ変わってはいなかったが、今は研ぎ澄まされた剣のような光を宿し、毅然と前を見据えている。
 それは、愛する者を奪われた記憶を、自身の弱さとともに心の奥底に封じた代償なのか。
 ナッシュには、今の彼女が幸せなのか不幸せなのか、断じる事はできない。
 だが、多くの命を背負って、泣くこともできないのだとしたら、あまりにも気の毒だ。
 『願わくば、この少女に祝福を』
 かつて、ナッシュはそう祈ったものだが、神は不信心者の願いを、聞き届けはしなかったようだ。
 「・・・ごめん、クリスティアーネ。
 君に恨みなんかないけど、その立場を利用させてもらうよ」
 ゼクセンの英雄であり、新たなる騎士団長となった彼女。そしてなにより、真なる水の紋章を継承したワイアットの娘――――。
 運命の手は、けして彼女をこの争乱から逃しはしなかっただろうが、今、彼女をその渦中に取り込もうとしているのはナッシュ自身だ。
 彼女の名を、力を、血を利用するため、幾重にも罠を仕掛けて絡めとる。
 ―――― 残酷なことだと言うのは、百も承知・・・。
 戦場で、敵となった父親と再会させたくはないが、それは最も効果的な罠だ。
 動揺する彼女に、味方の振りをして近づき、グラスランドへと導く――――。
 「真実を知れば・・・そしてあの時のことを思い出したら、今度こそ彼女は俺を許しちゃくれないだろうな」
 美人に憎まれるのは哀しいなぁ・・・と、冗談に紛らわせつつ、ナッシュは待ち伏せの場に選んだ村へと、平原をゆっくり西へと向かった。






〜 to be continued 〜












お題3『待ち伏せ』です。
くれは、パズルにはまっていた経験があるからでしょうか。
お題3が抜けている、『お題一覧』のありようがどうも気に入らなくてですね、お題3は早いところアップしたかったのでした(^^;)
まぁ、そんなことはどうでもよろしいですか(笑)
これは、勝手に連載の5作目です。
なぜだか、『罠』と言うお題があると勘違いしていて、それ用に書いてしまった、という、間抜けな裏話があります・・・。








 百八題