* 044 危機一髪 *
* All is fair in love and war. *
〜 8.Crisis 〜
クリスとナッシュが共に旅に出た最初の夜は、ブラス城から大分離れた森の中で野営する事になった。 この辺りはまだゼクセン領のため、騎士団長の顔を知る者も多い。 彼女が城を出た事を知られないためにも、宿を取ることができなかったのだ。 ナッシュにとって幸いな事に、クリスはすんなりと事情を理解し、文句も言わず、野営に同意してくれた。 「今日は歩きづめで疲れたろう?」 問うと、いや、と、銀の頭を振る。 「この程度で体力を無くす程、弱くはない」 その、憮然とした言い様に、ナッシュは薄く苦笑を浮かべる。 つい先程、クリスに『女扱いするな!』と、怒鳴られた事を思い出したのだ。 ナッシュはいつもの癖で、女性を背後に庇う歩き方をしてしまっただけなのだが、騎士団長の位にある彼女にしてみれば、自身の力量を侮られた様に感じたのだろう。 「まぁ、確かに姫は、そこらのご婦人方よりはお強いでしょうけどねぇ」 くすり、と笑みを漏らせば、眉間をきつく寄せる。 「騎馬での遠征には慣れていても、徒歩の旅はそうじゃないだろ? 無理しないで、案内人の指示に従ってくれませんかね?」 殊更おどけて、肩を竦めてみせると、クリスは憮然としながらも頷いた。 「・・・わかった。お前に任せる」 「じゃあ、今日はお早くお休みください、姫様」 笑いを堪えつつ言うと、クリスはもう一度頷いた。 休む、と言っても、ろくな荷物もない旅である。 小さく焚いた火の傍で、苔むした樹の幹に背を預け、目を閉じるだけ。 それだけで眠りに落ちるよう、訓練はできている。 「さすがは騎士団の誉れ」 すんなりと眠りに落ちたクリスに、ナッシュは感心したように笑った。 身体を休めながらも、僅かな殺気でもあれば目を覚ます。そんな、獣と同じ眠り方ができる事は、戦場を駆け巡る戦士にとって必須の条件だ。 「姫なら、ハルモニアの工作員にもなれるぜ」 笑いつつ、ナッシュが、旅用の軽い毛布を掛けてやろうと、クリスの傍らに歩み寄った時だった。 「コロクー・・・コロクおいでー・・・」 寝ているはずのクリスがぼそりと呟く。 「誰だって?」 まさか、彼氏の名前じゃあないだろうと、首を捻るナッシュに、にゅ、とクリスの手が伸びた。 女とは思えない膂力を持つそれは、油断していた彼を絡め取り、問答無用に抱き寄せる。 「えっ?!」 「コロクねんねー・・・」 ぎゅぅぅっと、遠慮のない力で抱きすくめられ、ぽんぽん、と、あやすように背を叩かれた。 「くっ・・・クリスッ・・・嬉しいけど苦しいっ!窒息するーっ!!」 見かけよりずっと豊満な胸に顔を押し付けられながら、それもいいかと、ふとよぎった考えを、心中に慌てて否定する。 「いやいや、こんな所で殺されるわけには行かないだろっ」 しかも、こんな格好のまま息絶えては、情けなさ過ぎる。 だが、しっかりと決まった締め技から、なんとか逃げ出そうと、ナッシュが身動きした時、 「・・・・・・コロク?」 ぱちりと、大きな紫の目が開き、きょろきょろと辺りを見回した。 「・・・・・・っ!!」 瞬時に危険を察知したナッシュは、慌ててクリスに掛けてやろうとしていた毛布を引き上げ、身を隠す。 「・・・・・・あれ?ナッシュ?」 薄い毛布越しに、自分を探しているらしい声を聞き、ナッシュは必死に気配を消した―――― こんな姿が見つかれば、騎士団長様の剣に一刀両断される事は間違いない。 「しょうのない奴だな」 どっちがしょうがないんだっ!! クリスの胸に抱かれたまま息を殺し、ナッシュは彼女が再び眠りに落ちる時をひたすら待った。 やがて、彼が押し付けられた胸がゆっくりと上下し始め、何とか処刑を免れたナッシュは、胸の奥から深く吐息する。 「・・・勘弁してくれよ」 呟き、何とかこの締め技から逃れるべく、クリスが背を預ける大樹の幹に手を付いて、ナッシュが身を起こそうとすると、ずる、と、銀の髪を幹に取られつつ、クリスが大きな根を枕に、地に倒れ込んだ。 「ちょっ・・・待って・・・っ!」 未だ抱きすくめられたままのナッシュも、彼女に覆い被さるかたちで共に倒れ込む。 ―――― 今、目を醒まされたら、マジで殺されるっ!! とっさに地に両手両膝を付き、体重を掛ける事は避けたものの、誰が見ても、ナッシュがクリスを押し倒しているという解釈しかできない光景だ。 クリスを女神と崇める騎士団の連中が見たら、問答無用でなぶり殺しだろう。 だが、彼女の腕は相変わらずナッシュに絡みついたまま。 逃げ出しようのない状況に、切羽詰ったナッシュに対し、クリスはのんきに寝息を立てている。 「コロクおいでー・・・ドッグフードだぞー・・・」 ―――― ペットかよ、コンチクショーッ!! 未だ見ぬクリスの愛犬に、思いっきり毒づくナッシュを、クリスは更に引き寄せた。 「コロクー・・・」 ナッシュとは逆に、遠慮なく体重を掛けてくるクリスに、不安定な姿勢を支える両腕と両膝が悲鳴を上げる。 だが、負けるわけには行かない。 ここで負けたら、命はないのだ。 ―――― がんばれ、俺の大腿四頭筋!!負けるな、上腕三頭筋!!! かつて、父によって放り込まれた『ほえ猛る声の組合』での厳しい訓練を思い出しつつ、ナッシュは震えそうになる身体を叱咤する。 クリスだって、いつまでもこの姿勢でいるわけがない。 彼女の力が緩んだ時、それが逃げ出すチャンスだ! ―――― それまで耐えてくれ、僧帽筋!!お前が頼りだ、脊柱起立!!! しかし、祈るような思いで、ひたすら時を待ち続けたナッシュがようやく解放されたのは、なんと曙光が東の空に現れた頃だった。 すっかり感覚のなくなった四肢を、ぶらぶらと振って血流を巡らせつつ、ナッシュは深く吐息した。 「・・・・・・疲れた」 もう若くはないというのに、夜を徹して体力と筋力の限界に挑戦させられたのだ。 呟くや、地に倒れ伏したナッシュの頭上では、夜闇が昇り行く旭日に、支配域を追われつつあった。 「ナッシュ!おい、ナッシュ!!」 ナッシュが、急き立てるような女の声に目を醒ました頃には、日はすっかり昇っていた。 「出発するぞ!今日もたくさん歩くのだろう?!」 早く起きろと、ナッシュを揺する手は、昨夜、ずっと彼を抱きしめていたそれと同じ。 「まったく、いぎたない奴だな!先が思いやられる」 寝ぼけて、愛犬を呼び寄せていた声も、今朝は明瞭な口調でナッシュを呼んでいる。 「・・・その言葉、そっくり君に返すよ」 クリスとは逆に、寝起きの不明瞭な声は、彼女の耳に届かなかったようだ。 「? 何か言ったか?」 「別に」 訝しげに眉を寄せるクリスに素気なく返し、ナッシュは億劫そうに起き上がった。 ―――― 今夜は、絶対に宿を取ろう。それが俺のためだ。 クリスの胸に抱かれる、という役得はあるものの、その代償はあまりにも辛すぎた。 〜 to be continued 〜 |
| お題44『危機一髪』です。 友人の寝言より思いついたネタ(笑) すまん、ちびび(爆笑) あまりにも面白かったから、つい挿入(笑)>つまり、この回は本来、別のお題が入るはずだったのです(笑) 筋肉ネタは、気づいた人に拍手v 『ッポイ』という漫画が元ネタです(笑)>好きだったのよ。 相変わらず、不幸なナッシュにも拍手; ついでに、お題44番が私の44番目のアップ作品になった偶然に一人喜んでいるくれはでした。 |
百八題