* 045 哀しみの色 *


* All is fair in love and war. *
〜 6.the Collar of sad 〜














 哀しみに色があるとすれば、どんな色を想う?
 涙が海の水と同じものでできているのならば、すなわち、哀しみの色とは蒼いのかもしれない。
 だが、今は断言できる。
 夜空を焦がす炎の色―――― 
 グラスランドの連合軍に襲われた村人達にとっては、その色こそが、哀しみの色であり、恐怖の色でもあっただろう。
 そして、この場でそうとは知らず、父とまみえたクリスにとっても、炎を絡めて回る風車の姿は、忘れ得ぬものとなったに違いない。


 「おい、おっさん。あれはやりすぎだろ」
 ゼクセン連邦領、イクセ村を焼き、撤退するカラヤ族の軍からそっと離れた男に、ナッシュは苦笑を浮かべて歩み寄った。
 ヤザ平原の上に広がる夜空には雲一つなく、未だ背後に燃え盛る炎が、不吉な夕陽のように空を染め、暗雲を湧き上がらせている。
 「村を襲ったことか?それとも、クリスとやりあったことか?」
 「どっちもだよ」
 既に遠くなったイクセの村を望み、表情を消したジンバに、ナッシュは肩を竦めた。
 「わざわざ娘の前に出張ってきたかと思えば、剣で勝負、かよ。気づかれたらどうするつもりだったんだい?」
 あんまり勝手なことをされると困るんだけどな、と、釘を刺そうとしたナッシュは、思わず口をつぐんだ。
 彼の目の前では、ジンバ・・・いや、クリスの父親、ワイアット・ライトフェローが、拳を震わせて感涙にむせいでいた。
 「・・・・・・あのな、おっさん・・・」
 「どうだよ、ナッシュ!あの成長っぷり!!俺は今、猛烈に感動している!!」
 「・・・・・・・・・」
 正直なところ、ナッシュも、美しく成長した彼女に感慨深いものを感じていたが、ワイアットのツボは、きっとそこではない。
 「・・・・・・ほぼ、本気でやったわけだ?」
 「当たり前だろう!娘と言えど、今は騎士!手を抜いては、相手に無礼と言うものだ!」
 「・・・・・・・・・それで、倒されたわけだ?」
 「おてんばでもいい!たくましく成長してくれて、俺は嬉しい!!」
 ・・・・・・おてんばにも、限度があるだろ。
 突っ込みは、聞いてくれなさそうだったので、口に出さないことにする。
 「俺はな、ナッシュ。実は、とても心配していたんだ」
 「何をだよ・・・」
 別に聞きたくはなかったが、無骨な男に暑苦しく迫られては、問い返さないわけには行かない。
 ワイアットは、豪勢に流れる涙を拭おうともせず、遥かイクセの村を望んだ。
 「あの子の母親、アンヌは、そりゃあ美人だったからな!彼女に似たクリスも、ゼクセン一の美女になることは確定だった!」
 それには、異議を唱えないナッシュである。
 「年頃になれば、絶対に男どもが放っておかないに違いない・・・!
 ヨコシマな狼の群れに、純真で愛らしく、美しい我が最愛の仔羊ちゃんを残してしまった俺の気持ちがわかるか?!」
 「・・・・・・仔羊・・・ちゃん・・・・・・」
 つい、銀の鎧を纏い、炎の中に血刀を振りかざして駆け抜ける仔羊の有様を想像したナッシュの血圧が下がった。
 「悪い虫がつきそうになったら、容赦なく駆除するよう、執事にはきつく言い置いてきたが、それでも俺は心配で心配で心配で心配で心配で心配で心配で心配で・・・・・・・・・・・・!!」
 「やかましい」
 放っておいたら、いつまでも続きそうなその単語を、軽い裏拳突っ込みで黙らせる。
 「だが!この俺を地に沈めるまでに成長していたとは!!さすがは武門の誉れ、ライトフェロー家の現当主だ!!
 悪い虫の一匹や二匹や三匹や四匹、自分で駆除できるな!と思うと、パパはもう、誇らしくて誇らしくて誇らしくて誇らしくて誇らしくて誇らしくて誇らしくて誇らしくて・・・・・・・・・・・・!!」
 「もうええっちゅーねん!」
 更に、いつまでも続きそうな単語を、ゼクセン風突込みで止めた。
 「あのな、ワイアット。俺はこんな観客もいないところで、アンタとどつき漫才するために来たんじゃないぜ?」
 「なんだ、観客が欲しかったのか?」
 「違うだろ!」
 強烈な裏拳突込みを送って、ナッシュは深く吐息した。
 なぜこいつは、娘のこととなると、こんなにも親馬鹿になってしまうのだろうかと。
 「とにかく、これで俺の顔見世は完了した。味方の振りをして、彼女をグラスランドへご案内するわけだが・・・」
 途端、ワイアットが顔色を変え、刺すようなまなざしを送ってきた。
 「・・・・・・俺のリトルハニーラブリークリスに不埒な真似をしたら、殺すぞ」
 「・・・・・・その冠詞はまだ取れないのかよ」
 さすがに、真面目に話すのが馬鹿らしくなってくる。
 「サロメ殿にも釘を刺されたけどね、アンタみたいな怖い父親や、騎士団の連中みたいなヤバイ親衛隊がいるようなお嬢さんに手を出すほど、俺は命知らずじゃないっての」
 肩を竦め、再び深く吐息する。
 「とにかく、俺は俺の仕事をする。アンタはアンタの役目を果たしてくれ」
 ササライからの調査依頼を受けた後、ナッシュは真っ先にワイアットに連絡を取った。
 ハルモニア、グラスランド、ゼクセン連邦・・・・・・。
 三国の間で、複雑に絡み合った『紋章』の糸は果たして、解かれるのか、断ち切られるのか・・・。
 「せいぜい、ハルモニアの紋章狩りに捕まらないよう、気をつけてくれよ」
 「わかっている」
 太い笑みを浮かべ、ワイアットは自身の右手を見つめた。
 厚い皮の手袋の下に隠された、水の紋章――――。
 それこそが、彼と彼の娘に、波乱の運命を課している。
 ワイアットは笑みを消し、右手にじわりとうずく紋章の波動を受け止めた。
 それは、紋章が宿す力の波動・・・・・・・・・。
 満ち引きを繰り返す波と同じそれに、懐かしく海の側の街を想った。
 ―――― 海の水と涙とは、とても似ているものだという。
 「ナッシュ・・・俺はこの紋章を、あの子に受け継がせていいものだろうか・・・・・・・・・」
 この紋章を与えるということは、すなわち、ワイアットの命をも与えるということ・・・・・・。
 水の紋章が有する、多くの哀しみの記憶に、彼女が惑わされることはないのだろうか・・・・・・。
 そう、不安げに眉を寄せるワイアットに、ナッシュは苦笑する。
 「―――― やっぱり、哀しみの色は蒼いのかなぁ・・・・・・」
 殊更、軽い口調で言えば、ワイアットが訝しげに顔を上げた。
 「でもまぁ、紋章を受け継ぐかどうか・・・・・・そして、受け継いだ紋章をどうするかは、彼女次第だろうに。
 いくら親だからって、彼女の人生をどうこうすることなんてできやしないだろうさ」
 そうだろう、と問えば、ワイアットは表情を曇らせたまま、首肯を拒む。
 娘の幸せを願う親としては、できるだけ自分の思い描く決断をして欲しいものだと思うものらしい。
 それが、親のわがままだと知ってはいても。
 そんな彼に笑みを深め、ナッシュはワイアットの背を軽くはたいた。
 「自慢の娘なんだろうが。信じてやるんだな」
 炎は既に鎮火したのか、西の空を不吉に焦がしていた紅い光は消えうせ、白い煙が細く、平原を吹きぬける風に揺られている。
 ようやく頷いたワイアットの背をもう一度叩いて、ナッシュは彼と別れた。
 次に会う時は、彼の死に目かも知れないと、薄々感じながら・・・・・・・・・。






〜 to be continued 〜











お題45『哀しみの色』です。
・・・・・・真面目に書くつもりだったのにぃぃぃぃぃっ!!!
つい、ジンバパパのボケっぷりを優先してしまいました;;;
出題者様には、本当に申し訳なく・・・(うるうる;;;)

ところで、『哀しみの色』って、どんな色だと思います?
私は、文中でも述べましたように、涙の色だとしたら、蒼だと思います。
確か、水は青い光だけを通すので、深くなる毎に青く見えるようになるんですよね。
涙も水分なわけですから、たまりたまって深くなれば、青く見えるだろうと。
ただ、『哀しみ』という強烈な思いなんかは、その時見た光景とか、嗅いだ匂いとかでフラッシュバックする事もあるので、火事で怖い思いをすれば哀しみの色は炎の色でしょうし、大切な人が亡くなった時にたまたまのぼっていた月を見たならば、月の色が哀しみの色でしょう。
なんとなく、そんなことを考えたお題でした。








 百八題