* 046 信頼の絆 *
* All is fair in love and war. *
〜 14.reliance 〜
「まずは一発殴らせろ」 結界が解けると同時に、真の紋章が納められていた部屋へ現れたナッシュに言うや、クリスは避ける隙も与えず、強烈な平手打ちを食らわせた。 「全く、お前が余計なことをしてくれたせいで、切ないほど悩んだんだぞ・・・」 「あんたが勝手に誤解したんだろうが!!」 深々と吐息するクリスに、頬を真っ赤に腫らしたナッシュが、抗議の声を上げる。 「仕方ないだろう!私はそう信じていたのだから!」 「開き直るなっ!!」 堂々と嘯いたクリスに、ナッシュが詰め寄るが、二人の周りを囲む同行者他数名は、いきなり始まったどつき漫才を、何がなにやらわからずに、呆然と眺めているしかなかった。 中でただ一人、事情を知るサナが、いつ果てるとも知れない争いを止めるべく、二人の間に割って入る。 「とりあえず、外に出ましょう、皆さん。 クリスさんも、いきなり人前で殴ったりしないで、言いたいことは二人きりの時におっしゃい」 「はぁい」 素直に返事をしたクリスに頷き、サナはナッシュを軽く睨んだ。 「ワイアットが知ったら、大変なことですよ」 「・・・すみません」 「・・・すみませんで済むかしら・・・・・・」 ほぅ、と、サナは深々と吐息する。 「なんにしろ、誤解を解くことが出来てよかった。もう、彼女に不用意な事をしてはいけませんよ」 「肝に銘じます」 紅く手形の残った頬をさすりながら、ナッシュは苦笑した。 全く、ここまで常識が通じないとは思っても見なかったのだ。 「なんじゃなんじゃ?!」 「修羅場か?!」 ゲドの同行者達が、興味津々と三人に好奇の目を向けるが、彼らの大将の隻眼に睨まれ、あらぬ方へと視線を泳がせる。 「出るぞ」 体力を使い果たして倒れた、新たな英雄を無造作に担ぎ上げた男の、有無を言わせぬ一言に、一同は素直に頷き、道案内の老女の後に続いた。 クリスがチシャの村に至ると、そこには既に、懐かしい部下達の姿があった。 「サロメ!!」 歓喜の声を上げて、チシャ村の坂道を駆け下ってくるクリスを見止め、騎士達は相好を崩す。 「クリス様!!」 「ご無事で・・・!」 久しぶりに揃った六騎士は、互いに再会を喜びあい、それぞれに得た情報を交換してしまうと、さすがに統率の取れた騎士団だけに、意識は素早く次の戦いへと向いた。 グラスランドに侵攻しつつある、ハルモニアの大軍を、いかにして食い止めるか。 それが現在の、火急にして重大な問題だったが、 「グラスランドの諸氏族は、ゼクセンとの協力を拒んでいます――――・・・当然のことですが」 サロメの言葉に、クリスは吐息して頷いた。 いかに彼が有能な軍師であるとは言え・・・いや、ゼクセン騎士団の有能な軍師だからこそ、サロメの言に、グラスランドの諸氏族は従おうとしない。 「今は、互いに反発している場合ではないのだが・・・」 彼らとはだいぶ離れた所で、カラヤ族を集め、何事か命じている女性を見遣ったクリスは、再び吐息した。 カラヤ村を焼き討ちした、あの一件がなければ、このような時、彼女は有力な味方になったことだろうと、今更ながらに思ったのだ。 しかし、済んでしまったことは、今更悔いても仕方がない。 「難しいだろうが、説得を続けよう」 騎士達を率い、彼女へと歩を進めたクリスを、案の定、ルシアは、冷たい目で迎えた。 「お前達と話すことなど、何もない」 冷淡な声を、しかし、クリスは冷静に受け流す。 「先だっては、互いに誤解があり、せっかくの和平交渉が流れてしまったが、ハルモニアに侵略されつつある今、互いに我を張っている場合ではない」 「誤解?お前がカラヤクランを焼き討ちしたのも、誤解だと言うのか?」 「皮肉がお上手だが、敵の陽動に踊らされ、戦を仕掛けてきたのはどちらかな?」 ―――― 自分達だけが被害者のような顔をして・・・。ガラハド様とペリーズ様を殺め、我が敬愛するダーメ方に涙と喪服を強いたのはそちらではないか。 淡々と語りながらも、クリスは胸の裡にこんこんと湧いてくる、冷たい怒りを止めることができなかった。 「ルシア殿、何度も言うが、今は皮肉の応酬をしている暇はない。グラスランドの軍だけで、あのハルモニア軍を撃退できるなどとは、よもや思っていまい?」 「だが、お前たちを信用することなどできん!!」 辺りの空気が震えるほどの大音声で、リザードクランの長が叫ぶ。 「信用など、しなくていい。しかし現在、グラスランドとゼクセンは、唇歯輔車の関係にある。それぞれ、一族を担う長としては、怨恨を一時忘れるべきではないのか」 言いながら、クリスは自身に苛立ちを覚えていた。 こんな言い様では、反発を招くだけで、同調させることなんてできはしない。 いや、自身も、本気でグラスランドとの協調を求めているのかすら怪しいのだ。 怨恨を忘れろと言う自身が、しこりを持っている。 ―――― 私では・・・まとめることはできない・・・・・・。 心中に、苦々しく呟いた時、 「待ってよ!!」 チシャ村の宿で休んでいたヒューゴが、不毛な論争に業を煮やす大人たちの間に、割って入って来た。 「ヒューゴ・・・!」 子供の出る幕ではないと、叱り付けようとしたルシアを押しのけた彼は、真の火の紋章を受け継いだ、新たな英雄として、グラスランドとゼクセンが手を組むべきだと、族長たちに訴えたのだ。 意外な援軍に驚くクリスへ、彼は真摯な眼を向けた。 「俺は・・・俺が英雄を欲したのは、クリスさん、あなたに復讐したかっただけなのかもしれない」 射るように烈しい視線を、しかし、クリスは眉一つ動かさず、受け止める。 クリスは、彼の親友を一刀の元に切り伏せた。 恨まれるのも無理はない。 しかし、彼が言いたいのは、恨み言ではなかった。 「でもそのあなたが、グラスランドのために・・・チシャクランのために戦っていた姿を見た・・・。 なぜ、敵であるあなたが、グラスランドのために戦っているのか、それがわからなかった」 あの日、一瞬とはいえ、クリスの命を手中にした少年とは、別人のような落ち着いた瞳の色に、初めて、クリスの表情が揺らぐ。 なぜ――――・・・それは、彼女も自身に対して発した問いだ。 ゼクセン騎士として、多くのグラスランドの民を殺めてきた自分が、今更グラスランドの民を救うとは――――・・・偽善といわずして、なんと言うのだろう。 でも、と、少年は、周りの大人たちを見回した。 「・・・目の前で、人が殺されることを許すことができない・・・。 誰かの命が、無為に失われることが、悔しくてならない! そういう簡単な気持ち・・・それが、あの時のクリスさんの気持ちで・・・多分、炎の英雄の気持ちだったんだと思う」 英雄の気持ち・・・。 この私を、英雄と同じだと言うか。 「私を買いかぶりすぎだ」 苦笑すら浮かべることもできず、クリスはあえて表情を消したまま、ヒューゴに言った。 「私は騎士。 戦いとなれば、剣を振るうのに臆することはない」 結局、新たな英雄の名をもってしても同調し得なかった族長たちに倣い、クリスも彼に背を向けた。 「だが、矛盾だな・・・お前の言う気持ちも存在することは、認めよう」 「あの少年、随分と君を買ってくれているようじゃないか」 性懲りもなく、からかうような口調で声を掛けてきた男に、クリスはようやく苦笑を浮かべた。 「買いかぶりすぎだ。私は別に、グラスランドを救いたかったわけじゃない」 「だが、人として見捨てるわけには行かなかった、だろ?」 人がいいね、と、笑うナッシュを、クリスは軽くねめつける。 「お前に言われたくないぞ」 「そう言われると、返す言葉もない」 苦笑して肩をすくめる彼に、クリスはくすりと笑みを漏らした。 「カレリアで、子供達が私のことを『ゼクセンの魔女』と呼んでいるのを聞いた。グラスランドの諸氏族も、考えていることは同じ―――― いや、もっと辛らつな名で呼んでいることだろう」 笑みを浮かべたまま、淡々と語るクリスに、ナッシュは軽く吐息する。 「あんまり若いうちから、恨まれる事に慣れるってのは、どうかと思うぜ?」 「そうかもな。だが、事実だ。騎士団はともかく、私ではグラスランド諸氏族をまとめることは出来ない」 「それは、あのボウヤも同じだと思うけどね?」 「そうか?少なくとも私は、彼に騎士達を従わせるつもりでいるが」 そう言って、クリスは不敵な笑みを浮かべた。 「今まで争っていたが、所詮ゼクセンとグラスランドは、ハルモニアの前では唇歯輔車の関係だ。誇りが邪魔をして手を差し伸べることが出来ないというなら、こちらが折れてやるしかないだろう」 言いつつ、クリスはナッシュに手を差し伸べ、その襟元を掴んで、笑みを浮かべた顔を寄せる。 「そう、ゼクセンの騎士団長が言っていたと、上司に報告してきたらどうだ、ハルモニアの工作員殿?」 不敵な笑みを浮かべたままの顔を見下ろし、ナッシュも笑みを浮かべた。 「俺を策略に使うつもりかい、騎士団長様?」 この状況にあってさえ、反目しあうゼクセン騎士団とグラスランドの諸氏族軍。 今、ハルモニアが、その大軍を一気に投入すれば、簡単に攻め滅ぼすことが出来るだろう。 だが、他ならぬゼクセン騎士団長が、自ら『炎の英雄』の傘下に入ったと言う報告を受ければ、さすがのハルモニア軍も、予測の倍以上に膨れあがった兵力を前に、警戒しないわけには行かない。 しかし、 「ハルモニアが二の足を踏んでいる間に退却、というのは、いい手に見えるけど、俺に読まれる程度じゃ、策略にはならないんじゃないかな? あっちには、優秀な軍師もいることだしね」 生徒の回答を採点する教師のように、にこにこと笑って言うナッシュを、クリスは悔しげにねめつける。 「我らには、足取りも軽くやって来た侵略者達を、追い払う権利があるぞ」 「そりゃあ、あるでしょうとも。出来るかどうかは別にしてね」 笑って片目をつぶる仕草に、クリスは眉を寄せ、ナッシュの襟元を掴んだ手を、更に引き寄せた。 「では、事情を知っているお前を、ハルモニア軍の元へ戻すわけには行かないな」 「いや・・・そう言われるだろうとは、思っていたけどね・・・・・・」 わざとらしく、視線をさまよわせたナッシュの目に、さりげなくこちらを見つめ、聞き耳を立てる騎士達の姿が映る。 クリスの命令があれば、いつでも動ける体勢だ。 「監禁でもする気かい?」 冗談めかした口調に、しかし、クリスは首を振った。 「馬鹿を言うな。本気でお前を監禁しようと思えば、多数の兵力を割かなければならないだろうが」 そんな余裕はない、と、断言するクリスに、ナッシュは笑声を上げる。 「いくらなんでも、それは買い被りじゃないのかな?」 「私はお前を、見くびったりしない」 至極真面目な顔で言い、クリスはナッシュの襟元をしっかりと掴んだまま、小首を傾げた。 「監禁はしない。だが、私の側に・・・私の、目の届く場所にいろ。それが一番、安心できる」 さらりと出た言葉に、ナッシュは一瞬、目を見開き、次いで、わずかに口の端を曲げる。 「そーんなに頼られているんだったら、仕方ないなぁ。側にいてあげるよ、クリス♪」 聞こえよがしに声を高め、騎士達の目を集めた挙句、きゅ、と、クリスを抱きしめたナッシュに、憎悪の視線が突き刺さった。 「ば・・・っ!馬鹿者!!意味を取り違えるな!!」 慌ててナッシュの腕の中から逃げ出したクリスを保護するように、物凄い形相で駆けつけた騎士達が二人の間に割って入る。 「ク・・・クリス様に何をするか、無礼者!!」 真っ先に駆けつけたボルスが、居合い並みの速さで抜剣し、ナッシュに迫った。 「だって、クリスが側にいろ、って言うからさー」 「黙れ!!」 凄まじい勢いで振り下ろされた剣をかわし、クリスから更に数歩、遠ざかる。 ナッシュの思惑に気づいて、クリスは声を上げた。 「やめろボルス!!剣を引け!!」 言いつつ、自身の周りに出来た鋼の壁を掻き分け、ナッシュの姿を追う。 「聞けません、クリス様!!」 激昂のあまり、クリスの制止も聞かず、更に繰り出すボルスの剣から逃れるナッシュの姿が、徐々にクリスから遠ざかって行った。 「馬鹿者!!」 絶叫するや、鋼の壁をすり抜けたクリスは、二人の側に駆け寄り、剣を一閃させてボルスのそれを弾くと、素早く手を伸ばしてナッシュの腕を捕らえる。 「ク・・・クリス様・・・!!」 クリスの行為に、少なからずショックを受けたらしく、ボルスは泣きそうな顔をして立ちすくんだ。 「勘違いするな!こいつはハルモニアの工作員だ!」 ナッシュの腕を掴んだまま、小声でボルスを叱り付けると、ようやく状況を飲み込んだ彼の顔に生気が戻ってくる。 「危うく逃げられるところだったじゃないか」 「も・・・申し訳ありません!」 恐懼(きょうく)して頭を垂れたボルスに頷き、クリスは改めて捕らえたナッシュの顔を見上げた。 「お前も!おとなしく縛につけ!!」 「さっき、監禁はしないって、言ったじゃないか」 笑ってごまかそうとすると、ぎり、と、クリスに睨まれる。 「そうだ、監禁はしないさ。お前のために、大事な兵力を割くことは出来ないからな。だが、今、お前をハルモニアに帰すわけには行かない」 「・・・もしかして今、俺って、命の危険にさらされていたりしますかね?」 乾いた笑声を上げるナッシュの腕を、クリスが更に強く掴んだ。 「殺されたくなければ、私の目の届くところにいろ」 「クリスちゃん、君みたいな美人が、そんな恐ろしい脅迫をしちゃあいけないなぁ」 「脅迫ではない。『お願い』だ」 いけしゃあしゃあと言い放ち、クリスは不敵に笑う。 「もし、私のお願いを聞いてくれなかったら、その時は・・・」 「その時は?」 興味を引かれて問い返したナッシュに、クリスは笑みを深めた。 「泣いてやる」 「・・・・・・・・・」 さすがのナッシュが、呆気に取られて、言葉を失う。 「信じているぞ、ナッシュ。お前は、クリスティアーネを泣かせたりはしないよな?」 無邪気とは言い難いものの、いたずらの効果を期待する子供のようにきらきらとした目で見上げられ、ナッシュは額をおさえた。 「・・・卑怯だぞ」 「卑怯も策略のうちだ」 嬉しそうに笑うクリスに、思わず吐息が漏れる。 「せめてこんな時くらい、女の色香を使わないか?」 肩をすくめるナッシュに、クリスは腰に手を当てて胸を張った。 「あいにく、持ち合わせがない」 それに、と、彼女は笑みを深める。 「妖艶な美女の微笑みより、子供の涙に弱いのだろう、お前は?」 「俺はロリコンか!!」 「だって、ジーンさんがそう言ってたもん」 「余計な知識は持たんでよろしい!!」 しかし、絶世の美女と呼んでもいい容姿と、意外と子供っぽい気性を持ったクリスに、彼が勝てるはずもなく、 「さぁ、ぐずぐずしている暇はないぞ!!」 と、強引に部隊に加えられた挙句、直属の上司の率いる軍と、再びまみえる羽目になってしまった。 「・・・・・・今度会った時には、絶対酷い目に遭うな、俺・・・・・・」 穏やかな顔をして、腹の裡は暗渠のようにどす黒い上司の顔を思い浮かべたナッシュが、沈痛な表情を浮かべる。 「ぶつぶつ言ってないで、さっさと来い!!」 反して、既に戦闘モードへ意識を切り替えたクリスは、騎士団の先頭に立って苦戦するグラスランド軍の救援に向かった。 背後を、当然のようにナッシュに預けて。 「・・・仕方ないな」 苦笑して、ナッシュはクリスの背後を護るように後に従った。 ボルス始め、ゼクセン騎士達の視線が痛いものの、一段と厚みを増したクリスの信頼を受けることは、存外、心地いい。 それが、確実に上司の機嫌を損ねるだろうということが、わかっていても。 〜 to be continued 〜 |
| お題46『信頼の絆』です。 ヒューゴ『炎の英雄』編をやっていると、意外にクリス萌え台詞が多いことに気づきました! こんなことなら、早くやっておけばよかったな、ヒューゴ編(笑) しかも、真の紋章を継いだのに、ヒューゴってばダックの村でルシアに、『これは大人の話だ』って、追い払われるのね(笑) ママにとっては、いつまでも子供なんだな、ヒューゴ・・・。 ところでこのお話には、ジーンとクリスに接点はないのですが・・・いいんです。 ジーンは元々、ブラス城の紋章師だし、ナッシュはクリスと連れ立ってビュッデヒュッケ城に行ってるし。 会ったんですよ、きっと・・・。 きっと、ね・・・・・・(目を逸らす) |
百八題