* 047 賭け *









 それは、ある日の壁新聞から始まった。


 お茶汲み当番

 ササライ
 パーシヴァル
 バーツ
 

 それを見た瞬間、ササライは不快げに眉をひそめたが、それは本当に一瞬のことであったため、共に『当番』を拝命した二人には全く気づかれなかった。
 「お茶か!
 俺の栽培した茶葉が、そろそろ収穫時なんだ!紅茶もいいだろうが、たまには新茶で一服するのも良くないか!?」
 そう、熱心に勧める爽やか農業青年、バーツに、パーシヴァルも爽やかな笑みを浮かべて頷いた。
 「度重なる戦に疲れたご婦人方をもてなす役とは、身に余る光栄。喜んでお引き受けしましょう」
 言外に、『野郎共の為には指一本動かすもんか』と主張する騎士に、ササライは表面上穏やかに微笑む。
 「では、しばらくの間、同じ当番としてよろしくお願いします。なにしろ、お茶汲みなんてやったことがないものですから」
 その、やや険を含んだ物言いに、パーシヴァルは、表情を引き締めてササライに向き直った。
 貴族出身者の多いゼクセン騎士団で、平民出身ながらうまく世渡りしてきた彼だ。
 ここは自分とバーツで引き受けるからと、ハルモニアの神官将には当番をご辞退頂くよう、申し出ようとしたのだが、
 「なんだ、お茶も入れたことがないのかい?
 まぁ、ハルモニアの神官将様ともなれば、側役が全部やってくれたんだろうけどな。
 心配するなよ!俺が、うまい新茶の淹れ方を教えてやるから!」
 悪気皆無の爽やか農業青年に先を越され、気まずげに口を閉ざすしかなかった。
 「あぁ、世話をかけるね、バーツ」
 「いいって事よ!俺の作った茶を、一番にあんたに飲ませてやるからな!」
 ―――― 飲むだけならいいんだけどね・・・。
 外面だけはいい神官将は、そんな心中の声を押し隠し、表面上はあくまで穏やかに、パーシヴァルへ向き直った。
 「ところで、この当番制と言うものは、誰が提案したんだろうね?」
 「・・・さぁ?私は存じませんが・・・・・・」
 白を切ろうとするゼクセン騎士だったが、
 「なんだ、パーシヴァル。知らなかったのか?
 当番制は、クリスさんが提案したんだよ。
 色んな人種が集まったものの、まだ打ち解けあうには至ってないからって、平等に役割が回るようにしたらしいぜ」
 という、爽やか農業青年の悪気皆無の台詞で、『神官将の悪意から団長を守る』という役割を果たし損ねてしまった。
 「・・・へえ・・・そうなんだ・・・・・・」
 「あぁ!さすがは、若くしてゼクセン騎士団を率いるだけのことはあるよな!」
 途端、冷ややかになった神官将の表情にも全く気づくことなく、バーツは堂々とクリスを誉める。
 「さぁ、がんばって行こうぜ、ササライさん!俺の新茶を一番に飲めるなんて、あんた、運がいいぜ!」
 「・・・・・・とても嬉しいよ」
 吹雪すら起こしそうな、冷たい声音に、パーシヴァルは心中強く祈った。
 ―――― 逃げてください、クリス様!


 「では、本日の議題だが―――― ササライ殿はいかがされた?」
 ビュッデヒュッケ城の会議室で、本日の議長を務めるルシアが、訝しげに一つだけ空いた席を見遣った。
 その隣では、ササライの補佐役が、居心地悪そうに身動ぎしている。
 「それが・・・所用により、少々、遅れるとの事なのですが・・・・・・」
 「所用?!会議を差し置いてか?!」
 部屋中に響き渡る声に、デュパが非難めいた口調を混ぜる。
 「それが・・・とても大事な用であるとか・・・・・・」
 言いつつ、ディオスからちらりと意味ありげな視線を寄越されて、クリスは訝しげに首を傾げた。
 と、
 「お待たせしました!」
 蹴破られたのではないかと思うほど、凄まじい音を立てて、古い両開きの扉が開け放たれる。
 その大音響に、ぎょっとして扉を見遣った長達の前で、大きなトレイを抱えたササライは、爽やかに笑って見せた。
 「お茶をお持ちしましたよ、皆さん!」
 爽やかな顔の裏で渦巻く忌々しさをぶつけられた扉は、古びた蝶番を失って傾いている。
 キィキィと、哀しげな音を立てて鳴く扉に、長達はトレイに両手を塞がれていた彼が、容赦なく扉を蹴りつけたに違いないと確信した。
 あまりの事態に、言葉も見つからない一同に対し、ササライはずかずかと部屋の中心に置かれたテーブルに歩み寄ると、ガシャン!と、乱暴にトレイを置き、茶たくにこぼれようとお構いなしに、ものすごい音を立てて配膳してまわる。
 「あの・・・ササライ殿・・・・・・これは一体・・・・・・?」
 目の前に置かれた茶器と、ササライをおどおどと見比べつつ、遠慮がちに声を掛けたクリスには、あでやかな笑みが向けられた。
 「お茶汲み当番ですから!」
 ・・・・・・よりによって彼が当番になるなんて・・・!
 凝然と固まるクリス始め一同に、空席を埋めたササライは、にこやかに手ずから淹れたと言う茶を勧めた。
 「バーツ自慢の新茶だそうですよ。どうぞ、召し上がってください」
 ここに来るまでと、配膳した際に、茶器の中身は半分ほどに減っていたが、見たところ、普通のお茶だ。毒が盛られている様子もない。
 「・・・いたみいる」
 呟き、一口すすったルシアが、感心したように口元をほころばせた。
 「なるほど、良い新茶だ。ササライ殿のお手並みもお見事」
 「光栄です」
 そう言って、にこりと笑うササライに笑みを返し、ルシアはデュパを見遣った。
 彼女の視線の先では、リザード・クランの族長が、お預けされた犬のように、じっと茶器の中身を見つめている。
 「リザードにはまだ熱いだろう。しばらく待ってからいただくんだな」
 「だからこうやって待っている」
 「ふふ・・・クリス殿も猫舌か?」
 さりげなく、飲んでも大丈夫だと教えてくれたカラヤ・クランの族長に苦笑を返し、クリスは自分の前に置かれた茶器を手に取った。
 「いただきます、ササライ殿」
 「どーぞ」
 笑みの形に歪んだ目が、恐ろしいと思ったのはきっと気のせい・・・。
 そう、自分に言い聞かせ、一口茶を含んだクリスは、不覚にも、泣きそうになった。
 ―――― ササライ殿、そんなに私がお嫌いですか!
 ルシアの味覚を信じるなら、おそらく、クリスの茶にだけ、多量の砂糖が投入されている。
 一口含んだだけで、歯が溶けそうなくらい甘くなった茶は、新茶の爽やかさも緑茶の渋みも、きれいさっぱり消えて、ただ、砂糖の味しかしない。
 「いかがですか、クリス殿?」
 いたずらの成功を喜ぶ子供のような、無邪気な顔で微笑む彼に、クリスは引き攣った笑みを返した。
 「・・・大変・・・っ結構なお点前でいらっしゃいます」
 「あぁ、喜んでもらってよかった!何しろ、お茶を淹れるなんて、初めてのことだったものですから!」
 ・・・淹れないでくれ、もう二度と。
 ぶるぶると手を震わせながら、茶托の上に茶器を戻したクリスに、ササライは邪悪な笑みを深めた。
 「お代わりもありますので、どうぞご遠慮なく」
 「・・・・・・・・・恐れ入ります」
 笑顔の裏に渦巻く、憎悪に満ちたやり取りに、ルシアは確かめるようにもう一口、茶をすすり、デュパは未だ熱いそれを飲んでいいものか、思慮ぶかげに茶器の中へと視線を落とした。


 翌日、ヤザ平原で軍の演習を終えたクリスは、昨日の事情を耳にしたらしいシーザーに呼び止められ、共にビュッデヒュッケ城に戻りつつその時の状況を詳細に語って聞かせた。
 「・・・ひどい目に遭ったわ」
 眉根をきつく寄せるのは、クリスの癖だが、今はそれが、泣き出す前の子供のように見えて、連合軍の若き軍師は苦笑した。
 「みんな平等に、ってのは、いい考えだと思ったんだけどねぇ」
 なにしろ、言い出したのがゼクセン騎士団の団長だ。
 彼女ほどの者が率先して当番制をやり始めたのだから、他の者達も文句はないだろうと思っていたのだが、
 「ハルモニアが途中参戦するとは、さすがに俺も思っちゃいなかったしな。
 ・・・けど、誰があの人を当番制に組み込んじまったんだ?」
 むしろその事に陰謀を感じる、と、呟いたシーザーに、クリスも深く頷く。
 「今のうちに、当番制から彼の名前を削除してしまおう。
 このまま放置して、掃除当番や風呂焚き当番をやらせたりしたら、どんな目に遭うか・・・!」
 寿命が縮む、と、本気で泣きそうな顔をするクリスに、シーザーも苦笑を収めて頷いた。
 「お茶汲み程度なら被害は最小だが、掃除や風呂焚きなんかさせたら、こんな城、簡単に破壊されるぜ」
 「・・・お前、暢気な顔をして言う事はひどいな」
 クリス一人がひどい目に遭うくらいならまだいい方だと、言外に言った軍師を睨んだ時だった。
 「クリス殿!」
 陽気な声に呼びかけられ、足を止めたクリスは、あからさまに顔を引き攣らせた。
 「サ・・・ササライ殿・・・・・・!」
 彼女の視線の先では、宝くじ売り場の老婆と談笑していたらしい神官将がにこやかに手を振っている。
 「ちょっとお寄りになりませんか?」
 そう言って、手招かれたクリスの肩を、シーザーが軽く叩いた。
 「ちょうどいいや。
 クリスさん、神官将様のご機嫌を損ねないよう、お相手していてくれ。
 その間に俺、あらゆる雑用当番からあの人の名前、削除しておくから」
 「んなっ?!シーザー?!」
 慌てて引き止めようとするクリスの手から逃れて、シーザーは無情に手を振った。
 「後はよろしくよろしく」
 「こ・・・この悪魔っ!!」
 「所詮軍師は冷淡なものさー♪」
 ミュージカル調に歌いつつ、さっさと逃げて行ったシーザーを、呆然と見送ったクリスに、再び声が掛かる。
 「クリス殿ー?」
 「・・・・・・今・・・っ参ります!」
 本気で涙声を堪えつつ、クリスはよろよろと、ササライの待つ宝くじ売り場へと歩み寄った。
 「なんの御用でしょうか、ササライ殿」
 できるだけ、声にこもる感情を消して問えば、ササライは無邪気ににっこりと笑う。
 「今、こちらのマーサさんに、とても興味深いお話を伺っていたんですよ」
 「・・・・・・どのような」
 どうせろくな事ではないのだから、問い返したくはなかったのだが、そうも言っていられない。
 できるだけ早く話を切り上げてやろうという気満々で言えば、ササライはそんなクリスの心情など、気にも止めない様子で笑みを深めた。
 「こちらの宝くじ売り場は、今までも多くの当たりクジを出されたそうなのですが、1等だけは未だに出ていないそうなのですよ」
 だからなんだ、と言いたいのを堪え、ただ笑みを浮かべて頷いてみせる。
 「それでね、クリス殿。賭けをしませんか?」
 「・・・賭け?」
 嫌な予感に顔を引きつらせ、問い返すと、ササライは大きく頷いた。
 「そう、賭け。
 二人で10枚ずつ宝くじを買って、1等を当てた方が勝ち」
 「・・・二人とも当たらなかったら?」
 「引き分けですね」
 にこりと笑いながら、ササライはマーサに向き直り、宝くじを10枚、連番で購入した。
 「まいど!
 さぁ、嬢ちゃんはどうする?連番かい?バラかい?」
 にこにこと宝くじを指し示す老婆に、『まだ勝負するとは言っていない!』という絶叫を呑み込まされたクリスは、悔しげに眉を寄せる。
 「じゃあ・・・バラで・・・・・・」
 「まいどあり!」
 老婆の陽気な声と共に押し付けられた宝くじの束に、しばし、クリスは視線を落としていたが、果てしなく嫌な予感に、視線を上げてササライを見据えた。
 「ところで・・・あの・・・賭けとおっしゃるには、負けたら何か、要求されるのでしょうか・・・?」
 いつも毅然とした彼女からは想像もつかない、気弱な声に、ササライは心から嬉しそうに笑う。
 「負けた方が、勝った方の言う事を一日だけ、何でも聞く、というのはどうでしょう?」
 「・・・・・・やはり、そう来ましたか・・・・・・!」
 お茶汲みの一件以来、必ず報復を受けるだろうと、覚悟していたクリスである。
 負ければどんな無理難題を要求されるか、想像するだに恐ろしい。
 「クリス殿が勝った時、何を要求するか、ちゃんと考えておいてくださいね」
 そう言いつつ、自分が負けるとは露ほども思っていない風のササライだった。
 「ルールを覚えておいてくださいね、クリス殿。1等を当てた方が勝ちですよ?」
 つまりは、10枚全てが当たりクジでも、その中に1等が出なければ負け、もしくは引き分けと言う事だ。
 「当選発表日が、楽しみですね」
 心から楽しげに笑うササライに、クリスは、引きつった笑みを浮かべて頷いた。


 そして、運命の日。
 ササライによって、宝くじ売り場に呼び出されたクリスは、屠殺場に引き出される家畜のように重い足取りで、賭場となったそこへ出向いた。
 「おはよーございます、クリス殿!」
 未だ開店していない宝くじ売り場の前で手を振る神官将に、ひたすら明るい声で呼びかけられ、クリスは顔を引き攣らせる。
 「・・・っおはよーございます・・・」
 「楽しみですねぇ。1等が当たればいいですねぇ」
 見るからに楽しそうな様子に、クリスは曖昧に頷いた。
 ―――― マーサさん、今日はお休みしてくれないかな・・・。
 しかし、そんな切なる願いも、神官将の邪魔だてがあれば、神に届くわけもなく、クリスは宝くじ売りの老婆が、城の本館の方から、しゃきしゃきと歩み寄ってくる様に、がっくりと肩を落とすのだった。
 「さぁさ!当選発表をしようかね!」
 開店前から待っていた客達に、老婆が機嫌良く笑う。
 「今日こそは、一等が出るといいんだけどね!」
 言いながら、老婆は前回の当選番号の書かれた紙をはがし、新たな当選番号の書かれた紙を張り出した。
 「勝負!」
 「はいはい・・・・・・」
 すっかり博徒気取りの神官将に宣言され、クリスはしぶしぶと自身の宝くじ番号を照らし合わせた。
 「・・・2等」
 一枚目から、かなりの好スタートを切ったクリスに、老婆が歓声を上げる。
 「・・・5等・・・4等・・・・・・」
 クリスが一枚一枚、番号を照らし合わせる度に、確実に賞金を勝ち取っていくのを見て、老婆は感嘆の声を上げた。
 「あれまぁ!!あたしも随分長いこと宝くじを売っているけど、こんなにクジ運のいい人間は見たことないよ!!」
 しかし、10枚すべてが当たりくじでも、1等を出せなければ負け、もしくは引き分けなのだ。
 最後の一枚をめくるクリスの手が、ぶるぶると震えた。
 「・・・・・・っ2等・・・!!」
 絶望に、がくりと膝を崩したクリスの横で、老婆が歓声をあげる。
 「すごいじゃないか、あんた!!10枚全部当てちまうなんて、なんてクジ運がいいんだ!」
 今日は朝から縁起がいいよ、と、大はしゃぎする老婆の声は、しかし、クリスの耳には全く届かない。
 「では、次は僕の番ですね」
 不気味な笑みを含んだ声に、びくりと肩を震わせ、クリスは不安げにササライを見上げた。
 しかし、ササライはそんなクリスを全く気にする様子もなく、いつもと変わらぬ穏やかな笑みを浮かべたまま、番号を照らし合わせはじめる。
 「一枚目・・・ハズレ。二枚目・・・もハズレか」
 クリスと違い、連番で買ったササライは、番号を照らし合わせるのも早い。
 あっという間にほとんどをハズレくじに変えた彼へ、老婆が元気付けるように笑いかけた。
 「なぁに!勝負は最後の一枚までわからないもんさ!」
 ―――― いや、このまま外れてくれ!!
 拳を握り、じっとササライの手元を見守っているクリスの怨念が通じたのか、更に数枚がハズレくじに変わり、最後の一枚が彼の手に残った。
 「最後の一枚ですね」
 わざとらしいため息に、クリスがびくりと肩を震わせる。
 「当たればいいなぁ」
 笑みを含んだ口調に、クリスは自身の負けを悟った。
 ササライは連番でクジを買っているのだ。
 どのクジが当たっているかなど、最初の一枚を見れば、容易に計算ができる。
 ―――― 演出したな!!
 あの様子では、きっと彼は1等を当てている。
 それを最後に置き、残り9枚は、例え当たっていたとしてもすべてハズレだと言って、クリスをぬか喜びさせたのだ。
 ―――― この陰険神官将!!!
 内心、激しく毒づいて、クリスはササライが、ゆっくりと番号を照らし合わせる声を聞いていた。
 「1等――――――!!!」
 とうとう出たよ!と、大歓声を上げる老婆と手を取り合い、陰険神官将は大喜びしている。
 「クリス殿」
 にやりと口の端を曲げる顔を、クリスは睨むように見つめた。
 「約束ですよね?」
 ふっと、勝利の笑みを漏らしたササライから、クリスは、怒りと屈辱に赤らんだ顔を隠すように俯ける。
 「・・・・・・・・・なんなりと」
 ようやく絞り出した声は、怨念にまみれていた。


 今度こそ、屠殺場に引き出される家畜の気分で、クリスはうきうきと歩を進めるササライの後ろに付いて行った。
 「ドナドナドーナードーナー・・・♪」
 恐ろしく調子の外れた歌を悲しげに歌うクリスに、ササライが振り向く。
 「クリス殿。究極の音痴だと言う記事は本当だったんですね」
 「・・・・・・ほっといてください」
 「今の歌、はっきり言って、作曲者への侮辱ですよ」
 「・・・・・・ほっといてくださいってば」
 悲しい気持ちに更に追い討ちをかける神官将を恨めしく睨むと、彼はにっこりと笑い、『お手本です』と言って歌い出した。
 「ドナドナドーナードーナー♪子牛を乗せーてー♪」
 その完璧な音程に、クリスの恨みは更に募る。
 「それで、どこに連行されるんですか、私は?」
 既に覚悟は決めた。
 恐れはしない、と、目に力を込めるクリスに、ササライはふっと笑みを浮かべる。
 「そうですね。まずは、交易商に注文したものを取りに行って、次に倉庫番に脚立を借りて・・・」
 「脚立?」
 壁の修理でもやらされるのか、と、訝しげに首を傾げるクリスに、ササライはにっこりと微笑んだ。
 「まぁ、お楽しみですよ」
 楽しげに笑いながら、足取りも軽く交易所へ向かうササライの後を、クリスはヨロヨロと付いて行く。
 が、目的の場所に着いた時、『プレゼントです!』と渡された服一式を広げたクリスは、目を丸くして立ちすくんだ。
 神官将の名誉のために言えば、それは別に、特殊な趣味の特殊な服・・・いわゆるコスプレ服などではない。
 明るい空色のタイトスカートの丈が短めなことを除けば、白いブラウスとスカートと同色のベストは、清楚な印象すらある。
 「早速、別室で着替えてくださいね!靴は黒のハイヒールを用意していますから」
 有無を言わせず別室に追いやられたクリスは、着替えた服だけでなく、靴まであつらえたようにぴったりなことに表情を凍らせた。
 「・・・私のサイズは、誰に聞いたんですか?」
 部屋を出るや、聞かずもがなのことを問うクリスに、ササライはにやりと笑う。
 「ナッシュです」
 「ほほぅ・・・あの馬鹿ですか・・・・・・」
 「あの馬鹿の得技は、見ただけで女性のスリーサイズを当てることだそうですが、真実だったようですね」
 自身が注文した服が、クリスにぴったりと合っていることに非常に満足した様子で、ササライは深く頷いた。
 「髪は下ろしてくださいね。その方が、『らしい』から」
 「・・・あなたが何をやりたいか、ようやくわかりましたよ」
 きちんと編んだ髪を解きながら、クリスは苦々しげに呟く。
 「ショムニごっこですね?!」
 それで、この制服と脚立だったわけだ。
 「今日一日、あなたは僕の雑用係ですよ、クリス殿」
 いっそあでやかに微笑むササライに、クリスは額を押さえて唸る。
 「ササライ殿・・・こんな服まで用意して、そんなに勝つ自信があったんですか?!」
 イカサマじゃないだろうな、と、言外に言うクリスに、ササライは堪えきれず笑声を上げた。
 「僕、勝負事には負けたことがないんですよね」
 「だからってこんなに準備万端・・・」
 運が強いにしても、やるか、普通?!と、非難を含んだ口調に、ササライは笑みを収め、妙に真面目な顔で言う。
 「いやだなぁ、クリス殿。ここまで準備したからには、勝つまでやるつもりだったに決まっているでしょ?」
 一度で結果が出たのは幸運だった、と、ササライはこれ見よがしに一等賞品である古い本の八巻を弄んだ。
 「さぁ、次は脚立ですよ!」
 嬉しげに笑って、ササライはクリスの手を引き、倉庫番の元へと引っ立てて行った。


 「・・・なにやってんの、あの人達・・・・・・」
 ビュッデヒュッケ城のホールで、ササライと、脚立を持って彼の後ろに付き従うクリスを見かけたヒューゴは、唖然と口をあけた。
 「なんでも・・・城の修復をしてくれるそうなんだけど・・・・・・」
 彼に問われて、この城の若き城主は、曖昧に語尾を濁す。
 「・・・まさかと思うけど、あの二人が?」
 どんなに悪気がなくても、修復ではなく破壊行為が繰り広げられるであろう事は、容易に想像できるというものだ。
 「・・・断りきれなかったんだよ」
 とても怖かったんだ、と、付け加えるトーマスに、ヒューゴはさもありなんと頷く。
 「トーマス、被害を最小限に抑えるためにも、あの二人に何か別の用事を頼んだほうがいいよ」
 「何かって、何?」
 「修復はいいから、自分の部屋の掃除でもしてくれっていうのはどう?」
 「・・・あ!」
 ヒューゴの提案に、トーマスは手を打って頷いた。
 以前、ちらりと覗いたササライの部屋―――― 彼が移住する前は、ただの空部屋だったそこは、彼に割り振られてまもなく、膨大な書類とわけのわからない雑貨であふれ、あっという間に物置と化してしまった。
 「僕、不思議なんだけど、どこで寝てるんだろう、あの人」
 意外と大雑把な性格だ、と言うことは、探偵の調査によって、既に皆の知るところとなっていたが、側役が片付ける端から散らかしていく彼の魔の手は当然のように寝台の上にまで及び、寝転ぶ場所の確保さえ難しい状況にある。
 「でも、あの部屋なら、多少破壊されても今までと変わらないね」
 おとなしい顔をして、実は大胆な発言を連発する城主に、ヒューゴは笑って頷いた。


 城主達の密かな意図によって、ササライの部屋に追いやられたクリスは、まず、その人外魔境の散らかりっぷりに唖然と立ちすくんだ。
 足の踏み場もないとは、まさにこのことだ。
 転ばぬように足元に意識を集中させれば、机の上に積み上げられた、大きさの違う本の角に不意打ちを食らう。
 「あ、だめですよ、位置を変えちゃ!ここには僕なりの鉄則があるんですから」
 どんな鉄則だか知らないが、確かにササライは、床の物にも机に積まれた物にもぶつかることなく、きれいに避けて奥に到達していた。
 「さて。疲れちゃったから、お茶でも淹れてもらおうかな」
 「どうやって?!」
 思わず、クリスは絶叫した。
 ただ歩くだけでも凄まじい集中力を要する部屋で、どうやって茶器を運べと言うのだ。
 しかし、クリスの反駁など、どこ吹く風と言わんばかりに、ササライはにっこりと笑った。
 「こんなにお天気のいい日は、フレーバーティなんていいですね。
 バーツの畑で、食べ頃の果物ももらって来て下さいね、雑用係さん?」
 容赦なく畳み掛けられ、クリスはぎこちなく頷く。
 「かしこまりましたっ!!少々お待ちくださいませっ!!」
 上擦った声を上げつつ、踵を返したクリスは、足音も荒く部屋を出、ご主人様のお言いつけ通り、バーツの畑へと向かった。
 「なんかくれっ!!」
 怒りに頭から湯気を出さんばかりのクリスに、今日も愛情を込めて畑仕事をしていた農業青年は爽やかな笑みを返す。
 「なんかって、トマトか?薬草か?」
 「メロンとかブドウはないのか?!」
 「今はあいにく、果物は生ってないなぁ。
 でも!ちょっと見てみろよ、このトマト!!
 プリプリしてて、ツヤツヤしてて、とろけるように甘いぜ!!
 なぁ、俺のかわいい、マリー・アントワネット!!」
 「・・・トマトに名前をつけるのか」
 「その方がすくすくとおいしく育つんだ!」
 拳を握って力説するバーツに、それ以上物を言う気力もなく、クリスは深く吐息した。
 「じゃあ、そのマリア・アントーニアと薬草をくれ」
 「マリー・アントワネット!!勝手に無骨なゼクセン読みにするな!!」
 「何でもいいから早くしてくれ!!」
 ほとんど悲鳴を上げて、農業青年からトマトと薬草を手に入れたクリスは、礼もそこそこにメイミのレストランへ駆け込む。
 「これを使って、なにかデザートとかできる?」
 普段とは違う格好をしたクリスに目を丸くしながらも、腕のいい料理人は、トマトを取り上げてにっこりと笑った。
 「任せて!超おいしいデザートを作ってあげるよ」
 「頼んだ!」
 そう言い置いて、クリスは次に、自身の従者の元へ向かう。
 「ルイス!!」
 クリスの部屋を、念入りに清掃していたルイスは、いきなり飛び込んできた主人に驚いて、手にした雑巾を飛ばしてしまった。
 「ど・・・どうしたんですか、クリス様?!」
 「すぐにお茶を入れてくれ!フレーバーティで!!」
 「は・・・はい!!
 それで、どのフレーバーになさいますか?」
 ルイスの問いに、クリスは握り締めていた薬草を差し出した。
 彼女があまりにも強く握り締めていたため、それはすっかり萎えてしまっている。
 「薬草のお茶・・・ですか?」
 再度の問いに、クリスはうん、と深く頷いた。
 「凄く・・・苦いと思いますけど・・・?」
 「いいんだ、それくらい。復讐だから」
 なんと言っても、クリスは歯が溶けるほどに甘い緑茶を飲まされたのである。
 身体に良い薬草茶を飲ませたところで、何の弊害があるだろうか。
 「濃く煮出してやってくれ」
 にっこりと笑った笑顔は、神官将に良く似た邪悪さが漂っていた。


 「お待たせしましたっ!」
 トレイで両手が塞がっているため、容赦なく蹴りつけた扉が、激しい音を立てて開いた。
 しかし、この部屋の主人は、全く動じる様子もなく、笑ってクリスを迎えたのである。
 「お待たせされました」
 さりげない嫌味は聞こえなかったふりをして、クリスは足の踏み場もない室内に、ササライが刻んだ獣道を見つけ、頭を積み上げられた本の角にぶつけないよう用心しつつ、慎重に奥へと突き進んだ。
 「あいにく果物はありませんでしたが、バーツ自慢のトマトで、この城自慢の料理人が腕を振るってくれましたよ!」
 そう言って、クリスは鮮やかな赤いデザートの皿を差し出した。
 「トマトのデザート?」
 珍しい素材を使ったデザートへの不信感を隠そうともしない彼に、クリスはにっこりと微笑む。
 「トマトのワイン煮アイスクリーム添えだそうです。意外とおいしいですよ。
 フレーバーティもご用意できました」
 デザートの隣に、茶器と温かいお茶の入ったティーポットを置いて、クリスは空になったトレイを脇に抱えた。
 「どうぞ、ご堪能ください」
 あでやかな笑みを浮かべ、再度勧めると、ササライは頷いてスプーンを手にする。
 「あ、そうだ、クリス殿」
 「はい?」
 彼がまず、お茶に手を出さなかったことを残念に思いつつも、にこやかに返事をしたクリスに、ササライはあでやかな笑みを返した。
 「その扉、今すぐ修理してくださいね」
 きらりと銀色に光るスプーンで指し示された先には、上部の蝶番を失った扉が、キィキィと哀しげな音を立てて鳴いていた。


 「・・・あれ?どうなってるんだ、これ?」
 弾け飛んだ蝶番を、足の踏み場もない室内の一角で発見したクリスは、ネジを入れようとしただけで崩れる、脆い扉の木枠に頭を悩ませていた。
 「先に蝶番をあわせて・・・うわっ!壊れた!!」
 扉以上に脆くなっていた金属製の蝶番は、クリスの乱暴な扱いに耐えかねて、あっさりと崩れ落ちる。
 「新しいのを調達しなきゃ・・・」
 鍛冶屋が作ってくれるかな、と、やや気まずげに呟くクリスに、ササライは呆れたように吐息した。
 「役に立たない雑用係ですねぇ。
 もう、そこは後で下僕にやらせますから、先に部屋の片付けをやってください」
 「不器用ですみませんねっ!!」
 壊れた蝶番を放り投げ、クリスは脚立を降りて、足の踏み場もない床に仁王立ちになる。
 しかし、脚線美を強調するその立ち姿に心奪われる様子もなく、ササライは銀のスプーンで床に積み上げられた膨大な書籍群を示した。
 「それ、背表紙についた番号順に、本棚に並べてください。ページの間に色々挟んでいますから、落とさないように気をつけて」
 「なんでそんなことするんですか!!」
 大事な書類なら別にまとめとけ!と、怒鳴るクリスに、ササライは傲慢に鼻を鳴らす。
 「別にしたら訳がわからなくなるでしょ」
 「こんなに散らかしている方が訳わからないでしょうがっ!!」
 「いいんですよ。どうせ僕が片付けるわけじゃなし」
 当然のように言ってのける彼に、あいた口が塞がらない。
 ―――― この人の下僕って、大変なんだな・・・。
 改めて、下僕達の苦労を思いながら、クリスはまず、足場を確保するために、自身の周りから片付けて行った。
 分厚い本を何冊も抱え、本棚に運び、散らばった書類を拾っては、破棄すべきものかを尋ねながらゴミとより分けていく。
 そうやって、あらかた片付いた時には、クリスは全身埃だらけになった上に、自慢の銀髪もぼさぼさになって、見るも無残な姿になっていた。
 「か・・・片付け終了しました!」
 「はい、ご苦労様」
 全然ありがたがっている様子もなく、ササライはのんびりと食していたデザートの皿を置く。
 「トマトのデザートは初めて食しましたが、さすがは自慢の料理人です。大変結構でした」
 「それはよろしゅうございましたっ!」
 そう言って忌々しげに服の埃を払うクリスを見る、ササライの目が、不気味な笑みに歪んだ。
 「疲れたでしょう?お茶でもどうぞ」
 「え?!」
 思わぬ言葉に、顔を引き攣らせたクリスの眼前で、ササライが未だ手付かずの茶器に例の薬草茶を注ぐ。
 ツン、と、鼻を突く薬草の臭いに、ササライは笑みを深め、クリスは伝い落ちる冷や汗を拭う事もできずに立ちすくんだ。
 「い・・・いえ、ササライ殿!!私は結構ですから!!」
 「そんなことをおっしゃらず。この部屋の掃除は大変だったでしょう?」
 「ぜ・・・っ全然!!大変なんかじゃなかったですよっ!!お掃除大好きですから!!」
 心にもないことを口走りつつ、なんとか逃げようとするクリスだったが、笑みを貼り付けたままの神官将に茶器を差し出され、硬直する。
 「―――― 私のお茶が飲めないとでも?」
 「い・・・いえ、そんなことは・・・・・・っ」
 ―――― 貴様は酒乱の上司か!!
 まるで、宴席で嫌われる、絡み酒の上司のような言い様で迫ってくる神官将から、クリスは押し付けられるように茶器を渡された。
 「・・・・・・いただきますっ」
 「どうぞご遠慮なく。
 あなたが心を込めて淹れてくれたお茶ですから、きっとおいしいことでしょう」
 凄まじい嫌味は聞こえなかったふりをして、クリスはぬるくなった薬草茶を一気に飲み下した―――― 途端、あまりの苦さに膝が崩れ落ちる。
 クリスの『復讐』という言葉に、彼女の忠実な従者は、薬草を容赦なく濃く煮出したようだった。
 「もう一杯いいかがですか?」
 「結構ですっ!!」
 これ以上飲んだら絶対身体に悪い、と確信して、必死で断る。
 「では、一服されたことですし、次は清掃をお願いしますね」
 「えっ?!」
 まだ終わりじゃないのか、と、目を剥くクリスに、ササライは当然だと頷いた。
 「ちゃんと埃を落として、拭き掃除までやってくださいね。
 好きなんでしょう、お掃除?」
 にやりと、口の端を曲げた様は、これ以上ないほどに邪悪な表情を形作っている。
 「がんばってくださいね、雑用係さん」
 くすくすと、笑声を上げる陰険神官将を、クリスはきつく眉根を寄せて睨みつけた。
 「・・・っかしこまりました!!」
 苦々しく吐き捨てるや、掃除用具を取りに行こうと踵を返したクリスの背を、神官将の笑みを含んだ声が追いかける。
 「お掃除が終わったら、またお茶を差し上げましょうね」
 その言葉に、慣れないハイヒールで歩を進めていたクリスは、見事にすっ転んだ。
 「す・・・すぐにお茶のお代わりをお持ちしますっ!!」
 ほとんど涙声になった彼女の背後で、神官将が『してやったり』と、笑う気配がしたが、それは、削られまくった集中力を総動員して無視した。
 「今度は、ちゃんと飲めるお茶をお願いしますね」
 「はい、よろこんでっ!!」
 悔し涙に咽びながら、駆け去っていくクリスを見送り、ササライはほくそえむ。
 「僕に逆らおうなんて、百年早いよ、お嬢ちゃん?」
 もう一度笑声を上げて、ササライは読了した古い本を、床上に放り投げた。


 「ルイス!!お茶!!お茶を淹れてくれ!!!」
 号泣しながら自室に飛び込んできた主人を、ルイスは目を丸くして迎えた。
 驚きながらも、手は彼女の為にお茶の支度を始める辺り、彼の従者としての反射神経には並々ならぬものがある。
 「落ち着いてください、クリス様」
 興奮した牛のように荒ぶっている彼女のため、ルイスがぬるめに淹れたお茶を差し出すと、クリスはそれを一気に飲み下した。
 「ひどい目に遭ったー!!」
 そう言って、クリスが怒涛のようにまくし立てるササライの嫌がらせの数々を聞いたルイスは、自身の血流が勢い良く下がっていく音を聞きながら、今度こそササライに供されるお茶をポットに注いだ。
 「そ・・・そうですか・・・・・・。あのお茶を飲んでしまったのですか・・・・・・・・・」
 顔を引き攣らせながら、反復する従者に、主人は固く拳を握る。
 「絶対絶対絶対絶対!!仕返ししてやるぅ〜〜〜〜〜〜〜!!!!!」
 「が・・・がんばってください・・・・・・」
 ルイスが新たに淹れたお茶のポットをトレイに載せたクリスは、戦場に赴く時よりも厳しい顔をして、足音も荒く自室を出て行った。
 「聖ロア・・・!
 どうか、クリス様をお護りください!」
 彼女の背を見送ってしまったルイスは、両手を組み合わせ、信仰する女神へ真摯な祈りを捧げた。
 ―――― そして、僕の罪をお許しください・・・・・・!
 心中の懺悔は、女神に届いただろうか。
 心に深い暗黒を宿した少年は、件の薬草茶に、密かに雑巾の絞り汁を注入していたことを、天上の女神にのみ告白した。






〜 Fin 〜








お題47『賭け』をお送りします!
・・・・・・誤解のないように言っておきますが、私は大のクリスファンですよ?
じゃなきゃ、幻水にここまでのめりこんでませんし、栗祭りに参加することもなかったでしょう。
だから、『くれはってホントはクリスのことが嫌いなんじゃなかろうか!?』なんて誤解はしないでクダサイ。オネガイデス(^^;)←じゃあ、誤解されるようなことすんな;
ただ、陰険神官将が大好きなだけです。(余計悪いがな;)
ちなみに、トマトのワイン煮は実在します。
どこだったか忘れてしまいましたけど、居酒屋で食べたもん(笑)
これがまた、意外と美味しいのですな(笑)
どこかで見つけたら、ぜひお試しクダサイな(^^)










 百八題