* 048 友の言葉 *







 うららかな午後のひと時。
 細く開けた窓から吹き込む秋の風は、眠りを誘うほどに心地よい。
 書類仕事の合間、お気に入りの銘柄の紅茶と共に出された、従者お手製のティラミスは甘い香りを漂わせ、クリスの頬をほころばせた。
 柔らかいスポンジの上にふんわりムース。
 この、素敵なデザートの名の由来はなんだったか―――― 確か、とても素敵な意味だった。
 そんな、乙女チックな事を考えつつ、いざ、フォークを突き立てようとした時。
 「邪魔するわよ!」
 蹴破られたのではないかと思うほど激しい音を立てて、クリスの執務室のドアは乱暴に開け放たれた。
 「何事だっ!!」
 至福の時間を邪魔されて、クリスが絶叫する。
 が、闖入者は遠慮することなくずかずかとクリスの前に歩み寄った。
 「なによ!邪魔なわけ?!」
 邪魔だ、と返せたらどんなにいいか・・・・・・・・・!
 クリスは唇を震わせながら、わがままなティント大統領令嬢に剣呑な視線を向けた。
 「なんの用なの、リリィ?」
 もう既に、このわがまま娘の相手をする事には慣れたクリスである。
 嵐と同じで、余計な事は言わず、黙って話を聞いてやれば通り過ぎていくのだ。
 「用があるから来たのよ!なによ、自分だけお茶してるわけ?!」
 「今日はマフィンは用意してないわよ」
 せめてものお返しに、そう言ってやると、リリィは長い髪を後ろに払って鼻を鳴らした。
 「ほんっとに気が利かない女よね、あんたって!いいわ、それで我慢してあげる!」
 言うや、ティーテーブルの椅子を乱暴に引き、どっかりと座り込んでルイスにお茶と茶菓子を要求する。
 「・・・・・・・・・用って?」
 憮然として、リリィの対面に自分のケーキセットを運んだクリスは、彼女より更にきつく眉根を寄せた友人に睨まれ、気まずい思いでティーカップを唇に運んだ。
 ―――― なにかしたかしら、私?
 理不尽な友人が、また理不尽な理由で怒っているのだろうとは思うのだが、一応、理由を考えて見る。
 ―――― 最近、戦闘に連れて行ってないから・・・?
 行きたくない、と言ったのはリリィだ。
 ―――― 戦争の時、後衛に置いたから?
 前衛は血なまぐさくて嫌だ、と言ったのはリリィだ。
 ―――― うー・・・ん・・・・・・??
 悩みと共に、熱い紅茶に吹きかける吐息も重くなる。
 そんなクリスを、リリィは長い間凝視し続けていたが、
 「なんでよ?」
 ようやく、憮然としながらも声を発した。
 「なんでよって、なにが?」
 少なくとも、自身の思考の迷路から脱する事のできたクリスは、リリィが言葉を発した事にほっとしながらも首を傾げる。
 「なんでオヤジなの」
 「はぁ?」
 質問と言うよりは、非難の前置きとも言うべき語調に、クリスは更に首を傾げた。
 「オヤジって・・・・・・ジンバ殿が私の父だと知った時には確かに驚いたが・・・・・・って、誰に聞いたの、それ?」
 話してないわよね、と、確認を入れると、更に睨まれる。
 「なによそれ。そんなこと、初めて聞いたわよ!」
 「じゃあ、誰の事を言ってるのよ!!」
 あまりに自分を無視した話の進め方に、さすがのクリスも苛々と語調を荒げた。
 と、
 「あんたのカレシの事よ!」
 きっぱりと断言され、クリスがむっと眉を寄せる。
 「オヤジじゃないもん!」
 「オヤジでしょ!」
 反論を許さない口調で、再びリリィが断言した。
 「あんた、まだ22なのよ!もう10代じゃないけど、それでもまだまだ若い娘なのよ!!なにが悲しくて15も年上のオヤジと不倫してるのよ!!」
 「ふっ・・・不倫!?」
 「騎士団育ちは、そんな言葉も知らないわけ?!女房のいる男と付き合うのは、世間一般には不倫って言うのよ!」
 違う、という絶叫は、喉から出る前に封じられた。
 「・・・・・・なにも泣かなくったって」
 「泣いてないわよ!」
 甲高い声を上げ、リリィはぐぃっと目元を拭った。
 「あんたがあんまり馬鹿な事をやってるもんだから、呆れてるだけよ!!」
 言いながらも、大きな目からぽろぽろと涙を零す友人に、クリスは微笑まずにいられない。
 プライドが高く、気が強くて、わがまま―――― でも本当は、友人を心配するあまり、こんなにも泣いてくれる、優しい女・・・・・・。
 「ごめん、リリィ」
 「なに笑ってんのよ、あんたは!そんなにのんきだから、あんなのに引っかかるのよ!!」
 嗚咽を堪える声がうわずっていくのが恥ずかしいのか、更にきつくなる語調に、クリスは苦笑した。
 「だから、ごめんってば」
 「大体ね、他にも男はいるでしょうに、なんであのオヤジなわけ?!そんっなに騎士団の男は不満?!」
 だんっ!と、乱暴に叩かれたティーテーブルの上で、茶器が跳ねる。
 「いや、そう言うわけじゃないんだが・・・・・・騎士団長の位にある者が、誰か一人を選んでしまったら、不公平だろう?」
 そうなったら二人とも不幸だ、と、笑声を上げるクリスに、リリィがますます激昂した。
 「それでも!不倫して、あんた一人が不幸になるよりましでしょ!
 あんたはそりゃあ強いかもしれないけど!全く傷つかないってわけには行かないんだからね!!」
 リリィの拳に、再び跳ねまわった茶器をソーサーごと取り上げたクリスは、ティーカップでほころんだ口元を隠す。
 「・・・・・・心配してくれてありがとう、リリィ。あなたは、本当に優しい人ね」
 「なっ・・・なによ、いきなり!気持ち悪いわね!」
 わがままとは言われ慣れているリリィだが、面と向かって『優しい』などと言われてはさすがに面映い。
 照れ隠しか、更に憮然と眉を寄せる様に、クリスはたまらず吹き出した。
 「なによ?!」
 自身の失笑に、リリィが目を丸くする様がおかしくて、クリスの笑声は更に大きくなった。
 「ごめん・・・っ!心配してくれるのは、すごく嬉しいんだけど・・・っ!」
 リリィの機嫌が、段々悪くなっていくのはわかっていたが、笑いの発作は中々おさまらない。
 ひとしきり、苦しい思いをした後、目じりに浮かんだ涙を拭いつつ、クリスはリリィに真実を告げた。
 「実は、ナッシュが結婚してるって話、嘘なんだ」
 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・は?」
 文字通り、目を点にして問い返すリリィに、クリスはにっこりと笑った。
 「私をグラスランドへ連れて行く為に吐いた嘘なんだ、妻帯者って話は」
 しばしの沈黙の中、リリィの顔が紅潮して行く。
 
「そう言うことは先に言いなさいよ、あんたはぁっ!!」
 「ごめーん。もう、みんな知ってると思っていたからぁ」
 「いたからぁって・・・!!あんたは女子高生か―――――!!!」
 顔を真っ赤にして絶叫する友人には悪いが、クリスは久しぶりに思いっきり笑うことができた。
 「あ、思い出したわ」
 「何をよ?!」
 興奮した牛のように、鼻息の荒い友人に機嫌よく笑いかけながら、クリスは未だ手付かずのティラミスを指し示す。
 「ティラミスの由来―――― 『私を元気にして』だったわ」
 クスクスと笑いながら、クリスはバニラ風味の程よく利いたデザートを一口、味わった。


 「・・・・・・ばっかみたい」
 クリスとは逆に、果てしなく落ち込んだリリィは、ルイスお手製のティラミスをおかわりしながら呟いた。
 「一人で興奮して、怒って泣いて心配したのに、杞憂だったなんて・・・・・・」
 「そんなことないわよ。嬉しかったんだから」
 数少ない女友達と、おしゃべりをしながら楽しむお茶はまた格別だと、クリスは満足げだった。
 が、
 「ハルモニアの神官将がさ、『ゼクセン騎士団の団長ともあろう者が、泥棒猫のような真似をするものですね』なんていうものだから、カチーンと来ちゃったのよね・・・・・・」
 という、リリィの言葉に石化する。
 「ふざけんじゃないわよ、クリスはそんなに悪趣味じゃないわ、って、反論したんだけど、取り付く島もなくってさ・・・・・・クリス?」
 ティーカップを手にしたまま、凍ったように身じろぎもしない友人を、リリィが訝しげに見遣った。
 ―――― あんの・・・鬼姑―――――――ッッ!!!
 「クーリース?」
 身の裡(うち)に渦巻く激情は、ほんのわずか、震える唇にのみ表れる。
 「・・・私も・・・・・・ティラミスおかわり・・・・・・・・・」
 忠実な従者が、そっと差し出したそれを誰に見立てたものか、クリスは思いっきりフォークを突き刺した。
 「・・・・・・・・・私を元気にしてちょうだい・・・・・・・・・ッ!」
 搾り出された声は怨念にまみれ、さすがのリリィも退いてしまった。








*END*















お題48『友の言葉』ですv
朝の出勤途中、ティラミスが食べたくなって思いついた話(笑)
『一時休戦』と、対なカンジにしてみたくて、導入部分をほとんど同じにしてみましたv(あんたはまた楽をして;;)

リリィは、わがままでプライドが高いけど、本当は優しい娘だと思っています。(たぶんね(笑))
彼女の、『友達が不幸になるのを見てられないわっ!』という思いが、うまく出せていたらいいなぁ・・・;
・・・いやホント、不倫はやめましょうね。真面目な話。おねーさんからの忠告です。(マジ)

明日、覚えていたらティラミス食べよー♪











 百八題