* 004 祖国の為に *
 
坊ちゃん カリョウ
2主 カナタ








 どちらを向いても海、海、海。
 空と雲の他には、見事な曲線を描く水平線以外の何も見えない場所。
 目の奥まで青く染まってしまいそうな景色に、少年は憮然と傍らの少女を見た。
 「・・・・・・ここって、どこ?」
 「船の上ですね!」
 不機嫌な声に、突き抜けるような明るい声が答えて、発言者の機嫌は修復不可能にまで陥ってしまった。
 「すごいね、ビッキー。こんな所にもテレポートできるんだ?」
 「はい!私も、こんなことができるなんて思ってませんでした!」
 誉められて嬉しいのか、少女は更に声を弾ませる。
 「・・・・・・カリョウさ、普通、ここで『すごい』って言葉が出る?たまに口を開いたかと思えば、言語障害並みのボケが出るんだね、君って」
 すさまじい毒舌に、カリョウはくすりと笑った。
 「そうは言うけどさ、ルック?三人一緒に海の中、って可能性が一番高かったんだよ?
 海の真っ只中にテレポートしてきて、たまたま流されてきた舟の上に落ちるなんて、すごい幸運だと思わない?」
 確かに、幸運も幸運。最大級の幸運だろう。
 何しろ、現在三人が足場にしている舟は、きっぱりボートと呼んだ方が潔いほど狭かった。
 三人乗ればいっぱいいっぱいのそこにちゃんと着地できたのは、すさまじい幸運だと言うのはよくわかるのだが、この世で最もネガティブな紋章を継いだ少年のポジティブな言い様が、ルックの機嫌を更に悪くする。
 「海に行こう、って言ったからって、何もこんなど真ん中に来る必要があったのかい?!普通、浜辺とか、せめて無人島とかに行くもんだろう!」
 「・・・海釣り、したかったし」
 ルックの剣幕に、カリョウの声が小さくなった。
 「そんな理由で、僕の貴重な命を賭けに張ったとか言わないよね!?」
 「・・・賭け事も結構、おもしろいよ?」
 「見合いの席じゃあるまいし、君の趣味なんかどうでもいいんだよっ!」
 「お見合い?!カリョウさん、結婚しちゃうんですか?!」
 天然のクセに的確なボケをかましてくれるビッキーを、ルックはピクシーの紋章付ロッドではたいてやりたかったが、何とか我慢する。
 「ダメですよ、ルックさん!カリョウさんは男の子です!!」
 目を覚ましてください、と、訴えかけてくるビッキーの目を覚ますため、ルックは問答無用で『眠りの風』を発動させた。
 「こんな不吉な婿を、誰がもらうかっ!!」
 あっけなく眠りに落ちたビッキーに、苦々しげに吐き捨てる。
 「あ、良かった。僕、嫁じゃないんだ――――・・・ごめん」
 すさまじい剣幕で、真なる風の紋章を構えたルックに、カリョウは素直に謝る。
 「まぁ、ビッキーも寝ちゃったことだし、起きるまで釣りしてようよ」
 あくまで当初の予定を貫こうとする、その姿勢に、逆らうのも馬鹿馬鹿しくなったルックは、カリョウが差し出した彼お手製の釣り竿を受け取った。
 しかし、
 「餌、つけて」
 すぐに針を突き出されて、カリョウは目を丸くする。
 「・・・・・・島育ちじゃなかったっけ?」
 「島育ちでも、釣りなんかしたことない」
 傲慢に言い放つ口調に反し、恥ずかしげに頬を膨らませる様が子供っぽくて、カリョウは吹き出した。
 「どうやって食料を仕入れていたんだい?」
 「通販」
 「つ・・・・・・・・・・・・?」
 なにそれ、と聞かれる前に、餌をつけ終わった釣り竿を受け取り、糸の先を波の狭間に投げ入れる。
 ぽちゃり、と、広い世界に対してあまりにかすかな音を立てて落ちたそれは、オレンジ色の浮きを軸に、ぷよぷよと波間を漂いはじめた。
 隣で、カリョウも同じく投げ入れ、低い船べりに竿を立てかける。
 「で?これからどうすんのさ」
 「ぼんやり待つだけ」
 「・・・・・・・・・ふん」
 つまらなそうに鼻を鳴らし、ルックは波間に漂う浮きに視線を寄せた。
 距離をおいて、全く同じオレンジの浮きが並んでいる。
 その様が、ルックの気分を更に沈めた。
 「なにか、あったんだ?」
 「え?」
 さりげない言葉に驚いて、ルックは隣に座るカリョウに視線を戻す。
 「今回、参戦するのが嫌だとか、不満だとかじゃないんだろ?」
 戦争にはむしろ、積極的に参戦している、と指摘するカリョウに、ルックは言葉を失った。
 さすがに一国を興しただけのことはあり、彼の観察眼は既に、この年の少年のものではない。
 「今回は、何の為に戦っているんだい?」
 ぽつりと呟かれた言葉には、沈黙を返した。
 前回・・・。
 前回は確かに、命令で嫌々赴いた戦いだった。
 この身に宿る紋章の、強大な力に振り回されて、自身の中に吹き荒れる風と、灰色に見える世界に気が狂いそうだった。
 目は、耳は、様々な色を、様々な音を捉えているのに、それが全く認識できない。
 ただ一人、あの美しい神殿から助け出してくれた女(ひと)の顔だけが、声だけが心に届いた。
 ―――― 御覧なさい。世界には、多くの色があります。
 ―――― お聞きなさい。世界には、多くの音があります。
 ―――― まずは、慣れましょう。
 ―――― ゆっくりと、慣れていきましょうね。
 ―――― 大丈夫。貴方には、広い世界を見る眼が、多くの声を聞く耳があります。
 ―――― 怖がらないで・・・・・・・・・・・・。
 ・・・・・・・・・・・・でも。
 でも、レックナート様・・・・・・。
 僕にはまだ、世界が見えないんです。声が、聞えないんです。
 未来だけが、僕の目を塞いで、耳を塞いでいます・・・・・・・・・。
 ―――― そう言った僕に、レックナート様はトラン軍への参戦を命じた。
 世界各地から集まった、雑多な人々。
 肌の色、目の色、髪の色・・・・・・全てが違う、違う顔立ちの人々。
 色の氾濫、音の氾濫に、僕は何度も怯えた―――― その度に、睨みつけるように彼を見た。
 軍旗を掲げ、先頭を駆ける彼、カリョウを。
 「・・・・・・君は、何のために戦っているのさ」
 長い沈黙の後の問いに、カリョウは微かに首を傾げた。

 「そうだな・・・少なくとも、世界のためとか祖国ためとか、そんなたいそうな理由じゃないよ」
 「いいのかい、トランの英雄がそんなことを言って?」
 「そんな、気張ったことを言うリーダーに、命を預けたいんだ?」
 くす、と、笑みを漏らしたカリョウに、ルックは眉をひそめる。
 「そんなのはごめんだね。僕は、僕自身の為に戦っているんだ。第一、君の祖国は、君が滅ぼしちゃったじゃないか」
 言ってしまって、ルックは息を呑んだ。
 我ながら酷い事を言ってしまったと、カリョウの言葉を緊張気味に待つ。
 だが、ルックの緊張をよそに、カリョウは穏やかな笑みを浮かべるばかりだった。
 しばらく、ルックにとっては居心地の悪い沈黙の時間が流れた後、
 「帝国の圧政は、国中を脅かしていた」
 カリョウが、ぽつりと漏らす。
 「僕の祖国は、周辺諸国だけじゃなく、その住人たちによって激しく憎まれていた」
 無口な彼が、自身の思いを語るなど、滅多にないことである。
 ルックは、長い時間をかけてまとめたのだろうその言葉を、邪魔することなく聞き入った。
 「国は、人が人として安全に、平和に暮らすためにあるものであって、王や一部の貴族が豊かな暮らしをするためにあるんじゃない」
 帝国でも有名な将軍の息子であり、なに不自由なく育ってきた貴族であった彼は、淡々と語る。
 「僕は、黄金の都と呼ばれたグレッグミンスターの外に、日々の食事にも困っている人がたくさんいるなんて知らなかった。軍靴の音に怯える人が、たくさんいるなんて知らなかった」
 引き寄せた膝の上に顎を乗せ、波間に漂う浮きに視線を据えたカリョウの横顔が、泣きそうに歪んでいて、ルックは驚いた。
 普段、飄々としている彼でも、こんな顔をすることがあるのだと、初めて知ったのだ。
 「そんな国を、人は愛せはしない。虐げられるだけの国に、愛着なんて湧きようがない」
 カリョウの言葉に、ルックは微かに記憶する、自身の祖国を思い浮かべた。
 ―――― 色も、音もない、牢獄のような場所・・・・・・ハルモニア。
 ルックの知る祖国は、綺麗で、冷たい場所だった。
 「本当は、戦った理由なんてわからない。祖国を――― 赤月帝国を滅ぼしたのだって、圧政を敷く連中がたまたま帝国の中枢にいたってだけの話だし」
 「・・・・・・あっさり言うね」
 さすがに呆れたルックに、カリョウはくすりと笑みを漏らす。
 「僕は、多くの人に『英雄』なんて呼ばれているけど、それと同数の人に憎まれているよ、きっと」
 膝に半面を埋めた彼の表情は読みづらかった。
 「・・・・・・だけど、全ての人を幸せにするなんて、絶対に無理だからね。
 僕は真の紋章を受け継いで、永遠の命まで手に入れてしまったけど、神じゃないから」
 「神じゃ・・・ない・・・・・・」
 その一言を、ルックは繰り返した。
 そう、真の紋章の継承者は、不老ではあるが不死ではない。
 紋章の力がどれほど偉大でも、継承者が人間である以上は、できることなど限られているのだ。
 「だからもう、そういうことでは悩まないことにした。
 どうせ、長い人生なんだ。答えなんていつか出るよ」
 「いつかって、いつだよ?」
 憮然と問い返すルックに、カリョウは『さぁ?』と、顔を上げた。
 「案外、考えることに飽きた時、ふと思い浮かぶものかもね」
 「・・・・・・・・・・・・なにそれ」
 更に憮然としたルックに向けられていたカリョウの笑顔が、ふと横に逸らされ、ルックもその動きを追う。
 「あ、引いてるよ!」
 カリョウが指し示した先では、オレンジ色の浮きが、波とは違う速さで動いていた。
 「早く早く!釣り上げて!!」
 急かされ、慌てて持った竿を引くが、糸の先についたものはよほど重いのか、弓なりに反るばかりで一向に波間から上げることができない。
 「手伝う!!」
 カリョウが、ルックの持つ竿に手を添え、獲物の動きに合わせるように、用心深くリールを回す―――― さすがに釣りが唯一の趣味だと言うだけあって、その呼吸は見事だった。
 やがて、波間から陽光を反射する銀鱗が飛び出し、放物線を描いて彼らの乗る船の中へ飛び込んできた。
 「やったね!大物だよ!」
 カリョウの嬉しげな声に、ルックも素直に頷く―――― その口元には、珍しく嬉しげな笑みが浮かんでいた。


 その後、寝飽きたビッキーが起きるまでに、二人は持参のバケツがいっぱいになるほどの魚を釣り上げていた。
 「おはよう、ビッキー。大漁だよ」
 「うわぁ!これだけあったら、しばらくお魚に困りませんね!!」
 嬉しげに拍手をするビッキーの背後には既に、夕陽が輝いている。
 波間に漂っていた、浮きと同じ色のそれに、ルックはまぶしげに目を細めた。
 その色の名を知ってはいるのに、見えているのに、認識ができない。
 全く同じ容の―――― 彼は、この色がちゃんと見えているのだろうか?

 ―――― 僕のただ一人の・・・・・・・・・・・・。
 その後に続く適切な語が、思い浮かばない。
 ルックは、バケツの中で泳ぐ魚を挟み、楽しげに話すカリョウとビッキーに視線を戻し、そっと吐息した。


 数週間の間、海釣り、磯釣り、川釣り、無人島探検だのを楽しんでデュナン軍に戻った三人は、城に入るや激怒の軍師に迎えられ、こってりと油を絞られてしまった。
 その上軍師は、ルックとビッキーに自室謹慎を申し付け、カリョウを出入り禁止にしてしまったのである。
 「勇気あるよね」
 全く悪びれることなく、自室にふんぞり返っていたルックは、そう言って陣中見舞いに訪れたリーダーを戸惑わせた。
 「シュウってさ、絶対長生きできないよ」
 なんたって、ソウルイーターの継承者を怒鳴りつけ、真の風の紋章の継承者を自室謹慎にしてしまったのだから。
 「あいつの紋章、またレベルアップするね、きっと」
 ソウルイーターという紋章が、人の魂を貪り、力とするのだと教えてやると、リーダーは真っ青になってルックの部屋を飛び出して行った。
 その様に、少しだけ溜飲の下がったルックは、くすりと笑って開け放たれたままの扉を閉めた・・・・・・・・・。


* End *












お題・四。『祖国のために』をお送りしますv
この題名を見た時に、最初に思い浮かんだ台詞が、
「君は、何のために戦っているのさ」
「そうだな・・・少なくとも、世界のためとか祖国ためとか、そんなたいそうな理由じゃないよ」
だった辺り、捻くれ度100%ってカンジですか;
状況的には、『時の流れ』と続いています(笑)
実は、上記の台詞を中心に、『祖国のために』を先に書いていたのですが、途中で『いや、これは「時の流れ」の方がふさわしくないか?』と思い直し、急遽変更されたと言う逸話付(笑)
この、変遷がまたたまりませんね、108!!(アンタだけよ;)











 百八題