* 055 忍びの者 *


* All is fair in love and war. *
〜 20.Sinobi 〜














 「・・・不満げな顔をしている」
 余程、勘の良いものにしかわからない、微量の嘲弄を含んだ声を受けて、ワタリは憮然と声の主を睨んだ。
 クリスの依頼を受け、その彼女の部屋から出た直後のことである。
 「そう、睨むな。不満は、私にもある」
 笑みを含んだ声に、ワタリは憮然と囁いた。
 「クリス殿が、お前に頼まなかったことか?」
 仕返しのように、皮肉を含んだ声に、アヤメは微かに鼻を鳴らす。
 「彼女も余程、切羽詰っていたようね」
 昼なお暗い地下の、陰に身を添わすようにして立つ女忍者は、そう言って船の方を見遣った。
 「こういう問題は、女同士の方が話しやすいだろうに」
 「信頼の問題だろう」
 すかさず、皮肉を言ったワタリに、アヤメは笑みなのか憤りなのか、判じがたい形に目を細める。
 「一時とは言え、主人の信頼を得たにしては・・・・・・」
 今度ははっきりと、嘲弄と取れる口調に、ワタリは無言できびすを返した。
 「お待ち、ワタリ。
 その仕事、私が代わってやろうか?」
 「なんだと・・・?」
 信じがたい言葉を聞いた、と言わんばかりの口調に、アヤメは更に目を細める。
 「私も、ここではお前と似たような立場だ。
 お前が依頼されたことを調べるのに、私を使ったとしても、クリス殿は咎めだてすまいよ」
 「・・・・・・・・・」
 アヤメの言葉に、ワタリは無言で睨み返した。
 「ふふ・・・そんな、怖い顔をするんじゃないよ」
 彼女にしては珍しく、楽しげに笑声を上げる。
 「言ったろう?クリス殿は今、私の主人でもある。そんな彼女に、私が何か、企むことなどあるわけがない」
 「では・・・・・・」
 何が目的か、と探る目に、アヤメは再び、笑声を上げた。
 「そうだね・・・強いて言えば、私はあの人が好きなのさ。力になってやりたいと、思うね」
 「そんなことが・・・・・・」
 信用できるか、と、ワタリは眉をひそめる。
 忍者に、好悪の感情などはない。
 例え、肉親の仇であろうとも、契約で結ばれた主人であれば忠誠を尽くすのが忍者だ。
 『好きだから』などと言う理由で、任務に就くことは、彼らにとって、あり得ないことだった。
 だが、そういうワタリに、アヤメは笑みを返す―――― 感情をあらわにしないことが常である彼女が、こうも人間らしく振舞うことがあるとは、付き合いの長いワタリにも信じがたいことだった。
 「所詮、男にはわからないことさ―――― お前、こんな任務は馬鹿馬鹿しいと、そう思っているだろう?」
 図星を突かれて、ワタリが黙り込む。
 「馬鹿馬鹿しいと思いつつも、お前は完璧に任務を遂行するだろう。
 だが、その心情は、確実にあの人に通じる。あの人は、その辺の勘が鋭いからね」
 ふふ・・・と、笑みの形に目を細め、アヤメは音もなくワタリの側に歩み寄った。
 「そうなったら、あの人のことだ。
 以後、お前に任務を頼みにくくなることだろうな」
 耳元に囁かれた言葉に、ワタリは考え込んでしまう。
 クリスは、誇り高い騎士だ。
 おそらく、今回の依頼も、勇気を振り絞ってのことだったろう。
 それを、あからさまに『馬鹿げている』と扱ってしまっては、彼女との距離は遠くなりこそすれ、縮まることはない。
 「だから、ここは私に任せろ。
 女の問題は、女が引き受けた方がいい」
 「・・・・・・このような時ばかり、女を利用するか」
 普段は、侮られることを潔しとしないアヤメが、今度ばかりは女を強調することに、やや憤りを覚え、皮肉を言えば、彼女は艶やかな笑みを浮かべて、彼を見返した。
 「それが女の特権だ」
 「・・・・・・っ卑怯な」
 思わず出た本音に、アヤメは低く、笑声を上げる。
 「それが、女と言うものだ」
 すれ違いざま、軽くワタリの肩をはたき、そのまま彼女は、闇の中へ溶け込んでいった。
 「・・・・・・ちっ」
 忌々しげに舌打ちし、闇の中を見透かす目に、既に、アヤメの姿は写らない。
 「お前だけに・・・・・・」
 呟きかけて、ワタリは再び、忌々しげに舌打ちした。
 「依頼を受けたのは俺だ」
 憮然と呟き、ワタリもまた、闇の中へと沈み込んでいった。
 後に、静寂のみを残して。







〜 to be continued 〜















お題55『忍びの者』です。
幻水シリーズの忍者の中では、この二人が一番好きです(^▽^)
クリスとアヤメのお風呂イベントでも、クリスがアヤメに興味津々なのと、アヤメがクリスに好意を抱いているっぽいのが面白くて、とうとうこんな話を書いてしまいましたよ(^^;)
きっと、ワタリもクリスラブです―!(そうなのかよ;)










 百八題