* 058 守りたいもの *


* All is fair in love and war. *
〜 21.Mamoritaimono 〜














 「よぉ、ゲド!邪魔するぜ」
 陽気な声と共に、烈しい音を立てて開けられたドアへ目を遣ったゲドは、テーブルの上に足を投げ出したまま、深い吐息を漏らした。
 逃げようともがく獲物をしっかりと抱えた男は、塞がった両手の代わりに容赦ない蹴りを繰り出したらしい。古びた船の脆弱なドアは、キィキィと悲しげに泣きながら、か弱い抗議の声を上げていた。
 「・・・・・・何事だい、ジンバ?」
 呆気に取られた様子で、ゲドの酒の相手をしていたクイーンが問うと、彼は爽やかな笑みを浮かべて、開いたままのドアを示した。
 「おっと、すまないが姉さん。古い知り合い同士、積もる話があるんでね。ちょっと外しちゃくれないか」
 「へ?」
 クイーンが、目を丸くして問い返すと、どかどかと彼女の側に歩み寄った男は、愛想のいい笑みを浮かべたまま、立つように促す。
 「頼むよ、姉さん。大事な話なんだ」
 「はぁ・・・・・・」
 笑みを浮かべてはいるものの、有無を言わせぬ迫力に逆らえず、クイーンは、おとなしく席を立った。
 「じゃ・・・しばらく消えているよ」
 すれ違いざま、ジンバに羽交い絞めにされたナッシュが、助けを求めるような目で見つめてくるのが気になったが、更にジンバに急かされて船室を出ると、彼女の背後でドアは、開いた時と同じく、烈しい音を立てて閉ざされた。
 「さて・・・・・・」
 ドアを閉めた途端、がらりと表情を改めたジンバ―――― いや、ワイアット・ライトフェローの目に、ナッシュはすくみあがる。
 「あんた、俺のクリスちゃんに手を出したのか?」
 怒りの表情から発せられた、単刀直入な問いに、ナッシュは硬直した。
 相手が、ゼクセンの純朴な騎士達ならともかく、老獪な真の紋章の継承者に下手な嘘をつけば、間違いなく殺される・・・。
 よりによって、クリスの父親にして真の水の紋章の継承者であるワイアットと対峙を強いられたナッシュは、身に降りかかった不幸に涙が出そうだった。
 「答えろよ、ナッシュ。
 なーんでクリスちゃんは、お前なんかに懐いちゃっているのかなぁ?」
 「え・・・えっと・・・えっと・・・・・・」
 さすがの工作員も、うまい言い逃れをすることができない。
 縋るような目でゲドを見つめていると、彼は
 「今更だろう、ワイアット」
 と、つれなく首を振った。
 「しばらく前から、お前の娘は、この男になついていたぞ」
 助けるどころか、懐に入った窮鳥を厨人に差し出すような行為に、ナッシュが悲鳴を上げる。
 「ゲド―――っ!!」
 「今更って・・・今更って・・・・・・っ!!」
 ワイアットの唇が、わなわなと震えた。
 彼が、ナッシュをゲドの部屋まで引きずってきた理由は、一つは城内の人目をはばかったためだったが、もう一つは、昔の仲間である彼ならば、ナッシュが隠そうとしている真実を、引き出すことに協力してくれるに違いない、と、期待していたからだ。
 が、彼の口から出た残酷な言葉に、ワイアットは激昂した。
 「ナッシュ!!キサマ、俺の純粋な天使に何をした!!」
 「な・・・何って・・・!」
 何もしていない、と、普段の彼であれば言い張ったことだろうが、きっとワイアットは、簡単には騙されはしない。
 できるだけ当たり障りのない事実でごまかすしかない、と、ナッシュはワイアットを睨みつけた。
 「昔、ピクニックに連れて行ったお兄さんだって、ばれただけだよっ!!」
 文句あるか、と開き直る彼だったが、案の定、ワイアットは騙されなかった。
 「それだけで俺の可愛いクリスちゃんが懐くか!!」
 「懐いたものはしょうがないだろう!!」
 「・・・・・・あの娘は犬か」
 ゲドの、やる気のない突っ込みを無視して、醜い男同士の争いは、更にヒートアップしていく。
 「絶っっっ対!旅の途中で何かしただろう!!さもなければ、あの清純なクリスちゃんが、お前に嫉妬なんかするもんか!!」
 「嫉妬したのか?」
 「あぁ!!この馬鹿が、劇中に『外へ出てナンパでも』と口走った途端、すごい顔で追いかけて行ったんだからな!!」
 「そうか・・・」
 言って、口元に笑みを浮かべたゲドを、ワイアットは、眉間に深く皺を刻んで睨みつけた。
 「何がおかしい!」
 「いや・・・・・・あの娘にも、意外な面があるものだと思ってな」
 ヒューゴが真の火の紋章を受け継いだ地での、クリスとナッシュの騒動を見ていた彼だ。
 何かあったのだろうと、察してはいたが―――― そして、ワイアットの激昂を予想してはいたが、冷静沈着で知られるゼクセンの『銀の乙女』が、まさか、普通の女のように嫉妬することがあるとは思わなかったのだ。
 「お前の娘も、ようやく大人の女になったということだろう」
 「こんな奴に大人にされてたまるか!!」
 言いながら、きゅぅっ、と、ナッシュの首に掛けた手に力を込める。
 「し・・・死ぬ・・・!!マジ死ぬって・・・っ!!」
 「さぁ、吐けっ!!吐いて楽になれ!!」
 「知らーん!!」
 鬼刑事のような尋問に、しかし、ナッシュはしぶとく抵抗した。
 彼の言う通り、吐けば楽になることだろうが、それは確実に、墓の中での安息だ。
 いつかは輝くに違いない未来のためにも、ここで殺されるわけには行かない!
 ナッシュは気力を振り絞って、声を張り上げた。
 「大体!!彼女をブラス城から連れ出すように言ったのは、あんただろうが!ワイアット!!」
 イクセ村で父親の生存を匂わせ、絡め取るようにしてクリスをグラスランドへとおびき寄せた。
 それは、ビネ・デル・ゼクセの狸たちによって、危うく英霊にされる所だったクリスを戦場から引き離すため―――― そして、既に始まっていた真の紋章同士の戦いに、勝ち抜く力を与えるためだ。
 「少しでも味方を増やすため、広い世界を見せてやってくれ、と言ったのは誰だった?!」
 「あぁ、確かに言ったとも!だがな、俺の純情な娘に不埒なことを教えろとは、一言も言うとらんっ!!」
 言いつつ、ワイアットはぎりぎりと、ナッシュの首を締めあげる。
 「俺の可愛いクリスちゃんに近寄る害虫は、こうしてくれる!!」
 血の気の多い父親の怒声に、ゲドはわずらわしげに吐息し、空の酒瓶で満たされたテーブルから、ようやく足を下ろした。
 「少し、静かにしろ、ワイアット」
 そう言って、彼は部屋の壁を指し示す。
 薄い板を隔てた向こう側は、クリスの居室だ。
 今は誰もいないようだが、いつ帰ってくるとも知れない。
 「冷静になるんだな」
 淡々と言うと、ワイアットは、ようやく静かになった。
 が、それで怒りが収まったわけではない。
 青い瞳に殺意の炎を灯したまま、ナッシュを睨みつけているワイアットに、ゲドは深い吐息を漏らした。
 彼は最初から、『炎の運び手』として共に闘ったワイアットにも、傭兵隊仲間であるナッシュにも、味方するつもりなどなかったが、放っておくといつまでも続きそうないがみ合いに倦んだのか、ようやく重い口を開いた。
 「娘なんて、いずれは親元から離れていくものだ、ワイアット。
 もう、クリス自身がなついてしまった以上、親がなんと言おうと、娘は聞く耳を持ちはしないだろう」
 「そ・・・そんなっ!!」
 日に焼けた顔を真っ青にして震えているワイアットに、ゲドは、サナから聞いた、クリスの決意を教えてやる気をなくした。
 たったこの程度のことで、こうも取り乱している彼に、『お前の娘は、この男の子供を産もうとしていたらしいぞ』などと言えば、ショック死しかねない。
 真の紋章の継承者にあるまじき死に様を、見てみたい気もしないではなかったが、とりあえずここは昔の仲間と今の仲間をとりなすことにした。
 「・・・それよりもここは理解を示して、娘の好感度を上げておいた方が、お前のためでもあるぞ」
 言い終わるや、彼は、これ以上係わり合いになりたくないとばかりにドアを示す。
 「娘のことは、もう諦めろ」
 そして、ここから出て行け、と言わんばかりの態度に、ワイアットは再び激昂した。
 「諦められるか―――――!!!」
 「きゃぁぁぁぁっ?!」
 狭い船室内に、ナッシュの悲鳴が響き渡る。
 ワイアットの怒りに呼応するように、突如湧き出た氷柱が、乱雑に置かれた酒瓶を粉々に破壊したため、大量のガラス片が三人の上に降り注いだのだ。
 「あぶっ・・・危ないだろ!!」
 ワイアットに捕獲されたまま、抗議の声を上げたナッシュを、彼は未だ殺意の消えない目で睨みつける。
 「生き別れになった娘と、15年7ヶ月21日ぶりに会えたんだぞ!!諦められるか!!」
 諦められないのはわかるが、そこまで正確に測られていると、父親というよりはストーカーだ。
 二人が心中に発した突っ込みに気づくはずもなく、ワイアットは更に声を高める。
 「俺だってなぁ!ずっと側にいられるものだったら、一時も離さず、真綿でくるむように育てたかったんだいっ!」
 そして、清く正しく美しく成長していく姿を、ずっと見守っていたかったのに!!と、見も世もなく泣きじゃくる大男に、二人は言葉をなくしてしまった。
 第一、今は身に宿していないとはいえ、真の水の紋章を継承した男だ。
 通常の水の紋章からさえ、これほどの破壊力を引き出す彼を、これ以上刺激したくはない。
 粉々に砕け散ったガラス片に覆われた床へと視線を落としたナッシュは、深く息をついた。
 と、
 「・・・お前が選んだ道だ。今更悔やんでどうする」
 まっすぐに隻眼を据え、ゲドがワイアットに向かった。
 「あの娘のために、今、お前がやるべきことは、ここでこいつをいたぶることか?」
 「ゲド・・・」
 ワイアットは、目に涙を溜めたまま、ゲドを見つめ返す。
 「余計なことに関わりあっている場合ではないはずだぞ。
 今、お前がクリスを守るためにやるべきことはなんだ?!」
 友の厳しい言葉に、ワイアットは深く頷き、
 「お前の言う通りだっ!!」
 言うや、その腕からナッシュを放り出すと、強く拳を握った。
 「今俺にできること・・・!それは、かわいいクリスを守るため、あの忌まわしい紋章を再びこの身に受けることだ!」
 害虫の抹殺はその後、と、ぼそりと呟いた言葉を、ナッシュの鋭い耳は捕らえていた。
 「―――― 聞こえてるぜ、おっさん・・・・・・」
 「そんで、改めてクリスちゃんにパパだよーって教えて、昔みたいにぎゅーってするんだー!!」
 クリスが、そんなパパの出現に喜ぶかどうかという問題は、彼の念頭にないらしい。
 「俺は行くぞ、ゲド!!今度会う時は、真の紋章の継承者としてだー!!」
 言うや、怒涛のように去っていったワイアットの背を見送り、ナッシュはほっと吐息した。
 「・・・助かったよ、大将」
 ワイアットに、容赦なく締められた首をさすりながらナッシュが礼を言うと、ゲドは、軽くかぶりを振った。
 「それよりも、お前はどうするつもりだ?」
 「どうする・・・って?」
 ゲドの言わんとするところをはかりかねて、訝しげに問い返すと、彼は一歩でナッシュとの距離を詰め、その胸倉を掴んだ。
 「お前には、あの娘を守るつもりがあるのか、と聞いている」
 隻眼が、毅い光を灯して、まっすぐにナッシュを射る。
 「ワイアットは、自ら封じていた真の水の紋章を解放するだろう。
 だがもし、奴の身に再び宿らせることができなければ、あの紋章は、クリスに取り憑く事になる」
 真の火の紋章に選ばれていた彼女だ。
 真の紋章を宿すべき素質は十分にある、と、ゲドは真剣な表情で語った。
 「お前も、長い間ハルモニアの諜報員をやっていれば、嫌でも目にしたはずだ。
 真の紋章を持った者達が、どんな目に遭ってきたか、な」
 が、ゲドの問いに、ナッシュはその顔から全ての表情を消し、冷ややかに応じた。
 「・・・それで?」
 「それで、とは?」
 「彼女が真の紋章を受け継いだとして、それが何か、俺に関係するのかい?」
 そう言って、にこりと笑みを浮かべた顔に、ゲドは一瞬、殺意をみなぎらせたが、ややすると、深く吐息してナッシュの胸倉を掴んでいた手を離した。
 「戯れだったのか?」
 「方便、と言って欲しいなぁ」
 俺の仕事は知ってるでしょ、と、軽い笑声を上げるナッシュを、ゲドは冷ややかに見遣る。
 「・・・戯れなら、これ以上あの娘に関わるな。
 あの娘はワイアットに似て、一途な性格のようだ。深みにはまる前に退け」
 そう、低く呟くゲドに、ナッシュは目を見開いたまま、しばらく口が利けなかった。
 「・・・・・・どうしたんだ、大将?
 いつもクールなあんたが、そんなに彼女を気にかけるなんて、意外だな」
 だが、ゲドはナッシュの問いに答えず、黙って船室のドアを示した。
 出て行け、という意思表示に逆らわず、ナッシュはワイアットによって傾けられた扉を開け、慎重に閉める。
 彼の、忍ぶような足音が完全に消えるのを待って、一人、船室に残ったゲドはぽつりと呟いた。
 「・・・あれは・・・俺にとっても娘のようなものだからな」
 彼だけではなく、グラスランド中に散ったかつての仲間達・・・。
 サナや、アル・アーディルにとっても、クリスは特別な存在と言えるだろう。
 何しろ、彼女が生まれてからワイアットと生き別れになるまでの間、その肖像画付き成長記は、彼女の父によって、定期的に発行されていたのだから。
 当初は煩わしく思っていたものだが、徐々に楽しみへと変わり、長い生を生きる者へ安らぎを与えてくれてさえいた娘が、あのような男にたぶらかされていると知れば、ワイアットでなくとも睨みたくなると言うものだ。
 「・・・・・・俺らしくない・・・か・・・・・・」
 だが、彼にとってクリスが、守りたい者の一人であることは確かだ。
 ゲドは、傾きゆく陽光を弾く水面に視線を投げ、組み合わせた手を、大きな音を立てて鳴らした。
 「それもよかろう」
 低い声は、遠雷の響きを持って、室内にこだました。







〜 to be continued 〜















お題58『守りたいもの』です。
ゲドがやたらと『ドアを指し示す』表現に、何か引っ掛かりを感じていたのですが、先日、ビデオを見てようやく思い出しました。
『おいきなさい――――!』(スカイハイ)
大将、イカスー!!(コラ;)










 百八題