* 061 裏切り *
 
王子 アズライール





 浩々と輝く、月明かりのみが差し込む部屋で、鏡を見た。
 半面を覆う髪を解き、くしけずると、丁寧にあてたカールがたちまち落ちて、すっと伸びる。
 「姉上・・・・・・」
 鏡の中に顔をさらしたあたしは、女王であった姉に、とてもよく似ていた。
 「あたしは・・・どうすればいい・・・・・・?」
 密やかな声で、鏡の中の姉に尋ねると、彼女はとても、哀しそうな顔をする。
 「あたしは・・・姉上みたいに立派じゃないし、ハス姉みたいに優しくもない・・・ルクレティアのように、賢くも・・・・・・!」
 悔しさが胸に溢れると、鏡の中の顔が歪む・・・―――― 違う。この女は、姉上じゃない・・・・・・!
 鏡から目を逸らし、息を整えて再び視線を戻すと、そこには凛とした・・・しかし、哀しそうな目をした姉がいた。

 あぁ・・・あの時の顔だ・・・・・・。

 闘神祭の不正を知りつつも、ギゼルをリムの婿に迎えなければならなかった姉が、彼を粛清すると決意した時の顔・・・・・・。
 元老の粛清を決意することは、自身の命まで危うくすると知りながら、姉も義兄も、娘のために決意した・・・・・・。
 「あ・・・ね・・・うえ・・・・・・!」
 不意に、真向かいに座る姉の像が歪んだ―――― 瞬くと、熱いものが頬を流れる。

 ―――― 決断なさい。

 脳裏に、姉の声が蘇る。
 静かでありながら、凛として、決して逆らうことを許さない声・・・・・・。

 ―――― 王族ならば、懼れてはなりません。

 常に誇り高く、毅然として、女王であり続け、女王として死んだ姉の声は、鞭のように厳しく、あたしの胸を打った。
 「姉上・・・でも・・・・・・っ!」

 あたしは、あなたのように強くはないのです・・・。
 あなたのように立派でも、あなたのように闘えもしない・・・・・・!

 「だってあたしは・・・・・・!」
 風に流れた雲が月を覆い・・・鏡の中の姉が、闇に沈んだ・・・・・・。



 ―――― ずっとあなたを・・・恨んでいたのですから・・・・・・!



 ・・・ファレナの民は、女王である姉だけでなく、あたしのこともまた、称えたものだ。
 姉はともかく、あたしはそこまで、ご立派な人間じゃない。
 ただ、先代の女王が玉座を巡り、姉妹同士で血で血を洗う闘争を繰り広げたものだから、自ら王位継承権を放棄したあたしが、金箔でも貼ったかのようにキレイに見えるだけだ。

 『女王国のいやさかのために』
 『我欲を捨てた』
 『無私の御妹君』

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・馬鹿どもが。

 何が『いやさか』
 何の『我欲』
 誰が『無私』だ。

 あたしには、国の発展も、女王の位もどうでもよかっただけ・・・無欲なわけでもない、普通の女だ。
 立派な姉や従姉と違って、普通の女だったあたしは、ただ、二度とあんな醜い争いは見たくないという理由で・・・いや、『王家』と言う、醜悪なしがらみから逃れ、自由になりたい一心で、継承権を放棄したのだ。
 ・・・正直言って、あんな若さで死にたくなかったし。
 だけど、自由の代償は、若い・・・いや、小娘だったあたしが、思っていた以上に辛いものだった。

 ギゼル・ゴドウィンとの、婚約解消。
 生涯、独身であること。
 生涯、子を持たぬこと・・・・・・。

 自由になる代わりに、姉によって、厳しく命じられた事は、意外なほど、あたしの胸をえぐった――――・・・それほどにあたしは、ギゼルのことを『嫌いじゃなかった』のだ。
 だから・・・なのか、ずっと独身であることには、それほど抵抗はなかった。
 あいつが・・・ギゼルが、元老の嫡子でありながら、いつまでも妻をめとる様子がなかったことも、一因かもしれない。
 だけど、最後の一つは・・・・・・・・・。
 姉上・・・最後の一つさえお許しいただいていたならば・・・あたしは、これほどにあなたを恨まなかったことでしょう・・・・・・!



 姉が結婚して、すぐにアズライールが生まれた時は、正直、困り果てたものだ。
 何しろ、ファレナ王家にとって、王子は王位継承権を持たない、お荷物でしかない。
 だから、生まれたのが王子だと知ったあたしは、落ち込んでいるに違いない姉を、なんと慰めようか、考えあぐねたものだった。
 なのに、産褥の姉は、それは幸せそうに笑って、赤いしわくちゃの生き物に、嬉しそうに乳を含ませていた。
 『可愛いでしょう?』
 問われて、なんとも答えかねたあたしに、姉は、軽やかな笑声を上げて、『酷い叔母様ね』と、滅多に言わない冗談を言う・・・。
 常になく明るい姉の様子に、産褥熱でも出たんじゃないかと、不安になったほどだ。
 そのうち、義兄もやってきて、あたしから見れば、どう考えても可愛いとは思えない、しわくちゃな生き物を、世界で一番美しいもののように愛でていた。
 ―――― 二人して、産褥熱に罹ってる。
 そんな酷いことを考えていたあたしだったけど・・・そのしわくちゃが人間らしい容になる頃には、可愛くてたまらないほどになっていた。


 アズライールが、笑う―――― もし、あいつと結婚していたら・・・
 アズライールが、歩く―――― こんなに可愛い子供がいて・・・・・・
 アズライールが、喋る―――― 賑やかに、暮らしていたんだろうか・・・・・・・・・?


 そう思うと、姉が・・・・・・夫を持ち、子を産んだ姉が、とても恨めしくなった・・・・・・!

 「顔ならこんなに・・・似ているのに・・・・・・っ!」
 闇に沈んだ鏡に爪を立て、姉の姿を探す。
 「あたしなら、あなたに成り代わる事だって・・・・・・!!」
 常に髪で半面を覆っていたのは、いつか姉に成り代わりたいと・・・影武者などではなく、女王・サイアリーズとして君臨しようと、心の暗闇で、願っていたから・・・・・・!
 「そして・・・そして・・・・・・!」
 姉の影から、這い出るのだ・・・!
 太陽の光溢れる中へ・・・そして・・・・・・!
 「あたしの・・・・・・子を・・・・・・・・・!」
 雲が・・・切れた。
 再び月光を受けた鏡の中に、姉の姿はなく・・・子供のように泣きじゃくる、無様なあたしの顔・・・・・・。

 「は・・・ははは・・・・・・あははははははははは!!!!」

 涙にかすれた笑声が、狂気のように甲高く、部屋に満ちる。
 ・・・こんな・・・こんな身勝手な女が、一国の主になんて、なれるはずがない・・・・・・!
 だってあたしが望むのは、国ではなく、王位でもなく、ただの・・・・・・・・・。
 「どっちが・・・馬鹿・・・・・・!」
 我欲にまみれ、利権を争う元老達を、汚物のように見下してきた自分の、あまりの矮小さに、笑わずにはいられない。
 「姉上・・・・・・姉上ぇ・・・・・・っ!」
 太陽のごとく輝き、威厳に満ちていた姉と、その威光を受けて、うっすらと闇に浮かぶ、月のようなあたし・・・。
 いつもあなたを・・・うらやみ、ねたみ、恨まずにはいられなかった・・・・・・。
 だけど・・・だけどそれ以上に、光り輝くあなたに焦がれ、愛している・・・・・・!
 「あなたがいないとあたしは・・・闇に浮かぶことさえ・・・・・・っ!」

 ―――― サイアリーズ・・・

 姉の声が聞こえた気がして、あたしは顔を上げた。

 ―――― サイアリーズ・・・・・・

 涙に曇った目では、鏡の中は見えなくて、乱暴に涙を拭った。

 ―――― 子供達を・・・お願いね・・・・・・

 鏡の中の姉は・・・あたしと同じ顔で、泣いていた・・・・・・不安でたまらないと、そう、言わんばかりに・・・・・・。
 「・・・っ姉上」
 あの日・・・姉は、やはり不安な顔をしていなかっただろうか。
 「姉上・・・」
 だが、それを振り切り、女王として・・・いや、母として、決断した。
 「姉上」
 呼びかけると、鏡の中の姉は、厳しい目で、あたしを見据えた。

 ―――― 決断なさい、サイアリーズ。

 深い色をした瞳が、まっすぐにあたしを見据える・・・・・・これは、姉上の目・・・・・・。

 ―――― 王族の、役目を果たすのです。

 そう・・・これは、今のあたしにしか出来ないこと・・・・・・!
 今、リムを捕らえている者も、今、アズライールを苦しめている者も、あたしが決断しさえすれば、消すことが出来るのだ・・・・・・!
 いや・・・本当なら、もっと早くに消すことが出来た。
 あたしの決断が遅かったせいで・・・自らの手を、血に濡らす覚悟が出来なかったせいで、あの子達は今、苦しめられているのだから・・・・・・。

 「姉上・・・・・・!」

 あたしの手は、あなたの手・・・

 「どうかあたしに、やつらを・・・元老どもを、粛清する剣を・・・・・・!」

 あたしの体は、あなたの体・・・・・・

 「愛しい『我が子等』を、守らんがため・・・・・・!」

 あたしの・・・心は・・・・・・?

 「地獄に堕ちようと・・・裏切り者と、そしられようと・・・・・・」

 ちらりと、脳裏にアズライールの泣き顔が浮かんで・・・・・・思わず、目をきつく閉じた。

 「アズライール・・・・・・リムスレーア・・・・・・・・・」
 目を閉じたまま、呟いた声は、あたしの声・・・・・・。
 「大丈夫。
 叔母さんが・・・この国をキレイにしてやるから・・・ね・・・?」

 ―――― あんた達のために・・・ね、姉上?

 再び目を開けると、鏡の中の姉は、毅然とした笑みを浮かべ、あたしを見守ってくれていた・・・・・・。

 「大河のごとき慈愛と、太陽のごとき威光を、あまねく示さんがため・・・!」
 今は亡き、女王に誓う。
 あたしはあたしのやり方で、この国を・・・いや、『我が子等』を守る。
 たとえ、後の世に『裏切り者』の名を残そうと・・・・・・。







〜Fin.〜










幻想水滸伝5は、3以来のはまりっぷりです・・・!
特に、女王様と叔母上は、発売前からチェックしていたという、溺愛っぷりですよ!(笑)
そのせいか、叔母上の裏切りシーンも、他のプレイヤーがきっと持つだろう、『酷い!』という感想は全くなく、『多分、王子やリムのために裏切ったんだろうなぁ』と、とことん信じる盲目ぶりでした(笑)
なので、誰より早く、『叔母上・裏切りの心情』を書いてやろうじゃねぇか!と、無駄な気合が入り、このようなSSが出来上がった次第です★
捏造SSですが・・・侍女に取材(笑)したり、彼女自身の言葉の端々から想像するに、子供は欲しかったんじゃないかなぁと思います。








 百八題