* 062 街外れ *


* All is fair in love and war. *
〜 1.Prologue 〜











 ・・・・・・・・・・・・イヤダ
 ・・・・・・・・・・・・いやだ
 ・・・・・・・・・・・・嫌だ・・・行かないで・・・・・・
 ―――― 泣きすがると父は、困った顔をして私の頭を撫でた・・・その手の大きさを覚えている。
 ・・・・・・・・・・・・・・・・・すまない
 ・・・・・・お前たちを愛しているよ
 ―――― あの時、予感でもあったのだろうか。不思議なほど、父と別れ難かった。
 「ワイアット卿」
 男の声が、父を促す。
 日に透けた髪が白金にきらめいて、一瞬、見惚れた。私から父を奪う―――― いや、奪った悪魔に。
 「いや・・・」
 ・・・・・・やめて
 「お父様・・・」
 行かないで・・・・・・
 ―――― 途端、男と目が合って、私は父にすがる手を離した。
 深く、悲しみを湛えたような蒼・・・いえ、碧・・・?
 上質のエメラルドのような綺麗な彩り―――― 誰が言ったのだったか、エメラルドは、傷を包んで輝くと・・・・・・


 ***


 ―――― それは、ナッシュが仇敵であった男を倒し、故郷であるハルモニアを逃げ出した後のことである。
 死刑囚の脱獄、責任者・バルジの更迭と、大騒ぎのカレリア砦をこっそりと抜け、再びグラスランドに入った彼は、およそ日陰者とは思えないほど堂々と、道なき道を辿っていた。
 これまで力を尽くしてくれた親戚達には悪いが、今回の事件で、ナッシュが廃嫡されるのはまず間違いない。
 このまま妹が家を継ぐことができればいいのだが、まぁ、そんなに都合良くも行かないだろう。
 おそらく、彼女が誰か有力貴族と結婚して、ラトキエ家の当主を迎えると言うことになるのだろうが、婚約者に裏切られたばかりの妹に、それは酷な条件だった。
 「・・・・・・ごめんな、レナ。後は頼んだ」
 ―――― あの娘が、これ以上辛い目に遭わないように。
 見上げた空は、鬱陶しいほどに晴れ渡っていて、ナッシュは思わず嘆息する。
 ―――― 全く、空と言うものは、人間の心情など斟酌することなしに晴れたり曇ったりするものだな。
 罪のない蒼穹を忌々しくねめつけながら、彼は確たる目的もなく、草原を西へと進んだ。
 勇猛果敢な部族が割拠するグラスランド―――― つい先日、決着がついたと言うデュナン統一戦争では、ハイランド側の戦力として、カラヤの部族も参入していたようだ。
 「・・・・・・あれ?
 シックス・クランは、グラスランドの通行権の事で、ゼクセン連邦と揉めてなかったか?」
 そんな時に、よくもまぁ、他国の戦争なんかに介入したものだと呆れつつ、ナッシュは日の沈む方へと歩みつづけた。
 グラスランドを抜け、ゼクセン連邦領へと入るには、ブラス城を抜けなければならない。
 日が落ちる前に―――― 石の要塞の門が閉まる前にブラス城に入らなければ、今夜も野宿だ。
 ナッシュの歩調は、天道を行く陽を追いかけるように早くなった。


 ゼクセン騎士団の本拠地であり、ゼクセン連邦領への関所も兼ねるブラス城には、様々な人種が集まり、一大都市を形成している。
 夕暮れ時の城門前は、城を出る者、入る者でごった返していた。
 「賑やかなもんだな」
 かつて、都市同盟の盟主であったミューズ市のような活気溢れる街の様子に、ナッシュは口元をほころばせた。
 大きな街は、彼のように身を隠したい者にしてみれば、格好の場所だ。
 小さな町や村に比べ、よそ者に寛容で、無関心。
 そんな雰囲気こそが、彼にはありがたい。
 そう思っていた矢先、関所に並ぶ人々の顔を、時折困惑げに見上げながら、うろうろとさまよう少女の姿が目に写った。
 まだ、7、8歳くらいだろうか。
 少年の衣服に身を包んではいたが、幼いながらも既に『美しい』という形容が似合うような美少女だ。
 ゼクセン人特有の、雪のように白い肌を、肩で切り揃えた銀髪が覆い、困惑げに伏せられた長い睫毛が、潤んだ紫水晶の瞳に濃い影を落とす。
 今にも泣き出しそうな様子に、ナッシュは思わず手を差し伸べた。
 「どうした?迷子かい?」
 声を掛けると、少女は潤んだ瞳を彼に向けたまま、『是(ヤー)』とも『否(ナイン)』とも答えない。
 ただ、嗚咽が漏れる事を恐れるように、ふっくらとした唇を噛み締めていた。
 「迷子じゃないなら、早くおうちに帰りな。もうすぐ日が暮れるぜ」
 関所をくぐる人々の流れに押されながら、ナッシュが言うと、少女は意を決したように彼の手を取った。
 「お願いがあるのです」
 少女らしくない、はっきりとした口調に、おや、と、ナッシュは軽く目を見開く。
 「お嬢ちゃん、騎士のおうちの子だね?」
 ハルモニアの名家、ラトキエ家の出身である彼には、当然ながら貴族の知り合いが多い。
 彼自身もそうであったように、騎士を輩出する家の子供が、幼い頃から厳しく躾られる事はよく知っている。
 ナッシュの問いに、やはり少女は頷き、ゼクセンのライトフェロー家のクリスティアーネだと名乗った。
 「実は、困っているのです」
 そんな事は、彼女の様子を見れば一目瞭然なのだが、律儀に状況を説明しようとする少女の言葉を遮ろうとはせず、ナッシュはただ頷いた。
 「父を訪ねて、この城まで来たのは良いのですが、初めての場所で迷ってしまったのです・・・・・・」
 ブラス城へ入る人々の群れが次々にはけて行き、長い行列の後方にいたナッシュの番が来るまでに彼女が語ったところによると、彼女の父親はゼクセン騎士団の騎士で、通常はこの城に勤務しているのだそうだ。
 夏期休暇を利用し、執事と共にここまで遊びに来たのはいいのだが、しっかりしているとはいえまだ子供―――― はしゃぎ過ぎて、連れとはぐれてしまったらしい。
 街中の店などを夢中で覗いている内に、ゼクセン連邦側とは全く逆の、グラスランド側の城門を抜けてしまったのだそうだ。
 「・・・・・・通行証は、じいやが持っているのです。私自身は、身分を証明するものなど何も持っていなくて・・・・・・」
 そこで、誰か知った顔がいないかと、立ち並ぶ人々の顔を見上げながらうろうろしていたのだと言う。
 「そりゃあ、お困りだったね、お嬢ちゃん」
 笑いを堪えつつ、ナッシュはクリスティアーネの手を引いて、関所を守る騎士に自身の通行証を差し出した。
 ハルモニア製の、精巧な偽造通行証は、全く疑われることなくナッシュの手に戻される。
 「そちらは、あなたのお子さんですか?」
 さすがに騎士だけあって、門番でさえ丁寧な口調だと、感心しながらナッシュは首を振った。
 「いや、間違えて、グラスランド側に出てしまったそうなんだ。
 こちらの騎士、ワイアット・ライトフェロー卿のご令嬢だそうです。卿に、ご連絡いただけませんか?」
 目を丸くしてナッシュを見上げるクリスを、関所を守る騎士が一瞥して頷いた。
 「すぐに、ワイアット卿をお呼びします」
 言うや、彼の合図を受けた他の騎士が、頷いて駆け去って行った。
 「あの・・・?」
 関所を守る騎士に促され、門の側で父親を待つ事になったクリスティアーネは、隣に佇むナッシュを困惑げに見上げた。
 「お嬢ちゃん、こんな大きな街ではね、色んな事件が起こるものなんだよ」
 少女に視点を合わせる為、屈んだナッシュの碧眼が、柔らかい微笑を形作る。
 「賑やかな声に誘われて、子供が通行証もなしに門外へ出てしまうことなんてしょっちゅうさ。
 騎士のお兄さん達は、そんな子供達を締め出すほど、頭の固い連中じゃないよ」
 つまり、通行証なんかなくても戻る事ができたのだと知って、クリスティアーネはぽかんと口を開けた。
 「で・・・でも・・・・・・ここに入る時は・・・・・・・・・」
 ゼクセン領からブラス城へ入る時には、じいやが二人分の通行証を見せていたと・・・・・・為に、子供でも門をくぐるには通行証が必要なのだと思ったのだと言う彼女に、ナッシュは吹き出した。
 「そりゃまた、真面目なお嬢ちゃんだね、君は。
 多分じいやは、君がワイアット卿のお嬢さんだと、門番に教えていたんじゃないかな?それで今、ワイアット卿がどこにいるのか・・・もしくは、会えるだろうかと聞いていたんじゃないかな?」
 「え・・・・・・・・・」
 思い当たる節があったのだろう、クリスティアーネは、紫の瞳をいっぱいに開いて、ナッシュを見つめた。
 「で・・・では、ナッシュ殿はどうして今まで、私と一緒にいてくれたのですか?こんな所で足止めされて、ご迷惑でしょう?」
 足止めとかご迷惑とか、この年でよくこんな難しい言葉を知っているな、と、感心しながらナッシュは微笑んだ。
 「言っただろう?こんな大きな街では、色んな事件が起きるものなんだって。
 君が名乗った時、関所前には大勢の人間がいた。中には、素性の怪しそうな人間も何人か・・・・・・」
 俺みたいにね、とは、思っても言わないナッシュである。
 「貴族の家の子だと知って、よからぬ事を企む人間がいないとも限らないじゃないか。
 お節介だとは思ったけど、別れた後にお嬢ちゃんがさらわれた、なんて事になったら目覚めが悪いだろ?」
 そう言って、ナッシュが軽く片目をつぶって見せると、クリスティアーネは硬い表情で頷いた。
 「おっしゃるとおりです。お気遣い、感謝します」
 「お気遣いって・・・クリスティアーネ、君っていくつなんだい?」
 あまりにも大人びた口調にナッシュが呆れていると、7つです、と、はっきり答える。
 「幼年学校の2回生ですもの。もう子供ではありません」
 そう言ってしまえるのは、さすがに騎士の家の生まれだと、ナッシュが感心していた時だった。
 「クリス!!!」
 地を揺るがすような轟音を立てつつ、体格のいい男が少女に向かってスライディングして来た。
 「ええっ?!」
 身の危険を感じたナッシュが、とっさにクリスティアーネを抱き上げ、男の猛タックルを回避する。
 「なんなんだ、あんたっ!!」
 「父です、ナッシュ殿」
 絶叫するナッシュに、いやに冷静な声が降り注ぎ、自分を彼の側に下ろして欲しいと願う。
 「パパ」
 クリスティアーネが、地に伏したままの男に呼びかけると、彼は凄まじい勢いで起き上がり、彼女を抱きしめた。
 「クリスぅ〜〜〜〜〜〜〜!!!!!どこに行ってたんだい!!パパがどれほど心配したと思ってるんだい?!」
 いい年をした男が、人目もはばからず子供に縋りつき、泣く姿はかなり怖い。
 が、怖いもの見たさか、ナッシュが呆然と立ち竦んでいると、泣き叫ぶ父に冷静に事情を説明したクリスが彼を紹介してくれた。
 「そう言うわけでパパ、ナッシュ殿が一緒にいてくださったおかげで、こうやって戻って来れたのです」
 父親の腕の中から抜け出したクリスティアーネは、改めてナッシュに向き直ると、銀色の頭をぺこりと下げた。
 「ナッシュ殿、本当にありがとうございました」
 「私からも礼を言わせてもらう。娘が世話になった」
 そう言って、右手を差し出したワイアットの手を握りながら、ナッシュはぽかんと口を開けた。
 一体、どう言う遺伝があったものか、目の前の男と少女は、全然似ていない。
 彼は、髪の色こそ明るい金髪ではあったが、肌はグラスランド人のように浅黒かった。
 「・・・お嬢さんは・・・お母さん似なのか・・・・・・・・・?
 っつーか、どっちが本当のあんたなんだい?」
 娘に取り縋り、身も世もなく泣きじゃくっていた男とは思えない、精悍な表情をした男に、つい口調も砕けてしまう。
 「すまない。少し、取り乱してしまった」
 ―――― 少しか?!
 鋭い突っ込みは、口から発せられることなく消えた。
 「じゃ・・・じゃあ、クリスティアーネも無事お父さんに会えた事だし、俺は失礼させてもらうよ」
 ワイアットの手を放し、クリスティアーネに手を振ると、彼女は名残惜しそうにナッシュの姿を目で追う。
 「ナッシュ殿」
 そんな娘の様子に気づいたワイアットが、彼を呼び止めた。
 「宿はもう、決まっているのか?」
 「いや?ここにはさっき着いたばかりなんでね。全てはこれからさ」
 飄々とした笑みに、ワイアットが笑みを返す。
 「では、城内に泊まるといい。
 宿屋もあるにはあるのだが、既に部屋は埋まっているだろうからな。騎士の家族用の宿舎で良ければ、逗留してくれ」
 もちろん、宿泊代は要らない、と請け負ってくれたワイアットに、ナッシュはほっと頬を緩ませた。
 「ありがたい。実を言えば、路銀に余裕がなくてね。傭兵の職でも探そうかと、ビネ・デル・ゼクセへの旅の途中だったんだ」
 もっともらしい理由をつけるナッシュに、ワイアットは快活に笑う。
 「では、ゼクセン料理も堪能してもらわなければ。この城の料理人は、中々腕がいいんだ」
 「それはうれしいね」
 ブラス城の街外れで、この日初めて出会った男たちはすぐに打ち解け、まるで何年も前からの友人であったかのように連れ立って城内へ入った。
 ―――― 二人の仲を取り持った少女が、この後まもなく、父を失い、父を連れ去った男を悪魔と呼ぶことになるとは、神のみぞ知ることである。








〜 to be continued 〜











お題62『街外れ』
同時に、『All is fair in love and war.』(恋と戦争は手段を選ばない:英語の諺)の第一話ですv
いやー・・・・・・。
使い方としては邪道かな、と思ったんですけどねー;;;;;
こんなのも、中々面白いかと考えたら、えらく長い構成になりまして;;;
最初は、お題を3つくらい使うかな、と思っていたのですが、どうやら40は使ってしまいそうです;;
ごめんなさいまし;;

若梨小栗(若いナッシュと小さいクリス)のジャンルは、くれは的にかなりツボです(笑)
所詮、妄想の産物ですけどね(苦笑)
2話ほど、この妄想にお付き合いくださいませ(笑)











 百八題