* 066 奇跡 *


* All is fair in love and war. *
〜 3.Miracle 〜











 宏壮な邸の、広大な庭の片隅に小さく穴を掘り、ささやかな墓石を立てて、ナッシュは今朝亡くなった親友の冥福を祈った。

 ハルモニアの教条では、獣に魂はないことになっているが、彼は彼の心の平穏のために、親友の墓前に膝を折った。
 親友の名は、ドミンゲスと言う。
 人語を記憶する、ナセル鳥だ。

 彼はナッシュの悪友で、仕事仲間で、親友だった。
 既に随分と年をとっていたから、人間で言うなら大往生というやつだろう。
 先日から食欲を無くし始め、訪れの早い冬の気配に耐えることができずに今日、鳥篭の中で冷たくなっていた。
 「―――― 兄さん・・・」
 遠慮がちな声に振り向いたナッシュは、心配そうな妹に微笑みかけ、立ち上がった。
 「墓を作ってやったよ。
 昔は随分と助けてもらったから、礼を言っていた」
 「そう・・・」
 呟くと、彼の妹、ユーリはナッシュの傍らをすり抜けて、先程の彼と同じく墓前に跪いた。
 「服が汚れるぜ」
 「いいの。兄さんの恩人に、私が無礼であってはいけないもの」
 言って、うな垂れた彼女の淡い金髪に、冬の澄んだ陽光が降り注ぐ。
 「・・・いい天気だ」
 この北国の冬にしては珍しく、空は晴れ渡り、身を切るような冷たい風は止んで、小春日和の穏やかさに、時間さえもゆったりと流れて行くようだった。
 「ところで、何か用だったんじゃないのか、ユーリ?」
 墓の主との会話に耽っているのか、いつまでも顔を上げない妹に苦笑すると、やっと彼女は立ち上がった。
 「えぇ。
 神殿からご使者がみえたの。ササライ様からの、至急のお呼びですって」
 「やれやれ・・・。あの人はいつも『至急』でいらっしゃる・・・」
 「兄さん・・・」
 苦笑を浮かべながらも、たしなめる口調の妹に、ナッシュは苦笑を返して背を向けた。
 「・・・っいってらっしゃい!」
 やや慌ててユーリが言い添えたので、ナッシュは肩越しに頷いた。
 「無事を祈っててくれ」
 ユーリと新しい墓と、両方に言って、ナッシュは邸を後にした。


 神殿に赴いたナッシュは、取次ぎもなしに上司の執務室に入った。
 当年とって32歳になる彼の上司、ササライは、真なる土の紋章を宿している為に10代の少年にしか見えない。

 彼が、暢気に茶をすすりながら命令した事によると、『真の紋章』を探している部隊の中に、不審な動きをしている者がいるので、その調査がてら、ある新興国家で『英雄』と崇められる女性に近づけと言う。
 「好きでしょ、美人?」
 「美人は好きですけど・・・・・・」
 近頃、耳にするようになった噂の女性に、立ち入りたくない事情がナッシュにはある。
 が、そんな彼の感情などは斟酌することなしに、ササライは空になったカップをソーサーに戻した。
 「名前はクリス・ライトフェロー。

 先日の、グラスランドとの戦で、団長と副団長を喪ったゼクセン騎士団を立て直し、一躍英雄となった女傑さ。
 なんでも、単騎戦場を駆け回って、返り血すら浴びなかったそうだよ」
 そんな情景は、戦を知らない愚民どもの妄想だとでも言いたげに、ササライの唇が微妙に吊り上がる。
 が、ナッシュは笑うどころではなかった。
 15年前、父親を奪った少女の面影が、目の前にちらつく。
 この邂逅は、偶然?必然・・・・・・?
 悪魔の思惑が引き起こした奇跡とも言えるこの状況に、ナッシュは沈黙した。
 彼女に会ってみたい・・・という気持ちはある。
 だが、彼女の方は・・・?
 彼女はきっと、自分に会いたくはないだろう。
 あの時の情景が、ナッシュの目の裏に浮かんだ。
 ―――― あの時、小さかった彼女は、美しい銀の髪を惜しげもなく振りまいて、必死にワイアット卿の腕にすがりついていた。
 泣き声を上げる少女は、気づいていたのではないだろうか―――― 俺が、父親を奪うことを。
 離れ難い様子のワイアット卿を促し、父子をつなぐ手を引き離した・・・・・・・・・。
 悲しそうに、名残惜しそうに父親を見上げる少女の、涙に濡れた瞳の色を、今でも覚えている。
 「―――― 美人は好きですけど、女傑は好みじゃないんですよね。申し訳ありませんが、この件は他の人間に任せてもらえませんか?」
 ナッシュがいつもと同じ、飄々とした声音で言うと、ササライは空になったカップを差し出して、茶のお代わりを所望した。
 「なんで?ゼクセンやグラスランドにも、性質(たち)の悪い怪物が出るようになったらしいから、一緒に行けば道のりが楽だよ?」
 「・・・・・・・・・だから、その調査自体、他の奴に回してくださいって言ってるじゃないですか」
 人の話を全く聞いていない上司からカップを受け取り、ナッシュが濃くなった茶を乱暴に注ぐと、彼は無言でミルクを示し、入れろと命じる。

 「・・・お砂糖は五つでよろしかったでしょうか?!」
 「ナッシュ、僕はいつも三つだって、知ってて言ってるだろう?」
 三つでもかなり甘い・・・。
 よくまぁこれで、肥満しないものだと感心しながら、ナッシュは角砂糖を四つ入れた茶を上司に渡した。
 いつもより甘くなったお茶に、ササライはむっと眉をしかめたが、話を続ける方を優先したらしく、憮然としてカップを受け取る。
 「最近、台頭してきた奴がいるでしょ?変な仮面を被った奴」
 上司の忌々しげな語調と、『奴』などと言う乱暴な言葉に、ナッシュは少なからず驚いて目を見開いた。
 いつも、暢気なほど落ちついて、鷹揚と言うよりは鈍く、上品に見えてずぼらな彼が、これほどにまで余裕のない姿をさらした様を、彼は初めて見たのだ。
 「彼がお嫌いですか?」
 殊更におどけた口調で尋ねると、これまた珍しいことに、ササライはきっぱりと頷いた。
 誇りばかりが肥大したこの国の、権力者の一人とは思えないほどはっきりとした態度に、ナッシュは思わず不安になって、注意深く辺りを見まわした。
 「心配ないよ。ここには君と僕のほか、誰もいない」
 苛立ちを含んだ声に、ナッシュは苦笑せずにはいられなかった。
 「なにをそんなにピリピリしているんですか?ササライ様らしくありませんね」
 「そう?」
 無愛想な返事に、ナッシュはつい笑声を上げてしまった。
 「すごく、らしくないですよ。
 いつも暢気で、物事に動じないのかと思えばただの鈍感で、おっとりしているかと思えば、箱入りお坊ちゃま独特のわがままを発揮する、ハルモニアの最強神官将様ともあろう御方が、まさか新興勢力なんかにピリピリしているなんて!」
 「・・・・・・ナッシュ。
 僕になにか、含む所でもあるのかい?」
 一瞬、冷たい風が二人の間を吹き渡ったが、それを長年の不幸で培われた胆力で無視して、ナッシュはいっそ晴れやかに笑ってみせた。
 「まさか。常に敬愛しておりますとも!」
 途端、ササライが胡散臭そうな顔をしたので、ナッシュは慌てて話を元に戻す。
 「それで、どうしてこの役目が俺に?
 俺はもう、実戦とは遠のいているんですよ?ただの調査なら、優秀な現役がいくらでもいるでしょう?」
 どうしても逃がしてくれなさそうなササライに、ナッシュが苦笑すると、彼は湯気を上げる紅茶に視線を落としたまま、声をひそめた。
 「奴は先日、神官将の地位を手に入れたんだよ。ハルモニア軍に属する者が、神官将に手出しをする事は許されない。
 ましてや僕の部下を使ったりすれば、神官将同士が争っていると宣伝するようなものだろう?
 奴が何を企んでいるのか、密かに調べるためにも、既に一線を退いた者―――― 中でも、できるだけ優秀な者が必要だったんだ」
 「お褒めにあずかりまして、光栄ではあるんですけどねぇ・・・・・・」
 嘆息するナッシュに、ササライの目がきらりと光った。
 「まさか、本当に断れると思ってるわけじゃないよね?」
 ナッシュは、ササライに多大な借りがある。
 15年前、ハルモニア中を騒がせたラトキエ家のお家騒動を収束し、なおかつ家名の存続が許されたのは、他でもない、ササライの力によるものだったのだから。

 「・・・・・・・・・分かりましたよ。ササライ様には、多大なご恩を受けてますからね。
 ところで、俺はどっちを主目的にすればいいんですか?『奴』と、『ライトフェロー』と」

 「どっちも」
 「あはは・・・やっぱり」
 憮然と断言したササライに、ひとしきり虚しく笑うと、二人は詳しい打ち合わせをはじめた。


 「ドミンゲスジュニア!あれがグラスランドの灯だ!」
 うっわ・・・語呂が悪い・・・・・・。
 だぶついた台詞に眉をしかめながら、ナッシュはカラヤの村を見下ろす高台から、騎士となったあの少女が駆け回る姿を眺めていた。
 ゼクセンとグラスランドの和平の場となるはずだった平原に、突如リザードクランの兵士達が押し寄せ、ゼクセン騎士団を窮地に陥れたのだ。
 この高台からは、部下達を救うため、クリス・ライトフェローがわずかな供回りだけでグラスランドの主要種族、カラヤクランの村を派手に襲う様がよく見える。
 ナッシュは、ハルモニアの高度な技術力で作られた双眼鏡の倍率を最大まで上げて、炎に照らされた彼女の横顔を見つめていた。
 「・・・・・・女傑・・・かぁ・・・・・・」
 辛そうに、炎に包まれた村を見つめる彼女には、『女傑』という言葉からは遠い、弱々しげな雰囲気さえある。
 だが、次の瞬間、彼女は凄まじい勢いで剣を振り下ろし、彼女に飛び掛って来た少年を斬り倒した。
 「―――っ!」
 遠かったとはいえ、ナッシュほどの者が太刀筋を見切れなかったほどの鋭い剣撃に、少年は敢え無く地に転がる。
 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・。やるね、お嬢さん」
 必ずしも賞賛のみではない、複雑な感想を呟いたナッシュの視線の先で、彼女も驚愕と後悔、そして意外にも、怖れの入り混じった表情で、馬上から少年と、少年の仲間らしき者達を見下ろし、馬首を翻した。
 「うーん・・・。
 この依頼は調査不能って事にして帰ろうかなぁ・・・」
 ナッシュは肩に止まった鳥相手に呟いて見たが、脳裏に温和な顔をした神官将様の、剣呑な笑みを思い浮かべてしまい、慌ててその考えを否定した。
 「ウソウソウソウソッ!!今の報告はなしだぞ、ジュニア!!」
 ドミンゲスの子供である鳥に、神官将様の前で滅多なことを言われては困ると、ナッシュは慌てて現在の経過報告を覚えさせる。
 「とりあえず、これを報告してくれ。
 ―――― ゼクセンとグラスランドは再び戦争状態になった。ゼクセンを探った後、クリス卿に近づき、グラスランドに潜入後、真の紋章を追う。
 以上だ。ちょっと長かったかな??」
 すると、ジュニアは不満げに羽ばたき、ナッシュの言を正確に再現して見せた。
 連絡員としての技量を疑うな、と言うことだろう。
 「おぉっ!すごいすごい。じゃあ頼んだぜ」
 その体から手を放すと、ジュニアは器用にナッシュの眼前にホバリングし、
 「コノ『イライ』ハ『チョウサフノウ』ッテコトニシテカエロウカナァ!!カエロウカナァッ!!」
 と、余計な事を叫び出した。
 「おいコラ!!ちょっと待てジュニア!!」
 「カエロウカナァッ!!カエロウカナァッ!!」
 知られてはまずい台詞を派手に吹聴しながら、ジュニアは北の空へと消えて行った・・・。
 ―――― ハルモニアに着くまでに、奴があの台詞を忘れていますように!!
 ナッシュは、信じてもいない神の起こしたもう奇跡を願って、必死に祈った。






〜 to be continued 〜












お題66『奇跡』ですv
『Miracle』とか書いていると、某同盟軍の提督を思い浮かべてしまいますね(笑)>大好きなのですv
この話は、随分前に書いていたものなのですが、諸事情によって頓挫していました。
かなり、オリジナル設定が多いです(苦笑)
『奇跡』の題名に当てはめるのは強引かな、とは思ったのですが、逆に、これ以外に当てはまるお題を見つけられなかったものですからー;;;
ごめんなさいまし;
しかしササライ様!
この人が出てくると、途端に陰謀の華が咲いてくれて、くれは的にはものすごく書きやすくなりますvvv(アンタって;;)
ビバ!悪魔ササライーvvv(すみません;;;)








 百八題