ファレナ女王国の首都、ソルファレナへと向かう船の舳先で、ギゼル・ゴドウィンは、ソルファレナの象徴とも言うべき太陽宮の尖塔の先でも見えないかと、必死に目を凝らしていた。
ファレナ女王国の有力貴族の嫡子として、領地に長く留まることの多い彼は、数ヶ月に一度、この美しい首都に滞在する時を、心待ちにしていたのだ。
が、フェイタス河の水平線には、いまだ何も浮かばない。
遅い船足に、イライラしている彼を、ストームフィストから付随してきた兵士達が遠巻きに見つめ、ひそひそと言葉を交し合った。
「・・・若様、一体、どうしたんだ?」
「あの方があんなにイライラしてるなんて、俺ら、なんかやったかな・・・?」
彼らが不安に思うのも無理はない。
ギゼルは、若いながらも有能な軍人で、武断で名高いストームフィストの軍も、血筋ではなく、その実力でまとめていた。
そんな彼が、乗船して以降、ろくに口も利かず、ずっと舳先に立って、船の進行に苛立っているのだ。
「きっと・・・軍船なのに船足が遅いことに憤っておられるんだよ・・・・・・!」
「そ・・・そうか・・・!
でも・・・武装船なんだから、他の軽い船に比べて、多少船足が劣るのは仕方ないんじゃ・・・・・・?」
「それでも、ホラ、さっき、漁船に抜かれた時は、顔色が変わってらしたぜ?」
「そっ・・・それ、ホントか?!」
「船長・・・更迭かもなぁ・・・・・・」
さりげなく数人が寄り合って、囁きを交わすが、いつもならばすぐに咎めるギゼルが、全く気づかず、水平線を睨んでいる。
そして、ゴドウィン家の誇る武装船が、水飛沫を上げて疾走する漁船に再び抜かれた時だった。
「船長――――――――!!!!!!!!」
船上に、ギゼルの怒声が響き渡る。
「武装船が、漁船に抜かれるとは何事か!!」
やっぱり!と、兵士達がすくみ上がった。
「ソルファレナの港に入っている間に、船工と図って、速度を増す研究をしておけ!!」
いつも冷静沈着なギゼルの、ヒステリックな怒声に、船長以下、船員達はすくみ上がって恐懼(きょうく)する。
「すくんでいる暇があったら、現在の最高速度でソルファレナに向かえ!いいか!最高速度だ!!」
「はぃぃっ!!!」
途端に速度を上げた船に、ギゼルは荒く息をついた。
―――― これで今日、サイアリーズ様に会えなかったりしたら・・・全員クビだ!
・・・実はギゼルは、船上の誰もが予想しなかった、身勝手な理由で憤っていたのである。
が、彼の怒声がかなりのところ功を奏し、ややして、水平線上に太陽宮の尖塔が現れた。
「サイアリーズ様・・・・・・!」
最愛の女性の姿を思い浮かべ、思わず、ギゼルの唇がほころぶ。
「ようやく参りましたよ・・・!」
「やっほぉー!ギッゼルー!」
早くステップをおろせと、甲板で船員をせっついていたギゼルは、桟橋から上がった女の声に、どきりとして視線を向けた。
「サイアリーズ様!!!」
「待ってたよーん!」
「そんな!!サイアリーズ様をお待たせしていたなんてっ!!!」
ギゼルは絶叫すると、慌てふためきつつステップに足をかける。
「ちょ・・・ちょっと!若!!」
「待ってください!まだ・・・っ!!!」
船員たちの制止も聞かず、ステップを降りようとしたギゼルは、宙を踏んでかなりの高所から落下した。
「ぎゃああ!!!若――――!!!」
「まだステップ降りてないって、言ったのに――――っ!!」
「いっ・・・生きてますか――――?!」
「死なないで下さい、若!!クビはイヤァァァァァァ!!!!」
船上から浴びせられる悲鳴の中、サイアリーズは恐る恐る、桟橋に突っ伏したギゼルに歩み寄り、白い石畳に紅い血の池を作るギゼルに呼びかける。
「ギゼル・・・生きてるかい?」
決して小さくはない武装船の、ほとんど甲板から落下したのだ。
絶対、無事ではないはず、と呼びかけたサイアリーズは、ムクリと起き上がったギゼルに、飛び上がって驚いた。
「ご心配ありがとうございます、サイアリーズ様!私のような者をお心にかけていただき、光栄です!」
白い歯をきらめかせ、爽やかに笑う青年に、女ならば心騒がずにはいられないことだろう―――― が、ぱっくり割れた額から流れる鮮血で、顔中を紅く染めた彼の笑みには、別の意味で心騒いだ。
「だ・・・・・・大丈夫・・・なのかい・・・・・・?」
今の衝撃で、脳をやられたんじゃないかな・・・と、本気で心配するサイアリーズに、ギゼルは幸せそうに笑みを深める。
「この程度、大した事はありません」
いや、大した事あるだろう―――― という突っ込みは、しかし、喉から出る前に止まった。
甲板から船員達が、『それ以上突っ込まないでくれ』と、必死に祈っている様が見えたのだ。
「あー・・・ギゼル。
ステップから落ちたのは、あんたが悪いんだから、彼らを責めるんじゃないよ?」
憐れを請う船員たちを見上げ、口添えをしてやると、ギゼルは、血塗れた顔を上げて、爽やかな笑声を上げた。
「サイアリーズ様のお出迎えに恐縮し、つい、気が急いてしまいました。
もちろん、彼らを罰することなどありませんよ」
途端、甲板から、『サイアリーズ様万歳』の声が起こる。
「はっはっは・・・。
どうも、我がゴドウィンの者達は、貴女を慕っているようです」
「・・・・・・わかったから、早く止血しなよ・・・・・・」
「しかし、貴女を慕う、第一の者は、このギゼル・ゴドウィン・・・!
ソルファレナへ向かう船上より、心拍数は上がるばかりで・・・到底血なんか、止まりそうにありませんね!」
断言した途端、ギゼルは貧血を起こして倒れこんだ。
「ぎゃああああ!!だから早く、止血しろって言ったのにぃぃぃー!!!」
「せせせ船医――――!!!若がお倒れあそばした!!ぶっ倒れあそばしたぁぁぁ――――!!!!」
船員たちの悲鳴に、ようやく下ろされたステップを船医とゴドウィン家の兵士達が駆け下り、ソルファレナの警備兵らも何事かと集まって、港は一時、騒然となった。
その後、太陽宮に搬入されたギゼルは、サイアリーズに看護されるという、思わぬ果報を得て、幸福の絶頂だった。
看護と言っても、別に、彼女が傷の手当てをしてくれるわけではない。
ただ、同じソファに並んで座って、時折、包帯の巻かれた傷を気遣ってくれるだけで、ギゼルにとっては最高の看護だった。
「ほんとにあんたは、ドジだよねぇ」
傍らで、呆れ声を上げるサイアリーズに、ギゼルは深く頷く。
「おっしゃる通りです」
「ステップから落ちるなんて、それでちゃんと、軍をまとめてんのかい?」
「返す言葉もありません」
「・・・ギゼル」
「はい、サイアリーズ様」
「あたしは、さっきから嫌味を言ってんだけどね?」
「存じております」
「じゃあ、なんでそんなに、うれしそーに聞いてんのさ?」
眉をひそめたサイアリーズに、ギゼルは、つつけばとろけるような笑みを返した。
「サイアリーズ様のお言葉でしたら、嫌味でも嬉しいです」
そう言って、少年のように頬を染める青年に、サイアリーズは乾いた笑声を上げる。
と、
「叔母上――――!!!!」
甲高い声と共に、幼い子供達が、ギゼルの主観で言うところの『二人の世界』へ飛び込んできた。
「叔母上、あそぼ!」
「鬼ごっこをするのじゃ!
叔母上!わらわ達を追いかけて参れ!」
「こぉら!アズ!リム!お客だよ、一応」
サイアリーズが、自分の膝に纏わりつく、銀髪の少年と亜麻色の髪の少女を呼ぶ名に、ギゼルは気づいてすらりと立ち上がる。
そのまま、大貴族の嫡子らしいスマートさで、床に膝を付き、女王アルシュタート陛下の王子と王女にこうべを垂れた。
「初めてお目にかかります、リムスレーア王女様、アズライール王子殿下」
「誰?」
声を揃えて、首を傾げた兄妹に、サイアリーズがくすりと笑みを漏らす。
「叔母様の婚約者だよ。ギゼル・ゴドウィン。あの・・・」
「ハゲたおじさんの息子だ!」
「叔母上、こやつもハゲるのか?」
サイアリーズの言葉を遮って放たれた、兄妹の甲高い声は、ギゼル青年のグラスハートを容赦なくえぐった。
「こ・・・っこら!!アズ!リム!!」
慌てて制止しようとするサイアリーズの言葉も聞かず、子供達は、包帯が巻かれたギゼルの頭を、ぐしゃぐしゃと掻きまわす。
「叔母上〜!包帯巻いてるのって、もうハゲたから?」
「なんと!親子そろってふびんなことじゃのう!!」
「はは・・・ひ・・・姫様は、よく『ふびん』なんて難しいお言葉をご存知で・・・・・・」
粉々に砕かれた心を胸の奥深くにしまい込んで、乾いた笑声を上げると、高貴な兄妹は、更に図に乗った。
「じゃあなまはげ!お前が鬼になれ!」
「で・・・殿下・・・。
なまはげは、はげでも鬼でもありませんよ・・・・・・」
せめてもの抵抗を試みると、兄の代わりに王女が、小さな手でベシベシとギゼルの頭をはたく。
「では若ハゲ!鬼ごっこするのじゃ!」
更に傷つく名前を賜ると、兄妹は甲高い声で『追いかけて参れー!!』と叫び、部屋中を駆け回る
「コラ!あたしの部屋で走り回るんじゃない!」
出て行け!と叱られて、子供たちは頬を膨らませた。
が、さすがの兄妹も、叔母に逆らうことはできず、その怒りはまっすぐにギゼルに向く。
「なんで座ってるんだよ!」
「そうじゃ!追いかけて参れと、言うたではないか!」
「は・・・はぁ・・・・・・」
ひどく困った様子で、子供たちとサイアリーズを見比べるギゼルに、子供たちの怒りは更に増した。
「なんだよ!ストーンゴーレムみたいに鈍い奴だな!」
「そうじゃ!おぬしなんぞ、デカズラーじゃ!」
デカズラーがどんなものか、ギゼルは知らなかったが、なんだかとっても傷ついた。
「す・・・すみません・・・・・・」
とにかく謝っておけ、という、彼の態度がまた、子供たちの癇に障ったらしい。
「リム!デカズラーが出たぞ〜!
くらえ!アズライール・キーック!!」
「リムスレーア・パンチじゃ!」
「えっ?!殿下!姫様っ!!」
子供とはいえ、全力での殴る蹴るの暴行は、結構痛い。
その上、臣下であるギゼルが、王子と王女に逆らうことはできなかった。
「ごっ・・・ご容赦くださいっ!」
王子と王女に纏わり付かれたまま、ギゼルがヨロヨロと立ち上がると、いつもより高くなった視界に、二人は歓声を上げて更によじ登った。
「コラ!やめなって言ってるだろ、お前たち!」
叔母の制止も、こうなっては効き目がない。
背に肩に、小さな腕と足が絡みつき、ろくに身動きも取れなくなったが、まさか、王子と王女を振り払うわけにも行かない。
「サ・・・サイアリーズ様・・・っ!!」
助けを求める声に応じて、彼女が、ギゼルの背中に取り付いたリムスレーアをまず引き剥がそうとした。
が、自尊心の強い王女は、叔母の手に激しく抵抗し、更に強くギゼルにしがみつく。
「リム!!」
苛立った声を上げ、サイアリーズが力を込めて、リムスレーアを引き剥がした―――― その力に巻き込まれて、ギゼルがよろける。
「あぶな・・・っ!!」
いまだ自分にしがみついたままの王子に怪我をさせては、大変なことになる――――!
とっさに判断した彼は、受身も取らず、仰向けに倒れた。
下は厚手の絨毯・・・怪我などしない――――・・・という彼の予測は、見事に外れた。
「ギゼルッ!!」
サイアリーズの執務机の角で、後頭部を強打したギゼルは、噴出する鮮血で瞬く間に金髪を染める。
「うわぁー!噴水みたいだ!」
白目を剥いたギゼルに乗ったまま、王子は歓声を上げ、叔母に抱かれた王女は、
「なんとも間抜けな男じゃのう」
と、酷い評価を下した。
が、
「いい加減にしなよ、あんた達!」
叔母の、本気の怒声に、二人してすくみあがる。
「アズ!リム!
このことは、姉上に言って、きつく叱ってもらうからね!」
サイアリーズの言葉に、子供達はみるみる青ざめた。
「ごごごごごめんなさい、叔母上!!」
「も・・・もうせぬ!すぐに出てゆく!じゃ・・・じゃから、母上には・・・・・・!!」
泣き声を上げる子供たちに、しかし、サイアリーズは厳しい顔で首を振る。
「いいや!
悪い子達には、お仕置きが必要だ!後で姉上の所に行くんだよ、二人とも!」
「許して、叔母上!!」
「許してたも!この通りじゃ!!」
そろって深々と頭を下げる子供たちに、サイアリーズは鼻を鳴らした。
「じゃあ、さっさと出て行きな!いいかい?!今日はもう、この部屋に来るんじゃないよ!」
厳しく言われて、二人は脱兎の勢いでドアに群がる。
「お・・・叔母上、母上には言わないでね?」
「た・・・頼むぞ、叔母上・・・!」
心底怯えた声で言い残すと、二人は後ろも見ずに駆け去った。
「やれやれ、やっと行った・・・って!ギゼル!!生きてるかい?!」
短い時間とはいえ、重傷の人間を放置してしまったサイアリーズは、自ら作り出した血の池で溺れそうになっていたギゼルの半身を、慌てて抱き起こす。
「サイア・・・リーズさ・・・ま・・・・・・。
貴女の・・・腕の中で死ねるなら・・・本望・・・ブフゥッ!」
「・・・・・・鼻血を垂らしながら言われても、あんまり嬉しくないね」
今にも口から魂魄の抜け出そうな重症患者に、平気でむごい一言をたたきつける所は、さすがにリムスレーアの叔母だ。
「とにかく、医者が来るまで、死ぬんじゃないよ。
あんたが王宮で、王族に殺されたなんてことになったら、後で面倒なことになるからさ。
ソルファレナを出たら、いつ死んでも構わないからね」
「はい・・・っ!仰せのままに・・・!」
「いや・・・そこは反論しなよ・・・・・・」
呆れ果てたサイアリーズだったが・・・人懐こい子犬のように、ただひたすらに慕われると、可哀想で見捨てることもできない。
――――・・・ま、いっか。
年下であるせいか、多少、頼りなくても、なんとなく許せる気がするし・・・と、心中に呟くサイアリーズは、全く知らなかった。
ギゼルが自分の前でだけ、こんなにも頼りなく、無邪気な子犬のような顔をしているのだということを。
ややして、駆けつけた医者にギゼルを任せたサイアリーズは、部屋を出た所で甥と姪に縋られた。
「叔母上!母上の所に行くのか?!」
「お願い、叔母上!母上には言わないで!」
「ダーメ!
お前たち、ギゼルにちゃんと、謝ってもないだろ!そんな悪い子たちには、どんなお仕置きがいいかね?」
子供達を振りほどいて、サイアリーズは廊下を進む。
「鞭でぶたれるかな?地下牢に入れようかな?」
「叔母上ぇぇぇぇ!!!」
「お願いなのじゃ!!母上には!!母上には!!!」
必死で取りすがる子供達を見下ろして、サイアリーズはにやりと笑った。
「じゃ、ギゼルにゴメンナサイを言っておいで。ちゃんと言えたら、姉上には黙っててあげてもいいよ」
「本当?!」
「す・・・すぐに行くのじゃ!」
踵を返して駆けて行った子供たちの後を、サイアリーズも笑いながら戻る。
しかし、再び飛び込んできた子供たちに、ギゼルは『ひぃっ!』と、顔を引きつらせた。
「姫様・・・!殿下・・・っ!まだ何か?!」
金髪の上に、更に領域を広げた包帯の白さが痛々しい。
「ゴメンね、ギゼル!痛かった?」
「けがをさせて悪かったのじゃ!ただでさえ、若ハゲじゃというに!」
「またハゲができちゃった?」
頭の裂傷よりも更に深く、心に傷を負わせる子供たちに、ギゼルは、引きつった笑みを浮かべた。
「だ・・・大丈夫・・・です・・・。
大した事はありませんから・・・・・・」
「大した事じゃないの?だって、ハゲだよ?」
「我が義理の叔父となるものが、ハゲは嫌じゃのう」
「叔母上も、ハゲは嫌だよねー?」
次々と放たれる、子供たちの無情な言葉が胸に刺さり、とうとうギゼルは、『貴女に嫌われたら、生きていけません!』と、悲鳴を上げて泣き縋る。
「お前たち・・・謝りに来たんじゃないのかい!」
更に泣かせてどうする、という、子供たちへの叱声を遮って、ギゼルが取りすがった。
「サイアリーズ様!!
今日から私、ワカメを主食にしますからぁぁぁぁ!!!!」
嫌わないで下さいィィィ!!!と、泣きじゃくる青年を、どうして慰めればいいのやら・・・。
「ギゼル・・・そんなに泣かなくても、嫌ったりしないから・・・・・・」
「ほんとですかぁぁぁぁ?!」
絶っっっ対ですね?!と、捨てられた子犬のような、哀れな瞳で縋られて、無下にできるはずもない。
「大丈夫大丈夫・・・」
ぽんぽん、と、背中を叩いてやると、えぐーっ!と、子供のようにしゃくりあげた。
「しかしそれも、ハゲるまでじゃな」
「うん。叔母上、なんだかんだ言って、面食いだもん」
子供たちの、残酷な言葉に、更にギゼルが号泣し、サイアリーズのこめかみが引きつる。
「アズ!リム!出ておいき――――!!!!」
叔母の怒声に、子供達は再び、脱兎の勢いで逃げていった。
「・・・・・・ゴメンよ、ギゼル」
見も世もなく泣き崩れる子犬・・・じゃない、青年の前に膝をつき、よしよし、と、頭を撫でてやると、彼は泣き濡れた顔を上げた。
「ザイアリーズざま・・・!!」
「ギゼル・・・あたしは確かに、ハゲが好きなわけじゃないけど・・・」
「ザイ゛ア゛リ゛ーズザマ゛ァァァッ!!」
悲鳴を上げるギゼルを、サイアリーズは『どうどう』と、なだめる。
「たとえハゲても、マルスカールみたいな、渋いオヤジになるんなら、いいんじゃないか?」
「え゛ぅっ?!」
奇妙な音を上げてしゃくりあげたギゼルに、サイアリーズは苦笑する。
「だから心配すんじゃないよ。な?」
彼女の言葉に、コクコクと、子供のように頷く彼に、サイアリーズは苦笑を深めた。
「あー・・・でも、進行を遅らせる努力はしなよ?ガレオンなんか、あの年でふさふさなんだからね!」
「はい!誠心誠意、努力します!」
敬礼でもしそうな勢いで発せられた返答に、思わず笑みがこぼれる。
「ほんとに・・・あんたはかわいいね」
そう言うと、ギゼルは、きょとんとして・・・本当に、子犬のような顔になった。
「そうですか?そんなことを言われたのは、初めてです」
でも、と、彼は、ふやけた笑みを浮かべる。
「サイアリーズ様がそうおっしゃるのでしたら、そうなんでしょう」
えへ、と、笑った顔が、幼い時の面影を残して、妙に可愛い。
―――― こんなお人好しの顔をして、ほんとにあのストームフィストを、治めているんだろうか。
激しく疑問に思いつつも、サイアリーズは姉のような笑みを返した。
―――― いずれ結婚したら、あたしがちゃんと、補佐してあげるからね。
それが全くの杞憂だとは知らず、サイアリーズは、体の大きな子供の頭を、もう一度撫でてやった。
〜Fin.
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