* 069 歴史は繰り返す *









 ――――・・・神よ、願わくは、この一握の砂と同じ数だけ、年月を生き永らえさせたまえ
 真の紋章を宿したる者達が、静かに眠りに就く日まで
 絶えず側にいられるように
 神よ、我が身にこの、一握の砂と同じ年月を与えたまえ――――・・・


 紅い・・・紅い炎が地を嘗め尽くし、黒煙は夜闇の中へ吸い込まれるように立ち上っていた。
 既に悲鳴は絶え、松明を持った騎士達の、馬蹄の音だけが騒がしく、焼け落ちた村に響いている。
 「ゆるさない・・・・・・!」
 長い金の髪を振り乱し、美しい顔を憎悪に歪めて、女は遠く、焼け落ちた村を遠望した。
 彼女の傍らには、もう一人の女が、ぐったりと彼女にもたれかかっている。
 闇に溶けるような黒髪がその顔を覆っているが、酷い怪我をしたものか、ぬらりとした血が髪を染める程に伝い、その肌に張り付いていた。
 「必ず・・・報復してくれる・・・・・・!」
 憎悪にまみれた、強い語気に感応するように、女達の手の甲が妖しい光を発し、地に落ちた星のように輝いた刹那、それは瞬くように消え、同時に、女達の姿も掻き消すように消えた。


 闇の中に、一つの村が燃え尽きて幾年月が経ったものか、もはや、数える気にもなれぬようになった頃。
 硬く瞼を閉じた女は、闇の中に浮かぶ星のような光に導かれ、ふらりと、その場に現れた。
 途端、鼻腔をくすぐる扇情的な香りに、彼女は苦笑を浮かべる。
 「ふふ・・・こんばんは、星見様」
 艶めいた声は、聞き慣れた女のもの・・・。
 まんまと誘い出された女は、盲た目を声の方へ向け、笑みを深めた。
 「お久しぶりです、紋章師殿」
 「ふふ・・・本当に」
 二人が初めて会った時より、流れた時間は、常人であれば既に生を終えているほどのもの。
 しかし、盲目の星見が耳にする声は、以前と変わらぬ艶を持ち、その挙措と共に舞う香りは、彼女の動きに衰えのないことを教えていた。
 真の紋章を宿しているわけではない、しかし、肉体の衰えを知らぬ、謎めいた女に、レックナートは一足、歩み寄る。
 「今日は、何用あって私を誘われましたか、ジーン殿」
 問うと、女は彼女の性急さを制するように、ゆったりと歩を運び、部屋に置かれた数々の紋章に手をかざしては、光を灯していった。
 水の青、風の緑、土の黄金・・・炎の赤。
 火の紋章に光が灯った時、レックナートはぴくりと、けして開かぬ瞼を震わせた。
 「ふふ・・・まだ、紅い炎はお嫌いですか?」
 「え・・・?」
 未だ忘れえぬ記憶を覗かれたような気がして、レックナートが不安げな声を上げる。
 と、ジーンは笑みを浮かべたままそっと目を伏せ、紋章の光によって様々に彩られた部屋の中央に立つレックナートへと、改めて向き直った。
 「貴女様をお呼びたてしたのは・・・他でもない・・・」
 甘い声が、人を幻惑する光の中へ、じわりと滲みわたっていく。
 「この度のことでは、随分とお心を悩まされたことでしょう」
 「・・・・・・・・・」
 「僭越ながら、貴女様をお慰めできるものならば、と・・・・・・」
 固く組み合わせた手に、そっと、冷たい手が触れ、レックナートは再び、瞼を震わせた。
 「・・・・・・ジーン殿・・・。貴女は一体、何者なのですか・・・?」
 全てを見透かしたような事を言うジーンに、幾分か警戒を含んだ声で、レックナートが問う。
 「貴女は、私が天魁星を訪ねる度、必ず宿星の一人として彼らの側にいる。
 常人であれば、到底生き永らえぬ時を経てさえも・・・・・・」
 その問いはしかし、艶めいた笑声で打ち消された。
 「どうでもよろしいではありませんか・・・瑣末なことです」
 彼女の答えに、レックナートが明らかに不満げなのを見て取って、ジーンは声を立てずに笑う。
 「ごめんなさい。
 では、これだけ、お教えしましょう。
 私は、貴女のように、繰り返す歴史を見つめ、そのバランスを保つ役目を課せられた者ではありません」

 ――――・・・神よ

 「私は、自ら時の流れを見つめることを、望んだのです」

 ―――― 願わくは、この一握の砂と同じ数だけ、年月を生き永らえさせたまえ

 「自ら・・・・・・?」
 驚き、それ以上にいぶかしむレックナートに、ジーンは笑みを深めた。
 「ええ。
 私は、この目で見ていたかった。
 常人ではとても生き永らえぬ、永い周期で繰り返される歴史を。
 衰亡・・・退行・・・新興と隆盛。
 人の営みを、彼らの業が織り成す歴史を、見ていたかったのです」
 ―――― そして・・・真の紋章を宿したる者達が、静かに眠りに就く日まで、絶えずその側にいられるように。
 神に、一握の砂と同じ数だけの、命を願った者・・・・・・。
 「地傑星として、常に108の星の一人であったのも、歴史の動きを、その中心で見ていたかったため・・・」
 紋章師と言う仕事は、歴史を動かす者たちに取り入るには、便利な職業だった。
 そう言いつつ、ジーンは部屋に灯った淡い紋章の光を、一つずつ落としていく―――― 残ったのは、盲た目にも染みるような、風の緑・・・。
 「星見様・・・私は、好き好んでこの場にいます」
 紋章師は、風の紋章に手をかざしたまま、呟くようにそう言った。
 「・・・義務ではなく、見たいもの見、聞きたい事を聞いているのです」
 ふふ・・・と、自嘲するような声が、柔らかく耳を打つ。
 「貴女が、今度ばかりは目を背けていたい・・・耳を塞いでいたいと思し召しならば、遠慮なくそうなさい。
 代わりに私が、貴女の愛し子の行方を見届けて上げましょう」
 柔らかな声に、レックナートの、硬く組み合わされた手が震えた。
 彼女が慈しみ、育ててきた紋章の子が、強大な敵として宿星達の前に立ちはだかっている・・・。
 今の彼女には、愛し子を断罪することも、宿星達に力を貸すこともできない。
 「―――― 今はもう、静かに、嵐が過ぎるのを待っていらっしゃい・・・・・・」
 「・・・・・・っ」
 ジーンの、慈愛に満ちた声に、レックナートは声を詰まらせた。
 風の紋章が放つ、柔らかな緑の光が、盲た目の奥に染み渡り、いつしか、彼女の頬は温かいもので濡れていた。
 「・・・あの子には・・・この色が見えていなかったのです・・・・・・・・・」
 生れ落ちたその時から、真の紋章と共にあった命・・・・・・。
 自身の持つ、力の意味を知らぬ間は、少々生意気ながらも無邪気な、可愛い子供だった。
 しかし間も無く、彼は真の紋章の記憶に引きずられ、この世界に彩りを見出せなくなった。
 もし彼に、この色が見えていたならば・・・・・・翠の輝きを放つ紋章が、けして、禍々しいばかりではないと、気づいただろうに・・・・・・・・・。
 顔を覆い、密やかに嗚咽を漏らし始めたレックナートの背を、ジーンがそっと、撫で下ろす。
 「・・・・・・地に降りた108の星は、必ず奇跡を起こすもの。
 貴女の愛し子にも・・・きっと・・・・・・・・・・・・」
 柔らかな手の動きに誘われるまま、腕の中に身を寄せたレックナートの額に、ジーンは優しく口付けた。


 闇の中、レックナートはじっと、嵐の通り過ぎる時を待っていた。
 それは、たった一月足らずの時間ではあったが、それまでに彼女の傍らを通り抜けていった、何百という年月に匹敵する長さに感じられた。
 ただひたすら待つ彼女の元へ、彼らが戻ってきたのは、眠れぬまま、幾夜も過ごした夜のことだった。
 ただ二つの、小さな光・・・・・・。
 蛍火のようなそれは、音もなく彼女の前に現れ、物言いたげに瞬いた。
 ―――― 最早・・・再生も叶わぬ・・・・・・・・・
 彼自身の願いだったのだろう。
 魂さえも砕かれた身体は、108星に宿る奇跡をもってしても、救うことはできない。
 「・・・・・・あなたたちに・・・・・・祝福を・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
 愛し子との別れに、身体は凍りついたように強張り、声を震わせぬよう・・・嗚咽を漏らさぬよう・・・・・・それだけで精一杯だった。
 「感謝します・・・巫女殿・・・・・・」
 ふわりと、夜風に乗るように外へと消えて行った二つの光の行方を思い、レックナートは、盲た目から溢れる涙を拭いもせず、闇の中にただ立ちすくんだ。


 ――――・・・神よ、願わくは、この一握の砂と同じ数だけ、年月を生き永らえさせたまえ
 真の紋章を宿したる者達が、静かに眠りに就く日まで
 絶えず側にいられるように
 神よ、我が身にこの、一握の砂と同じ年月を与えたまえ――――・・・





〜Fin.〜










お題69『歴史は繰り返す』です。
ジーン姉さんプッシュ期間中(って何)
先日ふと、ギリシャ神話の巫女の話を思い出しまして。
一山の砂粒の数だけ長生きすることを願ったものの、若さを願うことを忘れていたため、老いたまま何百年も生きたと言う話。
ジーンは真の紋章持ではない(リリィ情報)らしいのに、4ですら美貌バリバリで活躍中、という設定に、『つまり、ちゃっかり若さもお願いしたのね』
なんて思いつきまして。
こんなお話を書いてしまいました。
・・・って実はコレ、最初はギャグのつもりで書いていまして。
『ヨメ(セラ)が可愛い息子(ルック)を不良にした!!』と嘆くレックナートを慰める、という話のはずだったのですが、最初にあげな文章を入れてしまったおかげで、ギャグにすることができず(なんて間抜けなんでしょう!)、シリアスのまま終焉。
・・・くれはも終焉しろってカンジ。








 百八題