武断派で知られる元老、ゴドウィン家の、本拠地たるストームフィスト・・・―――― その、武力の象徴ともいえる闘技場では、今、ファレナ女王国の次期女王たる、リムスレーア王女の『闘神祭』が行われていた。
『闘神祭』とは、次期女王の夫を選ぶ儀式であるが、その名の由来は、現人神(あらひとがみ)である女王を護る者・・・すなわち、『闘神』を選ぶ儀式であるという。
この祭で優勝した者が、次期女王と女王騎士長の位を得られるとあって、ファレナ女王国だけでなく、近隣諸国からも、腕に覚えのつわもの達が、我こそは、と、名乗りを上げていた。
が、まだ幼い王女は、自身を巡って男達が戦う、と言う行為自体がわからない・・・ましてや、そうやって勝ち残ったものが、自身の婿になるなど、全く実感のないことらしい。
「・・・わらわにも、選ぶ権利があると思うのじゃが」
幼い顔に似合わぬ、憮然とした表情で、祭に臨席したリムスレーアが呟いた。
「もしあやつが勝ち残ったら、わらわはあんな、イノシシのような男を婿にせねばならぬのか?」
そう言ってリムスレーアは、貴賓席から、リングの上で勝ち誇る戦士を見遣り、眉根を寄せる。
「それならばむしろ、あっけなく負けてしもうた者の方が、わらわの好みじゃったに」
「へぇ・・・リムは、ああいうのが好きなタイプだったんだ?」
彼女の隣席で、アズライールが笑うと、リムスレーアは慌てて彼に向きなおった。
「そっ・・・そんなことはない!!
わらわは、世界で一番、兄上を好いておるのじゃ!好みのタイプは、兄上じゃ!!」
「あらあらぁ じゃあ、やっぱり王子には、ご出場していただきたかったですねぇ 」
リムスレーアの後席に控える、女王騎士ミアキスの、殊更からかうような口調に、アズライールも同調するように頷く。
「そうだね。この程度のレベルなら、僕が優勝できたかもしれない」
「兄上!!兄妹は結婚できぬのじゃぞ?!
ミアキスも、たわけたことをいうでないわ!!」
本気で顔を赤らめるリムスレーアに、女王以下、貴賓席に同席を許された者達が笑いさざめいた。
しかし、
「この程度のレベル、などと、侮れん奴が出てきたぞ」
父、フェリドの言葉に、アズライールだけでなく、その場の女王騎士全員の顔が引き締まる。
カナカンの戦士だと言う彼・・・ベルクートは、その隙のない立ち居振る舞いからして、今までの出場者とは違う雰囲気をかもし出していた。
「強い・・・ですね」
未だ、剣も抜いていない状態にありながら、女王騎士達にそう言わしめた彼は、彼の倍以上の体躯を誇る猛者を相手に、あっさりと一勝を得、勝ち誇る様子もなくリングを後にした。
「アズライール。彼に、興味はないか?」
父の言葉に、彼は、『会ってみたい』と即答したが・・・。
「王族が、一出場者に肩入れしていると見られるのは・・・」
という、女王騎士の諫言に、浮かした腰を下ろす。
「なに、構わんさ。
ゲオルグ、サイアリーズ、すまんが、一緒に行ってやってくれ」
さらに添えられた、『急いだ方がいい』という一言にも急かされて、アズライールは席を立った。
その彼に付随する陰のように、護衛のリオンも立ち上がり、彼に付き従う。
「・・・ねえ、ゲオルグ?どうして父上は、急いだ方がいいなんて言ったんだろう?」
貴賓席を降り、闘技場の出口へ向かう途中、アズライールが傍らの女王騎士に問えば、彼は精悍な顔を引き締めた。
「それは・・・」
彼の言葉を遮るように、ざわざわと、人々のざわめきと喚声が上がって、アズライールは振り返る。
「なに?」
興味を引かれて見に行けば、警備の兵に引っ立てられる、戦士らしき男と、その彼を憮然と見送る白衣の老人の姿があった。
「どうした?」
ゲオルグの問いに、警備の兵も老人も、恐縮した面持ちで彼らに向き直る。
「これは王子殿下、皆様、お見苦しいところを・・・」
「随分と騒がしいじゃないか。なにがあったんだい?」
サイアリーズが進み出ると、老人は、引っ立てられていった戦士を忌々しげな視線で示した。
「反則による失格者です。対戦相手に痺れ薬を盛り、勝ちを得たのですよ」
「痺れ薬・・・ですか・・・」
信じられない、といった面持ちで、リオンが呟く。
が、サイアリーズはなんでもないことのように肩をすくめただけだった。
「16年前の、姉上の闘神祭の時だって、色々あったさ。
薬くらい、かわいいもんだよ」
そう、色々あった・・・・・・そりゃもう、様々に・・・・・・。
「サイアリーズ?」
生々しい記憶が蘇り、思わず、ぶるりと身を震わせた彼女を、ゲオルグが、訝しげに見下ろした。
16年前―――― まだ、『姫』だったアルシュタートの闘神祭では、様々な思惑が入り混じり、入り乱れていた。
そもそも、彼女の闘神祭自体、陰謀の結果だったのだ。
当時、先代の女王は実の姉と、王位を巡って血で血を洗う闘争のさなかにあり、現女王たるアルシュタートもまだ、この時は『王女』ですらなかった。
それを、自身が次期女王なのだと、国の内外に示すため、先代は姉の娘であるハスワールを差し置き、自身の長女の闘神祭を強行したのだ。
優勝は当然、先代を女王に擁立した、バロウズ家の者が得るのだろうと、多くの者が予想したに違いない。
が、『王女』アルシュタートの夫になったのは、元老やその傘下の貴族の子弟ではなく、群島諸国からやってきた、風来坊だった・・・・・・。
―――― 闘技場を出た後、カナカンの戦士、ベルクートを追いかけた一行は、『偶然』通りかかった所で、貴族たちの『見過ごせない』所業を見つけ、『無理やり』彼の危機を救い、やや強引なかたちながら、彼と知り合うことが出来た。
はたから見れば、それは完全な『親切の押し売り』だったことだろうが、王妹と王子と女王騎士で構成された一行に向かって、それを直言できるつわものなど、この国には存在しない。
その夜、酔いつぶれたベルクートを宿に残し、闘技場に戻った一行だったが、未成年達をそれぞれの部屋に押し込んでしまうと、サイアリーズは『飲み足りない』とごねて、ゲオルグを自室に連れ込んだ。
・・・とはいえ、色っぽい話などは全く浮かばず、話題と言えば、彼女らがこの街に来てからこちら、見聞きしてきた、闘神祭を巡る様々な思惑のことだった。
「よくもまぁ・・・フェリドの奴は、こんな魑魅魍魎の跳梁跋扈する祭を、勝ち抜いたものだな」
ただ強いだけでは、到底勝ち抜けないという実情を目の当たりにして、さしものゲオルグが深く吐息する。
と、
「ゲオルグ・・・あんた、義兄上から、闘神祭で優勝した時のいきさつを、なんか聞いてるのかい?」
サイアリーズの問いに、ゲオルグは首を傾げた。
「いや?
まぁ、今日の状況を見ても、すんなりと優勝できなかったことは確かだろうが」
今日・・・いや、もう、昨日のことか。
貴賓席にいた者達、全員が興味を持った戦士、ベルクートは、人格的にも優れた、好感の持てる人物だったが、なんの後ろ盾もないがために、やや面倒な状況に陥っていた。
「フェリドも、前回の闘神祭では、あんな馬鹿貴族どもの手下に絡まれていたのだろうな、と、想像しただけだ」
闘神祭に出場する戦士の中には、貴族の代理として戦う者も多くいる。
そもそも、『国の内外から、女王の夫にふさわしい戦士を募る』ということ自体が建前で、先代まではしばらく、国内の大貴族が、女王の夫君の地位を得ることが当たり前となっていた。
ために、フェリドやベルクートのような、後ろ盾のない人間には、様々な圧力がかかるのが、当然といえば当然だろう。
「そう・・・義兄上にも、あんな面倒が降りかかったんだけど・・・・・・」
言うや、サイアリーズは手にした杯を、一気に飲み干した。
「お・・・おい!なにをそんな、無茶な飲み方をしている?!」
驚いたゲオルグを、しかし、彼女は制した。
「ゲオルグ・・・酔った勢いのたわごと、聞いてくれないか?
あたしは16年も・・・沈黙を守ったんだ・・・・・・!」
否、とは言えない迫力に、ゲオルグが無言で頷く。
と、サイアリーズはうな垂れたまま、ぽつぽつと話し始めた・・・・・・。
「あれは・・・姉上の闘神祭が行われるって、決まった頃だった。
姉上はその頃はもう、義兄上と出会っていたんだ」
世間的には遊学という名目で、アルシュタートとサイアリーズは、一時期、首都ソルファレナを出ていた。
その当時首都では、彼女達の母と伯母が、王位を巡って激しく争い、それぞれの夫や、派閥を構成する貴族達が次々と殺されていた。
その害を逃れるため、姉妹は、揃って首都を出されたのだ。
が、首都を出たからといって、いつ、暗殺者の手が伸びるか、わかったものではない。
姉妹は怯え、肩を寄せ合うようにして日々を過していた。
そんな時―――― 彼は現れたのだ。
「敵方の貴族が、あたしらを殺そうと放った刺客から、守ってくれたのさ。
あたし達はホントに・・・いつ殺されるかわからない中で、怯えきっていたし、その上姉上は、いざとなったらあたしだけは逃がそうって、気の狂いそうな緊張状態に、ずっと身を置いていたからね。
義兄上の存在に頼りきっちゃって・・・そりゃもう、雪崩を打ったように、一気にのめりこんだのさ」
「・・・あんな美女に縋られたら、いくらフェリドが鈍感でも、思うところがあったろうしな」
「そんな時だよ・・・母上から、『アルシュタートの闘神祭をやるから、ストームフィストへ行け』なんて連絡が来たのは・・・。
姉上は・・・そりゃあ・・・一途な人だから・・・・・・」
彼女らしくなく、言葉を濁したサイアリーズに、ゲオルグは訝しげに眉を寄せる。
「ものは言いようだな。
はっきりと、『恋する女は怖かった』と言えばいいだろう」
きっぱりと断言したゲオルグに、サイアリーズは、渋々と頷いた。
「そう、めちゃくちゃ怖かったのさ・・・」
従姉妹のハスワールを差し置いて、自分の闘神祭・・・つまりは、夫を選ぶのだと聞かされた時、アルシュタートの取り乱し様は凄まじかった。
絶対に嫌だと、フェリド以外の夫を迎えるつもりはないと、いつもの彼女からは想像も出来ない、激しいヒステリーを起こして、母や取り巻きの貴族達に逆らったのだ。
「しまいにゃ姉上、『こうなったら既成事実を作りましょう!』って、義兄上に詰め寄ったくらいだからさ・・・」
「作ったのか?」
「・・・・・・なんで、そんなとこだけ食いついてくるかな、男って」
すかさず問い返して来たゲオルグに、サイアリーズは呆れ顔を向けた。
が、そんな彼女の心情を、斟酌することなしに、ゲオルグは一人、納得顔で頷く。
「そうか。アズライールは、年の割りに大きな子供だと思っていたが、そういうことか」
「作ってないって!」
パシンッ!と、卓上を叩いて、サイアリーズは話を戻した。
「母上も、そこまで言うなら、闘神祭への出場は認めるって、折れたんだね。
なんたって、姉上の闘神祭を行うって事は、母上が次期女王になるってことの宣伝なわけだし。
下手なことして、姉上が駆け落ちなんかした日にゃ、闘神祭自体がなくなるからね」
その代わり、フェリドが優勝できなくても、その事実は受け止めろと、譲歩はさせたらしい。
「姉上は、昔から責任感の強い人だったし、それは認めたらしい。
で、無事に闘神祭の運びになったんだけど、当然、どこの馬の骨とも知れないフェリド青年には、圧力がかかったんだよね」
そもそも、フェリドの出場だけは認めて、実際は別の人間・・・元老の子弟を夫に据える腹づもりだったようだ。
が、母親や、その側近たちの狙いが読めない、アルシュタート姫ではない。
「闘技場で行われる戦いより、激しい戦いが、水面下で起こってたんだ・・・・・・!」
それは、若い・・・と言うより、まだ子供だったサイアリーズの、トラウマにもなるほどの、恐ろしい戦いだった。
女と言う生き物は、これほどまでに残酷になれるのかと思うほど、母と姉の戦いは陰湿なものだったのだ。
今日の女王自身とリムスレーア王女のように、母親と並んで貴賓席に就いたアルシュタートは、人形のような無表情で闘神祭の進行を眺めつつ、その袖の内では次々と手を繰り出して、相手の策を封殺していった・・・。
「知っての通り、出場者の、場外での刃傷沙汰は即失格だ。
義兄上は、母上が放った刺客を切り伏せることはできない・・・それを見越して姉上は、刺客になりそうな者全員を粛清したんだよ・・・」
「・・・ちょっと待て。
今、『なりそうな者』って言ったか・・・?」
サイアリーズの言葉に、ゲオルグが問い返すと、彼女はうそ寒そうに頷いた。
「あぁ、言ったさ。
あの当時、暗殺者は、毎日のように暗躍していた。
誰がどんな手を使うか、大体見分けがついたくらいにね。
だから姉上は・・・・・・闘神祭の開催前に、あらかじめ、敵方だった伯母上の側の貴族連中を派手に痛めつけたのさ・・・・・・」
それは、母の手蹟をまねた命令書で、母方に付いた『幽世の門』を使役したのだと言う。
「当然、伯母上は、母上が刺客を放ったんだと思い込んで・・・闘神祭の間に、刺客を送り込んできた・・・・・・」
「それは・・・まさか・・・・・・っ」
豪胆なゲオルグが、思わず身を震わせたことに勇気を得て、サイアリーズは言い募った。
「そうだよ・・・自分の手は汚すことなく、姉上は、母上や貴族達が送り込んできた手の者を抹殺し、義兄上に手を出せないようにしたんだ・・・」
「そこまでやるか・・・・・・」
杯を握ったまま、凍りついたゲオルグに、サイアリーズは眉をひそめる。
「あんたは・・・太陽の紋章を宿した後の姉上しか知らない。
怒らせると恐ろしい・・・絶対君主だと、そう思っているだろう?
だけど、それ以前の姉上は、妹のあたしが言うのもなんだけど、虫も殺せないような、優しい女だった。
だから誰も・・・あの姉上の掌の上で踊らされているなんて、気づかなかったよ」
そう、それは、母でさえも・・・・・・。
ハスワールを差し置いて、アルシュタートの闘神祭を強行した自分を、姉が妨害している・・・そう、信じきっていた。
そして伯母の方では、闘神祭を強行した妹が、進行を邪魔させないために自分をけん制している・・・そう信じて、姉妹は争いを増長させていったのだ。
それは、闘神祭が1回戦、2回戦と進む毎に激しさを増し、準決勝に進む頃には、誰もフェリドに圧力をかけるどころではなくなっていた。
「それが実は、全て姉上の陰謀だったって・・・母上が気づいたのは、義兄上が優勝した時だったよ・・・・・・」
カターン・・・と、甲高い音を立てて、ゲオルグの手から、杯が滑り落ちる。
「・・・・・・・・・・・・女と言うものは・・・・・・・・・・・・!」
絶句したゲオルグに、すっかり酔いの醒めた目を向けて、サイアリーズは深く吐息した。
「言ったろう・・・?薬くらい、かわいいもんだって・・・・・・」
『闘神祭』の名の由来は、現人神(あらひとがみ)である女王を護る、『闘神』を選ぶ儀式であるという―――― しかし、この現人神は、自身の恋路を邪魔する者ならば、神であっても殺しかねない・・・・・・!
「フェ・・・フェリドは・・・このこと・・・・・・?!」
「多分・・・知らないと思う・・・・・・。
一応・・・今日のベルクートや、薬を盛られた坊やみたいな、義兄上なら軽く凌げる程度の圧力は、姉上もわざと見過ごしていたし・・・・・・」
しかし、真の敵は容赦なくほふっていたのだ。
美しい、人形のような顔の陰で・・・・・・!
「まぁ・・・この闘神祭と後の暗闘で、幽世の門同士が激しくぶつかったこともあって、あの暗殺集団を廃止に追い込めたんだけどね」
女王はおそらく、自身が玉座に就いた後のことも考え、邪魔な者達を同士討ちに追い込んだのだ。
「サイアリーズ・・・俺は・・・・・・!」
このまま、あの女王に仕えていいのだろうか―――― その問いは、喉から出る前に、自ら封じた。
あの女王だからこそ、自身がこの国に招かれたのだと、心底納得がいったのだ。
「サイアリーズ・・・フェリドは・・・確かに、16年前の闘神祭で、女王がやったことを知らないだろう。
だが・・・・・・」
彼が、女王の夫となって、既に16年。
自身の妻の本性には、もう、薄々気づいてはいるだろう。そして・・・
「・・・・・・おい、サイアリーズ。
お前、なんで俺に、このことを話した・・・・・・?」
途端、正面の女の顔が、にやりと歪んだ。
「義兄上が、どうしてあんたをこの国に呼んだのか、大体想像はつくよ・・・」
だから・・・と、サイアリーズは、卓上に倒れたゲオルグの杯を置きなおし、新たに酒を注いでやる。
「せいぜい、先に殺られないように、がんばんな?」
チン・・・と、杯を重ね、一方的に乾杯の音を鳴らした王妹は、一気に酒をあおると、用は済んだとばかり、ゲオルグを自室から追い出した。
「・・・っわがままな!」
毒づいた声が、妙に力ないことを自覚して、ゲオルグは静まり返った廊下に一人、佇む。
―――― あの女王を・・・いや、あの現人神を、俺は、手に掛ける事になるのだろうか・・・・・・。
神を殺す・・・それは、最大の禁忌・・・・・・。
しかし、神への畏怖以上に、今は、あの女王自身への恐れが、彼の裡を満たしていた。
そしてそれこそが、サイアリーズの最大の狙いでもあったのだ。
「・・・・・・っ女と言うものは・・・・・・!」
暗い廊下で、再び毒づく。
太陽の紋章が暴走し、国を滅ぼすようならば、女王を殺せと言う友・・・。
死後の呪いすらほのめかし、姉への刺客をけん制する王妹・・・・・・。
二人の狭間に置かれたゲオルグは、身動きすることすらかなわず、立ちすくむしかなかった・・・。
〜 Fin. 〜
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