* 078 仲良し *
 
4主 ヨン





 ―――― ぱしゃん・・・と、水面を弾く音に、ヨンは重いまぶたを開いた。
 顔を上げれば、透き通った青空が、円い水平線と交じり合っている。
 その狭間に、一艘の船が浮かんでいた。
 彼の名を呼ぶ声が、潮風に乗ってやってくる。
 ヨンは小さな船の上に立ち上がると、大きく手を振った・・・・・・。


 「心配したぞ、ヨン!!」
 海面までも振るわせるほどの大音声を発しながら、オベル王は、小舟から引き上げられたヨンに駆け寄った。
 「お前、あんな海流に呑まれて、よく無事だったなァ!!」
 「うぐっ!!」
 逞しい腕を鞭のように振るい、容赦ない力で背を打たれて、ヨンはつんのめった挙句、甲板に転がる。
 「きゃあ!!お父さん!!」
 父の仕打ちに、フレアが悲鳴を上げた。
 「何してるの!ヨンが倒れちゃったじゃない!!」
 何の防御もなく、顔から甲板に沈んだ彼に、フレアは慌てて駆け寄り、助け起こす。
 「大丈夫、ヨン?!生きてる?!」
 「おいおい、フレア。大げさだぜ?コイツは、こんなことじゃ・・・」
 船団を率い、クールーク皇国軍を倒したリーダーへの、厚い信頼を述べようとしたオベル王に、しかし、フレアの厳しい視線が突き刺さった。
 「いつもは大丈夫でも、今は違うでしょ!!」
 彼女の言うとおり、今のヨンは、クールーク皇国軍の船団を退かせる為、真の紋章にその力を全て奪われたのだ。
 命からがら、海底から這い上がってきた後に、この仕打ちはひどかった。
 「海の男はこんなことじゃ・・・・・・」
 言い訳がましく、更に言い募ろうとしたオベル王は、しかし、娘の矢のように鋭い視線に射抜かれ、言葉をなくす。
 「じゃあ、お父さんが海に沈む?」
 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・スマン」
 オベル王が、逆らう気力を殺がれ、素直にこうべを垂れた時、ようやく失神状態だったヨンが、目を開けた。
 「ヨン!大丈夫?!歯は折れてない?!」
 気遣わしげに、彼の顔を覗き込むフレアに、未だ呆然としたまま、ヨンは頷く。
 「大丈夫・・・・・・姉さん」
 「え?」
 青い目を丸く見開いた彼女に、ヨンは、ふんわりと笑った。
 「なんだなんだ?!寝ぼけてるのか、ヨン?!」
 未だ不明瞭ながらも、ヨンの言葉を聞き取ったオベル王が、娘と同じく、ヨンの傍らに跪くと、ヨンは、未だ甲板に身を横たえたまま、彼を『父さん』と呼ぶ。
 「・・・・・・お父さん!ヨンってば、今ので頭打ったんじゃないの?!」
 「え・・・いや、打ったとしたら鼻だろ・・・?」
 戸惑いつつ、視線を交わす父娘の膝元で、ヨンが再び、不明瞭な声を上げた。
 「母さんがくれた紋章は・・・もう・・・消えた・・・・・?」
 「え?!」
 瞠目する父娘の視線の先で、ヨンは、疲れ果てたか、再び深い眠りに落ちる。
 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
 異様な雰囲気に、遠巻きに見守っているクルー達を完璧に無視して、父娘は、しばし無言で目を合わせた。
 「・・・・・・・・・・・・・・・・・お父さん」
 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あ?」
 かなりの間を置いて、発せられたフレアの声に、父は間の抜けた声を上げる。
 「ヨンと私って、似てる?」
 その問いに、彼は悩ましげに首を捻った。
 「うー・・・・・・・・・・・・・・・ん?
 似て・・・なくはないと思う・・・が・・・・・・?」
 言いつつ、オベル王は何度もヨンとフレアを見比べる。
 「じゃあ、お母さんとは?」
 煮え切らない父に、フレアが鋭く切り込むと、彼は、間違いなく息を呑んだ。
 「似てるのね?」
 「あぁ・・・まぁ、そう言われれば・・・・・・」
 明らかに狼狽した声を出す父に、フレアは深く頷き、彼女の付き人を呼ぶ。
 「ヨンを、部屋に運んでちょうだい!」
 「はっ・・・はい、フレア様!!」
 彼女の声に弾かれたように、三人を遠巻きに眺めていた者達の間からデスモンドが飛び出し、非力ながらも懸命にヨンを抱え上げると、気遣わしげな視線を厚く纏いながら、ヨンを部屋へと運んで行った。


 「・・・命にかかわるような、酷い怪我はしていませんね。体力を消耗しただけでしょう。ゆっくり休ませてください」
 「お薬、ここにおいて置きますね!」
 「ありがとう、ユウ先生。キャリーさんも」
 「いいえ!お具合が悪いようでしたら、すぐ呼んで下さいね」
 金色の髪よりも明るい笑みを振りまく看護士に、微かな笑みを返し、フレアは頷いた。
 「早く快復していただくためにも、面会謝絶にしておきます。
 皆には、オベル王が事情を説明して、落ち着かせてくれているようですから、病室に飛び込んでくるような無作法な人は・・・・・・」
 そう、ユウが言い終える前に、蹴破られたのではないか、と思うほどの激しさで、船室のドアが開く。
 「ヨン!!ヨンは大丈夫なの?!」
 「・・・・・・いましたね」
 しかも、ユウの冷厳な視線に貫かれたのは、一人ではなかった。
 切り込んで来たジュエルを先頭に、タル、ケネス・・・ポーラまでいる。
 「出て行きなさい」
 静かに、しかし、反論を許さないオーラを纏い、4人の前に立ち塞がったユウだったが、マイ・ロードを突き進むジュエルは、その難関をまたもや突破した。
 「ねぇねぇ!ヨン、大丈夫なの?!罰の紋章を最大限まで使っちゃったら、紋章に魂を取られちゃうんでしょ?!」
 まくし立てながら迫ってくる、白髪の少女に気おされ、フレアも思わず退く。
 「いくらヨンが強くなったって言っても、真の紋章相手じゃ分が悪い・・・」
 「おいおいおいおい!!まさか、危篤ってぇんじゃないだろうな?!ヨン!!コラ!!目ぇ覚ませ!!」
 「ヨン・・・・・・!」
 ジュエルに続き、元・海上騎士団員達は、ユウを押しのけてヨンの枕元に殺到した。
 と、ユウのこめかみに、青筋が浮かぶ。
 「・・・あっ!」
 その様に、キャリーは慌てて耳を塞ぎ、ユウに背を向け、身を縮めた。
 途端、
 「絶対安静の患者の周りで騒ぐとは何事か!!出て行け!!」
 狭い船室に、ユウの大音声が響き渡り、全員の耳をつんざく。
 直後、キャリーは荒く息をつくユウの傍らをすり抜け、ユウの剣幕に凍りついた騎士団員達を、掃くように素早く部屋から追い出した。
 「ヨン様は大丈夫ですから!安心してくださいね!」
 後ろ手に船室のドアを閉めて、キャリーは、急いで言い募る。
 「・・・それから、ユウ先生って、怒らせるととっても怖いんですから、もう絶対に近づいちゃダメですよ・・・?」
 キャリーに言われるまでもなく、身に沁みたのだろう。
 4人は、無言のまま何度も頷き、後ろ髪を引かれつつも、ヨンの部屋を後にした。
 「ふぅ。良かった」
 「・・・・・・怒らせると怖い医者で、すみませんね、キャリー」
 「ひゃっ!!」
 細く開いたドアの隙間から、冷たい声を吹きかけられ、キャリーが震え上がる。
 「さぁ、医務室に戻りますよ。
 怪我人はヨン様だけではありません。怖い医者でも、訪ねてくれる人は大勢いますからね」
 そう言って、扉を塞いでいたキャリーをどかせ、ユウは、振り返りもせずに階段を下りていった。
 「あぁん!先生、ごめんなさい!置いていかないでくださいー!!」
 キャリーは、慌てふためきながらも、ヨンの船室のドアに『面会謝絶』の札を下げ、ユウを追いかけていった。


 「・・・やっと、静かになったわね」
 ドアの外から、人声が消えるまで、呆然と立ちすくんでいたフレアは、ほっと吐息して、ヨンの枕元に置いた椅子に腰を下ろす。
 固くまぶたを閉じた少年を見下ろしたフレアは、ふと、以前、彼に漏らした自身の言葉を思い出した。
 ―――― 母の形見のオルゴール・・・とってもいい音色なのよ。今度、ヨンもいっしょに聞いてみる?
 あの時は、なぜそんな事を言ったのだろうと、自分でも不思議だった。
 この年の少年が、そんなものに興味を惹かれるわけがないと思いつつも・・・気づけば、そう言っていた。
 彼ならば、母との思い出も共有できるはず―――― なぜか、そんな確信があったのだ。
 「そうだわ、オルゴール・・・」
 もうしばらく、ヨンが目を覚ますことはないだろうと、フレアは、自室にオルゴールを取りに行った。
 彼女がいない間に、誰かが入り込んでは困る・・・そんな、妙な独占欲にまでかられて、ヨンの部屋に戻る足は、自然と速まる。
 と、彼女がヨンの部屋まで戻る寸前、その傍らにある、後部甲板へ続くドアが開いて、一人の人魚が現れた。
 「フレア・・・ヨンは・・・・・・?」
 人魚らしい、美しくも可憐な声で問う少女に、フレアは、自分でも驚くほどに憮然と、『心配ないわ』と、言い放つ。
 彼女の声音に、驚いて目を見開いた少女に、フレアは気まずげに言い募った。
 「ヨンは・・・体力を消耗しただけよ。ゆっくり眠ればそのうち、元気になるから。今はそっとしておいて?」
 「うん・・・・・・」
 不安げに頷き、踵を返した少女に、しかし、「リーリン!」と、フレアは呼びかける。
 「あの・・・ごめんなさいね。
 でも、ヨンなら本当に大丈夫よ。ただ、今はゆっくり眠らないとダメなの・・・わかる?」
 振り向いた少女は、再び、こくりと頷いて、後部甲板へと出て行った。


 「・・・・・・・・・・・・・・・ふぅ」
 ヨンの船室に入ったフレアは、先ほどと同じ椅子に腰を下ろして、深く吐息した。
 「・・・・・・なにやってるのかしら、私」
 ヨンが弟かもしれない―――― そう思い始めた途端、彼への独占欲が膨らんでいく。
 特に、ヨンと家族のように過していた、元・騎士団の面々や、ヨンを純粋に慕っているらしいリーリンを見ていると、妙に腹が立った。
 ・・・彼らが悪いわけではない。
 だが、フレアや父が、『家族』として共に過せなかった時を、代わりに過した彼らや、ヨンを慕って寄ってくるリーリンに、どうしても嫉妬せずにはいられないのだ。
 それは、無残に奪われた時間を取り戻したいという、欲求がなせる業か・・・・・・
 「でも・・・・・・まだ、本当にそうだと決まったわけじゃないのよね」
 ヨンの寝顔を見下ろして、フレアは呟いた。
 一般家庭であったならば、彼女の直感と、父の記憶だけで、ヨンを家族の一員として迎えることに、何の問題もなかっただろう。
 だが、彼女の家は、小なりとはいえ、一国の王家だった。
 亡くなった王妃の面影があるから、という理由では、絶対に反対意見が出る。
 その程度の証拠で良いのならば、『行方不明だったオベル王の息子』は、今までに何人もいたのだ。
 ヨンは、そんな有象無象とは違う、オベル王国を救った英雄だが・・・いや、救国の英雄だからこそ、下手をすれば、簒奪の噂が広がるに違いない。
 「あぁ!めんどくさい!!」
 フレアは、苛立った声を上げ、手にしたオルゴールの、ネジを回した。
 蓋を開けると、高く澄んだ音が、質素な室内に満ちる。
 「お母さん・・・・・・」
 フレアは、澄んだ音色までも取り込むように、深く息を吸った。
 と、遠慮がちにドアがノックされ、答える間もなく、父と、軍師が入ってくる。
 「事情は聞いたよ。難儀なこったね、あんたらも」
 エレノアは腕を組み、いつもの傲慢とも取れる態度で、フレアを見下ろした。
 「エレノア・・・一体、どうすれば・・・」
 「リノ、お前、馬鹿だろ」
 常の彼らしからぬ、悩ましげな態度を、エレノアは一刀両断する。
 「ヨンは、紋章の幻に引きずられただけかもしれない。
 リアルな幻を見せ付けられたら、事実がそうでなくとも、自分の体験だと勘違いすることは、よくあることさ」
 「で・・・でも!ヨンは・・・」
 反駁しようと、立ち上がったフレアは、エレノアの鋭い視線に、口を塞がれ、黙り込んだ。
 「今は、何の証拠もない。
 そして、これが最重要だが、全てはヨンが起きて、ヨンが自分の口から語るまで、あたしたちは何もできないってことさ。違うかい、フレア?」
 「・・・・・・・・・」
 「リノ、あんたも、『行方不明の息子』とは、もう何度も会ったんだろう?今更、慌てんじゃないよ」
 「あ・・・あぁ・・・・・・」
 そう言ったきり、オベル王までもが気まずげに口をつぐんだため、部屋からは人声が消え、ただ、我関せずとばかり、歌い続けるオルゴールの、高い音色だけが満ちる。
 と、もぞ・・・と、ベッドの上でヨンが身動きし、ややして、ぱちりと目を開いた。
 「ヨン!!」
 「・・・・・・・・・・・・あれ?」
 まず、フレアの顔が現れたことに、ヨンは驚いたようだ。
 それもそうだろう、いつも、このような状況で彼の顔を覗き込むのは、騎士団の誰かだったのだから。
 「フレア・・・あれ・・・・・・?」
 「目が覚めたかい?」
 更には、同じ部屋にリノとエレノアが、厳しい顔をして立っている様にも、ヨンは訝しげに眉を寄せた。
 「どうしたんですか?」
 戸惑い気味のヨンの問いに、エレノアはわずかに表情を和らげ、物言いたげなリノを制し、更にはフレアも押しのけて、ヨンの枕元に立つ。
 「軍師として、リーダーの身を案じてたんだよ。なんか、変かね?」
 くす、と、笑みを漏らす彼女に、ヨンは、苦笑して首を振った。
 「気分はどうだい?紋章を発動した後のこと、話せそうかい?」
 「・・・・・・・・・・・・」
 リノとフレアの期待に反し、ヨンの反応は鈍い。
 「疲れてんなら、今はゆっくりと・・・・・・」
 「・・・・・・罰の紋章は、何度か、僕に幻を見せました」
 立ち去ろうと、踵を返しかけたエレノアを引き止めるように、ヨンが、ベッドに横たわったまま呟いた。
 「グレン団長・・・ブランド・・・そして、多分、ラクジーのお父さん・・・・・・紋章に呑まれた人達の記憶を・・・・・・」
 彼の言葉に、ぴくり、と、リノとフレアは震える。
 エレノアは・・・緊張に顔を強張らせる父娘の姿を見たヨンが、語る内容に遠慮を交えることを案じてか、彼の視界から二人の姿を遮るように立った。
 「その最後に、女の人が・・・」
 思わず声を上げそうになったフレアは、慌てて自身の口を塞ぐ。
 「その女がどうかしたかい?」
 あえて、ヨンに何の情報も与えず、エレノアはヨン自身の言葉を待った。
 と、
 「・・・あなたも・・・私と同じ・・・自分の国と、家族を守るために、罰の紋章を使ったのね」
 ぽつぽつと、ヨンが、幻の中で見た言葉を語ると、自身の口を塞ぐフレアの手に、暖かい雫が降り注いでいく。
 「お父さんと、お姉さんを助けてあげてね・・・そう言って、僕を、紋章の中から出してくれたんです・・・・・・」
 「っ・・・・・・・・・!!」
 たまりかねて、フレアはエレノアを押しのけ、未だベッドに横たわったままのヨンに抱きついた。
 その時になって、ようやく自身の言った言葉の意味に気がついたのか、ヨンは、しまった、と言わんばかりに、気まずげな表情を浮かべる。
 「フレア・・・!オベル王!僕は、そんなつもりじゃ!!」
 とっさに、フレアが予想した未来を察したのだろう、ヨンが、困惑してリノを見上げた。
 が、豪放な王は、
 「・・・うるせぇ」
 と、一言言っただけで、フレアごと、ヨンを抱き上げ、抱きしめる。
 「よく帰ってきた!」
 「・・・・・・やれやれ」
 暑苦しく抱き合う三人の姿に、エレノアは深く吐息して、踵を返した。
 「落ち着いたら、今度はあんたらがあたしのところに来るんだよ」
 有能な軍師である彼女は、この後の騒動をも予見しているのだろう。
 そう言い残すと、振り返りもせずに、ヨンの部屋を出て行った。


 「――――今回の戦争で、だいぶ海戦データは集まったけど・・・」
 エレノアの命令で、海戦のデータをまとめていたアグネスは、困惑げに言いながら、ペンをクルクルと回した。
 「比較するものがないんだもの・・・どれが良くてどれが悪いのか、私にはわからないわ・・・・・・」
 そう言って、彼女が深く吐息した時、
 「でしたら、良い本がありますよ?」
 突然、背後から声を掛けられて、アグネスは悲鳴を上げる。
 「タ・・・ターニャさん!!あなた、また勝手に入ってきて!!」
 アグネスの甲高い怒声を、しかし、司書の少女は、柳に風と受け流した。
 「ふふ。勝手じゃありませんよ。ちゃんとノックしました」
 「そ・・・そんなの、聞こえなかったわ!!」
 「あら、不注意ですね。これでエレノア様の助手が、務まっているんですか?」
 「なんですって?!」
 アグネスが思わず声を荒げると、
 「騒がしい!」
 エレノアの厳しい声が、少女達を一喝する。
 「エ・・・エレノア様!!だって、ターニャさんが・・・!!」
 「エレノア様、アグネスさんってば、ぼーっとしてたんですよ。戦争が終わったからって、油断しているんじゃありませんか?」
 「なんですって、あんた!もう一回言ってごらんな!」
 「うるさいと言っているだろう!」
 再び騒ぎ始めた少女達を睨みつけ、エレノアは海図と海戦データの散らばる机上を見遣った。
 「アグネス、ちゃんと仕事はしたようだね。いい出来だ」
 「は・・・はいっ!」
 師に誉められて、アグネスが嬉しげに頬を紅潮させる。
 「確か、ターニャが海戦の歴史書を持っていたはずだ。これを持って行って、二人で検討してみな」
 「検討・・・ですか」
 「この子とですか?!」
 不満げな二人を睨み、エレノアは厳格な表情で頷いた。
 「あぁ、二人でおやり。お前たちなら、十分やれるだろうからね。
 それと、ターニャ」
 「はい?」
 憤然として、書類を束ね始めたアグネスを、やや高慢な笑みを浮かべて見ていたターニャは、名を呼ばれてエレノアに向き直る。
 「あたしに教えて欲しいことがあるなら、あたしにお聞き。わざわざ、アグネスを貶めるようなことを言うのはおやめ」
 「はい・・・・・・」
 叱られて、しおれたターニャとは逆に、アグネスが元気を取り戻した。
 「ほら!行きましょ、司書さん♪」
 「失礼・・・します・・・・・・」
 少女達が出て行き、ようやく静かになった室内で、エレノアはやれやれと吐息し、棚の酒瓶を手に取る。
 特になにをするでもなく、壁に貼られた海図を眺めつつ、杯を重ねて、どのくらいの時間が経過したものか。
 「エレノア!!」
 ヨンを小脇に抱え、ドアを蹴破らんばかりに入ってきたリノに、エレノアは、不快げに眉をひそめる。
 「ったく、騒がしい男だね。
 フレア、早くドアをお閉め」
 彼女に言われ、フレアが慌ててドアを閉めると、リノは小脇に抱えたヨンを示しつつ、エレノアに迫った。
 「エレノア!!ヨンが・・・!!!」
 「あんたらの家族になるのは断るって、そう言ったんだろう?」
 エレノアの言葉に、リノは声を失い、彼に抱えられたままのヨンは、黙って頷く。
 「ヨン、さすがはあたしを、軍師として使うだけのことはある。よく決断したね」
 「ちょっと待て!!エレノア、俺はお前に、こいつを説得してもらおうと・・・・・・!」
 「リノ・・・いや、オベル王。バカ殿ぶりも、いい加減におし。そんなことができるわけないって事は、フレアだってわかってるよ」
 なぁ、と、リノの背後に立ちすくむフレアを見遣ると、彼女は、強張った表情のまま、頷いた。
 「オベル王国の国民は、オベル王の息子が王妃と共に海に沈んだことを知っている。
 ・・・・・・それからもう、何年経った?そして、その間に『息子』は何人現れた?」
 「それは・・・だが、ヨンは・・・・・・!」
 「あたしが言いたいのは、ヨンがあんたをたばかってるとか、そういうことじゃない。国民が、もう『王の息子の偽者』には、うんざりしてるってことさ」
 「でも・・・ヨンが、オベル王国を救ってくれたことだって、みんな知っているわ・・・・・・」
 フレアの控え目な反論に、しかし、エレノアは厳しい目を向けた。
 「あぁ、だからこそ、ヨンはその名を穢す訳には行かない。
 国を救ったのは、王位を簒奪するため・・・・・・そんな評判が立ってごらん。下手すりゃ、今回の戦争だって、策略の一つだった、なんて噂が出かねない」
 「そんな!じゃあ・・・!」
 「ヨンを、息子と認めるのは諦めな、オベル王。そして王位は、フレアが継ぐ。それが一番、波風を立てずに済む方法だ」
 「・・・・・・・・・・・・」
 悔しげに黙りこんだリノを見上げ、ヨンは、自身を抱える彼の逞しい腕を軽く叩いて、解放してもらう。
 「代弁をありがとう、エレノアさん」
 「いや。
 リーダーをサポートして、相手を説得するのも、軍師の仕事だ。
 それで、ヨン?あんたはこれからどうするつもりなんだい?」
 「どうって・・・帰れるんなら、ラズリルの騎士団に・・・・・・」
 ヨンがそう言った途端、
 「帰る?!」
 フレアが、突然激怒の声を上げ、ヨンだけでなく、リノとエレノアまでも、瞠目した。
 「ヨン!たとえ世間が認めなくても、私達は家族じゃないの?!
 あなたが帰る場所は騎士団じゃなく、オベル王国だわ!!」
 「え・・・でも・・・・・・」
 戸惑うヨンの態度に、フレアの怒りは更に募る。
 「でも、じゃないの!!あなたはもう、孤児じゃない!!
 自分でも抑えきれないほどの怒りと嫉妬、そして悲しみに、フレアの声は更に高まった。
 「私たちの他に、誰も認めなくったって、あなたはお父さんの息子で、私の弟なのよ!!」
 荒く息をつきながら、フレアは、ヨンを厳しく見据える。
 「ヨン!」
 「は・・・はいっ!」
 フレアの厳しい声に、騎士団在籍時のクセで、ヨンは思わず姿勢を正した。
 「あなたが騎士団に戻ると言うなら、いいでしょう。行けばいいわ。
 だけど、忘れないで!
 あなたは必ず、私たちのところに帰ってくるのよ!さもないと・・・・・・!」
 フレアの目が、更にきつくつりあがって、ヨンは表情を引き締める。
 「お姉ちゃん、怒るからね・・・!」
 「え・・・・・・」
 もう怒ってるじゃないか、という言葉は、フレアの迫力に、口から出る前に封じられた。
 「わかったら返事!!」
 「は・・・はいっ!」
 思わず敬礼したヨンに大きく頷くと、フレアはぷいっと踵を返し、部屋を出て行ってしまった。
 「気の強い娘だ。どっちに似たんだろうね?」
 くすくすと、彼女らしくもなく、楽しげな笑声を上げるエレノアに、リノは苦笑を返す。
 そして、幾分和んだ目でヨンを見、その大きな手を伸ばして、今は亡い妻と同じ色の髪をかき回した。
 「・・・行って来い。だが、ちゃんと俺たちの所に帰って来いよ・・・・・・お前の姉ちゃんは、怒らせると怖いからな?」
 ホントだぜ?と、太く笑うリノに、ヨンも、笑みを返す。
 「わかりました。休暇の時には、必ず伺います」
 と、リノは、むっと眉をひそめ、ヨンの髪をかき回す手に、力を込めた。
 「わゎっ!!」
 「なんだ、その他人行儀な言い草は!最初から鍛え直す必要があるな!」
 「・・・鍛え直すって?」
 訝しげに問い返すヨンに、リノは再び太い笑みを浮かべ、思い切りヨンの背を叩く。
 「お前、釣りやるんだろ?帰ってきたら、一緒にやろう。俺しか知らない、いい場所があるんだ」
 「は・・・はい・・・」
 未だ他人行儀な返事に、リノは、またもや眉をひそめたが、思い直したか、くるりと踵を返した。
 「待ってるぜ」
 そう言って、フレアに続き、エレノアの部屋を後にしたリノを、ヨンは呆然と見送る。
 が、
 「さて、ヨン」
 と、エレノアに声を掛けられ、その厳しい声音に、ヨンは表情を引き締めて振り向いた。
 「さっきあんたは、海上騎士団に帰りたいと言ったが、果たしてそれは、叶うと思うかね?」
 「え・・・・・・」
 エレノアの指摘に、ヨンは、言葉を失う。
 「あんたは、ついこないだ、救国の英雄として、一国を奪還する軍を率いた。
 そして、あんたが率いた兵の中には、かつての騎士団仲間だけでなく、上司であり、ラズリルに戻ればガイエン公国海上騎士団の団長を継ぐであろう、カタリナまでいた。
 あんたはどう思うか知らないが、あのお堅い女が、お前を部下として使えると思うかい?」
 「それは・・・・・・」
 「騎士団が軍隊である以上、身分の上下は絶対だ。上司が部下に命令できないような軍隊じゃあ、海賊にだって勝てやしないよ」
 「・・・・・・・・・」
 ヨンは、エレノアの指摘に、反論することもできず、黙り込む。
 と、エレノアは、彼女らしくもなく表情を和らげ、新しい杯に強い酒をなみなみと注いで、彼に渡した。
 「そこで、あんたの軍師から、最後の献策だ」
 エレノアから受け取った杯から立ち上る、きついアルコールの匂いに眉をひそめていたヨンは、彼女の言葉に、はっと目を見開く。
 「国を救ってやったんだ。オベル王は、あんたに褒賞をくれるに決まってるよ・・・―――― たとえば、オベル王国軍の、艦長の地位とか、ね?」
 「・・・・・・エレノアさんっ!」
 喜色に満ちた声に、エレノアは、いたずらっぽく笑った。
 「この船は、釣り船にはちょっとでかいだろうが・・・なに、かまやしないだろう?
 暇な時は、あたしの島でも、訪ねておいで」
 「はい!必ず・・・・・・!」
 ヨンは、最後まで助けてくれた軍師に、深々と一礼すると、くるりと踵を返して、彼女の部屋を飛び出していく。
 その背を見送った彼女は、乾杯するつもりで渡した酒杯が、手付かずで置いていかれたのを見て、苦笑しつつ、その強い酒をあおった。
 「オベル王家の・・・いや、クルデス一家の仲に、乾杯」


 その後、オベル王国を奪還するために集まった者達は、それぞれの場所に戻り、あるいは、それぞれに散って行った。
 激しい海戦が繰り広げられ、クールーク皇国軍の船団が沈んだ海も、今は何事も無かったかのように穏やかだ。
 ヨンは、哨戒艇の船べりに佇んで、青一色の世界を眺めていた。
 と、
 「ヨン!」
 呼びかけられて振り向けば、やや離れた甲板で、フレアが手を振っている。
 「なに?」
 「お父さんが、そろそろ釣り場だから船を泊めろって!」
 「わかった」
 彼女の言葉を、そのまま船員に伝えて、ヨンは、フレアとリノの待つ甲板に駆けて行った。
 「おい!ボートを下ろすぞ!お前ら、手伝え!!」
 リノは、とても一国の王とは思えない気軽さで、ロープに吊るされたボートを海面に下ろそうとする。
 「ヨン!そこの釣り道具一式、船に乗せて!」
 フレアも、一国の王女とは思えない気安さで、父がボートを下ろす手伝いをしていた。
 「フレア、僕が・・・!」
 手を出そうとしたヨンを、しかし、フレアは睨みつけて黙らせる。
 「いいの!お姉ちゃんだって、ボートくらい下ろせるのよ?」
 それと、と、フレアは、『見なさい』と言わんばかり、辺りを示した。
 「誰もいないところでは、ちゃんと『お姉ちゃん』って言いなさい!」
 「・・・・・・はい、お姉ちゃん・・・・・・」
 「よし!」
 満足げに笑って頷くと、フレアは、海面に浮かんだボートめがけて、縄ばしごを放り込む。
 「さぁ!大物狙うわよ!」
 「おぅ!今日の夕飯だ!ヨン、お前、気合入れろよ!!」
 「は・・・じゃない、うん、父さん・・・・・・」
 太い笑みを浮かべて、頷いたリノに、照れたような笑みを返して、ヨンは、哨戒艇から、ボートに乗り移った。
 ・・・・・・その後、決して公には『家族』と名乗れない3人は、小さなボートに仲良く並んで、広い海に、何時間も釣り糸をたれていた。







〜Fin.〜










4万HIT記念にリクを募集したところ、かいんさんより『姉弟なフレアと4様』というお題を頂き、作成しました
4をプレイしたのは1年以上前な上に、PS2が修理センターに行ってしまった為、手元に残ったわずかな資料で作成・・・;(げふ;)
その上、我が家の4様は本当に『ヨン様』なため、シリアスな展開にもかかわらず、笑いそうになっても許してくださいよ;;;>変えるには、あまりにも慣れ親しんだのさ;;
このようなものでも、楽しんでいただけると幸い








 百八題