* 083 追いかけろ! *


* All is fair in love and war. *
〜 16.chase! 〜











 ダックの村からブラス城まで、多くの負傷者を出しながらも、何とか撤退を遂げたゼクセン騎士団とグラスランドの諸氏族軍は、すっかり意気消沈した様子で、城内の各所にそれぞれ固まっている。
 強大なハルモニア軍の前に、なすすべも無く敗退した彼らは、軍と共に誇りまで蹂躙されたかのごとく、沈み込んでいた。
 ―――― 何とかしなければならない・・・だが、どうするべきか・・・・・・。
 クリスは、黙したまま旅装を解き、ゼクセン騎士団の軍服に着替えて、背に流した髪をひと房、手に取った。
 鏡の前に立ち、ひと房ずつきりきりときつく編んでいくにつれ、自身の表情が引き締まっていく。
 戦の前の・・・いや、甲冑を纏う前の儀式とも言うべき行為にしばし没頭し、クリスは手際よく自身の髪を編んで行った。
 ―――― グラスランドと手を組む・・・その決意は、固まっている。
 しかし、いかにして蹂躙された彼らの士気を高め、一時的にでも結束させるか・・・鏡に写った女の顔が、厳しい顔で自身を睨んでいる。
 「共通の・・・強大な敵の存在は結束を強くすることができるだろうか・・・?」
 鏡の中の女に問えば、彼女は、きつく眉を寄せた顔で『無理だ』と語る。
 事実、ゼクセンとグラスランドの間には、強大な共通の敵を上回る、深い憎しみが満ちている。
 「何か・・・何かないのか・・・・・・!」
 焦燥をはらんだ声に呼応するかのように扉がノックされ、彼女の従者がうやうやしく銀色に輝く甲冑を捧げ持ってきた。
 「どうぞ、クリス様」
 焦燥を素早く冷静な表情の下に押し込め、クリスは、久しぶりに銀の甲冑に腕を通した。
 慣れ親しんだ重みと圧力―――― それは、彼女に圧迫感ではなく、むしろ安心感を与える。
 と、
 ―――― 恐れている場合か。
 鏡の中の女に叱咤された。
 ―――― 困難な戦を生き抜いてきた。違うか?
 鎧を纏った女は、各所に陽光を弾き、星を纏ったようだ。
 「・・・そうだ。困難でなかった戦いなどない」
 囁くと、鏡の中で、女も唇に笑みを刷いた。
 「敵は強大な・・・だが、共通の敵だ―――― まとめて見せる!」
 拳を握り、断言すると、鏡の中の女も同じ形に口を動かす。
 自信に満ちた言葉を言うと同時に言い聞かされたクリスは、颯爽と踵を返し、グラスランド諸氏族長との交渉の場へと乗り込んでいった。


 ―――― 敢然と困難事に立ち向かった団長の気を知ってか知らずか、ある意味のんきな事に、ゼクセン騎士団の双璧は暴走していた。
 「待てー!!」
 「待てと言われて待つ馬鹿がいるか!!」
 「やかましいっ!!」
 二人がかりで逃げるナッシュを追いかけ、とうとう城内の武器庫へと追い詰めた。
 「よくも俺達をたばかってくれたな!!」
 長距離の全力疾走に、肩で息をしながらもさすがは騎士、抜き放った剣先はナッシュに向けたまま、こゆるぎもしない。
 「いやだなぁ。俺がいつ、あんた達をたばかったって言うんだい?」
 石造りの壁際に追い詰められながらも、飄々とナッシュが嘯くと、ボルスが怒りに頬を紅潮させて怒鳴った。
 「とぼけるな!!じゃあなぜ逃げたんだ?!」
 「なぜって、抜き身を引っさげた騎士が二人も、血相を変えて追いかけてきたら、逃げるのが人情と言うものでしょうが」
 「やっ・・・やましいところはないと言うのか?!」
 「いやー・・・そう言われると、俺も商売柄、色々と事情があるからねぇ。
 ゼクセンには美人の女神様がたくさんいらっしゃるようだから、これを機に懺悔するのもいいかなぁ、なんてぇー」
 あはははは・・・と、怒れるボルスを暢気オーラでごまかそうとしたナッシュだったが、
 「つまらないごまかしはやめなさい」
 ぴしりと、パーシヴァルに遮られ、未遂に終わった。
 「俺達は、あなたが既婚者だと言うから、サロメ殿の勧めに従ってクリス様と同行することを許したのですよ?」
 パーシヴァルの冷ややかな口調に、ボルスの怒りも再燃する。
 「そうだ!!それが、独身だと?!
 清く正しく美しいクリス様を、キサマのような不道徳な男と同行させたとは・・・!!これが、切り裂かずにいられるかっ!!」
 「清く正しくって・・・タカラジェンヌか、あんたは」
 「話をすり替えないでいただきたい」
 激昂するボルスの隣で、妙に冷ややかに、パーシヴァルが囁く。
 「この場で切り裂くと言う言葉は、脅しではありませんよ?」
 「うーん・・・でも、確かサロメ卿やクリスちゃんからは、俺を殺すなって言われてるんじゃないのかなぁ、君達は?」
 勝手に手を出すと怒られるよー、と、暢気に笑う彼に、しかし、パーシヴァルはにやりと口の端を曲げた。
 「何、後でどうとでも言い訳はできますよ。
 あなたはハルモニアの諜報員・・・我々の監視から逃げたのだと言えば良いのですから。
 「なっ・・・?!」
 「陰険なっ!!」
 意外な言葉に、思わず振り返ったボルスと、予想はしていたのだろう、わざとらしく驚いて見せるナッシュに冷ややかに微笑み、
 「いざ、尋常に答えなさい」
 抜き放った剣の切っ先を、ナッシュに突きつけた。
 「わかった・・・俺も、こんな所で死ぬわけには行かないんでね・・・・・・」
 もろ手を上げ、降参の仕草をしながら、ナッシュが吐息する。
 「―――― ついては、模範解答をくれ」
 「ふざけるな!!」
 「真面目に答えているのに、ふざけるなだなんて失礼な。
 大体俺、君たちより随分と年上なんだけどなー?そーんな口の利き方をするなんて、ゼクセン騎士団の品位が疑われるよー?」
 「キサマに品位を云々言われたくないわっ!!」
 「待て、ボルス」
 激昂した瓜坊の暴走を制して、パーシヴァルが一歩を踏み出す。
 「ナッシュ殿、あなたも、殊更にウチの瓜坊をからかうようなことはやめていただきたい」
 「誰が瓜坊だ!!」
 「うむ、パーシーちゃん。言いえて妙!」
 「お褒めにあずかりまして」
 感心して拍手するナッシュに礼儀正しく一礼し、改めて向き直ったパーシヴァルの顔からは、しかし、笑みが消えていた。
 「では、そろそろ本題に入りましょう。
 答えには真実を。さもないと―――― けしかけますよ?」
 「俺は犬かっ!!」
 淡々とボルスを示すパーシヴァルに、案の定、ボルスが激昂する。
 「・・・君たち、本当に仲良しさんなのかい?」
 「そんなことはどうでもよろしい」
 「そんなことなのか・・・?」
 呆れ顔のナッシュに、更にもう一歩近づき、パーシヴァルは一層声を低めた。
 「それより、あなた、クリス様に手を出してはいないでしょうね?」
 「出していない」
 と、ナッシュは堂々と嘘をつく。
 「・・・本当に?」
 「この目を見なさい。嘘なんかついていないぞっ」
 と、とても真摯なまなざしで嘘をつく。
 この状況下において、予想していた問いに用意していた答えを差し出しただけだ。
 なんの動揺もなく言ってのけた彼に、疑いというものを知らないボルスは早速騙されそうになっていた。
 「で・・・では、あくまで紳士的に接したと言うのだな?!」
 意気込んで確認する彼に、ナッシュは当然のように頷いて見せる。
 「疑うのなら、直接本人に聞いてみることだね―――― クリス様、ちょっとお尋ねしますが、貴女、既婚者だと名乗っていたあの男と不倫しましたか?ってね。
 俺の予想では、問答無用で殴られた挙句、『妙な詮索をする暇があったら仕事しろ』と怒鳴られる、に1000ポッチ」
 途端、サァッと蒼ざめたボルスに、苦笑する。
 「大体ね、既婚者だと名乗っていたのも、そういう事態を避けるためでしょうが。
 サロメ卿にも言ったけど、君たちのように恐ろしい親衛隊のいるクリスに手を出そうだなんて、最初から思ってないってば」
 「・・・真実ですか?」
 冷ややかなパーシヴァルの視線さえも、こゆるぎもせず見返して、ナッシュは頷いた。
 「だから、この目を見なさい。嘘をついているように見えるかい?」
 「見ようによっては」
 「ひねくれているなぁ・・・」
 乾いた笑声を上げながら、ナッシュはこの状況から抜け出す機会をうかがった。
 目の前の若い騎士達は、既に自分の掌の上に乗っている。
 詰問の意志が、段々と殺がれている今、適当にごまかして立ち去るのは可能だろう。
 が、
 ―――― そろそろ、『善意の第三者』が来てくれそうなんだよなぁ。
 ナッシュは、闇雲に逃げてこの場に追い詰められたわけではない。
 ある人物の行動を予測し、必要なだけの時間稼ぎをしてから、この場に逃げ込んだのだ―――― 少々、意地の悪い計画を立てて。
 さりげなく、武器庫から階上に上がる階段を見上げると、彼の予想通り、『善意の第三者』が現れたところだった。
 「どうも、サロメ卿」
 軽く手を上げ、呼び止めると、彼は階段の物陰にいた三人を訝しげに見下ろした。
 「これは・・・珍しい取り合わせですな。何かあったのですか?」
 咎めるように、抜剣した騎士達を見据えたサロメから、二人は気まずげに視線を逸らした。
 「なに、お互いの理解を深めるため、平和的話し合いをしていただけです」
 にこにこと笑いながら、ナッシュはするりと騎士達の造った鋼の壁を抜け、くるりと踵を返す。
 「まぁ、騎士さん達のご心配はわかりますが、俺は今、ハルモニア軍のために働いているわけじゃないんでね。
 当分は逃げやしませんから、安心して戦ってくださいな」
 それじゃ、と、再び踵を返し、武器庫を後にする。
 残された騎士達は、しばらく、気まずい沈黙の中にいたが、
 「・・・理由は問いません」
 怒りを抑えたサロメの声音に、二人は怒鳴られたように肩を震わせた。
 「お二人とも、持ち場に戻るように。今は、戦いに向けて集中してください」
 「はっ・・・」
 深々とこうべを垂れ、踵を返した二人の背を見送ったサロメは、深々と吐息した。
 「年の功・・・というよりは、経験差でしょうね。あの二人もかわいそうに」
 ナッシュの事をよく知る、数少ない人間の一人であるサロメは、まんまとはめられたゼクセン騎士団の双璧に深く同情した。
 「できることなら、黙っていて差し上げたいが・・・」
 名高いゼクセン騎士団の双璧が、私的制裁を加えようとしていたなど、甚だ不名誉な事件だけに、黙殺してはクリスが激怒するに違いない。
 サロメは、もう一つ深く吐息し、できるだけ二人の罪が軽くなるよう言い添えるべく、団長の執務室へと向かった。






〜 to be continued 〜











お題83『追いかけろ!』です。
なんだかもう、ナッシュっていいですよねぇぇぇぇぇぇぇっ!!
もう、書き手にはありがたいくらい、何でもありのキャラクターで、今回はかなりのところ、彼の『設定』に助けられましたー(;▽;)
だって、あの騎士達を掌の上に乗せても、堂々と嘘をついても、ペテンをやっても意地悪しても、全て『だってナッシュだから』で許されるっ!!(そうなのかよ;)
大好きだぞ、ナッシュ!
スランプ書き手の救世主!!








 百八題