| * 084 虚ろな心 * |
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| 4主 | ヨン |
―――― 全てを失った・・・。 敵の砲弾に撃ち抜かれ、船首を海中へ向けた船の甲板に立ったまま、トロイは目の奥まで染まりそうな、青い水面を見つめていた。 初陣から勝ち続け、いつしか、自分でも勝利が当然のことだと思っていた。 クールーク皇国軍における、最高の海将にして、海神の申し子・・・。 彼へ送られた、あまたの賞賛も、今は曙光に追いやられる星影のごとく虚しい。 ―――― もう、何も残っていない・・・・・・ 旗艦を守って敵の砲撃を受けた船は、黒煙を立ち昇らせ、多くの兵士をその裡に孕んだまま、水底へと舵をとった。 海は、味方の船を満足げに呑みこみながら、今なお、旗艦の船べりにその貪欲な手を掛けようとしている。 「将軍!!」 「トロイ様、逃げてください!!」 悲鳴じみた部下達の声を、しかし、彼は無視した。 要塞を落とされ、全ての艦を失った上に、敵将との一騎打ちにも敗れた・・・。 この上はせめて、生き恥だけはさらすまい。 徐々に水面へと沈みゆく船に立ち、彼は、決然と目を上げた。 その視線の先では、彼と彼の艦隊を破った青年が、もの言いたげに彼を見つめている。 彼の表情に、トロイはふと、眉をひそめた。 ―――― どこかで見た顔だ。 そう遠くはない過去、やはり海上で・・・・・・! 途端、鮮やかに記憶が蘇り、トロイは知らず、笑みをこぼした。 身分を偽り、コルトンと共に、密かにガイエン公国の領海を航行した際、トロイの船に救助を求めた少年・・・。 「あの時の・・・・・・」 とるに足らぬ子供だと、見逃してやった少年が、まさか自分を破滅させることになろうとは・・・! あの夜とは逆に、彼に見下ろされる自身を思い、トロイは笑みを深めた。 「馬鹿野郎、死に急ぎやがって!!」 少年の隣で、オベル王が叫ぶ。 が、トロイは彼の言葉に眉一つ動かさず、じっと少年を見つめ続けた。 ―――― 見ているがいい・・・。 トロイの将軍としての、そして、艦長としての覚悟を、その最期の姿を、彼を倒した者が看取る。 ―――― 海に生きる者は、最期には海に還るのだと、その胸に刻むのだ。 陽光を弾き、白銀に煌く水が、既にその膝にまで迫っていたが、トロイは、脱出を促す声を頑なに退けた。 と、 「トロイ殿・・・降伏してください!!」 敵艦から、彼の部下達以上に切羽詰った声が降り注ぎ、彼は、逆光に縁取られた暗い顔に視線を移す。 敵艦にある者には似合わぬ、気遣わしげな若い声には、どこか聞き覚えがあった。 トロイはその声の主を確かめようと目を細め、ふ、と、苦笑を浮かべた。 「・・・ヘルムート」 彼の補佐役であったコルトンの息子で、クールーク皇国軍の俊英であった男・・・。 敵軍に降伏したとは聞いていたが、まさか、このような場所で再会する事になるとは・・・。 「私は、降伏はしない」 静かに宣言すると、彼は、陰の落ちた顔に、苦渋の表情を浮かべる。 「誤解するな。私は君を、蔑んでいるわけでない」 むしろあの時、勝敗よりも部下の命を優先した彼の選択には感心したのだ。 そう言うと、彼は激しくかぶりを振った。 「お願いです、トロイ殿! あなたはクールーク皇国にとって、まだ必要な人間なのです・・・! そのあなたが、船と共に消えたと聞けば、父は・・・コルトンはどう思うでしょう?! 父こそ、長く皇国に仕え、長く船と共にあったのに、父は捕虜になりながらも生きました。 そして私が・・・私は父の命を惜しむあまり、父から死に場所を奪ってしまったのです・・・! お願いです、トロイ殿・・・! ここであなたが死んでしまっては、父も生きてはいられません・・・!」 敵艦上にいながら、必死にトロイへ生きろと叫ぶヘルムートに、しかし、トロイは無言で視線を逸らした。 ―――― 私がこのまま海に消えれば、コルトンには、私が彼を、責めているように映るのだろうか・・・。 ヘルムートは、父のために、トロイの命を惜しむのか、それとも、トロイの死後、クールークが彼を英雄に祭り上げ、彼ら親子を裏切り者として糾弾することを恐れているのか・・・。 ―――― 彼らを救うことができるのは、私だけ・・・。 その事に気づきながら、しかし、トロイは自身を飲み込もうとする渦に視線を落としたまま、動こうとはしなかった。 ―――― 私の死は、周りを見ず、己の価値も返り見ず、ただヒロイズムに陶酔しているだけなのかもしれない・・・。 人は、彼の才能と若さを惜しむことだろう。 彼であれば、ここで一度退かざるを得なくとも、何度でも再戦はできたはずだと。 彼に勝利を与え続けた神は、真に命尽きるまで戦えと、未だに彼の背を押している・・・しかし、彼の勝利によって、クールーク皇国が得たものはなんだったのだろう? 他国を蹂躙し尽くし、強大な力を求め、勝利を重ねて得たものは、広大な廃墟と深い怨恨だ。 ―――― 私は、負けたくなかった・・・しかし、勝ってはいけなかったのだ・・・・・・。 自身が作り出した廃墟に立つ虚しさを、きっと、あの少年は知らない。 ―――― 私は、英雄ではない・・・海神は、海を穢した者を罰しこそすれ、愛したりはしない・・・・・・が、受け容れてはくれるらしい。 とうとう、彼の全身を包み込んだ渦に身を任せ、トロイは、運命を共にした船の残骸と共に、蒼い水底へと落ちていった。 視界だけでなく、胸の奥までも蒼く染める海に抱かれ、満たされて、彼はゆっくりと微笑みを浮かべた。 〜Fin.〜 |
| お題84『虚ろな心』です。 幻水4は、二作目もテンション低っ↓;; 思いっきりお馬鹿な能天気幻水4も書きたいとは思いますが、ネタが浮かばなくてさー(・▽・;) ちなみに、ヘルムートは旗艦には乗ってません(ってか、乗れない?)ので、こんな展開はあり得ない訳ですが、そこんところは捏造ってコトで一つ。(捏造を前提にするな、馬鹿;;) ラスト、『胸の奥まで満たされて』って、そりゃ単なる水死だろ、とか、突っ込まないように。>先に突っ込んだから(笑) |
百八題