| * 085 約 束 * |
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| 4主 | ヨン |
闇の中、ぱしゃん・・・と、水面を弾く音に、ヨンは目を覚ました。
途端、大きな音でもなかったのに、過敏に反応した自身を訝しく思った。
船の揺れに、安眠できなかったわけではない。
群島諸国に名を馳せるガイエン公国海上騎士団の訓練生として、何年も前から船に乗り続けていた彼だ。
嵐の中を、木の葉のように翻弄される小さな船で渡ったことも一再ではない。
その彼が、これほどに大きな船の、大して揺れもしない船の中で眠れないわけがない。
むしろ、揺りかごに揺られているような、心地よい揺らぎに眠りも深くなりそうなものだが・・・・・・。
そんなことを、暗い天井を見上げながら考えていると、厚い木の壁を通して、澄んだ声が漏れ聞こえた。
それは、夢見心地のまま、引き寄せられそうな人魚達の歌声・・・。
では先程の水音は、彼女達の誰かが、甲板から海へ飛び込んだ音だったのかと、ヨンはようやく納得した。
邪まな人間達に捕らわれることを恐れる彼女達は、昼の間は船底に隠れたまま、決して海に出ようとはしない。
が、夜の海となれば、有利なのは彼女たちの方だ。
散り散りになった姉妹が全員揃ったことを喜んでか、歌声はそれまでの悲しげなものではなく、とても楽しげなものだった。
歌で会話する彼女達の声を聞いているうち、目が冴えてしまったヨンは、再び眠りに就くことを諦め、ベッドの上に起き上がった。
部屋を出ると、すぐ隣に後部甲板へ続く階段がある。
外と内とを隔てる扉を開けると、冴え冴えとした夜風と共に、人魚達の歌声が、より鮮明に彼を包んだ。
「ヨン!」
甲板に出た彼を、船べりに腰掛けていたリーリンが見止め、ちぎれんばかりに手を振る。
「私達に会いに来たのか?」
にこにこと、今までになく明るい笑顔を向けてくる少女に、ヨンもつられて笑みを浮かべた。
「うん・・・君達の歌を聞かせてくれる?」
「歌?」
ヨンの言葉に、不思議そうに首を傾げたリーリンに、彼は苦笑する。
「君達はおしゃべりしてくれるだけでいいよ。それだけで、僕には歌声に聞こえるから」
そう言うと、リーリンはきれいな声を上げて笑い、水面に漂う姉妹たちに話しかけた。
5つの美しい声が、それぞれに笑声を上げ、極上のハーモニーが波間を漂う。
その声に、ヨンはしばらくの間、うっとりと耳を傾けた。
明日になればこの船は、新たなる戦場へ向かう。
今まで続いた幸運が、明日にはついえ、この身は海の藻屑と消えるかもしれない―――― それがわかっていても、彼女達の楽しげな笑声を聞いていると、穏やかな気持ちになっていった。
「ヨン?寝てしまったのか?」
前髪にリーリンの呼気を感じて、ヨンはゆっくりと目を開け、首を振った。
「なんでもない。
ただ、ちょっと考えてたんだ・・・君達の仲間になれるんだったら、明日海に沈んでもいいなって」
そう言うと、ヨンの傍らに跪き、彼を見上げていたリーリンが、悲しげに眉を寄せる。
「人間は人魚にはなれない。人間は、海に沈むと死んでしまう」
「え・・・?」
まさか、大真面目に受け取られるとは思わなかったので、ヨンはリーリンの答えに目を丸くした。
「死んではいけないよ、ヨン。ヨンが死ぬと、リーリン会えなくなる。かなしい」
つたない言葉で、必死に思いをつづろうとするリーリンに、ヨンは笑みを深める。
「うん、死なないように気をつける」
「ほんとうか?」
蒼い目をいっぱいに見開いて、じっと彼の目を覗き込む人魚に嘘はつけない。
「絶対に」
微笑みながら言うと、ようやく、彼女は安心したように吐息した。
「やくそくだ」
輝くような笑みを浮かべて、リーリンが差し出した細い小指に、ヨンは自身の指を絡めた。
「うん、約束」
あれが、人間の友であったならば――――
後に述懐する度、ヨンは苦い笑みを浮かべた。
あの夜・・・彼が話した相手が、人間であったならば、あの時の彼の言葉を、戦いの前になって気弱になっているのか、と、大げさに笑い飛ばしたことだろう・・・自身の不安を拭うためにも。
最後に話したのが彼女でなければ、きっと彼は、海の藻屑と消えていた。
彼女が、真剣な顔で止めてくれたから・・・。
『絶対に生きて帰る』と約束したから、彼は諦めなかった。
『罰の紋章』の中で見た最後の幻は、とても優しく、暖かくて、それまでに見た多くの幻よりも深く心動かされた。
そのまま、幻の中に留まっていたいほどに・・・。
だが、その暖かさに引き寄せられそうになった時、指先に、彼女の冷たい指の感触が蘇った。
海の水に濡れ、夜風に冷えきった指先の感触が。
現実へと引き戻された瞬間、彼の目に写ったのは、深い深い青――――。
難破した船から生じた渦に引かれ、海の奥底へと沈んでゆく身体に、白い腕が絡んだ。
―――― やくそくだよ・・・。
笑みの形に細められた目は、海よりも尚、青い・・・。
彼が頷くと、細い腕は意外な力強さで水を掻き、彼を渦の外へと運んだ。
そして、難破した船の残骸が浮かぶ水面まで一気に浮かび上がると、流れてきた小船に彼を押し上げたのだ。
「リーリン・・・」
浅い船底に頬を押し付けたまま名を呼ぶと、彼女は微笑み、ゆうらりと小船の周りを泳いだ。
「もう、だいじょうぶだね?また会えるね、ヨン?」
「あぁ・・・ありがとう・・・・・・」
眠りに落ちる前のような緩慢な声に、リーリンはちらりと不安をのぞかせたが、ヨンの手が、しっかりと船べりにしがみついている様を見て、やや安堵したようだった。
「また会おうね、ヨン?やくそくだよ?」
「うん・・・約束・・・・・・」
最後にそう呟き、眠りに落ちた彼を、リーリンはしばらく、気遣わしげに見守っていたが、やがて、彼を探す船がこちらに向かってくる様を見止め、嬉しげに微笑むと、再び水底へと帰っていった・・・。
ぱしゃん・・・と、水面を弾く音に、ヨンは重いまぶたを開いた。
顔を上げれば、透き通った青空が、円い水平線と交じり合っている。
その狭間に、一艘の船が浮かんでいた。
彼の名を呼ぶ声が、潮風に乗ってやってくる。
ヨンは小さな船の上に立ち上がると、大きく手を振った。
*END*
お題85『約束』です。
2005年最初の幻水作品は、幻水4のヨン(笑うがいいさ・・・)とリーリンでしたv
ようやく書きましたね、4!
お話を書くに当たって、4主の名前変えようかと思ったのですが。『ヨン』以上にふさわしい名前を思いつかなかったのです・・・!ノ(=゛=;)←悩ましげ。
あのキャラで、ラインハルトとかジークフリードとかウォルフガングとか使いたくないしなー(^^;)>なんで帝国だ;;;
ユリアンもイメージ的にいまいちだったので、このままヨンで行こうと思います。
皆様、うちのヨン様をよろしく(笑)←くれははペ・ヨンジュンのファンではありません。hydeファンです。
百八題