| * 008 昔話 * | |
| 炎の英雄 | アル・アーディル |
―――― たまには 昔の 話を しよう・・・
そんな歌があったな、と、ぼんやり思いながら、ゲドはゆっくりと飲み乾した酒杯をテーブルに戻した。
彼が、ビュッデヒュッケ城で使っている、船内の一室である。
彼が率いるハルモニア軍南部辺境警備隊、第十二小隊の仲間が飲み散らかした酒瓶の転がるそこには、今、彼の他に二人の客人がいた。
昔の話を、懐かしく語れるのは、その頃が余程幸せだったか、辛くても、笑い飛ばせるほど過去の事になったかだ。
今、二人がゲドにねだっているのは、そのどちらでもない。
単に、時が彼の傍らを過ぎたというだけの、未だに生々しい記憶を語るのは正直、気が進まないが、彼の対面に陣取る彼ら・・・炎の英雄の意志と紋章を継いだヒューゴと、ワイアットの娘であり、水の紋章を継いだクリスにねだられては、無下に断るわけにも行かなかった。
二人には、炎の英雄と、彼を支えたワイアットの話を聞く権利がある。
そしてゲドには、唯一生き残った者として、それを語る義務があった。
「・・・楽しい話ではないぞ」
そう、前置きしているにも関わらず、普段は決して互いの領域に近づこうとはしない二人が、席を並べて真摯な目を向けてくる。
「・・・あれはもう、50年以上昔の話だ」
深く吐息した後、ゲドは語りだした。
アル・アーディルと言う男は、不思議な雰囲気を持つ男だった。
それは、ゲドとワイアット、全くタイプの違う二人を親友とし、その信頼を得ていたことでもわかるだろう。
・・・だが、彼ほど無茶な人間を、ゲドは他に知らない。
ハルモニアのグラスランド支配に対抗する手段として、『一つの神殿』に真の紋章を盗みに行こう!などと言い出した時には、さすがに狂ったかと思ったほどだ。
だが、彼はにやりと笑い、勝算があることを語ったのだ。
「どんな?!どうやって、炎の英雄は真の紋章を盗んだの?!」
ヒューゴが身を乗り出し、興味津々と聞いてくる。
クリスも、黙ってはいるが、瞳がきらきらと輝いて、話の続きを促していた。
「・・・ペテンだ」
ゲドは憮然と、呟いた。
正面から行って、紋章を奪えるはずはない。
ハルモニアの神殿は、そんなに警戒の甘い場所ではないのだ。
だが、世界一の軍事大国である半面、ハルモニアの首都、クリスタル・バレーは、世界各地から学者や学生の集まる学術都市でもある。
アル・アーディルはその性質を利用したのだ。
彼と、仲間の中から幾人かが、学生や学者としてクリスタル・バレーにもぐりこみ、何年もかけて、神殿の詳細な情報を集めて行ったのである。
その中心となったのはワイアットだった。
無骨な外見に似合わず、情報収集や情報操作に精通していた彼は、そこで更に腕を磨き、本来ならば神官しか入れないはずの神殿内部の構造まで調べ上げたのだ。
「・・・すごい。
情報収集は、何より大事で、難しい仕事だ。それを父は、完璧にこなしたのですね」
誇らしげな表情を隠すこともできず、クリスが呟く。
「それは既に、ペテンではありません。策略と言うべきものです」
「いいや。ペテンだ」
クリスの言葉を一刀両断にして、ゲドは続けた。
神殿内部の構造が、徐々に明らかになった頃、『一つの神殿』に集まる学生たちの間で、奇妙な遊びが流行りはじめた。
夜中に神殿へ入り込み、昼のうちに隠してあった物―――― それは名前の入ったペンであったり、土産用の安価な像であったり、落書き用のノートだったりするのだが―――― を取って戻ってくる、という遊び、いわゆる肝だめしだ。
『一つの神殿』はとても広大で、夜になれば怪談には事欠かないスポットが各所にあったし、何より、衛兵の目を掠めて忍び込み、指定の物を取って戻ってくる、という遊びは、スリルに飢えた若者たちの間で爆発的に広まった。
神殿関係者たちは当初、苦虫を噛み潰しつつ、対応に当たったものだが、野焼きのように広まり、いつまでも鎮火する様子のない遊びに、次第に真面目に相手にする気力が失せて行った。
所詮、中枢部までは入って来れない、という油断もあっただろう。
その隙を狙って、アル・アーディルは真の紋章を掠め取ったのである。
「・・・詐欺だ」
「ふむ、見事だな」
ヒューゴとクリスは、全く違う意見を同時に述べた。
「・・・なんで見事なんだよ、クリスさん?」
未だ、隔意を持つクリスに話し掛けたくはないだろうが、自身の疑問を晴らすためか、ヒューゴが低く尋ねる。
それに対しクリスは、やや時間を置いてから答えた。
「先程も言ったが、情報収集と情報操作は、最も大事で、最も難しい仕事だ。
味方だけでなく、敵をも傷つけることなく目的の物を盗み取る―――― それは確かに、個人的に行えば犯罪だが、戦争では最も賞賛されるべきやり方だ。
剣を打ち合うだけが、戦ではないからな」
殊更、一般論を述べるクリスに、ヒューゴは憮然と黙り込んだ。
紋章を掠め取ったものの、それをどうやってハルモニアの外へ持ち出すかは、また別の問題だった。
一番手っ取り早いのは、紋章を身に宿してしまうことだろう。
だが、それはワイアットから止められた。
『一つの神殿』に収められていた、真の紋章にまつわる数々の記録には、紋章を宿す時、常人にはわからずとも、高位の神官や魔法使いには、はっきりとわかる波動が現れると記してあったのだ。
紋章を宿した途端、ハルモニアの神官によって奪取されたのでは、今までの苦労が水の泡だ。
だが、このまますぐにクリスタル・バレーを去ったのでは、自身らが奪ったと宣伝しているようなものである。
彼と仲間たちは、そ知らぬ顔でクリスタル・バレーに滞在しつづけ、紋章の捜索隊が、周辺諸国に散った頃を見計らって、堂々とハルモニアを出たのだった。
「その間、真の紋章はアル・アーディル一人の手にあったのではなく、封印球ごと様々な物の中に隠されて、仲間たちの間を転々としていた」
「・・・あの封印球が隠せる物と言えば、ちょっとした大きさですね」
自身が得た真なる水の紋章を奪われた時、紋章を封印したのは、一抱えはある透明な封印球だった。
そう述懐するクリスに、ゲドは憮然と頷いた。
「ある時は枕の中。ある時は洗濯籠の奥底。だが、一番多用されたのは、サナお気に入りのクマのぬいぐるみだった・・・」
「ぬい・・・・・・」
さすがに呆れ顔の二人に、ゲドも深く吐息する。
「まさか、クマのぬいぐるみの腹に、真の紋章が収まっているなどとは誰も思わなかった。
そのうえ、あどけない顔をした少女が、真の紋章を隠し持っているとも思わなかったのだろうな。
サナは堂々と、トランクの上にリボンで飾り立てたクマを乗せて、一足先にチシャの村へ戻った」
「・・・・・・・・・・・・」
クリスとヒューゴは黙り込んだ。
偉大な英雄の伴侶だったと言う老女の顔を思い浮かべて、彼女ならやれるかも、と、妙に感心したせいでもある。
「しかしまぁ・・・。
グラスランドに戻るや、アル・アーディルは真なる火の紋章を宿し、その力を使ってハルモニア軍に対抗したのだからな。我々の居場所は、間もなくハルモニアの知るところとなった」
グラスランド支配に乗り出したハルモニアへの抵抗勢力は、意外なほど早く結集した。
元々、グラスランドの代表的な6つの部族、シックス・クランは、武力で自身らを守って来た者達だ。
ハルモニアの侵攻に対し、徹底抗戦することに躊躇はなかった。
「・・・後のことは、お前達ももう、幾人かの口から聞いただろう。
ハルモニアの軍は強大で、シックス・クランは徐々に守勢に追いやられた。
そして、完全に逃げ道を塞がれた時、ハルモニア軍とグラスランドを焼き尽くす、あの悲劇が起こった」
「・・・火の紋章の・・・暴走・・・・・・」
それは凄まじい惨劇だったと、ヒューゴもクリスも、幾人もの口から聞いたものだ。
「それをきっかけに、ハルモニアは撤退を余儀なくされ、我々は50年の不可侵条約を得た。
アル・アーディルは自ら紋章を封じ、人として死んだ。それだけだ」
淡々と語り終えたゲドに、対面に座る二人は声もない。
50年前の出来事を、未だ生々しく記憶する男の話は、多くの人々の口の端にのぼった『昔話』とは違う重みと深みを持って、若い二人にのしかかってくるようだった。
「・・・・・・他に何か、聞きたいことでもあるのか?」
微動だにしない二人への、冷ややかな問いは、それ以上の質問を拒んでいる。
ヒューゴとクリスは、礼を言って席を立った。
「・・・ありがとうございました、ゲド殿。よろしければまた、父の話など聞かせてください」
丁寧に礼を言って、部屋を出たクリスの背を無言で見送った視線はそのまま、ゲドは閉ざされたドアを見つめる。
「・・・父の話・・・か・・・・・・」
呟いて、ゲドは空になった酒杯に手酌でワインを注いだ。
「・・・言えるものか」
苦笑を浮かべ、ゲドは酒杯を口元に運ぶ。
ハルモニア軍と、グラスランドを焼いた業火・・・・・・。
その原因が、炎の運び手の幹部であり、ゼクセンの英雄でもあったワイアット・ライトフェローと、炎の英雄であったアル・アーディルが、風の行方も考えず、真火の紋章を使ってキャンプファイヤーをしようとしたためだったなんて。
50年間、その不名誉な事実を伏せてきた男は、これからもその沈黙を守り通すことだろう。
〜 End 〜
お題8『昔話』でしたー。
ネタは、一度『魔法使いの弟子』の中に出てきたゲドの苦労話ですね;
使い回しちゃってごめんなさい;;;
そしてこれは、思いっきり捏造ですから、信じちゃ嫌ですよ(^^;)
最初の、『たまには〜♪』は、『紅の豚』の主題歌ですが、なんて題名でしたかね?;
百八題