* 094 魔法使いの弟子 *










 「あっ・・・!!」
 目測を大きく外した炎は、敵よりもむしろ味方を焼き尽くし、気がつけばクリスの周りには、戦闘不能になった同朋達がごろごろと転がっていた。
 「ご・・・ごめんっ!!手違いで・・・・・・っ!!」
 「手違いで済んだら消防署は要らないわねぇ」
 ふぅ、と、紅い唇から吐息を漏らす魔女の言葉に、クリスは顔を真っ赤にして俯いた。
 「悪い事言わないから、今からでも真火の紋章と真水の紋章を交換した方がいいわよ」
 「そっ・・・そんなこと・・・できるわけが・・・・・・!」
 泣きそうな顔で抗弁するクリスに、火魔法の達人である魔女は艶やかに笑う。
 「じゃあ、せめて火魔法は使わないでくれる?被害甚大だから」
 言いつつ、彼女はしなやかに手を振り、あっさりと発した炎で敵を焼き尽くしてしまった。
 「・・・・・・エステラ・・・さん・・・・・・!!」
 なぁに、と、振り向いた魔女に、クリスは取り縋る。
 「私、がんばります!!弟子にしてください!!」
 「あら・・・・・・」
 クリスの言葉に、エステラは一瞬、目を見張ったが、すぐに艶やかな笑みを浮かべて頷いた。
 「いいわよ。せめて真なる火の紋章は、使いこなせるようにならないとね」
 「よろしくお願いします!!」
 深々と頭を下げた瞬間、クリスの不幸は確定した。


 「・・・・・・あのさ、クリスって今、何してるんだい?」
 いかにも不審げに眉をひそめたナッシュに呼び止められたボルスは、不快さを隠す努力もなしに言い放った。
 「火魔法の特訓をしておられる!」
 「・・・・・・あれで?」
 ビュッデヒュッケ城二階の、崩れ落ちた壁から外を見下ろすナッシュの声が、あまりにも訝しげだったので、ボルスもつい興味を惹かれ、ナッシュの指差す方を見遣った。
 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
 声を失うとはこのことだ。
 クリスは今、エステラの弟子であるロディとおそろいのホウキを持って、一所懸命薪を集めている。
 いや別に、それだけならいいのだ。
 師匠の命令なら、薪拾いも弟子の仕事のうちだろう。
 だがしかし、薪拾いをするのになぜ、露出度の高い服を着る必要がある?
 一部の隙もない、鎧姿を見慣れているボルスは、耳まで真っ赤になりながら、それでも視線を外す事ができずにいた。
 「うーん・・・・・・おじさんには、目の保養なんだけどねぇ・・・・・・」
 ボルスには刺激が強すぎたか、と、苦笑するナッシュの声も聞こえないようだ。
 「どうしたんですか?」
 普段、犬猿の仲(ボルスの一方的な敵視という説が有力だが)の二人が並んで外を見ている、異常な様に、執務室から出てきたパーシヴァルも興味を引かれて二人の傍らから外を見遣った。
 「・・・・・・・・・ほほぅ。中々刺激的ですね」
 顎に手を当て、細めた目に映ったクリスの服装は、例えれば中東の踊子といったところか。
 胸元はセパレーツの上にレースのボレロを羽織っているだけ。見事に引き締まった腹部を晒し、すらりと伸びた脚が、巻きスカートに深く入ったスリットの間から覗いている。
 「普段見慣れてないと、新鮮だよねぇ」
 「みっ!!見るな!!これ以上、見てはいかんっ!!」
 ナッシュの言葉に我に返ったらしいボルスが、声を裏返して絶叫する。
 「きっ・・・緊急配備!!クリス様のお姿を人目から隠すんだ!!」
 ほとんど泣きながら猛ダッシュで階段を駆け下りるボルスを見送って、ナッシュはパーシヴァルに苦笑を向けた。
 「いやぁ・・・若いねぇ」
 「それよりもあれ、絶対騙されていますよね?」
 クリスを指し示すパーシヴァルに、ナッシュは笑みを深める。
 「クリスは真面目だからね。お師匠さんの、格好の餌食ってやつじゃないか?」
 「・・・・・・・・・・・・少々、釘を差して来ます」
 にっこりと、邪悪に微笑んで、パーシヴァルが踵を返した。
 「あはははは・・・・・・。敵は手ごわいよ」
 陽気に手を振りつつ、見送るナッシュに、振り返ったパーシヴァルの微笑が冷たい。
 「貴方も・・・・・・いつまでもそこにいると、命の保証はありませんよ」
 とっとと去れ、と、恐ろしい目が語っている。
 「うん。怖いお兄さん達が押し寄せる前には退散するよ」
 ご忠告ありがとう、と、さらりとかわしたナッシュに鋭い一瞥を投げ、パーシヴァルも階下へと姿を消した。
 「ホントに、ゼクセン騎士は面白い奴ばっかだねぇ」
 クスクスと笑いながら、ナッシュは性懲りもなく外で働くクリスの姿を目で追った。


 「これだけ集まれば、キャンプファイヤーに困らないぞっ!」
 「はいっ!がんばりましたねっ!!」
 真面目な魔法使いの弟子たちは、重労働の後の尊い汗を拭いながら、爽やかに笑いあった。
 彼らの前には、薪が小山のようにうずたかく積まれている。
 「キャンプファイヤーの炎が大きければ大きいほど、火魔法のスキルが上がるそうです!!」
 「なるほど、さすがエステラさ・・・いや、お師匠様だ!物の道理をよくご存知であられる!!」
 「はいっ!なんたって、お師匠様は世界一の魔法使いなんですからっ!」
 疑いを知らない目をきらきらと輝かせ、弟子たちは手を取り合った。
 「今日の修行、がんばりましょうね、クリスさん!」
 「丑三つ時に、城門前で一気に燃え上がらせるのだな!がんばろう、ロディ!!」
 なんで騙されていることに気づかないのだろうか、という常識は、この純粋な二人には通じない。
 いや、むしろ、この二人の純粋さを前にしては、自分がいつしか、汚れた大人になっていたのだな、と自覚させられて怖い。
 遠巻きに二人を見守りつつ、ゼクセン騎士達はそっと涙するしかなかった。
 「ところでロディ?お師匠様のご命令どおり、このような服を着てはいるが、一体何の役に立つのだろう?知っているか?」
 やはりあの魔女に言い含められたのか!と、その時、騎士達は一様に拳を握り締めたという。
 しかし、
 「お師匠様のおっしゃるところによりますと、クリスさんは丹田に力を集めやすい星回りに生まれてらっしゃるそうですから、お腹を解放して、気を巡りやすくするんだそうです!」
 お師匠様のように!と、何の疑いもなく断言するロディに、再び涙する―――― おかげで、めったに拝見できない団長の艶姿を拝見できたことだし、まぁいいか、と思ってしまうのは、悲しい男の性か。
 ともあれ、団長を城内の人々の視線から守る使命を帯びた騎士達は、楽しげに笑いあいながら移動を始めた二人を追いつつ、シークレットサービスも舌を巻く機動力で、直径100m以内に入り込もうとする人々を排除していったのだった。


 夜。
 それも丑三つ時。
 寝静まった城の、崩れた壁の隙間から、締りの悪い窓の狭間から、爆音と共にすさまじい光が差し込み、一部の夜行性の人々を除いた住人たちを飛び上がらせた。
 「ななななななななな・・・・・・っ!!!何事ですかっ??!!」
 真っ先に飛び起きた小心な城主が、顔色を変えて窓を開け放つと、その眼前に天をも焦がさんばかりの炎が立ち上がっていた。
 「かかかかかかかかっっ!!火事です、トーマス様!!!」
 突然昼になったかのような光の中で、取るものも取り敢えず駆けつけたらしいパジャマ姿のセシルが絶叫する。
 「早く!!早く消火しましょう!!」
 「う・・・うんっ!!」
 機敏な少女に引っ張られ、よろめきつつ部屋の外に駆け出した城主は、既に城内が大混乱に陥っている様を見て腰を抜かした。
 「トーマス様っ!!何をやってるんですか!しっかりして!」
 セシルに叱咤され、ようやく立ち上がりはしたものの、駆け出すことができない。
 呆然と立ち竦んでいる彼に、飄々とした声がかかった。
 「よぉ。大丈夫かい、城主さん?」
 「ずいぶん派手にやっとるもんじゃのぉ!」
 どうやら酒場で夜を過ごしていたらしい、傭兵の二人が、楽しそうに笑っている。
 「あ・・・あれ・・・あれ・・・・・・!」
 巨大な炎に照らされた城内で、右往左往する人の群れを指差しつつ、言葉を継げないでいる城主の背を、二人は容赦なく打ち据えた。
 「なんだ!キャンプファイヤーをしらねぇのかよ!!」
 「全く最近の少年はっ!キャンプにも行った事がないのかっ!!」
 キャンプファイヤーというには、常識を逸脱しすぎていませんか?
 できることならそう言ってやりたかったのだが、二人に力いっぱい背をはたかれたせいでむせてしまい、言葉など何も出てこない。
 「エース。ジョーカー」
 そんな少年を救うように、冷静な声が傭兵たちを呼び止め、右往左往する人々の群れを指し示す。
 「ヒューゴを探せ」
 短い命令に、二人はあからさまに口を尖らせた。
 「火を消しちまうんですかぁ?!そりゃないでしょ、大将!」
 「そうじゃそうじゃ!キャンプファイヤーの火を消すのは、マイムマイムを踊り狂ってからじゃ!!」
 「・・・・・・・・・・・・・・・」
 徹底抗議の連携は、無言の圧力にあっさりと屈した。
 「ぼうず探してきマース・・・・・・」
 「ワシもー・・・・・・」
 すごすごと阿鼻叫喚の群れへと入っていた二人の背を見送り、トーマスは上目遣いでゲドを見上げた。
 「あの・・・ありがとうございます」
 「いや・・・・・・」
 そう呟いたゲドの口元には、珍しく苦笑らしきものが浮かんでいる。
 「あの・・・・・・?」
 どうしたのかと、言外に問うトーマスに、ゲドは軽く首を振った。
 「いや、さすがに奴の娘で、奴の後継者だと思ってな―――― やることが、全く同じだ」
 「はぁ・・・・・・?」
 首を傾げるトーマスに、ゲドはそれ以上、答えを与えるつもりはない。
 ―――― 言えるものか。
 炎の運び手の幹部であり、ゼクセンの英雄でもあったワイアット・ライトフェローと、炎の英雄であったアル・アーディルが、真火の紋章を使ってキャンプファイヤーをしようとしたために、ハルモニアの軍を全滅させただなんて。
 50年間、その不名誉な事実を伏せてきた男は、これからもその沈黙を守り通すことだろう。


 「あちゃー・・・やりすぎたかな?」
 「そうですね・・・・・・」
 気まずそうに頭を掻くクリスに、ロディも呆然と唱和した。
 既に炎は、ビュッデヒュッケ城の最上階すら上回る高さにまで達している。
 「やっぱり・・・ちゃんとマッチを使うべきでしたね・・・・・・」
 「うん・・・ごめん・・・・・・」
 両手を組み、炎を見上げながら、クリスは頷いた。
 集めた薪があまりにも大量で、油をかけても中々火が回らなかったため、苛立ったクリスが真火の紋章を用いた為の惨状である。
 あまりの高熱に、薪は火の粉を飛ばす間もなく焼失した。
 「ヒューゴ・・・呼んでこなきゃ・・・・・・」
 真水の紋章を継承した少年に望みを託しながらも、クリスは中々その場を動こうとしない。
 「クリスさん?」
 ロディが訝しげに首を傾げたが、クリスには聞えなかったようだ。
 「・・・・・・せっかくだから、マイムマイム大会とか、できないかな」
 一方的に説教されたくはないなぁと、その表情が語っていた。


 結局、あの状況下にあってさえ熟睡していたヒューゴが叩き起こされたのだが、寝ぼけ眼のまま放たれた真水の紋章の力が、更に被害を拡大させてしまった。
 クリスは、サロメやアップル、族長たちにこっぴどく叱られ、エステラからも破門されて、命じられた罰掃除を黙々と行っていた。
 「あれれ?クリスちゃん、もう、あの服着ないんだ?」
 笑みを含んだ声にからかわれ、クリスは憮然とした顔を更にしかめて、声の主を睨んだ。
 「今、忙しいんだ。手伝わないならあっちへ行け」
 「おやおや。いいのかなぁ〜そんなこと言っちゃって?」
 せっかくいいものを持ってきてあげたのに、と、笑うナッシュを、クリスは更に睨みつける。
 「私はものすごく機嫌が悪いんだ。邪魔するなら無理にでも追い払うぞ」
 言いつつ、大上段にホウキを構えるクリスの眼前に、ナッシュの手が差し出された。
 「火魔法スキルリング〜♪」
 某猫型ロボットを模した声が、これほど魅力的に聞こえたことはない。
 「・・・・・・・・・譲ってくれっ!」
 ホウキを投げ捨て、懇願するクリスの手に、ナッシュは笑いながら火魔法のスキルを上げる指輪を乗せてやった。
 「修行もいいけど、やり過ぎないようにね」
 「・・・・・・・・・さすがに懲りた」
 ぷぅ、と頬を膨らませるクリスに、再びナッシュの笑声が上がった。


 後に、この事件は『恐怖のキャンプファイヤー事件』として、新聞紙上を賑わせ、ビュッデヒュッケ城に拠った人々の心に大なり小なり影響を与えずにはいられなかった。
 ゼクセン騎士団は、その総力をあげて『火魔法スキルリング』の買占めに乗り出し、戦が終わるまでの間、ビュッデヒュッケ城の交易所は普段扱わないはずのそれによって多大な利益を得たという。






* END *













『魔法使いの弟子』をお送りします(笑)
クリスを炎の英雄にしたものの、あまりの使えなさにむしろ笑いが出ます(笑)
白鳳の紋章で十分勝てますから、いいですけどね・・・(苦笑)

このネタは、エステラ&クリスのお風呂イベントと、ロディの『火魔法の修行のため、キャンプファイヤーをします!』という言葉から生まれました(笑)
何気にナッシュがいい感じなのは、私がナックリ派だから。(断言)

ちなみに、うちのジンバパパと炎の英雄は変な人達です(笑)
変な二人に悩まされるゲド、という設定が大好きですから、くれは(笑)
50年前、ハルモニア軍を全滅させた炎がキャンプファイヤーだった、なんてことだったら、ゲドも無口になるしかないなぁ、と、ほくそえんでいます。(それで全滅したって、泣くに泣けないな;)












 百八題