* 095 雄叫び *
ドスドスドス・・・と、粗末だが掃除の行き届いた古い床を踏みしめ、リザードクランの族長、デュパは、ビュッデヒュッケ城の大広間を出た。
忌々しいハルモニア軍によって、蹂躙されつつあるグラスランドの地を守るため、彼らが鉄頭と呼んで侮蔑するゼクセン騎士団と手を組み、拠った城は、様々な事情を持った様々な人種が入り混じった場所である。
彼は狭い廊下に出ると、そこら中にあふれる人間やダックやその他諸々の動物類を尻尾に引っ掛けたりしないよう、細心の注意を払って、大きな身体をゆすりつつ、薄暗い地下へと降りていった。
ひんやりとした空気と、しっとりとした程よい湿気は、連日の戦と会合に疲れ果てた彼をほっとさせる。
彼は、ずるずると長いしっぽをひきずりながら、この古い城に突き刺さった船へと歩を進めていった。
この城には『風呂』という、人間の職人が作ったリラックス空間が設けられている。
リザードの彼に、熱湯は必要のないものではあったが、ここの風呂職人はなかなか心利いた男で、リザード達が入浴を求めると、程よい湯加減にしてくれるのだ。
それが気に入って、今では彼も、風呂の常連である。
「今日は『トカゲの湯』はあるか?」
低い雷鳴のような声は、彼が機嫌の良い時に発する、笑声交じりの声だ。
近頃では、リザードの機嫌も汲めるようになってきた風呂職人は、族長の冗談ににやりと笑い、大きく頷いた。
「いらっしゃい、リザードの旦那!ちょっと待ってくれな!すぐに程よい温度に下げてやるからよっ!」
そう言って番台を出たゴロウは、機敏に動いて、湯加減を整えると、リザードクランの族長を丁重に迎え入れた。
「リラックスして行ってくれよな!」
「あぁ」
機嫌良く尻尾を振りながら浴場に入ると、彼好みの湯加減になった風呂が、ほわほわとした湯気を上げてたゆたっている。
たっぷりとした湯の中に身を沈めると、それだけで疲れた体がほぐれるようだった。
つい、鼻歌も出る心地よさに、しばらく浸っていると、
「ご機嫌ですな」
リザードクランの幹部達、シバとバズバが現れた。
「おぉ、お前達もか」
機嫌よく部下達を迎え、デュパは場所を譲ってやる。
最も強力な者が族長となるリザードクランにおいて、族長が部下に場所を譲ってやる、などという場面は滅多に見られない光景だが、この場に限っては、心利いた風呂職人の顔を立てて、『浴場での付き合い方』というものに従っていた。
そうすると不思議なもので、普段は聞けない話や愚痴なども漏れてくるのだ。
今日も、シバが丸い頭にタオルを乗せ、深く吐息した。
「どうした?」
バズバの問いに、シバは、「どうもこうも・・・」と、ぼやきつつ首を振る。
「この城に来てからどうも、人間どもから名前を間違われるのだ・・・」
すると、バズバは納得顔で頷いた。
「ああ、俺もあるぞ。この間ジョアン殿から、シバと呼ばれた。
まったく・・・どこに目をつけているんだ?よりによってシバと間違えるとは・・・」
「よりによってとはどういう意味だ、バズバ?」
「いや、他意はない。気を悪くしたなら許してくれ」
リザードクランの中では、美青年幹部として女性達の熱い視線を集めるバズバの、微妙な口調に、デュパは喉の奥に低く笑声を湧かせた。
「デュパ様まで・・・」
不満げなシバに、デュパはもう、はっきりと笑声を上げる。
「そう怒るな、シバ。
ただ、我々に人間の区別がつきにくいように、彼らもまた我らの区別がつきにくいのだろう。やっかいなものだな」
そう言うと、シバは頭に乗せたタオルを取り、顔の汗を拭いながら深く頷いた。
「確かにそれはありますな。
この間私はナッシュ殿に声を掛けたつもりが、よく見るとハレック殿でした・・・あの二人は似すぎですな」
人間であれば絶対に見間違えないだろう二人を『似過ぎている』と評する彼に、しかし、リザード達はわかるわかると、深く頷く。
「それは俺も間違えた。
あとはリリィ殿とルース殿。あれは双子だな」
バズバのあり得ない言葉に、しかし、今度もリザード達は深く頷いた。
「似ているな。
まあ、よく見れば区別がつかないこともない。今後も注意は必要だろう」
シバの前向きな結論に、何度も頷きながらも、しかし、バズバは不快な表情を閃かせて、再び呟いた。
「それにしても・・・シバと間違えられるとは・・・」
「いつまで言っているのだ」
部下のぼやきに苦笑して、デュパは浴場を出た。
共に出ようとする部下達を振り返ると、
「せっかく、ゴロウ殿がリザードの湯を用意してくれたのだ。
お前達はもう少しゆっくりしてくるといい」
そう言って、浴場を後にした。
こんな気遣いができるようになったのも、この、『風呂』という施設の賜物だろう。
「また来るぞ」
と、番台に座る風呂職人に言い置いて、デュパは機嫌よく船を降りた。
しかし、彼がビュッデヒュッケ城の玄関ホールにまで上がって来た時の事である。
・・・まったく、あの女は、何を考えているのか。
せっかくのいい気分も吹き飛ぶ思いで、デュパは、忌々しげな唸り声を上げつつ、彼の眼前でじゃれあう二人を睨みつけた。
が、元々目つきが悪いためか、二人は睨まれていることにすら気づいていない。
「ほらほら、ヒューゴ!待ちなさいって言ってるでしょ!」
「やだよ!!そうやって俺をからかってばっかり・・・」
「だって、あんたちっちゃくてかわいいんだものー」
捕まえたー!と、嬉しげな声を上げて、ヒューゴに抱きつくリリィと、必死に逃れようともがくヒューゴの姿に、デュパの目がカッと見開かれた。
「ヒューゴ!!」
突如沸いた大音声に、ヒューゴとリリィだけでなく、周りにいた城の住人達までもが驚いて足を止める。
「炎の英雄ともあろうものが、昼間から浮かれるとは何事か!!」
再びの怒声に、呆気に取られていたヒューゴが慌てて首を振る。
「ちっ・・・違うよ!!俺は嫌だって言ってるのに、彼女が勝手に・・・・・・」
「何よ!せっかくかわいがってあげているのにっ!」
ヒューゴの言い訳に、リリィはぷんっ!と、頬を膨らませ、リザードの長を睨みつけた。
「大体!英雄だってなんだって、ヒューゴはまだ若いのよっ!息抜きに遊んで、何が悪いのよっ!!」
逆ギレかよ・・・。
そんな囁きが、見物人達の間に流れるが、唯我独尊の大統領令嬢は、尊大に胸を張り、一切の批判を聞き流した。
「確かに、未だ若い英雄だ・・・」
デュパの喉の奥で、雷鳴のような唸り声が響く。
「しかし!だからこそ、このように浮かれていては、全体の士気に係わると言っておるのだ!!」
「だから・・・好きで捕まったんじゃないって言ってるじゃないか・・・・・・」
リリィの腕に確保されたまま、悄然とうなだれるヒューゴのぼやきに、周りの人々が大きく頷く。
「そうですよ、デュパさぁん!ヒューゴさんは、逃げていたのに捕まっちゃったんですよぉ」
「そうよ!ヒューゴさんは嫌がっていたのに、あの人が無理矢理・・・」
「黙んなさいよ、あんたたち!!」
メルとメグの抗議を、リリィが怒声を上げて封じた。
「あたしがヒューゴで遊ぶのに、なにか文句があるの?!」
・・・あるに決まっているだろう。
そんな周囲の囁きは、リリィの耳には届かない。
傲然と自身を見据える目と、しばらく睨みあった後、デュパは、すっ、と、深く息を吸って胸に溜めた。
「このデュパ、他人の恋路に対してどうこう言う気は元よりないが、リザードクランの長として、一言物申す!!」
城中に響き渡る大音声に、城内の脆弱な壁が震える。
凄まじい雄叫びに、さすがのリリィも唖然として立ちすくんでいると、デュパの、鱗に覆われた指が、まっすぐにリリィを指し示した。
「ヒューゴはおぬしにとって、息子も同然であろう!それを、公衆の面前でこのように浮かれるとは何事か!!
カラヤの名誉と死んだ息子に恥じよ、ルース!!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・誰ですって?」
水を打ったように静まり返った場に、低く、怒りを含んだ声が這う。
「だ・れ・が!!ルースですってぇぇぇっ?!」
リリィの激怒の声が、デュパの雄叫びをも超える大音量で城内に響き渡り、弱った壁が、ガラガラと音を立てて崩れていった。
「あんたの目は飾りかっ!!」
「な・・・なにぃ?!」
「どうすればあたしとルースを見間違えられるのよっ!!」
周りの人々が、大音声での大喧嘩に、唖然と見入っている間にも、城の脆弱な壁は崩壊していく。
目を吊り上げて睨みあう二人は、まさに、二大怪獣大決戦と言った様相だ。
リリィの言葉の意味を吟味ずるようにじっと彼女を見つめていたデュパだったが、ややして、
「どう見てもルースではないか!!つまらぬ言い訳をするでないわっ!!」
「いい加減にしろ、このトカゲっ!!」
リザードに対して『トカゲ』と罵るのは、人間に対して『サル』、ダックに対して『アヒル』と罵るようなものである。
リリィの暴言に、当然のごとく、誇り高いデュパは激昂した。
「俺がトカゲならお前はサルか!!きぃきぃと浮かれ回って、やかましい女め!!」
「あたしがやかましいならあんたはなによ!バカ犬みたいに吠えてんじゃないわよ、ヅラ野郎!!」
リザードに毛があるわけがないのだから、確かにデュパの羽飾りはカツラと言えないことはないのだが・・・あまりの的確な毒舌に、メルの手にした毒舌人形までも呆気に取られ、ぬいぐるみの手が拍手を惜しまない。
その間にも、雪崩をうったごとく崩壊を続ける城の主が、大音声の原因である二人の喧嘩を止めようと、慌てて駆けつけてきた。
「ふっ・・・二人とも、やめてくださぁいっ!!お城が壊れてしまいますっ!!」
城主の弱々しい泣き声に、我に返ったヒューゴも怪獣達の間に割って入る。
「そっ・・・そうだよ、二人とも!!城が壊れたらみんなが困るよ!!」
「うるさい!!」
諮らずして、揃った二人の声は、新たなる壁の崩壊をもたらした。
「こいつときっちり話がつくまで、邪魔するな!!」
そりゃ、できれば関わりたくはないけどさ・・・。
そう、上目遣いで訴える城主に、ヒューゴは急いで辺りを見渡し、助けてくれそうな人物を探したが、生憎、この場には彼の母も騎士団長も傭兵隊長もいない。
結局、浴場でいい感じに茹ったリザードの幹部達が、鼻歌を鼻ずさみながらホールに上がってくるまで、城主達はビュッデヒュッケ城崩壊の危機に神経を衰弱させていったのだった。
―――― すんでのところで二人は、リザード戦士達によって引き離されたため、ビュッデヒュッケ城は崩壊を免れた。
しかし、この事件は壁新聞に大々的に報じられたため、脆くなった壁際で自身の声量を試す者が後を絶えなかった。
ために、湖の対岸に住む人々は、靄の中に浮かぶ、崩れかけた古城を、その正式名称ではなく、『叫びの城』などという、ホラーチックな名称で呼び、なおかつ、魔物の棲む城として恐れるようになったと言う。
〜Fin.〜
| お題97『雄叫び』でございます。 前回に続き、リリィ嬢が出張っていますが、別にシリーズを狙ったわけではなく(笑)、たまたまファイル整理をしていたら、途中まで書いていたこれが見つかったと言うだけです(笑) しかもこれ、続きが思いつかなくて寝かせていた、と言うよりは、書いていたことをすっかり忘れていた、というもの(^^;) うーん・・・鳥頭もきわまれりっ!(^^;) ちなみにこのネタは、リザード三頭のお風呂ネタからです(^^) 好きなんですよ、幻水の風呂ネタ(・▽・)v 4でも、まずは風呂職人ゲットです!(いたらね) |
百八題