* 096 補佐役 *
「・・・うちの騎士団長は、勇気も決断力も標準以上なのですが、ただ、非常に純粋な方でして・・・」
そう言って、ゼクセン騎士団誉れ高き六騎士の一人、サロメ・ハラスは眉間に深い皺を刻んだ。
「普通なら考えられないホラを信じたり、あからさまな悪意に鈍感だったり・・・・・・。
おかげで、ある魔女からは格好の餌食にされるは、某神官将からはいじめられるは・・・。
補佐役として、おいたわしいやら嘆かわしいやら・・・・・・」
ちらりと背後を顧みて、深く吐息する。
その視線の先では、件の騎士団長、クリスと、酒場の女主人、アンヌが、テーブルをはさんでいた。
嬉しげに杯を傾けるクリスを見れば、仲の良い女友達同士で気分良く飲んでいる、と思ったことだろう。
しかし、対するアンヌは必死の形相で、乱暴に杯を空けた。
「もう一杯!」
「うん」
どちらも、ワインを手酌でなみなみとグラスに注ぎ、キィン・・・と、杯を合わせては一気に乾す。
本来の意味に忠実な『乾杯』だった。
既に幾度杯を重ねているのか・・・。
その、金属的な音を聞くたびに、二日酔いのように頭が痛くなるサロメだった。
事の起こりは1時間前。
風呂上りのクリスが酒場に入り、上機嫌でビールを頼んだことから始まった。
「風呂上りのビールは格別だなっ!」
大ジョッキを一気飲みした挙句、彼女を神聖視する者達が聞けば、泣いて耳を塞ぎそうな親父くさい台詞を言い放ったクリスに、カウンター内の女主人の目が光った。
「いい飲みっぷりじゃないか。酒は強い方なのかい?」
クリスは、思わぬ人物から親しげに声を掛けられて絶句した。
アンヌが、カラヤの村を焼き払ったクリスに対し、隔意を抱いていることは、誰の目にも明らかだ。
クリスが懸命に話し掛けても、そっけない返事をするのが常であった彼女の方から声を掛けられては、驚くのも無理はないだろう。
だが、すぐにクリスは、嬉しそうに笑って頷いた―――― かまってくれる人間を見つけた、仔犬の笑顔だ。
「ブラス城では、多分一番強いな。よく、酔いつぶれた部下を2、3人担いで部屋に送っているから」
男どもを飲み負かすだけならともかく、担いで部屋に搬送する、という言葉に、アンヌはこめかみをわずかに引きつらせたが、どかんっ!と、烈しい音を立てて、カウンターに大ジョッキを置くと、クリスに倣い、一気に飲み乾した。
「へぇ。アンヌ殿も、いい飲みっぷりですね」
「大酒飲み選手権優勝は伊達じゃないよ」
空になった大ジョッキをカウンターに戻し、アンヌは鮮やかに笑う。
「実はね、クリスさん。
その時の優勝賞品が、カナカン地方限定ワイン1年分だったんだけど、相方がいないじゃ、飲むにも張り合いがなくてさ。未だに倉庫に置きっ放しになっているんだ。
良かったら一発、あたしと飲み比べしないかい?」
「・・・・・・・・・タダで?」
つまんない、と、今にも口走りそうな表情のクリスを、アンヌがぎり、と睨みつける。
「特上のカナカン地方限定ワインを飲めるだけじゃ不満かい?
貴族のくせに、しみったれたことを言うんじゃないよ!」
「貴族だから、だ。戦うことによってどれだけの栄誉を得るか。その大きさによって、勝負をするかどうか決めるのが、貴族であり、騎士というものだからな」
「・・・っ炎の運び手、第一の酒豪という名誉は、あんたにとっちゃ、戦うに値しないか?!」
クリスはしばらく、小首をかしげて考え込んでいたが、やがて、にっこりと頷いた。
「私は様々な虚名をもらったが、第一の酒豪、という名誉は実を伴う。喜んで勝負しよう」
勝負の方法は簡単。
互いに手酌で杯を満たし、『乾杯』の声と共に飲み乾す。
杯を乾せなかったら負けだ。
ただならぬ雰囲気を察した酒客たちは、興味津々と二人の女達を囲み、一部では賭けも始まったらしい。
物々しい轟音と共に、ワインの大樽が運び込まれた。
戦いの火蓋は、切って落とされたのだ――――!
「・・・たしかに、なぜ素直に勝負に応じたのか、理解しがたいところがありますな」
そう言って、サロメの対面に座るハルモニアの仕官は、自身の杯をわずかになめた。
ハルモニアのきつい蒸留酒に慣れた口には、甘いばかりのワインだ。
杯を置いて、つまみを取ると、何度目かの『乾杯』の声が響く。
女達の勝負は、酒場中の熱気の中心となり、その声があがるたび、熱い声援が沸き起こった。
「なかなかやるじゃないっ!!」
「そーか?まらまらぁー」
大酒飲み選手権時に、男たちを沈めた酒量は、とっくに越えている。
さすがに限界が近いのか、すさまじい形相のアンヌに対し、クリスは締まりなく笑っていた。
既に呂律(ろれつ)も怪しいが、未だ倒れる気配はない。
「カラヤの名誉に賭けても、負けないよっ!!」
「じゃー、わらしは騎士団の名誉に賭けるぅー」
明日は確実に記憶がないな・・・・・・。
そんなことを考えつつ、クリスの本来の酒量を知るサロメは、はらはらと状況を見守っている。
適度な所で仲介に入るつもりか、何度かそわそわと腰を浮かせもしていた。
「サロメ殿、少々落ち着かれてはいかがですか?」
「お言葉ですがディオス殿、貴殿は上官があのようなことに巻き込まれた場合、落ち着いていられますか?!」
その切羽詰った口調に、ディオスは苦笑を漏らす。
「既に、この程度では焦らないほどの人生修行はできております」
見かけと違い、ディオスはサロメより若いはずだが、どこか老成した、遠い目をする彼に、サロメは二の句が継げなかった。
「ふ・・・副官の意義は・・・・・・」
「副官と書いて下僕と読む。補佐役と言う名の雑用係・・・。ハルモニアの常識です」
大国の辞書は、新興国家、ゼクセンのそれとは微妙に違うらしい。
「・・・私は、ゼクセンに生まれて幸運でした」
「幸か不幸かを論じるには、十分生きてらっしゃらないでしょうよ」
死の直前まで、人は自身の人生を真に振り返る事などできはしない。
ディオスが、そう、重く呟いた時、
「ふふふふふふふふふ・・・・・・・・!」
壊れたように楽しげな笑いが弾けて、サロメはぎくりと頬を引き攣らせた。
「クリス様が限界を超えました!」
「ほぉ。笑い上戸なのですか」
全く人事とばかりに、ディオスは興味津々とクリスを見遣る。
その視線の先では、クリスがグラスを掲げたまま、楽しげな笑声を上げていた。
「あんぬどの。
さすがにゆうしょぉしゃだけあって、おちゅおいおちゅおい」
「なんの!まだまだいけるわよっ!!」
そう言いつつも、アンヌのワインを注ぐ手は震えている。
「さぁ!!乾・・・っ!」
意地でグラスを掲げたアンヌの視線の先から、クリスの姿が消えた。
「ちょっと、あんた?!」
「もうだめでしゅ・・・・・・おやしゅみなしゃい・・・・・・」
幸せそうな笑みを浮かべたまま、テーブルに突っ伏したクリスの傍らには、空になったグラスが倒れ、ころころと左右に転がっている。
「・・・・・・・・・・・・」
アンヌは、一口、ワインを飲んでからグラスをテーブルに戻した。
「勝者!アンヌー!!」
歓声が上がり、アンヌは僅差での勝利に、深く溜息をついた。
「・・・試合に負けて、勝負に勝った、と言うところですかね、あなたの騎士団長殿は」
勝ったにも関わらず、どこか憮然としたアンヌを見遣り、楽しげに笑うディオスに、サロメも苦笑を返す。
クリスが意地を張れば、もう少し勝負は続いただろうが、無理に勝ってもしこりを残すだけで、いい事はない。
だがクリスが、自身の限界を見て素直に退いたために、アンヌは自尊心を守れたと同時に、ここまで彼女に付き合えたクリスの力量をも認めざるを得なかった。
「あれほど飲んでいながら、見事な状況判断力と引き際でした」
脱帽です、と、杯を掲げるディオスに、サロメも苦笑しつつ杯を掲げる。
「ですが、少々手の焼ける方ではあります。いつもならあの方の役目ですが、今日ばかりはご自分の足で部屋には戻れないでしょう」
テーブルに杯を戻し、立ち上がったサロメに、ディオスは軽く首を傾げる。
「クリス殿をお送りするのはもう、無理ではありませんか?」
「は?」
振り返ると、テーブルに突っ伏していたはずのクリスがいない。
「くっ・・・クリス様?!」
いずこへー?!と、慌ててテーブルの下を覗き込むゼクセンの軍師に、ディオスは酒場の出口を指し示した。
「うちの神官将様の下僕2が、とっととさらって行きましたよ」
「ぬぁんですってぇぇっ?!」
絶叫するサロメを制する声は、あくまで人事―――― いや、理性的だった。
「大丈夫ですよ、サロメ殿。ナッシュはあれで、意外と紳士ですから、酔いつぶれたご婦人をどうこうするということは・・・・・・」
「ディオス殿!あなた、お嬢さんはお持ちですか?!」
いきなり詰め寄られて、ディオスはただ首を横に降る。
「ではおわかりにならないでしょう!
蝶よ花よと育ててきた娘を、中年のナンパ男にかどわかされた父親の気持ちなんてっ!!」
サロメは、ワイアットが消えた後、影に日向にクリスを見守っているうちに、他の騎士たちとは違う感情を育んでしまったらしい。
「うちの娘に何かしたら、ぶち殺しますっ!!」
いつもの冷静さをかなぐり捨て、酒場を駆け抜けて行ったサロメを見送り、ディオスはまた甘い酒を口に含んだ。
「・・・補佐役と言うより、守役だな、あれは」
アンヌのV2達成記念祝賀会会場と変わった酒場で、一人、酒を飲みながら、ディオスは低く笑った。
* END *
お題96『補佐役』です!(^^)
いや、補佐役なら、シュウ兄さんでも誰でも良かったんでしょうが、さりげなく不幸なこの二人で行ってみました!(^^;)
実はこれ、昨日、眠れなくて考えた『漢』と、そこはかとなく続いていたりします(笑)
どこがって、風呂上りクリスが(笑)
リリィはきっと、リードとサムスに淹れさせた、ティーフロートを楽しんでいるんですよ(笑)
『乾杯』ネタは、大学時代、中国語の老師から聞いた逸話より。
日本では、『乾杯』は口をつけるだけでOKですが、中国では文字通り、飲み乾さないといけないとか。
老師の歓迎会の時、『乾杯』と言われたので、素直に飲み乾したら、日中どちらも驚いたそうだ。(老師は『なんで飲み乾さないんだ』と驚き、日本の先生たちは『そんなに喉が渇いていたのか』と驚いたとか(笑))
くれはは下戸なんで、まずそんな真似はできませんけどね(笑)
百八題