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「ほほぅ。これがあの・・・・・・・・・」
ブラス城の執務室で、クリスは従者が持ってきたものをまじまじと見つめていた。
「見事なものだな、ルイス。とてもきれいだ」
憧れの騎士団長に誉められた少年が、はにかんだ笑みを浮かべながら礼を言う。
「どうぞ、お召し上がりください」
味への、それとない自信に満ちた勧めに、クリスは手を伸ばしかけたが、ふと、その繊手が止まった。
「やはり、楽しいことはみんなでやるべきだ。ルイス、六騎士達を呼んできてくれ」
クリスの言葉は、少年にとって少々不服なものだったが、彼はそんな素振りを見せることなく、元気に一礼してクリスの執務室を出ていった。
少年の背中を見送り、一人、執務室に残ったクリスは、彼お手製の料理へと、再び視線を落とした。
「みんな、早く来ないかしら♪」
そのころ、冬のグラスランドを一人、ブラス城へ向かっていた男がいた。
彼は、まもなくゼクセン領、という場所でふと足を止めた。
「・・・・・・なにやってんだ?」
雪こそないものの、足元から冷気の立ち上る荒涼たる地にうごめく多くの人々。
突然花開いた妖花のように鮮やかな衣装を纏い、黄金の仮面を被った男達が、矛や盾を手に手に、炎の模倣であるかのように激しく舞い踊る。
「まぁいいや。先を急ごう」
いつもの彼ならば、興味津々と首を突っ込んだことだろうが、今は急ぎの道中である。
何を思ったか、『2月3日必着!』と命じた陰険神官将から、しつこいお小言を頂戴しないためにも、寄り道は避けるべきだった。
―――― が、彼が避けて通ろうとしても、厄介は自ら寄って来るもの。
特に彼の場合、女性に嫌われることはあっても、不幸と厄介に無視されたことは一度もない。
今回だけは見逃してやる、なんてことがあるだろうか?
案の定、ファイヤーダンサーズの輪の中から、一人の少年が飛び出し、仮面を外すや、大きく手を振って彼を呼び止めた。
「ナッシュさぁ―――――んっ!!」
「へ?」
ここで振り返りさえしなければいいものを、馬鹿正直に返事までしてしまうのが彼の不幸の最大原因だと、彼は気づいているだろうか。
否、そんなことには全く気づいていない様子で、彼は久々に会うカラヤ族の少年に笑顔を向けた。
「ヒューゴ!大きくなったなぁ!」
言った途端、少年が冷えた笑みを浮かべ、ナッシュはしまった、と口をつぐんだ。
「へぇ・・・・・・ちょっとは大きくなれたのかな、俺」
二人の間に、冷風が吹きぬける。
―――― もともと、身長の低さを気にしていた少年は、真の紋章を得たことにより、完全に成長を止められてしまった。
彼はもう、背が伸びることも年を取ることもできなくなってしまったのだ。
「あ・・・あぁ!!なんだか、たくましくなったよな!次期族長がこんなに立派になって、ルシアさんも喜んでるだろう?!」
慌ててごまかしたものの、少年の凍えた微笑は消えない。
「さぁ?いつまでも子供だって、思っているかも」
「あ・・・あはははぁ・・・・・・そうだな、親にしてみれば、いつまでたっても子供は子供・・・・・・」
―――― 勘弁してくれよ・・・・・・。
ナッシュは、虚しく笑声をあげながら、どうやってここを退くか、考えていた。
「そっ・・・そう言えば、これはなにかの祭りかい?たっ・・・楽しそうだなっ!!」
「うん。グラスランドの冬は結構厳しいからさ、春を迎える前に、冬の間にはやった病気や災難を払って、今度の春が暖かでありますように、ってお願いするお祭りなんだ」
ナッシュのあからさまな話題変更に、ヒューゴは素直に応じ、あたかもいいことを思いついたと言わんばかりに手を打った。
「そうだ!ナッシュさん、足、速かったよね?」
「え?うん・・・まぁ・・・・・・」
嫌な雰囲気を感じながらも、つい素直に頷いたナッシュに、明るい未来があろうはずもない。
案の定、ヒューゴは邪悪寸前の笑みを浮かべ、祭衆が描く輪の中心へと、ナッシュを引きずって行った。
「みんなー!ツイナを見つけたよー!!」
ヒューゴの声に、祭衆が歓声を上げる。
カラヤ族に歓呼をもって迎えられたナッシュは、抵抗する間もなく彼らと同じ衣装を頭から被せられた上、牛のような角を持つ恐ろしげな仮面を渡された。
「なんだ、これ?」
「お面!」
「いや、そうじゃなくて・・・・・・」
一目瞭然のことを、さも珍奇なことのように言い、ヒューゴはナッシュに、その不気味な面をつけるよう急かす。
「・・・・・・呪いの面とかじゃないだろうな?やだぜ、こんなのを被るのは」
「なに?なんか、呪われる覚えでもあるの?」
にこやかに応じて、ヒューゴは更に急かした。
ナッシュもまさか、本人の前で『さっき君の気に障るようなことを言ったので、呪われてそうなんです』とは言えない。
渋々と手にした面を着け、ナッシュは狭い視界の中にやっとヒューゴを捕らえた。
「ところで、ツイナってなんのこと・・・・・・っ?!」
反射的に、彼めがけて飛んできた礫(つぶて)を避けると、目の端にちらりと写ったヒューゴが笑う。
「追儺(ついな)ってのはね、疫病や災難を鬼に見立てて、礫(つぶて)を投げて追い払う行事のこと」
「なんで俺が鬼だ!!」
「だって、当たると痛いからみんな嫌がるんだ」
その点、足の速いナッシュなら全て避けることもできるだろうし、なによりこの土地を立ち去ることは確かなので縁起もいい、というのだ。
「お前らが鬼だっ!!」
「往生際が悪いよ」
鬼そのものの表情(かお)でヒューゴが嘲い、手にした矛を振りかざしてナッシュを指し示す。
「福は内福は内!鬼は外鬼は外!天に花咲き地に実なれ!」
ヒューゴの声に唱和し、カラヤの戦士達がその大きな手で礫を掴む。
「人を勝手に追いやがって!!ナニサマだお前ら――――!!!」
「年男」
逃げの態勢に入ったナッシュの絶叫に、嫌に冷静な声が響いた。
「なんっじゃそりゃ――――――――――!!!!」
一斉に投げられた礫を必死に避けつつ、彼を取り囲もうとする男達の輪から抜け出す。
「逃がすな!!追え!!」
ヒューゴの命令に、男達が鋭く承声を返し、ナッシュを追う。
「やかましいっ!!これでも食らえ!!」
振り向きざま、地に煙幕を叩きつけ、ナッシュは一気に距離を稼いだ。
「ハルモニアの特殊工作員をなめる・・・なぁぁぁっ?!」
が、突如、進行方向に巨大な炎が立ち昇り、ナッシュの足を封じる。
「っひゅぅぅぅごぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」
「だめだよ、炎の英雄をなめちゃ」
ナッシュは、勝利の笑みを浮かべるヒューゴを睨みつつ、そっと左手の中に札を滑らせた。
「おじさんを怒らせるもんじゃないぜ」
言うや、右手に仕込まれたスパイクを、ヒューゴとカラヤ族の男達に向かって放つ。
「こんなのにやられる俺達じゃないよ!!」
連続して放たれるスパイクを、余裕をもって避けつつ、カラヤの戦士達が嘲笑した。
が、ナッシュの目的は、カラヤの戦士達と戦うことではない。
ナッシュはスパイクを放つことによって彼らを誘導し、一箇所に集まった瞬間、発動した『眠りの風の札』を投げつけたのだ。
「おやすみ、坊や達♪」
昏倒したカラヤの戦士達を背にして、ナッシュは高笑いと共にゼクセン領へと去って行った。
「つまり、その年の恵方(えほう)に向かって、食べられるところまで食べるんだそうだ」
「・・・・・・・・・そんなことをしてどうなるんです?」
クリスの説明に、ロランが冷静に突っ込みをいれた。
「これをやっておくと、一年間無病息災でいられるそうだ!身体が資本の騎士には、願ってもない行事じゃないか!」
上機嫌で語るクリスに、ロランは深く吐息する。
「それはグラスランドの習俗ではありませんか。彼らにとっては宿命の敵である我らまでご利益があるとは思えませんが」
「一々うるさい奴だのぉ。とりあえず、面白ければいいんだろうが!」
レオの言葉に、ボルスが素早く反応した。
「そうだ!六騎士が全員揃ってひとつの行事を行うなんて、滅多にないことだぞ!なにより、わざわざご用意下さったクリス様のご好意を無にするわけにはいかないではないか!!」
―――― お前は単に、クリス様と飯が食いたいだけだろ。
そう語る、騎士達の視線が冷たい。
だが、そんな不穏な空気には全く気づかない様子で、クリスはにっこりと笑った。
「そうそう!みんなでやれば、きっと楽しいぞぉ!」
「そうですよねっ!」
子供のようにはしゃぐクリスに、ボルスが唱和し、長年の怨敵であったはずのグラスランドの行事は、ゼクセン騎士団長の執務室で行われることになった。
「―――― ところで、恵方ってどこですか?」
手中に収めたコンパスを見つめつつ、パーシヴァルが問うと、
「確か、毎年変わるんですよね?クリス様、今年はどこか、聞いてらっしゃいましたか?」
サロメが、答えを団長に求めた。
「うんっ!今年は南南東だって!」
パーシヴァルが持つコンパスを嬉しげに覗き込み、『こっちこっち!』と、窓側を示すクリスに全員が従う。
「用意はいいか、みんな!作法の説明をするぞ!」
「はいっ!」
規律正しい返答に、クリスは深く頷き、ルイスお手製の太巻きを手に取った。
「持ち方はどうでも構わない!しかし!食べている間は決して口を利いてはだめだ!ただ無言で恵方に向かい、食べられるところまで食べるのよっ!
それでは全員、回れー右!!」
正確に180度回転した騎士達の、甲冑の音さえ規律正しい。
「用意!はじめ!!」
団長の号令一下、いい年をした大人6人と少年1人は、片手を腰に当て、やや上向き加減に持ち上げた太巻きにかじりついた。
荘厳な石造りの、厳粛な騎士団長執務室は今、不気味な沈黙と咀嚼(そしゃく)音に支配されている。
―――― そんな時、折悪しく、執務室のドアが開いた。
「こんちはー!郵便屋さんでっす!」
明るく元気に入って来たのは、グラスランドでの闘いに勝ち抜いてきた、ササライ神官将直属の特殊工作員。
「うちのカミさんからのホットメール・・・・・・って、なにやってんだ、あんたたち・・・・・・・・?」
だが、彼の質問には誰も答えない。
一様に左手を腰に当て、右手で掲げ持った太巻きを一心にかじっている。
「クリスちゃーん?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(まぐまぐまぐ)」
「おーい。ボルっちー?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(むぐむぐむぐ)」
「ぱぁしぃちゃーん??」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(もぐもぐもぐ)」
「・・・・・・・サロメ卿」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(ぼりぼりぼり)」
「なんで無視するんだい、レオのおっさん?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(ばりばりばり)」
「何してるんだよ、ロラン君!!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(かりかりかり)」
「ルイスくーん・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(ぱくぱくぱく)」
「何やってんだよ、マジで!!!」
絶叫するが、誰もがナッシュを無視しつづけた。
「むぅ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!」
不満に満ちた唸り声を上げたナッシュは、次の瞬間、はたと手を叩く。
「クーリースーちゃん♪」
ナッシュはにやにやと笑いながら、騎士達の背後で無心に太巻きをかじる騎士団長に近寄った。
「何やってるのか、おじさんにも教えてよ〜」
背後からクリスに抱きついたナッシュの姿が、騎士達の目前にある窓に写り、彼らの纏う甲冑が不協和音を奏でる。
「いぢわるだなぁ〜。おじさん、すねちゃうぞっ!」
きゅうっ、と、クリスを抱きしめた様子が窓に写り、再び騎士達が不協和音を奏でた―――― クリスの肘鉄が食い込んだ場面は、彼ら自身の影になって見えない。
「・・・・・・・・・クリスちゃん、ほっぺにごはん粒がついてるよっ」
苦痛に耐えつつ、なんとか声を出したナッシュは、クリスの顎を手で固定し、背後から彼女の頬に軽くキスをした。
途端、
「てっめぇ!!」
「死ね!!」
「なんてことするんですかっ!!」
「誰がおっさんだ!同じ年だろうが!!」
「往生しなさい!」
「うわぁぁぁぁんっ!!!」
目を吊り上げた怖い騎士たちが一斉に振り返り、太巻きを投げ捨てて武器を振るう。
が、クリスを盾に取ったナッシュは、避けようともしない。
「なんだ、動けるんじゃないか」
「下郎!!クリス様から離れろっ!!」
「下郎って・・・・・・」
激昂するボルスに、ナッシュが唖然と呟く。
「誇り高いのもたいがいにしとかないと、敵が増えるよ?」
「うっ・・・うるさいっ!!」
更に怒声を上げ、剣を振り上げるボルスを、ナッシュはクリスの影から面白そうに見遣る。
「婦女子に対してそのように不埒な行いをする男を、下郎呼ばわりして何が悪い!!」
「ふらちぃ〜?」
ボルスの、あまりにも時代がかった物言いに、ナッシュが頓狂な声を上げた。
「これって不埒かな、パーシィちゃん?」
「え・・・いや・・・うぅーん・・・・・・?」
「なんで即答できんのだ、パーシヴァル!!」
「不埒です!!絶対不埒!!」
レオとルイスの攻勢が一時、ナッシュを逸れ、パーシヴァルに向かう。
「・・・えっ・・・と・・・合意があれば、セクハラじゃないし・・・・・・」
「ぜんっぜん合意してませんよっ!!パーシヴァルさんの目は節穴ですかっ?!」
ルイスが泣きながら抗議し、
「騎士団内のセクハラは厳禁です!!不祥事は未然に防ぎますよっ!!」
普段、冷静なサロメまでが激昂して、クリスに懐いたままの男を睨みつける。
「セクハラだなんて・・・そんなつもりはなかったんですけどぉ・・・」
ナッシュはただ純粋に、彼らが揃って何をやっていたのかが気になっただけなのだ。
クリスにちょっかいを出せば、忠誠心篤い騎士達は無視できないだろうと、ふんわり軽く思っていただけなのに・・・・・・。
「ちょっかいを出す相手を間違えるな」
ナッシュの腕の中から、不穏なほど低い声が沸きあがった。
「あれぇ・・・クリスちゃん、お話できたのぉ・・・・・・・・・?」
「完食だ」
不敵な笑みを浮かべ、断言する様に、騎士たちだけでなくナッシュも感嘆の吐息を漏らした。
こんな状況にあって初志貫徹するとは、さすが騎士団長の位を得る人間は根性と集中力が違う、と。
「それで?お前はいつまで私に抱きついているんだ?」
「あっ!!そうだ!!早く離れろ!!」
「そうだそうだ!!」
「・・・・・・ガキか、あんたら」
いい年をした大人だとは思えない、騎士達の言い様に、ナッシュが唖然と呟いた。
「いいから離れろ」
クリスの、冷えた目で睨まれて、ナッシュが苦笑しつつ離れる。
途端、騎士達の武器が降り注ぎ、慌てて回避した。
「やめろ。こんなのでも一応、ハルモニアの使者だ」
クリスの命令に、騎士達が渋々従い、武器を収める。
「で?何しに来たんだ?」
「言ったじゃないか。うちのカミさんからホットメールだって」
「・・・・・・言ってた?いつ?」
「・・・あんたが腰に手を当てて太巻食ってた時」
ふぅ、と、ナッシュがわざとらしく吐息する。
「一体、何をやってたんだい?ドアを開けたら、オヤジの集団みたく太巻食ってんだから、びっくりしたぜ」
「オヤジ?そう見えた?」
「うん。朝日に向かって瓶牛乳飲んでるオヤジみたいだった」
ナッシュの正直な感想に、騎士達ががっくりとうなだれる。
「オヤジにオヤジ呼ばわりされるなんてぇぇぇぇぇぇっ!!!」
「オイコラ!ちょっと待てよガキども・・・ってか、レオとサロメ卿に言われる筋合いはないぞ!!」
「俺の方が何ヶ月か若い!」
「たった数ヶ月の差が威張れることか―――――――――!!!」
「うるっさい!」
クリスの一喝に、言い争っていた男達は一瞬にして静まった。
「まったくもう!お前達はなんでそんなに仲が悪いんだ!」
自分が元凶だとは、全く気づいてない様子のクリスである。
「ナッシュ、今、私達が食べていたのは恵方巻(えほうまき)だ。一年間の健康と幸福を祈りながら、その年の縁起のいい方向に向かって無言で食べるという行事だ」
―――― なんだか、さっきも聞いたような話だ。
ナッシュは話題変換の必要を感じ、引きつりそうになった顔を懸命に整えて、なんとかクリスに笑顔を向けた。
「そいつはご苦労だったな。ところで、ササライ様からの親書なんだけど」
「珍しいな。なんだろう?」
うまくクリスの興味が逸れたことを感謝しつつ、ナッシュはササライから預かった文箱を渡す。
文が入っているだけにしては大きな箱を受け取り、クリスは厳重に蓋を封じる蝋を丁寧に割って中の手紙を取り出した。
と、文面を目で追うクリスの表情が、だんだん険しくなっていく。
「―――――――― 重要事ですか?」
サロメの問いに、クリスは頷くこともせず、黙々と文面を追う。
彼女のただならぬ様子に、騎士達は厳しい顔を寄せ合った。
ややして。
クリスが紙面から顔を上げ、騎士達とナッシュを見渡す。
「ナッシュ・・・・・・」
吐息混じりの呼びかけに、ナッシュが首を傾げた。
「あなた・・・・・・またササライ殿を怒らせたの?」
「何が書いてあったんですか?」
いかにも興味津々・・・いや、喜色満面といった様子で騎士達が首を伸ばしてくる。
「読んでやろう」
深く吐息するクリスに、ナッシュの顔が引きつった。
が、彼は彼女を止めようとしない。
彼の上司が、一体何を書いてよこしたのか、気になってしょうがなかったのだ。
そんな彼の様子に、クリスも軽く頷いて再びササライからの親書に目を落とした。
「―――― 親愛なるゼクセン騎士団長 クリス・ライトフェロー殿
向春の候、時下ますますご清祥の段、お慶び申し上げます。<中略>―――― つきましては、グラスランド特産、追儺(ついな)の面を同封いたしますので、これを届けましたる金髪の役立たず中年に用い、思う存分豆でも石でも放たれて、ゼクセン騎士団の更なるご発展とご多幸をお祈りください。
―――――――― ハルモニア神官将 ササライ拝
・・・・・・・・・ですって」
クリスの声が終わると同時に、騎士達の顔が笑み崩れる。
「豆ですか」
パーシヴァルの目が細まり、
「石でもいいって、書いているじゃないか!」
ボルスの唇が微妙に吊り上った。
「でも、そんなので鬼を追い払えるんですか?」
ルイスの、素朴を演じた声に、
「まさか。そんなもので追い払えるはずがありません」
「やはり得物は必要だの」
サロメとレオが笑声を上げ、ロランが無言で弓を取る。
「またかよー!!!」
「逃がすなっ!!追え!!」
踵を返して駆け出したナッシュを、手に手に武器を持った騎士達が追って行く。
「鬼は外!!」
「鬼はてめぇらだっ!!」
怒声を交わしながらの凄絶な鬼ごっこを、呆然と見送ってしまったクリスは、文箱の中に残った面を取り出し、慌てて呼びかけた。
「ナッシュー!!鬼の面を忘れているぞ!!」
「言うことはそれだけかっ!!」
「・・・・・・?別にないけど?」
「鬼女―――!!!」
ナッシュのとんでもない捨て台詞に、クリスがその豪腕で鬼の面を投げつけ、見事ヒットさせる。
「お見事です!クリス様!!鬼は出て行けぇ〜〜〜〜〜!!!!」
鬼の首を取ったかのように、嬉々として騎士達が唱和し、団長執務室を逃げ出したナッシュを追いかけていく。
そして、一人の男を、血相を変えた誉れ高き六騎士達が追うのを見止めたゼクセン騎士達は、彼がなぜ追われているかと言う理由もわからないまま、手に手に武器を取ってナッシュを追いつづけたのだった。
―――― ブラス城に点在する、秘密の通路からグラスランド側に抜け出したナッシュは、すっかり日の落ちた空に向かって嘆息した。
「ササライ様の、カバ――――――――!!!」
深い闇へと吸い込まれたはずの絶叫は、ゼクセンの濃い緑陰の中に潜んでいたドミンゲスジュニアに届き、ササライによって密かに餌付けされていた彼は、ナッシュの言を、そのまま彼の親しい友へと告げたのだった。
―――― 不幸は未だ、ナッシュを愛してやまないらしい。
〜 Fin.
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