* 素朴な疑問と無邪気な犯罪 *








 「ナッシュ、ちょっと入ってくれ」
 例によって、連合軍統率者の部屋の前に突っ立っていたナッシュは、お声掛りにより、素直に人のはけた執務室へ入った。
 「なんだい?」
 嫌に真剣な顔をする炎の英雄に、いつもと変わらぬ、笑みの容をしたポーカーフェイスのまま歩み寄ると、彼女は執務机の上に置いた腕を重々しく組んだ。
 「・・・・・・やっぱり、わからない」
 「はぁ?」
 自分をじっと凝視するクリスの呟きに、ナッシュは首を傾げる。
 「なにが?」
 正体不明、とは、彼に対してよく使われる言葉ではあるが、目の前の女性には既に、多くのことを語っている。
 少なくとも、開口一番、『わからない』と言われるほどではないだろう。
 「俺にも分かるように言ってくれないかなぁ?」
 えへらっと笑うと、クリスは無言のまま立ちあがり、きびきびと歩を進めてナッシュの前に立った。
 長身の部類に入る彼が、見下ろすまでもない位置に、毅い輝きを放つ紫の瞳がある。
 「歩き方も、立ち姿にも、妙なところは全くない」
 観察者の目は、容赦なくナッシュの身を貫いて行く。
 「前からずっと気になっていたんだ。あんなにたくさんの武器を、どこに隠しているんだ?」
 「はいぃ〜〜〜〜〜??」
 頓狂な声を上げるナッシュに、クリスが掴みかかった。
 「スパイクやアンカーもそうだが、ワイヤーとか火薬とか煙幕とか札とか、この服のどこに隠しているんだ?!」
 「あのね、クリスちゃん・・・・・・」
 ナッシュは思わず、がっくりとうなだれてしまう。
 「せっかく二人きりなんだからさぁ、もっと色気のあるお話でもしよぉよー」
 「疑問を解決しないまま放っておくのは、私の性に合わない」
 きっぱりと断言すると、クリスはナッシュに掴みかかったまま、彼を押し倒した。
 「なっ・・・?!」
 「おとなしくしろ」
 突然のことで、受身を取るのが精一杯だったナッシュの手首に、何か固く冷たいものが触れる。
 「え・・・・・・?」
 視線を向けると、彼の右手は頑丈な手錠に囚われていた。
 「なにすんだ、あんたは―――――――――っっっ!!」
 ナッシュの絶叫を、クリスは彼に馬乗りになったまま聞き流す。
 彼の手首にはめた手錠から、するするとワイヤーを伸ばし、もう一方の輪を重い執務机の脚に掛けた。
 その間さえも、さすがは騎士団長と言うべきか、優秀な特殊工作員であるナッシュが身動きもできないほど、固め技はしっかりと決まっている。
 「この手錠はなんだっ!!どう見てもハルモニアの特殊鋼じゃないか!!」
 「商業国家・ゼクセン連邦をなめるなよ」
 ふっと、細まったクリスの目には、残虐な光が浮かんでいた。

 「抵抗さえしなければ、こちらも乱暴しようとは思わないから。少しの間おとなしくしていろ」
 そう言われて、はいそうですかと諦めるにはまだ、男としてのプライドが邪魔をする。
 「いやぁぁぁぁ―――――!!!助けてぇぇぇぇぇ――――――っっ!!!」
 「ええい!!おとなしくしろっ!!生娘じゃあるまいしッ!!!」
 かなり用法を間違った言葉を吐きながら、クリスはナッシュの服を剥いで行った。
 「――――・・・ふぅん。ここがこう繋がっているのか。
 あ、こんなところに火薬を隠していたんだな」
 「あぶっ・・・危ないから火薬に触るなっ!!」
 「大丈夫だ。見ているだけだから」
 と、更にごそごそと身体をまさぐられ、ナッシュが悲鳴を上げる。
 「ばか・・・っ!!くすぐるなぁぁぁっ!!!」
 「37にもなって、この程度で悲鳴を上げるな」
 その時だった、
 「クリス様。お茶を持って参りました・・・・・・・・・・・・・・・っ!?」
 無防備に執務室の扉を開いた、騎士見習の少年の純朴な瞳に、押し倒されたナッシュと彼に襲いかかる騎士団長が写ったのは。
 声を詰まらせ、呆然と立ち尽くす少年が我に返るまで、たっぷり10秒はあったか。
 その間に、この怪しい雰囲気を嗅ぎ付けた新聞記者が、ドアの隙間から中の様子をうかがっている様を、ナッシュの鋭い目は捉えてしまった。
 「しっ・・・・・・失礼しましたッ!!!」
 顔を真っ赤に染め、声を引っくり返した従者が、凄まじい勢いで扉を閉めた後、ようやくクリスの凍結した時間も溶けたようだ。
 「しまった!!言い訳をする間もなかった!!」
 「それ以前に、鍵くらい閉めとけ!!!」
 鋭いボケ突っ込みを交わした後、ナッシュは深く吐息した。
 「・・・・・・明日の新聞記事は決まったな。『N氏強姦さる?!手錠をはめられ、英雄に襲われる!!』だぞ」
 「失礼な!!私は強姦なんぞしていない!!」
 「一見したら、十分強姦だっつーの」
 と、クリスの隙を突いて身を起こしたナッシュは、逆にクリスを引き倒し、服をはだけたままの恰好で彼女に覆い被さった。
 「どうせなら、記事通りにしちゃおうか?」
 「あのな・・・・・・」
 「だって、このままじゃ男のプライドボロボロだしぃ?かわいそうでしょ?」
 「う・・・・・・」
 確かに、ちょっとやりすぎたかな、とは思うクリスである。
 「君は知りたいことも知って、満足したでしょ?俺も満足させてこそ、フェアなんじゃないか?」
 言いつつ、ナッシュは片手でクリスの服を脱がせて行った。
 「・・・・・・・・・詭弁だ」
 「うん。俺の得意技だよ」
 てらいもなく言ってのけ、軽いキスを落とすナッシュの下で、はっとクリスが目を見開く。
 「かっ・・・鍵!!鍵閉めないと!!」
 こんな場面を見られては、今度こそ言い訳ができないと、焦るクリスの動きを封じて、ナッシュはにやりと笑った。
 「大丈夫。君の忠実な従騎士が、命に掛けて団長の名誉を守っているよ」
 扉の外では今頃、ルイスが真っ赤な顔をしたまま、進入を狙う不逞の輩に目を光らせていることだろう。
 「抵抗さえしなければ、乱暴しようとは思わないから。少しの間、おとなしくしていてね」
 先程の、クリスの台詞を繰り返し、ナッシュは愉快げに笑った。


 翌朝を待つまでもなく、ビュッデヒュッケ新聞には執務室での椿事が報じられていた。

 『N氏強姦さる?!
 本日夕刻、ビュッデヒュッケ城二階の執務室において、手錠をはめられ、無残に押し倒されたN氏の姿が目撃された。
 第一発見者のR氏は、『何かの間違いです!!絶対にそんなことをされるわけがありません!!』と、非常に興奮した様子だった。
 一体、執務室では何が起こっていたのだろうか?
 N氏はじめ、関係者は皆、口をつぐんでいる。』

 「つぐむっつーの、普通」
 憮然として記事を読み終えたナッシュは、背後に不穏な気配を感じ、慌てて振り返った。
 「なぁにスクープされてるのさ」
 案の定、激怒の上司に睨まれて、ナッシュは声を詰まらせる。
 「いつも執務室の前に陣取って何しているのかと思ってたら、変態プレイで楽しんでいたわけ?」
 「ちっ・・・違いますっ!!それは果てしない誤解ですっ!!」
 「じゃあ、何していたのさ」
 嘘を許さない目に睨まれて、ナッシュが再び声を詰まらせる―――― 押し倒されて装備を確認されてましたとは言い難い。
 しかも、強姦ではないにしても、秘め事にまで達してしまったのは事実。
 この、勘のいい上司に、なんと言えば見逃してもらえるだろうかと、必死に考えをめぐらせていると、
 「特殊工作員が、どのようにして武器を隠しているのか、見たかっただけです」
 凛とした声がかかり、ササライの注意がナッシュから逸れた。
 「素直に頼んでも、見せてもらえないだろうと思ったものですから、ちょっと強引なことをしてしまいましたが」
 にっこりと、挑戦的に微笑んだ顔を見返して、ササライも穏やかな笑みを返す―――― ただし、目は笑っていない。
 「人目も多い宵の内から、このように誤解される行いをされるのは感心しませんよ」
 「申し訳ありません。夜中にやるよりは、言い訳もしやすいかと思ったもので」
 笑みを崩さないクリスを見るササライの瞳に、剣呑な光が灯った。
 「言い訳・・・とおっしゃると、この記事もあながち嘘ではない、と言うことでしょうか?」
 「ご想像にお任せします」
 ―――― 強くなったじゃないか。
 ―――― いつまでもいじめられている私じゃあないわ。
 にこやかな顔のまま睨み合った二人の狭間で、声なき会話が交わされる様を、ナッシュははっきりと認知した。
 「まぁまぁ、二人とも。こんな所で立ち話もなんですから・・・・・・」
 「それもそうね。
 ササライ殿、今週のお茶くみ当番なんですってね。お願いします」
 「・・・・・・・・・・・・今まで飲んだこともないようなお茶を淹れて差し上げますよ」
 更に険悪さを増した雰囲気を打破するため、ナッシュはホールを歩いていたディオスを呼び寄せ、怒り狂った猫のようになった上司を問答無用で押し付けると、固まった笑顔のままのクリスを執務室の中へと引きずって行った。
 「イキナリ怖い事しないでくれっ!!」
 再び二人きりになるや、絶叫したナッシュに、強張った笑みを浮かべたままのクリスも胸を押さえた。
 「確かに、ちょっと心臓に悪かったな」
 「・・・・・・俺を心不全で殺す気かい?」
 「それもあるし、お茶に毒を入れられたらどうしよう?」
 「〜〜〜〜〜本当に茶を淹れさせるつもりだったのか?!」
 怖いもの知らずもいいところ・・・いや、既に棺桶に片足を突っ込んでるぞ、それ!!
 ハルモニアの、誇り高い神官将に茶を淹れさせようと思うか、普通?!
 動悸は激しくなる一方なのに、同時に血の気が引いて行き、ナッシュは頭を抱えてしまった。
 「ナッシュー?大丈夫か?」
 いかにも暢気な声に、怒鳴る気力も失せていく。
 「・・・・・・なんか俺、自分の嗜好と言うものについて考え直したくなってきた」
 「なんだそれは」
 訝しげに首を傾げるクリスを見遣り、深く吐息する。
 どうして自分は、暴君ばかり愛してしまうのだろうかと。
 誇り高く、身勝手で、容赦なく我を押し通す真の紋章の継承者たち―――― 縁があるという以前に、呪いにかかっているとしか思えない。
 あの孤独な紅い瞳によく似た、紫の瞳を目に捉えながら、ナッシュは再び嘆息した。
 お節介と同じく、これも不治の病であるようだった。
 「・・・・・・クリスちゃん。
 余計な諍いを起こさないよう、努めるのも指導者の仕事じゃないのか?」
 「もちろん、そうだ」
 クリスはあっさりと頷いた。

 それでなくとも、この城に拠った者達の因縁は深い。
 軍をまとめるにしても、細心の注意を払わなくてはならないのが、この城の現状だった。

 「じゃあ、余計な騒ぎを起こしてないで、ササライ殿とも仲良くやってくれよ」
 「あの人はいわば、私の姑だからな。普通の付き合いをするには難しい人なんだ」
 「あっ・・・そ・・・・・・」
 いつの間にそう言うことになったのか、気づけばクリスとササライは、嫁姑・・・口の悪い連中からは愛人と本妻とまで呼ばれている。
 もちろん、ナッシュの、である。
 そして、二人が争う度に、彼女と彼の親衛隊達の恨みを買うのもまた、彼であった。
 「まぁ、そんなに気にするな。スキャンダルなんてものは、こちらが平然としていれば、自然と消えるものだ!」
 そう、漢(おとこ)らしく笑うクリスに、掛ける言葉などない。
 「・・・どうせ俺は女々しいですよ」
 強姦されそうになったし、と、愚痴るナッシュに、クリスが詰め寄った。
 「なんだ?あの記事を、事実にして欲しいのか?」
 絶句したナッシュに、クリスは艶やかな笑みを浮かべた。
 「大丈夫だ。抵抗さえしなければ、こちらも乱暴しようとは思わないから」
 「いやぁぁぁぁ―――――!!!助けてぇぇぇぇぇ――――――っっ!!!」
 深まりつつ闇の中に、絹を裂くような男の悲鳴が響き渡る。
 今宵こそは、真剣に自身の嗜好を考え直そうと誓った、ナッシュ・ラトキエ37歳の秋だった。






〜END〜











朝の通勤電車の中、30分で考えた話。(朝っぱらから何考えとんのじゃ;)
裏に置くか表に置くか、かなり悩みましたけど、結局裏;
『この程度で?!』と言うのは確かに思いましたけどさ、だからって堂々と表に置くのもどうよ・・・。(強姦強姦と連呼してるし;;)

今回は、はっきりと栗梨を狙って書きました(笑)
やはりクリスは攻めvが好きですv











Secret Lover