狂 想 曲 2
〜竜吉公主の受難〜







さわやかな朝。
竜吉公主は朝食後の茶をのんびりと楽しみつつ、自慢の庭園に目をやった。
「藤が咲いたのじゃな・・・」
青空に映える桃の花もよいが、夜、その芳香でそこに在ることを知らしめる藤もまたよい。
「よい香りじゃ・・・赤雲、碧雲」
公主は弟子達を呼ぶと、二人の可愛らしい弟子達が、ぱたぱたとやってきた。
「はい、公主様!」
「お茶、おかわりですか?」
「いや。鳥を普賢のもとに放っておくれ」
ふんわりと、公主が優しい笑みを浮かべる。
「藤が咲いたゆえ、観にこぬか、とな」
「あら、でも公主様」
赤雲が首をかしげた。
「太乙真人様から携帯電話いただいたんじゃなかったんですか?」
「そうですよ。普賢真人様の番号もう登録されてるんでしょ?」
碧雲が、楽しそうに言った。
「公主様、他山の仙女さま達がすごく羨ましがってましたよ♪
普賢真人様や玉鼎真人様の番号が欲しいって仙女さま、かなりいるんですから!」

―――相手が竜吉公主でさえなかったら、どんな手を使っても番号を聞き出すものを・・・!

そんな声があちこちの山で聞こえると言う。
「太乙の携帯は、もうそんなに普及しておるのか?」
不思議そうに聞く公主に、『そりゃあもう!!』と、二人は声をそろえていった。
「タイプもカラーも色々あるし、どこでもクリアーな音声!」
「なによりも着信音のクォリティーの高さと言ったら!」

〜クラッシックからハードロックまで! 好きな曲をそのまま再生!〜

乾元山・金光洞の携帯電話の宣伝文句である。
これによって太乙は、莫大な研究費を得たらしい。
それで今度は、一体どんな物を作り出すつもりなのか・・・。
「・・・しかし、着信音がハイクォリティーじゃとそんなによいのか?」
眉をひそめる公主に、弟子達は『いいですよ!!』とまた声をそろえた。
「やっぱりフツーの着信音よりは、好きな曲の方がいいし・・・」
「好きな曲なら変に電子音っぽくないほうがいいじゃないですか!」
「・・・そういうものか」
公主がぼんやりと呟いた時、あたりに美しいヴァイオリンの独奏が流れた。
『G線上のアリア』
普賢真人の着メロだった。

「おや、こちらから連絡しようと思っておったのじゃぞ」
小さなピンクパールの携帯を取り出して、公主は嬉しそうに言った。
『あ、そうなんだ!
あのね、さっき木タクが帰ってきたんだけど、お土産にプーアル茶持ってきてくれたんだ♪
これからそっちに行っていい?』
「もちろんじゃ。歓迎するぞ」
短い通話を終えると、弟子達が嬉しそうに笑っていた。
「なんじゃ?」
「やっぱり公主様ってすごいんですね!」
赤雲がはしゃいだ声を上げる。
「あの普賢真人さまから電話がかかってくるだけでもすごいのに、気軽に遊びにこられるなんて!」
他山の仙女達に対して、鼻が高いというものだ。
「つまらぬ事ではしゃぐでない。
早く菓子の用意をせよ。花客(かかく)が参られるぞ?」
公主が苦笑しつつ言うと、二人は『はぁい!』と声をそろえて厨房に走っていった。
「・・・さて。私も何か作るか」
あの子はなんでも『おいしい』としか言わぬから、なにを作ればよいか迷ってしまう。
公主が微苦笑を浮かべつつ、考えている時だった。
静かにあふれ出る、感傷的な・・・。
『戦場のメリークリスマス』

「玉鼎真人?珍しいのう。そなたが私にかけてくるとは」
『すまない、公主。だが、少々尋ねたいことがあってな』
電話の向こうの声は、少々困惑気味だった。
「どうかしたのか?」
『鳥の雛を拾ってしまったのだ』
・・・雛。
「・・・うむ。それで?」
聞き返す公主に、玉鼎真人は生真面目に答えた。
『近くに巣も親鳥も見当たらん。しかもだいぶ弱っているようだ。
公主は鳥に詳しかろう。どうすればよいだろうか?』
「なんという鳥かわかるか?
崑崙には霊鳥もおれば普通の鳥もおる。鳥によって、扱いが違ってくるぞ?」
言うと、玉鼎真人は困り果てたように『わからん』と答えた。
「そうか。ならばここに連れてくるがよい。私が診てやろう」
『そうしてくれるか?』
ほっとしたような玉鼎真人の口調だった。
『ここからだと終南山の方が近いのでな。雲中子のもとへ行くか、迷っていたのだ』
「今すぐここに連れてくるのじゃ!」
公主は断言した。

通話を終えて、公主は軽く息をついた。
「雲中子に渡せば、鳥でなくなるではないか」
人に翼を付けてしまうような仙人だ。
鳥を魚にかえるくらい、やりかねぬ・・・。
「さて、困った。玉鼎は確か、甘いものが苦手だったはずじゃの・・・」
今まで周りが甘党ばかりだったため、甘い菓子以外で茶請けになるようなものが、すぐに思い浮かばない・・・。
懸命に頭の中のレシピを繰っている時、低く、静かに、
『ゴッド・ファザー/愛のテーマ』

「霊宝大法師?
どうされたのじゃ。珍しい・・・」
今日はいやに電話の多い日だ。
『おお!?公主?!わしは文殊にかけたのじゃがのう・・・??????
すまんかったのぅ。かけ間違いじゃ』
元始天尊・十二仙・竜吉公主の名を登録すると、公主は文殊の次になる。
「いや、よくあることなのじゃろう。お気になさるな」
『そうか。そう言ってもらえてよかったわい』
電話の向こうで、にこにこと温厚な笑みを浮かべる大仙人の顔が見えるようだ。
「そうじゃ。我が洞府の藤が咲いたのじゃが、御老も参られぬか?」
にこやかに言うと、霊宝が嬉しそうな声を上げた。
『それはよいのう!文殊への用が済んだら、寄らせてもらうわい』
「では御用の際に、文殊もお誘い下され」
『うむ、承知した!ではのちほどのう』

霊宝大法師は無類の酒好きである。
これで、酒が入ることは間違いない。
「つまみにはなにを供そうか・・・」
霊宝ならつまみがなんであれ、酒さえあればいいのだろうが・・・。
「どうやら宴になりそうじゃな」
茶会のつもりだったのだが。
「ならば、菓子に限ることもないか」
そうと決まれば、早速準備しなければならない。
公主が厨房へ向かおうと、腰を上げた時、

ちゃらら・ちゃららら〜・ちゃららら〜らら〜ら〜♪

『兄弟船』が響き渡った。

「・・・黄竜・・・なんじゃ、一体・・・」
脱力。
公主は再び、倒れ込むように椅子に座った。
『公主、朝からすまない』
・・・そう思うなら、この着メロを変えてくれ。
「いや、何か用事か?」
苦笑しつつ聞く公主に、黄竜は真剣な口調で言った。
『藤は元気か?』
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・は?
「・・・弱ってはおらぬ」
訳が分からぬまま、公主が答えた。
すると黄竜は、それは嬉しそうな声で、
『そうか!悪いが藤の蔓(つる)を分けてくれないか?!』
蔓・・・。
「それは構わないが・・・縄でも作るのか?」
藤の蔓は丈夫だ。縄や細工物を作るのに、これほど向いているものもないだろう。
公主が聞くと、黄竜はうれしそうに、
『捕鯨に行きたいのだ!今、槍を使わず縄だけで捕鯨ができるか、道徳や慈航と賭けててな!』
待て。
「鳳凰山の藤蔓を全て持っていくつもりか?!」
思わず慌てる公主に、黄竜は平然と言った。
『大丈夫だ。全て持って行きはしないから』
当たり前だ。
「ならば取りに来るがよい。丁度、藤見の宴を催そうと思っておったのじゃ」
『そうか!だったらつまみに、俺が作った佃煮を持っていってやろう!
北海の新鮮な昆布を使った逸品だぞ!』
・・・それはありがたいのう。
「・・・待っておるぞ」
ぷち。
「まったく・・・何とかならんのか、あの着メロは・・・」
ぶつぶつ言いながら公主は立ち上がった。
藤蔓は、どの程度あれば捕鯨に足りるのか、などと考えながら。
その時。

ぢゃーっぢゃっぢゃんっ!≪アチャア!!!≫

穏やかな雰囲気を容赦なく切り裂く、『ブルース・リーのテーマ』・・・。
「赤精子・・・・・・・・・・!!!」
椅子の背もたれにすがり付きながら、公主は抗議の声を上げた。
「なんの用じゃ!!」
『HA−HHAHHA!!!!
すまん。間違いだ。広成子にかけようと思ったんだがな』
赤精子・・・。
私の名を『公主』で登録してたのか・・・。
「いい加減、着メロを変えてはどうじゃ?!脱力してしまうぞ!」
この鳳凰山にそぐわぬこと、はなはだしい!
『HA−HHAHHA!!!
俺なんてまだましなほうさ!いいかげんさで言えば懼留孫のジジイや太公望の方が・・・』
ぷつ。
通話を切って、公主は胸騒ぎを覚えた・・・。
なぜか今日は、電話がよくかかってくる。
しかも、先ほど霊宝大法師を藤見に誘ったばかり・・・。
「まさか、のう・・・」
呟いた時だった。

ちゃっちゃらちゃららら・ちゃっちゃ♪≪ぱふっ♪≫

―――嫌な予感は当たるもの。
鳳凰山に陽気な『笑点のテーマ』が鳴り響いた。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・もしもし」
床にへたり込んで、公主は通話ボタンを押した。
『おお!公主♪霊宝から聞いたのじゃが、藤見の宴を催すらしいのう!』
やはりそのことか。
「うむ。御老もいかがかな?霊宝老のことじゃ。好い酒を持ってこられよう」
公主が言うと、懼留孫は『それじゃ!!』と真剣な声を上げた。
『公主から霊宝におねだりしてくれんかのう?!』
「・・・おねだり?」
首をかしげる公主に、懼留孫は畳み掛けるように言った。
『霊宝秘蔵の≪大吟醸・崑崙の露≫を出すよう言うてくれ!!!!』
「・・・・・・御老・・・さすが酒仙(しゅせん)じゃのう」
大酒のみで世の中のことを気にせぬもののことをそう呼ぶ。
公主は、皮肉を込めて言ったつもりだったが、老人は最高の誉め言葉を聞いたかのように、嬉しそうに言った。
『酒は天の美禄じゃ♪
公主、そなたが頼んでくれれば、あの霊宝とていなやとは言えんわい!!頼んだぞ!!』
懼留孫はそういって、通話を切った。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
公主は、おもむろに登録ナンバーの一つを選び、通話ボタンを押した・・・。


「そろそろお茶にしよっかなー」
研究室で宝貝造りにいそしんでいた太乙は、伸びをしながら呟いた。
その時、部屋中に鳴り響く『花のワルツ』
「さすが私が作ったケイタイ♪
オーケストラもばっちり!ハープまでキレイに聞こえちゃって、かなりイイカンジだね!
もしもし?めずらしいね公主、どうしたんだい?」
機嫌良く電話に出た太乙の耳を、公主の怒声が貫いた。
『太乙!!着メロの変更方法を教えるのじゃ!!!』
「・・・・・・なに怒ってるんだい?????」
思わず電話から耳をはなした太乙が、激昂する公主の機嫌をうかがうように恐る恐る言った。
『どうなっておるのじゃ、このケイタイは!!!
説明書どおりにやっても着メロの変更がきかぬではないか!!』
いらだたしげに言う公主に、太乙はあっさりと一言。
「無理だよ」
『なぜじゃ?!』
「だってシステムの中に組み込んでるんだ、それ。変更できないし、消すとケイタイが機能しなくなってしまうよ?」
『なぜ着メロをシステムに組み込む必要があるのじゃ!!』
「だって電子音じゃ『笑点』の≪ぱふぅ♪≫が出ないじゃないか」
太乙はまるで、それが絶対普遍の真実のように言った。
『・・・確かに素晴らしい音質じゃな!
じゃが、それはそなた達だけで楽しめばよかろう?!』
我が鳳凰山に『笑点』や『ブルース・リー』が鳴り響くのは我慢がならぬ、と怒る公主をなだめるように、太乙は笑った。
「だって、みんなテーマ曲があった方が便利じゃないか。わかりやすくって」
『―――AUTOMATIC。歌入りだそうじゃな』
「私も気に入ってしまってさー♪
あ、電源切ろうとしても無理だよ。充電いらずの永久電池使ってるから!」

「・・・余計なものを発明しおって!!」
皮肉の通じない相手に、何を言っても無駄だった。
通話を切ったところに、赤雲と碧雲が戻ってきた。
「・・・公主様、なんで床に座り込んでらっしゃるんですか?」
「お菓子できたんですけど、どこにテーブル置きましょうかー?」
明るい二人の声に、いくらか気分が浮上した。
「そうじゃな・・・藤棚のあたりにいくつか小さいものを置こうか」
酒肴(しゅこう)は黄竜が用意すると言っていたが、ほかにもいくつかあった方が良いだろう。
「赤雲、碧雲、何か酒肴を作らなければならなくなったのじゃ。
厨房に何かあったかのう?」
「酒肴ですか?普賢真人さまが?」
意外そうにきき返す碧雲に、公主が微笑む。
「いや、霊宝の御老に良い酒を持ってきてもらうのでな。
・・・そうじゃ、御老に電話せねば」
改めて公主が、携帯を取り出した時だった。

ちゃ〜ら・ちゃっちゃっちゃ≪ははん♪≫

響き渡る、『いい湯だな』・・・(ははん♪のみ、クリアーな音声)
「太公望・・・」
『公主!霊宝がとうとう≪大吟醸・崑崙の露≫を出すそうだな!!
ぜひわしも呼んでくれ!!!!』
公主の中で、なにかが音を立ててちぎれた。
「着メロを変えよ、太公望!!!!!!!」

後日、公主は電話を買い換えたと言う・・・。






  〜 Fin. 〜













普賢コメント 公主・・・。(^^;)
あの静寂な鳳凰山に『ブルース・リー』とか『笑点』響き渡るのって、すごく違和感あるんだね(苦笑)

くれはコメント 永久電池って、日本じゃ特許取れないんですってよ、普賢さん(笑)
崑崙での十二仙って、一応尊敬はされてるんですよね。多分(笑)
きっと、玉鼎真人とか普賢さんとかって、仙女さん達からきゃあきゃあ言われてるんだろうなぁ・・・。





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