* 第四章 刑事のお仕事 *


 蝉玉から逃げるように刑事課を出た天化は、自動販売機の並ぶ休憩所で、意外な人物を見つけた。
 「・・・玉鼎さん、こんなところにいていいのかい?」
 驚く天化の視線の先で、玉鼎は眉根をきつく寄せたまま、黙って備え付けのソファに座っていた。
 だが彼は、本当なら階上の捜査本部に詰めているはずである。
 「・・・そう言えば、身代金の受け渡し、失敗だったそうさね」
 天化は、自動販売機から取り出した缶コーヒーを玉鼎の目の前に突き出した。
 「参事官昇進、おめでとうさ」
 にっ、と笑う天化から、玉鼎は黙ってそれを受け取る。
 「そっちも大変だろうけど、俺っちもいそがしくてさー。殺人事件の捜査してるってのに、誘拐犯の入電に邪魔されてさ」
 どさっと玉鼎の隣に座ると、天化は不満そうに言って、缶コーヒーをすすった。
 「・・・すまない。本当だったら、現場をよく知っている所轄に任せるべきなのだが・・・」
 ぽつりと、玉鼎がつぶやいた。
 「正しいと思うことが出来ない。自分の信念も貫けない・・・」
 夕暮れ時の休憩所は薄暗くて、彼の表情は良く見えなかったが、くるしげな声だった。
 天化は重い空気の中、再びコーヒーをすすった。
 缶コーヒー特有の、妙な甘さが口の中に残った。
 「・・・できるさ。玉鼎さんなら」
 しばしの間の後、天化は視線を正面に向けたまま言った。
 「俺っちは信じてるさ。だから・・・がんばるさ、玉鼎さん」
 腕を組んでソファに背を委ねている玉鼎の、きつく眉根を寄せた顔を覗き込むようにして、天化は笑った。
 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
 その笑みを避けるようにして、玉鼎は立ち上がった。
 長身の背に、さらりと長い髪が落ちる。
 「あー、玉鼎さん、玉鼎さん!」
 天化の、妙におどけた声に、玉鼎は足を止めて振り返った。
 「コーヒー代は、後で請求するさ♪」
 にっと、天化が笑っていた。
 「俺っち、こないだ請求書盗まれちまって、みつかんなかったらかなりヤバイさ」
 玉鼎が、ふっと笑みをもらした。
 「自動販売機ごと返してやろう」
 缶コーヒーを持った手を軽く上げると、玉鼎はいつものように、威風堂々と去っていった。
 「・・・せめて、『飲みに連れていってやる』くらいいわねーかねぇ?自販機なんかもらっても、ちっとも嬉しくないさ」
 苦笑しつつ、天化は飲み終わったコーヒーの缶を、ごみ箱に放った。軽い音を立てて、空缶はごみ箱の中にすんなり入っていった。
 「ナイッシュー♪」
 うれしげに指を鳴らすと、天化はソファからひらりと立ち上がった。


 一方。
 階上の会議室では、録音した誘拐犯の声の洗い直しが行われていた。
 科学班の声紋鑑識のプロが、遊園地の電話ボックスにかかってきた犯人の声と、その背後の音を精密に拾っていると、その中にある人物の声が入っていたことがわかった。
 犯人と、犯人からの電話を受けた白鶴の声の後ろで、遊園地の賑やかな音と、犯人がいたらしい、どこか賑やかな場所のざわめきが入り交じる。
 そのなかで、微かに、誰かが上げた声が混じっていた。
 報告を受けた楊ぜんは、その声だけを繰り返し聞いた後、その声が誰のものであるかに気づいた。
 「黄天化。彼に尋問するんだ」
 容赦のない口調だった。


 天化が刑事課に帰ると、有言実行の楊ぜん管理官は、すでに彼を待ち伏せていた。
 「黄天化。君は本日正午の誘拐犯人の入電の時、どこにいましたか?」
 楊ぜんは腕を組んだまま天化の前に立ちふさがると、貫くような鋭い視線で彼をにらみつけた。
 「こ・・・コンロン・カフェだけど・・・?」
 威圧感に圧倒されている天化に、楊ぜんは更に続けた。
 「誘拐犯の電話の近くで、君の声がしたんです。君の側に、犯人がいたんですよ」
 冷え冷えとした声に、彼の不機嫌度が最大値にある事が分かった。
 こんな時の彼には、誰も逆らえない。
 「君は犯人を必ず見ている。絶対に思い出してもらうよ。・・・・・・・・・・どんなことをしてもね」
 「ちょ・・・どんなことって・・・」
 ここは民主主義の警察ではなかったのか?!
 そんな叫びも、高級官僚の前では無に等しい。
 楊ぜんは部下を残して、さっさと階上へと戻っていった。

 「さぁて。これからあんさんに前科者の顔写真を見てもらおうかなぁ」
 妙におっとりと、崇黒虎と名乗る楊ぜんの部下が言った。
 「あんさんは忘れてるかもしんねぇけど、記憶ってのは、意外と頭のすみに残ってるもんさ」
 にこやかに言って、崇黒虎は天化をパソコンの前に座らせた。
 「このMOには、1000人分の顔写真がはいってっからさ。ぱぱーっとみてくんねぇかな!」
 「1000人かよ・・・」
 なんだか逆らう気力も失せて、天化はマウスを動かした。
 「このMOはあと8枚あるかんね!がんばれよ。終わるまで俺もいてやっからさ!」
 アンタがいてくれたからって、なんか役に立つんか。
 天化はそう思ったが、口に出すほど馬鹿ではない。
 ひたすら顔写真を見続けて、しばらくたった頃だった。
 武吉と、手に包帯を巻いた竜吉が、刑事課に戻ってきた。
 「天化さん!犯人が残していったパソコンから、身元が分かりましたっ!」
 だいぶ人の減った刑事課に、武吉の大きな声が響き渡る。
 「本名は普賢真人。医師免許あり。現在は無職です!」
 「よし!あのサイコ、絶対本庁には渡さないさ!」
 うれしげに拳を握る天化に、竜吉はそっとささやいた。
 「天化。あやつは男じゃ」
 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・は?」
 天化は目を丸くして、公主を見上げた。
 「犯人は男じゃ、と申した」
 「なに――――――――――――――――――?!」
 「天化君、写真に集中してくれ」
 椅子を蹴って絶叫する天化に、離れたところで雑誌をめくっていた崇黒虎がさらりと言った。
 「あ、すまないさ・・・。って、マジさ?!」
 天化は素直に崇黒虎に詫びると、改めてパソコンの画面を見ながら、竜吉に聞いた。
 「私も正直、信じがたいのじゃが・・・。本当じゃ」
 「もったいない・・・あんな天使のような顔をして・・・」
 竜吉は驚いている天化に苦笑を返した。
 さっき、彼の家に捜査に行った時の武吉も、同じ反応をしたのだから。
 しかし竜吉は、チャット画面上に『男だよ』と書いて来た時の、彼の不機嫌そうな顔が忘れられない。
 今までさぞかし、不快な思いをしてきたのだろう。
 「けど、証拠がないかんね・・・。殺人事件では逮捕できないさ」
 「では、私への傷害で逮捕状を取ってまいる。武吉、明日の朝一番で裁判所にゆくぞ」
 そう言うと、竜吉はパソコンに目をむけたままの天化の肩を軽く叩いて刑事課を出ていった。
 「・・・あーゆー美人が課内にいると、場が華やぐっしょ、天化君」
 雑誌を持ったまま、竜吉を見送った崇黒虎が思わず感嘆の息をついた。
 「黒虎さん、あの人、キャリア組って知ってたさ?」
 いい加減、顔写真を見るのに飽きた天化が、新たなタバコに火をつけつつ言うと、
 「え?!じゃ、もしかして本庁に移動になるかもってことかい?!」
 崇黒虎が嬉しそうに聞きかえしてきた。
 「もしかしてじゃなくって、なるっしょー」
 天化が吐いた煙が、綺麗なリングをつくって宙に浮いた。
 「でも、本庁に入ったら、あの超美形管理官がほっとかないさ?」
 言って、天化は意地の悪い笑みを浮かべた。
 「やっぱさ、差をつけるためにも、先にアタックするべきだと思うさ。
 で、黒虎さん。
 竜吉さんに紹介してやるからさ、今日はもう、眠らせて欲しいさー」
 手を合わせて哀願する天化に、崇黒虎は朗らかに笑った。
 「それはそれ、これはこれ!最後の一枚だよ!がんばれー♪」
 さすがに本庁のキャリア組。一筋縄ではいかない。にこやかに言うと、彼は新たなMOを取り出した。

 「おわったさ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!」
 思い切りのびをして、天化はチェックリストを崇黒虎に渡した。
 「ごくろうさん!もう夜中だし、寝ていいよって言いたいところなんだけどさ、今度は公安部が君に用があるんだとさ!」
 天化から渡されたチェックリスストを見ながら、崇黒虎は朗らかに言って、刑事課の入り口を示した。
 そこには、何やら陰気な雰囲気が漂う男が二人、長髪と目深にかぶった帽子の影から、陰気な顔で天化を見ていた。
 「あっちも顔写真を見てほしいらしいぞ!」
 「マジ・・・?」
 天化の表情が凍った。
 だが、そんな彼の気を知るよしもなく、二人は陰気な表情を張りつかせたまま、天化の側にやってきた。
 「公安部まで来てもらおう」

 そう言って連れてこられたのは、暗く狭い資料室の一つだった。
 「・・・電気もつけないで、なにやってるさ」
 パソコンのバックライトだけがともる部屋の窓際で、こちら側に背を向けて立つ長身の男に、天化は呆れたように聞いた。
 「私の顔を知られるわけには行かない。われわれ公安部は、あなたたちの内偵をしているのですから・・・」
 ゆるりとこちら側を振り返った男の姿を見て、天化はさすがにぎょっとした。
 前髪を目が隠れるほどに伸ばした男の顔は、下半分が布で覆われていたのだ。
 「・・・いくら顔を知られたくないからって、そこまでするか?」
 「役目のためなら何だってするさ。魔礼寿!」
 呼ばれて、資料棚の影から小柄な人間が出てきた。
 顔を完全に仮面で覆い隠したその人物は、天化をパソコンの前に座らせると、そのMOドライブの前に数枚のMOを置いた。
 「本庁の写真と重複している物もあるが、全部見てもらおう」
 「まとめとけ!!」
 思わず叫ぶ天化に、彼、魔礼青は無表情につぶやいた。
 「われわれは役目上、他の部署との情報交換をしていないのだ。つべこべ言わずに見てもらおう」
 「・・・あんたら、評判悪いさ!暗いって!!」
 天化は最大の皮肉を込めて言ったのだが、
 「暗いとか明るいとか・・・ガキじゃあるまいし」
 あっさりと返された挙げ句、残る三人に詰め寄られ、狭い部屋の中で息苦しい思いをしつつ、パソコン上に次々と現れる顔写真を見続けることになったのだった・・・。


 夜明け前。
 曙光が東の空に現れた頃、副総監宅に犯人からの電話が入った。
 捜査本部に、緊張が走る。
 『家の近くに、刑事がいるだろう?・・・もうおしまいだ』
 それだけ言うと、犯人からの通話は、一方的に切られた。

 「これじゃ逆探知は、できないねぇ」
 「家の近くに、なぜ刑事がいるんですっ?!」
 刑事課から帰ってきた崇黒虎の口調に、楊ぜんはいらだたしげに叫んだ。
 「監視班。家の近くに、誰かいるか?」
 そんな楊ぜんとは逆に、玉鼎は淡々と副総監宅周辺を監視している監視班に無線を入れた。
 監視班の返答は一言。
 『怪しい老人、一名発見』


 まだ夜の明けきらぬ高級住宅街を、太公望はふらふらと歩いていた。
 太公望は昨日から署に顔を出していない。
 『本庁が聞き込みをしないと言うなら、自分だけでやってやるさ』と、このあたりを張り込んでいたのだった。
 こんな時間でも、人は活動しているものだ。
 新聞配達の青年、犬の散歩中の主婦、ジョギング中の若者。
 彼らに聞けば何か、誘拐事件の有力な情報を得られるかもしれない。
 手始めに、犬の散歩中の主婦に聞いてみるかと、彼女に近づいていった時だった。
 一台のワゴンが太公望めがけて突っ込んできたのだ。
 太公望が唖然としてみていると、ドアががらりと開いて、中から出てきた男二人に、あっけなく拉致されてしまった。
 「おぬしら何をするか!!わしは刑事だぞ!!こんなことして、ただじゃ済まんからな!!!」
 大騒ぎする太公望に、二人は困り果てた様子ながら、彼をおとなしくさせようとした。
 「静かにしてほしいでございますー!」
 「おれたちも刑事だってばよ!!あんたが副総監宅の周りをうろついてるから、連れて帰れって言われたんだぜ!!」
 「なんだおぬしたち、刑事か」
 二人は、おとなしくなった太公望から手を放した。
 「これから一緒に、崑崙署に帰って欲しいでございます。
 楊ぜん管理官が、相当怒っていらっしゃるでございます」
 最初は隙を見て逃げてやろうと思っていたが、こうも下手に出られてはそうも行かない。
 太公望は、おとなしく捜査本部に出頭した。

 「どうして副総監の家なんかに行ったんですっ!誘拐事件は極秘捜査だと言ったでしょう!!」
 激昂する楊ぜん管理官の前でも、太公望は悪びれもしない。
 「じっとしておれんかったのだ」
 手の中で帽子をもてあそびながら、太公望は言った。
 「元始天尊副総監は、警察学校時代の、わしの師匠でな。
 口やかましいくそじじぃではあるが、わしが助けてやらんと、後で何を言われるか分かったものではない」
 ・・・あんた、本当に心配してるのか?
 思わず突っ込みを入れそうになる崇黒虎より先に、楊ぜんの絶叫が響いた。
 「だからって捜査の邪魔をしないでくださいよ!!僕の計画がだいなしじゃないですかっ!!」
 「あ、おぬしも一応考えておったのだな。すまんかった」
 「いっぺん殺られたいんですか、あなたは!!」
 エリート官僚も、ベテラン刑事の前ではただの若造である。
 「・・・落ち着け、楊ぜん」
 エキサイトする管理官を、玉鼎が静かにたしなめた。
 「どちらにしろ、これで捜査は公開捜査に移る。
 太公望。元始副総監は必ず助け出すから、君も協力して欲しい」
 「それは、情報提供せよと言うことかのう?」
 太公望は右手を腰に当て、にやりと笑った。
 「ベテラン刑事の情報網を、過小評価はしないと言うことだ」
 玉鼎が、口元にかすかな笑みを浮かべた。
 「よかろう。ちょっと、引っかかることがあるのだ」
 長身の玉鼎に近づくと、太公望はその長い髪を引っ張って、彼の顔を引き寄せた。
 「容疑者、見つけたかも知れんぞ♪」
 太公望は玉鼎の耳元にささやくと、人の悪い笑みを浮かべた。




* 第五章 グリーン・マイル *


 すっかり夜が明けた時間に、天化はふらふらと刑事課に戻ってきた。
 天化は昨夜、捜査本部の顔写真を見終わった後すぐに、公安部の暗い部屋に連れて行かれ、今までひたすら顔写真の照合をさせられていたのだった。
 「おかえり〜〜〜〜」
 刑事課に泊まり込みだったらしい蝉玉が、寝ぼけた顔でソファから起き上がった。
 「土行孫のアパート、昨日から交代で張り込んでるんだけど、帰ってこないの〜〜〜〜〜〜〜」
 「・・・見かけたら一番に報せてやるさ。だからもう寝かせてくれ〜〜〜〜〜」
 天化はふらふらと奥の応接室に入ると、そのままソファに倒れ込んだ。

 ―――そのまま、数十分たった頃だろうか。
 天化は、遠くで悲鳴を聞いた気がして、ふと目を覚ました。
 だが、あたりは静かである。
 夢かと思って、再び眠りに就こうとした時・・・・・・・・・・・・・・今度ははっきりと女の悲鳴を聞いた。
 慌てて応接室を飛び出すと、いつも騒がしい刑事課には、誰一人としていなかった。
 不審に思って出口に向かった天化は、刑事課の外での大騒ぎに目を丸くした。
 その中心にはあの少女・・・いや、少年が立っていた。
 天使のような顔にやわらかな笑みを浮かべ、手には白くてふわふわのティディベアと手術用メス。
 彼が手を一閃させて銀色の線を宙に描くと、若い警官が一人、悲鳴を上げてうずくまった。
 彼はにっこりと笑うと、うずくまった警官の腰から拳銃を奪って、天井に向けて一発、放った。
 銃の発砲音に、警官達が悲鳴を上げてあとずさる。
 ちゃきり。
 意外と軽い音を立てて、彼は再び、銃の撃鉄を起こした。
 警官達はどこから出したのやら、いくつものセラミックの盾を出入り口に立てて、必死に身を守っていたが、彼は、そんな彼らを嘲笑うかのように、穏やかな笑みを浮かべたまま、その銃口を警官達に向けた。
 そんな修羅場の中に、天化は出ていってしまったのだ。
 「あの・・・ここ、警察なんだけどさ・・・・・・」
 寝起きの頭では、正確な状況判断も出来ない。
 ぼんやりと銃口の前に体をさらしたまま、間抜けにつぶやく天化に、彼は鈴を振るような声で言った。
 「どうして僕を捕まえに来ないの?」
 微笑みを浮かべたまま、小鳥のように小首をかしげる仕草・・・。
 その可憐さは、若い警官達が状況を忘れて見惚れたほどだった。
 「・・・探してたさ、あんたのことは」
 天化が言うと、彼は困ったように目を伏せた。
 「もうおしまいだよ。早く捕まえに来てくれないんだもん。僕の方から来ちゃった・・・」
 「・・・それで・・・自首しに来てくれたさ?」
 銃口の前で、両手を挙げる天化に、彼はふるふると首を振った。
 「パソコンを取りに来たんだ。それに・・・」
 言うと、彼は天化の背後で状況を見守っていた竜吉を見た。
 「あなたの手術がまだ終わってなかったでしょ?」
 「・・・・・・手術」
 竜吉が呆然とつぶやくと、彼は花がほころぶような可憐な笑顔を浮かべた。
 「そう。手術。
 『彼』もね、死にたいって言ってたから、手術してあげたんだ」
 『彼』とは、殺された文殊のことだろう。
 「最後に何か食べたいって言ったから、おなかに・・・」
 彼は、持っていた白いティディベアをその頬に寄せた。
 「この子を入れてあげたの」
 ぽんっとなげられたティディが宙に舞う。
 それを受け取ってしまった赤雲と碧雲が、派手な悲鳴を上げた。
 「ねぇ・・・早く僕を死刑台に連れていって?」
 彼は盾の後ろでうずくまっている警官達を見回して微笑んだ。
 「了解いたしました!!」
 「コースはグリーン・マイルでよろしいでしょうか?!」

 若い警官達が敬礼しつつ立ち上がった。
 「コースって・・・デートコースかいっ!!」
 思わず突っ込む天化に、改めて可憐な天使は銃口を向けた。
 「・・・と・・・とにかく、どっちも落ち着くさ・・・。
 そ・・・それに普賢・・・さん・・・?ここには死刑台はないさ・・・」
 天化が言うと、彼は悲しそうな顔をした。
 「・・・・・・・・・・・・・・・・・どうして?」
 「・・・俺っち達は、逮捕するのが仕事だからさ」
 天化の言葉に、彼は悲しそうに瞳を伏せて、自身のこめかみに銃口を当てた。
 「や・・・やめるさ!!」
 天化の叫びを無視して、彼が可憐な微笑みを浮かべたまま、その引き金を引こうとした時だった。
 「おっじょうさ―――――――――――――――ん!!!!」
 小柄で丸っこい物体が、突然彼の背中に抱き着いた。
 「そんなにかわいいのに、自殺なんていけないぜ!!どうだい?今夜、俺のポルシェで・・・」
 「きゃぁああああああああああああああああ!!!!!!!
 土公孫様――――――――――――――!!!!!!!」

 普賢の背にアタックをかけて、そのまま口説きに入っていた土公孫に、更に蝉玉の容赦のないタックルが決まった。
 「探してたのよ、ア・ナ・タ!」
 「だっだれだ、お前?!」
 目を丸くする土公孫に、蝉玉は満面の笑みで答えた。
 「あなたの妻になる女よ、ハ・ニ・ィ♪」
 そういうと、蝉玉は土公孫の首に特製の錠をかけ、嬉々として取調室に連行していった。
 「さぁ!二人っきりでじーっくりお話しましょ!将来のこととか、結婚式の日取りとか、式場の予約もしなくっちゃねー!
 あは―――っははははは!!!!」
 蝉玉の高笑いが遠ざかり、取調室の扉が元気な音を立て閉まるのを見た道徳が、ぼんやりと言った。
 「・・・とりあえず、犯人確保」
 その命令に、やっと我に返った警官達が数人で、呆然と床に座り込んでいた普賢を抱えて留置場へと連れ去っていった。
 天化は、波が引いたように誰もいなくなった廊下に、思わず膝を突いた。
 「・・・今、何が起こったさ・・・?」
 目の前には拳銃が一丁、転がっていた。


 元始副総監身代金誘拐事件は、公開捜査に移行した。
 「と、言うことはだ!」
 雲中子署長はだんっとデスクを叩いた。
 「われわれのお題目が日の目を見るということだな!!」
 雲中子署長は、にやぁと、不気味な笑みを太乙副署長に向けた。
 「その通り!ちゃぁんと『ロボット警察犬』も用意して準備万端!!さぁ!!改めてお題目を貼りに行きましょう!!!」
 ぐふふふふと、気味の悪い声で笑いながら、太乙副署長も応じた。
 「崑崙署全捜査員をあげて!戦え僕らの正義のために!!」
 「いいね、副署長!!今週の標語はそれにしよう!!」
 大喜びで復唱する雲中子に、太乙は改めて書き直したお題目をぴらぴらとひらめかせた。
 「早く行きましょう!このお題目、報道関係者に見せつけなくっちゃ!」
 そういうと、太乙は足取りも軽く、先に署長室を出ていった。
 後ろにはロボット警察犬、『ポチ』を従えて。


 公開捜査に移行すると共に、所轄との合同捜査も始まった。
 今まで『極秘』扱いされ、全く知らされていなかった情報が、崑崙署の捜査員にも渡されたのだが、その内容は全くお粗末なものだった。
 「今までなぁにやってたのよ、本店はぁっ?!」
 捜査会議後、蝉玉は激昂していた。足音も荒く廊下を歩きながら、更に言った。
 「犯人の手がかりがなんにもないじゃないっ!!一体誰を捕まえろっての?!」
 「俺っちに聞くんじゃないさ」
 さすがにうんざりした天化が、気のない様子で答えると、蝉玉はますます激昂した。
 「じゃあ誰に聞けばいいのっ?!」
 「誰にって・・・」
 不意に、天化が足を止めた。
 「どうしたのよ?」
 不審そうに訊ねる蝉玉を、天化は勢いよく振り返った。
 「・・・あの人がいたさ!」
 その顔には、いたずらを思いついた少年のような笑みが浮かんでいた。


 うれしげに天化がやってきたのは、署内の留置場だった。
 「どこに行くつもりよ?」
 眉をひそめる蝉玉に、天化は笑って答えなかった。
 天化はそのまま、薄暗い留置場の中へと進んでいき、最奥の特別留置場に至った。
 「よぉ、木タク!ちょっと、普賢さんに会わせてくんねーかな?」
 気軽に入って来た天化を、監視人の木タクはじろりと睨んだ。
 「ダメ」
 「頼むさー!普賢さんに教えて欲しいことがあるさ!」
 手を合わせる天化に、木タクは冷ややかに応じた。
 「規則っす」
 「ちょっとでいいから!」
 更に言い募る天化の背を、木タクはぐいぐいと押して出口へ導く。
 「なんと言われてもだめっす。ここは俺とおっしょさ・・普賢さん以外の人間は入れないことになってるんすから」
 ドアを挟んで、締め出す・負けるもんかの攻防を繰り広げられる。
 思うに、木タクも普賢の天使のような笑顔にやられてしまったらしい。
 いつも以上に監視に熱が入っている様だった。
 「・・・あ、そう。じゃ、普賢さん、本庁に移してもらおうかなー」
 もはや数センチの隙間しかないドアの向こうで、天化が言った。
 木タクの動きが、思わず止まる。
 「なんたって、猟奇殺人さ。誘拐事件と平行してでも、派手な事件は欲しいだろうさ、本庁は」
 天化を締め出そうとしていた力がなくなった。
 あっさりとドアを開くと、天化は木タクの肩を軽く叩いた。
 「俺っちの頼み、聞いてくれるさ?」
 にっこり笑う天化に、木タクは黙ってうなずいた。


 物が何もない室内で、普賢は拘禁服を着せられ、静かに椅子に座ってうつむいていた。
 さっき、あれほどの大騒ぎを引き起こしたとは思えないほど、穏やかな様子だった。
 「どーも」
 天化が声を掛けると、普賢はその白い顔を上げた。
 室内灯に照らされて、天使の顔にわずかな陰影が浮かんだ。
 「・・・・・・天化、寝てなくておかしくなったの?」
 誘拐事件とはなんの関係もない、しかもこんなサイコな奴に聞くなんて、と、蝉玉はあからさまに眉をひそめた。
 だが、天化は蝉玉を振り返ると、彼女をたしなめるように言った。
 「この方は、世界の凶悪事件を調べるのが趣味なのさ。俺っち達より、スペシャリスト。意見を聞くのは当たり前さ!」
 そう言うや、天化は誘拐事件の情報をすべて普賢に話した。
 「今はやっと、プロファイリングで犯人像を割り出したくらいさ。どうさ?意見があったら、聞かせて欲しいさ」
 天化は、椅子に座っている普賢と目線を合わせるために、床に膝をついた。
 うつむいて、じっと事件のあらましを聞いていた普賢が、自分の顔を覗き込む若い刑事の姿を認めて、ふんわりと微笑んだ。
 まるでつぼみがほころぶような・・・。
 天上の笑みを向けられて、天化はそのまま前にのめり込んで四つん這いになった。
 「あ・・・相手は男、相手は男、相手は男・・・」
 「・・・天化、あんまり長居すると、あんたも木タクみたいになっちゃうわよ」
 ほだされそうになる自身を叱咤するように言い募る天化の背に、蝉玉の冷たい声が降ってきた。
 そこへもう一つ、鈴を振るような声が重なった。
 「あのね。人が事件を起こすんじゃないんだ。事件が人を起こすんだよ」
 「・・・・・・え?」
 意味が分からず、天化が顔を上げると、天使は相変わらず、花のような笑顔を浮かべて続けた。
 「君たちは無意識のうちに、誘拐事件に動機と背後関係と反権力の思想を求めているでしょう?」
 ふふっと、彼はおかしそうに笑った。
 「君たちは勝手に想像力を膨らませて、みずからを霧の中にさまよわせているんだよ」
 ね?と、小鳥のように小首をかしげる仕草に、天化は再び、彼は男なんだと心中に唱えつづけた。
 「犯人の声を聞かせて?」
 『おねがい』と訴える瞳に、一体誰が逆らえるのだろう。
 もしかしたら殺された男も、至福のまま死んだのかもしれない・・・。
 天化はそんな事を考えながら、ポケットからポータブルデッキを出し、犯人の声を録音したテープを再生した。
 その声は室内に反響し、幾重にも折り重なって、不思議な世界を作った。
 「以上さ。何か意見は?」
 テープを止めると、天化は覗うようにして普賢の表情を観察した。
 「君は・・・常識や思い込みを捨てて聞けないの?」
 ふっと、普賢は目を細めた。
 「え・・・?」
 ぼんやりと聞き返す天化に、普賢は更に聞いた。
 「まだわからない?」
 にっこりと、普賢はいたずら好きの子供のように笑った。
 だが、天化は戸惑うだけである。その時、
 「・・・わかった」
 蝉玉がつぶやいた。
 「犯人は・・・」
 常にない緊張した面持ちで、蝉玉は普賢に顔を寄せた。
 「犯人は女の子ね?」
 「おっ・・・女の子?!まさかそんな・・・」
 あまりにも意外な犯人像に、天化が頓狂な声を上げた。が、普賢は静かに肯定したのである。
 「その通り。君たちが事件を複雑にしていただけなんだよ」
 ふんわりと、やわらかな笑顔を浮かべて、彼は続けた。
 「この声の主は、思い込みが強くて、実行力があって、夢見がちな性格の、若い女の子だよ」
 「女の子・・・・・・・・・・・・」
 呆然と目を丸くする天化の顔がおかしかったのか、それとも、ただの女の子に振り回されている警察の無能さに呆れたのか、普賢は天使のような綺麗な声で、それは楽しそうに笑った。




* 第六章 最終決戦 *


 そろそろ日も沈もうかという頃、太公望は再び副総監宅の近くをうろついていた。
 朝とは違って、公開捜査になった今では、警官や報道関係者が押し寄せて、閑静な住宅街は蜂の巣をつついたような騒ぎだった。
 そのなかをふらふらと漂いながら、太公望はある人物を探していた。
 彼が副総監宅のまわりを張り込んでいた時、朝に夕に目にした若者。
 フードを目深にかぶって、顔を隠すように走り去っていく、ジョギングの若者。
 太公望はどうにもその人物が気になってならなかった。
 そして今、太公望が少々遠くから副総監宅の玄関を見ていると、報道陣や警官の間を縫うようにして、その人物は彼の前を通りすぎていった。
 その時、かすかに見えた若者の口には、確かに笑みが浮かんでいた。
 太公望は、ふらりとその後をつけた。
 玉鼎に、『犯人は若い女かもしれぬ』と言った時、横で聞いていた楊ぜんはこれでもかと否定したが、長年刑事として現場を見てきた太公望は、彼女に怪しいにおいを感じずにはいられなかったのだ。

 彼女が入っていったのは、なんの変哲もない団地の中の一棟だった。
 その棟の番号を確認して、太公望は携帯電話を取り出した。油断なく棟の出入り口を見つめたまま、崑崙署・刑事課の番号を押す。
 『はいっ!いつも爽やかにこにこあいさつ!横断歩道は左右確認手を挙げて!油断するな青信号!渡っちゃいけない赤信号!!24時間働くパパはちょっと違う!!いつもあなたをお守りします!心の太陽・刑事課です!!』
 あいかわらず力の抜けるような応答をする道徳課長に、太公望は天化を呼んで欲しいと告げた。その時。
 背後に忍び寄った影に気づいた時はもう遅かった。
 閃光を目にした瞬間、太公望は意識を失っていた。


 「普賢さんのチャット仲間?」
 留置場から刑事課に帰ってきた天化は、武吉からの報告を繰り返した。
 『普賢さんのサイトのチャットページで、いろんな事件を起こしてた人たちなんですけど、そのバーチャル犯罪の中に、会社社長誘拐事件と言うのがあったんです!』
 電話の向こうで、武吉はやや興奮した様子だった。
 『他にも仙人界爆弾テロ事件とか、金鰲島核爆破計画とか、すっごく精密な計画が立てられてて、このサイト、ものすごく恐いですぅ〜〜〜〜〜!!!』
 「・・・さすが普賢さん・・・」
 天化はすでに、彼に敬称をつけずにはいられなくなっていた。
 「で?そのチャット仲間の身元、調べられるさ?」
 『はい!!もうやってます!!』
 天化の問いに、武吉は元気よく答えた。
 「さっすが!仕事早いね、武吉ちゃん!たのんださ!」
 うれしげに言って通話を切ると、天化は蝉玉に向き直った。
 「犯人が分かりそうさ!これで本店に一泡・・・!」
 天化が拳を握った時、課長席から声が飛んだ。
 「天化!太公望から電話だぞ!」
 だが、天化が電話を取ると、すでに通話は切れていた。
 「課長!切れてるさ!」
 天化が言うと、道徳は不思議そうに首をかしげた。
 「おかしいな。『さっさとかわれ!』って叫んでたから、急ぎの用だと思うんだが」
 たとえ急ぎの用でなくとも、雲中子・太乙・道徳のいずれかに電話を掛けた者で、平静でいられる人間がいるのだろうか。
 「師叔、どこにいってるさ?」
 「さぁ?さっき、本部で楊ぜん管理官相手に騒いでたらしいけどな?」
 騒いでいたのは楊ぜん一人だったのだが、原因が太公望であることは間違いない。
 「・・・師叔も青いさねぇ・・・。けど、本部で騒いでたってことは、誘拐事件がらみさね。
 まぁた副総監ちにでも行ってるさ、きっと」
 軽く息をついて、天化は一旦戻した受話器を取り、太公望の携帯の番号を押した。


 その頃太公望は、彼がつけた女の仲間に拉致され、団地内の一室に監禁されていた。
 が。
 持ち前のしぶとさで、間も無く意識を取り戻した太公望は、室内のきらびやかさに呆気にとられずにはいられなかった。
 広い室内には、絹製とおぼしき豪華な絨毯が敷かれ、太公望が寝かされていたソファをはじめとする家具は、すべてロココ調で統一されている。
 壁は白く塗られた上に、金箔で飾られた天使やつる草をあしらわれ、天井には色鮮やかなフレスコ画で、美しい天上世界が描かれていた。
 「・・・団地、か?」
 大きな暖炉の中で、薪が赤い炎を上げて燃え盛るのを見ながら、太公望は呆然とつぶやいた。
 その時、
 ちゃっちゃ・ちゃっちゃっちゃっ・ははん♪
 シリアスシーンもなんのその。
 太公望のポケットの中で、彼の携帯電話がたのしげに『いい湯だな』を奏でた。
 「こちら太公望」
 やはりこの着メロは変えた方がいいだろうか、と関係のないことを考えながら、太公望は受信ボタンを押した。
 『師叔、さっきから何度もかけてたのに、どうしたさ?』
 まぁたくわえタバコで電話しているのだろう。
 やや不明瞭な発音は、崑崙署の若手NO1問題児のものだった。
 「それがのう・・・拉致されてしまった」
 つぶやくように言って、太公望は自分の右手を見た。
 彼も刑事をやって長いが、自分以外の者の手で手錠をはめられたのは初めてだった。
 「手錠で、くそ重いソファにつながれておる」
 『なんでそんなことになったさ?!』
 電話の向こうで、天化が叫んだ。
 「犯人らしき女をつけて、金鰲団地まできたのはいいのだが、おぬしに電話していたところを、犯人の仲間に襲われて・・・今、団地の中だ・・・たぶん・・・」
 最後の『たぶん』が、いかにも自信なげだったので、天化は不安になって聞き返した。
 『・・・じゃぁ師叔は今、金鰲団地にいるさね?!』
 「そうだと思うのだが・・・」
 王宮のような内装の団地があるものだろうか。
 左手で電話を持ったまま、首をかしげる太公望の右耳が、廊下を歩いてくる足音を捉えた。
 「いかん!犯人が来る!」
 太公望はそういうと、素早く通話を切った。
 そして身を固くして、犯人の登場を待った。
 一体、どんな顔をしてこんな凶悪犯罪をやったものやら。
 金色の獅子の顔が中央にあしらわれた、大きな両開きの扉が、ゆっくりと内側に開いていく。


 「太公望師叔が拉致されたさ!!」
 刑事課に、天化の声が響いた。
 「金鰲団地さ!課長!俺っち、すぐ行くさ!!」
 「あたしも行くわ―――――――――――――――!!!」
 崑崙署始まって以来の問題児二人は、まわりの警官達を吹き飛ばす勢いで駐車場に走り、全ての交通ルールを完全無視する魔法のサイレンをかき鳴らして、金鰲団地へ車を飛ばした。
 ギャギャギャギャギャッ!!
 ものすごい音を立てて、天化の運転する車は、ほぼ直角に角を曲がった。
 そのまま金鰲団地内に突っ込み、目を丸くする住人の真っ只中に急停車した。
 一般車両なら、間違いなくパトカーが飛んでくる運転である。
 「ちょっとぉ。今のでタイヤ、すり減ったんじゃないの?」
 暴走パトカーから降りるや、蝉玉は言った。
 「いちいちそんなこと気にするんじゃないさ!」
 同じく車から降りた天化が、開けたままの窓越しに無線を取りながら反論する。
 「天化、現着(げんちゃく)!」
 ぶっきらぼうに言うと、ガガッという、無線特有のノイズの後、武吉の明るい声が入った。
 『犯人の住所が分かりました!金鰲団地C棟の最上階、ワンフロアを全部使ってます!』
 ワンフロア・・・。
 「団地って・・・ワンフロア借りれるさ・・・?」
 「借りれるんじゃない?誰もやんないだけで・・・」
 呆れ顔で聞く天化に、蝉玉も驚いた様子で答えた。
 天化は改めて無線に向かうと、今度は捜査本部に無線をつないだ。
 「天化さ。犯人の住所判明。踏み込むかい?」


 天化の無線を受けた本部はざわめいた。
 所轄の捜査員に先を越された。
 その事実は、本部のプライドを傷付けるには充分だった。
 「天化・・・!」
 逮捕だ、と続けようとした玉鼎を、遠く本庁の会議室で情報を得た趙公明刑事局長の声が止めた。
 『おぉ〜待ちたまえ玉鼎君!所轄の平民などに逮捕させてはいけない!
 本庁の人間を行かせたまえ!』

 刑事局長の言葉は、現場の天化にも聞こえていた。
 あまりにも現場を見下したその言い方にむっとして、天化は無線を壊さんばかりに握った。
 「玉鼎さん!命令してくれ!俺っちはあんたの命令を聞く!」
 だが、玉鼎の返事はない。
 代わりに、カンに障る刑事局長の声。
 『黄天化!玉鼎君に指揮権はないのだよ〜!君はそこでおとなしくしていたまえ!!』
 「玉鼎さん!」
 怒りのままに叫んだ時だった。
 C棟の最上階から、ものすごい音を立てて花火があがった。
 「天化!今の!!」
 蝉玉にいわれるまでもない。
 こんな派手なことをするのは、太公望以外にいやしないのだ。
 「太公望師叔がピンチさ!突入するさ!!」
 『待ちたまえ!本庁が行くまで待っているんだ!君たちが逮捕するなんて、この薔薇の貴公子が許さないよ!』
 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・この奇行子が。
 天化の中で、何かが音を立てて切れた。
 「事件は会議室で起きてるんじゃない!現場で起きてるさ!!」
 天化の叫びは、玉鼎の呪縛をも解いた。
 「確保だ、天化!!」
 言うや、玉鼎は捜査本部の彼の席から立ち上がった。
 「どこに行くんですか?」
 出口に向かおうとする玉鼎の背に、楊ぜんが冷ややかに声を掛けた。
 「現場だ」
 玉鼎は立ち止まると、一言、そういった。
 楊ぜんが緊張した顔をふとほころばせる。
 彼は玉鼎のコートを取ると、彼に差し出した。
 「お気をつけて」
 玉鼎はかすかにうなずいて、それを受け取るや、足早に出口へ向かった。


 玉鼎の命令を受けるや、天化と蝉玉はC棟のエレベーターに乗り込んだ。
 のろのろと上がるエレベーターの扉が、ようやく10階で開いた時、二人はそのきらびやかな世界に呆然とした。
 「・・・・・・団地、か?」
 それは、図らずも太公望と同じ感想だった。
 まるで、高級ホテル。
 無機質なコンクリートであるべき廊下は、赤い絨毯が敷き詰められ、殺風景なはずの壁は滑らかに磨かれた大理石。
 むき出しの蛍光灯で済むはずの常備灯も、壁面の天使が持つ間接照明で、柔らかく廊下を照らし出していた。
 「と・・・とにかく、突入さ!」
 長い廊下の最奥に、玄関はあった。
 金色のつる草で、優雅に縁取られた白いドアの上部には、輪を咥えた獅子の顔。
 天化が恐る恐る、その輪を引くと、中で可憐なベルの音がして、来訪者の存在を告げた。
 人が近づいてくる気配に、天化達は刑事の習慣でドアの横の壁に張りつくようにして、ドアが開くのを待った。
 ドアが、内側に向かって勢いよく開いた。
 「我が家に何かご用かな、ムッシュウ・マドモワゼル〜♪」
 バタンッ!
 天化は思わずドアノブをつかんで引き寄せた。
 「・・・・・・・・・今のはなんだったさ?」
 「今の・・・刑事局長?」
 蝉玉が、呆然と指差す先で、再びドアが開いた。
 「どうしたんだい、ムッシュウ・マドモワゼル!?我が家にご用ではなかったのかね〜?!」
 その姿は、紛れもなく趙公明刑事局長だった。
 「刑事局長・・・こんなところで何してるさ?!」
 「さては!あたしたちと話してる振りして先回りしたわねっ?!本店はやることが汚いわよ!!」
 激昂する蝉玉に、目の前の彼は切なく眉を寄せて首を振った。
 「ノンノン!私はブラック趙公明!悪の貴公子さー♪」
 真紅の薔薇を手にポーズをつける彼を見ていると、天化はなんだかどうでも良くなってしまった。
 「そいつぁー間違えて悪かったさ。ところで、妹さんたちは中かい?」
 「誘拐容疑で強制捜査よっ!」
 オペラ調に歌い出す彼から目をそらして、二人は家の中に入っていった。
 「師叔!!どこさ?!」
 バカバカしいくらい広くて豪華な部屋をいくつも通りながら、天化は叫んだ。
 「天化、太公望はケータイ持ってるんでしょ?!」
 「そうだったさ!」
 天化は早足で歩きながら、電話を取り出して太公望の番号を押した。
 ちゃっちゃ・ちゃっちゃっちゃっ・ははん♪
 奥の部屋から、かすかに太公望のふざけた着メロ音が聞こえた。
 「こっちよ!!」
 「待ちたまえ!君たち!!レディの部屋に無断ではいるなど、失礼だよ!!」
 二人は追ってくるブラック公明を振り切るようにして奥の部屋に向かい、その大きな扉を吹き飛ばさんばかりの勢いで開けた。
 「師叔!!」
 中はものすごい硝煙に満ちていた。
 開け放たれた扉に向かって吹き出る白い煙に巻かれて、二人は一瞬、視界を遮られた。
 「師叔っ!!」
 天化がもう一度叫ぶと、豪華なソファの影から太公望が姿をあらわした。その背に巨大な何かを背負って。
 「天化!!助けてくれ――――!!!」
 必死に左手を差し伸べる太公望の目の前で、扉は開いた時以上の勢いで閉ざされた。
 「今の・・・女装したゴリラ?」
 「いや・・・ゴリラみたいな女が師叔に抱き着いてたさ・・・」
 呆然とした顔で、二人は閉ざされた扉を見つめた。
 『天化!!蝉玉!!おぬしらさっさと助けんか!!公務執行妨害・・・いや、この際強制わいせつ罪でもなんでもいいからわしを助けろ――――!!!』
 扉の向こうから、太公望の切実な声が聞こえる。
 「そ・・・そうよ、逮捕しなきゃ!天化!早く開けて!!」
 「ええ?!俺っちかい?!」
 思わず腰の引ける天化に、蝉玉は当然のように言った。
 「だってあたしは遠距離攻撃派だもの!」
 『男でしょ!』とか『女の子に先に行けっていうの?』とか言わないだけに始末が悪い・・・。
 意を決して再び扉を開けると、さっきは硝煙でよく見えなかった部屋の中の様子が分かった。
 犯人は、一人ではなかった。
 太公望に抱きついているごつい女のほかに、小柄で痩せた魔女のような女と、部屋の3分の2を支配する巨大な体躯の女もいた。
 「わたくしと愛しのダーリンの邪魔をする方は誰ですの?!」
 その声、どこの声帯から出てやがる・・・!!
 太公望を背後から抱きすくめたまま、ゴリラのような女は、可憐な声で二人を誰何(すいか)した。
 「こっ・・・崑崙署の者さ!雲霄(うんしょう)ってのは誰さ?!」
 「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!ダサイ本名で呼ばないで!!わたくしはビー・ナ・スッ!!」
 天化は、その声に耐えきれずに、思わず床にへたり込んだ。
 「副総監はどこ?!」
 床にへたり込んだ天化に舌打ちして、蝉玉が厳しく言った。
 「あのじいさんは団地の裏の土手よ。いやに頭のひょろ長いじいさんだったから、小さな物置に入れるのが大変だったわさ」
 硝煙もまわりの狂乱もなんのその。
 マイペースにアフタヌーンティーを楽しんでいた碧霄(へきしょう)・・・クイーンが、鼻を鳴らしながら言う。
 「全く。あんたの上司にも呆れるわさ。カラーボールをいきなり暖炉にくべるんだから。
 けど、まさかカラーボールがいきなり爆発するなんてねぇ」
 カラーボール・・・。
 おそらくそれは、先日の副総監を迎えてのゴルフコンペのために、太乙が作ったものだろう。
 普通のカラーボールは、打てば煙が出るだけの代物だが、なんと言ってもあの太乙が作ったものである。
 打ち上げ花火を仕込んでたくらい、かわいいものだった。
 「と・・・とにかく、署まで来てもらうさ・・・・・・・・・・・・・・」
 絨毯の豪華な刺繍に視線を集中させて、天化はなんとかまともなことを言った。
 「喜んで!逮捕してくださいまし、太公望様!!!ビーナスは、一生あなたに監禁されたいv」
 「天化ー!!!天化ー!!!!早くこやつを連行せんかー!!!」
 太公望は、全体重を傾けて擦り寄ってくるビーナスから、必死に逃れようともがいている。
 「天化!早く逮捕しなさいよ!」
 部屋の入り口で、男達の情けない姿を見ていた蝉玉が、イライラと言った。
 「でも、ここで俺っちが逮捕しちまったら玉鼎さんの立場が・・・」
 「玉鼎の立場なんぞ知るか!!はよう逮捕せぇぇぇぇぇぇっっっ!!!」
 ぶつぶつと煮え切らないことを言う天化に、太公望が必死に叫んだ。
 一介の指導員のくせに、ものすごい言いようである。
 「でも師叔・・・!」
 立ち上がった時だった。
 何者かが、蝉玉の横を素早くすりぬけ、天化の背後に迫った。
 「・・・なに・・・・・・?」
 何か、鋭いものが天化を貫いた。
 「・・・・・・天化?」
 ビーナスの体重に負けて、床にへばりついていた太公望の目の前で、ゆっくりと天化がくずおれる。
 「天化!!」
 悲鳴じみた声で、蝉玉が叫ぶ。
 「レディの部屋に押し入るなど、無礼この上ない!お兄様が助けに来たよ、妹達!」
 公明が引き寄せたサーベルの先は、赤く染まっていた。
 「いやぁぁぁあああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」
 叫ぶや、蝉玉が五光石を放つ。
 「なんでわしまで――――――?!」
 被害者の太公望をも巻き込んで、彼女のドリームボールは見事容疑者達を捕らえた。
 『ああ・・・・・・・・・!!
 傷ついた天化の、まさに目の前で、5つの顔が濃くなった。
 「げふっっ!!」
 天化は無残に血を吐いて倒れた。


 丁度その頃、玉鼎参事官をはじめとする本庁の捜査員達が現場に到着した。
 本庁の捜査員は、団地の裏の土手にうち捨ててあった小さな物置小屋で、スマキにされた元始天尊副総監を発見。身柄を無事保護した。
 玉鼎はそのまま部下達を引き連れて、容疑者宅に向かう。
 団地の最上階。
 やはり本庁の捜査員達も、その豪華さに意表を突かれて目を丸くしていたが、そのなかで一人、玉鼎だけは眉間にしわを寄せたまま、顔色も変えず、真っ直ぐに容疑者宅に入っていった。
 玄関を入るや、彼の耳に飛び込んできたのは、蝉玉の悲鳴じみた声だった。
 「こっちだ」
 一言言うと、玉鼎は贅(ぜい)を凝らした内装の部屋をいくつも抜けて、奥の『現場』に至った。
 そこには、天化が腹部より下を真っ赤に染めて、床に横たわっていた。
 「・・・玉鼎さん」
 床から長身の上司を見上げながら、天化はくるしげな声で言った。
 「・・・被疑者・・・逮捕・・してくれ・・・」
 「早く病院に!!」
 天化を抱き起こそうとする蝉玉の手から、玉鼎は黙って天化を引き取った。
 「しっかりしろ天化!今すぐ病院に連れていってやる!」
 玉鼎は軽々と天化を抱えると、部下達に犯人逮捕を命じた。
 しかし!
 「この闇の貴公子が、君たち平民の手にかかると思うかねー?!」
 どこかで聞いたような台詞を言いながら、公明はゆったりとした仕草でサーベルを鞘(さや)にしまった。
 「クイーン!」
 彼に名を呼ばれて、魔女のようなやせぎすの女は、にやりと笑った。
 「さぁマドンナ!このフーセンガムをおたべ!!」
 「バフー!!!」
 捜査員達が呆然と見守る中で、巨大な体躯の女はフーセンガムを咀嚼(そしゃく)した。
 すると!!
 次第に彼女の体が浮き上がり始めた!
 「ビーナス!彼のことは後で誘拐するとして、今は立ち去る時だ!」
 優雅な仕草でマドンナの腹部に飛び乗った公明が、太公望から離れない妹に言った。クイーンはすでに、衝撃に備えてしっかりマドンナにつかまっている。
 「太公望様・・・いずれお迎えに参りますわ・・・!」
 ハラハラと涙をこぼしつつ、ビーナスは促されるままにマドンナの腹部に飛び乗った。

 何が起こりつつあるのか、呆気に取られている捜査員達の目の前で、それは起こった。
 バフ――――――――――――――――――ッッッ!!!
 轟音とともに天井が破られ、公明とビーナス・クイーンを乗せたマドンナは、空のかなたに消えたのだった・・・。
 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・なんだったのだ?」
 太公望が呆然とつぶやいた。
 やっと解放された彼の周りでは、捜査員達がなすすべもなく、彼らの消えた先を見ていた。


 「天化が刺された?重傷?!そいつぁーヤバイねぇ・・・」
 本当にヤバイと思っているのか、緊迫感のない声で崇黒虎が言った。
 「局長!お聞きになりましたか・・・?局長!」
 楊ぜんが本庁に連絡を入れたが、その会議室には、もはや官僚達はいなかった。
 「・・・兵隊は犠牲になってもいいのですか?」
 楊ぜんは、怒りのままに受話器を叩き付けた。


 C棟の前に止めたままだったパトカーの後部座席に天化を運ぶと、玉鼎はそのまま運転席に座った。
 サイレンをかき鳴らして病院へ疾走するパトカー。
 警官達は全員、おごそかに敬礼して傷ついた仲間を見送った。
 「天化!!しっかりして、天化!!」
 同じく後部座席に乗り込んだ蝉玉が、意識を失いかけている天化に必死に呼びかける。
 「・・・玉鼎さん・・・」
 「しゃべるんじゃない!」
 消え入りそうな声の天化に、玉鼎は厳しく言った。
 「・・・俺っちが・・・いなくなっても・・・現場の刑事のために・・・」
 「・・・・・・ああ!約束する!!」
 シートベルトもしないまま、車を疾走させつつ、玉鼎は万感の思いを込めて言った。
 「天化!!だめよ、天化!!」
 そのまま目を閉じようとする天化に、蝉玉は懸命に呼びかけた。
 「蝉玉・・・」
 くるしげな吐息とともに、天化は蝉玉の名を呼んだ。
 「俺っちが・・・刺された時・・・・・・五・・・光石・・・・・・・・・・・・」
 「助けてあげたことなんて気にしないで!!あんたの怪我が治ったら、お礼はグッチのアクセサリーで許してあげるから!!」
 ・・・そんなことを言われては、治る傷も治らない。
 「ちが・・・あんたの宝貝のせいで・・・傷が深く・・・なったさ・・・」
 重傷を負った上に、公明兄妹の濃い顔である。精神的ダメージは果てしない。
 「蝉玉・・・」
 みずからの血に濡れた手で、天化は蝉玉の腕をつかんだ。
 「死んだら・・・化けて出てやる・・・・・・!」
 硬直する蝉玉の腕に赤い印をつけて、天化の手がぱたりと落ちた。
 「て・・・天化・・・!ちょっと!!化けて出るって?!
 うそぉ―――――――――――――――っ??!!」
 玉鼎の鼓膜が破れるほどの絶叫を放って、蝉玉は猛烈に天化を揺さぶった。
 「ちょっと!!目ぇ覚ましなさいよ、天化!!死なないで―――――――!!!!」
 「死なせたくないならゆするんじゃない!!」
 運転席の玉鼎が思わず叫んだ時だった。
 その奇妙な音が聞こえたのは・・・。
 『ぐぅ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜・・・・・・・・zzzzzzzzzzzzz・・・・・・・・・・・』
 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あら?」
 思わず点目になった蝉玉が、間抜けな呟きをもらした。
 「・・・・・・・・・・・・・・・・・死んだんじゃなかったのか?」
 玉鼎が呆然という間にも、その奇妙なBGMは車内に流れ続けた。
 「・・・・・・・・・・・・・・そういえば天化・・・・・。3日寝てなかったんじゃ・・・・?」
 ぼんやりとつぶやく蝉玉の膝の上で、天化はゆっくりと肩を上下させていた。
 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ったく」
 気が抜けた様子で、蝉玉は後部座席の背もたれに体を預けた。
 「・・・人騒がせな・・・・・・」
 玉鼎も憮然とつぶやくと、すっかり存在を忘れていたシートベルトを締めた。
 夕暮れ時。
 平時なら、もっとも道が混雑している時間であるにもかかわらず、玉鼎の運転する車のほかに車両はなかった。
 その代わり、彼らが進む全ての交差点に警官が立ち、重傷を負った仲間のために、厳かに敬礼する・・・。
 何やら居心地の悪い思いをしつつ、玉鼎は警察病院への道を急いだ。


 一方、崑崙署内では副総監誘拐事件の記者会見が行われていた。
 副総監は無事保護されたものの、犯人には逃げられたため、どことなく精彩を欠く記者会見ではあったが、その犯人の正体が、現在、国際指名手配中の愉快犯『チャオ・ファミリー』であることが判明し、国際警察を通じての大規模捜査になることとなったのだった。


 「しっかし、犯人が『チャオ・ファミリー』だったとはねぇ・・・」
 相変わらず騒然とした刑事課で、道徳は新聞に目を落としたままつぶやいた。
 そこには、元始副総監誘拐事件の記事とともに、有名な国際的愉快犯、『チャオ・ファミリー』の起こした事件の数々が紹介されていた。
 「とんでもない奴に惚れられたねぇ、太公望。彼らの次のターゲットは君なんだろう?」
 陽気に笑いながら、道徳は恐ろしいことをさらりと言った。
 「冗談ではないぞ!!わしは今日限りここには出てこん!!
 家で暖かいこたつにはいって、湯豆腐で一杯やるのだ!!もう二度と、あんな恐ろしいことに関わるものか・・・!!」
 身震いしつつ、太公望は心底恐ろしそうに言った。
 常に傍若無人な彼にここまで言わせるとは、さすが『国際犯』である。
 「あらぁ!まだ警察やめてもらっちゃこまるわよ、太公望!あたしと土公孫様の仲人してもらわなくっちゃ!!
 ねっ!ハニーv」
 いつのまに婚約までしたのか、蝉玉は容疑者であるはずの土公孫の首に錠をつけたまま、ぎゅうっと彼を抱きしめた。
 「は・・・放せよっ!!もう犯行は自供したんだからなっ!!てめーらも見てねーで、俺を早く留置場に入れてくれー!!!」
 「あら!盗んだお財布のありかは言ったけど、まだ天化の領収書の隠し場所は言ってないでしょう?吐くまで一緒にいるんだから!」
 「だから領収書なんてしらねーって言ってんだろー!!!」
 更に彼を抱く腕に力を込める蝉玉に、土公孫は必死で抗う。だが、誰も彼を助ける者・・・いや、蝉玉に逆らう者などいなかった。
 「留置場に入るより反省しておるようじゃし・・・」
 「もともと更生させるのが目的なんですから!これでいいですよね!」
 竜吉は苦笑し、武吉は無邪気に笑って言う。
 「そう言う問題じゃねーだろ!!これでいいのか、警察官!!」
 「いいじゃないか、終わりよければすべてよし!」
 土公孫の叫びに、のんきに答える声があった。
 雲中子署長である。
 太乙副署長を伴って、刑事課に現れた雲中子署長は、朗らかに笑って続けた。
 「いやぁ〜、天化が刺されちゃったねぇ!」
 道徳課長のデスクの前まで来ると、パンっと、雲中子は手を叩いた。
 「なんで私に知らせてくれなかったんだい。すぐに治してあげたのに」
 「・・・うちのかわいい弟子を変な動物にされたら、俺は死んでも死にきれん!」
 ばさりと新聞を投げ出すや、立ち上がって本音を漏らす道徳に、太公望のハリセンが飛んだ。
 「台詞が違うわ、ボケども!!」
 「・・・そうそう、みんな気をつけるようにって、言いに来たんだった!じゃ、そろそろ帰るかな、太乙副署長〜」
 が、雲中子が振り返った先に、太乙はいなかった。
 警官達がいぶかしげに見守る中、太乙副署長はロボット警察犬のデモンストレーションに余念がなかったのだ。
 「このポチがどんなことに役に立つかって言うとね!!通常の警察犬がやることはすべてこなす上に、事務職のみんなの役に立つってことなんだ!!
 たとえばこの領収書!!」
 そういうと、太乙は机においてあった領収書の束を取り上げた。
 「いままでは清算するのがめんどくさかっただろうけど、このポチの口に入れるだけで!」
 がまの油売りよろしく、太乙は皆が見えるように、大きな身振りでロボット警察犬の口に領収書の束を押し込んだ。
 「署内のコンピュータに接続して自動的に清算してくれるんだ!・・・って、あれ??」
 太乙は、長身をかがめてポチの口元を見た。
 すると、『じゃこーじゃこー』という機械音と共に、ポチの口から細く切られた紙の繊維が出てきた・・・。
 「あ、ごめんねぇ!シュレッダー機能と間違えてしまったよ!」
 「俺の領収書がぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
 が、泣き叫ぶ南宮括の前で、太乙はのんきに笑って言った。
 「こないだ実験した時も間違えちゃってさぁ。今度はちゃんとやるからね!誰か領収書〜♪」
 ・・・こないだ?
 彼の言葉を聞きとがめて、蝉玉が太乙に詰め寄った。
 「こないだっていつ?誰の領収書でやったの?!」
 「4日くらい前かなぁ?ここにおいてあったやつで」
 にこやかに太乙が示したのは、天化のデスクだった・・・。
 
「犯人はおぬしかっ!!!」
 騒然とした刑事課内に、太公望の爽やかなハリセンの音が鳴り響いた。


 数日後、天化は病院で、早くもリハビリを開始していた。
 「何してるんですか、天化さん!!まだリハビリは早いでしょ!!」
 リハビリ室で1tダンベルを両手に持ち、ウォーキングマシンでマラソンをしていた重傷患者に、看護婦が青くなって飛んできた。
 「平気さ、このくらい」
 「馬鹿言ってんじゃないの!絶対安静2週間!!リハビリはその後!!」
 美人だが気丈な看護婦は、ウォーキングマシンを止めると、『早く戻りなさい』と言わんばかりに出口を指した。
 「殷氏さん、わりぃけど、そうもいってらんねぇさ。俺っち、はやくもどんないといけないさ」
 母親と同年代の看護婦に、天化は子供のように笑っていった。
 「俺っちの上司・・・って言っても、ものすごく偉い人なんだけどさ、その人と約束したさ。
 玉鼎さんは上に行く、俺っちは現場で頑張るって!」
 照れながら言う天化の姿を、リハビリ室の外から、そっと見ている影があった。
 見舞いに来たものの、病室に天化が見当たらず、探しに来れば自分が話題になっていて、出て行くタイミングを逃してしまった玉鼎だった。
 「なんか、見舞いにくるっていってたけど、来たら追い返してやるさ!」
 「あらぁ、どうして?」
 聞き返す看護婦に、天化はにっと笑った。
 「こんなところに来てる暇があったら、どんどん上に行けって。上に行って、俺っち達現場の刑事のためにがんばってくれってさ!」
 玉鼎は、口の端に苦笑を浮かべた。
 見舞いの品はすでに部屋においてきた。
 あったところで話すこともない。
 玉鼎は、黙ってきびすを返した。
 「やっぱ、現場には俺っちがいないとしまらないっしょ!
 課長はのんきだし、蝉玉は暴走するし、師叔は頼りないし・・・」
 誰もいないと思って、言いたい放題である。
 「だから、早く傷を治してかえんなきゃ!」
 晴れ晴れと笑う天化に、看護婦もつられて笑った。
 「でも、まだダンベルもマラソンも禁止!早く治したかったら、今はベッドで寝るのよ!」
 にこやかに言うと、看護婦は清潔なタオルを渡してくれた。
 「汗を流してらっしゃい。そしてベッドに戻るの。お説教はその後よ!」
 天化は苦笑した。
 今までも、周りに振り回されてきたが、どうやらそれは、彼の性らしい。
 ここでは彼女に逆らわないのが賢明だった。
 「言う通りにするから、お説教は勘弁してほしいさ!」
 天化は言うと、素直に出口に向かった。



〜fin.〜








庵主&洞主コメント
 
洞主

『踊る仙界大戦―THE MOVIE―』でしたー(^^)
庵主 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
洞主 天化を主人公に、人気ドラマ『踊る大捜査線』の映画版をパロってみましたが、お楽しみいただけましたでしょーかv
庵主 ・・・・・・・・・・・・キャスティングに問題があると思います。
洞主 オーディション・NG集等は、『踊るメイキング!』をごらんくださいねー(^^)
庵主
 
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・僕は、おなかにティディを詰め込んだりしないもん。
 
 




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